埼玉大学「連合寄付講座」

2008年度後期「若者・働き方・労働組合」講義要録

第3回(10/15)

若者の働き方とワークルールの基本

ゲストスピーカー:新谷信幸 電機連合書記次長

1.はじめに

1-1.自己紹介

 こんにちは、電機連合の新谷と申します。電機連合は、日本の電機・電子・情報産業の大手、中小企業の企業別労働組合が加盟している、電機産業関係の労働組合連合会組織です。
今日は「若者の働き方とワークルールの基本」について、お話しさせていただきます。
 皆さんはまだ労働者ではありませんので、まず「民間企業サラリーマンとしての生活を始める“労働者”A君は、次のような時にどうするか」という設定で4つの設問を用意しました。これに沿って話を進めていきたいと思います。初めて聞く言葉が多くて難しいかと思いますが、勘でもいいので、○か×か、皆さん自身でまず回答してみてください。

  1. A君は大学卒業後、大手企業B社に入社した。A君は入社式の手続きの中で「労働契約書」というものにサインをした。会社での労働条件は、採用時にサインした時に決められていた条件がずっと適用されるし、将来、労働条件を引き下げる変更をする場合には労働者一人ひとりの同意が必要であると思う。
  2. B社で働き始めたA君は、集合研修を終えて、配属された職場での新入社員研修に取り組んでいる。そんなある日、会社のイントラネットにある人事部のHPで就業規則というものを見つけた。労働条件や職場規律などを規定した会社の文書のようだ。研修先の先輩に聞くと、就業規則というのは会社が作るが、それを作成する際には、労働組合は意見を述べることができる。しかし、労働組合が反対した場合は変更できないということだ。
  3. B社にはB労働組合があり、研修期間中にB労働組合の役員から説明の時間があった。A君たち新入社員はB社の労働協約にある「ユニオンショップ条項」に基づきB労働組合員になるそうだ。A君も労働組合費を給料から天引きされるという。後日、A君は学生時代の同級生と就職後の会社生活について話をした。同級生だった彼に、労働組合の組合費が給料か天引きされることを話したところ、彼の会社には労働組合がなく、会費が300円の社員会があるだけだという。賃金や労働時間は労働基準法で守られているし、賃金制度や労働時間制度は「会社」の制度であるから、労働組合がなくても関係ないと思う。
  4. A君は労働組合の組合員になったが、会社が作る「就業規則」とは別に、労働条件などに関して労働組合と会社の合意文書である「労働協約」というのもがあるそうだ。就業規則と労働協約は同じ内容が書かれているが、労使対等に基づき、会社が制定する就業規則と労働協約は同じ効力を持っていると思う。

以上の設問についての回答と解説は、これからの講義の中でしていきます。

1-2.新規学卒就職率の推移

 『労働経済白書』では、新規大卒者の就職率(就職希望者のうち、実際に就職できた人数の割合)は、電機産業だけに限らず、年によってばらつきがあります。特に、バブル崩壊後にばらつきが大きくなる傾向にあり、景気が悪い時は就職率が低くなります。2008年3月卒では96.9%と高くなっていますが、この1ヵ月で経済状況が激変していますので、来年は非常に厳しくなるのではないか、という懸念があります。

1-3.新規大卒者の在職期間別離職率の推移

 せっかく就職しても、企業を辞めてしまう人が非常に多い現状があります。『労働経済白書』によれば、新規大卒のうち、3年以内に離職する人の割合が3割を超えています。よく離職率について「753(しちごさん)」といい方をします。どういうことかというと、7割は中卒の離職率、5割は高卒の人の離職率、3割は大卒の離職率という意味です。
 辞めた後の追跡調査などから見て、離職した後の再就職の場合、労働条件は下がる場合の方が多いようです。一旦入った会社を辞めるにはいろいろな事情があると思いますが、ぜひ歯を食いしばって頑張って働き続けてほしいと思います。

