一橋大学「連合寄付講座」

2016年度“現代労働組合論”講義録

第9回(6/6)

雇用と生活を守る取り組み ~経営危機に立ち向かう

川野英樹(JAM副書記長)

1.ものづくり労働組合JAMとは

 ものづくり労働組合JAMで副書記長をやっております川野と申します。今日は、雇用と生活を守る取り組みとして産業別労働組合がどういう取り組みをしているのかをお話させていただきます。
 皆さんが労働組合について持っておられる認識は、企業別労働組合を中心としたイメージかもしれません。今日お話しするのは、企業別労働組合が結集した産業別労働組合についてです。その一つである労働組合JAMは、中小企業から大企業までのものづくりを担う機械・金属産業を中心に組織しています。JAMが日ごろから雇用や暮らしを守るためにどのような取り組みをおこなっているのかについて、ご紹介させていただきたいと思います。
 お手元のJAMの紹介パンフレットの一番後ろのページに、JAMの主な加盟組合をご紹介させていただいております。これから皆さんが就職活動をするときに、こうしたJAMの組合のある企業を訪問され、説明会に足を運ぶことがあるかもしれません。そのときに、安心していただきたいのは、JAMの加盟組合に「ブラック企業」は一つもないということです。「ブラック企業」にならないように、我々が日ごろからどのような取り組みをしているのかについて、お話しします。
 スライドのJAMの組織と特徴を見てください。2,000弱の企業別組合が加盟し、35万人の組合員がいます。その特徴は、主に機械・金属産業を担う中小企業を中心とした組織です。完成メーカーより、部品を供給するサプライヤー会社が非常に多いです。例えば、自動車メーカーに部品をつくって納め、その部品が組み込まれて一台の自動車ができます。このようにJAMの職場には、部品を製造する企業が多いことや、従業員100人以下の組合が6割、30人以下が4分の1を構成する中小企業が中心の産業別労働組合です。
 皆さんが社会に出られるとき、できれば大手企業や優秀な企業に就職したいと思っていると思います。日本の企業数の比率から言うと、99.7%が中小企業で全労働者の7割が中小企業労働者です。今までは事務系や開発系の職場に男性が、事務系や総務・人事系の職場に女性が配属される率が高かった。しかし、今ほとんどの方が4大卒や院卒になろうとしているなかで、大卒の方が現場を担う企業が増えました。皆さんには、やりがいのあるJAMに加盟する企業、そして労働組合があるところに就職することを一つの選択肢として考えていただければと思っております。
 まずJAMには、専従者と言って、労働組合の活動を専門に従事するスタッフが172名います。そのなかにはJAMのプロパー職員と加盟組合から派遣されてくる人がいます。そのうち120名は17地方に配置され、地域の組合の世話をする活動を担っています。2,000もの組合にとって、そのような世話活動は非常に重要です。中小や中堅企業の労働組合に専従者は少なく、多くの組合役員は二足の草鞋を履いています。昼間の就業時間中は企業で仕事をして、時間外に組合活動を担うという非専従の方が非常に多いです。このような実態から、非専従役員の方や労働組合の活動をサポートする人たちが必要になります。

2.調査なくして運動なし

 JAMには15の業種別部会があります。加盟する2,000弱の企業は、業界・業種も多岐にわたり業績もまちまちです。常にその実態を把握しておかないと、雇用ばかりか企業そのものがなくなってしまい、守れるものも守れなくなってしまいます。賃金が低く抑えられたり一時金が支給されなかったり、退職金の規程が引下げられたり、そうしたことが起こりうるのです。企業が未来永劫に発展すれば幸せなのですが、企業経営には波があります。景気に左右され、それをいかに迅速に把握するのかが、労働組合にとっても非常に重要な取り組みです。
 JAMは「調査なくして運動なし」というスローガンのもと、雇用状況や景況調査をおこなっています。雇用動向調査は、毎月同じフォーマットで確認します。仕事量が急激に減ると、会社都合で従業員を休ませる一時帰休という操業停止状態を招きます。その際に、一時帰休の企業がどれくらいあるのか、またその業界は広がっていくのかなど、全体感を見定めることができます。こうした雇用動向調査の動きは、数か月にわたってその余波が広がっていきます。この毎月の調査は非常に重要で、予防線を張ることができるようになります。同業種や同業他社においても、そういう状況下にあることを踏まえて、事前に会社との協議ができ、迅速な対応で雇用を守るという取り組みが重要になります。お手元の雇用動向調査の資料にも、解雇手続きや倒産手続き、一時帰休・賃金カットなどの労働条件を脅かすような言葉は、初めて耳にする方がおられるかもしれません。
 労働基準法では、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない」と定めています。しかし、皆さんが就職して、一か月間ずっと自宅待機を命じられ、休業手当として支払われる6割の賃金で生活ができるかというと非常に厳しい。この状態がずっと続けば企業の存続も危ぶまれる。この雇用動向調査は、雇用とくらしを守る重要な取り組みとして位置づけられています。
 景況調査は4月と10月の半期ごとに調査します。ここでも、DI値(企業の業況感や、設備、雇用人員の過不足などの各種判断を指数化したもの)を見て企業の景気動向がどういう状態にあるのかを確認します。先ほどの調査と連動しますが、景気の状況をつぶさに見ながら、我々と一緒に企業別労働組合は迅速な対応を行います。経営するのは会社ですが、我々は経営に参画していると思っています。私たちは労働力を提供し、その労働力を製品に変えて利益を生む。その頑張りが企業の利益につながるという意味で、経営参画者の一人です。
 大企業は、情報公開の義務があります。ホームページなどで会社の業績が公表されますが、通信簿を見て、結果だけで一喜一憂しても手遅れです。その過程が非常に重要で、我々労働組合は常々労使で協議を展開します。

