埼玉大学「連合寄付講座」

2011年度後期「働くということと労働組合」講義要録

第13回(2012年1月16日)

政策立案・政策実現の取り組み(3)
すべての労働者が安心して働き、暮らせるセーフティネット

ゲストスピーカー
連合総合生活開発研究所(連合総研)主幹研究員 小島 茂

はじめに

 私たちは、2011年3月11日に発生した東日本大震災をとおして、改めて地域のつながり、支え合い、助け合いということを再認識しました。労働組合でいえば「連帯」という言葉になると思いますが、このことが、これからお話しする社会的なセーフティネットの基本、もしくは理念につながっていくのではないかと思っています。

1.人生の様々なリスクへの社会的な対応

 私たちには、生涯を通じて様々なリスクがありますが、そのサポートとして、社会的な対応があります。それは、医療保険、保育サービス、子ども手当、年金制度などで、様々なリスクを社会全体で支えていくシステムになっています。
 たとえば、労働分野では、失業した場合の雇用保険制度や、仕事上の怪我や病気については労働災害保険制度等があります。雇用就労支援では、職業訓練、職業紹介(ハローワーク)などもあります。また、賃金についても最低賃金法があり、時間当たりの賃金水準が示され、これ以下で雇ってはいけないということが法律で決められています。これも社会的なセーフティネットといえます。そして、不当解雇といった意に反する解雇や、賃金の不払いや切り下げといった問題もあります。そういったことについては、労働組合が社会的なセーフティネットの機能を果たすことになります。
 サポートの中味をライフステージごとにもう少し詳しくみていきます。保険・医療の分野では、子どもが生まれる前の母体の健康診断や乳幼児医療などは母子保健制度がカバーすることになっています。児童福祉としては、保育所サービスが0歳児からはじまります。そして子ども手当があります。2010年に金額が見直され、3歳以下の子どもには1万5千円、それ以上中学生までは1万円という金額になっています。そのほかに、児童扶養手当があり、これは一人親世帯、特に母子家庭に対する支援制度です。
 さらには、障がい者に対する様々なサービスもあります。そして、年金制度です。老齢年金だけではなく、障害を負った場合の障害年金もあります。
 このように、人生の様々なリスクに対して社会的対応がありますが、日本の社会保障制度・セーフティネットは、どちらかというと高齢者を中心に財源が配分されており、若い人や子育て支援については手薄となってきました。この高齢者以外の保障・支援を今後どう手厚くしていくか、これが大きな課題となっています。連合は、高齢者に偏りのない、全世代支援型の制度に変えていく必要があると考えています。具体的には、たとえば若い人への就労支援や住宅支援などを充実させていくべきと考えているところです。現在、政府も、若い人への支援について、様々な政策対応を行っています。

2.非正規労働者の増大と社会保障制度の課題

(1)社会的セーフティネットの機能不全
 現在、日本では、働いても生活できないというワーキングプアが増えてきています。また、貧困世帯も戦後最大となっており、生活保護受給者は年間200万人を超えています。
 さらには、大学を卒業しても全員が職に就けないという問題もあります。特にリーマンショック後は、若い人の失業率が極めて高くなっています。加えて問題になっているのは、年間3万人を超える人が自殺しているということです。この状況は、1998年から14年間続いています。
 このようになった原因の一つは、低賃金で雇用が不安定な非正規労働者が増加し、全雇用労働者の3分の1を超えていることが考えられます。非正規労働者が増えた背景には、1990年代以降のグローバル化の進展があります。2008年秋のリーマンショック後、世界経済危機が生じ、さらに円高が進みました。ヨーロッパの財政危機も加わって、今、1ユーロは90円台、1ドル70円台になっています。こうした急激な円高が続き、輸出産業にとって相当な痛手となっています。その結果、企業収益が大幅に低下してしまい、国内投資も減り、経費削減のために、リストラ、賃金を減らすということが恒常的に行われてきました。さらに、正規労働者を減らして、非正規労働者を雇うことで人件費を削減してきました。
 このようなことで非正規労働者が増大し、格差の拡大や貧困層の増大につながっていると考えられます。こうした非正規労働者は、不安定雇用に加え賃金が少ないことから、モノをなかなか買わないということになります。そうすると、消費抑制となり、今のデフレを進めるという、まさに悪循環に陥っていることが経済上の大きな問題です。
 また、非正規労働者は、賃金、生活が不安定なため、年金や医療保険の保険料を払えないということが起きています。そのため、社会保障の機能が十分に果たせない状況になっています。このような悪循環をどう断ち切るか、これが重要な課題となっています。

