埼玉大学「連合寄付講座」

2012年度後期「働くということと労働組合」講義要録

第12回(1/7)

すべての労働者が安心して働き、暮らせるセーフティネットの構築
-連合が考える社会保障と税制改革のビジョン-

連合副事務局長 菅家 功

はじめに

 今日は、連合が考える社会保障と税制改革についてお話をさせていただきます。その際、日本の社会保障について、税制を切り口にしながら皆さんと一緒に考えていきたいと思います。キーワードは、「地域分散型社会」「少子高齢化社会」「全員参加型社会」の3つです。これらのことを基礎にしながら話を進めていきます。

1.社会保障と税をめぐる現状と課題

 連合は、働く者の立場からの政策制度を実現することが労働組合の大きな役割・任務だと考え、様々な政策提言をしています。政策制度を提言する際には、現状を分析することが極めて重要になります。そこで最初に、今の日本の現状についてお話しします。

(1)低下した所得再分配機能
 社会には、高い所得を得る人もいれば、そうでない人もいます。それをそのまま放置すると、格差が広がり、社会が不安定になり、様々な問題が出てきます。そういったことをできるだけ回避し、社会を安定させるために、所得再分配機能は極めて重要になります。そして、社会保障と税は、所得再分配に大きな効果を果たします。
 ところが日本の現状は、そういった社会保障や税による再分配効果が極めて弱くなっています。再分配効果はOECD平均以下で、先進国で最低の位置にあります。
 したがって、社会保障、税の問題を考える場合、再分配効果を高めるような制度にしていかなければならないということになります。

(2)セーフティネットの機能低下と貧困層の増大
 それと連動し、貧困者が増大しているという問題もあります。日本の貧困率は世界的に見ても高い水準にあります。OECDの資料からもわかるとおり、相対的貧困率の国際比較からも、日本は極めて高い水準にあります。
 さらに、一人親家庭の貧困率が非常に高いことが、統計的に明らかになっています。それは年を追うごとに増えています。言葉をかえると、格差がどんどん広がっている現状にあるということです。

(3)財政状況の悪化
 次に、財政状況の悪化という点では、支出と税収の差がどんどん拡大しています。この乖離を防ぐために、日本は借金をしているのですが、今やGDPの2年分、約1千兆円の累積債務があります。
 一方、社会保障給付費は、高齢化の進展等に伴いどんどん増加しており、ウエイトを占めているのが、年金、医療、そして、介護・福祉といった順序となっています。
 そして、支出と税収のギャップを何で埋めているかと言いますと、国債の発行で埋めています。国債の発行で損失財源を賄うということは、要するに将来世代に負担を先送りしているということで、それが日本の現状です。
 既に日本は、人口減少社会に突入しています。このままいくと、2060年には、15歳~64歳までの生産年齢人口の層と、14歳以下と65歳以上を合わせた層がほぼ1対1になってしまうことになります。1対1ですので、単純に考えますと、一人の生産年齢層が一人の高齢者を支える社会ということになります。一人が将来、今の倍の生産能力を持てば支えていくこともできるかもしれませんが、長い目でみてもおそらく不可能です。
 したがって、働き手が高齢者を支える、というこれまでの考え方をどこかで変えていく必要があります。定年制などを含めた社会の機能を見直さない限り、社会は存続できないと考えなければならないと思っております。

(4)非正規労働者の増大と社会保障の空洞化
 今、若年者も非正規にならざるを得ない状況があります。非正規労働者は雇用労働者の3分の1を超えていて、社会保障の空洞化にさらに拍車をかけることになります。人口減少社会で、働き手がどんどん減っている状況にあるにもかかわらず、非正規労働者がどんどん増えている、このことをどう解決していくかが、日本社会の大きな課題だと思っています。
 非正規労働者の問題として、年収200万円以下の人たちが1000万人を超えているという問題があります。すなわち、日本の場合、低賃金労働と不安定雇用の問題がイコールにあるわけです。低賃金のため、社会保険料を払おうにも払えない、そうなると、国民年金保険料の納付率が低迷し、社会保障の空洞化が年々進行していくことになる、こういったことが、機能不全に陥ったセーフティネットということになります。

