私の提言

奨励賞

コロナ禍で急増した生活困窮者の自立・就労に関する一考察
=今、労働組合に求められるブレークスルー=

工藤 孝之

1.はじめに

 昨今のコロナ禍で生活困窮者が急増している。飲食業や各種サービス業が軒並み営業自粛を余儀なくされ、そこで働く労働者が、労働時間の短縮、さらには解雇にまで追い込まれるケースが多いからだ。
 現在、私は湘南に位置する福祉事務所で、そうした生活困窮者に対する自立・就労を支援する職に携わっている。これまでも、首都圏の福祉事務所や職業訓練施設などさまざまな場面で生活困窮者の就労支援に深く関わって来たが、コロナ禍の今、その状況が著しく悪化の一途を辿っていることに驚愕せざるを得ない。わずかばかりの蓄え金も使い果たし昨日からほとんど食べていない、アパートの家賃を滞納し今月中に退去を迫られている、などの理由から福祉事務所に駆け込む市民が何と多いことか。この問題は大きな社会問題であり、行政や地域社会はもちろんのこと、企業、そして労働組合も無関心ではいられない。
 そこで、本論では、生活困窮者に対する自立・就労について、その実践現場から気づいた解決すべき課題は何か、特に労働組合に求められていることを掘り下げてみたい。私自身の就労支援を振り返ると、成功例だけでなく、反省点も少なくない。こうした経験から、働くことを軸とする安心社会の実現にも深く関わる生活困窮者の自立・就労について、コロナ禍という特別かつ困難な状況にあってどうしたら超克できるか、労働組合としてどう関わっていくべきか、新たな発想から提言を試みる。

2.生活困窮者に対する自立・就労の支援制度と実態提起

 生活困窮者の自立・就労に言及する前に、問題提起として、現状の支援制度並びに生活困窮者の実態に触れる。尚、生活福祉全体の視点から見れば、従来から認知されている生活保護受給者支援も同じ生活困窮の範疇ではあるが、ここでは生活困窮者に的を絞ることとする。
厚労省の「生活困窮者自立支援制度について」では、参考文献[1]に示すが、生活困窮者に対する支援策として住宅確保給付金などいくつか載っている。自立のための就労支援に限れば次の3項目がある。

(1)自立相談支援事業:

 就業その他の自立に関する相談内容、事業支援のためのプラン作成等を行う。

(2)就労準備支援事業:

 就労に必要な訓練を日常生活自立、社会生活自立段階から実施する。

(3)就労訓練事業:

 生活困窮者に対し、就労の機会を提供すると共に就労に必要な知識及び能力向上のために事業を行う場合、一定の基準で設定する。

 これらをわかりやすくまとめると、生活困窮者に対し、福祉事務所がハローワークや各種福祉支援団体等の関係機関と連携し、ヒヤリング・アドバイス・行動計画・求人開拓・訓練受講を含めた職業スキルアップ・応募先選び・応募準備などにより、就労に向け総合的かつ個別に支援する制度である。
 ところで、コロナ禍の今、生活困窮者の実態はどうなっているのか。とても気になる点だが、参考文献[2]に示す新聞記事によると、厚労省の発表では、福祉事務所への困窮相談が2020年4月~9月までの上半期で39万1717件、昨年同期の3倍だったとのこと。下半期のデータはまだ出ていないようだが、おそらく上半期より減少することはないと思われる。すぐ身近に生活困窮者は存在している。これが現実だ。決して対岸の火事ではない。我々市民一人一人が、そして社会全体で真剣に考えなくてはならない問題であることが明らかとなった。
 実際、私が関わっている現場でも、コロナ禍の今、相談に訪れる生活困窮者が飛躍的に増えた。その大半が就労支援の対象である。おかげで私の出番はひっきりなしだ。うれしい悲鳴という言葉があるが、とっくにそれを通り越して、止まらない電車を走らせているようなもので、何とも心が痛む。

