埼玉大学「連合寄付講座」

2009年度前期「ジェンダー・働き方・労働組合」講義要録

第1回(4/15)

連合寄付講座において埼玉大生に学んで欲しいこと
―労働組合は、なぜ?男女平等参画社会をめざすのか?―

ゲストスピーカー:草野 忠義((社)教育文化協会理事長)

1.はじめに

(1)連合とは
  ご紹介いただきました草野と申します。2009年度前期の埼玉大学での連合寄付講座のテーマは「ジェンダー・働き方・労働組合」です。それぞれのテーマにつきましては、来週から毎回講師が来て、皆さん方と議論をしていくことになると思います。きょう、私は連合寄付講座において皆さんに学んで欲しいことをお話しさせていただきます。
  連合は1989年に結成された労働組合全体の中央組織です。民間企業の労働組合もあれば、役所の人たち、あるいは学校の先生の労働組合も加盟しています。また、単車や自転車で荷物を届けるソクハイ便、それから、船員のように個人で参加をしている労働組合も一緒になった日本で最大の労働組合の組織です。
  連合が結成される前にあったいくつかの労働団体は、考え方や政治的なイデオロギーが違うことから、ばらばらに運動を続けていました。働いている一人ひとりの力と、その企業なり組織の経営者との関係を考えれば、どうしても一人ひとりで働いている方の立場が弱いわけです。ですから、みんなで団結をして経営者と対等な立場で労働条件や働き方のあり方を相談し、交渉しようではないかといってできた、あるいは作ったのが労働組合です。しかし、以前のように労働組合自身がばらばらですと力が弱くなります。なんとか労働組合の中央組織を1つにまとめようということで、1989年、連合に統一されました。この統一には、4分の1世紀、25年かかっています。具体的な動きは、労働組合史などで、ぜひ勉強していただければ面白いと思います。

(2)組合員数の減少問題
  現在、連合の組合員数はおよそ680万人です。日本でこれだけ多くの人々が加盟している組織は他にはないというくらい大きな組織です。しかし、私たちはまだまだ不満です。
  なぜならば、日本で働いている人たちが労働組合に加盟をしている割合、組織率は18.1%にすぎません。組織率が100%になれば、5000万人近くになるわけです。そうしたいと思うのですが、現実にはなかなかそうはいきません。大手企業、中堅企業には労働組合が多いのですが、中小・零細企業ではなかなか労働組合はできないという面があります。
  さらに、最近は、非正規労働者と言われていますパートタイマー、派遣労働者、契約労働者、請負労働者が増えてきました。こうしたいわゆる非正規労働者を組合員化することが非常に難しい、そのために働いている人たち全てを分母にして、分子に組合員の数字を出した組織率は、ここ数十年の間に約30%台から18%に落ちてきてしまいました。これが私たち労働組合の大きな課題の一つです。

(3)関係団体の設立
  連合は色々な活動を続けています。さらに、自らの活動の幅を広げようと3つの関係団体を作りました。
  一つは政策を創るためのシンクタンク、連合総研という研究所です。
  もう一つは国際的にも活動を広げよう、特に発展途上国の人たちを援助しようという目的で国際労働財団を作りました。国際労働財団は、大きく言いますと、2つの事業を行っています。
  ひとつは、発展途上国の皆さんを日本に呼んで、日本ではどんな事業行っているのかを勉強してもらうことです。もちろん文化の違いがありますから、それぞれの国に日本のやり方を、そのまま持ち帰ってもらうわけにはいきません。日本での事業を知っていただく活動を続けています。この招聘事業の経験者からは、その国の大統領を輩出しているケースもあり、かなり重要な事業になっています。
  ふたつめには、現地に出向いて、安全あるいは安全衛生についての教育を援助する事業です。これらは日本が得意としている分野で、働いている人が病気やケガをせずに働き続けるにはどうしたらよいのかなどを教えています。これらの活動が国際労働財団の大きな事業となっています。
  それから、教育文化協会です。きょう、私は、教育文化協会理事長の立場で埼玉大学に伺っています。労働組合だけでなく、会社あるいは学者の世界、どんな世界でも自分たちの後継者をどう育てていくのかということが非常に重要なテーマです。人が途絶えた途端にその組織の力はなくなってきますから、労働組合としてもこれからの労働運動を支える人たちを育てていく必要があるわけです。教育文化協会は次の世代の労働運動を担いうる人材の育成事業を行っています。
  もう一つ、文化事業を行っています。絵画や書道などをたしなむ、楽しむ心の豊かさも労働組合の立場からもっと広げていこうということで、労働組合員だけでなく一般の皆さんからも作品を募集し、展示、表彰する「幸せさがし文化展」という事業も続けています。さらに、色々な図書の出版も行っています。

