第23回 私の提言

 第23回「私の提言」は、2026年7月21日に募集を締め切り、計99編のご応募をいただきました。貴重なご提言ありがとうございました。
 運営委員会にて審査の結果、入賞提言を下記のとおり決定しましたので、発表いたします。

目次

優秀賞

  • 妊娠した外国人女性は「労働者」として守られるのか
    ― 多言語SNS発信を母国語相談につなぐ労働組合の役割 ―

    鈴木 彩莉

    1.はじめに

    日本では近年、外国人労働者の受け入れが拡大している。筆者が関わるインドネシア語相談にも「日本で出産して働き続けたいのですが、どうしたらいいですか?」といった問い合わせが増えている。彼女たちが、職場や労働組合などではなく、外部の母国語相談を頼るのはなぜだろうか。厚生労働省の「外国人雇用統計」によると、2025年10月末時点の外国人労働者数は2,571,037人で、前年比268,450人増加し、過去最多となった。うち女性は1,193,255人で46.4%を占めるが(厚生労働省、2026)1、彼女たちは果たして、労働組合につながっているだろうか。
    労働組合の中には、外国人労働者の支援や組織化に取り組む組織もある。例えば、ものづくり産業労働組合JAMは、外国人労働者の相談や権利擁護に取り組んでいる(連合総研、2022)2。また、UAゼンセン政策サポートセンター(2025)3の調査によれば、外国人組合員のいる組織における外国人組合員の割合(加重平均)は2.3%であり、外国人組合員数は21,896人であった。この調査でとりあげた外国人組合員には、技能実習生も含まれており、正社員以外や女性の割合が比較的高いことも報告している。しかし、労働組合で、産休や育休などのライフプランや在留資格に関する相談ができているだろうか。その結果、外国人労働者は職場で問題に直面しても、労働者としての権利を主張しにくい状況に置かれやすい。
    外国人労働者は、単なる「労働力」ではなく、地域社会で生活し、結婚し、妊娠・出産・子育てを経験する「生活者」でもある。とりわけ外国人女性労働者が日本で妊娠・出産を経験する際には、妊娠を理由とする解雇、退職勧奨、嫌がらせなどのマタニティ・ハラスメント(以下、マタハラ)が、就労継続だけでなく、日本での生活の安定を脅かす重大な問題となる。特に、「技能実習」や「特定技能」という在留資格の外国人は、受け入れ機関である雇用主、監理団体もしくは登録支援機関の支援なしに、在留資格の更新や産休や育休などの制度利用ができない。「言葉の壁」による情報へのアクセスの困難だけでなく、在留資格制度という日本人にはない「法の壁」もあって、権利侵害を受けても声を上げにくい。
    妊娠・出産を理由とする解雇や不利益取扱いは、日本人労働者と同様に外国人労働者にも禁止されている。また、技能実習生についても、妊娠・出産を理由とした解雇、不利益取扱い、私生活の自由の不当な制限は認められていない(厚生労働省、2023)4。それにもかかわらず、実際には、制度上保障されているはずの権利が、当事者に届き、理解され、利用されるところまで十分に到達していない。さらに、一部の技能実習生や特定技能外国人が、送出機関や受入れ企業から妊娠を事実上制限されるケースもある。
    以上の課題に対応するためには、全国的なネットワーク、労働相談、団体交渉、政策提言の機能を持つ連合の役割が重要である。本稿では、在日インドネシア人向けに実施したインドネシア語での情報発信と相談対応の経験をもとに、外国人女性労働者が直面するマタハラと情報アクセスの課題を分析する。これらの実践結果を根拠として、労働組合と多言語情報発信者の連携の在り方を提言する。
    まず、妊娠をめぐる「労働者適格性」の問題と、その具体例を検討する。

    2.妊娠と「労働者適格性」

    本稿でいう「労働者適格性」とは、移民女性労働者が労働市場に受け入れられるために求められる規範を指す。ただし、それは単に健康状態や就労能力を判断する医学的基準ではない。むしろ、「妊娠していない身体」「出産しない身体」「継続的に働ける身体」が、暗黙のうちに「適格な労働者像」として想定される点に問題がある(田中、2026)5。
    この視点から見ると、外国人女性労働者の妊娠・出産をめぐる問題は、単なる個人のライフイベントではなく、労働市場がどのような身体を「働ける身体」として認めているのかを問う問題である。来日前から、技能実習生や特定技能の立候補には、「仕事に集中すべきだ」という期待が送出機関等から向けられている(Istiqomah、2026)6。
    また、筆者は、監理団体の関係者から、「外国人労働者の受け入れは人手不足を解消するために、働いてもらうためだ。技能実習生が妊娠すると代替要員を確保する必要があり、受入れ企業にも迷惑がかかる」との趣旨の発言を聞いたことがある。また、「技能実習」および「特定技能1号」では、原則として家族帯同が認められていない。このような制度設計は、技能実習生や特定技能外国人が日本で家族を形成し、妊娠・出産することを制度上想定しにくい構造を生み出している。日本社会での対応を見ると、外国人労働者が「生活者」としてではなく、継続的に労働力を提供する存在としてのみ扱われる傾向がある。
    次節で扱うフィリピン人女性技能実習生イッサさんの事例は、移民女性の生殖に関する権利が、労働移動制度の中でどのように制限されうるのかを示している。

    3.事例:イッサさん訴訟から見える労働者適格性の問題

    妊娠を理由とする外国人技能実習生への不利益取扱いをめぐる事例として、元フィリピン人技能実習生イッサさん(仮名)の訴訟がある。イッサさんは、妊娠・出産を理由に不利益を受けない権利を侵害されたとして、実習先の介護施設や監理団体等を相手に損害賠償を求め、2022年10月12日に福岡地方裁判所へ提訴した。
    2026年2月3日の口頭弁論では、フィリピンに帰国していたイッサさんが来日し、原告本人尋問に臨んだ。イッサさんは、妊娠判明後も「働けるまで働き、その後フィリピンへ帰国して出産し、産休を取って復職したい」と希望していた。しかし、その希望は受け入れられず、中絶を示唆され、妊娠を理由に雇用契約の終了と即時帰国へ追い込まれた経緯を証言した。一方、被告施設代表者は、日本人職員であれば妊娠判明後も軽作業への配慮を行い、働ける時期まで働いてもらい、産休後に復職してもらうが、技能実習生については監理団体代表から「妊娠したら雇用契約はなくなり即帰国しなければならない」と言われたため、それに従ったと証言した。さらに、2026年2月10日の被告本人尋問では、監理団体側が「技能実習生は労働者というより日本の優れた技術を学びに来ているので、教育の面が大きい」と述べたことが報告されている(中島、2026)7。
    この事例は、妊娠した外国人技能実習生が、日本人労働者であれば当然認められるはずの就労継続、産休取得、復職の権利を主張したにもかかわらず、「技能実習生」という立場を理由に、労働者としての権利が軽視されたことを示している。したがって本件は、単なるマタハラの事例にとどまらず、外国人女性労働者が妊娠した際に、そもそも「権利を有する労働者」として扱われるのかという労働者適格性の問題を明確に示す事例である。また、この事例は、妊娠が判明した際の解雇・帰国への不安、在留資格への影響に関する誤解、行政情報へのアクセス困難、相談先の不足、そして移民女性の社会的孤立という構造的問題の中で理解する必要がある。
    イッサさんの事例が示すのは、法的権利が存在するだけでは、外国人女性労働者がその権利を実際に行使できないという問題である。では、同様の状況に置かれた当事者は、どのような情報を必要とし、どこに相談しようとしているのか。次節では、在日インドネシア人向けSNS発信の結果から、この点を検討する。

    4.連合の外国人労働者政策と残された課題

    連合は、外国人労働者を単なる労働力ではなく、市民・住民として受け入れる必要性を明確に述べている。また、多言語対応やSNS等を活用したプッシュ型の情報提供、母国語で相談できる体制の整備も提案している(日本労働組合総連合会、2022)8。この点で、連合はすでに外国人労働者を「働く人」であると同時に「生活者」として捉える方向性を示している。
    しかし、連合の外国人労働者政策において、妊娠・出産・マタハラの問題はまだ中心的課題として十分に位置づけられているとはいえない。外国人労働者の権利保障を強化するなら、賃金、労働時間、安全衛生だけでなく、妊娠・出産を理由とする不利益取扱い、職場におけるハラスメント、産休・育休へのアクセスも重要な労働問題として扱う必要がある。
    連合にはAIによる24時間労働相談システム「ゆにボ」があり、多言語でアクセスできる点は重要な取り組みである。一方で、妊娠・出産・在留資格・マタハラが交差する相談については、AIによる一般的回答だけでは不十分な場合がある。そのため、外国人女性労働者が母国語で有人相談や専門機関につながる導線をさらに強化する必要がある。この課題への対応は、外国人女性を支援することだけを目的とするものではない。連合にとっても、増加する外国人労働者との接点を広げ、組織化を進め、労働運動の包摂性を高める機会となる。

    5.SNS情報発信と相談対応から見えた課題

    5-1「日本での妊娠」プロジェクトの概要

    政府や行政機関のウェブサイトには、妊娠・出産、労働法、在留資格に関する情報が掲載されている。しかし、それらは専門用語が多く、文章も長いため、外国人労働者にとって理解しにくい場合が多い。自動翻訳やAI翻訳を利用しても、制度のニュアンスや実際の手続きが正確に伝わらないこともある。さらに、技能実習生には来日時に「技能実習手帳」が配布され、配属前講習で日本語や労働基準法を学ぶ機会もあるが、そこで得られる情報を十分に理解できない人も少なくない。つまり、課題は「情報が存在しないこと」だけではない。必要な情報が、必要な人に、必要なタイミングで、理解できる言語と形式で届いていないことが問題なのである。こうした情報アクセス上の課題に対応するため、多言語ウェブサイト「日本での妊娠」9が開設された。
    多言語ウェブサイト「日本での妊娠」は、コムスタカ―外国人と共に生きる会が運営している。同サイトは、アジア女性センター、技能実習生のための法律相談事務局、熊本市外国人総合相談プラザ、熊本県外国人サポートセンター、熊本YWCAなどの支援機関、上智大学の田中雅子氏、産婦人科医の藤田圭以子氏らの協力のもと作成された。同サイトでは、日本語、ベトナム語、ネパール語、タガログ語、英語、中国語、インドネシア語、ミャンマー語などで情報が提供されている。
    2026年1月から6月にかけて、ウェブサイトの内容を各言語で「『日本でのにんしん』SNS発信プロジェクト」10が実施され、23テーマに分けて毎週1つのトピックを発信した。SNSでの発信は、外国人労働者に情報を届ける有効な手段である。特にFacebook、Instagram、TikTokなどは日常的に使用されているため、行政文書よりもアクセスしやすい。インドネシア語版の翻訳およびSNS発信は、在日インドネシア人を支援する団体RUMI Jepang(在日インドネシア人の家)のメンバーが担当し、Facebook、Instagram、TikTokを活用した。本稿で扱うデータは、RUMI Jepangのメンバーである筆者が、やさしい表現とイラストを用いて作成・投稿したインドネシア語コンテンツに基づく。

    5-2 SNS発信の結果

    SNS発信の結果、以下の三つの点が明らかになった。第一に、ウェブサイト「日本での妊娠」の閲覧数の増加。第二に、最もユーザーに注目されている情報は女性の在留資格に関する情報。第三に、RUMI Jepangでの妊娠・出産に関する複雑な相談の増加は明らかになった。

    5-2-1 ウェブサイト閲覧数の増加

    SNSで発信した結果、集計期間が異なるため単純比較には留意が必要であるが、PV数、アクティブユーザー数、イベント数はいずれも大幅に増加した。図1は、多言語ウェブサイト「日本での妊娠」の拡充とSNSでの情報拡散による閲覧数の変化を示している。

    図1 ウェブサイト利用指標の変化
    出典:著者作成

    5-2-2 注目される内容が明らかになった

    明らかになったのは、当事者が求めていた情報は、一般的な妊娠・出産情報だけではなかったという点である。むしろ、在留資格、就労継続、緊急避妊薬、支援制度、母国語での相談窓口など、医療・労働・在留制度が交差する情報へのニーズが高かった。最も多くアクセスされたテーマは「母親の在留資格」であった。関連投稿のコメントや相談からは、妊娠・出産を理由とする不利益取扱いが法律上禁止されていることを知っていても、実際には相談先につながれず、問題が解決されないケースがあることが明らかになった。例えば、以下では、SNSに寄せられた相談の一例を紹介する。なお、個人が特定されないよう、内容の一部を省略・加工している。

    「技能実習生同士の夫婦で、妻が妊娠した後、会社から一方的に帰国を求められ、技能実習機構、監理団体、駐日インドネシア共和国大使館にも相談したが、最終的に帰国せざるを得なかった」
    (Aさんのコメント)

    図2は、在日インドネシア人ユーザーがアクセスしたテーマの上位5件を示している。

    図2 アクセス数上位5テーマ
    出典:著者作成

    5-2-3 RUMI Jepangでの相談数の増加及び複雑な内容

    また、RUMI JepangのSNSアカウントには、Instagramで16件、TikTokで14件、合計30件の妊娠・出産に関する相談が寄せられた。このうち、相談内容は、在留資格、中絶、出産などに集中し、短期間に相談が増加したため、対応が追いつかない日もあった。この相談件数は、SNSによる情報発信だけでは対応しきれず、労働問題への対応力を持つ労働組合との連携が必要であることを示している。
    SNS発信は「入口」であり、その後の相談支援体制が不可欠である。30件の相談が寄せられたことは、情報を閲覧した当事者の一部が、一般的な情報提供だけでなく、個別の相談支援を必要としていたことを示している。とりわけ、解雇、退職強要、産休取得、在留資格などをめぐる相談には、労働相談、団体交渉、政策提言の機能を持つ連合・労働組合の関与が重要である。

    6.提言:連合・労働組合が取り組むべきこと

    6-1 在日外国人コミュニティと連携し、労働組合の存在を知らせる

    外国人労働者が増加する一方で、労働組合の存在を知らない外国人労働者は少なくない。したがって、連合が外国人労働者とつながるためには、労働相談窓口を設置するだけでなく、移民コミュニティ代表、外国人支援団体、宗教施設などと連携し、継続的に情報交換を行う必要がある。
    外国人労働者は、問題が起きたときに、まず同じ言語・宗教・国籍のコミュニティやSNSを頼ることが多い。移民コミュニティは、当事者に近い場所で困難を把握している。一方で、労働組合は労働相談、団体交渉、政策提言の力を持っている。両者が連携することで、外国人女性労働者のマタハラ問題により効果的に対応できる。この連携は、外国人女性労働者を支援するだけでなく、労働組合にとっても、未組織の外国人労働者との接点を広げ、組織化の入口をつくるというメリットがある。

    6-2 外国人女性労働者のマタハラを重点課題に位置づける

    連合は、外国人労働者政策の中に、マタハラを明確に位置づけるべきである。外国人女性労働者のマタハラは、単なる個人の問題ではない。労働権、在留資格、生活保障が交差する問題である。特に「技能実習生」や「特定技能1号」の女性の場合、妊娠によって次のような不安が生じやすい。

    • 仕事を辞めさせられ、帰国させられるのではないか。
    • 在留資格に影響するのではないか。
    • 産休・育休を取得できるのか。

    こうした不安を労働問題として位置づけることで、連合は外国人労働者政策とジェンダー平等政策を接続し、より包括的な労働者保護を実現できる。

    6-3 多言語SNS発信団体と協力し、ワンストップ相談体制を整備する

    SNSで情報を発信するだけでは十分ではない。投稿を見た当事者からは、個別の事情に関する相談が寄せられるからである。SNS情報発信の後には、相談支援が必要である。理想的な流れは以下の図3のとおりである。

    図3 SNS情報発信後の相談支援の流れ
    出典:著者作成

    まずは、既に発信している団体(例:『日本でのにんしん』SNS発信プロジェクト)と連携し、相談者の母国語で相談を受け付ける。妊娠・出産に関する相談には、医療、労働、在留資格に関する基礎知識を持ち、相談対応の研修を受けた相談員が対応する必要がある。その後、相談内容に応じて、連合・労働組合、行政機関、弁護士、医療機関、NPO等につなぎ、必要に応じて同行、通訳、書類作成支援を提供する。この仕組みによって、外国人女性労働者が安心して権利を行使できるようになる。また、連合にとっても、相談対応への信頼を高め、未組織の外国人労働者との継続的な接点を形成することにつながる。

    7.おわりに

    外国人労働者の権利保障を考えるうえで、妊娠・出産・マタハラの問題は周辺的な課題ではない。外国人女性労働者が妊娠したときに、仕事を失わず、在留資格に不安を抱えず、安全に出産し、子どもを育てられる社会をつくることは、連合の「働くことを軸とする安心社会」の実現に不可欠である。
    制度や法律が存在していても、それが当事者に届き、理解され、利用されなければ、権利は実質化しない。連合には、外国人女性労働者のマタハラを重要な労働課題として位置づけ、多言語SNS発信とワンストップ相談支援を通じて、誰もが安心して働き、妊娠・出産できる社会を実現する役割が求められている。
    本提言を実施することは、外国人女性労働者を支援するだけではない。連合にとっても、外国人労働者との接点や相談窓口の利用を拡大し、組織化を進めるとともに、ジェンダー平等政策を外国人労働者にも広げ、社会的信頼を高める意義がある。


    引用文献

佳作賞

  • 誰も取り残さないAI活用へ
    ~非専従役員と中小労組の実践を支える、連合・労働組合の新たな責務~

    井出 佳輝

    第1章 はじめに――「書くこと」に追われ、肝心の対話に時間が割けない現場

    労働組合の役割は、働く者の声を集め、職場の課題を明らかにし、安心して働き続けられる環境をつくることにある。私は、不二家労働組合での活動を通じて、その役割の重さと難しさを実感してきた。職場には、賃金、休日、働き方、人材育成、将来不安など、言葉にされにくい困りごとが数多く存在する。しかし、それらは自然に集まるものではない。役員が現場を歩き、声を聴き、整理し、言葉にし、要求や発信につなげていかなければ、見えないまま埋もれてしまう。
    一方で、現実の組合活動は、その本来業務だけで成り立っているわけではない。本業を終えた後に議事録をまとめる。組合員への報告文を作る。会社への要請文を整える。会議資料を作成する。上部団体への提出資料を仕上げる。活動を前に進めようとするほど、「書くこと」「整えること」「まとめること」に多くの時間が取られ、肝心の対話、すなわち組合員の声を聴くこと、職場の違和感を拾うこと、課題の本質を考えることに十分な時間を割けなくなっていく。
    不二家労働組合にいた頃、私はこの負担を、一企業の労組活動に固有の悩みとして捉えていた面があった。しかし、フード連合に来て加盟単組の実情に触れる中で、それがより普遍的で、しかも深刻な問題であることを痛感した。とりわけ非専従役員や中小労組では、人も時間も限られた中で、必要な情報の収集、文書化、説明、交渉準備、組合員対応までを少数で担っている。しかも、情報が足りないのではない。むしろ情報はあふれている。それでも、受け手に届く形に整理し、職場の課題に結びつけ、運動に変えていく時間と体力が、現場から失われつつある。
    発信しているのに伝わらない。資料はあるのに使い切れない。これは単なる業務の煩雑さの問題ではない。忙しい現場ほど、声を上げる力そのものが弱っていくという構造問題である。現場の努力で何とか回っているうちは、この危機は見えにくい。しかし、その努力に頼り続けるだけでは、いずれ支え手の側が先に疲弊する。
    こうした実態は数字にも表れている。労働調査協議会の調査(注1)によれば、非専従役員全体の平均活動時間は週あたり約3.5時間(1時間以上活動する層に限ると約4.0時間)にとどまり、週1時間程度しか活動できていない人が約4割を占める。また、活動上の悩みとして最も多いのは「組合業務のために、自分の時間や家庭生活が犠牲になっている」であった。さらに、専従役員を置けない組合も少なくなく、民営・組合員30人以上の組合を対象とした調査では約2割の組合が非専従のみで運営されており(注2)、中小組合に限ればその割合はさらに高い。中小労組では、限られた担い手が文書作成から交渉準備、組合員対応まで抱え込んでいるのが実態である。
    私は、この構造にこそ、いまの労働運動が抱える見えにくい危機があると考える。だからこそ、生成AIの活用は「あれば便利な道具」の話ではない。現場の実務負担を軽減し、本来の組合活動に時間を取り戻すために、いま労働組合が向き合うべき課題なのである。本稿では、不二家労働組合で感じた現場の悩みと、フード連合に来てより鮮明になった構造的課題を踏まえ、連合と労働組合がAI活用について今取り組むべき具体策を提言する。

    第2章 AI活用をめぐる期待とためらい――なぜ活用が進まないのか

    近年、生成AIは仕事の進め方そのものを変えつつある。文章作成、情報整理、要約、比較検討といった業務において、生成AIは現実の生産性向上手段として機能し始めている(注3)。労働組合の現場に置き換えれば、議事録のたたき台、組合ニュースの下書き、学習会案内文、要請文、報告文、関連資料の整理など、活用余地のある業務は決して少なくない。
    しかし、労働組合の世界ではAI活用が十分に進んでいるとは言い難い。私は、この遅れそのものが現場の困難さを映していると考える。使う価値がないから進まないのではない。使う余力も、試す時間も、失敗を支える仕組みもないまま、現場が日々を回すことで精一杯になっているのが現実だ。
    活用が進まない理由は大きく三つある。第一に、思考力や文章力の低下への懸念である。自分の頭で考え、言葉を練り上げる営みの中には、論点を深め、自分の立場を明確にする力がある。AIに任せることで、その力が弱まるのではないかという不安は軽視できない。第二に、誤情報と情報漏えいのリスクである。生成AIはもっともらしい誤りを出力することがあり、個人情報や機密情報を不用意に入力する危険もある。組合活動には、交渉に関する情報や職場の個別事情、組合員の切実な声など、慎重に扱うべき情報が数多く存在する。第三に、活用ノウハウの不足である。何をどこまでAIに任せてよいのか、何を入力してよいのか、どのように修正すれば自分たちの言葉になるのか、その入口が共有されていない。情報通信総合研究所の調査(注4)によれば、活用ノウハウ不足を課題に挙げる企業は過半数に上り、プロンプトの共有と研修実施の必要性が指摘されている。
    だが、私はここであえて問いたい。こうした懸念や困難があることを理由に、AI活用の現場実装を先送りし続けることは、本当に働く仲間のためになるのだろうか。むしろ逆ではないか。時間にも人材にも余裕のない組織ほど旧来型の負担を抱え込み、発信力、交渉準備力、情報処理力の格差が広がっていく。大手や専従体制のある組織だけがAIを活用し、非専従役員や中小労組が取り残されるのであれば、それは「誰も取り残さない」という労働運動の理念と矛盾する。
    フード連合に来て私が強く感じたのは、この問題が「AIを使うかどうか」という好みの話ではなく、「現場をどう支えるか」という支援の話だということである。専従が複数いる組織は、何とか工夫しながら前へ進める。しかし、非専従で、本業と家庭を抱え、限られた時間の中で役割を果たしている役員にとっては、AI活用の入口すらないこと自体が不利である。求められているのは、AIを礼賛することでも拒むことでもない。懸念を正面から受け止めた上で、安心して使える条件を整え、現場が一歩目を踏み出せる仕組みをつくることである。その責任を各組合の自己努力に委ねてはならない。連合が責任を持って支えるべき課題である。なお、本章で論じたのは心理的・社会的なためらいである。第4章では、それを前提とした上で、動こうとしても動けない構造的な実装障壁を分析する。

