埼玉大学「連合寄付講座」

2009年度前期「ジェンダー・働き方・労働組合」講義要録

第4回(5/20)

働く女性をめぐる課題② 処遇とキャリア形成

ゲストスピーカー:篠原淳子(連合生活福祉局長)

1.はじめに

(1)講義内容のポイント
  みなさんこんにちは。ご紹介いただきました連合本部の生活福祉局長、篠原淳子と言います。きょうは私自身の職場、労働組合の経験を交えながら、わかりやすく講義をしたいと思います。きょうは「働く女性をめぐる課題②処遇とキャリア形成」について講義をします。
  皆さん、個別の企業で働くことをイメージしてください。募集があり採用があり、そして入社します。会社では様々な仕事をしていき、色々な経験をし、知識を重ねていきます。結婚をし出産を経験することもあります。そして、キャリアを重ね、昇進し、最後は定年退職を迎えます。それぞれの場面場面においてキャリアが形成されます。
  きょうは、働く女性がその場面ごとに経験する課題をピックアップし、その場面ごとに労働組合が、どのような役割を果たしているのかを講義します。
  私が東芝に入社したのは、1981年、昭和56年です。その時の状況と近年とを比較してどのように変化しているのか、労働組合がどのような活動をしているのかなどを講義したいと思います。
  ひとくちに労働組合といっても色々な形態があります。私は、東芝労働組合の本社支部の出身です。その職場で、労働組合はどういう活動をしているのかと言いますと、例えば、皆がもっと働きやすい職場環境にしていくには何が必要なのかという取り組みを行います。
  それから、産業別労働組合があります。東芝の場合、産業別労働組合は、電機連合になるわけです。この産業別労働組合の電機連合には、松下、日立、NECなどの電機のメーカーの労働組合が集まっています。電機だけでなく自動車産業において自動車総連という産業別労働組合があります。また、サービス・流通連合といって百貨店やチェーンストア等の関係する労働組合で構成されている組織もあります。産業別労働組合は、それぞれの産業が発展していくためには、今後どのような活動をやっていくのか、また、どのような方針を提起していったらよいのかなど、産業実態を踏まえた取り組みを行っています。
  そして、ワークルールや税制、社会保障など働く者全てに関わる課題については、中央組織の連合で取り組むことになります。このことを、まず、押さえていただきたいと思います。

(2)1980年代と近年のキャリア形成の概要
  1980年代から近年にかけての女性の雇用率の変遷を見ると、女性の雇用率は、どんどん上がっていることがわかります。勤続年数を見てください。私が入社した昭和56年は6.2年でした。6年くらい勤めると会社を退職して、次の会社にいくか、もしくは結婚や出産で辞めるかということになっていたわけなのです。それが、平成元年には7.2年、平成16年では9.0年となっています。また、高卒の平均勤続年数は9.7年となっています。
  ここで押さえていただきたいことは、男性の平均勤続年数には、大きな変動はないのに比べ、女性は平均勤続年数がどんどん上がってきているということです。

2.募集・採用

(1)1981年~近年:男女雇用機会均等法の影響
  さて、募集・採用についてお話しします。私が入社した当時は、「男性何人、女性何人」という採用の方法でした。残念ながら、採用する人もその周りの人も「女性は採用してもすぐに辞めちゃうからね」という雰囲気があって、女性は、入社しても基本的には補助的な業務にしか就かせてもらえなかったことが多かったです。この当時は、男性女性という「性」で差別することがいたる職場で見られました。
  大きな転機は、1986年に男女雇用機会均等法が制定されたことです。ILOの批准があり、国際世論に後押しされるようなこともあり、男女雇用機会均等法が成立しました。男性女性とも「性」で区別せず、均等に扱っていくことが先進国の役割です。
  しかし、男女雇用機会均等法が制定された1986年当時でも、男性女性の差別をしてはいけないというものではありませんでした。どういうことかと言いますと、女性を差別してはいけないというのが1986年の均等法の柱でした。均等法は、その後、2回改正され、2007年には男性も女性も差別をしてはいけないという内容にようやくなりました。とはいえ、間接差別の問題など、改正すべき点はたくさん残されています。
  均等法が施行され、個人や会社の意識が少しずつ変わってきたことに加え、育児介護休業法も施行されました。こうした制度ができたおかげで女性は働き続けることができるようになりました。