2.寄付講座の開設の趣旨

  皆さんはこれから社会に出て、職業人となっていくわけです。企業に入らずに自営業をされる場合もあるでしょうし、弁護士などの職業を選択されることもあるでしょう。いずれにしろなんらかの形で働くことになるわけです。
 この寄付講座で講義をされる人は、皆さんより少し先輩で、実際の会社組織で10年20年30年と働いてきた人たちです。こういう人たちがどういう思いで働いてきたのかを知ってもらい、寄付講座を通して「働くということ」はどういうことなのか考えていただければと思います。
 また、職場では、今、何が問題なのか、何が起っているのか、そして、労働組合は働きやすい職場を作るためにどのような課題で苦労をしているのかということを皆さんに知っていただきたいと思います。
 このようなことを考えたり、知ったりすることは、皆さんが社会に出た時に、非常に役に立つのではないかと思います。このため、大学に出向いての講座を、ぜひ、開講したいということで始めたのがこの連合寄付講座です。
 まず、日本女子大学から始めまして、同志社大学、一橋大学、そしてこの埼玉大学で開講をしています。埼玉大学では上井学長、禹先生にお世話になりながら2007年から続けています。
 私も含め、これから13回の講義で登壇する講師も、学者や先生ではありせん。あくまでも会社や労働組合で働いてきた実務者です。ですから、実務者たちの思いを皆さんにぶつけてみたい、その中から、皆さんが見て「それはおかしいじゃあないか」とか「ここのところはわかったけれども、その先はどうなっているのか」という意見交換をぜひやらせていただきたいと思います。
 そのことは、皆さんの役にも立つでしょうし、また、私たちのためにもなります。皆さんと、ぜひ、ディスカッションをやっていきたいと思っています。

3.問題提起

(1)ロナルド・ドーア先生の講演から
 この2年間で私が非常に感銘を受けた講演、書籍について話したいと思います。
 経済を考える時、やはり歴史的な流れを考えていく必要があるのではないかと感じています。そして、現実の経済がどうなったのか、それがどう動いていったのかとういうことを見ることが一番大切ではないかと常日頃から思っています。
 ロナルド・ドーア先生というロンドン大学の名誉教授がいらっしゃいます。ドーア先生が昨年、同志社大学の名誉博士になられた時の記念講演で、次のことを話されました。もともとヨーロッパでスタートした大学は、非常に高尚な学問を修める場であり、実務的学問を勉強する場ではありませんでした。アメリカでもそうでした。そこに経営学の専門コースや専門家を入れようとした時、当時の古い学者達は、「そんなレベルの低いことを大学で教えるのはいけない」と言って反対しました。それに対して、それらを導入しようとしていた人たちは「経営する者は、知識技術だけでなく、立派な倫理観を持たなければいけない。それは大学の教育にとって極めてふさわしいものだ」と主張し、導入したというのです。
 ここでドーア先生は、皮肉を込めて「今のアメリカの経営者の倫理というのはどこにいってしまったのか」ということをおっしゃっています。まさに、経営者の倫理・社会的責任をもう一度見直す必要があるのではないかということをドーア先生は鋭く、厳しく問題提起されています。 
 それから、東京大学名誉教授の神野直彦さんが連合総研の創立20周年のシンポジウムで言われたことです。神野先生は「9.11」のテロから話をされました。「9.11」というと皆さんはアメリカの貿易センタービルに乗っ取られた旅客機が突っ込んで、貿易センタービルが崩壊してしまったテロ事件を思い出されると思います。私も間違いなくそうですが、私自身に、その後にもう一つの「9.11」があります。小泉元総理大臣が郵政改革を争点とし強行した2005年9月11日の衆議院選挙です。私たち連合が支援する民主党などの候補者が惨敗したものですからこちらの「9.11」も私の頭の中には強く残っています。
 神野先生が言われた「9.11」は、それよりはるか以前1973年、昭和48年の「9.11」です。この日はチリのサルバトール・アジェンデ大統領が暗殺された日です。どういうことかというと、その暗殺されたことを受けてどういう会話が交わされたかということを少し紹介したいと思います。
 この話は、神野先生が、アジェンダ大統領が暗殺される前に行った演説を岩波書店から発行されている『世界』という雑誌に書いた時に、それを見た神野先生の恩師でもある宇沢弘文先生から届いた手紙に書かれていたことです。神野先生がこれを紹介してもよいですかといったら、宇沢先生が紹介してもよいと言われたものです。

「1973年9月11日・・・つまり、サルバート・アジェンデが暗殺された日に・・・、私はシカゴにいました。たしか、かつての同僚たちとの集まりに出ていた時、たまたまチリのアジェンダ大統領が暗殺されるという知らせが入った。その席にいた何人かの、小さな政府論を広めている、あのフリードマンの仲間たちが、歓声を上げて喜び合った。私はその時の彼らの悪魔のような顔を忘れることはできない。それは、市場原理主義が世界に輸出され、現在の世界的危機を生み出すことになった瞬間だった。私自身にとって、シカゴ学派との決定的な決別の瞬間だった。」