    第3章 AIに任せる仕事と、人間が握り続ける仕事

    AI活用を議論する際に最も重要なのは、「使うか否か」という二項対立を超えて、「何をAIに任せ、何を人間が担うか」という線引きを明確にすることである。
    組合活動の実務の中には、AIが補助することで質と速度を高められる領域がある。会議の議事録作成、組合ニュースや報告文の下書き、会社への要請文のたたき台づくり、関連法令や判例の概要整理、複数資料を横断した情報整理や要約などがそれにあたる。これらは定型的・反復的な作業を多く含んでおり、AIが初稿をつくることで役員の初動負担を大きく軽減できる。
    一方、人間が最後まで握り続けなければならない領域がある。論点の設定、事実確認、価値判断、交渉方針の決定、組合員への説明責任、合意形成のプロセスである。特に労働組合の活動は、単に正しい文章を作ることでは終わらない。どの課題を取り上げるか、何を優先するか、どう伝えれば組合員の納得につながるか、どう交渉に持ち込むかといった判断は、人間が引き受けるしかない。
    見落としてはならないのは、「書く営み」の中に思考を鍛える面があることを正直に認めることである。文章を練る過程で論点が整理され、自分の考えが深まることは確かにある。その側面までAIに委ねることは、役員として育つ機会を失うことにもつながりかねない。したがって、AIは「思考の代替」ではなく「思考の補助」と位置づけるべきである。AIが出力したドラフトを批判的に読み、事実を確認し、自分たちの言葉に直し、責任ある文書に仕上げる。この過程を経てこそ、AI活用は現場に根づく。
    私は不二家労働組合の時代から、組合の発信は、出した側の満足で終わってはならないと考えてきた。重要なのは、受け手が理解し、使い、行動につなげられるかである。その視点に立てば、AI活用の目的は単に文章を早く作ることではない。文書作成に費やしていた時間を、受け手に届く表現へ練り直す時間に変えること、さらに組合員と向き合う時間に変えることにある。この視点を見失えば、AI活用は単なる事務の高速化で終わる。この視点を押さえれば、AI活用は労働運動の本質を取り戻す手段になる。

    第4章 非専従役員・中小労組がAI活用にたどり着けない理由――現場の実装障壁

    AI活用の必要性を論じるだけでは不十分である。実際の現場では、「必要だ」と感じていても、そこにたどり着けない壁がいくつも存在するからである。加盟単組の実情に触れるほど、その壁が単なる技術の問題ではなく、日々の組合運営そのものに埋め込まれていることを実感する。
    問題は、規模が小さい組合ほど深刻である。民営企業のうち従業員99人以下の推定組織率は0.7%にすぎず(注5)、組織率が低い現場ほど支える仕組みが乏しい。さらに、職場でのAI活用推進割合は大企業43.3%に対し中小企業23.4%と約20ポイントの開きがある(注6)。専従体制、情報環境、学習機会のいずれもが規模に連動するとすれば、企業側の活用格差は、そのまま対応する労組側の実装格差にもつながりやすい。AI活用を「現場の自己努力」に委ねれば、支援の届きにくい中小・非専従の現場ほど取り残される構造は変わらない。
    第一の壁は、時間の壁である。非専従役員や中小労組の担い手は、本業を終えた後に組合活動を行うことが多い。限られた時間の中で、会社との交渉準備、組合員への説明、上部団体への報告、法改正への対応、各種会議への参加を並行して担っている。そこでは、「AIを学ぶ時間」や「試してみる時間」そのものが確保しにくい。現場にとっての問題は、AIを使いたくないことではない。使う前提となる余白がないことである。
    第二の壁は、入口の壁である。現場役員が最初につまずくのは、高度な使い方ではない。「何を入力してよいのか」「どこまで入力してはいけないのか」「出てきた文章をどこまで信用してよいのか」という入口の部分である。ここが曖昧なままでは、慎重な役員ほど手を出しにくい。結果として、使える人だけが使い、使えない現場は旧来型の負担を抱え続けることになる。
    第三の壁は、責任の壁である。組合活動で扱う文書は、単なる事務文書ではない。議事録、要求文書、交渉報告、組合ニュース、学習会案内はいずれも、組合員との信頼や労使関係に直接かかわる。文面の一つひとつが、納得にも不信にもつながる。そのため現場では、AIで文章を作ることへのためらいが強い。ここで問われているのは、便利さではなく、誰が最終責任を持つのかという問題である。
    第四の壁は、使ってみたものの、思い描いた発出物にたどり着けず、そこで止まってしまう壁である。現場では、生成AIに一度触れてみた経験を持つ役員も少なくない。しかし、その際によく聞かれるのは、「文章を頼んでみたが、まだまだだと思った」「思ったような内容が出てこなかった」「あまり意味がなかった」という反応である。見極めるべきは、AIに価値がないのではなく、入力の仕方や指示の重ね方が分からないまま、一度の出力で評価を終えてしまっている可能性が高いという点である。
    生成AIは、一回の指示で完成した答えを得る道具というよりも、観点を追加し、表現を絞り、方向を修正しながら、壁打ちを重ねていく中で精度を高めていく道具である。ところが、現場ではその「やり直し方」「深め方」「転換のさせ方」まで共有されていない。そのため、最初の出力が思い描いたものと少しでもずれると、「まだ使えない」と判断して離れてしまう。私は、この「使ってみたが、使いこなすところまで届かない」という段階が、現場実装における大きな壁になっていると考える。
    たとえば、退勤後の自宅で組合ニュースを書く役員がいる。月一回の団体交渉に向けて、要求文書を手探りで作成する役員がいる。会社からの回答文書を一人で読み込み、組合員にどう伝えるか悩む役員がいる。問題は、こうした担い手が怠けていることでも、学ぶ意欲がないことでもない。考えるべき課題は山ほどあるにもかかわらず、それを整理し、言語化し、共有し、次の行動に結びつける時間が足りていないのである。
    ここに対する支援なしに、「現場で工夫してほしい」と言うだけでは、支援ではなく負担の転嫁になってしまう。連合が向き合うべきなのは、AI活用という新しいテーマそのものではない。こうした四つの壁を越えるための条件整備を、各組合の自己努力に委ねず、支援の仕組みとして整えることである。次章では、そのために連合と労働組合が取るべき具体策を、現場が動ける順序に沿って論じる。

    第5章 連合と労働組合が今取り組むべき具体策――現場実装の順序

    以上の問題認識を踏まえ、連合と労働組合が今取り組むべき具体策を提言する。問われているのは、施策を並べることではなく、第4章で見た四つの壁に対して、現場が実際に動ける順序で示すことである。非専従役員や中小労組の担い手は、時間にも人材にも余裕がない。だからこそ、「まず何を整えなければ現場が一歩目を踏み出せないのか」という順番で考える必要がある。

    (1)まず整えるべきは、入口と責任に関する最低限の安全ルールである

    現場が最初に不安を感じるのは、「使ってよいか」ではなく、「どこまで入力してよいのか分からない」という点である。個人情報、交渉情報、会社の未公表情報など、組合活動には慎重に扱うべき情報が多い。ここが曖昧なままでは、まじめな役員ほど使えない。また、組合文書に誰が最終責任を持つのかが曖昧なままでは、AI活用は現場に根づかない。したがって、連合はまず、機密情報・個人情報を入力しない原則、AI出力を必ず人が確認・修正する原則、利用ツールの最低限の確認事項を整理した簡潔な実務ルールを示すべきである。理念集ではなく、入口の壁と責任の壁を越えるための安全ルールが出発点である。フード連合では、このルール整備を産別が先行して試み、実際の文書を使って検証した上で連合が標準化するという流れが最も現実的だと考えている。

    (2)次に必要なのは、入口の壁を越えるためのテンプレートである

    安全ルールがあっても、「何をどう入力するか」が分からなければ現場は動けない。非専従役員にとって最も必要なのは、議事録、組合ニュース、春闘要求の論点整理、会社への要求書、学習会案内、交渉結果の報告文など、日常業務に直結するひな型である。ここでのポイントは、抽象的な「プロンプト集」ではなく、現場役員が実際に困る業務ごとにそのまま使える最小単位で提供することである。何を入力すればよいか分からないという入口の壁に対しては、この段階が最も実践的な支援になる。私がフード連合で加盟単組の役員と向き合ってきた経験から言えば、一枚の使えるひな型は、どんな研修の言葉よりも現場を動かす。

    (3)その上で、時間の壁を越えるための短時間・実践型研修を重ねるべきである

    テンプレートが整って初めて、研修は現場で機能する。研修を先に置くよりも、ひな型を先に置く方が現場実装には有効だと考える。なぜなら、非専従役員にとって研修参加のハードルは高く、「学んだが現場で使えない」という経験は定着を妨げるからである。だからこそ、研修は30分から60分程度の短時間とし、テンプレートを実際に使いながら、議事録、ニュース、要請文をその場で作り直す演習形式にすべきである。現場は忙しい。長時間の座学ではなく、「今日から使える」と感じられる研修でなければ意味がない。これは、時間の壁を越えるための支援である。

    (4)テンプレートを手にした後の次の壁は、使いこなすことである

    実際にAIに触れてみたものの、思い描いた発出物にたどり着けず、「まだ使えない」「あまり意味がない」と感じて止まってしまうことは大きな障壁である。したがって、実装支援の出発点は、まず小さく触れてみる場をつくることだが、それだけでは不十分である。それと同時に欠かせないのは、最初の出力をどう見直し、どう指示を追加し、どう方向転換させれば、自分たちの活動に使えるものへ近づいていくのかを学べる場である。
    たとえば、組合ニュース、議事録、要請文、交渉報告などを題材に、一度目の出力をそのまま評価して終えるのではなく、観点の追加、表現の修正、相手別の書き分けなどを重ねながら完成度を高めていく過程まで共有することが重要である。私は、この「まず触れてみる」「そのうえで、試行錯誤の仕方を知る」という二段階が、現場実装には不可欠だと考える。産別や地域組織は、その最初の接点と試行の場を担い、単組がつまずきやすい場面に寄り添いながら伴走支援を行うべきである。一方、連合は、各産別に共通する最低限の安全ルール、テンプレート形式、研修の骨格、活用事例の共有方法を標準化し、横展開可能な基盤を整えるべきである。つまり、現場に近い産別が「最初の接点」と「試行の場」をつくり、連合がそれを全国で再現可能な形に整える。この役割分担こそ、もっとも現実的な実装順序である。

    (5)さらに、職場へのAI導入を労使協議の対象として明確化すべきである

    最後に、AI活用は組合内部の業務効率化だけで終わる問題ではない。企業がAIを導入すれば、業務内容、求められる能力、評価方法、さらには雇用のあり方にまで影響を及ぼす可能性がある。にもかかわらず、多くの職場ではAI導入が経営判断だけで進み、労働組合が十分に関与できていない。連合は、AI導入前の事前説明と協議、業務変更時の教育訓練や配置、評価・監視へのAI活用に関する透明性と本人関与、人員削減につながる場合の雇用維持協議などを、モデル協定や労使協議事項として各産別・単組に提示すべきである。これは第4章の四つの壁への対処とは別に、AI時代の労働条件を守るための、もう一つの重要な課題である。

    第6章 おわりに――現場を支える責任を誰が負うのか

    本提言で私が訴えたいのは、AIの是非そのものではない。いまの労働組合の現場、とりわけ非専従役員や中小労組の担い手が、「書くこと」「整えること」「まとめること」に追われ、本来もっとも重視すべき対話や課題把握に十分な時間を割けなくなっている現実である。私は不二家労働組合でその苦しさを感じ、フード連合に来て、それが一企業の問題ではなく、多くの加盟単組に共通する構造問題であることを強く認識した。現場の努力で何とか回っているうちは問題が見えにくい。しかし、その努力に頼り続けるだけでは、いずれ支え手の側が先に疲弊する。
    だからこそ、AI活用の目的は効率化そのものではない。文書を早く作るためだけでもない。AIを活用して取り戻すべきなのは、組合員と向き合う時間であり、現場の違和感を拾い上げる時間であり、交渉の論点を深める時間である。「書くことに追われる労働運動」から、「向き合うことに時間を使える労働運動」へ。その転換を、現場任せにせず、連合の責任として支えることができるかどうかが、これからの労働運動の広がりと持続性を左右すると、私は考える。私はフード連合の立場から、まず産別としてこの順序で動き、その結果を連合に持ち上げることで、全国の非専従役員と中小労組に届く仕組みをつくっていきたい。


    【注】

    • 注1 労働調査協議会「非専従の組合役員の活動時間と活動・充実感」(2021年調査・2023年公表、執筆:小熊信主任調査研究員)。非専従役員全体(全サンプル)の平均活動時間は週3.5時間、中央値は1.0時間。1時間以上活動する層に限定した比較可能サンプルの平均は週4.0時間。最多回答の悩みは「組合業務のために、自分の時間や家庭生活が犠牲になっている」(37.8%)。
    • 注2 連合総合生活開発研究所・連合「労働組合費に関する調査報告」(2015年実施)等をもとにした整理。民営・組合員30人以上の組合を対象とした調査において、専従役員を有する組合は約80.2%とされており、逆に言えば約2割は非専従のみで運営されている。なお、従業員299人以下の中小組合に限ると専従者ゼロの組合が約88%に上るとの調査結果もある(厚生労働省「令和3年労働組合活動等に関する実態調査」)。すなわち、非専従のみの組合の実態は全体平均より相当多い可能性がある。
    • 注3 総務省「令和7年版 情報通信白書」(2025年)。同白書によれば、日本企業で何らかの業務に生成AIを利用していると回答した割合は55.2%、うち「メールや議事録、資料作成等の補助」への活用率は47.3%。
    • 注4 株式会社情報通信総合研究所「企業における生成AI活用の格差」調査報告書(2024年11月)。活用ノウハウ不足、プロンプト共有、研修実施の必要性に言及。
    • 注5 厚生労働省「令和6年労働組合基礎調査」。民営企業の企業規模別推定組織率を参照。
    • 注6 東京商工リサーチ「生成AIに関するアンケート調査」(2025年)。生成AI活用を推進している割合は大企業43.3%に対し中小企業23.4%と、約20ポイントの差がある。

    【参考文献・参考資料】

    • 労働調査協議会「非専従の組合役員の活動時間と活動・充実感」
    • 日本労働組合総連合会、連合総合生活開発研究所関係資料
    • 総務省「令和7年版 情報通信白書」
    • 株式会社情報通信総合研究所「企業における生成AI活用の格差」調査報告書
    • 厚生労働省「令和6年労働組合基礎調査」
    • 東京商工リサーチ「生成AIに関するアンケート調査」
  • 限られた人が担う労働組合から、誰もが担える労働組合への転換
    ― 担い手を広げる労働組合役員の働き方構造の再編 ―

    髙谷 鮎香

    1.はじめに

    労働組合は、働く人びとの生活を守り、働きやすさを実現するための組織である。しかし、その担い手である労働組合役員自身の働き方は、必ずしも「働きやすい」ものとなってきたわけではない。
    従来、労働組合役員の働き方は、長時間・高拘束を前提とする傾向が強く、活動への強いコミットメントが重視されてきた。その背景には、組合員の生活の維持・向上という使命に対する責任感があり、組合活動はこうした使命感に支えられてきた側面がある。他方で、このような働き方は、役員活動に継続的に関与できる者の条件を一定程度限定してきた可能性もある。
    近年、企業社会においては、育児・介護・治療等との両立といったワーク・ライフ・バランスの視点が重視され、個人の生活上の制約を前提とした人事・労務管理の必要性が指摘されている。こうした議論では、従来の人事管理が、時間・勤務地・職務に制約をもたない「無制約社員」を前提に構成されてきたことが指摘され、労働供給制約時代には、その前提自体を見直す必要があると論じられている。にもかかわらず、労働組合役員の働き方については、なお無制約を前提とした運営が自明視されやすく、そのこと自体が十分に問われてこなかった。組合活動の担い手という観点からみると、「無制約で活動できること」を暗黙の前提とする働き方は、潜在的に担い手を限定しうるものではないだろうか。
    では、労働組合は、どのような人びとを担い手として想定してきたのだろうか。労働組合が多様な立場にある労働者に寄り添い、その代表としての役割を果たしていくためには、組織運営それ自体の内部に、多様な生活条件や経験に根ざした視点が取り込まれる必要がある。その意味で、多様な人びとが役員活動に参画しうる組織運営のあり方を模索することは、担い手確保の問題であると同時に、労働組合の代表性と持続可能性にも関わる課題ではないだろうか。
    こうした問題意識のもとで本稿が注目するのが、電力総連加盟の一労働組合(以下、A労働組合)の事例である。A労働組合では、生活上の制約を抱えながらも専従役員として中心的な役割を担っている状況がみられる。ここで注目すべきは、そのような状況が単なる個別的な配慮によって成立しているのではなく、組織運営の構造そのものの変化によって支えられている可能性がある点である。
    本稿では、A労働組合へのインタビューを通じて得られた知見を手がかりに、生活上の制約を抱えながらも役員活動に参画しうる組織運営のあり方を探る。そのうえで、労働組合がいま取り組むべき課題として、担い手を広げる運営への転換を提言する。

    2.A労働組合の事例が示すもの

    (1)A労働組合の組織概要

    A労働組合は、電力総連に加盟する企業別労働組合であり、組合員数は約4000人、組織体制としては、本部・県本部・支部からなる三層構造のもとで組織運営が行われている。A労働組合の専従役員は2年1期で選出され、専従期間中は労働協約に基づき会社を休職し、組合業務に従事する。なお、調査時点では、専従役員は計14名であり、本部9名、県本部6名(うち1名は本部兼任)が配置されている(注1)。

    図表1 A労働組合の組織概要(2026年4月時点)

    配置区分役員区分主な役割
    本部専従役員組織全体の運営、意思決定、全体に関わる課題への対応
    県本部専従役員各支部の統括・指導、県内課題への対応、関係諸団体との連携
    支部非専従役員組合員への日常対応、支部課題への対応、地域における連携

    (出典)著者作成

    (2)働き方の変化の実態

    従来、A労働組合における専従役員の働き方もまた、長時間・高拘束を前提としたものであった。夜間や休日の対応、対面参加を基本とする会議や職場対話活動、宿泊を伴う出張などが当然視され、活動にどれだけ時間を投入できるかが、役員としてのコミットメントを測る一つの基準となっていた。そこでは、生活上の制約があったとしても、それは基本的に個人の側で調整すべき事柄とみなされやすく、活動そのものの進め方や役割分担を組み替えるという発想は前面には出にくかった。
    これに対し現在では、夜間や休日を当然視するのではなく、平日・日中を中心に活動を組み立てる方向へと移行している。聞き取りからは、こうした時間設定の見直しにより、育児等の生活事情を踏まえながら専従役員として活動することが一定程度可能になっていることがうかがわれた。
    また、この変化は、単に活動時間の変更だけにとどまらない。従来のように、特定の個人が常時関与することを当然の前提とするのではなく、状況に応じて関与の度合いに濃淡が生じたり、全面的に参加できない局面が生じたりすることも、一定程度受け入れられるようになっている。すなわち、関与の縮小や部分的な参加を含みながらも、専従役員としての役割を継続しうる働き方へと変化している。

    (3)働き方の変容プロセス

    A労働組合の専従役員の働き方は、特定の時期に明確な方針転換が行われたことで変わったわけではない。聞き取りからは、専従役員定数の削減、コロナ禍を経た活動手法の変化、ひとり親で子育て中という生活上の制約を抱える者の参画など、複数の契機への対応を通じて段階的に形成されてきたものと理解できる。すなわち、その変化は、「働き方改革」そのものを目的として計画的に導入されたというより、組織がその時々に直面した制約や課題への対応を重ねるなかで、従来の組織運営のあり方が見直され、結果として働き方が徐々に組み替えられていったものと捉えられる。主な契機とその影響を図表2に示す。

    図表2 A労働組合の専従役員の働き方に変化をもたらした主な契機と影響

    時期契機主な変化専従役員の働き方への含意
    2019年役員数の減少人員制約が顕在化役割固定型の運営の限界が意識される
    2020年コロナ禍活動手法の多様化日時・方法の柔軟化の可能性が広がる
    2022年生活上の制約を抱える役員の参画制約への配慮の必要性が顕在化制約を前提とした運用への移行が始まる
    2023年Teams・Dropboxの導入情報共有の標準化・可視化属人性の緩和と役割分担の柔軟化が進む
    2025年MVV再定義プロジェクト(注2)組織の目的・価値の再整理活動の優先順位や役割認識・役員像が見直される
    2025年活動時間の見直し平日・日中中心の運用への移行夜間・休日依存が縮小される

    (出典)インタビュー調査を基に著者作成

    こうした変化のなかで、早い段階の転機として確認できるのが、2019年の役員数の減少である。限られた人数で組織運営をしなければならない状況のもとでは、一人ひとりの役員に対してより高い質・量の貢献が求められ、生活上の制約を抱える人の就任や継続を難しくしかねない。しかしA労働組合では、役員個人の努力や献身による対応への収斂はみられなかった。
    もっとも、重要なのは、どの契機が最も大きな影響を与えたかを単純に特定することではない。むしろ、こうした契機が相互に連関しながら、専従役員の働き方が段階的に変容していった過程として捉えることである。

    (4)従来構造と現在構造の比較

    A労働組合における専従役員の働き方の変化は、単なる活動量の増減や会議時間の変更としてではなく、専従役員の活動をどのような前提で成り立たせるのかという調整原理の違いとして理解する必要がある。
    従来の構造では、役員が生活事情や時間的制約に直面した場合であっても、個人内で都合をつけて対応することが暗黙の前提となっていた。これに対し、現在の構造では、制約への対応を個人内で完結させるのではなく、相互の調整や補完を通じてチームで役割を遂行する運営がみられるようになっている。
    このように、従来の構造は、役員個人の裁量や努力によって制約を吸収する、いわば「個人主体調整型」であった。これに対し、現在の構造は、制約の存在を前提に、役割分担や関与のあり方を相互に調整しながら活動を成立させる「相互調整型」へと変化している。この構造的な違いを図表3のとおり整理する。

    図表3 A労働組合における専従役員の運営構造の比較

    観点従来:個人主体調整型現在:相互調整型
    活動時間の基本形夜間・休日も当然視平日・日中が中心
    制約への向き合い方個人内で都合をつけて対応組織全体で役割を調整
    責任の持ち方担当者に集中しやすい個人責任を残しつつ支え合う
    情報のあり方個人に属しやすい共有・可視化を基本とする
    貢献の捉え方時間投入が重視されやすい役割遂行を重視
    役割遂行の進め方一人で抱え込みやすい持ち替え等を含めてチームで遂行
    役員像無制約で働けることを前提多様な条件のもとでも担いうる

    (出典)インタビュー調査を基に著者作成

    (5)相互調整型の実態と成立メカニズム

    ① 相互調整型を支える組織運営の仕組み

    こうした相互調整型の構造は、具体的にどのように成り立っているのか。
    聞き取りからは、生活上の制約を抱える人を活動から外したり、一方的な配慮の対象としたりするのではなく、役割の持ち替えや補完を前提に、活動と生活の両立を可能にする調整が行われていることがうかがわれた。たとえば、全面的な参加が難しい場合でも、Web参加を組み合わせる、事前準備や事後対応の役割を担う、他の役員が一時的に代替するといった形で、関与のあり方に幅を持たせながら役割遂行が支えられている。
    その際に重要なのは、「支える側」と「支えられる側」が固定されていないことである。子育てや介護、治療などの事情は、その内容や程度こそ異なるものの、複数の役員が抱えている。また、そうした事情に限らず、個々人の生活上の都合や時間の使い方も、それぞれに異なっている。そうしたなかで、生活上の制約を抱える役員もまた、対応可能な範囲では他の役員の業務都合や負担を補完する側に回っており、役割のやり取りは一方向ではない。個々人の生活事情は、活動からの免除の根拠としてではなく、役割の再構成や再配分を考える前提のひとつとして扱われていた。
    こうした調整を可能にしている背景には、情報共有の可視化と役割分担の柔軟化がある。TeamsやDropbox等を通じて、誰が何を担い、どこまで進んでいるのかを組織として共有しやすくなったことにより、特定の個人に依存しない補完や持ち替えが可能になっている。

