埼玉大学「連合寄付講座」

2013年度後期「働くということと労働組合」講義要録

第11回(12/16)

働く人々の生活と労働組合

日本女子大学名誉教授 高木 郁朗

1.2つの焦点

(1)働く人々の生活→4つの生活資源
 今日は、これまでにご登壇されたゲストスピーカーのお話を総括する意味も含めて、2つの焦点についてお話ししたいと思っています。
 第一の焦点は、働く人々の生活とは何であるかということです。私はこれを「4つの生活資源」で表現したらどうかと思っています。会社でも、ヒト、モノ、カネ、情報を経営資源という言葉で表し、仕事をしていくうえで使いますが、同じように暮らしにも資源が必要だということです。
 どういう資源が必要であるかと言うと、4つあります。1つは「所得」です。現在は市場経済ですから、必要な財やサービスを入手するためにはどうしても所得が必要となります。
 2つ目は「時間」です。これを資源とするのは変だと思うかもしれませんが、たとえば、男女が協力して子育てをするためには、社会的サービスや安心の他にも、家族で過ごす時間が必要です。時間という資源が、子育てにとっても大変重要ということになります。
 3つ目は「安心」です。安心にはいろいろあります。たとえば、危険な現場で死傷事故にあったり、劣悪な職場環境が原因で退職後に病気を発症したり、あるいは職場でハラスメントにあいメンタルヘルス疾患に罹ってしまうといったこともあります。こういったことを防ぐために、職場をよくしていくことが一つの安心です。それから、病気になったときに、医者がきちんと存在し、その医者に診察してもらえるよう健康保険制度で保障が行われる。あるいは、年をとって寝たきりになってしまったときに、介護する人材がちゃんといて、それに対する制度がしっかりしている。というように、人生のいろいろな段階でのリスクを除去することも安心の中身です。また、失業も働く人々にとって非常に重大なリスクです。失業に対しても、きちんと支える仕組みを作っているのが安心だということです。さらに、現在の日本社会においては、子どもを作ることもリスクとなっています。子どもを作ると、どうしても女性に負担がかかってしまいます。仕事を辞めたり、あるいは、いろいろな休暇を取ったりするうちに、昇進ができないということが起きます。要するに仕事と子育てが両立できないリスクがあるということです。保育所や学童保育など、保育のしっかりした仕組みが作られて、リスクの保障がないと、子どもを作ることがリスクになってしまいます。というようなことで、安心というのは、働く人たちが生きていく上での非常に大切な資源だと言えます。
 4つ目の資源は「仲間」です。これまでの講義でも、仲間という言葉が出てきたと思います。仲間は、国際的には「ソーシャルキャピタル」という言葉で表現できます。ソーシャルキャピタルを直訳すると社会資本になってしまい、道路や橋とかそういうものになってしまうのですが、国際的には人と人との関係が元手となる、という意味になります。ですから私は、日本語に訳す時はちょっとひねって「仲間」という言葉を使ってみました。つまり、人と人との関係、人と人とのつながりが、働く人たちが生きていくうえで不可欠な資源ということです。

(2)労働組合の活動
 4つの生活資源は、放っておけば自然に獲得できる、というものではありません。私は、これら4つの資源を確保することが労働組合の活動であると考えています。その労働組合の活動には3つの方法があります。
 1つ目は団体交渉です。企業と交渉をしてルールを作っていくものです。2つ目は共助です。この言葉は、相互扶助や互助といったことと同様に「助け合い」という意味です。3つ目は制度・政策です。地方自治体や国の中に4つの資源を確保できるような仕組みを作っていくということです。
 このように基本的には3つの方法で4つの生活資源を確保していこうというのが、労働組合の最も重要な活動だと考えていいと思います。

2.「働く」ということ

 これまでの関わりで言っておいたほうがいいのは、「働く」ということは一体どういうことなのかということです。これはそんなに難しい問題ではなくて、ある一定の問題を達成するために、自分が持っている精神的・肉体的能力を活用して活動すること、これが働くことの中身になります。
 就職活動をしている人に何のために就職活動をするのかと聞くと、過半数の人は、自分と家族のために稼がなければいけないので就職活動をすると答えると思います。そして、その次に多いのは、仕事に就いて自分の能力を発揮するためだと思います。この2つの答えは真実であり、いい答えだと思います。
 でも、ここで大切なのは、働くということは自分のためだけではないということです。大半の仕事は、財やサービスを直接作るのではなくて、人と人との関わりの中で作られ、いろいろなレベルにおいて社会の存立に役に立っています。つまり、自分の仕事が自分のためになるだけではなくて、他の人の役に立っているということです。経済学の言葉でいえば、労働するということは社会的分業を通じて、社会全体を成り立たせているということです。これを絶対に忘れないでいただきたいと思います。

