一橋大学「連合寄付講座」

2007年度“現代労働組合論I”講義録

第10回(6/29)

「CSRと労働組合」

ゲストスピーカー: 成川 秀明 (連合総合生活開発研究所(連合総研)上席研究員)
後藤 嘉代 (連合総合生活開発研究所(連合総研)研究員)

 みなさんこんにちは。「連合総研」の成川です。同僚の後藤と2人で来ました。今日のテーマは「CSRと労働組合」です。最初に私から労働組合はCSRとどのような関係にあるのか、入り口の話をします。次に後藤からCSRに関して労働組合は何に取り組んでいるか、連合総研が実施したアンケート調査を中心にお話します。

1.連合総研の紹介
  連合総研については、レジュメに簡単な紹介があります。正式名称は「財団法人連合総合生活開発研究所」です。日本の労働組合の多くは企業別労働組合です。その企業別労働組合が産業別組織を形成しています。その産業別労働組合が集まって作っているのが「連合」という日本の労働組合の中央団体です。その連合が労働組合のシンクタンク、研究所として、1987年12月に連合総研を設立しました。当時の経済企画庁(現内閣府)、通商産業省(現経済産業省)、厚生省、労働省(現厚生労働省)の4省庁(現3省庁)から認可を受けた研究所です。現在、研究部門は13名、総務関係2名を含め、17名の体制でやっています。研究員は産業別組織を中心に、連合本部や中央官庁からも派遣されています。研究テーマは労働関係に焦点をあてています。賃金水準にマクロ経済の状況が大変影響しますので、経済見通しなども研究をしています。

2.CSRと労働組合
(1)日本企業のCSRの考え方
  CSR(Corporate Social Responsibility)は「企業の社会的責任」という意味です。2000年頃からマスコミに登場し、2003年頃から企業において盛んに取り組まれるようになってきました。労働組合が中央団体をもっているように、経営者団体も「日本経団連」という中央団体をもっています。日本経団連は2004年に、経営者もぜひCSRに取り組んでいきましょうという考え方をまとめています。

(2)日本の労働組合のCSRへの関与
  これに対して、当然労働組合も企業の社会的責任を議論しています。日本の労働組合は、日頃から経営側といろんな問題について協議をしています。労働組合のある多くの企業に労使協議会という制度があって、1ヵ月に1回、少ないところでも3ヵ月に1回ぐらいは経営側と協議をしています。この中で、いろんな問題が話し合われています。資料の図表1-2は厚生労働省が何年かおきに調査している「労使コミュニケーション調査」という約4000の事業所を対象とした調査です。労使協議会への付議事項は、経営の基本方針、生産・販売等の基本計画から文化・体育・レジャー活動まで様々な領域に及んでいます。多くは、説明・報告事項となっています。なかには従業員側と協議を必ず行う、あるいは同意をしなければならないという定めをおいている場合もあります。特に定年制や一時帰休、人員整理、労働時間問題などは同意事項としている事業所が3割ほどあります。
  企業の従業員規模別にみた労使協議会の普及率は、5000人以上の大企業では80.8%に設置されていますが、1000~4999人では64.6%、300~1000人では47.0%、300人以下では35.0%、100人以下では22.8%です。大企業を中心に普及しています。民間企業の労働組合組織率は16%ぐらいですが、労働組合のある企業の8割には労使協議会があります。中小企業でも労働組合のあるところでは労使協議会がほぼあるというのが日本の現状です。労働組合のないところでも15%に労使協議会があります。日本の労働組合は、団体交渉や労使協議会を通じて経営側と絶えず話し合いをしています。
  これと並行して、労働組合は経営側と団体交渉を行っています。労働組合は組合員からいろんな意見を聞き、組合の中で議論をして要求書を作って会社に提出します。この要求書に対し、経営側が回答して、団体交渉をします。主に賃金の引き上げや労働時間の問題など労働条件問題が中心に交渉されています。それに対して、労使協議会の場合はもっと非常に広い領域、いろんな課題について話し合います。
  図表の1-1はCSRについての協議・話し合いの有無に関するアンケート調査の回答です。2005年12月から2006年1月にかけて行った調査です。CSRが話し合われている場所は、労使協議会が82%、団体交渉が36%です。特別の委員会を設けて話し合っているところも17%あります。この調査はCSRにある程度関心がある組合を対象とした調査なので、全然話し合っていない組合は7.9%となっています。