    ② 相互調整型を支える役員像の捉え直し

    さらに、A労働組合における相互調整型の運営を支えている要因のひとつに、役員像そのものの捉え直しがある。聞き取りからは、こうした運営の見直しを進めた中心的な役員自身も生活上の制約を抱えており、その視点が組織運営の見直しにも反映されていたことがうかがわれた。こうした制約を抱える立場からの視点は、役員像そのものの捉え直しにも表れており、その捉え直しは、ミッション・ビジョン・バリューの再定義プロジェクトにおいて明確に言語化された。
    同プロジェクトでは、新中期ビジョン「“らしさ”をつなぎ、ミライをデザインする」が掲げられ、違いを排除の根拠とするのではなく、多様な“らしさ”が交わることによって未来を広げていくという方向性が示された。三役のひとりからは、同プロジェクトの論点に触れながら、かつては「金太郎あめ」のように、24時間365日対応できる役員を前提とした運営が志向されていたかもしれないが、多様さを大切にするのであれば、画一的な役員像ではなく、それぞれの違いを前提に柔軟に役割を組み替えながら運営していく必要があるとの認識が語られた。
    以上から、A労働組合における相互調整型の運営は、情報共有や柔軟な役割分担といった組織運営の仕組みと、それを支える役員像の捉え直しが相まって成立していると理解できる。

    (6)A労働組合の限界と課題

    もっとも、A労働組合における相互調整型の運営は、あらゆる場面に同じように適用できるわけではない。内部の会議運営や日常的な役割分担においては、制約を前提とした柔軟な調整が可能になっている。他方で、外部組織や上部団体が主催する会議や研修については、A労働組合側は開催主体ではなく参加者として関与するため、日程や形式を内部都合で動かしにくく、相互調整型の運営がそのままの形では及びにくい。とくに、対面での関係構築や担当者本人の参加が事実上前提とされる場面では、なお本人側の調整に頼らざるをえない側面が残っている。
    また、こうした柔軟な運営は、生活上の制約を抱える人びとの参画や、突発的な欠員・日程変更への対応を可能にする一方で、運営上の新たな課題も生じさせている。基本的な役割分担は設けられているものの、それに固定されることなく、担える範囲に応じて相互に調整されるため、誰がどこまで担うのかという基準は必ずしも明示的ではない。調整の起点も、なお本人が自らの制約を申し出ることに委ねられているため、申し出にくさや、他者に任せることへの負い目がある場合には、個人の側で無理を抱え込む余地も残る。
    加えて、補完する側にかかる負担の偏りや、関与の仕方が柔軟になるなかで従来のOJT的な学習機能がどのように維持されているのかといった点も、現段階では十分に可視化されていない。
    こうして見ると、A労働組合の取り組みは、担い手を広げうる運営の可能性を示す具体的な事例である一方で、それ自体を完成されたかたちとして位置づけられるものではない。A労働組合自身も、現状の組織運営のあり方を完成形とは捉えていない。相互調整型の運営を、いかに持続可能で継承可能なものとして支えていくのかという課題については、今後も模索が続くことが期待される。

    3.提言

    本稿は、A労働組合の事例を成功例として他の組織にそのまま踏襲することを提言するものではない。
    ここで受け止めるべきなのは、事例の内容そのものではなく、事例が浮かび上がらせた論点である。すなわち、無制約に対応できることを暗黙の前提としてきた運営のもとで、担い手が一部の人びとに限られてきたという現状を、個別的な配慮の積み重ねによって補うのではなく、制約を抱える人びとを含めた担い手のあり方と、それを支える組織運営のあり方そのものを組み替えていけるかを問う必要がある。
    本稿が提起するのは、共通の運営手法ではなく、それぞれの組織が自らの運営の前提を問い直すための視点である。
    また、ここで取り上げたのはA労働組合の専従役員の事例であるが、本稿が提起する内容は、特定の組織や専従役員に閉じるものではない。それぞれの組織が置かれた条件や課題に応じて、自らの運営のあり方を検討していくことが求められる。
    以下では、そのための論点を提言として整理したい。

    (1)労働組合の「こうあるべき」を問い直す

    まず見直されるべきなのは、労働組合の役員活動を支えてきた固定的な役割分担や、過去からの慣習のなかで形づくられてきた「組合役員はこうあるべき」「労働組合はこうあるべき」という前提である。長時間対応、即応性、対面参加、最後まで一人で担い切るといった無制約を前提とした関わり方が暗黙の標準として維持されるかぎり、生活上の制約を抱える人びとは担い手になりにくい。その結果、狭められるのは、役員活動に参画できる者の範囲だけではない。組織運営の内部に取り込まれる視点や経験もまた、限られたものになりやすい。
    問題は、こうした前提が、時代や状況の変化にもかかわらず、十分に問い直されないまま当然のものとして受け止められてきたことにある。
    必要なのは、「こうあるべき」という発想そのものが、いまの時代においてなお妥当なのか、見直しの余地はないのかを問い返していくことである。そうした前提を当然視したままでは、担い手の可能性を閉ざし、労働組合は時代の変化や担い手の多様化に応じて自らを組み替えていくことができない。いま求められているのは、「こうあるべき」という前提にとらわれることなく、多様な人びとが担い手となりうる組織のあり方を模索していくことである。

    (2)誰もが担い手となる組織運営へ

    担い手を広げるうえで重要なのは、生活上の制約の有無によって人を分けるのではなく、労働組合が果たすべき役割に対し、誰がどのような役割や貢献を担いうるのかを基準に運営を組み立てることである。
    個々人の事情や条件は、白か黒かで分けられるものではなく、程度や組み合わせの異なるグラデーションとして存在している。だからこそ、特定の人を一方的に「支えられる側」として位置づけるのではなく、誰もが最初から担い手であるという前提に立つことが求められる。
    その意味で必要なのは、個別的な対応を後から付け足していくことではなく、多様な条件をもつ人びとが、それぞれの条件のもとで役割や貢献を担いうるように、運営の仕組みそのものを組み替えていくことである。
    個別的な配慮を積み重ねるだけでは、支える側と支えられる側という関係を固定化し、制約を抱える人びとも組織をともに支える担い手であるという視点を見失いかねない。
    重要なのは、「できないこと」を基準に担い手を狭めることではなく、それぞれの「できること」を持ち寄りながら組織を成り立たせるという発想への転換である。そのためには、制約がない人びとだけで参画のあり方を考えるのではなく、制約を抱える人びともまた担い手として運営の検討に加わり、ともに何ができるのかを考えていくことが欠かせない。
    さらに重要なのは、こうした姿勢が、生活上の制約を抱える人びとの参画を支えることにとどまらないという点である。多様な立場や条件にある人びとが、それぞれの条件のもとで担い手として運営に参画し、ともに何ができるのかを考えることは、組織運営の内部に生活者としての視点を取り込み、職場の実情に即した課題設定や要求形成につなげていくことでもある。
    担い手の幅を広げることは、特定の人びとに参加の余地を与えることではなく、多様な人びとがそれぞれの条件のもとで役割を担いうるようにしながら、労働組合の取り組みを、より多様な実感や視点に開いていくことにほかならない。

    (3)運営の土台を組み替える

    誰もが担い手となる組織運営を実現するためには、考え方や姿勢を見直すだけでは足りない。実際に役員活動を支えている運営の土台そのものを、多様な人びとが役割を担いうるように組み替えていく必要がある。とりわけ見直されるべきなのは、情報共有のあり方、役割分担の組み方、活動日程の立て方、会議参加の方法など、日々の運営実務に関わる部分である。ここが従来のままであれば、多様な人びとがそれぞれの条件のもとで役割を担いうるような組織運営も、実際には機能しにくい。
    誰が何を担い、どこまで進んでいるのかを、特定の個人の頭の中や手元に閉じ込めるのではなく、組織として共有可能な状態にしておくことには大きな意味がある。情報が標準化され、可視化されていれば、役割の持ち替えや補完も行いやすくなり、一人に依存した運営から離れやすくなる。これは、生活上の制約を抱える人びとの参画を支えるだけでなく、突発的な欠員や業務の偏りにも対応しやすい、機動的で持続可能な組織運営にもつながる。
    また、活動日程や参加方法についても、無制約で動けることを暗黙の前提とした設計を見直す必要がある。夜間や休日、対面参加を当然視するのではなく、平日・日中を基本とした日程設定や、Web参加、事前準備・事後対応を含めた多様な関与のあり方を運営のなかに位置づけていくことが求められる。
    重要なのは、全面的に参加できることだけを役割遂行の基準にするのではなく、関与の仕方に幅を持たせながら、全体として活動を成立させることである。
    もっとも、こうした仕組みは、導入しただけでそのまま機能するものではない。情報を共有することや役割を抱え込まないこと、新しい方法を受け入れることが組織に根付くよう、意識や文化を育んでいくことではじめて意味をもつ。だからこそ必要なのは、従来のやり方にこだわるのではなく、多様な人びとが実際に参画しうる運営の土台そのものを、組織として更新していくことである。

    (4)担い手を広げる見直しは産別・連合にも問われる

    担い手を広げうる運営への転換は、個々の単組の工夫だけで完結する課題ではない。単組の内部で活動時間や役割分担、情報共有、参加方法の見直しが進んだとしても、産別や連合の会議、研修、意思決定の場が、なお無制約に対応できる人びとを暗黙の標準として設計されているとすれば、産別や連合への参画は引き続き限られた人びとに偏りやすく、単組での担い手拡大も組織全体には及びにくい。したがって、この課題は、単組に閉じた運営上の問題としてではなく、労働組合運動全体の組織運営のあり方に関わる課題として捉えられなければならない。
    これまでも、単組・産別・連合において、ジェンダー平等や多様性の実現に向けた取り組みは進められてきた。だからこそ今後は、そうした取り組みが組織運営の前提そのものを問い直すところまで及んでいるかを検証していく必要がある。その意味で、産別・連合のいずれにおいても、自らの会議、研修、情報伝達、意思決定のあり方が、なお「制約がない人」を暗黙の標準として設計されていないかを検証する必要がある。
    そのうえで、産別・連合には、それぞれの立場から加盟組織と問題意識を共有し、多様な人びとが担い手となりうる組織運営の方向性を示すとともに、その実現に向けた見直しを支えていく役割がある。
    とりわけ、産別や連合の会議や議論の場そのものに多様な立場の人びとが参画していなければ、職場や社会の変化に即した課題認識や要求形成も十分には生まれにくい。多様な人びとが担い手として関わりうる環境を整えていくことは、単に参加機会の公平性を確保するためだけではなく、労働組合が多様な労働者の実感に根ざしながら、その代表性を保ち続けるためにも必要である。

    4.おわりに

    労働組合は、働く人びとの生活を守り、より働きやすい職場や社会を実現していくための組織である。だとすれば、その担い手である役員の働き方や、役員活動を支える組織運営のあり方についてもまた、同じ問いにさらされなければならない。
    その意味で、本稿における課題は、単に生活上の制約を抱える人びとへの配慮を制度的に整えるという防衛的な課題にとどまるものではない。多様な立場にある労働者に寄り添う組織であるためには、組織運営それ自体の内部に、多様な生活条件や経験に根ざした視点が取り込まれていく必要がある。言い換えれば、担い手を広げることは、生活者としての視点を組織運営の内部に取り込み、労働組合が多様な組合員の実感に根ざして課題を捉え、要求を形づくるための条件でもある。
    本稿を通じて示されたのは、限られた人が担うことを前提とした組織運営から、誰もがそれぞれの条件のもとで担い手となりうる組織運営へと転換していくことの必要性であった。こうした転換は、担い手確保のための一時的な工夫というよりも、どのような人びとが担い手となりうるのかを問い直すことを通じて、労働組合の代表性と持続可能性を支える前向きな組織再編として位置づけられるべきではないか。
    いま求められているのは、限られた人が担うことを前提とした組織運営にとどまることなく、それぞれの組織が置かれた条件や課題に応じて、自らの運営の前提を問い直し、多様な人びとが担い手となりうる労働組合へと歩みを進めていくことである。本稿が、労働組合の運営の前提を改めて問い直し、担い手を広げる議論を深めていくための一つの手がかりとなれば幸いである。


    • 注1:A労働組合では専従役員の一部に、関係団体等へ派遣される者が存在するが、本稿では労働組合の運営を担う専従役員の働き方を調査対象とするため、詳細な検討は行わない。
    • 注2:MVV再定義プロジェクトとは、組織としてのMission, Vision, Valueの再定義を行う取り組みである。

    《参考文献》※五十音順

  • 「働けない時間」のあとに
    ─メンタル休職復職者の視点から連合・労働組合に問う 職場復帰支援の刷新に向けて─

    水野 なつみ

    はじめに

    私自身、心の不調で職場を一定期間離れ、戻った経験がある。所属していたのは労働組合のない職場であった。三〇分の面談で復職可否が決まり、復職後の職務範囲は「いま手の空いている案件のアシスタント役」として上司の口頭で示された。主治医の診断書は会社の指定する書式に書き直してもらう必要があり、勤務時間や評価期間の取り扱いは「人事の運用上の判断」として曖昧に整理された。あの時、もし職場に労働組合があったら、と何度も考えた。同時に、こうも思った──仮に組合があったとしても、いまの仕組みでは間に合わなかったのではないか、と。
    二〇二四年度、精神障害を発病し労災認定された件数は一〇五五件にのぼり、統計開始以来初めて一〇〇〇件を超えた。認定件数は六年連続で過去最多を更新している。一方、メンタル不調で休職した労働者の四二%が休職中または復職後に退職に至り、復職後五年以内の再休職率を四七・一%とする研究もある。「戻れる場所」を確保するという労働組合の基本任務は、いま、これまでになく重い意味を持つ。
    しかし、日本の労使関係が積み上げてきた復職支援モデルは、終身雇用・単一職務・対面勤務という前提のうえに設計されてきた。ジョブ型雇用の浸透、人材流動化、リモート勤務の常態化、評価制度の成果主義化が同時並行で進む現在、その前提は静かに崩れつつある。本提言は、休職と復職を経験した一人の労働者の視点から、いま連合・労働組合が取り組むべき新たな枠組みを論じる。

    一.数字が示す危機――なぜ今、復職支援を問い直すのか

    精神障害の労災認定一〇五五件という数字の背景には、職場の構造的なストレス源がある。支給決定の根拠とされた「出来事」の上位は、パワーハラスメント二二四件(うち女性一〇一件)、仕事内容・仕事量の大きな変化一一九件、カスタマーハラスメント一〇八件(うち女性七八件)、セクシュアルハラスメント一〇五件と続く〔1〕。カスタマーハラスメントでは女性が約四分の三を占め、パワハラ・セクハラと合わせて、女性労働者が職場の構造的暴力に晒される頻度の高さを示している。復職支援を論じる際、ジェンダー視点はもはや任意の配慮事項ではなく、制度設計の起点である。
    事業所規模別の発生率にも目を向けたい。厚生労働省「労働安全衛生調査」(令和四年)によれば、過去一年間にメンタルヘルス不調により連続一か月以上休業した労働者または退職した労働者がいた事業所は、全体で一〇・六%。一〇〇〇人以上では九〇・八%にのぼる〔2〕。組織が複雑化するほど職場ストレスが多層化することの帰結である。
    復職後の道のりも険しい。独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査によれば、メンタルヘルス不調で休職した労働者の四二%が休職中または復職後に退職に至っている〔3〕。せっかく復帰しても、約半数が再び戻ってしまう現実が、既存モデルの限界を物語っている。
    一方、労働組合の側に目を転じると、構造的な弱化が止まらない。厚生労働省「令和六年労働組合基礎調査」によれば、推定組織率は一六・一%で三年連続の過去最低を更新した。企業規模別では一〇〇〇人以上で四〇・〇%、一〇〇〜九九九人で九・九%、九九人以下では〇・七%と、規模が小さくなるほど壊滅的に低い〔4〕。メンタル休職者が発生しやすい大規模事業所には組合が存在し、組合のない中小規模事業所では発生率自体は相対的に低い──この一見対照的な構造は、組合のない職場のメンタル不調者が、孤立して復職または退職している現実と表裏一体である。
    そして、ひとつの追い風がある。二〇二五年五月公布の改正労働安全衛生法により、五〇人未満の事業場にもストレスチェック実施が義務化されることとなった(最長で二〇二八年五月までに施行)〔5〕。メンタルヘルス対策が全事業場に行き渡る制度的基盤が整いつつある。連合・労働組合にとっては、「予防」だけでなく「復職」までを射程に入れた施策を提示する絶好の機会である。

    二.既存復職支援モデルの達成と、いま見えてきた四つの死角

    メンタル不調による休職と職場復帰は、労働組合にとって長く重要な交渉領域であった。厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成二四年改訂)は、産業医・人事労務スタッフ・管理監督者・休職者本人の連携による五ステップの復職支援プロセスを示している〔6〕。日系大企業の多くがこの手引きを土台に、就業規則上の休職制度、傷病手当金との接続、産業医面談、リハビリ出勤、段階的復職、復職後配転配慮といったプログラムを整備してきた。組合の春闘要求や労使協議を通じて勝ち取られたものであり、連合と加盟組合の歴史的な達成として、まず正当に評価したい。
    しかし、こうした既存モデルには、いま四つの死角が生じている。上流の構造的死角(職務硬直性)が、中流の死角(評価宙吊り、本人の声)を生み、下流の死角(組合不在職場)でそれらが補正不能になる──因果関係をもって連鎖している。
    第一は、上流の構造的死角――職務硬直性である。手引きは原則として元の職場への復帰を求め、職務内容や責任範囲が休職前と同じであることを暗黙の前提とする。だが復職時の本人の状態は休職前と同じではなく、同じ職務に戻ることがかえって再発の引き金となるケースは少なくない。種市康太郎・桜美林大学教授は、再休職の温床として「医療の側が復職可とするハードルが、職場側が可とするハードルよりも低い」乖離を指摘している〔7〕。なお判例上はすでに片山組事件最高裁判決(最判平一〇・四・九労判七三六号一五頁)が、「職種を限定していない労働契約では、本人が配置可能な他業務での労務提供を申し出ている場合、債務の本旨に従った履行の提供と認める」とした〔8〕。この判断枠組みは病気休職からの復職場面にも応用されているにもかかわらず、現場では依然として「元の職務への復帰可否」が中心に問われ、職務再設計の発想が制度として組み込まれていない。
    第二は、中流の死角――評価宙吊り問題である。職務硬直性のもとで休職期間中の評価が制度的に処理されず、成果主義評価が広がるなかで「無評価期間」として扱われ、復職後のキャリアが事実上停滞する事例が増えている。労働組合は賃金交渉では成果を挙げているが、「休職した組合員の評価をどう扱うか」という個別人事領域には踏み込み切れていない。
    第三は、本人の声の死角である。手引きでは産業医と人事労務スタッフが「職場復帰可否の判断」を行うとされ、本人の主観的な状態や希望は副次的な位置づけにとどまる。組合が「本人の意思を代弁する」古典的役割は、メンタル不調という極めて個人的・主観的な領域では十分に発揮されにくい。
    第四は、下流の死角――組合不在職場である。労組組織率が〇・七%しかない九九人以下の事業場では、復職判断は実質的に経営者と人事担当者の個別判断に委ねられ、属人的・恣意的になりやすい。上記三つの死角を是正する内部メカニズムそのものが、ここには存在しない。「すべての働く仲間が安心して働き、暮らすことのできる社会」を掲げる連合にとって、この空白地帯は最大の宿題である。
    さらに、これら四つの死角の全てに横断的に重なるのが、ジェンダー固有の事情である。カスタマーハラスメント被害から休職した女性労働者が同じ顧客対応部門に戻され再発する事例、評価宙吊りが出産・育児によるキャリア中断と累積する事例、本人の声を上げにくさがハラスメント被害の心理的影響と重なって深刻化する事例。既存モデルはこうした重層性を「個別事情への配慮」として担当者の裁量に委ね、制度として組み込んでいない。
    これら四つの死角は、個別の組合の責任ではない。日本の労使関係が築いてきた復職支援モデルそのものが、いまの労働環境の変化に追いつけなくなりつつあることを示している。

    三.働き方の変容と、組合不在職場で起きていること

    ジョブ型雇用、成果主義評価、リモートワーク、転職前提のキャリア観。これらは外資系企業や一部の先進的日系企業で先行的に普及してきた。第二二回「私の提言」佳作賞「『人材の流動化』による労働市場や職場への影響」が指摘した通り、これらの潮流は今後、日系大企業の職場にも本格的に到達する〔9〕。復職支援の現場でも、先行職場で生まれている良い知恵と新たな死角を、連合・労働組合は学んでおく必要がある。
    筆者自身が体験した、組合のないジョブ型志向の職場での復職プロセスを率直に共有したい。復職可否の最終判断は人事と直属上司の裁量。復職計画書のテンプレートはなく、職務範囲は三〇分の面談で暫定的に決まる。目標設定は通常の年次プロセスとは別の「観察期間」として処理され、評価上の取り扱いは曖昧なまま据え置かれた。リモートと対面の比率は調整可能だが、その柔軟性は人事担当者個人の判断に依存し、担当者が異動すれば失われる脆さがあった。属人的であるがゆえに柔軟性も生まれる反面、その柔軟性は制度として担保されていない──これが組合不在のジョブ型志向職場における復職実務の現実である。
    なお、復職実務は業種によって直面する課題が異なる。製造業の交代勤務職場では夜勤復帰判断が安全配慮義務との関係で重い論点となり、医療・介護現場では患者対応の心理的負荷が再発リスクと直結し、サービス業のカスハラ被害者の復職では加害顧客との再接触が障害となる。構造的死角は業種を超えて共通するが、産別ごとの具体策への落とし込みは今後の課題である。
    先行する職場で観察される、復職支援の良い知恵としては、次の三つが挙げられる。第一は職務再設計による復職である。元の職務にそのまま戻すのではなく、復職時点の本人の状態と職場のニーズに照らし、職務範囲・責任・業務量を再構築する。ジョブ・カービング(Job Carving)と呼ばれ、ジョブ型雇用の職場では実務的に行いやすい。第二は本人主導の復職計画(Return-to-Work Plan)で、本人・主治医・産業医・上司の四者で計画を共同作成し、医療側と職場側の判断ハードルの乖離を埋める。第三はリモートワークを活用した段階復職で、「通勤負荷」「対面コミュニケーション負荷」「業務量」を独立して調整できる、精細な復職設計が可能になる。
    一方で、こうした先行職場には深刻な死角もある。第一は、復職支援が制度として担保されず、属人的判断に委ねられること。良い人事担当者・上司に当たれば手厚い支援が得られるが、そうでない場合は丸腰で復職に臨む。第二は、グローバル本社の評価サイクルが日本の休職期間を吸収しない場合があること。日本法上は休職期間中の不利益扱いに一定の制約があるが、グローバル統一の年次評価では「成果なし」と機械的に処理され、復職直後に業績改善プログラム(PIP)の対象となる事例がある。第三は、組合の不在による交渉力の非対称性である。復職条件の交渉が完全に「個人対会社」となり、本人が休職明けで脆弱な状態にあるなかで会社側の提案を受け入れざるを得ない構図が生まれる。この構図は、復職を孤独な戦いに変えてしまう。
    連合・労働組合は、先行職場の良い知恵を取り入れつつ、その死角に対しては警告と対案を示すべき立場にある。
    国際的な視点を加えるならば、オランダの「ゲートキーパー改善法(Wet Verbetering Poortwachter、二〇〇二年)」は示唆的である。同法は雇用主に最長二年間の賃金支払い義務(最低七〇%)を課し、六週目に産業医による「問題分析」、八週目に雇用主と労働者による「行動計画」の共同策定、六週間ごとの進捗確認と文書化を義務付ける。社会保険庁(UWV)の事後審査で雇用主の義務違反には最大五二週間の追加賃金支払い制裁が科される。本人主導の復職計画、産業医の中立性、職務再設計、文書化主義──本提言で論じてきた要素のほとんどが、すでに法的枠組みとして制度化されている。OECDの「Fitter Minds, Fitter Jobs」報告(二〇二一年)は、メンタル不調者の雇用率がOECD平均で健康者より二〇%低く、失業率は約三倍、障害給付受給率は約一・五倍と指摘しており、復職支援を社会全体の課題として捉える根拠を与えている〔10〕。