1-4.労働組合組織率 大企業と中小の格差

 簡単にいいますと、日本の人口約1億3,000万人のうち、雇われて給料をもらっている雇用労働者は5,500万人、うち労働組合員は約1,000万人です。つまり、日本の雇用労働者の約18%が労働組合員であり、この割合を労働組合の「組織率」といいます。
 雇用労働者数を企業規模別にみると、99人以下の中小・零細企業で働く人は2584万人で、1,000人以上の大企業で働く人は971万人です。99人以下の中小・零細企業で働く人がかなり多いのですが、中小・零細企業の労働組合の組織率は1.1%しかありません。一方、1000人以上の大企業では、組織率は46.7%と、労働組合の組織率にも企業規模による格差があることがわかります。

1-5.労働組合と社員会の違い

 さきほどの設問にも入れましたが、労働組合と社員会には違いがあります。労働組合員は、組合費として1人あたり平均約5,000円が毎月給料から天引きされます。一方、社員会の会費は非常に安いか、タダというところもあります。
 社員会と労働組合はどこが違うのでしょうか。一番の違いは、労働組合には労働協約締結権とストライキ権があるということです。また、会社からの干渉に対して法的な保護があるかどうかと、会社との交渉について法的に保障されているかどうか、という点も大きな違いです。

2.現行労働法における労働条件決定システム

2-1.憲法に保障された労働三権

 憲法第28条では、労働三権(団結権、団体交渉権、団体行動権)が保障されています。これに基づいて、労働組合員になるとどういう保護が受けられるのか、「労働組合法」に規定があります。
 たとえば、皆さんがホテルに就職してホテルの従業員になったとします。その時に、従業員で労働組合を作っていて、ストライキをやりました。みんな働かないで、ロックアウト(ホテルのフロントの前で労働組合員が集まって、お客さんを入れない)ということをします。もし、同じことを労働組合ではない人の集まりがやると、刑法の威力業務妨害罪にあたり、警察へ通報され逮捕されてしまいます。しかし、労働組合の場合は、そういうことにはなりません。なぜかというと、労働組合法第1条第2項に、「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」という刑法の規定があり、この適用をうけるからです。
 また、同法第8条に民事的な損害賠償免責が規定されています。これも先ほどの例でいうと、ホテル内でストライキをやれば宿泊者のキャンセルなどでお金が入ってこないなど、営業上いろいろな損害があります。しかし、それについて、企業は組合に損害額を請求できない、と規定されているのです。このように、労働組合の権利は、労働組合法において保障されています。

2-2.労働契約と就業規則

 次に、労働条件はどのように決定されるのでしょうか。(一)の設問の中に「労働契約書」という名前が出てきます。多くの民間企業では、入社時にいろいろな書類を書かされたり、サインをしたりします。その中で一番重要なものが「労働契約書」です。
 会社で働くということは労働契約を、会社と本人が結ぶことです。一人一つずつの契約なので、従業員が100人いれば100の契約が成立します。少人数なら雇い主の管理も簡単ですが、100人、1000人、1万人という規模になると、個人個人の契約管理は困難です。そのため、「就業規則」という、集団的に労働条件を統一するための規則が必要となります。就業規則は、会社側が作ります。
 しかし、就業規則には注意が必要です。「労働条件引き下げの変更をするのに、労働者一人ひとりの同意は必要か」、という設問(一)の答えは、就業規則の効力により、「一人ひとりの同意は必要ではなくなる」ということになります。たとえば、皆さんがアパートを借りる場合、大家さんと賃貸契約を結びます。その賃貸契約では、本人と大家さんが同意をして契約しますが、本人の同意がないまま家賃が上がっていくことは、基本的にありません。
ところが労働契約は、本人の同意とは関係なく変わっていくしくみなのです。入社式にサインをした内容は、本人が同意しなくても中身はどんどん変わっていくのです。採用時の労働条件は、あくまでも採用の時点でのことで、将来にわたってその条件のままであるとは限りません。
なぜこのようなことが可能なのか。就業規則が、個人の労働契約の内容を書き換えていくことができるからです。就業規則とは、「労働条件を公平・統一的に設定し、かつ職務規律を規則として明定」するため、「使用者が定める職場規律や労働条件に関する規則類」(菅野『労働法』第7版)のことです。
 就業規則には、判例法理によって確立された2つの強い拘束力があります。一つは、「その内容が合理的なものである限り、労働者がその内容を現実に知っているか否かにかかわらず、就業規則の内容が労働契約の内容となる」という効力です。
もう一つは、「就業規則による労働条件の変更が合理的なものであれば、それに同意しないことを理由として、労働者がその適用を拒否することはできない」という効力です。労働者個人が変更された内容に同意しなくても、合理的な変更であればその変更を拒否することはできないということで、労働法分野では有名な最高裁の判決(判例)に書かれています。
 要するに、労働条件は、入社式でサインした内容のままではなく、その後会社の就業規則によって、賃金や休日など労働に関するすべての契約内容は、合理的な変更であれば中身が書き換えられていくということです。しかも、それは本人の同意や、知らないということに関係なく変わっていくというものだと、理解してください。

