埼玉大学「連合寄付講座」

2009年度前期「ジェンダー・働き方・労働組合」講義要録

第5回(5/27)

働く女性をめぐる課題③ ワークライフバランス

ゲストスピーカー:江間佐知子(NTT労働組合コミュケーションズ本部 執行委員)

1.はじめに

 みなさん、こんにちは。今、ご紹介いただきましたNTT労働組合コミュニケーションズ本部の江間と申します。きょうは、連合寄付講座「働く女性をめぐる課題③ワークライフバランス」をめぐる様々な課題について、労働組合は、今、どのような活動をしているのかということを講義したいと思います。
  きょうの講義は大きく三つの柱で進めます。一つ目は、ワークライフバランスとは何かということです。二つ目は、職場の実態です。NTTコミュニケーションズという職場を例に挙げて、今、働いている人はどういう状況にあるのかということをお話しします。三つ目は、ワークライフバランスに対する労働組合の取り組みについて説明していきます。
  自己紹介をします。皆さんはCMなどを通して、NTTコミュニケーションズという会社の名前はご存じと思います。NTTというと電話、ドコモの携帯のイメージが強いかもしれませんが、私が所属しているNTTコミュニケーションズは、主に国際通信の業務をしていて、世界各国に事務所があります。事業内容は、法人向けのビジネスいわゆる大企業のシステムを構築したり、サーバーといった事業所間を結ぶネットワークを作る事業をしています。
  もう一つの事業の柱は、ネットビジネスです。個人がインターネットに接続するための環境やサービスを提供する事業をしています。接続サービスと言いますとOCNがありますし、またホームページではGoogleをご存知だと思います。こちらもNTTコミュニケーションズが提供しているサービスです。インターネットで見ることができるテレビの業務もしています。
  私自身NTTに入社した時は、システムエンジニアをやっていました。私は、経済学部出身で、入社当時はインターネットのことは全く知らず、「これは勉強しなくちゃ仕事についていけない」と奮い立ち、残業も全く苦にせず、猛烈に働いていました。
  その頃は、労働組合には興味がなく、職場の組合員に声をかけられても労働組合の活動にはあまり熱心ではない社員でした。しかし、職場の上司から「労働組合の活動も必要だし、視野を広げるチャンスだよ」というアドバイスをいただき、労働組合に足を踏み入れました。
  当時は、終電まで働くのはヘッチャラでしたし、土日も必要があれば出勤していて、とにかくバリバリ働いていました。ただ、このまま3年後、5年後も同じようにこの会社で働いていけるのかどうかと疑問を感じることもありました。こうした自分の考え方の変化と、労働組合の仕事も経験した方が良いのではないかという上司のアドバイスも重なったことから労働組合の役員を引き受けることになりました。現在、労働組合活動が100%です。社員という肩書は持っていますが、9,000人近い社員を代表して労働組合の役員をやっています。
  アメリカへの赴任経験は忘れがたいものがあります。アメリカでの上司の働き方は、仕事が終わり5時になったら帰るのが当たり前でした。5分でももたもたしていると「何でサチコは帰らないのか」と叱られることもありました。日本とアメリカでは働くことに対する考え方が全く違うのだな、これまでの日本人の働き方で本当に良いのかと私自身、感じました。
  「仕事を続けていくこと」「生活すること」に関連して、私自身、今年は2つのビッグニュース、大きな転機を迎えました。一つは34歳にしてマイホームを購入し、これからローンの支払いが大変だなと思うこと、もう一つは、妊娠したことです。現在5か月目に入ったところです。これまでは仕事中心の生活ですが、これからは仕事も手を抜かずにやりたいと思いながらも、育児の部分でどのように折り合いをつけてやっていけるかなということで、こうした人生の大きな節目を私自身も経験し、一層、ワークライフバランスが非常に大事になってくるなと改めて感じているところです。