[1]非正規労働者と正規労働者の推移
 非正規労働者の割合は、1991年頃から急速に伸び、2010年では雇用者の34.4%を占めています。一方、労働組合組織率は、非正規労働者の割合の高まりとともに下がっています。現在、連合をはじめ、連合加盟組合が非正規労働者の組織化に力を入れ、その結果、18.1%から18.5%と若干回復してきましたが、今後さらに組織率を20%、30%へと引き上げていくことが労働組合の課題です。そして、労働組合の社会的影響力を強めて、労働者の権利や生活を守っていく、そうした取り組みにつなげていきたいと考えています。
 次に、正規労働者と非正規労働者の賃金格差の実態をみていきたいと思います。正規と非正規労働者の若い年代層では、賃金にはそれほど格差はありません。しかし、40代、50代では、非正規労働者の賃金は、正規労働者の約半分となります。そのため生活は厳しいものとなり、税金や社会保険料を払えないということになっていきます。

[2]低所得世帯数の増加と過去最大の生活保護受給者数
 日本では、非正規労働者の増加、ワーキングプアの増加に伴って、生活保護世帯が急速に増えてきました。2011年9月のデータでは、150万世帯が生活保護を受けざるを得ない状況にあり、人数ベースでは206万人と、戦後最大の受給者数になっています。
 また、厚生労働省が示した生活保護基準以下の低所得世帯は、2007年では全世帯の約12%となっています。これが単身世帯の場合は約2割となっており、なかでも飛びぬけて高いのは、母子世帯です。母子世帯では74万世帯のうち、生活保護水準以下で生活している世帯数が46万世帯となっており、約6割が生活保護水準以下で生活していることになります。本来この人たちは生活保護を受けるべき世帯ですが、生活保護の受給要件が厳しすぎるなどのため、受給していません。母子世帯の場合、母親は、小さい子どもがいるためにフルタイムで働くことができず、パートタイムで働かざるを得ないという実態もあります。そういう観点からも、全世帯への子育て支援、子ども手当てなどの重要性が叫ばれているのだと思います。

[3]拡大する貧困層
 貧困率の国際比較では、OECDが用いている相対的貧困率という考え方があります。これは、その国の国民の可処分所得(税金や社会保険料などを引いた残りの生活に使える収入)を、全国民の一番低い人から高い人へ順に並べ、その中央値の人の収入を算出します。そして、その中央値の半分以下の収入の人の割合を相対的貧困率といっています。
 この相対的貧困率では、アメリカが先進国の中で1番高く、日本はアメリカに次いで2番目、3番目は韓国となっています。しかし、一人親世帯の場合でみた相対的貧困率は、日本が1番高く、次いでアメリカとなっています。まさにこのことは、日本の子育て支援、母子世帯に対する支援の不十分さによる結果といえます。
 また、日本の子どもの貧困率も14.2%まで上がってきており、これにも非正規労働者の賃金格差が影響していると思います。

[4]若者の高い失業率
 2011年9月の日本の失業率は4.1%まで下がりましたが、若い人の失業率は極めて高く、15歳から24歳までの若年層では7%を超えています。今後は若い人への雇用支援の充実が求められており、安定した職に就くことは、モラルの維持という点からも極めて重要です。

[5]わが国の自殺者の推移
 警視庁の調べによると、日本では、自殺者が年間3万人超える状態が1998年から14年間続いています。その理由で一番高くなっているのは、健康問題を理由とする自殺です。この中には、厳しい職場環境などを背景に、うつやストレスなどによる精神疾患が含まれており、そうした問題を抱えた人たちが増えてきています。

(2)「国民皆年金・皆保険制度」の危機
 日本に居住している20歳以上の国民は、全て公的年金に加入し、また全ての世帯、個人は、公的な医療保険に加入していることになっています。これを国民皆年金・皆保険制度といい、1961年にスタートしてから50年がたちました。それぞれの制度の現在の状況を見ると、以下のような危機的状況に陥っているといえます。