3.高齢者の自立のための課題と対策

 生活困窮者は自ら好んでそうなったのではない。〈仕事を失った。働く時間が削られた。離婚、別居などやむを得ない理由から生活に困窮するようになった〉。したがって、〈できるだけ早期に何とか就労して自立したい〉。そう願う人がほとんどと言っていい。
そうした生活困窮者の中でも圧倒的に多いのが高齢者である。
 高齢者の就労に関してはさまざまな意見が存在する。高齢者の就労が進むと若年者の雇用が奪われるのではないか、と懸念する声も根強い。労働組合にとっては頭の痛い問題だと推測するが、敢えて問題提起したい。雇用数が一定ならば確かにそういう懸念は生じる。しかし、雇用数だけで考えるのは疑問がある。雇用は仕事内容と職業スキルが合致しているかがポイントだ。
 私は高齢者と若年者とで仕事の棲み分けができると考える。経験やノウハウを必要とする仕事は若年者向きではないし、逆に体力を要する仕事には高齢者は避けるはずだ。参考文献[3]で述べているとおり、高齢者は、年齢に比例して増大する対人関係能力、概念化能力、そしてボランティア実践能力が高い。対人関係能力と言えば、まずコミュニケーション力が浮かぶが、他にも感情や思いを引き出す力、動機づけや意欲増進力などが該当する。また概念化能力では、問題提起から状況分析、時系列観念、前例のない問題への対処などが当てはまる気がする。技術・技能の継承面からも、高齢者へ期待する若年者が少なからず存在するのは確かだ。
 とは言え、昨今の増大している求人倍率から、若年者が高齢者雇用に危機感を持つのは理解できる。そこで労働組合の出番だ。こうした不安をできるだけ解消するためにも、仕事の棲み分けができないか、きちんとケーススタディし、双方が満足する労働形態を提案して行くことが必要だと考える。
 高齢者の就労支援は、求職者の社会経験が豊富な分、一見して楽そうに思えるが、必ずしもそうとは言い切れない。前職への思いが強すぎ、再就職先へどう取り組むか、この舵取りがおろそかになっているケースが何と多いことか。特に、生活困窮者の場合はなおさらのこと自分に自信を失っているので、まずはやる気を起こさせることからスタートするようにしている。今後、高齢者の生活困窮者はますます増えて行くに違いない。労働組合の新たなテーマとなりうる気がする。

4.自立の鍵となる就労支援

 就労支援はその被支援者の置かれている立場、目的意識、年齢、持っている職業スキル、将来設計を含めた考え方、さらには経済動向/労働市場、求人開拓の可否、ハローワーク等外部機関との有効な関係性が築けるかなど、取り巻く環境で大きく変わる。
 かつて、私は公営の職業訓練施設で5年間、就労支援に関わった。個別の就労相談だけでなく、職業講話にも注力した。訓練科目に応じて、その職務がどんな魅力を持っているか、将来性はどうか、求人側が何を求めているか、できるだけ具体的に解説し、質疑応答も徹底した。こうした取り組みが、訓練生自身の職業観を高め、就職への意欲を植え付けさせたように思う。
 この職業講話に関しては、労働組合も積極的に関わっていいと思う。そもそも職業観を誰よりも広く深く取り込んでいるのが労働組合ではなかろうか。実務に精通した社員が労働組合を構成している。職務の魅力を紹介するのにぴったりと言える。一企業の中だけでなく、広く就職セミナーなどの講師役として、出番をつくり情報発信することがまさにこれから求められよう。
 他方、生活困窮者の場合を考えると、置かれている状況も持っている職業スキルもまちまちだ。共通しているのは早く就労を決め、生活困窮から脱したい、その思いが強いこと。だが、肝心の就労に臨む準備や作戦は立てているかと言えば実に心細い。昨今の求職がいかに厳しいか、表面上は理解するも、現実を直視できていないケースがほとんどだ。コロナ禍の今、圧倒的に労働市場の需要と供給のバランスが崩れている。求人の絶対数が少なく、さらに質的な面、例えば事務職など少しでも条件のいい求人があれば応募者が殺到する。こうした高い競争率をどう突破するか。
 参考文献[4]で、支援者と被支援者の関係は協同関係ながら、横に並ぶのではなく、半歩後ろから歩き、見守る姿勢が望ましいと指摘している。そして、支援者は、被支援者が自分自身と向き合い困難に対して主体性を取り戻すことを支える。この支え合う関係性を前提とした相談支援の仕組みや地域づくりを進めていくことが肝要だと説く。
 この考え方はとても大事だと思う。支援者を就労支援者、被支援者を生活困窮者に置き換えると、ともすれば就労支援者はリード役になりがちだ。ヒヤリングでもこちらから質問を浴びせ、答えを引き出すことに終始していないだろうか。実を言うと、私自身もその傾向があることは否定できない。しかし、本来、相談業務とは生活困窮者が主役であり、心の叫びにどれだけ寄り添えるかを問うのが理想的であろう。
 就労後の定着フォローも重要だ。新たな職場でなじめず、すぐに辞める生活困窮者が何と多いことか。就労を実現させることに精一杯で、残念ながら、定着フォローまでは手がまわらないのが実情で、私自身の反省点でもある。
 そこで労働組合にお願いしたい。たとえ組合員でなくても、新しく入社した仲間に、労働に関する悩みをつぶやかせ、生活面を含め気軽に相談できる場の提供ができないものか。これも立派な見守りだと思うし、何よりも社員定着という労働組合の一つの使命を果たすことにもつながる。