3.さまざまな働き方

 働くことには、いろいろな働き方があることも知っておいてください。
 まず、有償労働と無償労働があります。有償労働とは、雇われて賃金を得るというのもありますが、独立自営の農民が自分でその収入を得るのも有償労働です。これをペイドワークといいます。それに対して、無償労働はアンペイドワークといいます。無償労働の代表は専業主婦です。専業主婦は通常、自分の夫や子どものために夕食を作っても金銭を得ません。
 有償労働と無償労働の非常に大きな違いは、有償労働が国民経済の構成要素となるのに対して、無償労働は国民経済の構成要素にはならないことです。これは非常に大きな違いです。たとえば、専業主婦が子育てを一生懸命やっても、これは数字的には国民経済に貢献しません。これに対して、保育士が保育所で子どもの世話をすれば、給料を受け取りますから、国民経済をプラスに向上させます。
 先走って言うと、無償労働をしている人を有償労働に転換していけば、国民経済は成長します。このことは重大なポイントです。今の日本の情勢をみると、女性の有償労働率は50%に達しない状況です。スウェーデンでは70%を超える状況です。他の国と比べて低い就業率の日本の女性たちが有償で働けるようになるということは、日本経済にとって非常に大きなプラスとなります。
 このように、有償労働と無償労働の区別をつけることができますが、有償労働の場合でも、自営業主、家族従業者、雇用者の3種類に分けています。雇用者と言うと雇う人というイメージがありますが、統計用語では雇われる人のことです。この雇われて働く人の中にも正規と非正規、さらに非正規の中にも有期、パート、派遣などがあります。

4.労働者は日本社会の圧倒的多数派

 雇われて働く人、言葉を変えれば労働者ですが、この労働者が日本社会のなかでは圧倒的多数派になります。これは、日本だけのことではありません。先進国ではふつうに約90%が雇われて働く人々であると統計で示されています。ただ日本の統計では、会社の役員も雇用者に含まれているので、それを除きますと大体85%くらいが雇われて働いている人たちになります。皆さんも就職活動をして、雇われて働く準備をしていることになります。雇われて働くこと、それが今日の世の中では、当たり前の状況になっているわけです。
 しかし、ここで注意しなければいけないのは、正規従業員と非正規従業員で分けた統計データを見ると、女性の非正規従業員がかなり多くなっていることです。働く女性の50%以上が非正規従業員です。女性の有償労働率の低さと同様に、このことも重要な留意点です。
 とはいえ、こういった注意点を抜きにしても、労働者が社会の圧倒的多数派であることは間違いありません。また、他の人たちも労働者に関わっていると考えられます。たとえば、年金生活者は元労働者ですし、専業主婦も労働者の家族が多いでしょう。その子どもたちも、将来の労働者であることを考えると、国民の圧倒的多数派は、労働者あるいは元労働者となります。
 そうなると、労働者の幸せを保障することが、国民の幸せを保障することになると考えることは、決して無理なことではなく、当たり前のことであるといえます。福祉という言葉は、「幸せ」という言葉です。その福祉という言葉を使えば、「労働者福祉を実現することは、国民福祉を実現することだ」と理解することができます。

5.ディーセントワークとは?

 ここで国際的な言葉を一つ使っておきたいと思います。労働者の幸せを保障するのが、1990年代の終わりから国際的に重要な用語として使われるようになった「ディーセントワーク」というものです。このディーセントワークというのは、国際労働機関(ILO)が、国際的に公正な働き方を実現していこうとして掲げたものです。ディーセントワークの実現が労働者の幸せを実現するということで、日本の労働組合もディーセントワークの実現が共通の目標になっています。
 では、ディーセントワークとはどういうものでしょう。ディーセントには、心地いいといった意味があります。しかし、このまま日本語に訳してしまうと、気持ちのいい労働になり、意味がよくわかりません。ディーセントの中には、人間としてちゃんとしている、という意味が含まれていますから、私はこれを「人間の尊厳に値する労働」と訳しました。人間のちゃんとした権利や、生き方を保障する労働ということです。
 ILOの文章では、「ディーセントワークは人間の職業生涯における人びとの願望を総合したものである。生産的で公正な賃金を保障する機会、職場の安全、家族に対する社会的保護、個人の発達の展望、社会的統合、自らの関心の表明・団結・自らの人生に影響を与える物事の決定への参加の自由、機会と処遇の男女平等が含まれる」となっています。
 私があげた4つの資源というのは、このディーセントワークの中にすべて含まれる、というよりも、ディーセントワークは、4つの資源を確保していくための内容を示している、と考えていいのではないかと私は考えています。
 ところで、ILOが掲げるディーセントワークをみると、4つの生活資源だけで足りるのかという疑問がでてきます。ILOのほうが、2点において広くなっているからです。その一つは、「発達」です。人間の発達ということですが、ただ、これは「安心」の中に入れていいのではないかと思っています。もう一つは非常に大切なことですが、「参加」です。たとえば、企業が海外進出をするときに国内の工場を閉鎖すると決めたとします。国内の工場で働く労働者にしてみれば、自分が失業するかもしれない、閉鎖によって自分の運命が決まるということになります。ですから、自分の運命を決定するような物事を決める時には、会社の経営に何らかの形で参加するということが大切だとILOでは言っています。
 私はこのことも、ワークルールの中の「団体交渉で物事を決めていく」という中に入ると思っています。多少、ILOのほうが広いと思いますが、だいたいは4つの生活資源に集約できると思います。