[1]年金制度の現状と課題
 日本の年金制度は、1階が国民年金、2階が民間企業であれば厚生年金、公務員であれば共済年金という2階建ての仕組みになっています。そして、民間企業の被保険者グループは、1階の国民年金と2階の厚生年金の両方に加入することになっています。
 1階の国民年金は、20歳になると誰もが加入することになっており、2010年3月末現在の加入者は6,874万人となっています。年金制度では、この人たちを自営業者等である第1号被保険者、雇用労働者である第2号被保険者、第2号に扶養されている配偶者で、一般に専業主婦と呼ばれている第3号被保険者に分類しています。このように分類しているのは、それぞれの保険料負担の仕組みが違うことによるものです。
 第1号被保険者は、毎月約1万5千円の保険料を納めることになっています。第2号被保険者は、現時点では、自分の賃金の16.4%を会社と折半し、保険料として毎月の賃金から納めています。そのなかで国民年金の保険料相当分を一緒に納めることになっており、厚生年金保険料から月額約1万5千円分が、国民年金制度に廻っていく仕組です。第3号被保険者は、直接自分では保険料を納めていません。この人たちの保険料は、第2号グループ全体で負担する仕組みになっています。
 年金制度で今問題となっているのは、第1号グループの実態です。第1号に相当する人は約2,000万人ですが、そのうち生活保護を受けている人や収入が極めて少ない人については、法律で保険料納付を免除されています。こうした保険料免除者あるいは猶予者以外は、保険料を納めなければなりませんが、2005年度には67.1%だった保険料の納付率が、2010年度には59.3%にまで下がってしまいました。
 第1号被保険者の内訳は、本来の対象である自営業者、家族従業者はわずか約26%です。残りは厚生年金の適用になっていない中小零細企業のフルタイム従業員及びパート等で働く人たちが約4割もいます。さらに、無職者が3割で、そのうち半分が失業者、半分が学生です。失業者は、10年も20年も無職というわけではなく、ハローワーク等で仕事を見つけている雇用者グループですので、そういう意味では、第1号被保険者の半分以上が雇用者グループで占められているということになります。
 しかし、この雇用者の多くは低賃金労働者で、保険料が納めきれないということになっています。2010年度の納付率を年代別でみると、20歳代は5割を切っており、このまま保険料を納めない状態が続いた場合、将来無年金になってしまいます。仮に受給できても極めて低年金になってしまいます。そうなると、生活保護を受給する方向へ向かうようになり、こうした大きな問題もはらんでいることから、若い人たちが安定した職に就くことが、重要なテーマです。ちなみに、都道府県別の納付率を見ると、納付率が一番低いのは沖縄県です。沖縄県は、今の年金制度がはじまった時には日本に復帰していなかったため、沖縄県民が日本の年金制度に信頼を置いていないということも考えられますが、沖縄県は一人あたりの所得が一番低いことも保険料をなかなか払いきれない大きな要因だと思います。

[2]医療制度・医療保険制度の課題
 次に、医療保険ですが、怪我や病気などで受診した場合、その病院でかかった費用の3割を窓口で負担し、7割は医療保険が負担します。病院側は、その支払い分で医師や看護師などの人件費等を賄っていく仕組みとなっています。
 この医療保険制度には、いくつか種類があり、民間の中小企業に勤めている人は「協会けんぽ」、大手企業に勤めている人は「組合健康保険」、公務員の場合は「共済組合」、それ以外の人は、市町村が運営する国民健康保険に加入することになります。
 いま問題となっているのは、この市町村が運営する国民健康保険です。加入者の中には、収入が少ないことから保険料を納められず、滞納する世帯が2割を超えています。長期間保険料を納めないと保険証が使えなくなります。そうなると、市町村窓口では短期保険証を発行しますが、短期資格の保険証は、3ヵ月過ぎるとまた市町村窓口に行き、再申請しなければなりません。こうした手続きの問題や保険料の負担から、結局医療機関に行かないということになり、病気や怪我の悪化につながります。最近では、こういった問題が健康格差を生んでいるという指摘もあり、自公政権の時代に、無保険世帯の子どもについては救済することになりました。具体的には、中学生以下の子どもについては、親が保険料を納めていなくても保険証が使えるという法律が作られましたが、今では、その範囲が高校生まで拡大しています。