5.今、労働組合に求められるブレークスルー

 生活困窮者を取り巻く環境は整備されつつある。制度も助成金も連携体制も基盤はできたと言っていい。残された問題は運用面できちんと効果を発揮しているか、そのための実行力が伴っているかである。
 私はコロナ禍の今、有効な解決策として求められているのはブレークスルーであり、労働組合にも期待がかかる。次の3点から述べる。

(1)相談会における相手目線の徹底

 相談業務の主役は被相談者である生活困窮者であると述べた。そうであるならば相手目線に徹底することが必要だ。自立・就労に関して、行政や各種団体がさまざまな相談会やセミナーを開いている。貴重な情報を得ることができ、有効な手段であることは申すまでもない。ブレークスルーの観点から述べると、予約制に固執することなく、フリー参加のスタイルも取り入れたい。予約制だと運営側は参加人数もあらかじめ把握できやりやすいのはわかる。だが、参加者の立場に立てばどうか。1か月後の予定を組み入れること自体、実は厄介だと思う人がほとんどであろう。別な見方をすれば、それだけ計画性を持てる人は自分で就活できそうだ。より多くの人に来てもらうのが相談会の目的だとすれば、参加しやすいフリー方式がもっと広まってもいい。労働組合のセミナーも同様だと考える。  次に、その中身であるが、例えばセミナーの場合、できるだけ質疑応答を濃くしたい。講師が自分の言いたいことに時間をかけたい気持ちはわかるが、どれだけ理解したか、その評価は質疑で決まる。これが実践から得た答えだ。私も学会や職業大フォーラムなどで発表・講演した経験があるが、スピーチ後の質問が一番印象に残っている。予想外の質問に、答えに窮したこともあったが、それはそれで自身の勉強になったわけで今思えば感謝しかない。

(2)魅力ある求人票に期待

 就労支援で大事な項目の一つに求人開拓がある。企業の採用担当から求人票を提示された時、私が注視するのは会社の特長欄、仕事の内容、求人に対する特記事項だ。求人票を見た求職者が、そこを受けようと思うには心に響く何かが必要だと思うからだ。まず企業の魅力であるが、会社の特徴欄には、どんな分野に強いのか、他社差別化の技術力は何か、などが必要だ。それらの魅力が明確になっていなければ、この会社に入ろうかな、とは決して思わないだろう。
 次に、将来の職務面での発展性であるが、自分の人生設計にも大きく左右するので、大きな関心ごとになる。当面は現場作業員からスタートしても、5年後、10年後には責任者としての仕事が任せられる、そうしたシナリオが読み取れることが大事だ。
 求人票の中身については、会社側だけでなく、労働組合も積極的に参画すべきだと思う。実際にその現場で働いている組合員がいる。彼らが応募者目線で仕事の面白さ、将来展望を描き、それを求人票に反映させる。こうした提案が、結果的に会社側にとって、いい人材確保につながるのではないか。