(3)欧米におけるCSR
  調査をしてみて、欧米のCSRと日本のCSRは少し違うことを感じました。当初、CSRはアメリカで盛んになりました。NPOやNGOが企業行動に対して、児童労働の使用や非常に劣悪な労働条件を告発する運動として、CSRの取り組みが始まりました。こういう運動は当初市民団体が中心になりましたが、現在では労働組合も参加して特に多国籍企業の児童労働について、不適格な行為はやめさせる取り組みをしています。
  それに対して、EUにおいては、EU政府みずからがCSRは大変大事だとして取り組んでいます。自主的な活動としてステークホルダー(利害関係者)と交流しながらCSRや環境への配慮を事業活動に組み込むことを提唱しています。ステークホルダーと交流するマルチ・ステークホルダー・フォーラムを設置して、労働組合や市民団体が参加し、企業の社会的責任をどういうふうにヨーロッパ社会に根づかせるかを議論しています。ステークホルダーの中には、当然労働組合も入っています。労働組合も参加する中で、企業の社会的責任が社会的に議論されているということです。
  日本の場合には、主に企業内の労使協議の場で議論されています。しかし、社会的なレベルにおいても、厚生労働省や経済産業省のCSRに関する研究会に、労働者代表も参加して、労働組合としてCSRをどう考えていくのか、どういう問題があるのか、さらにどう改善したらいいのかについて議論をしています。

3.企業別組合のCSRの取り組み ~連合総研の調査研究から~
  みなさんこんにちは、連合総研の後藤と申します。私は「UIゼンセン同盟」という産業別組織に学校を卒業後すぐに就職し、そこで3年半ほど仕事をしました。その後、産別から出向して、連合総研の研究員として働いています。
  連合総研が実施しましたCSRについての調査研究の結果から、労働組合、特に今日は企業別組合のCSRの取り組みについて、お話をしたいと思います。なぜ労働組合はCSRに取り組むのか、組合はCSRをどのようにとらえているのか、会社のCSRに対して組合はどのような取り組みをしたり、発言をしているのか、をみていきたいと思います。後半では、一つの会社と組合の事例をあげて、企業別組合と会社との関係、そしてCSRの取り組みについてお話をしたいと思います。最後に、今後労働組合はCSRにどのように取り組んでいくべきなのかという課題について、少しお話します。