2.ワークライフバランスとは

(1)仕事と生活の調和
  ワークライフバランスを直訳すると「仕事と生活の調和」です。皆さんは、学生なのでピンとこないかもしれませんが、働き始めると一日の大半は会社にいます。私たちは、労働者という顔を一つ持つことになります。そして、私生活の顔も持っています、人によっては地域でボランティア活動をやっていたりして、どの人も3つの顔を持っているといわれます。そして、「労働者としての顔、私生活の顔、地域の生活での顔」この3つの顔のバランスをとりつつ、自分が満足しながら働いていくという生き方をワークライフバランスと言います。

(2)誰のためのもの?
  ここ最近、ワークライフバランスという言葉が広く使われるようになってきました。日本で最初使われていた頃は、少子化問題のキーワードとして使われていて「女性のための育児と仕事の両立支援」という少し狭い意味で使われていました。しかし、ワークライフバランスは「女性のための育児と仕事の両立支援」という意味だけではなく、全ての働く人が仕事、私生活、地域生活のバランスを調和させながら、満足して生きていけるようことを指すことを、ぜひ知っておいていただきたいと思います。
  一人ひとりの価値観は当然、違います。このバランスも人によって変わっていきます。私もそうでしたが、入社してすぐの頃は、仕事を覚えるのが楽しい、お客さんに喜んで欲しいということで終電まで仕事をしていても全く苦になりませんでした。一日の生活の中で、労働者の顔を長く持つことは、私にとってワークライフバランスを阻害することにはなっていませんでした。このように、ワークライフバランスのバランス具合も、個々人の価値観によって違ってきます。また、その人のライフステージによっても変わってくるものだということも知っておいて欲しいと思います。

(3)ワークライフバランスの実現のために必要なものは?
  では、ワークライフバランスを実現するためには何が必要なのかということです。会社の人たちに聞いてみると、最も多い答えが「お金」です。そして、その次が「時間」です。お金と時間がないとワークライフバランスは実現できません。それ以外に出てくる答えは「趣味」「友人」「家族の理解」あるいは「上司同僚の理解」で、これらがないとワークライフバランスは実現できないという意見が結構出ています。
  きょうの講義でスポットを当てたいのは「時間」です。価値観は人それぞれですが、やはり長時間労働はワークライフバランスの実現にとっての大きな阻害要因になっていることは現実です。そこをどういうふうに改善していくのか触れていきたいと思います。

