私の提言

優秀賞

シニア層の社会参画問題と労働組合の新たな役割
-セカンドライフの助走路としての準公共的コミュニティ装置-

寺谷 浩司

1.背景と問題意識

 わが国は、少子高齢化社会から「多老化社会」を目前にしている。つまり昭和22~24年頃をピークとして生まれた「団塊の世代」がいよいよ定年をむかえ、多くのシニア層が企業社会から地域社会へと一斉に回帰する時代の到来を意味する。
 ただ「超高齢化」や「多老化」などというキーワード自体に意味があるわけではなく、それらが示す実態社会の問題として、わが国における人口年齢構成のうち65歳以上の占める割合が今後ますます重厚かつ多様化していくという圧倒的な現実にこそ目を向けなければならない。すなわち、医療、介護福祉、ならびに年金にともなう社会保障費は、今後黙っていてもさらに増加し続けるのであり、その累積的な社会保障費の増大をカバーするために、現役世代や未来の子どもたちにまでさまざまなやり方で負担を強い続けるのか、あるいは年金支給開始時期の先延ばしという場当たり的で詐欺的スキームによって、高齢者自身に自己負担してもらうより他ないというところまで来ている。そのことについて皮肉を込めて言えば、わが国の社会保障制度はもはや破綻してしまっているといっても言い過ぎではないだろう。
 一方、より身近な問題として最近注目を浴びているのが、いわゆる「引きこもりシニア」増加の問題である。その中でもとくに問題とされているのが、定年退職後に家庭や地域に居場所を見つけられない男性である。これまで企業社会を主な活躍の場としてきた男性が、定年後に家庭や地域において自分たちの居場所や役割を見出せず、否応なく家に引きこもってしまう問題であり、定年後の夫が「引きこもりシニア」となることで、それが妻のストレスの原因にまでなっているという指摘がテレビなどでも報じられ、一種の社会現象になっている。その実態に関する問題については、最近のいくつかの社会調査でも明らかになっている。
 例えば、2009年に九州の福岡県春日市・大野城市で行われた「体動計・GPS計測データに基づく高齢者の生活行動パターンの解明とニーズの推測」(注1)という調査において、高齢者の行動パターンをGPSで計測し日常生活の行動範囲を調査している。その結果、とくに男性の行動範囲が極端に狭くなっており、かつ日常的な生活動線がワンパターン化していることから、男性は女性に比べて地域社会との関わりが希薄化しているのではないかとの報告が出されている。
 また、単身高齢者に限定した話ではあるが、2013年7月25日(木)の西日本新聞朝刊の「高齢単身男性会話なく孤立」という記事(1面)において、厚生労働省による「生活と支え合いに関する調査」(2012年7月国立社会保障・人口問題研究所)という社会調査の結果を引用しつつ、高齢男性の社会的孤立の現状にスポットライトを当てている。
 例えば、65歳以上単身者の普段の会話頻度に関して「2週間に1回以下」である割合が、女性で3.9%である一方、男性では約6人に1人(16.7%)に及ぶこと。さらに会話頻度が「2週間に1回以下」の高齢者のうち4人に1人以上(26.7%)は「頼れる人はいない」とも回答していることなどが明らかとされている。まさにこの記事のタイトル通り、「孤独な高齢者の孤立化」という問題は、大きな社会問題としての「多老化」とは別のかたちで、確実にわれわれの地域社会に深刻な影を落としていると言ってよい。
 本論文では、この古くて新しい「引きこもりシニア」の問題(注2)、言い換えればシニア層の地域社会への参画をどのように促進するのかという問題にアプローチしたい。また、この実現可能な小さな仕掛けを示すことで、シニア層の社会参画機会を拡充し、さらにはより大きな社会問題としての「多老化」にともなうさまざまな問題の解決に資するような、社会的意義に昇華させることにもなるのではないかと考えており、その中でナショナルセンターやコミュニティユニオンなど、労働組合の新しい役割ついても言及したいと思う。

2.膠着化するシニア層の社会参画の現状

 シニア層の社会参画の現状について具体的なデータとともに少し触れておきたいと思う。
 まず、団塊の世代に絞って社会活動の参加状況(注3)をみると、男性で「自治体・町内会・老人クラブ・NPO団体等の役員、事務局活動」への参加がやや目立つものの、男女とも半数以上が「社会活動には参加していない」と回答しており、お世辞にも社会活動への参加は活発であるとは言えない現状であることがわかる。

団塊の世代(63~65歳)の社会活動の参加状況

資料:内閣府「団塊の世代の意識に関する調査」(平成24年)
対象は、昭和22年から昭和24年に生まれた男女
(注1)総数には、性別不明者(無回答者)を含む
出典:『平成25年版 高齢者社会白書』(内閣府)より作成
(注2)「無回答」は除く