(1)労働組合がCSRに取り組む背景
  CSRに関しまして、従業員とその代表である企業別組合は、企業にとって主要なステークホルダー、つまり利害関係者にあたります。ステークホルダーは「企業に利害関係や請求権を持つ人々の集団」と定義されています。従業員や株主、投資家、債権者、消費者、取引会社、地域社会コミュニティなどがあげられます。企業は多様なステークホルダーの利害関係を調整していかなければなりません。なぜなら、その調整がうまくいかないと企業活動が停滞したり、存続自体も危ぶまれるということが起きるからです。企業の中の従業員とその代表である企業別組合という存在は、主要なステークホルダーであると同時に、他のステークホルダーとは違う側面を持っています。それは企業とともにCSRに取り組む担い手であるという点です。企業不祥事が生じた場合に、従業員と組合は企業とともにその責任を問われかねないという関係にあるのです。つまり、従業員も、組合も、企業とともに社会的責任、CSRを果たしていかなければならず、その点で他のステークホルダーとは異なる性格を持っています。
  他方、企業別組合は、企業に対して、企業の中で直接意見を言うことができる存在です。組合は企業の行動をチェックして、さらにCSRの実践を進展させていくことができます。ここ数日間、食品関係の企業の不祥事が報道されていますが、日本企業のCSRの取り組みは、こうした企業不祥事がここ数年頻発したことを背景に、法令遵守が優先されているという特徴があります。国際的な流れをみますと、環境保全に取り組む企業も増えています。しかし、直接従業員に関わりのある雇用や労働分野への取り組みには遅れがみられています。働く人たちの現状は、長時間労働を長く続けて、疲労がたまって健康を害してしまったり、職場の中の男性と女性、正社員と非正社員の間の賃金などの労働条件についても格差があるというのが実態です。こうした働く人たちの就業環境の実態から、企業は雇用労働分野の取り組みをCSRの課題として認識して、職場で取り組んでいく必要があります。そして、企業別組合も従業員の代表として、職場で働く人たちの環境を改善し、企業の持続的な発展のために、CSRに積極的に関与していく必要があると思います。
  それでは、次に連合総研が実施したアンケート調査の結果から、企業別組合がCSRにどのように関与して取り組みを行っているかについて説明します。連合総研では、2005年の11月から12月にかけて、企業の社会的責任に関するアンケート調査を実施しました。これは労働組合と企業、それぞれに実施をしています。この調査は、連合の第8次雇用実態調査という調査で、「企業のCSRの対策に対する組合の関わり」について、「組合として参加」「組合として意見提出」「組合内部で検討」と回答した労働組合を中心に実施しています。この調査結果は、CSRについて何らかの取り組みをしていると答えた組合を対象に行っていますので、これが日本の企業別組合や企業の取り組みをすべて表しているものではないことを付け加えておきます。調査の方法は、調査票を直接郵便で送りますが、企業の調査票も組合に一緒に渡して、企業のCSRの担当部署に配布してもらうという形をとりました。1,250枚ぐらいを配布して、組合からは558組合から、企業からは378企業から回答がありました。

(2)企業別組合と企業のCSRの捉え方
  次に企業と企業別組合がCSRをどのようにとらえているのか、違い、共通点はあるのかという点についてお話します。図2-1はCSRに関連する24の項目をあげて、それぞれについて「会社が果たすべきCSRだと思いますか」と質問をしました。24の項目は主に「法令遵守」「環境保全」「情報開示」「労働の質の改善」の分野からなっています。労使ともにCSRと考える比率が6割を超える項目は、法令遵守の分野で「法令遵守の社員教育」「内部通報システムの構築」があがっています。環境保全の分野では「温暖化ガスの数値目標に基づく削減」、労働の質の分野では「健康・メンタルヘルスの管理・改善」「65歳に向けた雇用延長」となっています。一方で、労使ともに、あまりCSRと考えていない項目は、「女性管理職数の外部開示」をはじめとする情報開示分野の雇用労働に関する項目です。労働の質に関わる分野では「女性管理職の登用促進」「短時間勤務者の均等待遇促進」「子会社等での中核的労働基準の遵守」の項目で、労使ともにCSRとしての認識が高くないことがわかります。