    四.時代環境の変化――「戻れる場所」そのものが揺らぐ

    ジョブ型雇用への移行は、もはや外資系や一部先進企業の話ではない。経団連は二〇二〇年以降、ジョブ型雇用への移行を繰り返し提唱し、富士通、日立製作所、KDDIなど主要日系企業が段階的に導入を進めている。日本経営協会「若手社会人就労意識ギャップ調査報告書二〇二四」では、若手社員のうち「定年まで働く」と答える割合は相対的に少なく、個人の生き方を軸にした就労観が広がっている〔11〕。
    東京商工リサーチによれば、上場企業が二〇二四年に募集した早期・希望退職者は約一万人に達し、前年の三倍水準となった。二〇二五年五月時点では前年同期比約九割増のペースで推移し、リーマン・ショック直後以来の規模となっている〔12〕。製造業を中心に「黒字リストラ」が主流化しつつある。
    この流れは、メンタル休職者にとって深刻な意味を持つ。休職中・復職直後の組合員が、構造改革の対象に組み込まれるリスクが高まる。脆弱な状態にある労働者が、職場を離れている間に自分の居場所そのものが失われていく──「戻れる場所」の確保という復職支援の原点が、いま揺らいでいる。連合・労働組合には、既存モデルを修繕するだけでなく、「戻れる場所」そのものを再設計する責任がある。

    五.提言――復職支援の刷新に向けた三層イニシアティブ

    以上を踏まえ、連合・労働組合がいま取り組むべき具体的施策を、募集テーマの「まもる・つなぐ・創り出す」の三層構造で提言する。

    第一層:まもる――既存復職プログラムの刷新

    第一に、二〇二六年春闘における「職場復帰モデル協約」の提示である。連合は産別組織と共同で、次の四項目を盛り込んだモデル協約を策定し、加盟組合の標準要求項目に位置づける。

    • (一)復職時の職務範囲・責任・業務量を、本人・産業医・上司・組合代表の四者で再設計する手続を就業規則に明記すること
    • (二)復職プロセスにおける本人意思の確認・代弁機能を、既存の労使協議会または苦情処理委員会の付託事項として制度化すること
    • (三)休職期間を評価上「中立期間」として扱う原則の明文化
    • (四)リモートと対面の比率を独立変数として組み合わせる段階復職方式の制度化

    ここで(二)は、産業医の医療判断や個人医療情報の秘匿性を侵すものではなく、本人が組合関与を希望した場合に、復職プロセス全体に関する意見聴取の場を労使協議枠組みの中に設けるという趣旨である。労組法上の団体交渉権の延長というよりも、既存の労使協議・苦情処理慣行を、復職実務に拡張する位置づけとなる。
    第二に、復職経験者の知見を産別レベルで集約する常設委員会の設置である。同じ症状を経験し、同じ業種で復職した先輩組合員の声は、属人的判断の海で迷う本人を支える最大の資産となる。連合本部の女性委員会・青年委員会と並ぶ位置づけで、各産別がそれぞれの産業実態に応じた常設委員会を設置する。情報労連、UAゼンセン、自動車総連、電機連合など、メンタル休職事例が業種特性として早くから蓄積されてきた産別が先行モデルとなりうる。連合本部にはこれらを横断的に集約する連絡会議を置く。ハラスメント被害からの復職、産休・育休との重複、キャリア中断後の復帰など女性労働者に固有の論点については、連合女性委員会と各産別委員会との合同企画を年次で実施し、男性中心の労組文化のなかで取りこぼされてきた論点を組み込む。
    第三に、復職時の合理的配慮を労使協定モデル化することである。障害者雇用促進法上の合理的配慮義務は手帳の有無を問わず適用されるが、「長期にわたる職業生活の制限」要件があるため、メンタル休職からの復職者は「一時的制限」と判断され対象外となるケースが多い。立法を待たずに、まず労使協定レベルで「メンタル休職からの復職者への合理的配慮」を制度化するモデルを連合が示し、加盟組合に普及させる。法定義務の隙間を、労使自治で先行して埋める発想である。

    第二層:つなぐ――組合不在職場の復職者にも届ける

    第一に、連合「なんでも労働相談ホットライン」に、復職支援に特化した集中相談日を年二回設置する。新年度開始前の春期と季節要因で不調が増える秋期に集中相談を実施し、復職交渉の助言、退職勧奨への対抗、産業医との連携などをワンストップで提供する。集中相談日には、女性相談員による「女性のための復職相談」枠を並行設置し、ハラスメント被害からの復職、育休からの復職と重なるメンタル不調といったジェンダー固有の論点に対応する。
    第二に、Wor-Q上に「復職経験記録集」を構築する。連合の「Wor-Q」は組合に加入していないフリーランス・非正規・若年層への支援基盤として設計されている。ここに業種別・職場規模別・症状別に整理した復職経験者の体験談を匿名で蓄積する。たとえばITサービス企業の若手社員がうつ症状から復職する際、同業界・同症状の先輩のケースにたどり着き、復職計画の交渉ポイントや段階復職の事例を参照できる──孤立した復職者を支える検索可能なデータベースを目指す。
    第三に、地方連合を起点とした地域連携協定の締結である。地域の産業保健総合支援センター、社会保険労務士会、精神科医会と地方連合との三者協定を、まず先行三〜五地方連合でモデル展開し、効果検証を経て全国に広げる。組合のない職場の労働者でも、産業医・主治医・社労士のいずれかに相談すれば地方連合の労働相談につながる動線を整備する。中小企業労働者は企業内の産業保健スタッフが不在のケースが多く、地域による外部支援の制度化が決定的に重要である。

    第三層:創り出す――制度的アプローチ

    第一に、厚生労働省「職場復帰支援の手引き」改訂への政策提言である。現在の手引きは平成二四年改訂以降、ジョブ型雇用やリモートワークの普及に対応した本格的改訂が行われていない。連合は政策実現運動の中で、職務再設計、本人主導計画、リモート活用段階復職を盛り込んだ手引きの抜本改訂を求める。
    第二に、二〇二八年五月までに施行される全事業場ストレスチェック義務化を活用した全国的な啓発活動である。ストレスチェック制度はこれまで一次予防に偏ってきたが、義務化拡大の機会を捉え、「不調者が出た後の復職支援」を制度の柱に加える運動を連合が主導する。経団連、日本商工会議所、健康保険組合連合会など労使他団体との共同フォーラムによって、社会的影響力を最大化する。
    第三に、メンタル休職復帰者への合理的配慮に関する立法提言である。障害者雇用促進法上の合理的配慮義務は手帳の有無を問わず適用されるが、「長期にわたる職業生活の制限」要件のため、診断書による休職を経て復職する労働者の多くは「一時的制限」と判断され、法定義務の隙間に置かれている。労働安全衛生法は刑事罰を伴う事業者規制法であり相対的概念の組み込みは法理論上困難なため、立法提言としては労働契約法が筋となる。連合は政策制度要求の中で、労働契約法に「メンタル休職者の復職時における合理的配慮義務」条項を新設することを中期的課題として位置づける。
    これら三層の施策は、連合の既存事業──春闘、ホットライン、Wor-Q、地方連合、政策実現運動、産別委員会──の組み替えで実装可能なものが多い。重要なのは、ばらばらに動かすのではなく、復職支援の刷新という統合的メッセージのもとに束ねることである。

    おわりに

    「働くことを軸とする安心社会」の「働く」には、「いったん離れて、また戻る」という時間が含まれている。心の不調で職場を離れた労働者が、再び社会のなかに居場所を得る瞬間──そのとき、労働組合の存在意義は最も鋭く問われる。
    連合と加盟組合が築き上げてきた復職支援の歴史は、誇るべき達成である。しかしその上に、いま、ジョブ型雇用、人材流動化、リモート常態化、評価成果主義化という地殻変動が起きている。既存モデルの修繕では追いつかない。組合のある職場でも、組合のない職場でも、「戻れる場所」のかたちそのものを再設計する時期に来ている。
    復職とは、誰にも気づかれずに、しかし確実に、社会の輪郭が試される瞬間である。一人の労働者が戻る場所を、もう一度社会の手で設計し直すこと──それは、労働組合が次の世代に手渡せる最も大切な仕事のひとつではないだろうか。本提言が、その仕事の一頁になることを願って、結びとしたい。


    参考文献・注

    • 〔1〕厚生労働省「令和六年度『過労死等の労災補償状況』」二〇二五年六月公表。
    • 〔2〕厚生労働省「令和四年労働安全衛生調査(実態調査)」二〇二三年八月公表。
    • 〔3〕独立行政法人労働政策研究・研修機構「メンタルヘルス、私傷病などの治療と職業生活の両立に関する調査」二〇一三年。
    • 〔4〕厚生労働省「令和六年労働組合基礎調査の概況」二〇二四年一二月公表。
    • 〔5〕改正労働安全衛生法、二〇二五年五月一四日公布。全事業場へのストレスチェック実施義務化は公布後三年以内に政令で施行日を定める。
    • 〔6〕厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」平成二四年改訂版。
    • 〔7〕種市康太郎「職場復帰支援プログラムにおける仕事力評価の試み」『産業精神保健』。
    • 〔8〕最判平成一〇年四月九日労判七三六号一五頁(片山組事件)。本判決の判断枠組みは、その後の私傷病休職者の復職可否判断にも応用されている。
    • 〔9〕第二二回「私の提言」佳作賞 廣田一貴「『人材の流動化』による労働市場や職場への影響~今後の企業・労働組合に求められるもの~」教育文化協会、二〇二五年。
    • 〔10〕オランダのゲートキーパー改善法については Business.gov.nl, “Reintegration obligations for employers”(オランダ商工省政府ポータル)参照。OECDメンタル不調者の雇用統計は OECD, “Fitter Minds, Fitter Jobs: From Awareness to Change in Integrated Mental Health, Skills and Work Policies”, OECD Publishing, 2021 による。
    • 〔11〕一般社団法人日本経営協会「若手社会人就労意識ギャップ調査報告書二〇二四」二〇二四年一二月公表。
    • 〔12〕東京商工リサーチ「上場企業『早期・希望退職募集』状況」二〇二四年集計および二〇二五年五月集計。

組合特別賞

  • 「DX・AI時代における労働組合の「第三のキャリア支援主体」としての可能性」
    ― 飲食業の現場から実証するキャリア自律支援と、労働組合が担う「第三の役割」への提言 ―

    石原 崇弘

    序章 2026年の職場に広がる「静かな孤立」

    飲食業界の現場では、この数年で劇的な変化が起きた。
    セルフオーダー端末、キャッシュレス決済、配膳ロボット、予約管理システム——DX(デジタルトランスフォーメーション)の波が、サービス業の最前線を一変させた。人手不足を補うためのデジタル化は着実に進み、業務の一部は確かに効率化された。しかし現場では奇妙なことが起きている。「楽になった」という声よりも、「何かが変わったけれど、何のために働いているのかわからなくなった」という声の方が多く聞こえてくるのだ。
    AIの本格導入はこれからだ。生成AIが業務効率化をさらに加速させ、「余白」を生み出す時代が近づいている。しかしその余白は、誰のものになるのか。欧米の先進事例を見れば、AI導入で生まれた時間が「リスキリングの機会」に転換されている事例がある一方、日本ではJILPTの2025年調査において「AI導入時に労使間の話し合いが行われた割合はわずか32%にとどまる」(注1)。余白は、新たな業務目標に吸収され、消えていく——それが多くの職場の現実だ。
    DXが進んだ今、そしてAIが来る前の今こそ、問われるべき問いがある。「働く人のキャリアを、誰が支えるのか」。
    企業の人事部門は評価権を持ち、本音が出にくい。行政のキャリア支援は制度として存在するが、現場との距離がある。その間に立ち、利害関係なく働く人の未来に向き合える存在——それが労働組合だ。しかし多くの組合は、まだこの役割を担えていない。
    私はファイブスター労働組合の委員長として、またこの1年で就任した連合滋賀第2区地域協議会の議長として、その「空白」を埋める実践に取り組んできた。
    第22回「私の提言」では、ILEC30周年記念・組合部門特別賞をいただいた。そこで提言したのは「まもる」から「そだてる」への転換——組合がキャリア支援の主体となる「フォー・ユーキャリア」モデルだ。審査委員会は「現場発の実践として意義がある」と評価してくださった。しかし私自身は、受賞の喜びと同時に、ひとつの悔しさを持っていた。「熱量は伝わったかもしれない。でも、証拠が足りなかった」という感覚だ。定量データが薄く、将来形の記述が多く、「本当に機能するのか」という問いに完全には答えられていなかった。
    受賞後の1年間、私はその悔しさを原動力にして動いた。AIとコーチを組み合わせた実証プログラムを組合費で導入し、月次アンケートで現場の変化を数値で追い、関西3府県の組合にプレゼンを重ねた。そして気づけば、UAゼンセンの2026年春闘方針に「キャリア形成支援の強化」が明記され、現場の実践が産別の方針を先取りしていた。
    本稿はその1年間の答え合わせであり、次のステージへの提言だ。

    第1章 なぜ今、組合がキャリアを支えなければならないか

    飲食業界の年間離職率は26.6%、宿泊・飲食業の新卒3年以内離職率は大学卒で約50%に達する(注2)。しかしこの数字は、単に「飲食業は辞めやすい」ということを示しているのではない。離職の根底には「キャリアが見えない」という構造的な不安がある。
    私が委員長を務めるファイブスター労働組合で2026年3月に実施した職場環境実態調査(52名回答)では、約90%が職場の雰囲気を「薄曇り以下」と回答した。自由記述には「人員不足で長時間労働が続いている」「DXで業務が変わったが、何のためのDXかわからない」「自分のキャリアを考える余裕がない」という声が並んでいた。
    DXが進んで業務は変わった。しかし「変化した業務の中で自分はどう成長するのか」という問いに答えてくれる存在がいない。店長は売上と人員管理に追われ、将来を考える余白を持てない。上司との面談は数字の話が中心で、本音を言える場ではない。これが「静かな孤立」の正体だ。
    ではなぜ、組合がこの役割を担えるのか。答えはシンプルだ。組合は評価権を持たない。だから本音が出る。企業でも行政でもない「第三の場」として、働く人のキャリアの悩みを安全に受け止めることができる唯一の組織が、労働組合なのだ。JILPT主任研究員・下村英雄氏(『社会正義のキャリア支援』著者)が指摘するように、キャリアの問題は個人の努力不足ではなく「構造の問題」であり、その構造に働きかける機能を歴史的に持つのは労働組合だけだ。

    第2章 実証——数字が示す1年間の変化

    第22回の論文には弱点があった。現場の熱量は伝わったが、「本当に効果があったのか」を示す定量データが薄く、一部の事例には「想定した架空の例」という注記を入れざるを得なかった。「将来的に検討しています」という表現も多く、構想段階の話として読まれた面があったはずだ。受賞後の1年で、その弱点をすべて事実で埋めた。

    ① BOOSTプログラム——AIとコーチの融合による実証

    2025年9月、組合費を原資としてAIとプロコーチを組み合わせたハイブリッド型支援プログラム「BOOST」(Boost Health株式会社)を導入した。店長・主任職5名を対象に9週間、週15分のAIセルフセッションと月1回の外部コーチによるオンライン面談を組み合わせた実証だ。
    結果はこうだ。ストレス値27%改善(5.2→3.8)、エンゲージメント13%向上(4.8→5.4)、キャリア明確度最大58%向上、若手2名のコンディション160〜333%改善、参加者満足度9.4/10(全員満足)。この期間中、参加者の多くが店舗異動という環境変化を経験していた。それでも数値が改善したのは、「状況を自分でコントロールする力」そのものが育ったからだ。
    参加した若手店長はこう語った。「コーチと約束したから、自分だけでは踏み出せなかったことに動けた」「キャリアを言葉にしてみたら、改めてこの会社の良さが見えた。次の役職に挑戦したい」。これは架空ではなく、そこにいた人間の言葉だ。
    BOOSTが機能した理由は三点ある。評価に関与しない外部コーチが本音を受け止めたこと。AIが週次サイクルで継続性を担保し、単発研修の「翌週には元の日常に戻る」問題を克服したこと。「ガス抜き」で終わらず「明日の一手」を一緒に決める設計だったことだ。DX化が進む職場でこそ、こうした「人とAIの組み合わせ」によるキャリア支援が力を発揮する。

    ② SJ職場天気予報——月次データによる現場の可視化

    2025年度から導入した「SJ職場天気予報」は、職場委員がスマホで月次回答し、担当エリアごとに課題を可視化する仕組みだ。SJはソーシャルジャスティス(社会正義)の略であり、職場の不条理を個人の問題ではなく構造の問題として捉え、集合的なアドボカシー(代弁・擁護)につなげるという思想を込めた。下村氏が「海外でも聞いたことがない、オリジナリティあふれる実践」と評したこの仕組みは、組合独自の視点から生まれたものだ。
    2024年度の年間データ(317名回答)では、休日取得状況が年間で3.73ポイント改善し、ハラスメントへの懸念が7.06ポイント低下した。さらにBOOSTと重なる12月データでは、キャリア不安を「強く感じている」割合が11月の71.7%から64.7%へと7ポイント改善した——年間で最も忙しい繁忙期の真っ只中にもかかわらず、だ。

    ③ 組合員意識調査3年間の変化

    2023〜2025年度の3年間の組合員意識調査では、キャリア関連設問が軒並み改善している。「今の役割が自分のキャリア目標に近づく機会になっている」が2.75→3.01(+0.26)、「これからも自身のキャリアを発展させ切り開いていけると思う」が2.75→2.88(+0.13)——いずれも3年連続の上昇傾向だ。
    第22回で「構想」として語っていたものが、数字で証明できるようになった。これが1年間の最大の変化だ。

    第3章 なぜこのモデルは全国に広がれるのか

    ここで問われるのは「ファイブスターだからできた、特殊な事例ではないか」という疑問だ。答えは「否」だ。このモデルが普遍性を持つ根拠は三つある。
    第一に、「評価と無縁な第三者が本音を受け止める」という構造は、業種を問わず機能する。飲食業だけでなく、人材流動性が高く心理的安全性が課題になりやすい介護・小売・サービス業のすべての職場に応用できる。第二に、キャリア形成・リスキリング支援センター(国の無償支援)、ジョブ・カード、BOOSTのようなAI活用ツールは、特別な予算や資格がなくても活用できる「再現可能な手順」として整備できる。第三に、理論的な裏付けがある。下村氏が主導する「社会正義のキャリア支援」の枠組みは、組合が個人の支援にとどまらず「職場の構造的な不条理を変える力」として機能することを学術的に支持している。
    この1年で、モデルの普遍性は実際に証明され始めた。キャリア形成・リスキリング支援センターと連携し、大阪・京都・兵庫の各県支部でプレゼンテーションを実施した結果、複数の組合から「やってみたい」という反応を得た。同時に「どこから始めればいいかわからない」という声も多く聞こえた。この声が、次章の提言の起点だ。
    追い風も明確だ。UAゼンセンの2026年春季生活闘争方針(2026年1月22日・第14回中央委員会決定)は「「労働時間短縮とキャリア形成支援に労使で取り組み生産性向上をはかる」を基本姿勢の第3柱に掲げた(注4)。現場の実践が、産別の方針を先取りしていた。さらに連合総研・松岡康司主任研究員は「「労働組合は、AIを活用して生まれた時間を組合員の学びに充てる働き方を推進すべきだ」と論じている(注3)。私たちのBOOSTの実践は、この提言を現場で先行実証したものだ。
    さらに視野を広げると、UAゼンセンの動きはより大きな絵を描いていることがわかる。永島智子会長は2025年9月の定期大会で新中期ビジョン(2027〜2032年度)を提起し、「「職業人生の長期化に産別としていかに対応するか、エッセンシャルワーカーの処遇改善をいかに進めるか——企業別労働組合では解決が難しい課題解決に総力をあげて取り組みたい」と語った(注5)。飲食・小売・介護といったエッセンシャルワーカーの職場こそ、まさにこの論文が問い続けてきた現場だ。
    永島会長はまた、2025年12月の春闘記者会見で「キャリア形成支援などの取り組みを進める」と明言している。会長が掲げるビジョンと、滋賀の小さな飲食企業の組合が現場で実証したモデルは、同じ問いに対する答えを持っている。産別は大きな絵を描いた。現場は小さく、しかし確かに実証した。あとは「つなぐ」だけだ——その役割を、連合とUAゼンセンに果たしていただきたい。
    このことは、組合員比率が働く人の5人に1人程度にまで低下した今、労働運動全体にとっての問いでもある。「組合は何のためにあるのか」という問いへの最も力強い答えは、制度や交渉の話ではなく、「あなたのキャリアを、組合が本気で支えた」という一人ひとりの体験だ。ファイブスター労働組合の実践は、その体験を積み重ねてきた3年間の記録であり、日本の労働運動が次のステージへ進むための、小さくて確かな一歩だと信じている。

    出所:筆者作成

    第4章 連合・UAゼンセンへの提言——「どこから始めればいいかわからない」を解消する

    「やりたい気持ちはある。でも、どこから始めればいいかわからない」——関西3府県のプレゼンで繰り返し聞いた声だ。意欲はある。理解も進んでいる。ないのは「再現可能なモデル」と「最初の一歩を踏み出す仕組み」だ。以下の三点を提言する。

    提言① AI余白の「リスキリング時間保障」を春闘の標準要求に

    DXが生んだ効率化の余白が、新たな業務目標に吸収されている現実がある。AIの本格導入が進めば、この問題はさらに深刻になる。欧米では、ドイツIG Metallが自動化で削減された労働時間の一部をスキルアップ研修に充当することを労使協約に明記した。骨太の方針2025にも「「AIの活用を通じた在職者へのキャリアサポートの強化」が明記された(注6)。UAゼンセンの春季生活闘争において、DX・AI導入による削減業務時間の一部を「勤務時間内の学習・リスキリング時間」として保障することを、労使協定の標準要求として組み込むことを提言する。「会社のためのリスキリング」ではなく「自分自身の市場価値を高める学び」として届けることで、若手組合員が感じる「リスキリング疲れ」も乗り越えられる。評価と無縁な組合だからこそ、この交渉を主導できる。

    提言② 「キャリア支援ファシリテーター」育成と全国認定制度の創設

    連合が「労働組合版キャリア支援ファシリテーター認定制度」を創設することを提言する。傾聴・共感・アサーションのスキルを習得し、組合員のキャリア面談を担える人材を全国で育てる。下村氏の「社会正義のキャリア支援」の哲学——職場の不条理を構造の問題として捉えアドボカシーで変える——をベースに、支部長が伴走者へと成長できるプログラムだ。ファイブスター労働組合の実践モデルをパッケージ化し、地方連合会・産別ごとの研修プログラムとして展開する。キャリアコンサルタント資格保持者をスーパーバイザーとして各地域に配置し、難しい事例に対応できる体制も整備する。UAゼンセン本部にはすでにキャリアコンサルタント資格取得者が8〜9名おり、このネットワークを活かせる。

    提言③ 連合寄付講座への「組合×キャリア支援」コンテンツの導入

    連合滋賀第2区地域協議会議長の立場から、地域と次世代をつなぐ提言として加えたいのが連合寄付講座の活用だ。ILECが全国の大学で展開する連合寄付講座(同志社大学・法政大学・一橋大学・愛知県立大学等)は、学生が就職前に労働組合を知る貴重な接点だ。しかし現在のコンテンツは「労働条件の守り方」が中心で、「組合がキャリアを支援する」という新しい役割が伝わっていない。この講座に、BOOSTや職場天気予報の実践事例を「組合×キャリア支援」のコンテンツとして組み込むことを提言する。飲食・サービス業界に就職する学生にとって、これらの事例は「自分ごと」として響くはずだ。学生が就職前に「組合はキャリアを守るだけでなく、育て、自律させる存在だ」と知ることは、将来の組合離れを防ぐ最も早期の介入になる。