3.職場の実態

(1)恒常的な長時間労働
  日本人はよく長時間働いていると言われます。データで見てみます。週40時間以上働いている人は、1987年が28.1%、2000年が20.8%となっています。やはり3割弱の人が週40時間を超える長時間労働をしているということです。日本の割合は先進各国から見ても非常に高いものになっています。
  6歳未満の子供がいる男性の働き方を見てみたいと思います。男性の家事育児時間を各国で比較してみますと日本は1時間くらいです。毎日1時間くらいしか家事や子供の世話をすることができないのが実態です。先進各国よりも、日本人はやはり仕事に費やしている時間が多く、家での時間が取れないという実状を見てとることができます。
  それから、男性が平日に趣味や娯楽、家事、介護といったことにかけられる時間では、これらを合計してもだいたい1時間程度です。統計で見てみると、このくらいの時間しか平日は、自分の好きなことに費やせる時間はないということです。
  では、日本人の年間の労働時間はどうなっているのかと言いますと、法律の改正、週休2日制の導入など色々な取り組みがされてきています。そうしたこともあり、総労働時間は減ってきているように思われます。しかし、これはあくまでも統計上のことでして、全ての労働者の平均となっています。ですから、パートタイムの労働者も入っています。その点をきちんと分けて正社員の年間総労働時間を見ると、2000時間以上となります。労働者全体の総労働時間は、1800時間台になっていますが、正社員だけをみると2000時間以上となっているわけです。
  なぜ、そういうことになっているのかと言いますと、パートタイムで働いている労働者が増えているからです。パート労働者の労働時間は一番新しいデータで年間1280時間程度です。一般の労働者とだいぶ開きがあって、もともと働いている時間数が違う人と一緒に平均をとっているので、それを日本の平均労働時間としてしまうと、実態と違ってしまうわけです。正社員を中心とした長時間労働は、まだまだ解決されていないことが皆さんにおわかりいただけるのではないかと思います。
  そういう問題があって、働き方の問題をなんとか改善しなくてはいけないと、関係する閣僚、労働者を代表する連合と経営者側が話し合って、ワークライフバランス憲章を出しました。その目指すところとして、例えば、週60時間以上働いている人の雇用者の割合をもっと減らしていこう、現在46.6%の有給休暇の取得率をもっと上げ、2017年までには完全に取れるようにしていきましょうなどということがうたわれています。そして、それぞれの労使の場で、その取り組みを実現していきましょうという内容になっています。
  私が働いているNTTコミュニケーションズでは、どのような実態になっているかと言いますと、残念ながら恒常的な長時間労働が続く職場です。少しでも長時間労働を是正しようと、社員にアンケートをとり、なぜ長時間労働をするのか原因を聞いてみました。その結果、最も多かった回答が「業務遂行のためにはやむを得ない」で64%でした。次が「ベストを尽くして仕事を成功させたい」となっていて非常に真面目な回答ばかりです。日本人は勤勉だと言われますが、NTTコミュケーションズも例にもれず真面目な社員が多いことがアンケートで浮き彫りになりました。このように「なんとか良い仕事をしたいので長時間労働にならざるを得ない」と考えている、答えている社員がたくさん存在するのが実態です。
  しかし、3番目には「業務量に対して人員が不足している」という回答がありました。また、「組織として仕事が非効率」というように会社の仕事の進め方や、組織のまずさが原因となっているという意見も挙がっています。
  それから、「残業代が固定給の一部になっている」という回答もありました。これは、「残業代も生活費の一部になっているため残業をしないと生活していけない」ということです。  さらに、「残業が多い方が評価される」「上司がきちんと自分の仕事を把握してくれない」「上司が忙しすぎてしっかりしたマネジメントができないから長時間労働になっている」という管理の問題も指摘されていました。これが長時間労働に対するNTTコミュニケーションズの実態です

(2)増加するメンタルヘルス不調者
  現在、長時間と同じように問題になっているのがメンタルヘルスです。NTTコミュニケーションズでも、メンタルヘルスにかかる人が非常に増えています。そのために、休職、所定内労働時間を減らす勤務制限などの制度を取っている人がいます。社員としての保障はあるのですが、収入などはほとんど入ってこなくなります。大体の人が休職をしたり、勤務を減らしたりすることでメンタルヘルスは改善され、職場に復帰できているのですが、中には治らない人もいます。また、不幸にもメンタルヘルス不調が原因で、会社を辞める社員が毎年いるという事実もあります。
メンタルヘルスの原因は、色々あるのですが、やはり長時間労働のストレスは大きな要因となりうると言われています。

(3)高いワークライフバランスに対する不満
  NTTコミュニケーションズでは、ワークライフバランスをどう思っているのかアンケートで調べました。組合員と管理者で分けていますが、組合員のうち42%が不満だといっています。管理者の傾向も似ているのですが、不満と答えた人は若干少ないように見受けられます。とは言いながらも4割の人が今の自分の働き方や生き方を不満だと思っているというのがアンケートの結果です。

4.時間外労働について

 労働基準法では法定内の労働時間は1週間40時間、1日8時間と決められています。これを超えて働かせてはいけないと規定されています。にもかかわらず、なぜ、時間外労働があるのかと言いますと、同じ法律に36条があるからです。この条文では、職場の過半数以上が組織している労働組合と会社が書面によって協定を出して、上限時間やルールを定め、それを労働基準監督署に届けたら、法定の労働時間を越えて働かせることができるように規定されています。どれくらいの上限時間にするのかは、それぞれの労使で決めることになるわけです。労働者が時間外勤務をできるようにしているというところで、労働組合が関わっているということをぜひ知っておいてほしいと思います。
  皆さんは、労働条件というと、賃金、福利厚生など色々な手当に関心が向きがちだと思いますが、労働時間も労働条件の一つだと捉えることができます。労働組合もそういう意識を持ちながら、働いている人にどうやって時間を取り戻していけるのかということを、考えながら取り組んでいるということです。