(5)高齢期偏重の社会保障制度
 社会保障給付費は、政府が出す統計を見ると、人生後半期の支出、すなわち年金、医療、介護に占められている状態です。このことから日本は今、高齢期偏重の社会保障制度といえます。これをもう少し改革して、人生後半期ではなくて、人生前半期、特に子育てのところにより多くの社会保障の支出をしていく、こういった課題もあります。

2.連合がめざす安心社会を支える社会保障と税制改革のビジョン

(1)連合がめざすべき社会像
 連合は今、「働くことを軸とする安心社会」をめざして活動しています。その中身は、働くことに最も重要な価値を置き、誰もが公正な労働条件のもと多様な働き方を通じて社会に参加でき、社会的・経済的に自立することを軸とし、それを相互に支え合い、自己実現に挑戦できるセーフティネットが組み込まれている活力あふれる参加型の社会です。そういった社会を連合ではめざしています。
 そして、その実現に向けて、5つの安全の橋を提起しています。
 一つ目は、教育と働くことをつなげる橋です。これは、生涯を通じた教育も含めた意味の教育と雇用を結びつける橋です。
 二つ目は、家族と雇用を結びつける橋です。働き続けるうえで、育児、介護等の課題があります。それを社会的なサービスを受けることで、働き続けられるようにするといったことです。
 三つ目は、雇用と雇用をつなぐ橋です。たとえば、オランダでは、ワークシェアリングという考え方で、正規と非正規の壁を取り払って、しかも選択できるといった政策で雇用を増やし、社会を発展させました。日本でもそういった雇用と雇用を結びつける橋が必要であるということです。
 四つ目は、失業と働くことを結びつける橋です。会社に勤めていて、何らかの理由で辞めた場合、失業状態に陥ります。基本的には雇用保険に入って、失業期間中に所得を保証する制度が日本ではきちんとあるわけですが、失業から就労へつなぐ橋が必要だということです。
 最後の橋は、退職と雇用を結ぶ橋です。退職すると、年金給付で基本的には所得が保障されますが、働く能力がある高齢者も多数います。したがって生涯現役社会ということで、エイジレスで雇用を確保するようにしていくというものです。
 連合は、この5つの橋を社会的に整備することで、「働くことを軸とする安心社会」を実現しようとしています。5つの橋を軸とした社会保障と言ってもいいかもしれません。こういった社会保障の改革が必要だとして、連合は活動しています。

(2)連合がめざす社会保障の姿
[1]子ども・子育て

 まず、子ども・子育てについては、これを支える制度として、一つは保育所と幼稚園があります。保育所は、厚生労働省所管の制度です。基本的には0歳から就学まで保育する施設です。幼稚園は、文部科学省所管です。地域によって違いますが、保育所に入りたくとも入れないというケースが、都市部を中心にあります。一方、少子化のなかで、幼稚園は経営が落ち込んでいるといった事態があります。これらを一体化して、子ども・子育てを支えようというのが改革の大きなテーマだと言えます。
 それから、高齢期に社会保障が偏重していると言いましたが、若者世代に対する社会保障を強化していこうということが、この子ども・子育て支援の中心です。たとえば、小学校に入っても低学年のうちは、極めて早い時間に授業が終わってしまいます。その後の学童保育といった小学校低学年のための施設やサービスも、保育所・幼稚園改革に加えて、充実させていかなければならないこともここでのテーマです。

[2]雇用のセーフティネット
 今は失業すると、雇用保険給付の対象になるわけですが、これは未来永劫給付されるものではなくて、一定の期間を過ぎると再就職できなくても給付が打ち切られます。そうすると、収入がゼロになるので、それを回避するために、第二のセーフティネットとして、求職者支援制度を連合は提起してきました。これは、月々10万円程度の支給を受けながら、職業訓練的な教育を受けるといった制度で、民主党政権の時に実現したものです。

