『私の提言』

講評

「第10回私の提言」運営委員会
委員長  岡部謙治

 「山田精吾顕彰会の論文募集」事業を2004年に連合が引き継いで10回目の募集となりました。10回目となる今回は、目指すべき社会像として連合が提起している「働くことを軸とする安心社会の実現」をテーマとして、これまで以上の呼びかけを行ってきました。その結果21編と多くの応募を頂くことができました。連合本部・構成組織・地方連合会・関係者の方々にお礼を申しあげます。

 応募者もシニア世代、現役の労組役員、大学生から組織外の有識者まで幅広い各層からの応募となり、連合・教育文化協会の教育事業の理解が広まってきていることの顕れと受けとめています。今後活動をいっそう充実させていきたいと考えています。

 審査の結果、優秀賞1編、佳作賞1編、奨励賞2編に決定しました。
 優秀賞は寺谷浩司さんの「シニア層の社会参画問題と労働組合の新たな役割―セカンドライフの助走路としての準公共的コミュニティ装置―」に決まりました。
 委員の多くから今回もっとも優秀との評価を得ました。少子高齢化社会から「多老化社会」になるとの背景分析のもと「引きこもりシニア」を取り上げ、シニアプラットホームという新たな社会参画システムの構築の着想が評価されました。

 佳作賞には湯田厚子さんの「ダイバーシティ「の必要性~想いを一つに一歩踏み出そう~」が選ばれました。
 職場の視点で良く書かれており全体を通して労働組合運動への高い意識が窺える。今後ますます重要になってくるマタニティ・ハラスメント問題を取り上げた着眼点も評価されました。

 奨励賞には角谷博さんの「非正規雇用労働者の処遇改善に向けた提言~・正規雇用労働者と労働組合への期待を中心に~」が選ばれました。
 連合が取り組むべき喫緊の課題を取り上げており構成も論旨も良い、現状分析も良くできており何が問題か明確にされているだけに、さらなる提言を望みたいとして奨励賞としました。

 同じく奨励賞として黒野将大さんの「『月500円のブラック企業保険』の可能性~・中小・非正規労働者の組織化の方策~」が選ばれました。
 非正規労働者がなかなか組合に入れない現状に光を当てている点が評価できる、一方で組合費「500円保険」という考え方は必要なときだけ利用し、お客様という発想で終わってしまい、労働組合の社会的役割までたどり着かないと論評が二分されました。組合費が持つ労働組合組織の理解が不十分なところがあるが、大学生から見た問題点の指摘、着眼点も面白い、若者の組合離れが進む中こういう提言は理解できると奨励賞に決定しました。

 運営委員会としては選考にあたりオリジナリティ、提言の具体性を重視して臨みました。その結果、受賞には至らなかったものの、分析や着眼点は優れているが提言の段階が弱いもの、またすでに提起されているものについては受賞を見送りました。今回も連合寄付講座に参加されている学生からの応募があり、寄付講座の成果と言えます。同時に年齢的には中高年層と言える方々からのじっくりと現代社会を考証する提言を頂いたのが印象的でした。男女、年代、職業、地域に拘わらず、今の閉塞状況をなんとか脱しなければという思いを感じさせる第10回の提言でした。

 全体と受賞作の講評については以上ですが、別に運営委員の橋元秀一さん、廣瀬真理子さん、大谷由里子さん、吉川沙織さんに寸評を行って頂いております。ここでは書ききれなかった選考議論やそれぞれの委員の論評を御期待下さい。

 山田精吾顕彰会の論文募集から16回、連合が引き継いで10回目となりましたが、毎回の提言にはその時代その時々の社会情勢、労働運動の課題が反映されています。特に現場からの訴えにそれを強く感じます。
 改めて多忙な中にあって組合活動の中から、さらに学生、連合組織以外の皆さまから連合への提言を多く頂きましたことを感謝申し上げます。またお忙しいなかで審査を行って頂きました運営委員の皆さまにお礼申し上げます。


寸評

國學院大學 橋元 秀一

 「働くことを軸とする安心社会」の実現につながる斬新な「私の提言」が多数寄せられることを楽しみに審査に臨んだ。昨年よりも多い21編が寄せられ、非正規労働問題、仕事と生活の調和をめぐる問題、女性の社会進出をめぐる問題、若者支援問題、職業訓練問題、障害者雇用問題、労使協議制をめぐる問題、日本型社会民主主義の再構築を主張するもの、連合結成の原点から振り返り役割の重要性を強調したもの、定年後に自分の歩みを振り返った視点からの提言など、多彩な内容の応募となった。労働組合の抱える弱点に対する鋭い指摘、労働運動への期待を込めた批判や取り組むべき課題が提示され、非常に有用な提言につながりうる指摘も多く見られた。

 しかし、残念ながら、論拠や具体性が弱く曖昧な表現に止まっていたり、提言としての主張が不明確であったりする表現が少なくなかった。また、社会評論的にあるいはエッセー風に自分の感想や意見が多くを占める作品もあり、提言としては評価しにくいものもあった。「私の提言」の募集であるから、提言内容を明確に提示することが必要である。

