埼玉大学「連合寄付講座」

2014年度後期「働くということと労働組合」講義要録

第6回(11/5)

仕事と生活の両立をはかる

キリンビール労働組合中央執行委員 谷口 直子

1.はじめに

 今日は、「仕事と生活の両立をはかる」というテーマで、キリンビール社が仕事と生活の両立、ワーク・ライフ・バランスを実現させるために、労使で取り組んでいることについてお話しします。そして、仕事と生活が両立できる職場を作っていくためには何が必要なのか、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
 キリンビール社の設立の起源は、100年以上前に遡ります。「キリンビールホールディングス」に移行したのは2007年で、キリンビバレッジやメルシャンはグループ会社となります。ビールや発泡酒、チューハイなどを製造していますが、皆さんもご存知のものがあるかもしれません。従業員数は約2400人となっています。
 次にキリンビール労働組合の概要ですが、キリンビール労働組合は全国に18支部があります。内訳は、工場に9箇所、営業所に7箇所、そして本社と研究所に各1箇所となっています。上部団体はキリン労連で、同労連が加盟している産業別労働組合がフード連合、今回の寄付講座を主催する連合がナショナルセンターとなります(下図参照)。

2.働き方について考えてみよう

 本題に入る前に皆さんにお聞きします。皆さんは、将来自分が、どんな働き方をしたいか考えたことがありますか?どんな1日を過ごしたいか、どんな1週間を過ごしたいか。また、人生の軸でいくと、結婚、出産、育児、介護などといったライフイベントをいつ迎え、その時どのような働き方をしたいと思っていますか?
 私の場合は、大学卒業後にすぐキリンビール社に入り、入社と同時に実家から独立をして、一人暮らしを始めました。入社後は神戸に赴任し、そちらの工場で研修を受け、その後名古屋へ赴任しました。その赴任先で、キリンコミュニケーションステージ社へ出向し、量販店個店営業チームに配属されました。そこではマネジメントも経験しました。
 その後東京に戻り、市場リサーチ室から組織風土改革プロジェクトへ異動し、2013年から組合の本部専従となって、今に至ります。労働組合の仕事は、組織風土改革プロジェクトに配属された時から並行してやっていましたし、その他にも野球部のマネージャーなどもやっていました。このように仕事以外でのことを通して社内での繋がりができ、それが自分を成長させたと思っています。

 今、私自身の働き方を聞いてもらい、日々仕事をしていくということに少しはイメージがわいたでしょうか。私にとって、労働組合や、仕事とは直接関係のない野球部といった活動が、働く上でとても大切な時間です。キラキラ輝いて仕事をするためには仕事だけでなく、自分あるいは家族・地域の生活の時間を充実させることがとても大事なのです。

3.なぜWLBに取り組むのか

 そのための重要なキーワードが「ワーク・ライフ・バランス(WLB)」です。WLBは、1980年代後半のアメリカで当時社会進出が加速した母親たちの育児サポートが始まりです。その後、働く母親だけでなく、父親も、子どものいない既婚者も、独身者も働く人全員の問題として認識されました。
 日本では、「男女がともに働くにはどうしたらいいか」ということで、政府主導で始まりました。1985年に男女雇用機会均等法ができ、1990年制定の男女共同参画社会基本法、そして少子化対策と、これらの取り組みとしてWLBを積極的にやっていこうということです。2007年12月には「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」も作られました。また、厚生労働省では「仕事と生活の調和推進プロジェクト」を進めているところです。
 WLBがなぜ必要なのか。私たちを取り巻く社会(ヨコ)と生涯時間(タテ)を図に示してみると、私たちが住む地域・市町村・都道府県などの自治体、そして日本、また世界といった、大変広い社会の関わりの中で生活し、働いています。人生を時間で切り取った時に、仕事だけをする人生はありません。仕事ではない他のところといかに調和させていくかは、この先豊かな人生を送れるかどうかにかかります。