(2)単位組合・支部・連合の取り組み
  東芝は、かつては男性何人女性何人という採用方式でしたが、現在は事務系何人、技術者何人という職種で採用するようになりました。職種の内容もきちんと明記されています。さらに、女性の職種も広がりました。大型車のドライバーや流通業にも広がり、これまでは男性しかいなかった職種に、女性がどんどん進出するようになりました。
  こうした中で、労働組合は、様々な取り組みをしてきました。例えば、職場の啓発活動です。採用された人のうち女性は何人なのか、女性社員の割合を会社から教えてもらい、女性が足りない時には「この部署は、もう少し女性を活用した方が会社のためにも良い」ということを、労働組合の立場から社長や役員に主張してきました。
  連合の取り組みとしては、採用に関する実態アンケートを、最近、行いました。就職差別につながることがあってはいけないということが目的です。本人の適正や能力を見て採用するのが本来の方法ですが、例えば、「あなたは結婚しますか、しませんか」とか「あなたはどんな環境に育ちましたか」ということを採用条件に入れることは差別につながります。そういう実例がないかどうかをアンケート調査しました。アンケート結果は、連合のホームページを見ていただきたいと思います。こうした働く者全体に関わる課題について連合は取り組んでいます。

3.職場での仕事

(1)1981年~近年:活躍の場の広がり
  次に職場での仕事、日常的な課題に入っていきたいと思います。私が入社した当時は男性中心ということで、女性は営業職などで活躍することはなかなかありませんでした。どういう仕事をやっていたのかと言いますと、お茶くみ、現在のコピーの前身である青焼きとか、パソコンがない時代でしたので誰かが作った企画書などを清書するとかの仕事です。
  私の場合は、情報処理の勉強をしてきたのでシステムの仕事ができました。もちろんお茶くみもやりましたが、通常の女性に比べれば、専門的な仕事をやっていました。しかし、私のような働き方をする女性は圧倒的に少なかったです。ほとんどの女性は補助的な仕事、いわゆる庶務さん的な仕事でした。そうした職種から営業、技術職といった職種に転換することは非常に難しい時代でした。
  労働時間の制約もありました。例えば、私がコンピュータのプログラミングのため残業していても午後10時前になると主任が「女の子はそろそろ帰りなさい」と職場を廻ってきます。「女の子」なんですよね、まだ、当時は。なぜ?男性が遅くまで仕事ができて、女性はできないのかと言いますと、労働基準法で決められているからです。女性は時間外労働をこのぐらいまでしかやってはいけないことが決められていましたし、深夜業も禁止でした。
  基本的には、母性保護を根拠にしての間接的な保護です。女性は、将来子どもを生むので、母性保護の観点から深夜業をやってはいけない、時間外労働はやってはいけないというための保護だったわけです。しかし、本当にその保護が良いのかどうかという議論があります。妊娠や出産をした時には、保護をしなければいけないことは当たり前のことですが、このような母性保護は働く上で、大きなネックになっていました。
  近年、均等法によって女性を差別してはいけないということが法律化され、労働基準法も改正になりました。1998年に母性保護が強化され、妊娠、出産をした時に、通院も休暇扱いになったり、産前産後休暇ももっと強化されるようになりました。さらに1年後には、時間外や深夜労働が女性もできるようになりました。この時に、保護という部分が解消され、女性が働く上で、とても大きな影響を与えたことになります。
  「平等と保護」は、本当に良いものなのかどうかという議論があります。女性は、子どもを産むから保護をするという道理はわかります。ただ、その一方で、もっと仕事を頑張ってやりたいという女性もいます。私からすると、女性保護もきちんと強化をし、また労働時間は女性も男性も一緒に働けるような環境ができたということは、非常に良い社会の流れだったと思います。
  法律や制度改正に加え、働き方の意識も変化してきました。結婚しても出産してもずっと働きたいと考える女性が増えてきたことです。私が入社した1981年前後は、「女らしさ」が非常に求められていました。しかし、今は、「自分らしさ」を全面的に出すということが、当たり前の社会になってきたと思います。