5.ワークライフバランスの実現に向けた労働組合の取り組み

 ワークライフバランスに向けた労働組合の取り組みは、次のことが挙げられます。
  一つ目は、長時間労働を、どのように是正していくのかということです。
  二つ目は、対話活動をすることです。職場のニーズはどこにあるのか、それを把握していくことは、とても大切になります。また、長時間労働の問題もワークライフバランスにとってよくないことだと自覚していかないと、忙しく働いている組合員たちはそのことに気づくことができない人も中にはいます。こういう対話活動や啓発活動も組合の大切な活動の一つになっています。
  三つ目は、働きやすい環境づくりです。先ほどの長時間労働の問題も働きやすい職場づくりの一部と言えるかもしれません。特に、育児と介護とか時短が必要となってきた時期に、それを可能とするような制度を作っていくことが大切となります。制度をどうやって作り改善させていくのかということと、制度を作った後、利用しやすい環境づくりをきちんとやっていこうということをやっています。
  次世代育成支援対策推進法が施行され、今、企業では、男性も女性もワークライフバランスを重視して仕事ができるようにする取り組みが進められています。こうしたことを労働組合でチェックしていくことは働きやすい環境づくりの一つといえます。

(1)労働時間適正化の取り組み 
  労働時間適正化の取り組みについてお話しします。2003年時点で、NTTコミュニケーションズの年間労働時間は2000時間を超えていました。この事態を何とかしなければいけないということで、労働組合と会社で話し合い、知恵を出しあって、「ワークライフバランス委員会」を立ち上げました。年間労働時間を1800時間台に短縮することを目指しました。それと同時に不払い残業をなくすことを二つの柱として活動を続けています。
〈労使間のWORK ― LIFE委員会による取り組み(2003年以降)〉

①年間総労働時間短縮
  年間労働時間の短縮には二つの方法があって、一つは、休みをきちんと取っていくことです。もう一つは、業務のプロセスの見直しです。この二つを目標に、取り組みを進めています。いわゆる会社の人事部局と、私たちのNTT労働組合コミュケーションズ本部とで話し合い、会社全体でどのような取り組みを行っていくのか、大きな方針を決めています。それに対して職場ごとに、どうやって進めていってもらうのか議論してもらいます。
  NTTコミュニケーションズという一つの会社をとってみても、営業の担当者、システムの開発を担当している人、そのシステムを運用・保守している担当者など様々な業務に就いている人がいます。働き方、長時間労働の課題も本当に様々、幅広くなります。このため、こうした様々な職場の状況に合わせ、きめ細かい対応をとっていける取り組みを進めています。
  その時に意識をしたのは、必ずしも数値目標ありきではないということです。結局、お客さんを相手に業務をしている時に、時間だからといってお客さんをそのままにして帰ることはできないわけです。「必要な業務はきちんとこなしましょう」が基本のスタンスです。そして、働いた分は対価をもらう、極めて当たり前ですが、こうした意識、行動を徹底させていくことが最初の目標でした。
  もう一つの目標は、休暇を取るということです。私たちの会社は、年間20日の有給休暇が付与されています。有給休暇を取らずに消失させてしまう人がかなりいます。企業全体で見た場合、有給休暇の取得率は5割前後ですから、NTTコミュニケーションズの社員は取得している割合は高いと思いますが、それでもかなりの社員が有給休暇を失効させているのが現状です。計画的に年間を通して休暇を取るという取り組みを進めてきました。きめ細かく対応し、四半期ごとに一人ずつ有給休暇が、どのくらい残っているのかというチェックも行いました。また、有給休暇があっても、取りにくいという人もいました。そのため、結婚記念日、誕生日などにはアニバーサリー休暇を取りましょうという声かけも行い、有給休暇の取得を向上させていきました。
  また、夏季休暇、年末年始休暇、ライフプラン休暇もあります。これは、働くごとに積み立てられてきた休暇で、社員がリフレッシュやボランティアをするために取得する休暇です。この休暇を知らずにいたり、知っていても溜まっていたりする社員がたくさんいましたので、こうした休暇の取得促進にも取り組みました。
  次に、時間外労働の削減にも取り組ました。数値目標だけを掲げても、時間外労働は減っていきません。アンケートをとって何が非効率となっているのかについて分析をしました。その結果、「仕事が属人的になっているので、帰りたくても自分がいないと仕事が進まない、他の人に頼めない」という回答が目立ちました。また、「意思決定プロセスが多岐にわたり複雑すぎるため、意思決定に時間がかかりすぎる」という回答が寄せられました。こうしたアンケートを、私たちは会社と協力してとっていきまして、アンケートで寄せられた回答や意見を通して、どうやって働き方の意識や職場環境を改善していくのかということを話し合っています。この取り組みは、2003年から続いていて、こうした活動を続けていくことが業務内容の見直しにつながると思います。
  また、一人ひとりが意識を持つことは大切です。水曜と金曜はノー残業デーに設定して、この日は残業をしないで帰ることを徹底しています。
  一方、会社が社員に残業をさせる時は、その理由を労働組合と協議をします。その時のチェックを強化しました。私たちが一番心配しているのは、過重な労働になった時、組合員の健康上の問題がおきないかどうかということです。
  その協議では、残業の理由を聞いて、本当にその日の時間外にやらなければいけない業務なのかを見極めます。また、いつもこの部署だけ、この人だけということではなく、きちんと仕事量が標準化されているのか、業務プロセスの改善、必要な対策がきちんと実施されているのかなどということを話し合っています。非常に地味な取り組みですが、一人ひとりの働き方に目配せすることを通じて、時間外労働の削減につなげてきたという目的があります。