3.単組活動実態ヒアリング調査

 労働組合では、世話活動を担って組合活動を支える人を「オルガナイザー」と言います。直訳すると組織する人、運動をする人、組織拡大をする人など、いろいろな意味があります。ほとんどの産業別労働組合はオルガナイザーを抱えていますが、こんなに多くのオルガナイザーを抱えている産業別労働組合はJAMだけだと自負しています。先ほど説明したとおり、中堅・中小を中心とした2,000の組合を抱えているため、その世話活動を担う人が必要です。例えば「自動車総連」という自動車メーカーのグループ企業の労働組合を中心とした産業別労働組合があります。そこでは、グループごとに専従者を抱えていています。例えば、グループの一番大きな自動車メーカーだとトヨタですが、トヨタ労連で専従者を抱えて、グループ全体の世話活動をします。
 一方、我々JAMは企業別労働組合の連合体であり、企業グループ労連とは違うため、多くの専従者やオルガナイザーが必要です。専従者やオルガナイザーが2,000の組合を訪問して、60項目に及ぶ日常的な活動の実態について把握します。労働組合が労働組合として、自立した活動が一定レベルでできるようにサポートするための調査活動を4年に一回やります。この活動が「単組活動実態ヒアリング調査」です。
 先ほどの雇用動向調査や景況調査は企業の状態を把握して、不測の事態にならないように事前に行いますが、こちらは労働組合の力を発揮できるような準備が整っているのか、チェックするための調査活動です。

4.オルガナイザー育成推進室

 ここでまたオルガナイザーという言葉が出てきました。オルガナイザーというのは、組織を支えて、組織を育てていく世話活動を担う中心的な役割の人です。JAMには今90名近くいます。彼らには、豊富な知識と経験に裏打ちされた判断や行動力、的確な指導・助言が求められ、重要な責務を担っています。
 JAMに加盟する35万人の人たちは、月々700円の加盟費を払っています。30人の企業の労働組合の人たちが払う700円と、1万人の企業に属している労働組合の700円では、同じ700円でも意味が違います。大きなところは労働条件も良く、福利厚生も含めて中小零細企業に比べると恵まれています。労働条件が低いところの700円と高いところの700円では、負担率が違うわけです。このような負担率の違いなどもあって、我々は世話活動の重点対象を中小零細の労働組合に置いています。
 また、「オルガナイザー育成推進室」を設置し、「オルガナイザー育成塾」というものを今年からスタートさせました。ここでは、OJTで先輩の後ろ姿を見ながら成長していくという実践教育を展開し、一流のオルガナイザーの育成をめざしています。

5.ものづくりは人づくり

 ものづくりを支えるのは、その一つ一つの部品をつくる人の技術です。日本には60近くの産業別労働組合があると言われています。その産業別労働組合のなかで唯一、厚生労働省の委託を受けて人づくりをしているのは、JAMだけです。JAMのなかには優れた技術・技能の経験を積んだ方々が非常に多くおられます。「ものづくりマイスター」の方たち(ものづくりに関して優れた技能、経験を有するとして厚生労働省に認定された人)は、いろいろな中小企業や工業高校に派遣されて、社員や高校生に技能訓練をします。4年間の取り組みで材料費として641万円を補助し、18,000名がJAMの熟練技能継承事業で経験を積みました。そのうち1,439名が技能検定試験に合格しています。このことは、新聞でも大きく取りあげられました。