  労使ともにCSRとしての認識が高かった「法令遵守の社員教育」は、日本企業が法令遵守を最優先に取り組んでいることからきています。一方、この調査のほかの設問で、一般社員のCSR認識の低さが取り組みの障害になっていると指摘されています。これは企業、そして企業別労働組合にとっても重要なポイントになっています。
  短時間勤務者はパートタイム労働者と考えていただければよいと思います。また、中核的労働基準の遵守について、ILOが1998年に採択した「労働における基本原則および権利に関する宣言」では、普遍的で中核的な労働条件、中核的労働基準として4つの分野があげられています。1つ目が、結社の自由、団結権、団体交渉権の効果的な承認です。これは労働組合を作る権利、団体交渉をする権利のことです。2つ目は、あらゆる形態の強制労働の廃止、3つ目は、児童労働の実効的な廃止、4つ目が、雇用及び職業における差別の禁止、この4つの分野に関する8つのILO条約を中核的条約としています。この中核的条約、中核的労働基準というのは国際的なCSRの中心になっていて、連合や産業別組織が提起している雇用労働分野のCSRの基本に据えられています。今回の調査では、「子会社等での」と設問を設定しましたので、企業が果たすべきCSRの比率は高くありませんでした。これはおそらく「企業の海外進出先、海外にある子会社等への中核的労働基準の遵守について取り組みを行っているかどうか聞いている」と回答企業・組合が判断したのではないかと思います。この調査の対象企業にはそれほど海外に進出している企業が多くないということも関係していると思います。ただし、海外に進出している企業についても、進出先で労使紛争が頻発しているところもあり、国際的な基準からも、この中核的労働基準の遵守というのは取り組まなければならない課題の一つです。
  話を図の2-1に戻します。特に従業員に直接関わる労働の質の分野をみますと、「実質労働時間の短縮」や「雇用延長」という項目でCSRという認識が高い傾向がみられます。CSRの認識が高い項目を見ますと、法律の規制の強い項目であるという傾向があります。例えば雇用延長がそれに該当します。65歳に向けた雇用延長について、2006年から施行された改正高年齢者雇用安定法では、企業は希望者を65歳まで雇用しなければならなくなりました。これも法令遵守の観点から取り組みが進められているのだと思います。
  組合、企業ともにCSRと考える比率が高い「健康・メンタルヘルスの管理・改善」という項目があります。これは広く従業員にとって有益である内容といえます。こうした項目でもCSRの認識が高いことがわかります。
  他方で、女性の登用に関する項目や均等待遇の促進など、法律による規制が弱く、企業の自発的な取り組みに委ねられていて、対象が女性に限定されている項目では、労使ともにCSRとしての認識が低いという傾向も見られます。
  労使のCSRの認識は共通した部分も多く見られますが、違いもあります。例えば、企業の見解では、法令遵守、環境保全に関する項目が上位を占めていますが、組合は、法令遵守に続いて、労働の質の改善に関わる項目があげられています。特に「実質労働時間の短縮」「有給休暇取得率の外部開示」「健康・メンタルヘルス」「育児介護休業の取得促進」といった項目で、企業がCSRと考える比率は組合を大きく下回っています。これらの取り組みについては、企業よりも組合でよりCSRとして認識しているということがわかります。