(2) 単位組合・支部・連合等の取り組み
  そうした流れの中、労働組合はどのような取り組みをしてきたのかについてお話しします。例えば、単位組合や支部では、職場の啓発活動、アンケートなどの実態調査など様々な活動を続けてきました。具体的に言いますと、「あなたは何時間くらい残業をやっていますか」や「年次休暇はきちんと取れていますか、お休みは取りにくくないですか」などのアンケート調査を行います。その結果を踏まえて、「あそこの職場はちょっと雰囲気が悪いよ」という結果が出ると、会社を通じて、その職場の場長と職場委員とが、職場の雰囲気を良くするためにはどうしたらよいのかなど対策を話し合います。
  また、営業担当者、プログラミングの担当者などを集めて残業時間やメンタルヘルスは大丈夫なのかと意見交換する懇親会を開いたり、労働組合としての相談窓口も設置しています。
  さらに、セクハラへの取り組みもあります。私が支部の役員をしていた時、ある女性から「職場の上長からセクハラを受けている」という相談がありました。「出張に一緒に行こう」とか「お酒の場にしつこく誘われる」などの相談を受けました。私一人で解決できないと思ったので、書記長にも相談し、解決をしたことがありました。こうした相談も労働組合では受けつけている、職場で起こうるありとあらゆることに対応しているのが労働組合の活動です。
  均等法をどのように改正するのかなど働く者全体に関わる課題は、連合の大きな取り組みの一つです。間接差別というわかりづらい言葉を、わかりやすい言葉に変えていくなどの取り組みには、連合の力が必要です。均等法に限らず、色々な法律を連合の力でもっとわかりやすい内容に、働きやすいように改正していくことが非常に重要です。それから情報の共有化も大切です。色々な情報を集め、組合員の皆さんにお返しすることです。

4.昇進・昇格

(1)1981年~近年:管理職の広がり
  今の職場では、なかなか昇進昇格ができづらくなっていますが、以前は、男性の場合、普通に仕事をやっていれば課長になる部長になるという昇進昇格ができました。でも、女性の場合は、男性が10仕事をやったら、20も30もやらなければ昇進ができなかった時代でした。なかなか女性の管理職がいなかったわけです。しかし、最近は、女性、男性に関係なく優秀な人材を使わないともったいないことを、企業もようやく理解してくれたということで、男性女性の区別なく優秀な人材を活用することになってきました。
  皆さん、ポジティブアクションという言葉を、聞いたことがありますか。ポジティブアクションの取り組みとは、例えば、男性女性の労働者に格差がある時に、その格差を解消しようと企業が行う主体的かつ積極的な取り組みのことです。具体的に言いますと、昇進する時に、試験で同じ点数の男性と女性がいたとします。このうち一人しか昇進できない場合、職場全体を見た時、女性が少なければ、まず、女性に管理職になってもらいましょうというのがポジティブアクションの取り組みです。
  産業別労働組合でも、ポジティブアクションの取り組みをしています。女性の活用をもっと広げることを会社に対して提言しています。実態調査をし、その結果を会社に伝えるという取り組みもやっています。
  しかし、2006年時点で、どのくらいの女性管理職がいるのかと言いますと、ある産業では1%にも届いていません。主任は100人のうち5人か6人くらいという非常に少ない数字です。このような取り組みも行われていますが、まだまだ進んでいないのが現状です。

(2)単位組合・支部・連合等の取り組み
  それぞれの労働組合では、懇談会を実施するなどの取り組みを続けてきました。職種別の懇談会ということで、課長や部長にも参加していただいて、日頃、職場でどういうことに困っているのか、何か工夫して改善できることはないのかなどを意見交換する場を、労働組合として作っています。