[3]年金
 普通にサラリーマンとして働き続けられれば、高齢期に普通に生活できる年金は保障されることになっていますが、現実は必ずしもそうではありません。失業する場合もありますし、自営業者として、職を得る場合もあります。
 今、生活保護受給者が200万人を超えています。生活保護受給者の大半は、高齢者の方々です。なぜ、高齢者が生活保護を受けなくてはならないのか、それは、年金の支給水準が十分ではないからです。特に自営業者の場合は、国民年金だけですので、40年加入していても月65,000円で、夫婦あわせても月13万円です。13万円では、生活保護以下です。したがって、自営業者の方々を中心とする国民年金というのは、年金だけで生活できることが保障されていないことになります。したがって、高齢者の生活保護受給者が増える、といった現象が今起きています。
 そういったことを回避するために、誰もが生活できる最低レベルの年金水準を確保し、全体として厚みを増していけるような年金制度改革を提起しています。

[4]医療保障
 これからの社会保障の最大のテーマは、医療保障だと私は考えています。
 現状の問題を端的に言いますと、高齢者の医療制度は、後期高齢者医療制度として別建てになっています。この制度は、全体の費用の1割を当該の高齢者が負担し、残りの9割については、半分が公費で、半分が現役の社会保険料からまかなっています。したがって、当該の高齢者は、ほとんど医療費負担をしません。現役世代は3割の負担であるにもかかわらず、1割の負担ですむという現状です。
 こういった制度が、今後の超高齢化社会が進むなかで、持続可能性を確保できるのかという問題点を考えているわけです。したがって、医療制度改革を早期に行わなければならないというのが私どもの考えです。このことは、年金制度の改革にあわせて、自民、公明、民主の3党合意によって成立した、社会保障制度改革国民会議で検討する主要テーマの一つになっています。

(3)連合がめざす税制の姿
[1]所得税の再構築

 税制についての連合の考え方は、まず、「税をとられる」という意識を変えることです。誰もが税を負担することによって、社会をお互いに支える、こういう意識で、税による所得再分配が発揮できるような改革をしなければならないと考えています。
 そこで、所得税の再構築ということで、所得税と資産課税の累進性を高めて、高額所得者から、低所得者に所得を移転するという機能を発揮しなければならないというのが、私どもの考えです。そういうことによって所得再分配機能を強化しなければならないということです。

[2]消費税の社会保障安定財源化
 さらに、税収全体を高める改革として、消費税の社会保障安定財源化にむけて、消費税を改革しながら、税率を見直さなければならないということです。
 民主党政権時に、消費税率の増税法案が三党合意のもとで可決されました。消費税率は2015年に10%、今の倍になるわけです。それでも、先進諸国の消費税水準と比べると日本の場合はまだまだ低く、歳入と歳出のギャップを埋めるために国債を発行し続け、GDPの2年分の借金を抱えているのが日本の現状です。そういった現状が、持続可能性があるとは到底言えず、そういう意味でも消費税の増税というのは、不可避の課題となっています。
 消費税の問題では、逆進性が言われます。赤ちゃんから収入のないお年寄りまで、モノを買えば、税金を払わなければならないことになりますので、低所得者には厳しい税制になります。それを緩和するための政策を同時に行いながら、一定水準の税収を確保していかなければならないと考えているところです。

[3]地方税財政の改革
 日本の財政は、地方税よりも圧倒的に国税のウエイトが高くなっています。しかし、自治体を通じて様々な行政行為を行っていますので、最終的には国からの移転財源を含めて、自治体を通じてほとんどすべての税金が支出されるという構造になっています。
 したがって、地方のニーズ・実状に応じた行政サービスを今後継続していくためには、やはり自治体に税財源を集中していく改革を行っていかなければならないというのが、地方税財政改革の大きなポイントだと思っています。

[4]税制抜本改革の実現に向けて
 税財政の姿という点では、財政赤字を埋めるためには、消費税全般にわたる改革を行うことによって、ギャップを埋めていく必要があると考えています。
 連合が推計する将来像の負担と給付の姿等の試算や、高齢化率と国民負担率(社会保険料と税の負担率合計の対GDP比)の国際比較によれば、日本は、27.6%、3割程度の負担率ということです。ヨーロッパでは、4割もしくは4割を超える負担率となっている国々もあるわけです。
 やはり社会を支えるための社会保障、あるいは税というものを一定水準確保しながら、安定的な社会制度を維持するといった方向性を、目指さなければならないと考えているわけです。そういう意味で連合では、2025年の時点で、ヨーロッパと同様に4割程度の国民負担が必要だろうと考えているところです。