(3)企業別組合のCSRの取り組み
  次に企業別組合がCSRにどのように取り組んでいるのかについて見ていきます。労働組合にとって、企業内の労使協議の場はCSRに関与する入口の部分に当たります。今回の調査に回答した組合のうち、CSRについて企業と協議したことがあるとする組合は9割以上を占めました。またその多くが、労使協議の場で行われています。その話し合いが実際どの程度きちんと行われているかについて見ていきたいと思います。
図の2-2はCSRに関して、組合としてどのような取り組みを行っているか、について聞いたものです。「会社が発行している環境社会報告書やCSR報告書を組合で読んで、労使協議会などで発言をしたことがあるか」「組合の中にCSRに関する検討会を設けているか」「CSRに関する勉強会、研修会を開いているか」「CSRについて組合独自の見解をまとめているか」「中核的労働基準を読み、検討したことがあるか」「組合の重点的活動課題としてCSRを採り上げているか」という6項目をあげて、既に取り組みをしているものには○をしてくださいという設問をつくりました。
  その結果を見ますと、無回答がかなり多く全体で約4割を占めています。恐らくこれらの組合では、CSRに関する具体的な取り組みをまだ行っていないのではないかと考えられます。1000人未満の企業では、半数近くが無回答になっています。最も多くの組合があげた取り組みは「組合の重点的活動としてCSRを採り上げる」ことです。回答した組合の9割以上がCSRについて協議、話し合いをしたことがあると答えていたのに対して、労使協議などで発言しているのは14.0%という結果が出ています。恐らくこのCSRに関する協議というのは、会社の提案で行われているものではないかと推測されます。
  では次に、日本の企業の中でCSRについてどのような取り組みが行われているのか、また企業別組合は、企業の取り組みに対して、発言を行っているかどうかという点について見ていきたいと思います。図2-3を見てください。各項目の上の黒い部分が会社の取り組み、グレーの部分が組合の発言となっています。企業別組合の発言がもっとも多いのが「65歳に向けた雇用延長」で、調査の対象とした組合の86.4%が発言をしていると回答しています。これに対して、雇用延長に取り組んでいる企業は74.7%です。組合の発言の方が多いです。また、実質労働時間の短縮については81.9%の組合が発言していますが、会社で実際に取り組まれている比率は52.5%と半数程度になっています。
  全体を通じて会社の取り組みを見ますと、CSRの認識と同じように、法令遵守や環境保全の分野に比べて、労働の質に関する項目でも、法律の規定が弱く、その対象が限定されている項目で取り組みが遅れています。例えば「女性管理職の登用」や「均等待遇の促進」です。
  組合の発言を労働の質の分野で見ますと、「労働時間の短縮」や「健康・メンタルヘルス」「雇用延長」などについては、8割以上の組合で発言が行われていて、これらは会社の取り組みを上回る数字になっています。ただし、会社の取り組みと同じように、「女性管理職の登用」や「均等待遇」「障害者雇用の充実」などでは、メンタルヘルスなどに比べて発言が多くありません。雇用労働分野に関わる内容についての情報開示についても、あまり発言が多くなくて、これも会社の取り組みと類似した傾向があると言えます。組合の発言、特に労働の質に関わる分野に関して、図の2-1と比較してみますと、会社の取り組み、組合の発言、そして労使のCSRとしての認識は同じような傾向が見られます。また、「労働時間の短縮」については、会社の果たすべきCSRと指摘した組合が66.8%、労使協議会等で発言していると答えた組合は81.9%と、発言している組合の比率が認識している組合の比率を上回る結果になっています。これは、「雇用延長」や「健康・メンタルヘルス」「育児介護休業」なども同じような結果です。これらの項目については、それらをCSRとしてとらえているのではなくて、組合がこれまでも採り上げてきた課題と認識して、取り組みが行われているのではないかと推測されます。
  ここで、少しCSRと皆さんとを関係づけたいと思います。CSRの考え方では、企業がステークホルダーに対して説明責任を果たしていかなければならないとされています。CSRを実践していくためには、様々な人たちと対話して、何に具体的に取り組んでいくのか決めていくべきだと思います。様々な人たちと対話していくためには、企業は自らの情報をオープンにして意見を言ってもらうという体制が必要です。そこで、皆さんとの関係ですが、例えば、雇用労働分野の情報を公開することは、就職活動を行う前の皆さんにとっては大変重要なことだと思います。例えば、女性管理職の数や有給休暇取得日数、育児支援策といった内容がCSR報告書に公表されていれば、この会社には女性管理職がどのくらいいるのかとか、この会社は出産した後も仕事を続けられるのかということを、事前に見ることができます。現在では、大企業の多くでは会社のホームページにCSR報告書やサステナビリティ報告書、環境報告書というような名称で報告書を公開していて、簡単にダウンロードしたり、送って下さいと頼むとすぐに送ってくれるようになっています。皆さんが就職してみたいと思う会社があったら、ホームページを見て、CSR報告書を手に入れて、「自分の働いてみたい会社はどのようなことを考えているのか」、「その会社は働く人たちを大切にしているのか」などを見てみるのもいいかもしれません。また、その情報を開示することは、企業にとっても優秀な学生さんを採用できるというメリットがありますし、双方にとっていい効果が見られるのではないかと思います。
  雇用労働分野のCSRの取り組みを見ますと、「女性の登用」や「均等待遇」というのは、あまり進められていません。企業別労働組合の発言もそれほど多くないという結果が出ています。なぜ組合は、女性や非正規労働者の声を大きくできないのかという問題があると思います。これは私の考えですが、これまで日本の労働組合は大企業の男性正社員を中心としたメンバーで構成されてきたということと関係があると思います。組合の組織率は18.2%、これを女性の組織率で見てみると12.2%とかなり下がってしまいます。組合に女性や非正規労働者が組織化されていないことによって、組合の発言も女性やパートさん、非正規労働者の声を代弁しきれていないという問題が生じていると思います。少子高齢化が進んで、今後労働力不足になるといわれています。企業が持続的に企業活動を行っていくためには、CSRとして企業の中で女性の登用を進めること、多様な働き方をどう活用していくか、そのためにはどんな処遇が必要かということを、労使ともに考えていく必要があるということが、CSRを通じても読みとることができると思います。