 WLBを取り組む中でよく聞かれるのは、「自分自身は働きたいから働いている」「実際成果を出しているからいいではないか」といったことです。しかし、心身の障がい、生産性の低下、子どもを作る余裕がなくなっているといった現在の状況を考えると、「自分だけがよければいいということで済まされません。国全体でも社会・経済が活性化するというように、個人にも企業にも、そして社会のためにもWLBは必要不可欠です。ですから、WLBの考え方を正しく理解して取り組むことは大切なことだと言えます。
 また、WLBを推進させることで、企業と従業員双方にWIN-WINの関係を作り出し、「個人の幸せ」と「会社の成長」を同時に実現させることができます。仕事と生活を調和させることで、従業員が元気になり、それにより能力が発揮でき、生産性の向上につながる。それを受けた企業は、「多様性」を理解し、柔軟な労働環境・選択肢の提供を支援するようになる。このようなサイクルを回すことで、個人も企業もお互いに成長していきます。

4.WLBに関するキリンビール労使の取り組み

 次にキリンビール労使でのWLBの取り組みについて説明します。キリンビール労働組合は、「自ら成長し発展し続けようとする社員を尊重すること」をキリンビール労使間の約束事と定め、社員一人ひとりが完全燃焼できる環境づくりに取り組んでいます。WLBを目指す上で基本とする原則は、この労働協約の理念に基づき、▽人間性尊重の原則、▽パートナーシップの原則、▽チャレンジの原則の3つです。
 仕事と生活のバランスは、他人から与えられるものでも、仕事を減らすことにより実現するものでもありません。キリンビール労働組合ではWLBを、自ら主体的に考え行動するなど、主体的に仕事と生活をマネジメントすることで実現できるものだと考えています。そして、私たち労働組合は、さまざまなライフステージで生活と仕事が両立できるようこれまでその時々にふさわしい制度を整えてきました。

5.制度を使いやすい職場づくり

 ただし、制度があってもそれが使われなくては意味がありません。今キリンビール労使では、制度を使いやすくする「職場づくり」を進めています。労使でともに取り組んでいるのは、「適正な労働時間管理に関する取り組み」と「次世代育成支援行動計画」です。労働時間管理では、労使でキャンペーンを実施し、適正な労働時間管理を推進する風土を醸成させていきます。実施時期は11月で、実施内容は、労使トップのメッセージ、リーフレットの配布、適正労働時間管理の強化週間の設定などです。
 次世代育成支援では、男性社員向けの育児関連研修や、育児休業者を対象にした復帰に向けた研修会などを実施し、出産後も継続して仕事と家庭生活の両立を支援しています。また、家族のための休暇制度や、在宅勤務制度が、生産性の高い効率的な働き方やWLBの実現の観点から有効に活用されているかを振り返り、評価を行い、適切な運用につなげていくということも行っています。
 労働組合独自の取り組みでは、仕事と家庭の両立に関する考え方や関連する制度をホームページに掲載し、組合員がいつでも見ることができる環境を整えています。さらに、労働組合活動全般を通して、理解を深める取り組みも行っています。労働組合で最も大切なのは、組合員の声を収集することです。「課題解決システム」と通じて、制度や運用に関する課題を収集し、解決を図っています。

6.まとめ

 このように仕事と生活を両立させるためには、制度を整備するだけでなく、それを理解し、使いやすい職場を作る、そして自ら意識して行動することが必要です。労使がWLBに熱心に取り組むのは、ワークもライフも充実させることが従業員の心身を健やかにすることにつながるからです。従業員の心身が元気になることで能力が発揮でき、それが価値創造を生み出し、生産性の向上に貢献することになります。企業も、従業員の多様な人生設計を企業が理解し、柔軟な労働環境・選択肢を提供する。こういったサイクルを回すことにより、個人も企業もお互いに成長していこうという考え方が生まれます。企業だけでなく従業員も「ともに成長」していくという点がポイントです。
 もっと言えば、私たち労働組合は、柔軟なライフスタイルが選択可能な社会をめざしています。先ほども言ったように、一人ひとりの人生にライフステージがあり、何に重点を置くかはそれぞれ違います。「仕事に重心を置いた生活」、「家庭に重心を置いた生活」、「地域活動に重心を置いた生活」が、バランスよく選択できる社会であればより充実した人生となると考えています。


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