5.結婚・出産・子育て

(1)1981年~近年:制度の充実
  結婚、出産、子育てという場面を考えたいと思います。1981年当時には寿退社や出産退職で会社を辞めていく女性がほとんどでした。先ほどもお話したように、平均勤続年数は6.2年ということで、例えば、18歳や20歳で入社して、20歳代後半くらいで結婚して出産をして会社を辞めるのが、当時の社会では当たり前でした。私が入社した時、ある先輩が出産で会社を辞めることになりました。その先輩が、皆の前で挨拶をしたときの笑顔がすごく素敵で本当に幸せそうだったので、私も職場の皆から「良かったね、おめでとう」と言われて出産退職をすることが夢でした。退職するのになぜ?「おめでとう」と言われるのか不思議に思っていた面もありましたが、当時は、「寿退職」が非常に多くあったということです。
  かつては、結婚や出産の時にお祝い金が出ていました。1981年頃は、上長に「子どもができました。○月に出産します」と伝えると、上長は「いつ辞める?」という返事が自動的に返ってきました。会社を辞めることを伝えたかったわけではないのに、結婚・出産を報告すると「いつ辞めるの?」という会話が自然に行われていました。
  近年では、育児介護休業法はじめ色々な制度が整っています。例えば、育児や介護をするためにお休みを取りたい場合、会社はきちんと取らせなければいけないという法律ができました。介護休職はまだ少ないですが、育児休職制度を取られる女性は増えてきました。男性も育児休職は取れるのですが、男性で育児休暇を取る人は増えていません。それでも、仕事と育児が両立できる制度は整ったということです。
  仕事も家庭もバランスよく保つような働き方をしようというワーク・ライフ・バランスが連合でも取り組まれています。ワーク・ライフ・バランスは、結婚、出産、育児に限定したものではないと思います。労働時間やキャリアアップの問題もこの中に含まれています。
  さらに、制度が充実したことによる職場の風土と使う人のモラルが問題になってきています。職場には、それぞれの風土があります。私は東芝ですが、同じ産業であっても東芝の社風と日立の社風には違いがあります。それから、制度を使う人のモラルも大切です。「制度があるから、どんどん取ってしまえ」ということではなくて、やはり使う人もモラルをもって使っていかなければいけないと思います。