2-3.労働契約法と労働協約

 2008年3月から労働契約法が施行されています。これまで話してきた内容は、労働契約法成立前の判例で確定した考え方です。労働契約法第8~10条には、その判例で確定した考えが、法律として規定されています。ここには、先ほどの「合理的な内容であれば、その変更内容を労働契約に反映する」ということが書かれています。
 このようなことは、労働者にとって非常に不利なことです。そこで登場するのが労働協約です。「労働協約」とは、労働者の代表である労働組合と、会社との間で合意した文書のことをいいます。労働協約は、就業規則を規制します。設問(三)で、「A君の同級生のB君の会社には労働組合はなく社員会がある」と出てきますが、労働組合がない会社では、集団的な規制が効きません。労働条件は、合理的な範囲であれば、会社が一方的に条件を引き下げることができますから、たとえば、経営の調子が悪い事を理由に給料を下げるということも、十分に起こりうるわけです。
 しかし、労働組合があり労働協約に定められていると、会社が勝手に決めることはできず、両者の合意が必要となります。このことは、労働組合のある企業とない企業との一番の違いです。労働組合があり労働協約がある企業の場合は、最終的には、会社と労働組合の協議によって労働条件を決定すると考えてください。しかし、労働組合がない企業の場合は、会社側が勝手に決めるということです。これが、労働条件決定における労働組合の意義です。
 これは、労働契約法第13条に書いてあります。就業規則が法令または労働協約に反する場合には、当該反する部分については、「当該法令または労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については適用しない」と書いてあります。つまり、就業規則が労働協約と中身が違っていたら、それについては労働協約の範囲を書き換えない(労働協約が優先する)、とういうしくみが、法律の条文に書かれています。

2-4.ワークルールの最低労働条件

 次に、ワークルールとは何なのかという話をします。ワークルールには、最低基準というものがあります。日本で働く全ての労働者は、労働基準法(以下、労基法)といって、最低限の労働基準を決めた法律の適用を受けます。これは、外国人研修生などを除けば、外国人も含めた全ての労働者に適用されます。
 労基法では、賃金の支払いに関して4つの原則が決められています。第1に、通貨で払え、つまり現物ではなくて日本円で払えという原則です。第2に、両親などに払うのではなく、本人に直接払うこと。第3に、全額払いの原則です。たとえば、給料の前借した分を差し引いて賃金として支払うというのは禁止で、全額払い、そこから本人が返済するということです。天引きしていいのは、源泉徴収の税金と社会保険料のみと、法律で決められています。それ以外は全額払うというのが原則です。第4に、毎月1回、一定期日に払うと規定されています。2ヵ月に1回払うとか、今月の支給日は5日だが、来月は10日にする、ということは禁止されています。
 労働時間についても、原則として1日8時間、週40時間を超えてはならないとされていて、これを法定労働時間といいます。それを超えて働かせる場合には、労働組合(または過半数の労働者の代表者)と時間外労働協定を結ばなければなりません。これは、労基法第36条に規定されているので、通常「36協定(さぶろくきょうてい)」と呼んでいます。この協定がないと、1日8時間、週40時間を超えて労働させることはできないと法律で決まっています。この協定があって初めて、法定労働時間を超えて働かせてもいいわけです。
 あわせて、割増賃金というものがあります。これは時間外労働について賃金を割り増しして払うというもので、平日の場合は25%、休日の場合は35%を最低限度に割り増しして賃金を支払わなければなりません。また、休日は、4週で4日の休日を与えなくてはいけないと定められています。
 また、入社後に6ヵ月間連続勤務し、出勤率8割以上の場合は、最低10日間の有給休暇を与えなければなりません。有給休暇は、年間最低20日までを限度に、毎年1日ずつ増えていきます。休暇の取得理由を聞かれても法的には答える必要はありませんアルバイトの場合でも同様です。
 その他にも、最低賃金法、育児・介護休業法、労働者災害補償保険法、雇用保険法などにより、最低限の労働条件が法律で決められています。