    終章 「店長が前を向いて働く姿」が、最も強い採用メッセージになる

    連合初代事務局長・山田精吾氏は「理想は高く、目線は低く」と語った。どれだけテクノロジーが進化しても、労働組合の本質は「働く仲間を一人にしないための温もり」にある。ただし、温もりを届ける手段は時代に合わせてアップデートされなければならない。
    BOOSTを終えた若手店長が語った言葉を記す。「苦手意識があったメンバーに話しかけてみたら、ちゃんと聞いてくれた。ずっと課題だと思っていたことが、少し動いた気がする」。もう一人——「キャリアを言葉にしてみたら、改めてこの会社の良さが見えた。次の役職に挑んでみようと思う」。
    店長が前を向いて働く姿は、若手に「ここで成長できる」という希望を見せる。DXが進み、AIが来る時代に、その希望を届けられるのは評価とは無縁な立場にある労働組合だけだと、私は確信している。
    「まもる」から「そだてる」へ。そして「じりつ(自律)させる」へ——この三段階の進化には、実は長い歴史がある。第1回「私の提言」論文集に掲載された永井幸子氏の論考『「産業別労働組合はどこまで組合員個人と関われるのか」(注7)は、組合がキャリア形成の伴走者になるべき未来を描いていた。あれから20年以上が経ち、私たちはその言葉を飲食業の現場でようやく実装し始めている。第22回で「そだてる」を提言した。第23回で「じりつ(自律)させる」へと深化させた。次の1年で、この実践を全国に届けていただきたい——それが、連合・UAゼンセンへの私からの切実なお願いだ。


    【注 記】

    • 注1:JILPT「AIの職場導入による働き方への影響等に関する調査」調査シリーズNo.256、2025年5月
    • 注2:厚生労働省「令和5年 雇用動向調査結果の概況」2024年/「新規学卒就職者の離職状況(令和2年3月卒業者)」
    • 注3:松岡康司「AI時代に問われる労働組合の役割について」連合総研レポートDIO No.408、2025年5月
    • 注4:JILPT「2026労働条件闘争方針(UAゼンセン)の概要」2026年1月
    • 注5:JILPT「UAゼンセン第22回定期大会」報告、2025年9月
    • 注6:内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2025」2025年6月13日閣議決定
    • 注7:永井幸子「キャリア形成のサポート組織としての産業別労働組合の可能性」第1回「私の提言」論文集、2004年

奨励賞

  • 感情は誰のものか
    AIが心を読む時代に、労働組合が守るべき「感情主権」

    井下 敬翔

    1. はじめに:「笑顔」が査定される職場

    コールセンターのオペレーターが電話を切る。
    画面の隅に、AIが判定した「感情スコア」が表示される。
    「怒り:12%、悲しみ:7%、ポジティブ:81%」。
    上司はその数字を見て、応対品質の評価をつける。
    オペレーター本人がどう感じていたかは関係ない。
    AIが「ポジティブ」と判定すれば、それが記録として残る。

    これは架空の話ではない。すでに海外では、AIによる感情分析を職場の管理ツールとして導入する企業が現れている。日本でも、コールセンターの応対品質評価や採用面接における感情分析の利用が報じられるようになった。まだ大規模な導入には至っていないが、技術はすでに実用段階にある。
    著者は、AIによる感情分類(テキストや音声から人間の感情を推定する技術)を専門とする研究者である。日々、感情AIの精度を高め、その限界を明らかにする研究に取り組んでいる。その立場から、はっきりと伝えたいことがある。「感情AIには、現時点で根本的な限界がある。そして、その限界を理解しないまま職場に導入すれば、労働者は不当に評価され、不当に管理される。」ということである。本稿では、感情AIの技術的な限界を研究者の視点から具体的に示したうえで、この技術が職場に本格導入される前に、連合・労働組合が今から取り組むべきことを提言する。これは、今そこにある危機への対処ではない。確実に来る未来に対して、今から備えるための提言である。

    2. 海外で何が起きているか:感情監視の現在地

    2.1 すでに始まっている職場の感情分析

    感情AIの職場導入は、海外では2020年代に入って加速している。米国ではAmazonが物流倉庫で従業員の生産性と行動をリアルタイムに追跡するシステムを運用し、2022年にはカリフォルニア州で監視アルゴリズムの透明性を求める法律(AB 701)が施行された [5]。直接的に感情を測定するシステムとは異なるが、労働者の行動を数値化しアルゴリズムで管理するという枠組みは、感情AIの導入と地続きである。より直接的な事例として、Cogito社やCallMiner社は通話中の音声から感情状態をリアルタイムで分析するシステムを提供しており [7]、Microsoftも2020年に個人の生産性スコアを数値化する機能を導入した [8]。中国では従業員の表情をカメラで常時撮影しAIで判定するシステムも報道されている [9]。以上の事例を表1にまとめる。感情AIの職場導入は、国・業界を問わず多様な形態で進行しており、それぞれに固有の問題を抱えている [1]。

    表1. 感情AIの海外導入事例

    企業・組織名導入内容問題点・社会的反応
    Amazon米国倉庫従業員の生産性・行動のリアルタイム追跡カリフォルニア州AB 701法で監視アルゴリズムの透明性を義務化
    Cogito / CallMiner米国コールセンターの通話音声から感情をリアルタイム分析し、共感度・ストレス度をスコア化スコアに基づく管理により、労働者の内面が数値で管理される構造
    Microsoft米国Microsoft 365上で個人の「生産性スコア」を算出プライバシー団体の批判を受け個人スコアを撤回。組織レベルの分析は継続
    中国企業(杭州等)中国従業員の表情をカメラで常時撮影し、集中度・疲労度をAI判定規制の緩さにより侵襲的な監視が進行。労働者の異議申立て手段が乏しい

    2.2 日本の現状:まだ本格化していない、しかし準備もない

    日本では、職場における感情AIの導入はまだ限定的である。コールセンターでの応対品質分析や採用面接における表情分析の試験導入など、局所的な利用にとどまっている。しかし、日本語の感情分析モデルはすでに商用利用可能な水準に達しており、導入を阻んでいるのは技術的障壁ではなく社会的合意の不在である。問題は、このまだ本格化していない状況を、まだ対応しなくてよいと捉えてしまうことにある。ここで思い出すべきはテレワークの例である。コロナ禍以前から技術的基盤は整っていたにもかかわらず、多くの企業で労使間のルール整備が進んでいなかったため、2020年の急速な移行時に事後的な対応に追われる企業が続出した。感情AIについても、大規模導入が始まってからルールを議論するのでは同じ轍を踏むことになる。世界の感情認識AI市場は今後数年間で数百億ドル規模にまで成長すると予測されており、感情AIがいつ職場へ入ってくるかは予測困難だが、来るかどうかではなくいつ来るかの問題であることは市場動向からも明らかである。

    3. 感情AIは何を間違えるのか:技術者からの警告

    ここからは、著者自身の研究知見に基づいて、感情AIの構造的な限界を述べる。これは単なるまだ精度が低いという話ではない。精度が向上しても解消されない、根本的な問題である。

    3.1 人間の感情判断は「揺らぐ」:不確実性の問題

    感情AIの多くは、入力されたテキストや音声に対して「怒り」「悲しみ」「喜び」といったラベルを一つ付与する。しかし、人間が同じテキストを読んだとき、全員が同じ感情ラベルを選ぶわけではない。著者の研究では、英語の感情分類データセット(約5万8千件のテキスト、各テキストに複数の評価者が感情ラベルを付与)を分析した [3]。その結果、評価者全員が同一の感情ラベルに合意したテキストは全体の約19%にすぎなかった。つまり、残りの約81%のテキストでは、人間の間でも「これは怒りなのか、悲しみなのか」「苛立ちなのか、失望なのか」という判断が割れている。これは評価者の能力不足ではない。感情という現象そのものが、本質的に曖昧だからである。ところが、現行の感情AIの多くは、この「揺らぎ」を無視して、一つの答えを出力する(図1)。著者の研究チームは、統計手法を用いて感情判断の不確実性を定量的に分解する手法を開発した [3]。これにより、「このテキストの感情は、怒りである確率が40%、悲しみが35%、苛立ちが25%」というように、判断の分布として表現できる。重要なのは、分布の幅そのものが情報だということである。意見が大きく割れるテキストに対してAIが自信満々に一つのラベルを付与することは、本質的に間違っている。

    図1. 同じテキストに対する人間の判断分布(左)とAIの判定結果(右)。

    3.2 最新AIも「迷い方」は真似られない

    近年、ChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)が感情分析にも応用されるようになった。しかし、著者たちの研究は、ここにも深刻な限界があることを明らかにした [2]。複数のLLMに同じテキストの感情を繰り返し判定させ、その判定分布を人間の評価者と比較した結果、LLMは多数決において最も多く選ばれたラベルは高い精度で再現できるが、人間の迷い方のパターンは再現できなかった。これは職場導入を考えるうえで決定的な問題である。たとえば、人間の評価者10人中6人が「怒り」、4人が「悲しみ」と判断したテキストについて、AIは「怒り」とだけ出力する。しかし、そのテキストは「怒りと悲しみの境界にある」のであり、そのニュアンスこそが適切な対応に不可欠な情報である。

    3.3 文化と文脈の壁

    感情の表現と解釈は、文化によって大きく異なる [1]。日本の職場で用いられる婉曲的な表現、沈黙の意味、空気を読む文化に基づく感情表出は、主に英語圏のデータで学習した感情AIモデルが想定するパターンとは質的に異なる。たとえば、日本のビジネスメールにおける「承知いたしました」は、文字通りの了承から不本意ながらの受諾、さらには暗黙の抗議まで、幅広いニュアンスを含みうる。感情AIがこの一文を「中立」と判定しても、書き手の実際の感情を反映している保証はない。感情AIが出力する判定結果は、特定の文化的枠組みに基づいた翻訳であり、普遍的な事実ではないのである。ここで、「AIのほうが人間の主観を排除できるから公平なのでは」という疑問があるかもしれない。しかし、AIも訓練データに含まれる偏見を反映する。そして感情AIの場合、さらに根本的な問題がある。前述のとおり、人間の評価者間の合意率が19%にとどまる以上、正しい感情の答え自体が存在しない。正解のない問題に対して公平な判定を行うことは、原理的に不可能である。

    4. 来る「感情の時代」:「話さなくてもわかるAI」の到来

    4.1 受動的感情推論への移行

    現在のAI活用は、人がチャットボットに質問を入力するなど能動的な場面が中心である。しかし、技術はすでに受動的な感情推論の方向に進んでいる。ウェアラブル端末による心拍の測定、カメラによる表情分析、打鍵パターンからのストレス推定、メールのテキスト分析など、複数のデータソースを統合して労働者の感情状態を常時モニタリングすることが技術的に可能になりつつある。この「話さなくてもわかるAI」への移行は、労働者と管理者の関係を根本的に変える。従来の人事管理では、部下が自分の状態を自分の言葉で伝えるプロセスがあった。感情AIが介在する管理では、このプロセスが省略される。労働者が「私は大丈夫です」と言っても、AIが「ストレス度:高」と判定すれば、そちらが記録に残る可能性がある。

    4.2 特に影響を受ける労働者

    感情AIの職場導入は、すべての労働者に等しく影響するわけではない。特に大きな影響を受けるのは、まず介護・看護、接客・小売、コールセンターなど、業務の中核に感情のコントロールが求められる感情労働者である。これらの職種では感情AIが感情の質を直接評価するツールとなりうるが、例えば共感度スコアが低いと判定された介護士が、実際には利用者の状態を深く理解しあえて控えめな態度をとっていた、ということは十分にありうる。次に、契約更新の判断材料にAI評価が直結しうる非正規労働者、AIの判定を所与のものとして受け入れ感情の過剰適応に陥るリスクのある若年労働者、感情表現のパターンが日本語話者と異なるために不当な評価を受けうる外国人労働者、そして感情の表出パターンが定型的でない障害のある労働者が挙げられる。これらは特定の少数者にとどまらず、介護・接客・コールセンターだけでも数百万人規模の労働者が直接的な影響圏にあり、オフィスワーカーを含めればその射程はきわめて広い。

    5. 「感情主権」という考え方

    ここで、一つの概念を紹介する。「感情主権」という考え方である。感情主権とは、AIがどれほど精密に感情を測定しても、その意味を最終的に決めるのは本人自身であるという原則である。つまり、AIにあなたの気持ちを決めさせない、ということである。これは単なるスローガンではない。前節で述べたとおり感情AIの判定には不確実性があり、それを最終的な事実として扱うことは技術的にも倫理的にも正当化できない。感情主権の原則は、三つの要素から構成される。まず、自分の感情がどのように分析・利用されているかを知る権利。次に、AIの判定が自分の実際の感情と異なると感じた場合に異議を申し立て、修正や削除を求める権利。最後に、業務上の必要性が明確でない感情モニタリングについてデータ収集そのものを拒否する権利である。この感情主権は、EUが2024年に成立させたAI規制法(AI Act)の考え方とも整合する [4]。同法は、医療・安全目的など限定的な例外を除き、職場や教育機関における感情認識AIの使用を原則として禁止している。また、ILO(国際労働機関)もAIと労働者の権利に関する議論を進めており [6]、感情主権はこれらの国際的動向を踏まえつつ、労働者の権利としてより明確に定式化したものである。なお、感情主権は突飛な概念ではなく、日本の既存の法制度の延長線上にある。個人情報保護法の要配慮個人情報の枠組みにおいて、感情データは心身の機能や状態に関する情報として該当しうるとの解釈の余地がある。また、労働安全衛生法のストレスチェック制度は、本人の同意を前提とし結果は本人にのみ通知される設計である。感情AIによる常時モニタリングにも、少なくとも同等の原則が適用されるべきであろう。このように、感情主権の要求は既存の法的枠組みと地続きの、現実的な権利主張なのである。

    6. 労働組合が今やるべきこと――三つの提言

    感情AIの本格導入はまだ先の話かもしれない。しかし、本格導入された後に「こんなはずではなかった」と気づいても遅い。労働組合の強みは、労働者の権利を事前に交渉し、制度として確立できることにある。その強みを、感情AIという新しい課題に対しても発揮すべきである。以下に、連合・労働組合が今から取り組むべきことを、三つの柱として提言する。

    図2. 感情AIの職場導入の見通しと、労働組合が今から取り組むべき三つの柱。

    提言1:学ぶ:感情AIリテラシーの確立

    最初にやるべきことは、労働者と組合役員が感情AIについて正しく理解することである。AIは万能だという過信も、AIなんて信用できないという全否定も、適切な対応にはつながらない。必要なのは、感情AIが何をできて、何をできないのかを具体的に理解するリテラシーである。具体的には、以下のような取り組みを提案する。

    • 「感情AI対策検討委員会(仮称)」の設置:まず、連合が主導し、AI研究者、労働法学者、プライバシー専門家を招いた検討委員会を設置する。この委員会が、以下の研修プログラムや情報提供の内容を監修し、科学的根拠に基づいた対策を策定する。連合総研の既存のセミナー・研究インフラを活用すれば、新規の大幅な予算措置を伴わずに立ち上げることが可能である。
    • 組合役員向け研修プログラムの開発と展開:感情AIの仕組み、技術的限界、海外事例を体系的に学ぶ3時間程度の研修プログラムを開発する。対象はまず連合本部および産業別労組の役員とし、段階的に各企業の組合代表へ展開する。タイムラインとしては、2027年度中に試行版を完成させ、2028年度から本格展開を目指す。カリキュラムは三部構成とし、第1部(60分)で感情AIの基礎知識と各技術の精度・限界を解説、第2部(60分)で参加者自身が同じテキストの感情を判定し判断の揺らぎを体験するワークショップ、第3部(60分)で導入提案時に確認すべきチェックリストの共有とケーススタディを行う。
    • 組合員向けの情報提供:あなたの感情がAIに読まれるとき、何が起きるかをわかりやすく解説するパンフレット(A4判8ページ程度を想定)やウェブコンテンツを作成し、産業別労組を通じて各職場に配布する。抽象的な議論ではなく、「コールセンターで」「採用面接で」「日常のメールで」といった具体的な場面ごとに、感情AIが何をしているかを示す。
    • 若年層への発信:SNSや動画コンテンツを活用し、若年労働者にリーチする。過去の受賞提言でも指摘されているとおり、若年層への組合の発信力強化は重要な課題である。感情AIという、若年層にとって身近なテーマを入口に、労働者の権利や組合の役割について関心を持ってもらう機会とする。

    提言2:備える:団体交渉に「感情データ」を載せる

    感情AIがまだ大規模導入されていない今だからこそ、団体交渉の枠組みの中に感情データの取り扱いに関する条項を事前に整備することが可能であり、かつ有効である。導入後の事後交渉では、既成事実に追われる形になりやすい。具体的には、以下の交渉項目を労働協約に盛り込むことを提案する。

    • 事前協議条項:感情分析を含むAIシステムを職場に導入する際には、導入の目的、対象範囲、使用するデータの種類、判定結果の利用方法について、事前に労使で協議することを義務づける条項。
    • 透明性の確保:AIによる感情判定が行われる場合、対象となる労働者に対して、判定の事実、使用されるアルゴリズムの概要、判定結果の保存期間と利用範囲を通知することを求める条項。
    • 人事評価への直接反映の禁止:AIの感情判定結果を、人事評価、昇進・降格、契約更新の判断に直接反映することを禁止する条項。感情AIの判定はあくまで参考情報とし、最終的な評価は人間が行うことを明文化する。
    • 異議申立て手続き:AIの感情判定に対して労働者が異議を申し立てる手続きを整備する条項。異議申立てを行ったことを理由に不利益な取り扱いを受けないことを保証する。
    • データの削除請求権:業務上の合理的な必要性がなくなった感情データについて、労働者が削除を請求できる権利を定める条項。

    これらの条項は個人情報保護法やEUのAI規制法 [4] の動向とも整合的であり、法的にも合理的な要求として位置づけられる。重要なのは、感情AIが導入される前に交渉の俎上に載せることである。たとえば、ある企業がコールセンター部門に音声感情分析AIを導入しようとする場合、これらの条項があれば、経営側に導入目的・対象範囲・利用方法の提示を求め、対象者への通知やデータ保存期間の上限を要求し、スコアの査定利用禁止や異議申立て手続きを合意するといった、明確な枠組みに基づく対等な協議が可能となる。

    提言3:つなぐ:国際連携と制度設計への参画

    感情AIは国境を越える技術である。グローバル企業が本社の方針として感情AIを導入すれば、日本の事業所にも影響が及ぶ。労働組合が国内の交渉だけに閉じていては、技術の展開速度に対応しきれない。

    • 国際労働運動との連携:EU AI規制法は、事実上職場における感情認識AIの使用を原則として禁止し、医療・安全目的の例外を除いて厳格な規制を課している [4]。欧州の労働組合は、この法律の策定過程に積極的に関与してきた。連合は、ITUC(国際労働組合総連合)の定期大会やETUC(欧州労働組合連合)のAI・デジタル化に関するワーキンググループにおいて、感情AIの規制動向と各国組合の対応事例を共有する場に参加し、日本の実情に合った対応策を検討すべきである。まずは、ITUCの既存のデジタル労働権に関する協議枠組みに、感情AIのテーマを議題として提案することが第一歩となる。
    • 政策提言への参画:日本政府はAI戦略を策定し、AIの社会実装を推進している。しかし、労働者の視点からの検討は十分とは言い難い。連合は、厚生労働省の労働政策審議会をはじめとする関連審議会に対して、感情AIの職場導入に関するガイドライン策定のための委員派遣を積極的に要請すべきである [6]。具体的には、AIを活用した労務管理に関する専門検討会の設置を働きかけ、労働者側委員として参画することが重要である。
    • 産業横断的な情報共有:感情AIの導入は業種によって速度や形態が異なる。コールセンター、介護、小売、製造業など、それぞれの業界で何が起きているかを産業別組合間で共有する場を設ける。具体的には、連合AI対策フォーラム(仮称)を年1回開催し、先行して導入が進む業界の経験や交渉事例を他の業界の組合が事前に学べる仕組みを作ることを提案する。

    7. おわりに:「まだ早い」が「もう遅い」になる前に

    本稿で述べてきたことをまとめる。感情AIの判定には根本的な不確実性があり [3]、現行のシステムはそれを利用者に伝えない [2]。この技術が不確実性を隠したまま職場に組み込まれれば、労働者はAIの判定に反論する手段を持たないまま評価される危険がある。誤解のないように言えば、著者は感情AIを使うなと主張しているのではない。メンタルヘルスの早期発見やコミュニケーション改善など、有益な活用法もある。しかし、そのためには技術の限界が正しく理解され、労働者の権利が制度的に守られていることが前提となる。その前提を作るのが、労働組合の仕事である。著者が感情主権という言葉を用いたのは、感情はデータではなくその人自身のものだという当たり前のことを確認したかったからである。AIがいかに精密に分析しても、その判定は「参考値」にすぎない。自分の感情の意味を決めるのは本人である。この原則がすべての労働者に当てはまり、制度によって裏づけられていること——それが、働くことを軸とする安心社会の一つの条件ではないかと考える。労働組合は100年以上にわたり、そのつど新しい課題に向き合い、制度を作ってきた。感情の権利は、その歴史に加わる次の章である。まだ早いと思えるうちにこそ、動くべきである。


    参考文献

  • 雇用類似就業者による労働組合及び事業協同組合への
    組織化に関する提言

    佐久間 貴大

    1.序 論

    本稿は、働く人の権利を守る「労働組合」と、小規模な事業者が事業を共同化する協同組織である「事業協同組合」(中小企業等協同組合の種類の一つ)との連携によって、「雇用類似の働き方」で就業する者(以下「雇用類似就業者」という。)を対象とした協同組織のあり方を検討することで、良好な就業環境及び持続ある事業活動の整備を論じることを目的とする。

    1-1 社会的背景

    雇用類似の働き方に関する検討会(厚生労働省)『「雇用類似の働き方に関する検討会」報告書』(2018年3月30日)においては、「雇用類似の働き方の者」の定義を明示していないものの、「雇用関係によらない働き方であることを考えると、労働者性を示す基準である使用従属性がないことが前提となる」ことに加えて、「発注者からの仕事の委託を受け、主として個人で役務を提供し、その代償として報酬を得る者のなかでも、さらに、上記のような不本意な契約を受け入れざるを得ない状態(これを経済的従属性と呼ぶことも考えられる)である者について「雇用類似の働き方の者」とする視点が考えられる。」(39頁)としている。
    それゆえ、雇用類似就業者は、雇用と自営との中間に位置し、請負契約や業務委託契約といった取引関係によって、いわゆるフリーランスや独立自営業者も内包し、労働基準法に定める労働者に必ずしも該当しない者といえる。
    雇用類似就業者に関わる法制度・公的支援策では、2024年11月1日に「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(いわゆる「フリーランス新法」)が施行され、「取引の適正化」及び「就業環境の整備」との両立が期待されている。2025年5月16日には、「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律」が成立し、下請代金支払遅延等防止法は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」へ、下請中小企業振興法は「受託中小企業振興法」へ改められることになり、2026年1月1日の施行によって、実態への普及と実効も望まれている状況にある。加えて、「フリーランス・事業者間取引適正化等法の違反被疑事実についての申出窓口」や「フリーランス・トラブル110番」等の公的な支援策も取り組まれている。