 団塊の世代の社会活動への不参加理由について性別で特徴的なものは、男性では「仕事で忙しく時間がないから」「普段付き合う機会がないから」が多く、女性では「自分や家族のことを優先したいから」「家族の介護や世話があるから」「家事で忙しく時間がないから」の割合がそれぞれ高い。一方、男女とも共通して「何かしたいが、何をしていいのかわからないから」が不参加理由としてあげられていることは注目すべきポイントであり、つまり地域で行われているさまざまな社会活動の内容や情報に関して、何らかの過不足が生じていると考えられる。

団塊の世代(63~65歳)の社会活動の不参加理由

資料:内閣府「団塊の世代の意識に関する調査」(平成24年)
対象は、昭和22年から昭和24年に生まれた男女のうち、「社会活動には参加してない」と答えた人
(注1)総数には、性別不明者(無回答者)を含む
出典:『平成25年版 高齢者社会白書』(内閣府)より作成
(注2)「無回答」は除く

 定年退職後の進路としては、引き続き働き続けるか、あるいは無業者となるかの2つに大きく分かれるだろう。平成24年における総務省の調査(注4)によると、60~64歳の無業者比率は約4割、65~69歳でのそれは約6割となっている。また、60歳代の無業者のうち就業希望者の割合は約1割となっており、もちろん平成25年4月からの改正高齢者雇用安定法による65歳までの継続雇用制度導入の影響は今後に考慮しなければならないが、定年後にいったん仕事を辞めてしまった場合、再び働くという方法での社会参画への意欲は著しく減退してしまうということを示唆しているのではないだろうか。

高齢者の就業状況と就業希望について

出典:「就業構造基本調査」(平成24年、総務省)より作成

 例えば、内閣府による調査(注5)から60歳以上の有職者の退職希望年齢を比較してみると、現役で働き続ける年数が長く続けば続くほど、「働けるうちはいつまでも」働き続けたいという意向も強くなることからしても、有業者であり続けるか無業者になるかによる、働くことへのモチベーションの格差は明確である。

退職希望年齢

出典:「高齢者の地域社会への参加に関する意識調査」(平成20年、内閣府)より作成
(注1)調査対象は60 歳以上の有職者

 引き続き働くという進路について、シルバー人材センターへの入会状況をみると、平成元年から平成15年までは順調に加入者数は増加しているが、平成15年以降おおむね加入者数は横ばいで推移するに至っている。加入者数について60歳以上人口に対する粗入会率でみると、平成15年をさかいとしてついに減少フェイズに入ったことがわかる。すなわち、シニア層の絶対数の増加に対してシルバー人材センターの入会者数が伸び悩んでいることを示しているに他ならない。

シルバー人材センターの現状

出典:「年度別統計」(公益社団法人全国シルバー人材センター事業協会)より作成

 また、シニア層の社会参画の受け皿のひとつとして、これまで比較的スタンダードな存在であった老人クラブの加入状況をみると、平成9年度においては3割以上あった加入率も、年々低下の一途をたどり、平成20年度にはついに2割を下回った後も、加入率低下に対する歯止めはまったく利いていない現状を露呈している。
 加えて老人クラブ数の推移をみても、平成23年度に増加の兆しを示しているものの、会員数の減少と同調してクラブ数も減少しており、その役割は確実に小さくなってきていると言わざるを得ない。

老人クラブの現状

出典:「福祉行政報告例」(厚生労働省)より作成

老人クラブ数の推移

出典:「福祉行政報告例」(厚生労働省)より作成

 シルバー人材センターや老人クラブの過渡期的現状について、共通して言えることは、現代のシニア層のライフスタイルやニーズとのミスマッチが問題とされている。まず、60歳以上でも現役で働き続ける人たちが増えているという雇用情勢が大きく影響していることがあげられる。60歳を過ぎても現役で働く世代が増えれば、シルバー人材センターや老人クラブの必要性そのものが低くなるのは当然の結果であろう。
 それ以外のこととしては、例えば、シルバー人材センターに関しては、そこでの主な業務となる軽作業、掃除、単調な管理業務などは、高度なPCリテラシーや業務スキルを有する最近のシニア層にとって、仕事として魅力的とは思えないという問題や、老人クラブに関しては、定年後間もないシニア層にとって、ゲートボールや大正琴などの活動メニューは、自分たちよりもさらに上の年代の人たちの活動や趣味であり、自分たちとは無縁の存在だと感じられているということは、想像に難しくない。