②不払い残業の撲滅
  労働組合が厳しいから時間外をしてもそれを時間外労働とみなしませんということでは意味がありません。「不払い残業」は法律違反で、企業も罰せられます。私たち一人ひとりが「不払い残業」をしてはいけないという意識啓発をし、労働組合の役員が時々職場を回って、勝手に残業していないかどうかをチェックするなどしています。
  また、会社のビルの入退館記録のチェックをします。時間外労働は、あくまでも申告に基づき、承認されてから行います。しかし、少なく申告したり、予定よりも多く働いたのに修正しなかったりする人がいます。そういうこともなくしていきましょうという取り組みをしています。
  会社のビルに入る時、セキュリティーの関係上からも、カードで承認するようになっています。そのシステムにより誰が何時に来て帰ったのかを把握できますので、こうした入退館記録と勤務時間とを照合させ、「不払い残業」が行われていないかどうかをチェックする取り組みもしています。
  私自身は、意識の部分が非常に大切と思っています。こうした取り組みと並行して適正な服務のためのハンドブックを作って、一人ひとりに配って、働くことに対する考え方、法律のこと、時間外労働のルールなどを正しく理解していただく取り組みもやっています。

③取り組み結果と課題
  2003年から取り組んできた結果がどうなっているのかと言いますと、2003年当初は年間労働時間が2000時間を超えていましたが、今は1900時間台まで減少し、時間外労働も55時間くらい減っています。有給休暇の取得も日本の企業全体では取得律は46.6%ですが、NTTの場合、9割くらいの取得率となっていますので多い方になると思います。
  ただ、年間総労働時間を見てみますと、ここ最近は横ばいとなっています。取り組みを始めた頃は、かなり無駄な部分があって労働時間を大幅に減らすことができたのですが、最近は、停滞して1時間プラスマイナスあるかないかという状況になっています。1800時間台(たとえば1899時間でもOK)を実現するためには、労使で知恵を絞っていかなければいけない状況にあるということです。
  世界的に景気が低迷している中、NTTコミュニケーションズの業績も悪くなっています。企業環境が厳しい中、社員の数も大幅に増えることはありません。業務量と比べて、少ない社員に負担がかかっているわけで、そうした状況の下、労働時間短縮の目標を掲げても職場の環境改善はなかなか難しいわけです。
  ワークシェアをできるかぎり進めようとしていますが、まだまだそれは達成できていません。例えば、AさんBさんが担当している仕事を、いきなりCさんDさんにやってくださいと言っても、なかなかできません。労働をどうやって標準化させていくのか、労使で知恵を出し合い考えています。
  去年の時間外労働の予測を出してみますと、500時間以上と極めて高い社員がいました。こういう突出している社員にスポットを当てて対策をやっていくことを、現在、労使で議論をしています。限られた社員の中で成果を出していくことは、こういう社員に頼って、仕事を頼み、成果を出していく面もあります。そういう中で、労使がどこまでワークライフバランスの大切さと時間外労働の短縮を実現していくという強い意志をもって、労使で議論をしながらきちんと取り組んでいきたいと思っています。