    1-2 先行研究の整理

    本節では、先行研究において示唆されている労働組合と事業協同組合との連携の方策として行う相互の得意・優位な分野を整理する。
    濱口桂一郎(2020)では、労働政策研究・研究機構(JILPT)による雇用類似就業者数の試算(注1)を行ったところ、「全体で約228万人であり、うち本業とする者約169万人、副業とする者約59万人である。」(48頁)と示しており、雇用類似就業者の数量的規模がわかる(注2)。同様に、濱口桂一郎(2022)では、労働基準法上は労働者でないフリーランスであっても労働組合法上は労働者として労働組合を結成して団体交渉が可能であること、労災保険の特別加入の文脈において自営業者の団体では協同組合という形で組織されていること、協同組合にも団体交渉権があり、団体協約を結ぶことができ、労働組合と連続的な性格がある、と述べている(注3)。
    橋本陽子(2024a)では、「労働組合法(労組法)上の労働者性は労基法上の労働者性よりも広く解されているので、労基法上の労働者とはいえない自営業者が労働組合を結成し、労組法上の権利を行使することが可能である。」(39頁)として、自営業者による労働組合の組織化の可能性を論じている(注4)。
    公益財団法人連合総合生活開発研究所(2025)では、フリーランス(フードデリバリー配達員、配達ドライバー、一人親方、演奏家、俳優・歌手)への事例研究に加えて、残存する労働関係法令での課題や政策的課題、労働組合運動における課題について詳細に整理及び検討を行っている(注5)。
    浜村彰(2018)では、プラットホームエコノミーで働く就労者に対する労働法上の保護および労働者性をめぐる問題の検討において、独立自営業者の作った協同組合における団体交渉権と団体協約締結権を認めていることに着目すべきと指摘している(注6)。
    これらの一連の先行研究での議論は、①交渉主体としての労働組合や事業協同組合という選択肢があること、②自営業者も労働組合を組織できること、③自営業者による事業協同組合では団体協約が締結できること、という3つの論点へ整理できる。これらの既存研究では指摘に留まっているものの、自営業者(事業者)による労働組合と事業協同組合との連携の可能性を見いだすことができる。

    1-3 問題意識及び研究課題

    労働基準法では、使用者と労働者の対等ならざる立場を背景として、国家が定める強行法規として保護策が講じられている。ただし、雇用類似就業者は、請負契約や業務委託契約といった契約により事業者として判断される場合があるため、労働基準法における労働者の保護を受けることが容易ではない。
    また、雇用類似就業者は、中小企業基本法に基づく中小企業者(注7)であることに鑑みれば、対等な契約主体として、取引関係(委託―受託等)において弱い立場にある。
    具体的には、経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)が小規模であり、事業者であっても取引条件や交渉力等で大きく劣ることに加えて、「生業」(生活のための職業)という性格もある。その結果、取引活動の問題(報酬・対価、納期や損害発生時の対応等)や就業条件・契約条件の課題(就業時間の拘束、業務委託契約による成果型の契約、セクシュアル・ハラスメント等)を被る状況も考えられる。
    上述の問題意識を踏まえ、本稿の研究課題は、雇用類似就業者の権利を保護・拡充させるとともに、事業環境の基盤を強化するために、事業協同組合の利用による労働組合がもつ可能性を論じることにある。
    図表1は、本稿における研究対象を図示したものである。

    図表1 雇用類似就業者の全体像と対象

    出所:筆者作成。

    なお、本稿における「雇用類似就業者」の捉え方について、「事業者志向型雇用類似就業者」とは、「何らかの目的のために継続・反復して事業を行う意思をもって、対事業者(B to B)や対個人・消費者(B to C)との取引契約を行う事業者(事業主)」として自己を認識している者を指す。「卓越的事業者型雇用類似就業者」は、事業者志向型雇用類似就業者と同様に自己を事業者として認識していることに加えて、取引条件(報酬等)を“言い値”で設定できる点にある(※事業者志向型雇用類似就業者には取引条件の決定権がなく、取引の受注可否に限定される。)。ただし、就業する時間や場所等で制約(拘束)されるため、雇用類似就業者の範囲から完全に脱していない者をさすこととする。「雇用者志向型雇用類似就業者」とは、事業者であるにもかかわらず、労働者性が強い“雇用者”としても自己を認識している者をさすこととする。
    係る研究課題を達するために、2.では雇用類似就業者を構成員とする労働組合と事業協同組合の連携の可能性を論じる。3.では労働組合と事業協同組合の連携組織に対する既存の労働組合の協力・連合組織による支援を提言として述べる。4.では結論として議論をまとめる。

    2.労働組合及び事業協同組合との連携の可能性

    本章では、労働組合と事業協同組合との連携の可能性を検討していく。これら両組織の連携には、労働組合に足りないことは事業協同組合によって補完できる、事業協同組合に足りないことは労働組合によって補完できる、といった特長が考えられる。具体的には、「労働の権利保障」や「組合員への助成」といった目的のもと、3つの可能性(①交渉及び協約締結、②共済及び福利厚生、③共同経済事業)が挙げられる。
    図表2は、雇用類似就業者の事業活動及び就業環境を整備、向上させるために、お互いの組織が有する特性を活かした「労働組合と事業協同組合の連携組織」の全体像をまとめたものである。

    図表2 労働組合・事業協同組合の連携組織の全体像

    出所:筆者作成。

    2-1 組織制度の比較

    図表3は、労働組合と事業協同組合の組織制度に関して比較を行ったものである。
    労働組合は、労働組合法に定められた組織であり、労働条件の向上を目的として設立されるものである。事業協同組合は、中小企業等協同組合法に定められた組織の種類(注8)の一つであり、経営の近代化、経済的地位の向上を図ることを目的としている。
    労働組合と事業協同組合の共通点では、組合員資格の者に対する文言の差異はあるものの、組織の性格上は共に人的結合体であり、資本の結合体ではない(注9)。さらに、両組合は、団体交渉や協約締結権を有している、という特徴を見出すことができる。

    図表3 労働組合と事業協同組合の組織制度の比較

    出所:各法律をもとにして筆者作成。

    なお、本稿で対象としている雇用類似就業者は、労働組合法における「労働者」に該当するものであり、既存の労働組合への加入や2者以上で労働組合を設立できる。同様に、雇用類似就業者は、事業者でもあることから、既存の事業協同組合への加入や4者以上の事業者と協同すれば事業協同組合を設立することも可能である。
    そこで、両組合を設立して、両組合の制度上の特性を生かす。例えば対外的に交渉していく場合、名刺の表面を「労働組合」、裏面を「事業協同組合」といった具合により、場面に応じて組織を使い分けることで、表裏同体の組織として運営できる。

    2-2 交渉及び協約締結【可能性①】

    第1の可能性は、労働組合と事業協同組合との連携によって、対外的な協約締結を行うことができることにあり、具体的には、労働組合の「労働協約」及び事業協同組合の「団体協約」の両協定の締結である。
    受注(受託)側の中小企業(殊に雇用類似就業者)は、一般に発注元の企業が行使する力が強く、取引において不利な立場におかれる場合がある。そして、単独の雇用類似就業者(組合員)では、今後の取引への懸念、心証の悪化を恐れて個別的な交渉を行うことが難しい場合もある。
    事業協同組合における団体協約締結事業は、中小企業等協同組合法に基づいて定款に定める共同事業である。事業協同組合は、組合員と取引関係にある事業者に対して団体協約締結の交渉申出を行うことができる。そこで、団体協約締結事業(注10)は、組合員のために、商品の販売価格や支払条件、就業・労働環境の最低基準の設定、組合員の知的財産(著作権等)の保護・利用基準の設定などを組合員の取引先企業との間において事業協同組合が締結するものであり、締結した内容は直接に組合員に対して効力を生じさせる。さらに、労働組合という組織体を用いれば、生活を送るのに必要な費用(生計費相当額)に関して、最低報酬水準の設定や報酬支払期間の短縮化といった働きかけも行えよう。
    それゆえ、事業と生活が密接した雇用類似就業者には、労働条件の向上に向けた労働組合としての「労働協約締結」、取引条件の向上に向けた事業協同組合としての「団体協約締結」といった、“両組合の強み”を活かしていくことが重要である。具体的には、労働協約では「分配の拡大(人件費)」について、団体協約では取引価格を圧縮しようとする取引先への対抗策として「事業経費の確保」及び、人件費等への配分を目指す「総量の拡大」についての交渉と協約締結ができると考える(図表4参照)。

    図表4 労働協約及び団体協約が取引価格に与える影響に関する概念図

    注:取引価格全体を「100」とする。
    出所:筆者作成。

    2-3 共済及び福利厚生【可能性②】

    第2の可能性は、共済及び福利厚生による組合員の就業環境の改善・向上、モラール(士気)の発揚である。
    雇用類似就業者は、仕事(案件・業務)の受注が限定的であるため、突然の疾病や不慮の災害等によって働けない場合における「ノーワーク・ノーペイ」や、事故や過失等による損害賠償請求といった予期せぬ事態に直面する懸念がある。
    このような懸念に対して、共済事業及び福利厚生事業は、安心して働ける・事業が行える基盤を整備する取り組みとして、必要かつ重要である。
    労働組合として提供する共済では、雇用類似就業者の生活における不測の事態(疾病・重度障害、就業障害)に備えることで、生活基盤の整備を行うことができる。事業協同組合の共済では、事業者という性格に鑑みて、事業継続上のリスク(対人・対物に関する損害賠償や業務災害・通勤災害における上乗せ補償)といった事業継続の助成を図る。
    また、連携組織の双方で行う福利厚生では、突然の疾病や不慮の災害に伴う慶弔見舞い(注11)、クラブ活動や各種パーティ・イベント等の娯楽(レクリエーション)、企業主導型保育事業(組合内保育所・託児施設)、健康診断・人間ドック、労働者災害補償保険(労災保険)の特別加入に係る労働保険・社会保険等の事務代行、労働金庫からの生活用資金(住宅ローンや教育ローン等)の融資斡旋といった就業・生活基盤を構築できる。
    さらに、福利厚生の一環として、組合員の学び合いを促進・助成することも必要である。組合員の事業経営及び知識・技能の涵養を目指して、例えばワークルール検定の取得に向けた座学、原価計算や企業分析等といった経営関係の学習会、組合員の事業に関する資格取得に向けた独自のテキスト作成及び講習会の開催といった協同での職業能力の開発へ助成することも方策である。

    2-4 共同経済事業【可能性③】

    第3の可能性は、従来の労働組合では困難であった共同経済事業を事業協同組合で行うことができることである。共同経済事業とは、組合員の経済的利益を高めるために行う共同事業の類型の一つである。
    組合員の雇用類似就業者に必要なのは、組合員自身の目に見える形で現れる、所属組織からの具体的な利益である。この具体的な利益は、経済的利益とした場合、例えば、共同事業の利用による事業経費の節減、新たな販路・取引先の獲得による売上高の増加、同業者との交流・人脈づくりによる交友関係の強化といった利点があげられる。このような利点は、今までの労働組合の範疇を超えるものであり、事業協同組合との接合によって生み出される可能性がある。
    例えば、作家や声優、芸術家(アーティスト)の雇用類似就業者で組織される事業協同組合では、知的財産権(著作権や商標権等)の利用や保護に関する団体基準と方針の明示による権利保護や利用料徴収が考えられる。殊に、人工知能(AI)による権利侵害が危惧されている今日において、組合を通じた法務対応や提言活動といった役割が期待される。同様に、軽自動車を用いた運送業者の雇用類似就業者で組織される事業協同組合では、共同倉庫の設置及び共同利用による固定資本費用の削減、共同配送システムの構築及び共同配送の実施による効率化、ガソリン等の共同購入(給油カードの貸与)による燃料費の節減、高速道路料金の包括利用による交通費の削減が考えられる。また、IT関係の雇用類似就業者で組織される事業協同組合では、各種アプリケーションソフトウェア利用権の共同購入や、組合が包括して案件を共同受注し組合員へ配分することによる業務の獲得が考えられる。
    これらの個人事業者が、一方では事業協同組合を組織し、各種の共同経済事業(共同事業を利用することで手数料を組合員から徴収する事業)と、教育・情報提供事業等の共同非経済事業(手数料の徴収を伴わない事業)を行う。他方では労働者性の強い個人事業者(雇用類似就業者)が労働組合を組織し、自らの報酬(賃金)を獲得するための交渉を優位にさせる手段として用いることができる。

    3.労働組合が取り組むこと

    ここまで、労働組合と事業協同組合との連携組織に関する試論を述べてきた。本章では、対して、労働組合が取り組むことに対して、既存の労働組合が取り組むべき行動指針について、提言として試論を述べることにしたい。
    図表5は、今後取り組むべき、労働組合・事業協同組合の連携組織が行う共同事業と、労働組合の全国組織、地域別・産業別労働組合が支援できる取り組みをまとめたものである。

    図表5 労働組合・事業協同組合の連携組織が取り組む共同事業の取組例

    出所:筆者作成。

    3-1 労働組合及び事業協同組合への組織化指導

    第1には、雇用類似就業者を対象とした組織化の必要性を普及・教育し、身近な相談相手となる組織化指導を行っていく必要がある。そもそも、雇用類似就業者のなかには、労働組合や事業協同組合という制度を認知していない場合や、必要性を感じていない場合も考えられることから、組織化の必要性を説明、訴求するといった地道な取り組みが重要である。そのためには、組織化の人材(特に組織活動の立役者)の育成が急務である。既存の労働組合には、将来の組合執行部層になりえる組合員に対して、各種育成・助成制度(理念教育、連合との情報連絡員養成、労働法やワークルール等の指導、他の労働組合や事業協同組合の調査等)を提供し、組織中核人材(執行部層)の養成するよう努める必要がある。これらの努力は、歴史的・理念的・実務的教育を受けた人材を輩出し、組織活動を後世に渡って自走させる源になる。
    加えて、自主的な基準を設定・運用していくことが重要である。雇用類似就業者は、事業と生活が一体となっていることがあるため、生活の水準を高めるためには生計費を稼得させることも重要である。ただし、取引契約の設定交渉の場面では、発注先の言われるままの取引・契約条件を甘受しなければならない場合も考えられる。そこで、両組合は「継続的な事業活動を行うための適正料金の推奨表」(仮称)を策定し、市場動向や諸物価等の変動に鑑みて適宜改訂を行い、独占禁止法上の価格協定(カルテル)に抵触しないような基準を指導していく方策もある。

    3-2 雇用類似就業者の実態への支援

    第2には、生活の不安定性を取り除く施策の実施及び継続が必要である。雇用類似就業者は、外部事業環境の不確実性に加えて事業上のリスク(顧客や取引先とのトラブル等)により生活の不安定性が生じる恐れがある。そこで、雇用類似就業者の法的及び実態的保護に向けた活動として、例えば「Wor-Qサポートセンター」や「連合フリーランス労災保険センター」といった取り組みを継続することが重要である。
    今日の世の中は、相談をするだけでも相談料や着手金(手付金)等の金銭を要求されることもある。それゆえ、取引の中での悩み事(取引代金の支払条件や支払遅延、取引上の地位を利用したセクシュアル・ハラスメントやパワー・ハラスメント等)に対して相談できる窓口を必要とする。ちょっとした悩み事を親身になってくれる存在、必要に応じて適切な機関(労働関係行政機関等)へ代理相談・通報や、当事者の協議の場を設定してくれる存在が不可欠である。このような存在に労働組合がなることで、雇用類似就業者の事業上や生活上の不安を緩和、解消させて、安心して働くことができる。
    このような取り組みの結果は、例えば、取引条件及び就業環境の改善、組織力の強化、働きやすい環境の整備、「仕事と生活の調和」の実現、経営資源の相互補完、労働組合及び事業協同組合の意義の再確認と発見があり、ひいては「労働組合の機能拡張」や「労働組合の新たな可能性(融合化)の創出」にも結実しうる。

    4.結 論

    本稿では、雇用類似就業者を対象として、自らと同様の立場に置かれている仲間と共同(団結)するために、労働組合及び事業協同組合を併用することに重点をおいて考察し、試論をまとめた。
    本稿の研究課題に対しては、雇用類似就業者によって組織される「労働組合及び事業協同組合」では、労働関係法令の対象にならず、厳しい市場競争のなかにおいて、縁辺労働力ともなる雇用類似就業者による組織化によって、安心できる就業環境に加えて、事業環境を共同で強化させることで、「労働組合の機能拡張」や「労働組合の新たな可能性(融合化)の創出」への可能性を明らかにした。
    雇用類似就業者は、一方では自らの労働力(精神的・肉体的な労働能力)を事業へ投下することで、社会を支え、現状よりも望ましいとされる勤労社会の実現において尊いものであるものの、他方では労働法制並びに労働政策の転換、そして資本の論理のもとで、いわば「雇用の調整弁」として自営と雇用の狭間に置かれている。そして、雇用類似就業者は、実際には型破りな人(マーヴェリック)であるため、業況・景況や保有能力によっても浮沈しており、競争相手かつ取引上の敵対関係にもなりうる他者(他社)と手を携えていくことを好まない場合も考えられる。そのような場合にあっても、「働く人の権利を守る」という労働組合の意義に鑑み、職種に応じた雇用類似就業者にも門戸を広げ、対話と実践によって組織化を訴求していく必要がある。


    参考文献一覧

    • 石井まこと・兵頭淳史・鬼丸朋子編著(2010)『現代労働問題分析―労働社会の未来を拓くために』法律文化社
    • 稲川宮雄(1971)『中小企業の協同組織』中央経済社
    • 鎌田耕一(2019)「雇用によらない働き方をめぐる法的問題」(労働政策研究・研修機構『日本労働研究雑誌』第61巻5号(通号706号))
    • 公益財団法人連合総合生活開発研究所(2025)『フリーランスの権利保護と労働組合』
    • 公益財団法人連合総合生活開発研究所(2026)『働き方の多様化と法的保護のあり方~請負就業者とプラットフォームワーカーの就業実態及び国際動向を踏まえて~』(労働者概念の在り方に関する調査研究報告書)
    • 公正取引委員会事務総局経済取引局取引部取引企画課フリーランス取引適正化室、厚生労働省雇用環境・均等局総務課雇用環境政策室(2024)『フリーランス・事業者間取引適正化等法』商事法務
    • 厚生労働省「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」各回資料
    • 佐久間貴大(2024)「中小企業組合の利用による「取引の適正化」への対応―「団体協約・組合協約」に着目して―」(全商連付属・中小商工業研究所『中小商工業研究』第161号、97頁-108頁)
    • 中小企業庁編(1958)『新制中小企業等協同組合法逐条解説』中小企業出版局
    • 独立行政法人労働政策研究・研修機構(2021)『雇用類似の働き方に関する諸外国の労働政策の動向― 独・仏・英・米調査から』(労働政策研究・研修機構『労働政策研究報告書』No.207)
    • 内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省『フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン』(2024年10月18日改定)
    • 日本労働組合総連合会(2026)『2026 連合白書』
    • 橋本陽子(2024a)『労働法はフリーランスを守れるかーこれからの雇用社会を考えるー』筑摩書房
    • 橋本陽子(2024b)「労働者・自営業者・フリーランス―労働者性をめぐって―」(『世界』第987号、岩波書店、2024年11月、190頁-199頁)
    • 濱口桂一郎(2020)「雇用類似の働き方に関する現状と課題」(日本政策金融公庫総合研究所『日本政策金融公庫論集』第47号、41頁-58頁)
    • 濱口桂一郎(2022)『フリーランスの労働法政策』独立行政法人労働政策研究・研究機構
    • 浜村彰(2018)「プラットホームエコノミーと労働法上の課題―プラットホームエコノミーで働く就労者の労働者性について」(労働調査協議会『労働調査』第577号、4頁-12頁)
    • 久本憲夫(2019)「雇用類型と労働組合の現状」(『日本労働研究雑誌』(No.710、4頁-15頁)
    • 水町勇一郎(2024)「世界最大の労働問題をどう解決するかーフリーランス保護のゆくえー」(『世界』第987号、岩波書店、164頁-171頁)
    • 山本陽大著、労働政策研究・研修機構編(2022)『第四次産業革命と労働法政策―“労働4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題』労働政策研究・研修機構
    • 吉村幸祐・菰口高志(2025)『実務シリーズNo.286 フリーランス法の概要と実務上の留意点』SMBCコンサルティング会社

    • 注1:当該試算において雇用類似就業者とは「発注者から仕事の委託を受け、主に個人で役務を提供し、その対償として報酬を得る者」と定義している(49頁)。詳細は、厚生労働省「第9回「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」」の「資料3-1 雇用類似の働き方の者に関する調査・試算結果等(速報)」を参照されたい。
    • 注2:濱口桂一郎(2020)41頁-58頁参照。
    • 注3:濱口桂一郎(2022)10頁-11頁参照。
    • 注4:橋本陽子(2024)参照。
    • 注5:公益財団法人連合総合生活開発研究所(2025)参照。
    • 注6:浜村彰(2018)4頁-12頁参照。
    • 注7:中小企業基本法の第2条第1項では「中小企業者の範囲」を示している。
    • 注8:組合員となった個人に勤労の場を確保し、経営の合理化を図る「企業組合」、組合員に対する預金受入や資金貸付等を行う「信用協同組合」といった種類がある。
    • 注9:中小企業等協同組合法では、「事業を行う(筆者:中略)小規模の事業者」であることから、小規模な事業者であれば営利・非営利や個人・法人を問わず、組合員資格を有している(参考:中小企業庁編(1958)88頁-89頁参照)。
    • 注10:事業協同組合が行う団体協約では、「誠意をもつてその交渉に応ずるものとする」(中協法第9条の2第12項)として、誠意応諾の規定を設けているため、中協法の適法の手続きに基づいて申し出があった場合には団体協約の内容を協議する必要がある。また、交渉相手が団体交渉に応じない場合や交渉内容について協議が整わない場合等は、行政庁(主に認可省庁)へ斡旋・調停を申請することもできる(中協法第9条の2の2)。
    • 注11:ただし、組合員(被共済者)への共済金額が10万円を超える場合には共済事業になる。
  • AIを「協議なき導入」で終わらせない―「職場AI協定」とリテラシー共育による、働く者が主役のAI活用へ―

    鈴木 爽太郎

    一 はじめに―AI導入の現場で覚えた違和感

    筆者はコンサルティング会社に勤務し、製造業や中央省庁における生成AI・ロボティクスの導入支援に従事している。この数年、職場へのAI導入は驚くほどの速さで進んだ。文書の作成や議事録の要約、申請書類の点検、設備の異常検知に至るまで、かつて人が担っていた業務の一部を、AIが静かに担い始めている。
    その現場に身を置いて痛感するのは、AI導入の成否を分けるのは技術の優劣ではなく、「現場で働く人がどれだけ主体的に関われたか」だという事実である。経営や情報システム部門の主導でツールだけが配られた職場では、利用は一部の得意な人にとどまり、多くの従業員は「自分の仕事はいずれ奪われるのではないか」という漠然とした不安を抱えたまま取り残される。逆に、現場の従業員が使い方の工夫を持ち寄り、業務の見直しとセットで導入を進めた職場では、AIは残業を減らし、仕事の質を高め、働く人の自信を育てる道具になっていた。同じ技術が、関わり方ひとつで不安の種にも希望の種にもなる。この分岐点に立ち会い続けてきたことが、本稿を書く動機である。
    なお筆者は、企業や省庁の側でAI導入を設計し、現場に届ける側に立ってきた人間である。その立場だからこそ断言できる。導入が頓挫する最大の原因は技術の未熟ではなく、働く人の納得を置き去りにした進め方である。導入する側の内側から見てきた失敗の構造を、働く者の側の交渉の武器として差し出すこと。それが本稿の立場である。
    総務省の調査によれば、日本で生成AIを利用した経験のある個人は2024年度時点で26.7%にとどまり、利用しない理由として「使い方がわからない」を挙げる人が約4割にのぼる(1)。AIの恩恵が一部の企業、一部の人に偏れば、それは新しい格差、いわば「AI格差」となって働く者の間に楔を打ち込む。「働くことを軸とする安心社会―まもる・つなぐ・創り出す―」の実現にとって、職場のAIへの向き合い方は、賃金や労働時間と並ぶ中心課題になったと考える。

    図1 生成AIの利用経験がある個人の割合(国際比較)