3.「シニアプラットホーム」という新たな社会参画システム

 先にみたシルバー人材センターや老人クラブなどを含めて、実際、各自治体や地域公民館等ではシニア層に対する社会参画プログラムとして、趣味やスポーツ活動のサークル、あるいは生涯学習活動やボランティア活動など、無数に実施されている。しかしながら、利用者の実態やニーズとのミスマッチが顕著になっていたり、参加者が固定化して閉鎖的になったり、カリキュラムがマンネリ化して魅力がなかったり、行政主導型のステレオタイプなセミナーが一方的に実施されるだけだったりといった批判的な意見は少なくない。
 そこで本論文では、これまでの社会参画プログラムの諸問題を克服するために、「シニアプラットホーム」(あくまでも便宜上の名称であり、以下SPと表記)という新しいコンセプトのワークショッププログラムを提案してみたい。
 SPの基本的な役割は、シニア層にとって関心が高そうなワークショップの提供、運営、コーディネーションである。具体的には、SPでは、健康、福祉、税・法律、文化教養、趣味、スポーツ、暮らしなど、シニア層のさまざまなニーズに対応した小グループ型のワークショップを複数企画準備し、シニア層には自分の関心や興味に基づいて主体的に参加してもらい、それぞれのワークショップを通じて自分らしいセカンドライフのための情報や知識の提供を行うことが主なタスクとなる。

 SPの重要な特徴は、ワークショップのファシリテーターを民間企業(あるいは団体や個人など)から派遣してもらうという点であり、企業であれば専門的、実践的、タイムリー、かつユニークなワークショップの提供が可能になるものと思われる。つまりSPは、民間のノウハウを積極的に活用することで、行政主導の従来型の社会参画プログラムの沈滞化を克服できる可能性が高い。
 また、テーマごとにワークショップを複数回実施することで、参加者の知的欲求によりキメ細かく応えることができるだけでなく、参加者のレベルに合わせて運用することも可能であり、より質の高い知識習得とより親密度の高い交友関係を構築できることが期待される。
 他方、ファシリテーターを派遣する企業側にとってのメリットとしては、直接消費者との情報交換が図れることから、シニア層が日頃感じているリアルな問題や潜在的ニーズの探索、あるいはファン層発掘のきっかけを得ることになり、地域の産業振興という副次的効果も期待できるだろう。

シニアプラットホームのイメージ

4.労働組合の新たなフロンティアとしてのSP

 このSPの目的は、定年後のシニア層に対して魅力的でユニークな社会参画の機会を提供するともに、そのことによって「引きこもりシニア」の減少、シニア層のライフスタイルの向上、ならびに「健康寿命」の延長による社会保障費の低減などといった社会的意義に発展させることである。さらに強調したいポイントは、SPにおいて提供するワークショッププログラムは、参加者のニーズやそのときのテーマに基づいて柔軟にバリエーションを加えることが可能であるという点である。
 例えば、ワーク・ライフ・バランスというテーマに合わせると、育児や保育に関するワークショップを受講したシニア層が、その地域の中で「孫育て」サービスの担い手となり、子育て中の働く世代をサポートできるかもしれない。また、「老老介護」の問題についても、介護や福祉に関するワークショップを通して、ある程度専門的なスキルを習得したシニアが複数人のチームで老老介護世帯をサポートすることができれば、介護サポートする側がたとえシニア層であっても、その負担は劇的に軽減されるのではないだろうか。
 つまり、地域の抱える課題や地域に根ざしたニーズに対しても、SPはシニア層に新たな役割を提供し、地域で活躍できる機会を創出できるかもしれないということである。
 そういった意味で、ナショナルセンターやコミュニティユニオンが、非市場的領域と市場的領域を媒介するSPのような準公共的なコミュニティ装置と連携し協力することで、組合員の定年退職後のセカンドライフについての具体的かつ切れ目のないサポートメニューを新たに提案することができれば、そのことは労働組合に新たに加入したり、定年まで加入し続けるメリットやインセンティブをもたらすことになるに違いない。
 地域に対して「働く」という社会貢献のスタイルは、「労働」という概念を企業社会における賃労働という狭い契約関係から社会に広く開放することであり、文字通り「生涯現役社会」構築を目指した働く者を支える組織としての労働組合もまた、その役割と可能性を大きく広げることになるのではないだろうか。


■参考文献・脚注
注1:経済産業省の「平成21年 地域総合健康サービス創出事業」による事業の一環として、「春日大野活性化コンソーシアム」(代表団体は、財団法人国際医学情報センター)による調査
注2:1989年に樋口恵子氏が、定年退職後の夫が「わしもついて行く」といって妻からなかなか離れようとしない様子を「濡れ落ち葉」と呼び流行語にもなった問題であり、最近では「ワシも族」と呼ばれている問題である。
注3:「平成25年版 高齢者社会白書」(内閣府)
注4:「就業構造基本調査」(平成24年、総務省)
注5:「高齢者の地域社会への参加に関する意識調査」(平成20年、内閣府)

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