 宇沢先生曰く、1973年のこの事件を契機にして、世界の経済の歴史が変わってきたのではないかという問題提起をされているわけです。
  3番目は、クリントンが大統領を務めた時の労働長官、日本で言えば労働大臣にあたりますが、ロバート・ライシュさんが書いた「Super capitalism」です。一昨年(2007年)の12月に翻訳版が発行され「暴走する資本主義」と訳されています。この書籍でも今のような問題提起がなされています。
  4番目は、昨年(2008年)12月に出版された「資本主義はなぜ自壊したのか、―『日本』再生への提言」という中谷巌さんの書籍です。中谷先生は元大阪大学、一橋大学の教授で経済財政諮問会議のメンバーでした。竹中平蔵さんとタッグを組んでいわゆる「小泉改革」
  路線を作った人です。しかし、この書籍では、「かつては筆者もその『改革』の一翼を担った経験を持つ。その意味で本書は自壊の念を込めて書かれた『懺悔の書』でもある」ということが書かれています。
  大きな流れでいいますと、ケインズの流れを汲んだ経済学でいくのか、あるいはフリードマンなど、もっと遡ればアダム・スミスの国富論に行き着く古典主義・新古典主義の経済でいくのか、ということは、私たちの現実の暮らしに極めて大きな影響を与える可能性が強いと思います。
  私が言ったことは全て正しいとは思いませんが、私の考え方を問題提起をさせていただきました。ぜひとも経済の勉強をされている人たちは、こういう流れを大事にしていただければ大変ありがたいと思うわけです。

4.ジェンダー問題について

  前期のテーマでありますジェンダー問題について一言だけ申し上げたいと思います。このジェンダー問題については、同じ労働組合の幹部であっても必ずしも考え方や対応が同じかというと決してそうではありません。いろんな考え方があります。私と次に講義される連合の男女平等局の片岡局長の考え方が一致しているかどうかわかりませんが、ジェンダー問題への私の視点ということで考え方を述べさせていただきます。
 女性の社会進出の増加と文化的な障壁というのがあります。文化的障壁というのは、男性の役割はこうだ、女性の役割はこうだと決めてしまうことです。これは日本だけではありません。ヨーロッパでも「男、パン稼ぎ人」「女、育児介護の人」という分担が結構あります。こういう文化的なもの、あるいは先見的な性による差別みたいなものが根強く残っています。 これをなんとか改善をしていこうという動きが一つあります。
 そして、それとあわせて、女性の社会進出がどんどん増えていくわけです。そうしますと、文化的な障壁だけではなくて、働くということでの社会的な差別という問題が非常に大きくなってきたということが言えると思います。
 そういう中で、急速に進む少子高齢化の問題が存在します。少子高齢化は、世界の中で日本が最も早いスピードで進んでいます。ヨーロッパ諸国のだいたい3倍から4倍のスピードで日本の少子高齢化は進んでいます。
 そして、少子高齢化対応のためにどのような対応をすればよいのかが問われる中、ワーク・ライフ・バランスの実現ということが最近非常に取り上げられているわけです。ワーク・ライフ・バランスは、女性の問題だと捉えている人がいますが、それは間違いです。それは、あくまでも仕事のやり方、働き方を変えるというもので、男性も女性も関係ありません。充実した人生を送りながら、福祉を充実させ、そして少子高齢化に対応していくという答えの一つがこのワーク・ライフ・バランスです。
 講義の前半は、ジェンダー問題を中心に取り上げる形になると思います。みなさん、ぜひ、議論に参加していただきたいと思います。
 あと2つのことを申し上げます。一つは、現在、非正規労働者として働く人たちが労働者全体の3分の1を超えたということです。ワーキングプアとも表現されています年間200万円以下の収入の人たちが1200万人超えています。日本は以前のような「総中流社会」ということではなくなり、格差が広がりました。こういう世の中をどうしていくのかということを、労働組合だけでなく社会全体で考えていくべき大きな課題になったと思います。先ほどの中谷先生の書籍にも、アメリカでも中流層はいなくなった。大半は貧困層に落ち込んでしまっている。この問題をどう解決していくのかという記述があります。
 もう一つ、講義の後半で、日本がILOという国際機関や国際労働運動の面でどういう役割を果たしているのかについて取り上げます。難しい言葉が出るとかもしれませんが、もしわからなければ、遠慮なくどんどん聞いていただいて、少しでも理解を深めていただければ大変ありがたいと思います。

5.最後に

  今後も禹先生はじめ埼玉大学の先生方と色々相談をしながら、講義を進めて参りたいと思います。また、皆さんからも「もっとこうした方が良いのではないか」という意見や要望があれば、ぜひ出していただきたいと思います。
 最後にひとつお願いと宣伝をさせてください。教育文化協会では「私の提言」という論文募集を行っています。締め切りは8月ですが、学生さんからの応募もおおいに歓迎をしています。8,000字が目安の論文ですから一つ書いてみようと思っている方があれば、ぜひ応募してください。優秀賞論文の賞金は30万円です。他の大学の寄付講座の受講生が受賞したこともあります。詳しくは教育文化協会のホームページに掲載していますので、積極的にチャレンジをしていただきたいと思います。
 ぜひ、今後ともこの寄付講座に多くの方々が参加していただけますようお願いをして、開講の辞にさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。


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