6.ディーセントワークを実現させるためには

 ディーセントワークは、何もせず黙っていれば実現できるわけではありません。なぜなら、日本は市場経済だからです。生活資源からいえば、年収180万円(時給1,000円で年間1800時間働く)では、ちゃんとした暮らしはできないから、せめて2倍の時給2,000円にしなさい、ということになります。しかし、企業のほうは、そんなこと言っても国際競争に耐えられないので、賃金を引き上げることはできない、となります。
 つまりそこには、市場経済のなかでの企業の論理が働いているわけです。国際競争のなかで、最大限の利益を確保するためには、低い賃金にしなければならないし、少しは危ないこともやってもらって、高い利潤をあげていかなければ競争に勝てないということになってきます。
 そうなると、今の社会では自然にまかせてディーセントワークを実現することはできないので、「ルール」を作ることが不可欠になってきます。ルールをしっかり作らないとディーセントワークは実現しません。
 どんなルールを作るかと言うと、労働者が圧倒的多数の社会のなかでは、「雇用」が全ての源になります。したがって、誰もが雇用される機会や雇用されるために能力をつけていくことができること。それから、雇用には、生活がきちんとできる公正な賃金が得られなければなりませんから、賃金に関すること。また、家族や地域で生活できる時間に関すること。ワークライフバランスということになりますが、私は、バランスではなく、正確には仕事と家族、地域生活との両立という言葉を使うべきだと思っています。それから、労災やハラスメントがなく、特定の人をいじめて排除することがないこと。お互いに競争ばかりしているのではなくて、チームとして仕事をしていくような職場環境のためのルール。そして、働き方自体が、人間的であるためのルールが必要です。
 こういったルールをしっかり作っていくことが、労働組合の役割なわけです。このルールをつくるということが2つめの焦点です。

7.ルールは集団的労使関係で決める

 賃金、労働時間、労災などに関するルールを「ワークルール」といいます。このワークルールを作るうえで大事なのは、労働組合と経営者との間で、団体交渉をつうじで作られていくものだということです。ですから、団体交渉というのは、労働組合にとって基本的な使命になります。労働者を代表する労働組合と経営者との間で、たんに話し合うだけでなく、ぎりぎりの交渉をしてルールを決めていくわけです。
 そして、最も大事なことは、ワークルールは集団的なルールでなければならないということです。このことは、絶対に覚えておいてください。交渉の結果としての協約・協定は集団としての組合員に適用されます。集団的労使関係といわれることです。
 今流行りなのは、個人で経営者と契約を結んでルールを作っていけばいいではないかという個別的労使関係です。でも、これは間違っています。たとえば、皆さんが就職面接に行って、面接者5人の中に金持ちの息子がいて、「僕は、初任給はどんなに安くても構わないです」と言って、面接に受かってしまう、こういう個別の交渉で雇用契約が成立したら、就職の条件がどんどん悪くなるに決まっています。
 カール・ポランニーという偉大な経済学者が、個人の競争にまかせておけば、地獄への競争をやるだけの話ですよと言っています。そうならないためには、集団で交渉をしていかなければなりません。ワークルールは集団的ルールです。それを作っていくのが基本的な労働組合の使命だと思っています。

8.労働組合と企業の関係

 労使は、企業との関係では共存・共栄(win-win)の関係が理想です。しかし、企業には、絶対に組合を作らせないとか、月間150時間も残業をさせて過労自殺に追い込んでしまうようなブラック企業までいろいろあります。典型的なブラック企業は別にして、どんな企業でもブラック企業になりうる要素をもっています。特に、労働組合のない企業は、本質的にブラック企業化する可能性を秘めています。
 労働組合は、そういった企業をブラック化させないための力があります。その力というのは、労働者が協力し合う団結の力です。こういうものを持たないと、どんな企業でもブラック化する可能性があると私は思っています。