    出所:総務省「令和7年版 情報通信白書」(1)を基に筆者作成

    本稿では、AI導入が職場にもたらしている三つの断層を指摘したうえで、連合・労働組合が今取り組むべきこととして、第一に「職場AI協定」の標準モデルの策定と普及、第二に組合主導のAIリテラシー「共育」、第三に中小企業・未組織労働者への展開と政策提言、の三点を提言する。

    二 問題認識―AI導入が職場にもたらす三つの断層

    第一の断層は、「協議なき導入」である。労働政策研究・研修機構の事例調査によれば、生成AIの導入そのものをめぐる労使協議を実施していない企業が存在する。導入目的が業務効率化であり、人手不足の下では雇用削減の懸念が生じにくいから、というのがその理由である(2)。しかし、AIの雇用への影響は導入時点では見えにくい。業務の代替が静かに進み、配置転換や要員計画の見直しが現実の議題となったときに初めて協議を始めるのでは、働く者は交渉の土俵に遅れて上がることになる。厚生労働省の検討会報告書も、AI等の新技術の導入に際しては労使コミュニケーションが重要であり、現場の実態や働く者の納得を欠いた技術導入では生産性の向上は望めないと指摘している(3)。導入の入口から労使の対話を組み込むことは、働く者をまもるためだけでなく、導入を成功させるためにも不可欠なのである。
    第二の断層は、「学びの格差」である。前述のとおり生成AIの利用経験には大きな個人差があり、その背景には年齢、雇用形態、企業規模による学習機会の偏りがある。大企業の正社員には研修や実践の機会が提供される一方、中小企業やパート・有期・派遣で働く人々は、学ぶ機会そのものから排除されがちである。筆者が支援したある職場でも、生成AIの利用権限が当初は正社員のみに付与され、同じ業務を担う派遣社員には与えられないという場面に出会った。「同じ業務なのに、私だけ使えないんです」という当事者の声も、筆者は直接聞いている。効率化の道具へのアクセスが雇用形態で線引きされれば、処遇格差は「生産性の差」という装いをまとって正当化されてしまう。学びの機会の平等は、AI時代における公正な処遇の前提条件である。
    第三の断層は、「ルールの空白」である。EUでは2024年に発効したAI規則が、採用選考や人事評価、配置に用いられるAIを「ハイリスク」と分類し、透明性の確保や人による監督などの厳格な義務を課す。2026年6月に成立した改正により義務の適用開始は2027年12月へ延期されたが、雇用分野のAIを厳格に律する枠組みそのものは維持されている(4)。一方、日本で2025年に成立したAI推進法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)は、イノベーションの振興を主眼とする理念法であり、職場におけるAI利用の具体的なルールづくりは、事実上、各企業・各職場の自主的な取り組みに委ねられている(5)。国が細部を定めない以上、働く者の権利をまもるルールは労使自身の手でつくるほかない。就業規則の変更のように確立した手続があるわけでもなく、AIによる評価や監視がどこまで許されるのか、判断の基準は職場ごとに宙に浮いたままである。これは労働組合にとって重い責任であると同時に、その存在意義を社会に示す好機でもある。
    この三つの断層は、筆者が2026年6月、後述する社内AI実践コミュニティの参加者や周囲の働き手計18名に行った聞き取りでも裏づけられる。職場へのAI導入時に事前の説明や意見を述べる機会が「なかった」との回答が18名中12名を占め、AIによる人事評価・配置への利用に不安を感じる人は18名中14名にのぼった。小規模な聞き取りにすぎないが、断層の広がりを示す傍証である。
    そして直視すべきは、この課題に取り組むべき労働組合自身の基盤が細っていることである。2025年の労働組合の推定組織率は16.0%と四年連続で過去最低を更新し、組合員数は約993万人となった(6)。他方で、パートタイム労働者の組合員は約149万人と増加を続けている(6)。AIへの不安と期待は、産業や雇用形態を超えて全ての働く者に共通する。だからこそAIは、組合が新しい仲間と「つながる」ための、最も普遍的なテーマになりうるのである。以下では、協議なき導入とルールの空白には「職場AI協定」(提言一)で、学びの格差には「共育」(提言二)で応え、その双方を未組織の職場へ広げ、社会のルールへ高める道筋(提言三)を順に述べる。

    三 提言一 「職場AI協定」の標準モデルを策定し、春季生活闘争で普及させる

    第一の提言は、連合が「職場AI協定」の標準モデル(モデル協定・チェックリスト)を策定し、構成組織・単組を通じて労使協定または労働協約として普及させることである。先行例はすでにある。UAゼンセンは2019年から「革新的新技術導入に向けた労使確認」のモデル例を示し、労使確認のうえでの導入、雇用維持を前提とした職務転換、生産性向上の成果の適正な配分を労使で確認するよう傘下組合に呼びかけてきた(7)。本提言が先行例に付け加えるものは四つある。第一に、人事判断への利用や従業員データの扱いという生成AI特有の論点。第二に、用途のリスクに応じて協議の重さを変える段階化。第三に、協定の効果を利用率・残業時間・従業員満足度で測定し、成果配分の交渉材料とする仕組み。第四に、これらを春季生活闘争の制度要求として産業横断で展開することである。次の六つの柱は、この四点を織り込んだものである。
    一つめは、導入前の情報提供と協議である。使用者は、AIの導入目的、対象業務、想定される業務量・要員への影響を事前に組合へ説明し、協議する。導入ありきの事後報告ではなく、企画段階からの関与を原則とする。協議の場には実際にその業務を担う従業員の代表を加え、業務の実態に即した検証を行う。なお、協議の重さは用途のリスクに応じて段階化し、文書作成支援のような低リスクの用途は事前の情報提供と事後検証による簡易な手続とすることで、保護の実効性と導入の速度を両立させる。
    二つめは、人事に関わるAI利用の事前合意である。採用、人事評価、配置、解雇に関わる判断へのAI利用は、労使の事前合意を要件とし、判断の根拠の説明可能性と、最終判断を人が行うことを担保する。これはEUのAI規則がハイリスクと位置づける領域であり(4)、日本でも労使が自主的に先取りすべきルールである。
    三つめは、導入後のモニタリングであり、効果と負荷の検証、誤作動や不利益事例の報告窓口、定期的な労使での見直しをあらかじめ協定に組み込む。
    四つめは、雇用保障と教育訓練である。AIによる業務代替を理由とする解雇を行わないこと、業務が変わる労働者には配置転換とセットで十分な教育訓練を提供することを明記する。
    五つめは、データとプライバシーの保護であり、従業員の業務データや操作ログをAIの学習・監視に用いる場合の範囲と手続を定める。
    六つめは、成果の公正な配分である。AI導入による生産性向上の成果を、賃上げ、労働時間の短縮、人員体制の改善、教育訓練への再投資として働く者に公正に配分することを明記する。効率化の果実が確実に還元される見通しがあってこそ、現場はAIの活用に協力するのである。

    表1 「職場AI協定」標準モデルの六つの柱(概要)

    主な内容先行例からの主な追加・更新点
    一 導入前の情報提供と協議導入目的・対象業務・要員への影響を企画段階から説明・協議。用途のリスクに応じて手続を段階化協議の重さをリスクで変える段階化を新設
    二 人事に関わるAI利用の事前合意採用・評価・配置・解雇への利用は労使の事前合意、判断根拠の説明可能性、人による最終判断を要件化生成AI特有の論点として新設(EU規則のハイリスク領域を先取り)
    三 導入後のモニタリング効果と負荷の検証、誤作動・不利益事例の報告窓口、定期的な労使での見直し報告窓口と定期的な労使見直しを協定に明記
    四 雇用保障と教育訓練業務代替を理由とする解雇の禁止、配置転換とセットの教育訓練の提供先行例の雇用維持・職務転換の考え方を踏襲
    五 データとプライバシーの保護業務データ・操作ログをAIの学習・監視に用いる場合の範囲と手続の限定生成AI特有の論点として新設
    六 成果の公正な配分生産性向上の成果を賃上げ・労働時間短縮・体制改善・教育訓練へ還元効果測定と接続し、成果配分交渉の材料とする

    出所:筆者作成

    重要なのは、これを春季生活闘争の制度要求として位置づけることである。賃上げが社会的うねりとなったように、「AI導入のルール化」を制度要求に掲げれば、個別労使の交渉力の差を超えて社会全体に規範を広げることができる。交渉力の弱い中小の単組でも使えるよう、ひな形と点検表を整備し、産業別部門連絡会で好事例を共有する仕組みを併せて設けたい。
    使用者側には「導入が遅れる」との抵抗が予想されるが、筆者の実務経験からすれば、この懸念は当たらない。AI導入プロジェクトが頓挫する最大の原因は、技術的な失敗ではなく現場の不使用、すなわち「導入したのに使われない」ことだからである。事前協議は現場の知恵を設計に取り込む最良の機会であり、協定は導入を遅らせる足かせではなく、定着を早める投資である。この点を労使双方の共通認識とするため、モデル協定には協定を締結して導入に成功した事例の効果測定を添えて示すことが有効だろう。労働組合がAI導入の「抵抗勢力」ではなく「定着の推進者」として振る舞うこと自体が、組合の社会的評価を高める。

    四 提言二 組合主導のAIリテラシー「共育」―「使われる側」から「使いこなす側」へ

    第二の提言は、労働組合自身がAIリテラシー教育の担い手となることである。すでに電機連合は、企業の垣根を越えて傘下労組の組合員に生成AIのリスキリング講座を提供する取り組みを始めている(8)。この動きを、連合全体の運動へと広げるべきである。
    具体的には、まず連合として共通のAIリテラシー講座(オンライン教材と職場単位の勉強会を組み合わせたもの)を開発し、構成組織を通じて提供する。教材は「明日の自分の業務がどう楽になるか」から入る実践型とし、資格取得ではなく日々の業務改善を出口に置く。議事録の要約や案内文の下書きといった誰の職場にもある業務を題材に実際に手を動かす演習を中心とし、あわせて機密情報の扱いやAIの誤りの見抜き方といった、働く者をまもるための知識を必ず組み込む。使い方だけでなく「使わせ方への発言力」を養うことが、企業研修にはない組合講座の独自価値である。次に、各単組に「AI推進委員」を置き、講師役を養成する。職場委員が安全衛生を担ってきたように、AI活用の世話役を組合の職場活動に組み込むのである。さらに、講座はパート・有期・派遣の組合員にも無償で開放する。増加を続けるパート組合員(6)にとって、学びの機会の提供は共済と並ぶ実利ある組合サービスとなり、組織化の入口にもなる。
    筆者は本業の傍ら、勤務先で社内のAI実践コミュニティを立ち上げ、運営してきた。月次の勉強会にニュース配信や失敗事例の共有を重ねるうちに、参加者は当初の8名から2年で約150名に増え、参加者が持ち寄った業務改善の共有は30件を超えた。その経験から言えるのは、AIの学びを継続させる最大の要因は教材の質ではなく「一緒に学ぶ仲間と、失敗を笑える場」だという事実である。月に一度、職場の仲間と使い方を持ち寄る勉強会を続けるだけで、初心者だった人が数カ月後には自らの業務の改善提案を出すようになる。ある参加者は、定型報告書の下書きをAIに任せる手順を勉強会で共有し、同僚の残業を目に見えて減らした。教える側に回った人ほど定着が早いことも、共育という言葉どおりの実感である。
    この「仲間と場」を全国の職場に既に持っている組織は、労働組合をおいて他にない。安全衛生委員会が職場の安全文化を根づかせてきたように、組合の日常活動にAIの学び合いを組み込めば、それは他のどの主体にも真似のできない教育インフラになる。さらに、勉強会は組合活動への若年層の参加の入口にもなりうる。組合離れが指摘される若い世代にとって、AIの使いこなしは切実で身近な関心事であり、「組合に行けば仕事に効く学びがある」という体験は、労働運動と若者を再びつなぐ回路になるはずだ。

    五 提言三 中小・未組織への展開と政策提言―安心を「創り出す」

    第三の提言は、これらの取り組みを組合のない職場へ広げ、社会のルールへと高めていくことである。
    まず、地方連合会の労働相談に「AI導入相談」の窓口機能を加える。AI導入を通告されたが協議の場がない、AIによる評価に納得できないといった未組織労働者の相談を受け止め、モデル協定を手に組織化へつなげる。あわせて、各組合で実績のある取り組みを集めた事例データベースを連合が整備し、相談から組織化、横展開までを一連の流れとする。
    さらに、雇用によらない働き方への目配りである。配車や配達のプラットフォームで働く人々は、すでにアルゴリズムによって仕事の割り当てや報酬、事実上の評価までを左右される「AIによる管理」の最前線にいる。彼ら彼女らには協議すべき使用者すら見えにくい。連合が進めてきた曖昧な雇用で働く者への支援の枠組みに、アルゴリズム管理の透明性というテーマを明確に位置づけ、プラットフォーム事業者に対して基準の開示と苦情処理の仕組みを求める社会的な交渉を担うべきである。これこそ、企業の枠を超えるナショナルセンターにしか果たせない役割である。
    最後に、政府への政策提言である。AI推進法に基づく人工知能基本計画は2025年12月に策定され、2026年7月には早くも第Ⅱ期計画が閣議決定された(9)。計画は当面毎年改定する方針とされており、労働側が発言を続ける機会は制度上開かれている。連合は次期改定に向けて、職場へのAI導入における労働者参加の原則と、雇用分野のAI利用に関する指針の整備を盛り込むよう求めるべきである。あわせて、厚生労働省の検討会(3)の後継となる常設の政労使対話の場を設置し、EUのAI規則(4)など国際的な規範の動向を踏まえたルール整備を主導する。ソフトロー中心の日本だからこそ、労働側が対話の場で発言し続けることが、事実上の規範を形づくる。
    実行にあたっては工程を区切りたい。初年度は連合本部にプロジェクトチームを設け、モデル協定とリテラシー講座を開発し、構成組織でモデル単組を選定して試行する。二年目は試行の効果測定を踏まえて改訂し、春季生活闘争の制度要求に載せて全国展開する。三年目には地方連合会の相談窓口と事例データベースを本格稼働させ、AI基本計画の見直し時期に合わせて政策提言を集中させる。費用は既存の教育文化事業や労働者福祉事業の枠組みを活用すれば過大にはならない。リテラシー講座は電機連合が産別単位で既に運営しており(8)、産別の事業規模で担えることは実証済みである。「AI推進委員」も安全衛生の職場委員と同様の兼務であり、新たな専従人員を要しない。むしろ講座や相談を入口とした組織拡大の効果が期待できる。小さく始め、速く学び、大きく広げる。AIの導入手法そのものを、運動の進め方にも応用するのである。

    表2 実行工程(3カ年)

    年次主な取り組み
    初年度連合本部にプロジェクトチームを設置。モデル協定とリテラシー講座を開発し、モデル単組で試行
    二年目試行の効果測定を踏まえて改訂し、春季生活闘争の制度要求として全国展開
    三年目地方連合会の相談窓口と事例データベースを本格稼働。AI基本計画の見直しに合わせ政策提言を集中

    出所:筆者作成

    六 おわりに

    「まもる・つなぐ・創り出す」という安心社会の三つの機能は、AI時代においてこう読み替えられる。職場AI協定で雇用と尊厳をまもる。リテラシー共育で世代と雇用形態を超えて仲間をつなぐ。そして労使対話の積み重ねから、この国のAI活用のルールを創り出す。
    AIは放置すれば格差の増幅器になるが、働く者が主体的に関与すれば、長時間労働を減らし、賃上げの原資を生み、仕事の誇りを取り戻す力になる。人手不足が深刻化するこの国で、AIを敵視する余裕はもはやない。問われているのは導入するか否かではなく、誰の手で、誰のために導入するかである。その分岐点は、技術ではなく職場の対話の中にある。
    かつて労働運動は、機械化の時代にも、情報化の時代にも、技術と闘うのではなく技術の使い方をめぐるルールを勝ち取ることで、働く者の生活を前に進めてきた。AIの時代も同じである。対話の仕組みを全国の職場に持つ労働組合こそ、この転換期の主役であるべきだ。筆者もまた、職場の仲間との学び合いに支えられてきた一人の働き手である。AI導入の現場に立つ一人として、そして働く者の一人として、労働運動がその力を発揮することを心から期待し、本提言とする。


    引用・参考文献

    • (1)総務省「令和7年版 情報通信白書」(2025年)
    • (2)労働政策研究・研修機構「職場における生成AIの活用による従業員への影響―情報通信業J社と製造業K社の事例調査より―」資料シリーズNo.299(2026年)
    • (3)厚生労働省「技術革新(AI等)が進展する中での労使コミュニケーションに関する検討会 報告書」(2021年6月)
    • (4)欧州連合「AI規則(EU AI Act, Regulation (EU) 2024/1689)」(2024年。適用時期を延期した2026年改正を含む)
    • (5)「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(令和7年法律第53号)
    • (6)厚生労働省「令和7年労働組合基礎調査の概況」(2025年)
    • (7)情報労連リポート「デジタル技術革新への対応 UAゼンセンの取り組み」(2019年8・9月号)
    • (8)日本経済新聞「AI時代の労組、電機連合が挑む企業横断リスキリング モデルは北欧」(2026年2月12日)
    • (9)内閣府「人工知能基本計画(第Ⅱ期)」(2026年7月14日閣議決定)

学生特別賞

  • 学校の先生を「ブラック」と呼ばせないために―部活動の地域移行と、労働組合がつなぐ「地域とはたらく大人の新しい関係」

    木皮 帆俊

    一、はじめに

    学校の先生は、私たちに勉強を教えてくれる人であると同時に、家に帰れば一人の家族の一員でもある。先生にも、自分の子どもがいたり、大切にしたい家族との時間があったりするはずだ。当たり前のことなのに、私はあまり意識したことがなかった。
    けれど、部活動の指導、特に休日の大会引率や練習は、その「当たり前の生活」を少しずつ削っているのではないかと思う。授業の準備や生徒指導だけでも大変なのに、土日まで部活動に時間を取られてしまう先生の長時間労働は、今、社会でも大きな問題になっている。先生も一人の人間で、家族と過ごす時間が必要なはずなのに、それが後回しにされてきたのではないだろうか。
    先生が疲れてしまえば、授業の準備にかける時間も減り、生徒と向き合う余裕もなくなってしまうかもしれない。それは結局、私たち生徒にとってもマイナスになる。先生を守ることは、実は私たち自身を守ることにもつながっていると思う。
    同時に、この問題は先生だけの話では終わらないとも感じている。地域には、スポーツや音楽の経験を持ちながら、それを子どもたちのために生かす機会がないまま過ごしている大人もいるはずだ。先生の負担を減らすことと、地域の大人にとっての新しい活躍の場をつくることは、実は表裏一体ではないか。そう考えるようになったことも、この提言を書く大きなきっかけになった。
    ニュースやインターネットでは、「教員はブラックな仕事だ」という言葉を目にすることがある。正直に言うと、私はこの言葉に少し違和感を覚える。「ブラック」という一言で片づけてしまうと、そこで働く先生一人ひとりの事情や、問題の本当の原因が見えなくなってしまう気がするからだ。大切なのは、先生を「ブラックな職場で働く気の毒な人」として片づけることではなく、なぜそうなってしまうのかを考え、具体的に変えていくことだと思う。だからこの提言のタイトルには、「先生をブラックと呼ばせないために」という思いを込めた。また、終わりでも少し触れるが、先生という仕事は子どもの成長に一番近くで関われる、かけがえのない仕事であるはずだ。
    だから私は、部活動のあり方、特に「地域移行」という取り組みの可能性と、そこで労働組合である連合がどんな役割を果たせるのかを考えてみたい。

    二、現状の課題

    先生の忙しさは、私の印象だけではなく、データにもはっきり表れている。文部科学省が2022年度に行った調査では、中学校の先生(教諭)の平日の在校時間は、平均で11時間01分にのぼるという(注:参考文献①)。始業前から教室に来て、放課後も部活動や翌日の授業準備で残り、気づけば夜になっている。そんな一日を送っている先生が、決して珍しくないということだ。
    2016年度の調査と比べると在校時間は約30分短くなっており、少しずつ改善はしているらしい。けれど、それでもなお、いわゆる「過労死ライン」とされる時間外勤務月45時間を超えている先生が、8割以上を占めているという(注:参考文献②)。6年かけて多少は良くなったとはいえ、依然としてほとんどの先生が、安全な働き方の基準を超えて働いていることになる。これでは、「家庭を守る」という事もおろそかになってしまいかねない。
    土日の勤務時間の内訳も気になる。中学校の先生が休日に学校で働く時間のうち、部活動・クラブ活動に使う時間は1時間29分にのぼるという(注:参考文献①)。加えて、家に仕事を持ち帰って作業する時間も、平日平均で32分ほどあるそうだ(注:参考文献①)。学校にいる時間だけでなく、家に帰ってからも、先生の一日は完全には終わっていないのだ。
    負担が大きいのは、時間の長さだけではない。日本中学校体育連盟の調査によると、運動部に加盟する生徒の数は、この10年でおよそ2割も減っているという(注:参考文献⑤)。少子化で部活動の規模自体は縮小しているのに、先生の負担は減っていない。自分の専門とは違う競技を任され、指導方法を一から勉強しながら顧問を務める先生も多いと聞く。
    こうした長時間労働の背景には、教員の給与に関する「給特法」という法律の存在があるとも言われている。(注:参考文献⑩)この法律のもとでは、教員の時間外勤務に対して、一般的な残業代のような支払いがされにくい仕組みになっているそうだ(注:参考文献②)。だからこそ部活動の指導は、先生の善意や責任感に頼る形で積み重なっていってしまう。これでは、先生の負担が増していくばかりである。
    ここで私が一番引っかかるのは、「先生の仕事」と「先生の家庭」が、はっきり分けられていないという点だ。会社員であれば、就業時間が終われば仕事は一区切りつき、家庭の時間に切り替わる。少なくとも「ここからは自分の時間だ」という線引きが、制度としては存在する。ところが教員の場合、部活動の指導は正式な時間外労働として扱われにくく、仕事と家庭の境目が曖昧なまま、休日までもが仕事の延長になってしまっている。
    これは、先生個人の頑張りに任せていい問題ではないと思う。仕事の時間と家庭の時間は、本来もっとはっきり切り離して考えられるべきである。部活動という仕事の一部を、先生の生活そのものから切り離して、地域という別の場所に移していくことができれば、先生は本来の意味での休日を取り戻せるはずだ。
    こうした状況を受けて、国も動き始めている。スポーツ庁は、休日の部活動を学校単位ではなく、地域のクラブ活動として運営していく「地域移行」という方針を打ち出した。令和5年度から段階的に進められており、令和8年度からは新しい改革の実行期間に入るという(注:参考文献③④)。部活動を「学校の先生が担うもの」から「地域全体で支えるもの」へと変えていこうという流れが、すでに始まっているのだ。
    ただ、この地域移行には、指導者不足という大きな壁がある。笹川スポーツ財団が2024年に行った全国の自治体調査によると、運動部活動の地域展開・地域移行に実際に取り組みが進んでいる市区町村は、全体の33.0%にとどまる(注:参考文献⑥)。約7割の自治体では、方針は示されていても、まだ具体的な形になっていないということだ。東京都の調査では、外部指導者になることに「関心がある」と答えた人はわずか34%で、関心がない理由として「指導できるレベルではない」(58.1%)に次いで「仕事が忙しい」(28.8%)が挙げられている(注:参考文献⑤)。地域には子どもを教えたい大人が一定数いるのに、「自信のなさ」と「本業の忙しさ」という壁によって、その気持ちが実際の指導につながっていないのだ。
    指導者不足に困っているのは地域の大人だけではない。日本スポーツ協会の調査では、休日の部活動が地域移行された場合に「自分自身が指導したい」と答えた教員は、26.1%にとどまったという(注:参考文献⑦)。地域に十分な指導者がいなければ、結局は先生が休日も駆り出され続けることになりかねない。これは、先生の本業である教えることに全力を注げないことにつながってしまうと思う。
    つまり、地域移行という方針そのものは正しい方向を向いているのに、「地域で教えたい」大人と、それを必要としている学校とが、うまくつながれていない。この「つながれていない」という状態は、誰か一人の努力不足のせいではなく、双方をつなぐ仕組みが社会に用意されていないことが原因なのだと思う。特に「仕事が忙しい」という理由は、個人の努力だけでは解決しにくい、働き方や制度に関わる課題だと私は思う。だからこそ、はたらく人たちの立場に寄り添ってきた労働組合、とりわけ連合が力を発揮できるではないかと、私は考えている。