6.JAMにおける経営問題対策

 ここからはJAMの経営問題対策、いわゆる経営が傾いたり、不測の事態が目の前に迫って来たときにどのように対応するか、という話です。企業組織再編と労働組合の対応において、我々労働組合としての権利と従業員としての権利をどのように守っていくのか、あるいは、合併、事業所や会社分割、企業買収とその再編のときに、労働組合がどのような立場で関与し、自分たちの手で自分たちの雇用と生活を守れるのか、ということについて「企業組織再編マニュアル」として整理しました。「企業組織再編マニュアル」をつくり、すべてのオルガナイザーはこれを熟読します。マニュアルをオルガナイザーに水平展開することで、不測の事態に陥った組合は、どこも同じサービスや対応を受けられます。
 倒産した場合、借金を抱えているので、債権者である借金の取り立て人がいろいろなところからやってきて、借金が踏み倒されないように、材料費や売掛金を回収にきます。そうすると我々の給料や退職金の保全ができないことになるので、私たちはオルガナイザーに「倒産直後は何をしなければならないか」を指示します。実例を挙げますと、倒産の一報が入った後、会社と雇用安定協約を結びます。それは、労働組合と会社で一緒に雇用を守っていくという協約です。良い社長の場合、「実はうち、倒産しそうなんだ。皆さんの雇用や労働条件を守ってあげたいけど守れなくなるので、最大限できる範囲のことをやってあげたい」と、事前に労働組合に情報を流してくれます。そうすると我々労働組合は、裁判所に破産の申し立てや倒産の申し立てをする前に、労働組合は自分たちの権利として、会社の設備や材料を労働組合や従業員の持ち物であるという取り交わしを結び、それらを売って、従業員の未払い賃金や退職金の一部に充てます。本来は、税金や社会保険料の支払いが優先されるので、労働債権は2の次3の次になりますが、譲渡を受けた我々の持ち物は、差し押さえをすると税金や売掛金の回収でも簡単に持っていくことはできません。
 企業組織再編の動きはいつおこるかわかりません。万が一に備え私たちは、日々会社との話し合いにおいて、経営状況の変化を迅速に察知することが重要です。企業がどのような状況にあるのかは、そこで働いている人たちが一番に気づくわけで、そうした変化を労働組合は組合員の方から情報として集めます。会社はどちらかというと、不安をあおるような情報を組合員や労働組合に出したがりませんが、「こんな事態が現場に起こっているが大丈夫ですか?」という聞き方で引き出します。その後は、担当のオルガナイザーとマネジメントを担う書記長、全国のオルガナイザーが連携をとりながら、従業員や組合員の生活を守る取り組みをします。産業別労働組合とは、不測の事態に私たちを守ってくれる保険のようなものです。

(1)事例1:取引先の海外調達による規模縮小
 ここからは、経営対策の実例について紹介します。取引先の海外調達によって、生産量が4割も減ってしまった企業の実例です。生産量が4割も減ると、今働いている従業員の数も必要なくなります。しかし、労働組合は本当にその道しかないのかとチェックします。
 まず、雇用確保に向けた対策について、徹底した労使協議を行います。そして雇用安定協約を締結します。そして、雇用に関わる課題については事前に労働組合と協議をして、その後の進め方について決めていきましょうという「事前協議約款」を結びます。採用や配置転換、出向、転籍の人数について事前に企業から組合に提出されれば、その数が適正かどうかについて話し合うことができます。人事権は企業にあります。しかし、雇用安定協約があるのとないのでは全然違ってきます。私たちがそこに関与することができるという重要な労働協約の一つです。
 もう一つの重要な点は、企業活性化に向けた労使共同宣言です。この企業の労働組合は従業員の代表として、取引先の機械メーカーに取り引きの継続について相談に行きました。さらに、雇用を守るためにワークシェアリングや出向の受け入れ要請を行いました。しかし、すべての従業員を守ることはできずに、百数十名の方々を「希望退職」という形で募集しなければいけなくなりました。辞めたくないのに仕方なく辞めなければいけなかった人たちには、次の職に就くまでの生活を守るために、退職加算金として2〜3年分の賃金の上乗せを保障しました。そして再就職先を探す取り組みも行いました。労使共同宣言では、社長自らが皆の前で残った人たちの不安を解消して力を合わせていい会社に立て直そうと、約束しました。
 なお、生産量を減らした取引先の企業に、雇用を守る義務は基本的にはありません。しかし、雇用に多大な影響を与えるような受注変動が発生したので、企業の社会的な責任を追及したり、企業及び関連企業への従業員の引き受けを依頼しました。不測の事態を避けられなかったわけですが、労使の話し合いによって進むべき道を決めたことで、この企業は今どんどん人数が増えて、優良企業に変わってきています。このようにガラス張りの労使関係で腹を割って話をすることが、非常に重要だということが、この事例でご理解いただけると思います。