(4)CSRが企業別組合にもたらす効果
  企業別組合のCSRへの関与はそれほど積極的でなくて、会社に先導される形で進められています。従業員に直接関わる雇用・労働分野についてのCSRへの認識や会社の取り組み、組合による発言を見ても、その内容によって非常にばらつきがあります。まだ多くの課題が残されています。
  しかし、その一方でCSRが企業別組合の取り組みに効果をもたらしているのではないかということが調査結果から明らかになりました。アンケート調査では、最近のCSRの議論の高まり、CSRという考え方が普及・浸透することによって、「労働組合として会社に要求、協議しやすくなったことがありますか」という質問をしました。その結果は、「要求、協議しやすくなったことがある」とする組合が全体の4割を占めていました。これは、CSRの考え方が普及することによって、組合の要求環境が改善されたということです。その具体的内容を各組合に自由記入で書いてもらいました。その結果をまとめたのが、資料の図2-4です。一番多かったのが「休日・労働時間」、次に「次世代育成・育児介護」「労働の質」などの順で、労働に関わる項目が上位を占めています。「協議の促進・拡大」をあげた組合も1割弱を占めています。こうした結果から、CSRの普及によって、組合が企業に対して、特に労働条件に関わる内容について要求・協議しやすくなっている。つまり、企業別組合にとってCSRは効果をもたらしていると言えます。
  次は企業別組合の発言とCSRへの認識・取り組みです。ここでは企業別組合の発言がCSRの取り組みにもたらす効果についてご紹介したいと思います。図の2-5は情報開示と労働の質の改善に関するそれぞれの項目について発言している組合と発言していない組合とで、その項目を会社が果たすべきCSRとして考えているかどうかを見たものです。この結果を見ますと、発言している組合は、グレーのところですが、発言していない組合に比べて、どの項目でも会社が果たすべきCSRとして指摘している比率が高くなっています。CSRとして認識が低かった「中核的労働基準」「短時間勤務者の均等待遇」「女性管理職の外部開示」についても、発言している組合では6割から8割以上がそれをCSRとして考えています。つまり、調査結果からは、発言している組合は、多くの問題をCSRとしてとらえていることといえるかもしれません。また、逆の見方をすると、CSRとして認識されることによって、よりそれらの項目に対して発言が行われている、とも考えられるでしょう。
 
