私の提言 連合論文募集

第1回入賞論文集
優秀賞

キャリア形成のサポート組織としての
産業別労働組合の可能性

──産業別労働組合はどこまで組合員個人と関われるのか──

永井 幸子(UIゼンセン同盟・流通部会・執行委員)

1.はじめに~問題意識と問題提起

 言い古された言葉だが、労働組合の存在意義が問われている。

 日本の雇用者の5人に1人程度しか労働組合の組合員ではない時代になった。ということは、5人に4人は労働組合と関わっていない。労働組合というものが遠い存在になるのも当然かもしれない。賃上げも芳しくないし、お願いするのは選挙の時だけ。そんな風に思っている組合員も少なくはないだろう。

 組合員のライフスタイルや価値観の多様化への対応も遅れている。成果主義が台頭し、正社員とパートタイマーの垣根が低くなり、転職が普通になった。就職できない若者も増加中だ。悲しいことだが、労働組合は、働く人のニーズを掴めきれていないのではないか。また、驚くほど早いスピードで賃金をはじめとする人事制度が変化している中で、労働組合の側からどれだけ提案ができているのだろうか。労働組合にも、経営サイドと同等、もしくはそれ以上の知識や経験がますます求められるだろう。

 そういう状況だからこそ、労働組合が背負うべきものはどんどん重くなっている。

 社会の早い変化を察知し、適切な対応策を提案するのが労働組合の役割である。特に、産業別労働組合(産別)には、その役割が強く求められる。

 それでは、どのような役割を演じればいいのか。

 私はこの論文で、組合員のニーズに応えるために労働組合が演じる役割として『キャリア形成のサポート組織としての産業別労働組合の可能性』について考えてみたいと思う。最近、いろいろなところで「キャリア」ということばを聞くようになった。組合員のキャリアは、現に労働組合が現在関わっている問題であるが、キャリア形成への関心が高まる中で、労働組合がどのように組合員のキャリア形成に関わることができるかについて考えることで、労働組合、特に産別と組合員の新しい関わり方を考えてみたいと思う。

 なお、「キャリア」の定義については後述するが、「キャリア形成」ということばについては「キャリア設計」「キャリア開発」「キャリア形成」などを包括する意味で使うことをご了承いただきたい。

2.組合員の労働組合へのニーズ

 連合総研の調査『第7回勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート(2004年5月)』によると、「労働組合はあったほうがいい」と思う割合は7割に近くなっている。この割合は組合員であっても、非組合員であっても大きな違いはない。働く人の多くは「労働組合はないよりもあったほうがいい」と思っている。

 では、労働組合はニーズに応えられているのか。労働組合の活動は「労働条件の向上」と「雇用の維持・安定」を二本の柱としてきた。その核として「賃闘(春闘)」「政策・制度要求」などに取り組んでいる。しかしながら、現状は、賃上げ結果に見られるとおり、各社の制度が多様化する中で、目に見える効果が現れにくくなっている。政策・制度要求においても、連合を中心に取り組んではいるが、連合があったからこそ、といえる成果は見えにくい。

 もともとの目的の達成において、目に見える効果が出にくくなっている。そんな状況とあいまって、社会の変化とともに、組合員のニーズは多様化している。

 成果主義が広まる中で、ベースアップによる賃上げが見込めない。自分の能力を上げなければ処遇は改善しない。そんな状況が広まれば、個人の関心は各人の能力の向上に集中していく。

 また、正社員以外の働き方が急速に広まっている中で、正社員だけを対象とした賃上げや制度の改定は魅力が薄まっていく。もちろん、パートタイマーをはじめとして、労働組合も対応の速度を早めているが、すでに、パートタイマーだけでなく、派遣社員や中途採用組をも含め、一企業に働く労働者の雇用形態は非常に多様化しており、更なる対応は急務である。

3.キャリア形成サポートの現状~企業・単組・産別~

 労働政策研究・研修機構が2004年5月から6月にかけて実施した『教育訓練とキャリア相談に関する調査』結果報告(2004年7月23日発表)は、組合員と単組・産別の関わりを考える上でとても興味深い。

 企業に対し「ここ5年間で、従業員の長期的なキャリアに対する関心度が高まっているか」と尋ねたところ、「高まっている」「やや高まっている」で60%を超えている。同じ質問を労働組合(単組)にしているが、やはり過半数は超えている。同調査の自由記述欄をみると、キャリアへの関心が高まっている理由として、「雇用の流動化傾向」「終身雇用の崩壊」「先行きの不透明感」など社会的な要因が挙げられる一方で「人事制度の改訂」をあげる企業もあった。同調査によると具体的には、「成果主義の導入や能力主義の賃金体系の移行など、能力や成果によって処遇格差が拡大する可能性がでてきた」ことや、「社内公募や個人選択型の異動制度の導入など、選択型・複線型の人事制度が拡大してきたこと」などをあげている。単組の回答もほぼ同じのようである。