〈労使健のメンタルヘルス委員会による取り組み(2005年以降)〉
  次に、労働時間との関係で労働組合がどのような取り組みをしているのか話したいと思います。先ほどお話したメンタルヘルスは、一つの病気ということで専門家でないとなかなか判断できない、対応できない面があります。
  そこで、健康管理センターにも入ってもらって、労使と三者で社員のメンタルヘルスについて改善していく取り組みを始めています。取り組みの柱としては、一つは早期治療です。症状がひどくならないうちに、何かの対策を打つことが早く良くなるための必須条件です。
  また、皆さんも社会人になれば経験すると思いますが、自分のやりたい仕事を常にやれるわけではありません。自分のやりたい仕事ができない時、それをどう受け止めて、次の仕事につなげていくのかということが大変大切になってきます。そういうキャリア形成支援をきちんとやっていこうということが取り組みのもう一つの柱です。この二つの柱を立てて取り組んでいます。
  取り組みの事例としては、職場の周りの人がメンタルヘルス不調に気付いてあげないと、本人はなかなか気が付きません。このため、職場に専門知識を持っている人間を増やしていこうとメンタルヘルスキーパーという資格を取得した人の養成を、会社と労働組合が一緒になってやっています。私も2年前にその資格をとっています。
  EAPというサービスも導入しました。これは、組合員だけでなく、家族も含めて無料でカウンセラーに相談できるサービスです。会社にも産業医がいますが、そこに相談に行くと周りに知られてしまうのではないかなどという理由から、自分で相談に行く人は少ない現状です。このため、全社員カウンセリングを実施しています。ただ、9,000人全員にカウンセリングを行うわけにはいかないので、主査と係長と言われる管理職一歩手前の社員、そして入社2年目の社員を中心に実施をしています。
  入社2年目で悩んでいる人が、たくさんいるわけではありません。でも、早い時点でこうしたカウンセリング制度があると知っていただけると、後々、何かあった時に思い出してもらえるのではないか、効果があるのではないかと信じて、ターゲットを絞って取り組みを続けているところです。

(2)対話活動によるニーズ把握と啓発活動
  ワークライフバランスの実現に向けた労働組合の取り組みの二つ目として、職場のニーズをきちんと把握していくことも挙げられます。ワークライフバランス対話会、職場の人に集まっていただく活動もあります。かつては女性社員ばかり集まっていたようですが、私が担当になった時に、職場の状況に合わせて変えました。
  男性女性双方を対象として、対話会の話題もワークライフバランスは必須にしています。年配の方が多ければ、介護の話題にするなど、1時間くらい皆さんとざっくばらんに話をする時間を作っています。
  その中で、寄せられている意見を紹介しますと、「もっと柔軟な働き方をしたい」という理由からフレックス勤務とかシフトタイムの導入を希望される人が多いです。また、「各種制度を直してほしい」「制度の使い勝手が悪い」という意見、あるいは、「今、制度を利用しているが、それによって自分の評価が悪くなっているのではないか」「自分のキャリアがだめになっているような気がする」といった意見、改善の要望が対話会を開催するとかなり寄せられます。