2-5.労基法以外の過半数労働組合との労使協定

 労働法を勉強している人もよく混乱することなのですが、法律が定める「労使協定」というものがあります。法に基づく労使協定とは、その会社に従業員の過半数が組織する労働組合がある時はその労働組合、ない時は従業員の過半数を代表する者と、使用者との書面による協定のことです。労使協定の代表的なものが「36協定」です。この他にも、法律が定める協定は、労基法だけでもたくさん定められています。これらをすべて協定化しないと、労基法違反となりますし会社はうまく回りません。
 労使協定で重要なことは、労働者の中で誰が代表になるかということです。それが、労働組合の役員なのか、社員会の代表なのか、あるいは誰か従業員にも知られていない人なのか、企業によって違います(誰が代表かわからない状態は違法行為ですが中小企業ではよくある状態です)。皆さんが残業をもっと減らしてほしいという場合、それを誰に言えばいいのか。これは、皆さんが会社に入られた後、大きな違いとなることです。
 法に基づく労使協定について一つ例を挙げますと、2006年4月に施行された「改正高年齢者雇用安定法」という法律があります。この法律では、高年齢者の雇用に関して、事業主は、[1]定年年齢の引き上げ、[2]継続雇用制度の導入、[3]定年の定めの廃止、という3つのうちのどれかを必ず選択しなければならないしくみになっています。しかし、現実的に考えれば、[1]定年を65歳まで引延ばすことはできないし、[2]定年制度をなくすこともできないとすれば、[3]雇用延長というしくみを選ぶしかありません。その場合、企業は、60歳超の希望者全員を雇うか、あるいは雇用延長対象者の基準を作るということになります。希望者全員というわけにはいかないとすると、対象者基準の設定を行うことになりますが、その基準の設定は、原則として従業員過半数を代表する者と労使協定で決める必要があります。労使で合意が得られない場合は、特例措置として一定期限までは就業規則で決めてもよいということになっています。
 労使協定で決めるとしても、先ほど述べたように、誰が代表となるかによって、作られるルールは変わってきます。皆さんも会社に入られたら、労使協定という重要な協議を、誰が行っているのか、気をつけられるといいと思います。

3.賃金について

3-1.賃金交渉の変化

 皆さんにとって、入社後、賃金をいくらもらえるのかは、重要な点ですね。今、大卒の初任給は21~22万円位です。こうした賃金水準の決定については、春闘が大いに関わっています。
 労働組合は、毎年1回春に賃金の引き上げ交渉を行います。これは我々の電機産業だけでなくて、自動車、鉄鋼、流通など他の産業も同様です。交渉時に賃金決定の基準となるのは、一つは物価との関係です。生活をするということは、賃金をもらってモノを買って生活をしていくということです。ですから、その生活費のもととなる物価がどのくらい上がっているかを基準にして賃上げ交渉をしていきます。もう一つは、生産性がどう上がっているかということです。労働組合は、労働者が一生懸命働いて生産性を上げていけば、その配分は賃金として与えられるべきである、と主張して交渉します。
 一方、会社側は、「総額人件費の適正化」を主張します。どういう意味かと言うと、会社は従業員を雇って給料を払いますが、これは企業経営からすればモノを作って売る時のコストの一部です。企業は当然、そのコストを少なくして、利益を最大にしたいと考えます。そのコストとなる人件費には、少子高齢化にともなう社会保険料の事業主負担の増額の影響を受けているので、直接労働者に支払う人件費だけではなくて、社会保険料も含めて総額で考えてほしいということです。
 もう一つは、正社員の場合、企業は一度雇うと簡単に解雇できません。そのため、固定費である人件費をできるだけ変動化したいと考えます。具体的には、企業業績を毎月支払う賃金に反映させるのではなくて、ボーナスに反映させたい、業績のいい時悪い時でボーナスの多寡を変化させたい、変動費化したいということです。