 企業・労働組合ともに、従業員・組合員のキャリア形成へのニーズは拡大し、その大きな理由は多様化する人事処遇制度にあると認識しているといえる一方で、同調査の標題は、『労使の約9割が「キャリア設計はこれまで以上に従業員自身で考えてほしい」と回答』とまとめている。その理由としては、「社員各自が自身のキャリアを考えて目標意識を持つことが個の強化となり、ひいては会社全体の戦力向上につながる」など、「従業員個人の主体的な姿勢が企業にもメリットとなるとする意見が代表的」としているとともに、市場や経営環境の激変、業務の複雑化・専門化のなかで、「会社が一律にキャリア形成をリードするのは難しい」「会社から一律のキャリアを示すことができなくなっている」などの指摘が注目される、とある。

 理由はどうであれ、働く側も、雇う側も、キャリア形成への関心を高めている。では、キャリア形成ができる環境が整っているか、といえば、十分とはいえないようである。「従業員自身で考えてほしい」といいながら、企業そして労働組合においても、キャリア形成へのサポート体制の整備は遅れているのが現状のようだ。同調査の中で企業に対し、「従業員に対するキャリアの相談やアドバイス(キャリア・コンサルティング)がどの程度できているか」尋ねているが、「十分できている(4.9%)」「ある程度できている(22.3%)」をあわせて3割弱ができているとしているものの、「あまりできていない」(58.3%)「まったくできていない」(12.6%)で約7割に達しており、「従業員のキャリアへの関心の高まりに比べ、現状では、キャリアのコンサルティング体制ができているとはいえないようだ」とその項目を結んでいる。

 では、「キャリア・コンサルティング」の役割は誰が担うのか。企業に対し「現在」と「将来」で聞いたところ、両項目で「上司」が80%を超え、人事部門が約60%で続いている。「将来」については「社内のキャリア・コンサルティングの専門家(47.6%)」「社外のキャリア・コンサルティングの専門家(31.1%)」が続いている。「労働組合」と答えたのは「現在」で6.8%、「将来」でも7.8%に過ぎない。

 企業側の見方に反し単組は、労働組合の役割については「高まる(5.3%)」「やや高まる(52.6%)」で6割弱となっている。しかし、具体的な取り組みとしては、キャリア相談室の設置や面談・電話相談などの制度として整備しているところはまだ少なく、個別相談で対応しているというケースが目立っているとのことである。

 調査結果のなかから特に、企業と単組のキャリア形成についての取り組みの現状を見てきたが、私が一番関心をもったのは、産業別労組の回答である(24産別から回答あり)。上述の「キャリア相談について労働組合の役割が高まるか」という設問の自由記述欄に書かれた内容として「キャリア形成や技術伝承は、雇用の安定が確立されてこそ実現できる」「雇用のセーフティーネットとしてのキャリア相談に取り組みたいが、厳しい経営環境の中で経営効率化が先行し、長期的な人材育成の視点が二次的になっている」「組合員の相談内容は、実務を含めてかなり高いレベルが予想され、組合で対応できるかどうか。労使の課題として整理するのがベターだろう」「アドバイスできる人材がいない」「組合員に、労組へ相談しようという意識がないと感じる」などの意見が紹介されている。いずれも、産別の現状を示していると思われるが、かなり悲観的かつ消極的な意見に思われる。自分の組織であるUIゼンセン同盟がどう答えるかわからないが、私は、「キャリア形成へのサポート組織」としての労働組合の役割は確実に高まると思う。まさにこの活動が、組合員と労働組合の課題や問題点を明らかにし、産別と組合員をつなぐものとして機能しうると思うからである。

4.産別と組合員個人の関わり方としての「キャリア形成のサポート活動」の可能性

 前述の調査結果から、企業も労働組合も、従業員・組合員のキャリア形成について、その必要性とさらなる対応を認識しているといえる。しかし、具体的な取り組みとなると、まだまだ緒についたところと言わざるを得ないようである。

 私は、産別職員の立場から、産別は今まで以上に、組合員のキャリア形成のサポート活動を積極的に展開するべきだと考えている。同調査結果によると「キャリア相談を担う主体」として企業が「将来」期待しているものに「社内外のキャリア・コンサルティングの専門家」が「上司」「人事部門」の次を占めているが、私はこの「キャリア・コンサルティングの専門家」を産別が担うべきだと感じている。

 そのような視点から、将来の取り組みについて僭越ながら提言してみたいと思う。


 1つ目の視点として、産業別労働組合のスケールメリットを活かせば、キャリア形成への支援は十分可能ということである。

 個人のキャリア形成・キャリア設計の範囲は、企業1社にとどまる時代ではなくなっている。また一方で、希望退職や企業閉鎖も、絶対自分には起きないとは言い切れない。これは、キャリア形成の面と同時に、企業内労働組合のあり方自体を問う問題かもしれないが、現実に起こっている問題として、産別は他企業への異動を含むキャリア形成をサポートする必要がある。

 離職をよぎなくされた組合員への再就職支援は当該単組でも大きな課題だが、この場面で力を発揮すべきなのは言うまでもなく産別である。実際に、UIゼンセン同盟では、産別のスケールメリットをいかした職業紹介事業等も行っているし、個別に同業他社への協力を求めるなどの取り組みを行っている。