9.労働組合は「仲間」という資源を創る

 労働組合のもう一つの役割は、助け合うことです。
 皆さんが今当たり前に思っている、健康保険や年金といった社会保険の仕組みは、最初は労働組合が助け合いの仕組みとしてつくったものです。それを全ての人に適用しなければいけないということで、これも労働組合が制度・政策として要求をして、国の制度や政策にしていったという歴史を持っています。今でも共済制度というかたちで、労働組合は助け合いの仕組みをもっています。助け合いの仕組みを持っているから仲間であると考えることもできるわけです。
 労働組合は「仲間」をつくるために、話し合いの機会やさまざまなイベントを行っています。共済活動もその一環ですし、ボランティア活動もやりますし、大きい労働組合は国会議員も出していますから、いろんな情報も入ります。こういうことで、労働組合は、仲間という資源を創っているというわけです。

10.労働組合の活動に求められるもの:メンバーシップを超えた活動

(1)メンバーシップの問題
 労働組合は、4つの生活資源をルールを作る交渉と共助・助け合いによってつくってきました。でも、ここに大きな問題があります。労働組合がワークルールや助け合いの組織を頑張ってつくったとしても、それは組合員の枠のなかに留まっているということです。
 労働組合で有名なスローガンは、「One for all, all for one」です。労働組合の大先輩である賀川豊彦は、これを「一人は万人のため、万人は一人のため」と訳しました。名訳ではありますが、このallは労働組合員のことなんですね。このことをメンバーシップの論理といい、このままではメンバーシップの中に留まってしまいます。せっかくいいことを言っても、これでは社会的正義に反することになります。正規従業員の組合なら、非正規従業員の労働条件は悪くてもいいのかということです。
 また、このことは、組合員である正規従業員の労働条件を悪化させることにつながります。実際にトラック運輸業界で、非組合員の低い労働条件が組合員の雇用を制限し、労働条件の改善を妨げるということが起きています。2001年以降、小泉政権の規制緩和が推し進められて以降、具体的な事実の中で非常にはっきりしていることです。

(2)メンバーシップを超えるためには
 それから、企業の中でルールを作っても、社会的な条件がないとそのルールは生かされません。たとえば、企業の中でせっかくジェンダー平等の組織を作っても、社会的制度として保育所がなければ、ジェンダー平等は完結できません。そういうことが発生しますから、労働運動は、メンバーシップの枠を超えていかなくてはならないということになります。
 そのためにどういう努力がいるかというと、まずは仲間を増やすことです。組織を拡大してメンバーを増やしていけば、今までのメンバーよりもより広いものになります。
 それから、作ったワークルールを組合員以外にも広げる仕組みを作ることです。そうすることによって、仲間を拡大することができます。ただ、これにはフリーライダーの問題があります。組合費を支払っている組合員が決めたルールが、組合費を支払っていない人にも及ぶというのは問題があるということです。このフリーライダーをどうするかは非常に大きな問題ですが、要するに仲間を拡大していく必要があるということです。
 それから、労使で8時間という労働時間を決めたら、これを労働基準法という制度にしていく、というように、労働組合が交渉で決めたルールを制度化していくことです。実際に1960年代、全電通という労働組合が育児休業制度をつくりました。そして30年後には、それは「育児(・介護)休業法」という形で制度化されました。このように、労働組合はメンバーを超えて、社会的な制度や政策を実現していくことが求められます。

11.まとめ

 労働組合は、働く人々の生活を改善することを目的として、所得、時間、安心、仲間という4つの資源の確保のために、交渉、共助、制度・政策という3つの手段で活動しています。そして、こういったことをつうじて、ディーセントワークを実現していくのが労働組合の役割であると私は考えています。
 留意してほしいのは、新聞や雑誌などのマスメディアは、労働組合は労働者のエゴのために活動するとよく言います。そもそもマスメディアは、労働組合を非難するのが好きなんですね。何も活動をしないと、本来の活動をしていないと批判するし、逆に賃上げ闘争などをやると、労働者のエゴを実現するために活動すると非難します。
 しかし、労働組合が活動をしないことでマスコミから非難されるのは当然ですが、その活動がエゴだというのは、いわれなき非難だと私は考えます。日本人の85~90%が労働者ですから、その人たちが自分たちの生活を確立し、それによって幸せを確立することは、それはまさに国民的な幸せになります。労働者のエゴとかいったいい加減な言葉に、皆さん惑わされないようにしてください。


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