3.連合がめざす政策実現に向けての取り組み

 この間、「社会保障と税の一体改革」として、いくつかの改革が行われています。具体的には、子ども・子育てに関わる制度改革、被用者年金一元化法も成立しました。また、低年金高齢者に対する年金の上乗せや、基礎年金の国庫負担額を3分の1から2分の1に高めることも実現しました。
 このように、連合がめざす方向の改革が今行われているわけですけれども、まだまだ不十分であるということが、この間の政府に対する評価です。
 では、ここで、連合が掲げる政策制度要求をどのようにして実現させてきているのかについてお話しさせていただきます。

(1)政府への働きかけ
 一つは政府への働きかけです。どういった政権のもとでも、連合は政府と様々なやり取りをしながら、連合が考える政策実現をめざしています。民主党政権の時は、極めて密接な連携を政府との間にとってきましたが、政権の性格によって、その連携に濃淡が出てくるわけです。連合は、この間ずっと民主党を支持しているわけですが、自民党政権のもとでも、政府と労働組合の間で様々なやり取りをしているところです。
 それから、政府への働きかけのなかで、やはりウエイトが高いのは、官僚の皆さんとの向き合い方です。この官僚制と、どう向き合っていくかが大きな課題です。自民党政権であれ、民主党政権であれ、行政府としての一貫性というものを持っているわけでして、それを支えているのが官僚制だということです。
 したがって、政府・政治家である大臣や、政務官などへの対応も非常に重要ですが、行政を支えている官僚とどう向き合っていくかということも、連合の仕事として必要ということです。

(2)政党とのやり取り
 連合は、民主党はもちろんのこと、自民、公明など様々な政党と、それぞれにレベルは違いますが、やり取りをしています。政党への働きかけをしながら、連合がめざす改革をいかに実現していくか、関係を持っているということです。
 ただし、連合は、一貫して民主党を支持しています。なぜ支持しているかというと、連合がめざす社会の方向性と、民主党がめざしているものが極めて近いからです。
 今回、選挙で敗れ、民主党は野党に転落しましたが、連合は、民主党を支持することによって、民主党を通じて具体的な政策を実現していくといった回路を、見出そうとしているわけです。

4.社会保障・税一体改革の残された課題

 この間、国民年金法等改正法案、物価スライド特例の解消、年金生活者給付金法案等が成立しました。ただ、マイナンバー法案については、廃案になりました。
 「マイナンバー」というのは、社会保障と税の共通番号です。サラリーマンは勤務先から給料等を通じて、税務当局に収入が把握されています。しかし、サラリーマン以外の自営業者等につきましては、なかなか把握できないという問題があるわけです。税の公平性を確保するために、あらゆる商取引の段階で、各自がもっている番号がなければ、取引できないようにするといった制度を確立すべきというのが、連合の一貫した考えです。
 税の持つ意味は今後ますます高まっていくわけですし、社会保障のウエイトも増大していくわけです。したがって、社会保障・税の共通番号制度を、ヨーロッパ各国同様に日本においても、早く作らなければならないと連合では考えているところです。
 それから、生活支援戦略、生活保護の見直しということが、今マスコミでも声高に言われていますが、生活保護受給者の半数は高齢者です。なぜ、高齢者が生活保護を受けなければならないかというと、年金支給額が貧弱だからということに尽きるわけです。不正支給の問題もいろいろ指摘されていますが、不正支給を全部正しても、生活保護全体の額は変わりません。まずは、生活保護を受給する必要が出ないような制度を作っていくことが課題で、そういう意味で年金制度改革というものがますます重要であると考えているところです。
 さらに、今後の高齢者医療制度についても、超高齢化社会に向かって解決していかなければならない大きな政策課題だと考えているところです。

終わりに

 人口減少社会にあって、これからの社会の中心になる若い皆さんが、本日、問題提起をさせていただいた課題について、まさに自らの問題として考えていただければと思います。
 ご清聴どうもありがとうございました。


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