3-2.成果主義的賃金制度への労働組合のスタンス

 賃金制度は、最近変わってきています。賃金は、以前は人の持っている能力に対して、支払っていた会社が多くありました。「あなたはこんな仕事ができる能力があるから、これだけの給料を払います」とか「こういうことができるようになるので、これだけの給料を払います」というようにです。しかし、最近はこうした「人」基準から「仕事」基準に変わってきています。「あなたはこんな仕事をするから、こんな責任があるから、その仕事に対して給料を支払います」というものです。これは成果給・職務給という賃金です。例えば、グレード1、2、3、4と仕事の中身を表わす箱があるとします。仕事や役割の大きさが変われば、このグレードが変動するということです。
 このしくみについて、労働組合の中では賛否があり、どちらかというと反対派が多いです。電機連合では、納得性のある賃金がいいのではないかという考えから、きちんとした評価制度が運営されれば必ずしも反対のスタンスは取っていません。成果主義に対して、組合員も8割近くが、本人の能力さえあれば、同期入社や後輩が、自分より先に出世しても構わないと考えています。

3-3.電機産業での賃金制度改定

 賃金制度の改定についても、労働組合がある企業とない企業とでは違ってきます。東芝、ソニー、松下電器、コニカミノルタ、と電機連合に加盟しているほとんどの会社で、ここ数年の間に賃金制度の改定を行っています。例えば、従業員2万8,000人の企業(A社)では、実際に改定を行うまでに、労使の委員会を11回、小委員会を12回など、労働組合と会社が十分話しあって賃金制度を作っています。労働組合は、賃金制度を作る際に、相当な関与をしているのです。ですから、設問(三)にある「賃金制度や労働時間の制度は会社の制度で、労働組合は関係ない」というのは大手企業で労働組合のある企業では誤りです。賃金制度に限らず、社内のいろいろなルールは、会社と組合が協議をしてから実際に適用していきます。
 賃金に関する交渉は、それぞれの企業ごとに行います。しかし、個別に交渉するだけでは、産業内の労働条件の平準化は進みません。電機連合では「同一労働・同一賃金」つまり、企業が違っても、同じ質の仕事をしていれば賃金を同じにすべきだ、と考えていますので、企業毎の交渉であっても、産別労働組合として賃金の引き上げ水準を横断的に揃えていく取り組みを行っています。これを産業別統一闘争と呼んでいます。
 電機連合では、主要組合である大手15組合で組織人員の約55%を占めています。統一闘争は、この大手組合の賃上げ水準を中堅や中小、未組織労働者に波及させるしくみです。電機連合に入っていない組合、あるいは労働組合のないところも、電機連合の大手組合の賃上げ水準を見て、賃金を引き上げていくようにするので、このような波及効果のもつ社会的な影響も考えて、取り組みをしています。
 今年のある新聞社の記事で、2008年の春闘では、トヨタの賃上げ1,000円、日産自動車は7,000円となっていました。これを見ると、日産の方がトヨタよりいいように見えますが、実は、中身的にはほとんど同じことなのです。トヨタの1,000円はベースアップの部分で、日産の7,000円はベースアップに定期昇給を加えた内容です。つまり、新聞記者の不勉強であり、日産の方が、トヨタより賃上げ額が高かったということではないのです。
 電機連合加盟組合の賃金水準については、まだバラツキがありますが、主なところでだいたい揃ってきています。30歳のエンジニアの場合、松下電器329,300円、東芝304,200円、日立309,500円、富士通311,800円・・・という形です。
 年齢別の賃金カーブを見ると、大卒の場合、どうも成果主義の影響はあまり受けていないようです。1990年と2004年のカーブを比較しても、電機産業40万人分の賃金データを見るかぎりでは、影響はないといえます。ただし、ブルーカラーとホワイトカラーでは賃金格差が開いてきています。
 ボーナスについては、何ヵ月分という交渉をします。実際に交渉する時は、会社の営業利益などを参考にします。営業利益率とボーナス月数のトレンドを見てみると、その相関は非常にきれいであり、こういうものを使いながら交渉をしています。