(2)単位組合・支部・連合等の取り組み
  単位組合、支部では、組合員の話を聞く、情報を得ることが労働組合活動の命ですから、出産や子育てに関する懇談会を行いました。例えば、ワーキングマザー懇談会を支部で開いています。具体的に言いますと、子育てをしながら働いているお母さんたちに集まってもらって、どこの託児所がよいとか、住んでいる自治体のサービスが充実しているとか、色々な情報交換をしてもらうことが目的です。また、子育ての先輩に講師になっていただき、これから出産を迎える人や、育児休職明けの人に参加していただき、仕事と子育てを効率よくできる方法や、託児所や保育所の情報などをアドバイスをしてもらっています。このような情報交換の場を提供しています。最近では、ワーキング・ファーザー懇談会もできたと聞いています。子育てを始めたお父さんが、先輩のお父さんから色々な情報を聞くという活動も支部の活動では行っています。
  さらに、子育て支援についての制度の説明会もしています。様々な子育て支援の制度をどのように使えばよいのか、どういうような手続きで利用できるのかという説明会を開いています。また、労働組合の機関紙を使ってPRするとか、ホームページを使って情報を提供する取り組みも続けています。
  電機連合としての取り組み事例①「配偶者の出産時の休暇の充実」
  産業別労働組合や連合の取り組みとしては、育児介護休業法をもっと充実させるなどの政策実現活動を積極的に行っています。ワーク・ライフ・バランスについても、具体的に政府に発言していく、情報の提供をする、色々な取り組みをしています。取り組みの一つを紹介します。男性はなかなか育児休職を取らない、あるいは取りにくいという問題について扱うとすると、東芝の労働組合だけではどうしても力が限られてしまいます。ならば産業別労働組合でスクラムを組んで、産業別労働組合全体で色々な制度をレベルアップしていこうと取り組みを強めていきます。
  具体的には、配偶者の出産時に焦点をあてました。「妻が出産をする時、夫も休暇を取れる制度を作りましょう」という要求を出しました。この制度は、次世代育成支援の取り組みについて何かやりたいということと、男性にも積極的に出産や育児にかかわってもらいたいという視点で作ったものです。どこでそういう話をしたかというと居酒屋でお酒を飲みながら議論をしました。男性にも育児や出産に参加できる制度を作ろうではないかということになり、「そういえば、君、この間、赤ちゃんが生まれたことを電話で聞いてから病院に行ったよね」とある男性が言いました。「それじゃあ、遅いよ。やはり出産に立ち会うべきだよ」という意見が出て「じゃあ、出産に立ち会うには休暇が必要だよね。ならば出産休暇を作ろうよ」という結論になりました。こうしてできたので〈居酒屋さんでできた制度〉とよく言われています。そういう議論からも制度は生まれるということです。
  電機連合では、この出産時の休暇制度の充実という方針を掲げて、傘下の労働組合である東芝や三菱電機などが労使交渉を行います。最終的に結果が出たのが2006年です。122組合が出産時の休暇制度の導入を要求して111組合がこの制度を獲得することができました。今、何が必要で、どういう取り組みをすればもっと有効的になるかということを電機連合で考えて、それを単位組合で要求して実になったものの一つの例になります。
  電機連合としての取り組み事例②「子を望む組合員に対する支援」
  もう一つの例をお話しします。「子を望む組合員への支援」、不妊治療の取り組みです。単位組合によっては、「チャイルドプラン休暇」と名称を変えて取り組んでいるところもあります。2006年春闘において、電機連合として、この制度は絶対に実現しようと方針を掲げました。この取り組みのきっかけとなったのは、ある単位組合の執行部の人との議論でした。「組合員から不妊のことで何かサポートして欲しいと相談を受けている」という内容でした。一人の組合員の声が、新たな制度を作ったことになります。
  不妊治療への取り組みでは、まず、一体何をすればよいのかという課題にぶつかりました。例えば、不妊治療がすぐできるように資金援助ができないかということになると、会社側は予算が絡むだけになかなか了解してくれない。もっと有効な取り組みができないものかどうかの研究もしました。最終的に、不妊治療で休む時には、年次休暇で休暇を取るのではなく、別の休暇を取れる仕組みを作ろうということになりました。また、不妊治療はタイミングが難しいので、休職ができる制度を採り入れようという2つの大きな柱を立てました。
  この取り組みを続けていく中で、最も苦労したことは、「不妊治療とはどういうものなのか」よくわからないことでした。大学の先生、お医者さんに多くのアドバイスを頂きながら、取り組みを続けました。また、会社からも指摘され、労働組合内部でも議論となったのですが、不妊治療を行うことが今の時代に合っているのかどうかとも言われました。その時には、「絶対に不妊治療へのサポートは必要です」と主張し、委員長の後押しもあって2006年春闘での重要なテーマとして取り上げました。
  2006年春闘においては、次世代育成支援に対する労働組合としての取り組みとして社会的にも注目され、要求を提出した組合のほとんどで要求趣旨を達成しました。達成していなかった組合も、2007、2008年春闘と「不妊治療への支援」を要求する労働組合は増えています。うれしい反響もありました。日本経済新聞で取り上げられました。晩婚化・少子化が進む中、不妊治療を受けている女性に対し、これまで年1回10万円しか支給されなかった支援が2007年には2回に拡大されました。2006年春闘の電機連合の取り組みがこのような成果につながっていると思います。
  それから、企業レベルでも不妊治療のため休暇制度や給付金制度を整備する動きが出てきていて、このような点からも電機連合が始めた取り組みは、社会的に評価してもらっていると思います。
  労働組合の色々な取り組みを話してきましたが、女性が長く働くこと、あるいは結婚して退職すること、人それぞれの人生なのでどちらを選んでもよいわけです。電機連合では、1980年代には男性と女性の出会いの場を作ろうとダンスパーティーやスキー教室を開いたこともありました。