(5)A労組(化粧品の製造と販売)の事例
  一つの会社の事例をあげて、企業別組合のCSRへの関与についてご紹介したいと思います。この事例は、企業と企業別組合のCSRの取り組みについてだけでなく、ある事件をきっかけに組合と企業の関係がより強化され、そこで築かれた新しい労使関係がCSRの取り組みを進めていったというものです。A社は、化粧品の製造と販売をしている会社です。この会社の特徴として、社員の7割以上が女性、また組合員も約8割が女性と、女性比率が高いことが挙げられます。
  A労組は1998年の春闘の要求を決める中央委員会を開催しました。この会議はベースアップの水準や賞与の要求額を組合で決める会議です。その会議で1人の女性の委員から発言がありました。この人は販売の第一線で仕事をしている人たちの代表としてこの会議に出ていました。彼女は、「私たちが組合に期待しているのは、賞与のアップだけでなくて、販売第一線の実態をしっかり会社に伝えてもらいたいということだ。私たちはお客様のことを本当に考えて仕事をしたい。このままの状態を続けたら、会社の将来はない、組合はそのことをちゃんと会社に伝えてほしい」と話したそうです。
  この女性の指摘した販売第一線の実態は「押し込み販売」というものでした。この会社では、半期毎の決算前に商品を販売店に押し込んでいました。本来ならば販売店では商品をお客さんに売って、それで初めて本当の売上げになりますが、売上げが伸びないときに、営業担当者が販売店を回って売れる数以上の仕入れをお願いしていたのです。こうして押し込んだ商品は、決算の日が終わると、返品として戻されるということがくり返されていたそうです。これは販売の問題だけではなくて、仕入れがその時期に集中して行われると、その分製造している生産現場の人たちは、休日出勤や残業して、商品を作らなければなりません。そこで働いている人たちは、売れていると信じて生産しているのに、本当は売れていないという実態があったということでした。
  組合はその会社の実態を知っていながら団体交渉で賃上げの結果を出すだけでいいのか、これで会社の将来はあるのかということを議論するようになりました。次の年の春闘では、その押し込み販売の実態を伝えるために、これまで経験したことがないベースアップゼロの要求を、会社を変えるために出しました。ベースアップゼロという要求を出すことによって、ベアを要求しない組合は必要ない、会社の御用組合なのではないかという批判もたくさん出されたようです。それでも組合は会社を変えるため、組合の会議の中でくり返し議論を重ねて、この要求を出すことを決めました。ベースアップゼロの要求と一緒に、賞与も従来より低めに設定して、会社に押し込み販売の実態を認めさせることを第一に交渉を進める戦略をとりました。会社はその思ったよりも低い要求を見て慌ててしまい、交渉の場に社長が初めて出席することになりました。団体交渉に社長が出席すれば、組合の思いを直接社長に伝えることができます。組合からの出席者は直接現場の様子を詳細に伝える努力をしました。
  この春闘交渉を機に、会社と組合の関係が変化するはずだったのですが、しかし次期も押し込み販売がありました。さらにその傾向は高まってしまいました。そうすると、販売で働いている人たちからは、組合が主張したことが現場では実現されていないという電話が頻繁にかかってきました。企業側はその実態をまだ把握していませんでした。
  そんな状況の中で、組合は全国の営業担当者に「現場で何が起きているのかを伝えてほしい」と緊急のアンケート調査を行ったそうです。この時に組合は100枚のアンケート用紙を配りましたが、回収してみると、配布枚数より多い172枚返ってきました。すごい反響で、その中には「もう押し込み販売はしたくない」という切実なメッセージが書かれていたそうです。
  そこで組合はそのアンケート用紙172枚をもって、経営側と話をすることになりました。そのときには、経営側も押し込み販売によって返品された商品の額が過去最高の額になっていたので、この押し込み販売の実態を無視できない状況になってきていました。これを機に、会社は自分たちが販売第一線の状況をちゃんと把握していなかったことを認めて、また組合に現場の実態を教えてほしいというように、考え方を変えるようになりました。
  そこで労働組合のほうは2年連続のベアゼロ要求を会社に突きつけて、「今度こそ会社を変えるぞ」と考えました。しかし、組合員は去年も賃金が上がっていませんし、実態は何も変わっていないので不満を持っていました。それでも組合は一生懸命、会社を説得して、もしこの交渉で会社が押し込み販売をやめないのであれば、自分たちは組合の役員を辞めよう、それを賭けてでも交渉しようと決めたそうです。その結果、会社側から組合に対して、「これほど真剣に会社のことを考えているのかと驚いた。組合の思いを近い将来必ず形にする」という回答を得たそうです。
  団体交渉が終わって、2001年2月に新しい経営改革が発表されました。これまで組合役員が出席することはありませんでしたが、初めて組合も会場に呼ばれて社長の方針を聞くことになりました。そして、この改革にはこれまで組合が主張してきたことが全て含まれていて、お客様の視点に立った改革、つまり組合が求めていた改革の内容そのものでした。このように、組合が従業員の声を代弁して企業に伝える努力をしたことによって、会社は変わっていきました。この会社ではCSRの取り組みについても同じことが言えます。CSRの取り組みについては、A組合の関与がA社のCSRの取り組みを後押ししています。
  A社のCSRの取り組みの特徴は、女性社員が多いので、例えば男女共同参画や育児期の社員が活躍しやすい職場づくり、ワークライフバランスの取り組みがあげられます。こうした取り組みにA労組はどのように関与していったのか。例えばA労組は組合員を対象にアンケートを実施したり、また会社と一緒にアンケートを実施しました。その結果、例えば、組合員から会社への要望として、「マタニティ制服を作ってほしい」という声があがりました。会社はその要請に応えて、その制服の導入を決めました。また、A労組のある支部では、組合員が育児休業制度の内容をよく理解して、同僚や上司に理解を得ながら休業を取得できるようにするためのガイドブックを作っていました。それを参考に、A組合も組合員の声を聞いたり、ホームページや機関誌で、育児介護休業や育児期の育児時間の取得についてのアドバイスを紹介する取り組みを行いました。こうしたA労組の取り組みによって、今度は会社のほうが、育児期の社員が活躍しやすい職場づくりのガイドブックを作成して、全社員に配布するというように変化していったそうです。
  企業と組合が連携したCSRの取り組みは、組合が会社を変えるための、押し込み販売をなくすための要求や取り組みを行ったことによって、会社と組合の関係が改善されたことがすごく大きいと思います。この会社ではCSRとして、女性の登用やワークライフバランス支援に取り組んできたことによって、従業員の仕事と育児の両立が可能になって、出産を機に退職する人が減ったり、女子学生の応募も増加して学生の人気企業の一つになっています。また女性管理職の数も増加しているようです。従業員の人たちからは、育児をして会社に戻ったあと、育児を経験したことによって、「お客様とのつながりをより強く持てるようになった」とか、「時間の使い方がうまくなった」など、会社の業績にもプラスになるような声があげられているようです。こうしたA社、A労組の事例は、組合が経営改革、そしてCSRに関与する取り組みを充実させている一つの事例だと思います。