(3)働きやすい環境づくり
〈各種制度の充実・改善要求〉
  組合員から意見、改善の要望をもらった中で、労働組合はどうしたら制度が良くなっていくのかを考え、実現していきます。一つは制度の改善を行います。100人社員、組合員がいると100パターンの要望があります。一人の意見だけを聞くというのではなくて、プライオリティーをつけながら一つひとつ改善をしていきます。会社は、「○○をしてください」と言って、「はい、わかりました」とすぐに実行するところではありません。制度を変更することで会社側にどういうメリットがあるのか、あるいは、どれくらい職場が良くなるのかということを切に訴えて、労働組合の要求を会社に認めてらえるようにという交渉を続けていきます。
  在宅勤務を希望する社員も非常に多くて、導入までに非常に時間がかかりましたが、3年前からそうした制度も導入しています。2009年の3月の春闘で私たちが求めたのは、時間外労働の賃金の割増率の引き上げです。普通に働いている時間単位を出した時に時間外についてはそれに対して割り増しされます。労働基準法では、時間外労働をしたら25%以上、休日勤務の時は35%以上、深夜22時以降時間外労働にプラスしてさらに25%の割増率を賃金に加えることを法律で規定されています。
  NTTコミュニケーションズでは、それを上回る制度を作っています。25%にするなど少し上積みしていたのですが、2009年の春闘ではさらに上積みするようにと要求しました。なぜかと言いますと、会社は、人を一人雇うよりもたくさんの社員に働いてもらった方が、コスト意識からすると得な場合が多いのです。なので、時間外割増率が低いと、下手をするとどんどん時間外をさせられることにもなります。
  労働の価値を高めるという言い方を労働組合ではするのですが、時間外で働いた場合は、正規の賃金よりもたくさん対価を支払ってもらうということで、この割増率を求めています。この点も、時短、労働時間の短縮と絡む視点から大切なことであるとし、連合も日本の割増率は諸外国に比べ低いではないか、法律でもっと割増率を上げるべきだ、あるいは個別の労使の中で、改善を図るべきだという意見が出ています。
  残念ながら春闘での要求はまだ決着していません。2010年9月から労働基準法が改善されるのですが、それに向けて継続的な交渉をしていきましょうということになっています。しっかりと取り組んでいきたいなと思っています。

〈男女がともに働きやすい環境づくり〉
  制度のことに関して、一つだけ触れておきたいことがあります。私が労働組合の役員になって、対話会での意見を踏まえ改善を行ったのが、育児の短時間勤務制度というものです。4時間、5時間、6時間という中から選択をしてもらい、賃金もそれに見合って減る、ボーナスも減るという制度です。
  当初、小学校1年生までは必要であれば、男性でも女性でも取れる制度でした。一見、革新的な制度に思えるものですが、実際、組合員にとってはありがたい制度ではありませんでした。今、保育園は延長保育などがあって、6時7時まで預かってくれるのですが、小学生を預かる学童保育は5時で終わってしまいます。そうなると、もっと延長して取れないと困るという意見があって、2年前の春闘では、小学校6年生までに延長しましょうと出しました。最近は、子どもを狙う凶悪な事件も続いていたことを大きな要因です。
  しかし、会社側は、1人の社員が小学校6年生までの12年間、短時間勤務を取れるということは、戦力として非常に損失と考える部分が大きいということでした。それで、小学校3年生ということで交渉の中で折り合いをつけてきました。このような制度の要求をやってきました。
  こうした制度を改善することが労働組合の機能と言えます。それと同時にその制度を取りやすい環境を作っていくことがとても大切です。ところが、どういう制度があるのかわからないという組合員が非常に多くいます。自分の権利を行使しようとしたら、それを調べて知るべきだということも正直思うのですが、実際、育児とか必要になるまでは、その制度には興味がない、わかないのが組合員の実状です。いざ、自分が育児をする立場になった時、制度がわからない。それで、上司に聞いたりするのですが、上司も男性だったりして、会社が導入している制度が全然わからない、知らないケースがあります。
  それで、取れるはずの制度が取れなかったという意見が非常に多かったので、会社に話し、制度をもっと広めようということで社員専用のホームページに制度紹介というページを作りました。また、育児や介護の両立支援に関するハンドブックなども作り、制度の周知を徹底しています。
  ただし、紹介だけに止まっているだけではだめで、職場の上司や仲間の理解が得られなければ制度は取れないわけです。職場の社員に子供が生まれれば、嬉しいことだとは思うのですが、仕事が非常に忙しい時に人数が一人でも減ってしまうとなると、「人が減っちゃうんだね」ということになります。やはり、周りの理解や暖かい声援がないと、こうした制度があるだけでは、なかなか制度を利用できないというのが実態です。従って、職場のキーマンになる管理職に、こういう制度があること、仕組みを正しく理解してもらう研修を行うことなど、環境づくりの観点から労働組合は活動を続けています。
  また、セミナーを開催したりもしています。先ほど次世代法の話がありましたが、なんとか第一回の行動計画は達成することができて「くるみん」という認定マークを取得しています。「くるみん」のようなマークを取得する時に多くの企業でネックになってくるのが、男性の育児休暇取得者がいるかいないかということです。行動計画期間は3年間だったのですが、NTTコミュニケーションズという会社は10,000人ぐらいの従業員がいるのですが、その中で育児休暇を取っていた男性はたった3人でした。平均年齢が38歳くらいの会社ですから、比較的育児世代が多いはずではあるにもかかわらずです。制度の周知が悪いのか、周りの理解がなかなか得られないのか、もっと端的な問題としては、賃金保障や評価のことが問題となってきます。このため、そういう点をいかに向上させていけるかが、大変大切だと感じています。
  こういう制度を取る人を優遇するということになってきますと、取得していない社員からは不平等感が出てきます。ですから、優遇するというのではなくて、そういう制度を使った後に、また社員として働けて、そこで成果を出した時に、遅れた分をきっちりリカバリーできる制度が大切なのではないかと思っています。これには、男性が育児休暇を取っても経済的に心配ないようにする、国をあげてもっと取り組まないとなかなか実現できないのではないかなと感じています。