3.積極的雇用政策と社会保障との連携による社会的セーフティネット
三層構造による社会的セーフティネットの再構築

 連合では、機能不全に陥った社会保障の現状をふまえ、積極的雇用政策と社会保障との連携による、三層構造による社会的セーフティネットの再構築を提案しています。
 図表-1でいうと、一番上の労働市場では、非正規労働者あるいはワーキングプアと言われる人たちに積極的な就労支援を行い、安定的な職に就けるようにします。あるいは最低賃金の引き上げなどで生活を支えていきます。その労働政策とのセットで第一のセーフティネットとして、パート、派遣労働者などにも原則労働保険や社会保険に加入できるようにします。それによって、国民年金や国民健康保険の保険料滞納がなくなるようにします。
 次に、現状では、雇用労働者は失業給付が切れてしまうと、職が見つからないで他に収入がなければ、生活保護を受けざるを得なくなります。また、非正規労働者の多くは雇用保険に入っておらず、職を失ってしまうと、いきなり生活が困窮してしまいます。そこで、連合は、新たに第二のセーフティネットを作る必要があると強く主張してきました。その考え方に沿って、民主党政権のもと、一定の生活保障と職業訓練をセットにした、求職者支援制度が2011年10月からスタートしました。職業訓練を受けている人の生活支援として、月の収入が8万円以下の人に毎月10万円の給付金が出ています。期間は、3ヶ月と6ヶ月の訓練コースを基本に、原則として1年、場合によっては最大2年まで、職業訓練と給付金が受けられるようになっています。


(図表-1)

 そして、第三のセーフティネットですが、現在は、生活保護を受けていないと住宅扶助は受けられません。そこで、収入が少ない人に住宅補助を行い、生活保護を受給しなくてもすむようにします。これも連合が以前から主張してきたことです。まだ法律にはなっていませんが、リーマンショック以降、国の予算措置で支援する仕組み「住宅手当」がスタートしています。これを法律に基づいて制度化することが、これからの課題です。

4.社会保障と税財政の課題
社会保障の「給付と負担」と財政の現状

 2010年度の国の一般会計では、年金、医療、介護など社会保障の財源を含め、約92兆円の規模となっています。そのうちの税収入は約38兆円で、その差約54兆円のうち、10兆円を埋蔵金といわれる特別会計からかき集め、残る44兆円は赤字国債で賄われています。一方、2010年度の社会保障給付費の総額は予算ベースで105.5兆円です。国の2010年度予算の92兆円より多い金額が給付されています。この内訳は、約半分が年金、3割が医療、残りの2割が介護や子育て支援等の福祉分野です。これら財源の約6割は、医療・介護・年金などの保険料で賄っていますが、残りの約4割は国と地方の税金で賄われています。そのうち国の予算から約27兆円が社会保障の財源に廻っているわけです(図表-2)。
 一般会計の中で一番項目が多いのは社会保障関係ですが、社会保障給付費は年々1兆円程度増えていくといわれるなか、この給付増をどう賄っていくかが大きな課題となっています。先ほど申し上げたように、税収は38兆円程度しかなく、その他収入と赤字国債といわれる特例公債で賄っています。このように赤字国債で賄っていく方法では、持続的な制度にはなりません。税と社会保障の一体改革の議論では、消費税による増税が騒がれていますが、消費税だけ上げればいいというわけではなく、資産課税なども見直していく必要があります。そうした形で、社会保障関係の歳出を賄っていく必要があります。


(図表-2)

5.連合の社会保障制度改革の取り組み

 最後に、連合が社会保障制度改革に積極的に取り組むのは、社会保障制度が「助け合い」、「支え合い」という、社会連帯を原理としており、それは、労働組合にとっても運動の原点であるからです。その意味では、社会保障改革の担い手は労働組合自身であるべきと考え、また、それが労働組合の社会的役割・任務でもあると認識しています。
 これを実現していくためには、連合は、「働くことを軸とする安心社会」を目指し、「新21世紀社会保障ビジョン」と「第3次税制改革基本大綱」をとりまとめ、社会保障と税の一体改革の実践が不可欠である、という提起を行っています。
 そのため、社会的な合意形成に向け、政・労・使等の協議の場(社会的対話)づくりも担っていこうと思っています。さらに、各職場においては、長時間労働の是正、不払い残業の解消、正規・非正規間の格差是正などの取り組みを進めることで、労働組合自身が社会的セーフティネットの一翼を担うことになると考えています。そのためにも、パート労働者等の組織拡大が必要です。
 皆さんには、連合が、政策立案・政策実現への取り組み、職場段階での取り組み、場合によっては選挙等への取り組みという、3つの領域で取り組みを進めていることを、ぜひご理解いただければと思います。

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