4.ワーク・ライフ・バランスへの取り組み

 ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)をどうとっていくかという問題があります。電機連合では、法律ができる前から各種のしくみを作ってきました。たとえば、フレックスタイム(会社の始業時刻と終業時刻を自分で選択するしくみ)です。また、育児休業(出産後育児のために会社を休めるしくみ)についても、育児休業法ができる2年前に、電機連合の統一闘争の中で制度を勝ち取りました。また、1日の労働時間8時間から7時間45分への短縮や介護休業制度も、法律制定前に導入してきました。最低限の労働条件は法律で決まりますが、法律を上回る部分は、労使交渉の中で決めることができるのです。
 電機連合では、2006年に約6,000人を対象にワーク・ライフ・バランスの調査を行いました。その結果、様々なことがわかりました。例えば、30代の男性がワーク・ライフ・バランスに不満が大きいこと、また、技術系の男性が、特に眠る時間が遅いことがわかりました。これは帰宅時間が遅いことが関係しているようです。平均帰宅時刻は21時25分で、技能系と1時間30分の差があります。要するに、帰ってご飯を食べて寝るだけという生活が続いているわけで、このあたりが労働組合として取り組んでいく課題です。
 ひと月の残業時間がおよそ40時間を超えると、通常ワーク・ライフ・バランスの満足度が下がります。しかし、残業時間別に仕事のやりがいとワーク・ライフ・バランスの満足度の関係を見ると、残業時間が増えても仕事のやりがいは低下していません。仕事がおもしろいということだろうと思うのですが、これは大きな問題です。このことをどのように従業員に気づかせるか、労働組合の重要なテーマだと考えています。

5.キャリア開発への取り組み

 キャリア開発の取り組みも、労働組合が行っています。自己啓発について、同じ電機連合の調査をみると、人によって大きな違いがあります。自己啓発を普段からやっているかどうかと、自分の能力が他社で通用すると思うかどうかという認識との関係に、大きな違いが出ています。会社の中でいかに自分の能力を伸ばすかということは、職業人として成功するかどうかということにつながっていきます。それは、普段から自分で能力を高めようという自己啓発意識がないと、なかなかできません。
 また、会社が能力開発に対して非常に積極的だと思う人は、仕事の意欲が高まっています。やりがいや能力や創意の発揮についても、同様の結果です。皆さんが、どんな会社に入られたとしても、その会社が能力開発に対して積極的かどうかは、仕事のやりがいにとっては重要なポイントです。こういう調査結果をもとに、賃金や労働時間だけではなく、能力開発についてもきちんと取り組んでほしいということも、労使協議におけるテーマにしています。
 また、会社の能力開発に対する積極性と本人の能力の通用度の関係を見ると、会社が能力開発に積極的であるということが、能力が十分に通用すると思うことに、非常に影響しています。やはり、会社がどういうスタンスで従業員の能力開発を考えているかが大切です。こういうことも、なかなか個人ではいえません。このあたりも、従業員の気持ちやニーズを組合が適切に認識し、会社に要求していくことが必要だと思います。
 ではキャリア開発について具体的に、会社と組合の合意文書である労働協約の中にどのような中身を盛り込んでいるのでしょうか。会社と組合において、年に数回会社の経営状況について協議する「労使協議会」という場があります。通常、会社側からは社長以下経営幹部、組合もほとんどの組合役員が出席し、大手など多いところでは約100人近くも集まってその会社の経営に関する会議をします。資料のB社では、2004年の中央経営審議会の附議事項に、組合から要求して、組合員のキャリア開発について労使協議の付議事項盛りこむ労働協約改定をしました。こういうことも労働組合の活動の成果の一つだといえます。
 さらに、電機連合自身でも組合員のキャリアアップについて取り組んでおり、電機連合では「電機連合職業アカデミー」というものをつくっています。ここでは、組合役員がキャリア開発推進者として、組合員のキャリア開発の相談にのれるように、キャリア開発研修を実施しています。これまで約600人養成をして、現場の組合員からの質問などに対応しています。また、組合員一人ひとりのキャリア開発をサポートするため、大手企業の研修講座を公開してもらうというしくみもとっています。これは、厚生労働省からも助成金を得て取り組んでいます。

6.おわりに

 最後になりますが、今の皆さんにとって、労働組合はあまり関わりのないことと思われているかもしれません。今後、就職活動をされる中で、同じような業態、同じような業種、同じような労働条件の企業でどちらに就職するか選ぶ時には、必ず労働組合のある企業の方に、就職をされたらいいだろうと思います。これを最後のまとめとして、今日の講義を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

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