 UIゼンセン同盟の職業紹介事業では、加盟組合の企業から求職情報を紹介してもらい、インターネットをベースに公開することで組合員が自由に閲覧し(IDやパスワードは必要だが)、相手先企業にコンタクトをとることができるシステムである。

 現在のところはそこまでであるが、さらなる可能性を秘めた制度だと思っている。職業紹介事業に加えて、職業適性診断や面談による職業紹介などのキャリア・コンサルティングを実施すれば、求職者にマッチした職業が紹介できる事業になるのではないか。さらに、加盟組合の協力のもと、インターン制度を実施し、興味のある職業を実際に体験するなど、就職してからミスマッチが発覚することを防止することも可能である。もちろん、産別同士の連携や連合を中心とした制度の確立も視野に入れることでさらに強化されると思う。

 また、雇用されるために身につけるべき能力(エンプロイアビリティ)は企業を超えても共通である。産別は企業を超えて対応でき、ノウハウも集積しやすい。


 2つ目の視点は、「キャリア」ということばが意味する内容が、労働組合の活動にぴったりとあてはまるということである。

 キャリア研究の第一人者といわれるスーパーの定義によれば、「キャリアとは、生涯においてある個人が果たす一連の役割およびおその役割の組み合わせである」とされ、キャリアは単に職業・職務内容・進路といったものにとどまらず、幅広く「人の生き方そのもの」であるという定義に拡大されている。具体的な範囲で捕らえれば、職業・職務などに限定せず、ボランティアや地域活動、趣味活動など幅広く含めた概念に広がってきており、近年においては「ライフ・キャリア」と呼ばれるようになっている。

 キャリアの概念が、「職業・職務」といった狭い範囲から、「生き方そのもの」といった広い範囲に拡大していったその軌跡は、労働組合の活動範囲の広がりと重なる。自らの労働条件と雇用を維持・向上させるために活動してきた労働組合は、少しずつ、確実にその活動の範囲を広げている。組織の強化や参加意識の向上、そして組合員の生活を豊かなものにするために教育・文化活動に力を入れてきたし、社会正義や連帯の精神からボランティア活動にも積極的に取り組み、NPOとの連携でさらに活動の場を広げている。労働組合の活動は、まさに「キャリア」から「ライフ・キャリア」へと広がっている。そのノウハウを、組合員個人のキャリア形成に活かさない手はない。


 そして、最後に3つ目として、産別の一職員として特に言いたいことであるが、「キャリア形成のサポート活動」が産別組織を強化する役割を担うという期待である。それは、特に産別の職員の強化である。

 産別が組合員のキャリア形成に関わるということは、まずもって産別の内外にキャリア・コンサルティングの専門家を擁する必要がある。もちろん、組織外に優秀な専門家はたくさんいるだろうし、現に、たくさんのアウトプレースメント企業がキャリア・コンサルティングを行っている。しかし、上述したとおり、産別はキャリア・コンサルティングを行ううえでの多くのノウハウを持っているし、集めることができる。アウトプレースメント企業で再就職の斡旋を行えばそれなりの費用がかかるが、産別が組合員へのサービスとして行えば、組合員の経済的な不安を少しはとりのぞくことができるだろう。実際、UIゼンセン同盟はこの9月の大会で「フェニックス基金」制度を立ち上げ、再就職支援にさらに取り組んでいく。組織内にキャリア・コンサルタントを配し、カウンセリングにあたっていく計画である。

 キャリア・コンサルタントは直接組合員と関わることになる。非常に重い責任のある仕事である。しかし、組合員に密接に関わることで、組合員が抱えてきた不安や課題、これからへの期待などがダイレクトに産別に伝わってくる。再就職支援の一環としてだけではなく、広く組合員のライフ・キャリア(生き方)に関わる覚悟を持ってコンサルティングにあたれば、産別はその存在意義を確立できるのではないかと思う。

 また、組織内に多くのコンサルタントを擁するということは、多くの職員がキャリアについて学び、自分のキャリアについても考える機会を得るということである。私は、産別職員のレベルアップをはかることで、「労働組合職員」という職業がさらに魅力を増すことができると思っている。一人一人が専門的領域を持ち、やりがいをもって働く環境を提供すれば、みんな活き活きするだろう。みんなが活き活きすれば、それは組織の力となり、強化につながる。また、単組役員の経験を持たない職員(たとえば学卒)にとっては、組合員と産別、組合員と自分をつなぐ活動として、とても意味の深いものとなるだろう。

 キャリア・コンサルタントの養成と同時に、産別職員全員に自分のキャリアについて考える場を提供し、産別職員として自覚と自信をもって働けるよう環境を整えること、そうすれば、少しは労働組合を見る目も変わるのではないか。

 人の生き方に関わる繊細な問題である。しかしそれゆえに、身近な問題でもある。もう少し勇気を持って、組合員と関わっていけたらと思う。

(参考資料)

  • 連合総研『第7回勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート』(2004年5月)
  • 労働政策研究・研修機構『教育訓練とキャリア相談に関する調査』(2004年7月)
  • 『キャリアカウンセリング』宮城まり子(駿河台出版社/2002年4月)

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