(3)多様な働き方に対する労働組合の取り組み

 私が会社員だった頃、40年程前になるが、労働組合の執行役員を経験したことがあった。その頃は原則、従業員であれば無条件に組合員となり、会社側との賃金交渉はもちろんのこと、組織強化・教育宣伝・行事などすべての面で思い切り活動ができた。翻って、今を展望すると、残念ながら組合の組織化、活動自体にかつてのエネルギーはなさそうだ。時代の流れもあるが、多様な働き方になっているのも一因かも知れない。フルタイムでなく、パート勤務、それも労働時間を自己申告できる上、ダブルワークも可能になった。こうした多様な働き方が普通になっている状況に対し、労働組合はいかなる対策が必要か。
 私は賛助会員のようなゆるやかな取り組みに期待したい。たとえ週2日、3時間のパート職であっても、その会社で働いていることには変わりはなく、労働条件など身近な相談、地域社会とのつながりも含めた情報提供が欲しい。そう願う人に、組合員ではないが、賛助会員としてゆるやかに関わって行けたら素晴らしいと思う。特に生活困窮者の場合、頼れる人も少なく、ましてや、やっとのことで再就職でき、新たな職場での不安もあるはず。そこに手を差し伸べる。それも労働組合として期待される役割ではなかろうか。わかりやすい言葉で語りかけることも忘れてはならない。コンビニに立ち寄る感覚で労働相談できる、そういう場の提供、寄り添う姿勢が今まさに求められている。

6.おわりに

 今の仕事を選んだ理由は?と問われたら、私は相手方である生活困窮者の笑顔が見られるからと答えたい。就労支援は料理作りと似ていると思う。就労支援では、自分に合った就職先選び、応募書類の仕上げ、面接リハーサルが求められる。他方、料理の場合は、メニューを決め、旬の食材を選び、腕によりをかける調理技術が不可欠だ。どちらにも共通することは、情熱に支えられた創造力と自己研磨である。そして、これが一番のポイントだと思うが、年齢に関係なく、高齢の私でもやりがいを持って取り組めることだ。
 これまで生活困窮者の就労問題は労働組合の話題になることはなかったように思う。だが、現代の労働組合は労使関係の枠組みだけでなく、地域・市民にも関心を寄せることが求められ、その存在価値を再発見するチャンスにもなりうる。生活困窮者の自立・就労は個人の生活問題であると同時に、行政、福祉関係団体、企業、労働組合、そして地域社会にもつながる大きな社会問題でもあると改めて感じる。働き方が多様化し、職種、労働形態、労働時間などめまぐるしく変貌を遂げつつある中で、こうした社会的弱者にどう配慮するか、労働組合の原点がそこにある気がする。
 提言できる機会を得られたことに感謝すると共に、願わくは、本論が今後の労働組合における問題提起の一つになれば幸いである。

参考文献

  • [1]厚生労働省「生活困窮者自立支援制度について」pp.6 平成27年7月
  • [2]日本経済新聞 「困窮相談件数」令和2年12月28日付記事
  • [3]工藤 孝之:「今後におけるシステム思考による就職支援のあり方」平成29年
    職業開発総合大学校「職業能力開発研究誌」33巻,pp.109 (2017)
  • [4]菊池 馨実:「第7回生活困窮者自立支援全国研究交流大会報告書」生活困窮者 自立支援全国ネットワーク「新たな地域づくりから社会保障の未来を考える」pp.33 2021年2月28日

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