(4)その他
  最後に、その他の取り組みを紹介します。
  ワークライフバランスには三つの顔がありますということで、「地域」というのもとても重要だと話しました。猛烈に働いている社員は、地域にかかわっている暇はないのです。なので、時間があいたので地域活動をやってくださいといってもそこにはなかなか参加できないことがあります。労働組合では労働者のネットワークを使って色々な地域でイベントやボランティア活動を行っています。
  また、私が今まで講義してきたことは、NTT労働組合とNTTコミュニケーションズという個別の労使関係での話をしてきましたが、労働組合がない企業も日本にはたくさんあります。そうすると個別の労使関係で解決できないこともたくさんあります。先ほどの時間外割増率も、会社はなかなか「うん」とは言いませんが、法律が変わればすべての労働者に適用されるわけです。こういう制度の改善にもきちんと対応していこうということになると、連合という労働者を代表する組織がきちんと政策を作って、国を良くするということをやっていかなければいけないのだろうなと思います。

最後に

 最後に、皆さんにメッセージを贈ります。まず第一に、各自の意識がないとワークライフバランスはなかなか実現できないということです。これから皆さんも社会人になられると思いますが、自分がどのような状況でいたいのか、自分のことをよくわかるようになって欲しいと思います。
  第二に、今しかできないことを大切にして欲しいということです。私も学生時代は、すごく時間が余っているという認識でいたので、バックパッカーで海外旅行に明け暮れていました。皆さんも今しかできないことを、どんどんやっていただきたいと思います。
  第三に、物事は、捉え方次第だということです。何か一つのことが起きた時に、それを不幸だと思うのか、チャンスだと思うのか考え方次第です。ですから、皆さん、必要以上に悲観的にならずにいて欲しいです。
  最後に、長いスパンで物事を考えて欲しいということです。今、困っているとか、今はだめだというのではなくて、これが1年後2年後にはどうなっていくのかという目で見ると、目の前の問題が、実は非常にちっぽけなものだった、ということになるのではないかなと思います。私自身12年社会人をやってきて、色々悩んでいます。これからも出産して育児というところで悩んでいくと思います。でも、私自身も長いスパンで物事を考えていくようにしたいと思っています。皆さんもぜひ、そういう意識を持って楽しい社会人生活を送っていただければと思います。きょうは本当にありがとうございました。

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