    三、私の提言――連合が「つなぐ」「創り出す」こと

    地域移行がうまく進まない一番の理由は、「地域で教えたい」大人がいるのに、その気持ちが「仕事が忙しい」という壁に阻まれて、実際の指導につながっていない点にある。この壁を崩すには、学校や自治体だけの努力では限界がある。企業で働く一人ひとりの働き方そのものに関わる問題だからだ。私の提言は、大きく分けて二つある。「つなぐ」ことと、「創り出す」ことだ。

    【つなぐ】企業と地域をつなぐ「部活動コーチ協定」を、連合が主導してつくる

    一つ目の提言は、連合が地域の企業や労働組合に働きかけ、「部活動コーチ協定」とでも呼べる仕組みをつくることだ。連合が地域の教育委員会などと連携して「コーチを必要としている部活動」の情報を集める一方、企業の労働組合を通じて「地域でコーチをしてみたい」と考えている社員を募り、両者を連合が間に立ってマッチングする。
    ここで大事なのは、マッチングだけでなく「働く時間」のルールまで一緒に整えることだ。外部指導者に関心があっても難しいと答えた人の理由の多くが「仕事が忙しい」だったことを思い出したい。平日の練習日には定時で退勤できるようにする、大会引率がある日には休暇を柔軟に取得できるようにする、といった配慮を、企業と労働組合が正式に約束する。個人のわがままとしてではなく、会社が認めた制度として、コーチ活動のための時間を確保するのだ。
    では、なぜ連合でなければならないのか。連合には、企業と労働者の間に立って労働条件を交渉してきた長年の経験と信頼がある。一つの会社の中の交渉にとどまらず、地域全体、産業全体に働きかけることができるのは、連合だからこそできることだと思う。実際に、厚生労働省が副業・兼業の労働時間管理のあり方を検討する会議には、連合の担当者も参加してきたという(注:参考文献⑨)。すでに「本業以外の時間の使い方」について発言してきた実績があるのだから、その延長線上に、部活動コーチという新しい「地域ではたらく時間」のルールづくりを位置づけることは、決して無理な話ではないはずだ。こうした取り組みは、労働者の生きがいを新しく作ることにつながると思う。

    【創り出す】「地域コーチ」という、新しい安心できる働き方を創り出す

    二つ目の提言は、地域でコーチをすることを、単なる善意に頼るものではなく、「安心して続けられる仕事」として制度化することだ。
    今の日本では、副業・兼業を認める企業が少しずつ増えてきている。厚生労働省も「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を定め、本業を持つ人が別の形で働くことを後押しする方向に動いている(注:参考文献⑧)。ただ、こうした制度の多くはオフィスワークやIT分野を想定したものが中心で、地域社会と直接関わる働き方や試合などで日程が直前に決まる仕事はまだ十分に想定されていないように思う。
    そこで連合には、この「地域コーチ」という働き方のための、安心の土台をつくってほしい。コーチ中の怪我や事故に備えた保険制度を、連合が一括して整備すること。報酬の基準をあいまいにせず、時間や責任に見合ったしっかりとしたルールを示すこと。そして、無理のない範囲で続けられるよう、コーチを引き受ける人自身の労働時間もきちんと管理し、本業に支障が出ないよう目を配ること。これらはすべて、労働組合が長年、本業の労働条件について積み重ねてきたノウハウを、そのまま応用できる部分だと思う。
    「地域コーチ」という仕事が、単なる「先生の負担の肩代わり」ではなく、地域の大人にとっても「新しい生きがい、新しい仲間との出会い」になっていく。そうなって初めて、この仕組みは一時的なブームで終わらず、長く続いていくものになるのではないかと私は思う。
    すでに、こうした「つなぐ」仕組みは各地に生まれ始めている。沖縄県石垣市では、地域全体でスポーツクラブ活動を支える取り組みが進められているという(注:参考文献③)。長野県飯田市・下伊那地域でも、多様な地域人材が指導者として参画するモデル的な取り組みが行われている(注:参考文献⑤)。こうした事例が示しているのは、地域移行は決して机上の空論ではなく、条件さえ整えば実現できるということだ。連合の役割は、こうした先進事例を一つの地域にとどめず、全国の企業や労働組合に広げていくことにある。一つの成功事例を横展開する力を持っているのは、まさに全国組織である連合だからこそだと思う。

    四、おわりに

    私がこの提言を書こうと思ったきっかけは、「先生も、家に帰れば一人の家族の一員である」という、当たり前だけれど見落とされがちな事実だった。この当たり前を大切にできる社会は、きっと先生だけでなく、そこで働くすべての人にとって優しい社会なのだと思う。
    部活動の地域移行は、単に「先生の仕事を誰かに押しつける」ための仕組みであってはならない。先生は本来の生活を取り戻し、地域の大人は「本業」とは違うもう一つの居場所といきがいを得て、私たち生徒はこれまでと同じように、あるいはそれ以上に、豊かな部活動の時間を過ごせる。誰か一人が我慢するのではなく、関わる人みんなにとってプラスになる仕組みを、時間をかけてでもつくっていくべきだと思う。
    そのために欠かせないのが、「つなぐ」役割と「創り出す」役割を担える存在だ。学校でも企業でもなく、その間に立って両方の事情を理解できる労働組合、そして全国規模で動ける連合だからこそ、できることがあると私は信じている。先生の働き方を守ることと、地域の大人に新しい働き方の選択肢を用意すること。この二つは、実は一本の糸でつながっている。その糸をつなぐ役目を、連合に担ってほしい。
    先生も、地域の大人も、そして私たち生徒も、それぞれの生活と仕事を無理なく両立させながら、互いに支え合っていく。そんな社会こそが、「働くことを軸とする安心社会」であり、子どもにとっても、大人にとっても、本当の意味で安心できる未来なのではないだろうか。
    私は将来なりたい職業について考えるとき、正直に言うと、「先生」という選択肢を最初から外して考えていた時期があった。授業も部活も、休む間もなく働き続ける先生の姿を見ていると、「あんなに大変な仕事には就きたくない」と感じてしまうからだ。けれど、それは本当にもったいないことだと思う。先生という仕事は、子どもの成長に一番近くで関われる、かけがえのない仕事のはずだ。それなのに、忙しさや大変さばかりが目立ってしまい、「憧れの職業」として選ばれにくくなっているとしたら、それは社会全体にとっての大きなマイナスではないだろうか。
    もし、部活動の指導が地域に移り、先生が本来の授業や生徒との関わりに専念できるようになれば、先生という仕事の本当の魅力が、もっとまっすぐに私たちに伝わるようになると思う。「大変だけど、やりがいのある仕事」ではなく、「大変さも無理のない範囲に収まっていて、その上でやりがいもある仕事」に変わっていくはずだ。そうなったとき初めて、私たちの世代の中からも、「先生になりたい」と胸を張って言える人が、もっと増えていくのではないかと思う。
    私はまだ中学生で、働くということの本当の大変さを知っているわけではない。それでも、毎日を共に過ごす先生の忙しい姿を見て、「これは大人になってから考えればいい問題ではない」と感じている。今、目の前で頑張っている先生たちのために、そして将来、地域や社会の一員としてはたらくことになる私たち自身のために、この提言が、ほんの小さなきっかけになればうれしい。先生という仕事が、これからの世代にとって、心から憧れられる仕事であり続けてほしいと、心から願っている。
    最後まで、一人の中学生の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございました。


    参考文献

    • ①文部科学省「教員勤務実態調査(令和4年度)の集計(確定値)について」(2024年)
    • ②東洋経済オンライン「教員実態調査で再確認「学校の過重労働」、学校・自治体・国はどうすべきか」(2023年)
    • ③スポーツ庁「部活動改革ポータルサイト」
    • ④スポーツ庁・文化庁「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」(令和4年12月)
    • ⑤日本総合研究所 蝦名大智「部活動の地域移行における目指すべき姿と指導者不足の解決に向けた方向性」(2025年)
    • ⑥笹川スポーツ財団「スポーツ振興に関する全自治体調査2024」
    • ⑦笹川スポーツ財団「学校部活動ありきの地域移行を変えませんか」(日本スポーツ協会調査の引用元)
    • ⑧厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」
    • ⑨厚生労働省「第3回 副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会(議事録)」(平成30年)
    • ⑩朝日新聞「給特法とは? 成立の経緯や内容、問題点を専門家がわかりやすく解説」(2023年)

講評と寸評

  • 講評と寸評

    講評

    第23回「私の提言」運営委員会
    委員長 相原 康伸

    連合は「山田精吾顕彰会の論文募集」事業を継承し、2004年から「私の提言 連合論文募集」をおこなってきました。山田精吾顕彰会は、連合の初代事務局長であり、労働界の統一、発展に生涯を捧げられた故・山田精吾氏の遺志を受け継ぐため1997年に設立され、労働運動功労者の表彰や若手活動家の育成などに取り組んできました。

    昨年設置した「ILEC30周年記念・組合特別賞」は、時のレガシーとして残し、一層の発展をめざすべく、「組合特別賞」として、継続的に設置することといたしました。

    今回、全国から寄せられた応募件数は、これまでの応募件数を大きく上回る99編。連合加盟の労組役職員はもちろんのこと、労働組合のない職場で働かれている方や定年退職された方、また、応募総数の約2割は中学生を含む学生の皆様からの応募でした。労働組合役職員からの応募も28編ありました。

    提言の選考に当たる運営委員会では、①文章表現、②具体性、③独自性、④社会性、⑤現実性の観点から、「連合・労働組合に対する提言度」「自身の経験を踏まえたオリジナリティ性」などを様々な角度から選考を進めました。その結果、委員の総意で「優秀賞」1編、「佳作賞」3編、「組合特別賞」1編、「奨励賞」3編、「学生特別賞」1編を選定しました。

    今回寄せられた提言は、連合運動を動かす政策的な意義と同時に、今を生きる私たちに、様々な「問い」を投げかけています。

    一つは、働く尊厳です。人々が国境を跨ぎ活躍のステージを求めることは、現代において何も珍しいことでありません。しかしそれは、働く人にまつわる「生活」、即ち、本来守られるべき人権や尊厳、多様な文化に対する普遍的な敬愛を、広く社会が理解し実践する合意があってこそ成立し得るものです。では、労働運動は如何に社会の期待に応えられるのか、私たちはこの問いに真正面から向き合わなければなりません。

    二つ目は、AIの加速がもたらす光と陰、とりわけ、多くの提言は、労働組合が成すべき社会的な役割を鋭く照らしています。AIを労働運動、組合活動に引きつけ、成果に結びつける創意に溢れた提言の一方で、旧来の働き方を余儀なくされ、かつ、人手不足の中、心底職場の将来を憂う、叫びにも似た提言も見受けられました。デジタル化の進展に伴う働く環境の二極化。私たちは、より一層、目を凝らして働く「実相」に迫らなければなりません。

    入賞提言についての詳細なコメントは、運営委員の橋元秀一さん、秃あや美さん、大谷由里子さん、吉川沙織さんに寸評をいただいておりますので、ぜひご覧ください。私たちは、今回の99編の提言に託された思いを受け止め、「働くことを軸とする安心社会-まもる・つなぐ・創り出す-」の実現に向け、今後もより一層多くの皆様からの提言をいただけるよう取り組んで参る所存です。

    結びに、応募いただいたすべての皆様、そして、公正なる審査にご尽力いただいた運営委員の皆様に心より御礼申し上げます。


    寸評

    國學院大學名誉教授 橋元 秀一

    多数の応募があった。労働組合員ばかりでなく、一般の方や学生からも応募が増えた。提言事項も多岐に及んだが、AIやDXに関連する作品が10数点も寄せられた。DXの進展やAI利用が与える影響の広がりが反映しているのであろう。労働時間が短くなったり、作業が効率化されたりしたのであるが、成果は従来と同等ないしそれ以上に求められるようになっているという。また、近年、リスキリングが強調されたり推進されたりしているが、現場の実情としては自己責任が求められ、労働者は不安な状態にあるとしている。昔から指摘されてきた問題も取り上げられていた。長らく改善されない構造的問題として、非正規雇用、下請の労働条件の劣悪さなどである。これら様々な問題に、連合や産別組織、労働組合が、今こそ取り組むべきと、それぞれの作品は期待を込めて提言している。

    様々な現場の実情分析が寄せられ、多くを学ばせていただいた。しかし、そうした状況となっている原因分析がないまま、対策が示され提言とするものが少なくなかった。問題点の深い原因分析なしに、解決策の妥当性や提言の有効性は示せないであろう。根拠のない主張になってしまいかねない。提言や政策提案の場合、記述の基本は、当該問題の定義や概念説明をし、現状分析、問題点の明確化、問題の原因分析、それを踏まえた対策・政策の提示、といった一連の論理が求められる。このような論理の結論として提言が示されることで、より明快なものとなろう。

    優秀賞の鈴木彩莉氏の作品は、多数の外国人労働者を受け入れるようになっている日本において、早急に改善すべき最も深刻な問題の一つとなっている外国人女性労働者のマタハラを巡る提言である。「妊娠した外国人女性は『労働者』として守られるのか ― 多言語SNS発信を母国語相談につなぐ労働組合の役割 ―」と題した論考は、「多言語SNS発信団体と協力し、ワンストップ相談体制を整備する」ことを提言している。外国人女性労働者は、労働者としてばかりでなく生活者として「権利侵害を受けても声を上げにく」く、その現実を象徴しているのが、妊娠・出産・マタハラの問題である。外国人労働者の存在は日本の経済社会において重要な役割を果たしており、本提言は、外国人労働者問題の改善の上で、連合だからできる役割発揮へつながる提起となっている。

    佳作は、次の3氏である。井手佳輝氏は、組合役員の経験から、AI活用による非専従組合役員の活動に対する実践的支援策を提案している。水野なつみ氏の提言は、メンタル休職復職者の職場復帰支援策を示したものである。髙谷鮎香氏は、「役割の持ち替えや補完を前提に、活動と生活の両立を可能とする」「相互調整」を行ったA労働組合を参考に、「限られた人が担う労働組合から、誰もが担える労働組合への転換」を提示している。これらは、実情をしっかり分析した上で、極めて重要な課題に対する具体的施策の提言となっている。学生特別賞と奨励賞3作品の提言も、貴重な論点を取り上げた有意義な作品である。新たな経済社会で、労働組合はどのような存在となるのだろうか。次回の提言が楽しみである。


    寸評

    埼玉大学教授 秃あや美

    私は今回、「私の提言」の審査に初めて携わったが、まず驚いたのは、寄せられた提言の内容の多様さである。執筆者の皆さんが日頃直面している様々な困難や課題に対して、労働組合・労働運動にもっと何かできることがあるのではないか、という切実な問題意識から発せられた提言が多く、その思いがひしひしと伝わってきた。

    なかでも印象に残ったのは、労働組合の組織範囲や活動の対象を広げようとする視点をもった提言である。例えば、疾病等で休職・退職した人への復帰に向けた支援についての提言がいくつか見られた。また、個人的に印象に残ったのは、特別支援学級に通う子どもたちの就労支援や、就労後の処遇改善・キャリア形成に関する提言である。まだ労働者になっていない人や、労働組合のない事業所で働く人など、切実な支援を必要としながら労働組合との接点をもちにくい人は少なくない。そうした人々にも目を向けることが、連合の掲げるビジョン「働くことを軸とする安心社会-まもる・つなぐ・創り出す-」という言葉に触発され、多くの提言につながっていることを感じた。

    優秀賞を受賞した鈴木彩莉氏による「妊娠した外国人女性は『労働者』として守られるのか―多言語SNS発信を母国語相談につなぐ労働組合の役割―」は、日本で働く外国人女性労働者が妊娠を機に直面する困難と課題を取り上げたものである。特に技能実習生の場合、技能を学べる状態にある身体であるべきだという規範が働きやすく、生活者としてよりも労働者として存在することが優先される結果、妊娠・出産後の継続就労や産休の取得、復職といった労働者としての権利が、職場における法制度への無理解や誤解等によって侵害されやすいことが指摘されている。また、SNS等を通じた情報発信はすでになされているものの、それが外国人労働者にとって理解しやすく、実際の相談や支援につながる形になっているとは限らない。

    この問題を考えるうえで重要なのが、「交差性(インターセクショナリティ)」という視点である。これは、外国人であること、女性であること、妊娠・出産する労働者であること、不安定な雇用や在留上の地位に置かれていることなど、複数の社会的位置が交差することで、それぞれを個別に捉えるだけでは説明できない固有の不利益が生じることに着目する考え方である。既存の制度では支援の対象や網から漏れてしまいやすく、そうした問題にこそ、ナショナルセンターを中心に労働組合が連帯して取り組む意義は大きい。

    鈴木氏の提言は、こうした問題を指摘するだけではなく、ナショナルセンターを中心とした労働組合と関係機関との連携へと具体化している点でも高く評価できるものであった。外国人労働者をめぐる議論が、ともすれば排外主義と結びつきかねない昨今において、この提言がもつ社会的意義も大きい。

    交差性は、近年、社会科学の分野でも注目される重要な概念となっている。労働組合の組織率が低下するなかで、労働組合の取り組みが届く範囲もまた限定されかねない。「まもる・つなぐ・創り出す」というビジョンを、すでに組織されている労働者だけではなく、労働組合との接点をもちにくい人々にまでどのように広げていくのか。今回寄せられた多くの提言は、その問いを私たちに投げかけているように思った。


    寸評

    志縁塾 代表 大谷 由里子

    今回も100近い応募があり、それぞれに「思い」も伺えてなかなか賞が決まりませんでした。いろんな提言があって、わたしたちもいろんな気づきや学びがありました。

    今回の特徴として時代を反映して「AI」をテーマにした提言が数多くありました。改めて、「AIとどう共存するか」「AIをどう活かすか」など、わたしも考える機会になりました。そんな中で、DXやAIの時代におけるキャリア形成の提言を述べたファイブスター労働組合中央執行委員長の石原崇弘氏の提言が組合特別賞に選ばれました。リスキリング時間やキャリア支援制度などの提言なども盛り込まれていただけでなく、「組合はキャリアを守るだけでなく、育て、自律させる存在」と言うメッセージは、これからの労働組合にとっても大切な言葉でありわたしにも強く響きました。

    佳作に選ばれた不二家労働組合の井出佳輝氏、奨励賞の井下敬翔氏、鈴木爽太郎氏の提言もAIに関するものでした。AIとリテラシーやAI活用など、これから労働組合がAIとどう向き合うかなど様々な提言があり興味深く読ませていただきました。その中でも特に井下氏の提言には

    「感情主権」と言う目新しい言葉もあり、運営委員の中には、井下氏を優秀賞に推す委員も数名おられました。

    かなり時間を費やした結果、優秀賞に選ばれたのは、名古屋大学大学院国際開発研科博士課程2年の鈴木彩莉氏の

    妊娠した外国人女性は「労働者」として守られるのか
    ー多言語SNS発信を母国語相談につなぐ労働組合の役割ー

    でした。こちらも、これからの時代労働組合にとっても外せない課題であると同時に、提言としても論文としてもしっかり書かれていたので優秀賞に選ばれました。

    今回、微笑ましく感じたのは、中学2年生の木皮帆俊氏の提言です。

    学校の先生を「ブラック」と呼ばせないために
    部活動の地域移行と、労働組合がつなぐ「地域とはたらく大人の新しい関係」

    一生懸命「思い」を綴った中学生の提言に心を動かされた運営委員も多く未来を感じ、これからに期待して「学生特別賞」が決まりました。地域や労働組合と中学生が興味を持って提言してくれることが頼もしいです。

    たくさんの提言を読ませていただくことで、わたしも時代の流れや現場を学ばせていただくことも多く、良い刺激をいただいています。全ての提言に感謝しています。


    寸評

    参議院議員 吉川沙織

    連合「私の提言」募集の運営委員として、第7回以降選考に携わる機会をいただき、評者にとって17回目を迎えた。15年以上の長きにわたり、一貫して提言を拝読する立場にあることは、当然ながら提言内容を通じて、時代や社会の変化を感じ取ることとなる。これまでの間、言及の多さにおいてそれを最も感じたのはコロナ禍の際であったが、今回はそのとき以上に多くの提言がAIに言及しており、昨年の提言と比較しても顕著な変化であったところ、応募数も昨年と比してほぼ倍に達するなど、大きな変化がみられた。

    組合関係者、一般双方とも応募数が増加したことは本提言への関心の高さとも関係するため、それ自体は歓迎すべきことであるが、今回の提言の特徴として率直に評することをご海容いただくなら、提言の展開が同じようなもの、同一筆者の提言の中ですら体裁が不揃いのもの、それと明記せず生成AIによる図表と思われるもの等がこれまでと比して多かったことも特徴であった。

    もちろん、それ以上に職場等の実態に即した貴重な提言も多くいただいており、これらを反映したため本審査となる運営委員会においては、多くの議論が時間をかけて交わされた。その結果、優秀賞1編、佳作賞3編、組合特別賞1編、奨励賞3編、学生特別賞1編を選出した。

    選内の提言において、特徴的な点だけ記すこととすれば、言及が多かったAIに関していえば、AI導入と労働組合の役割を現場視点から整理したもの、AI導入時の労使協議の在り方やAI協定標準モデルを作成し社会規範とするもの、本来の労働組合の役割は対話や課題把握であり、そのためのAI活用であることを具体的に論じたものが選内に入った印象が強い。また、休職と復職を経験した労働者の視点から、厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成24年改訂)に4つの死角があることを具体的に指摘した上で、日本の労使関係が築いてきた復職支援モデルそのものが、いまの労働環境の変化に追いつけなくなりつつあることを示し、連合・労働組合は、先行職場の良い知恵を取り入れつつ、死角に対しては警告と対案を示すべき立場にあるとしたものは、社会的にも大きな意義があると考えられる。

    ほかに、選外ではあるが、安全労働にしても品質管理にしても、「何も起こらないこと」が当たり前とされ、それが評価の外に置かれやすくなっているという現状に関する指摘した提言は印象に残っている。昨今、社会全体でも効率化を追い求め、短期的に出る成果や数字に評価が偏りつつあることについて警鐘を鳴らしているものである。

    今回はとかくAIに言及した提言が多かったことが特徴であるが、社会的にも意義がある内容に触れた提言もそれ以上に多く、連合には具体的に活用できる内容についてはひとつだけでいい、本提言を続けるのであれば、とにかく活用してほしいと切に願う。

運営委員会構成

  • 運営委員会の構成

    2026年8月31日現在

    運営委員長

    • 相原 康伸(教育文化協会 理事長)

    運営委員

    • 神保 政史(連合 事務局長/教育文化協会 副理事長)
    • 橋元 秀一(國學院大學 名誉教授)
    • 秃 あや美(埼玉大学人文社会科学研究科 教授)
    • 大谷由里子(有限会社志縁塾 代表)
    • 吉川 沙織(参議院議員)
    • 田中  智(UAゼンセン 常任中央執行委員)
    • 高橋 英司(電機連合 中央執行委員)
    • 桑原 典子(連合新潟 事務局長(連合 北陸ブロック連絡会))
    • 村上 陽子(連合総研 専務理事/教育文化協会 理事)
    • 佐保 昌一(中央労福協 事務局長/教育文化協会 理事)
    • 永井  浩(教育文化協会 専務理事)
    • 河野 広宣(連合 総合組織局長/教育文化協会 常務理事)
    • 山根 正幸(連合 総合企画局長)