(6)今後の課題
  まずは、組合員とのコミュニケーションです。日本の企業別組合は正規労働者が中心で、そのためパートで働く非正規労働者の人たちの声がどの程度反映できているか、CSRとして従業員の声を会社に伝えていくのであれば、組合員だけでなくて多様な従業員の人たちにCSRの必要性を話して、みんなの声を聞く必要があります。そのためには、非正規労働者の人たちを組織化して、組合員を増やすことも労働組合の取り組みの重要な一つになると思います。
  次は、労使協議を介した労使のコミュニケーションです。これは今回の調査では9割以上の組合が「CSRについて協議・話し合いをしている」と答えていますが、今回の調査結果をみるかぎり、実際の取り組みは会社に引っ張られる形で進められているというのが実態だと思います。
  従業員のニーズをCSRとして反映させていくためには、企業別組合は、会社に組合員、従業員の意見や考えを伝えなければなりません。先ほどのA社、A労組の事例でもあったように、従業員の声を聞いてそれを企業に伝えることが大切なのだと思います。
  最後は、企業の施策のチェック(CSRの視点、従業員のニーズ)です。企業別組合のCSRの関与として重要なのが、企業行動のチェックです。企業別組合は、企業とは異なる観点から企業行動を監視する、そして適切な意見を出していくということが求められています。従業員は株主、投資家といったそのほかのステークホルダーとは異なって企業の行動を内部からチェックすることができます。労働に関わる情報を企業と組合に留めることなく外部に開示すること、それを求めることも必要だと思います。そうした取り組みによって、CSRの取り組みがより充実したものになり、企業活動も持続的なものになっていきます。
  今日は企業別組合の話を中心にしてきました。産業別組合や連合でもCSRの取り組みをしています。いまは企業の社会的責任だけでなく、労働組合の社会的責任も問われ始めてきています。例えば中核的労働基準の遵守。これは海外に進出している企業が主な対象だとお話しましたが、日本にとって必ずしも無関係ではないと思います。ILO条約の111号というのがあります。これは「雇用及び職業における差別の撤廃」という内容ですが、まだ日本は批准していません。女性や非正規労働者、障害者の雇用、就業機会、就業状況を見ますとこれからもっと改善していく必要があると思います。こうした働く場における差別をなくしていくためには、企業別組合は企業内のチェックを進めていくことが重要です。同時に、ナショナルセンターの連合や産業別組織は企業別組合を通じて、CSRの重要性を組合員に教育していくとともに、制度政策要求や経営者団体との協議の中で広く、働く人たちのために雇用労働条件の改善に力を注いでいかなければなりません。現在の労働組合の政策・取り組みを見ますと、企業別組合と産業別組織、連合ナショナルセンターとの連携がうまくいっている状況ではありません。こうした広く社会に向けた取り組みをCSRの視点で考えてみますと、労働組合全体で取り組んでいくことを今後の課題の一つとして考えなければならないと思います。ありがとうございました。

ページトップへ

戻る