 読み易く、明快な提言となるための書き方の構成例を示してみよう。まず、[1]論じようとする問題を提示し、その問題意識あるいは問題の重要さを説明すること。それを受けて、[2]なぜそれが問題であるのか、その問題状況についてデータなどを踏まえ明示すること。最後に、[3]問題に対する提言とその実現によって予想される成果を示すこと。以上の[1]~[3]がきちんと書き込まれていることが必要であろう。

 優秀賞を受賞した寺谷浩司さんの作品は、「シニア層の社会参画問題と労働組合の新たな役割―セカンドライフの助走路としての準公共的コミュニティ装置―」と題しており、提言内容が端的に明示されている。冒頭で、「家庭や地域に居場所を見つけられない定年退職後の男性」問題を取り上げ、「シニア層の地域社会への参画をどのように促進するのか」という問題意識が提示されている。その上で、現状を各種統計データで説明する。シルバー人材センターや老人クラブの役割が低下し、「現代のシニア層のライフスタイルやニーズとのミスマッチ」が示される。それを解決するための提言である「シニアプラットホーム」という新たな社会参画システムが提示され、「民間のノウハウを積極的に活用」し、ワークショップ開催を通じた成果が期待できるとされる。最後に、こうした新機能構築との連携による労働組合の新たな役割を提起している。民間活用の可能性の曖昧さは残るが、重要な課題への明快な提言であり高い評価を得ることとなった。構成文例の面でも好例であったと言える。書き方にもご留意いただきながら、斬新な提言がますます多く寄せられることを期待したい。


寸評

東海大学 廣瀬真理子

 今回の「私の提言」には学生と社会人から21編の応募があり、昨年より応募数が増えました。審査の過程では、問題意識や提言内容などについて、審査員の間でも意見がさまざまに分かれましたが、そのなかで最も多くの評価を集めて今回優秀賞に選ばれたのは、寺谷浩司さんの「シニア層の社会参画問題と労働組合の新たな役割―セカンドライフの助走路としての準公共的コミュニティ装置―」でした。

 寺谷さんは、既存の調査結果にもとづいて、定年後の人々の地域社会への参画が消極的である点を指摘した上で、その促進方法として「シニアプラットフォーム(仮称)」の設置を提言しています。それは、これまで行政に比重がおかれがちであった高齢者の社会参加プログラムを民間の手による活動へと転換させることを意図しており、労働組合もそれを活用することで定年退職後の組合員へのサポートを行えるメリットがあるという意見です。たしかに高齢者層の「ひきこもり」を防止するために有効な方法といえますが、欲を申せば民営化による新システムの利点だけでなく、課題についても検討していただけたら、さらに提言に説得力が増したと思います。

 佳作賞には、湯田厚子さんの「ダイバーシティの必要性~想いを一つに一歩踏み出そう~」が選ばれました。結婚、出産、介護などに直面しても働き続けられるようにするためにはどうしたらよいか、というテーマに沿って職場環境を変えるだけでなく、女性みずからが意識を変えていくことの重要性を指摘しています。もちろん女性の意識改革も重要ですが、たとえば子育て支援の制度・政策の矛盾や、職場で発生している問題について、何をどのように変えるべきか、仕事と子育ての両立を実践されてきた方ならではの改善に向けた意見もうかがいたいと思いました。

 そして奨励賞には、角谷博さんの「非正規雇用労働者の処遇改善に向けた提言~正規雇用労働者と労働組合への期待を中心に~」と黒野将大さんの「『月500円のブラック企業保険』の可能性~中小・非正規労働者の組織化の方策~」が選ばれました。角谷さんは文章の構成力もあり、非正規労働者が直面する現実の問題に対する分析の視点は評価できますが、正規労働者が傍観者にならないためにどうすればよいのか、という点について具体的な提言がやや弱かったように思われます。

 他方、黒野さんは、学生としての意欲的な応募が評価されました。ただ、非正規労働者を組織化するために、労働相談に特化して月500円のブラック企業保険からはじめてはどうか、という提言には発想の面白さはありますが、これまでの非正規労働者の組織化の問題がそれで改善に向かうのか、また主張されている労働運動の力と正統性にどうつながるのか、などの点にやや疑問が残りました。
 以上の受賞作品以外にも、ともすれば見過ごされがちな問題に注目した貴重な提言もありました。しかし全編を通読して、今回の応募には、提言というよりは評論に近い作品が多かったような印象を持ちました。提言には、日頃の生活のなかでみずからが直面したり、身近な人々から気づかされた労働と生活に関する問題について、なぜそれが問題なのかを明らかにし、改善や改革についてより具体的に示す視点が必要だと思います。
 次回も多くの方が積極的に提言を寄せてくださることを期待しています。