6.定年・退職

 最後の項目、退職定年についてお話しします。先ほどもお話ししましたように、私が入社した1981年頃は、結婚や出産を機に退職する人が大半で、定年まで勤める女性は、ほんのひと握りでした。最近は、定年まで勤めたいという女性が増加をしています。
  皆さん、驚かれると思いますが、1980年代前までは女性と男性では定年の年齢が違っていました。1964年では男性が55歳、女性が50歳でした。男性は少しずつ伸びてきたのですが、1968年には男性が56歳で女性が51歳。やっと4年縮まり女性が1歳伸びたということで、最終的には1980年に男性も女性もともに60歳になりました。これだけを見ても、女性が定年まで働くとことは非常に困難だったことがわかります。
  定年まで勤める女性がいなかったから、整備する必要がなかったという見方もあります。でも、女性からすればそういう制度になっていたので働けなかったと言えます。
  定年は60歳になったのですが、最近は、60歳以降の定年延長の取り組みもやっています。60歳を超えても元気な人たちは沢山いらっしゃいますし、やはり元気で、働く意欲のある人には雇用の場をもっと広げるべきです。年金の支給開始年齢に合わせることもあり、雇用延長についても労働組合では積極的に取り組んでいます。

7.労働組合としての課題

 最後に労働組合の課題を何点か申し上げます。制度は色々あるのですが、なかなかそれらが浸透していかない、理解されていない面があります。例えば、残業をしていれば、仕事をしているという意識や、有給休暇を取得することが後ろめたいという意識があるということです。また、休暇を取りたくても周りを気にして取れないという現状もあります。これらを払拭するため、労働組合は、皆さんの意見を聞き、どうすれば制度が使いやすくなるかという活動をやっていかなければと思っています。
  それから、ようやく男性女性双方の差別禁止ということになったわけですが、間接差別は残っています。連合は、男女雇用平等法をきちんと制定し、改善していくべきだと考えています。また、ワーク・ライフ・バランス、仕事と家庭の調和をとった働き方をしていきましょうということも実現していかなければなりません。やはり今、多様なニーズがありますので、そのニーズに合わせた制度を労働組合として、もっと作っていきたいと思っています。
  最後に、私から皆さん方に、アドバイス、メッセージを贈ります。20歳前後の皆さんより、ほんのちょっとだけ人生を長く生きていますので。まずは、皆さん、自分の夢を持ってください。例えば、音楽や絵が好きで、そういうことを職業にして収入を得て生きる、自分のやりたいことだけをやってお金を得ることができる人は、ほんのわずかしかいないと思います。自分がやりたくないことをやらなければならないかもしれません。しかし、そういう場合でも、夢は必ず持っていて欲しいということが一つ目のメッセージです。
  私が入社した時に課長から「石の上にも3年だよ」と言われました。私が入社した時には、机もセッティングしてくれましたし、抽斗にはノートや鉛筆が入っていました。また、研修を受けるための教材、カリキュラム、これらには全て会社のお金がかかっています。人を雇うということは、その人にお金がかかっているということです。なので、その元をとるのは3年かかるので、「3年は仕事をきちんとやれ!」ということが2つ目のメッセージです。
  それと3つ目は、友達をたくさん作っていただきたいと思います。仕事をやる上でなかなか意にそぐわないとか、大変なことがあると思います。そのような時に、話を聞いてくれる友達をたくさん持っていて欲しいと思います。それと、上司や同僚は選べないということです。学生生活とは違い、会社に入ると自分と気の合う人とだけ付き合うということは許されません。嫌いな上司や同僚であっても、話をしなければ仕事ができないということもあります。このことも、ぜひ気に留めておいて欲しいと思います。
  最後になりますが、私は労働組合の活動が本当に面白いと思っています。労働組合は働く人たちのサポートをする存在ですが、社会では非常に重要な役割を果たしています。ですから、皆さん、何かの困りごと、相談ごとができた時には、ぜひ労働組合を頼っていただきたいと思います。また、入社した会社に労働組合がなければ、連合もサポートしますので、皆さんの力で、必ず、労働組合を作っていただきたいと思います。
  以上で私の講義は終わりにしたいと思います。ご静聴ありがとうございました。


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