寸評

志縁塾 代表 大谷 由里子

 「安心社会」が今回のキーワードでした。「安心社会」ということで出てきたのが、「女性の雇用」「障がい者雇用」「非正規社員」でした。

 わたし自身、「安心社会」は、超高齢社会になった今の日本の中で、連合だけでなく世の中のテーマだと感じています。それだけに、セカンドライフ、シニア層のこれからをリアルに捉えて提言をしている寺谷浩司さんの提言が「優秀賞」に選ばれたのは、自然の結果だと感じています。そして、わたしも寺谷さんの提言を推させていただきました。
 「引きこもりシニア」の問題。とくに、定年後の男性の行動範囲が極端に狭くなることをリアルに捉え、そんな人たちが社会で活躍できる場の提言をされています。おそらく、誰が読んでも身近で納得できる内容です。また、実現可能な提言でした。

 佳作賞の湯田厚子さん。タイトルは、「ダイバーシティの必要性」でした。彼女の提言は、わたし自身が20年前から提言していたことを、「これを伝えて欲しかった」と言いたいくらい伝えてくれています。働く母親が望んでいるのは、「仕事を続けられる職場環境」経済的なサポートよりも環境整備。「チャレンジしたい人がチャレンジできる環境をつくる」そのために必要なのは、働く人の意識改革。現場感のある納得する提言です。
 もし、ここに、具体的にそれらを実行し、実現している会社や組合の事例や具体的な行動提言があると、わたしは、優秀賞に推していました。

 奨励賞の角谷博さんは、正規雇用と非正規雇用の問題を取り上げておられます。年齢的にも、職業的にも、企業と労組のこともよく分かっておられます。その中で、非正規社員の貧困問題に触れておられます。安心社会を求めるなら、正社員として生活の安定が必要であることを述べられ、その改革のリーダーを労働組合に求めておられます。特別な内容ではないけれどしっかりとした提案をされています。ただ、そのために誰が何をすればいいか、具体策がもっとあれば素晴らしい提言になったと感じます。

 一方、提言のクオリティは別として、もうひとりの奨励賞の一橋大学の学生、黒野将大さんの「月500円のブラック企業保険」の可能性は、興味深い内容でした。良いか悪いかは別にして、学生の目に「労働組合は、こんな風に映っているんだ」ということも感じさせられました。また、労働組合の問題などにも切り込んでいて、柔軟な対応策や発想があって、興味深い提言になっています。ただ、わたしは、提言としての評価はしませんでした。でも、運営委員メンバーは、彼の未来に期待して、「奨励賞」ということになりました。


寸評

参議院議員 吉川 沙織

 「私の提言」連合論文の運営委員として、第7回以降、選考に携わる機会を頂いており、今回が4度目となる。今年は、昨年より応募数が増えたこと自体は特筆すべき事項であると考えるが、相対的に見れば、応募数は少ないと言わざるを得ない。もちろん、応募された提言に関しては、毎年興味深く提言内容を拝読しているが、数多くの提言の中から選考を行ってみたいという評者の思いは強い。第7回までは「論文」、第8回からは「提言」として受け付けており、今回は「提言」の強さをポイントに運営委員の間で選考が行われた。

 優秀賞に選ばれた寺谷浩司氏の提言は、生産年齢人口は減少する一方で、高齢者層が増加する我が国において、その社会参画の必要性を説いたものである。運営委員の多くが何らかの形で評価しており、唯一の優秀賞となった。

 佳作賞に選出された湯田厚子氏の提言は、女性の視点を主眼に置き、制度の整備と実際の運用面での乖離についての指摘、奨励賞に選出された角谷博氏の提言は、非正規雇用を取り巻く現状と課題、黒野将大氏の提言は、学生ならではの斬新な視点による切り口、これらが評価のポイントとなり、選出に至ったものである。

 佳作賞に選出された湯田氏の提言については、出産・育児に関していえば、制度はあっても環境整備が十分ではないことから職場を離れなければならない事実、女性管理職の我が国におけるその少なさ、高齢化による現役世代の女性を含めた働き手の必要性、女性自身も変わらねばならないことなど、評者自身も女性であることから、これらの指摘に関して共感をするものである。

 奨励賞の角谷氏、黒野氏の提言は、アプローチは異なるものの、非正規という共通の視点に基づく提言であった。評者自身、就職氷河期世代であり、非正規雇用問題については格差拡大防止の観点からも是正されなければならない課題であると強く認識し取り組んでいる政策課題の一つである。現状と課題を丁寧に捉えた角谷氏、ブラック企業という最近のキーワードを取り入れながらの黒野氏については、今後「提言」での強さを期待したい。

 今回は第10回目となる節目であったことから、前述したとおり、さらに多くの方から提言して頂けるような環境を整えることが必要であったのではないかと考える。「論文」から「提言」への変更を経ての提言内容の変遷を分析し、さらにはこれまでの提言の中で、運動方針に取り入れたもの、参考にしたもの等を明らかにする総括の必要性をこの場を借りてお願いし、提言を行動として活かしてほしいと切に願うところである。


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