(2)事例2:「ブラック企業」経営者
 皆さんは今、「ブラック企業」という言葉を耳にされる機会が多いと思います。ここでは「忍び寄る魔の手」と書きました。これは優良企業だった会社が、突如として別会社に乗っ取られて「ブラック企業」化したという事例です。いま「ブラック」でなくても、「ブラック」になる可能性があります。そこで労働組合がそこに立ち向かって、「ブラック」から「ホワイト」に転換させようとしている話です。
 買収企業は「TCSホールディングス」というグループ全体で、1万人の従業員を有する会社です。この会社は、いろいろなやり方で企業買収をしています。そこの複数の関連会社が、ターゲットにした企業の株を数%ずつ買収します。気づいたときには、そのグループ全体で、ターゲットにされた企業の20~30%の株を取得して筆頭株主に名乗りを上げるという手口です。そして、一緒に経営をするのか、退陣するのか、という交換条件を出してきます。このようなやり方でJAMの加盟組合の会社4社が買収されました。すべて同じ手口です。TCSホールディングスの会長は労働組合を毛嫌いしていて、どうしても労働組合を排除したい。その理由は、日ごろの労働組合による経営チェックが、経営者にとっては非常にやりづらく、物を言う従業員代表や労働組合の存在が目の上の瘤であり、それを指南してサポートする産業別労働組合のJAMが邪魔な存在なのです。
 買収されたのは「セコニック」という会社で、電子顕微鏡やカメラのレンズの制御機器をつくっている会社です。セコニック労組は春闘で、年間5か月程度の一時金の労使協約を締結しました。その途中でこのTCSホールディングスに乗っ取られて、夏の一時金は満額でしたが、冬の一時金支給の直前にその約束が破棄されます。そして、TCSホールディングスは組合を抜けたら一か月分を保障すると言い出しました。組合員の一本釣りです。セコニック労組はJAMや顧問弁護士と連携して提訴し、2年間の裁判闘争の結果、組合の主張が認められました。その後、JAMではブラック企業対策本部を立ち上げました。買収された組合が連携し、自分たちの雇用を守る取り組みをおこなっています。

(3)事例3:破産から民事再生へ
 3番目の事例は、倒産した大阪の企業のケースです。この企業は、NHK番組「プロジェクトX」にも取りあげられた優れた技術を持った中小企業でした。しかし、親会社が中国に生産をシフトし、売り上げが激減しました。2005年6月に手形の不渡りが出て破産申請をし、そこで民事再生法による再生を試みます。
 労働組合は、それ以前に会社に労働組合による再建計画案を提案していましたが、当時の経営者は受け入れませんでした。それから5年後、手形不渡りで破産が申請されて、全員即日解雇となりました。労働組合は債権人からの物品回収を防止するために工場を占拠しました。会社と譲渡契約を結び、労働組合の持ち物として、すべての工場内のものを押さえます。しかし、現場ではトラックで設備を持ちだそうとする業者が訪れました。組合員は門の所に人の盾をつくって、それを「ピケ」と言うのですが、それで中に入れないようにしました。裁判所の管財人が会社の持ち物すべての移動を停止する、という命令を下すと、もう触れられません。そこまでの間に我々労働組合による迅速な対応が求められます。
 その次に、会社側の代理人である弁護士と労働債権についての話し合いを継続的にやります。しかし、埒があかないので、労働組合が裁判所に民事再生法の申し立てをしました。これは前代未聞の申請で裁判所も受理していいのかと混乱しました。結局、会社側が民事再生の申し立てをして、会社が責任を持ってやっていくということになりました。
 労働組合が5年前に会社に再建計画を提出した当時、管理職の比率が非常に高く、社員80人のところに27人と、3分の1の管理職がいました。現場で汗を流す人ではなく、多くの給料をもらう管理職の比率が高いというわけです。そこで労働組合は弁護士とその管財人と連携して、管理職21名に辞めてもらうことを決めました。管理職は会社側ですので、経営の責任をとるのは当然だということで退職してもらい、組合員全員の雇用を守ることで建て直しへの一体感が生まれ、会社再建への方向性がなんとかみえました。「倒産が再生の契機に!自分たちの手で守れる雇用もある」と資料に書きました。この事例は、労働組合が自分たちの会社を再建しようと一生懸命になり、さらにJAMや地域の仲間が支援にかけつけて、うまく進んだ好事例となりました。

7.さいごに

 労働組合は、従業員や労働者しかつくることができません。経営者が労働組合をつくることはできません。給料をもらう側の人たちが、皆で団結してつくる組織です。皆の助け合いで成り立っている組織です。みなさんがこのような活動について目にする機会は少ないと思います。今のメディアは労働組合を取りあげることが非常に少ないからです。今日の講義によって、労働組合は労働者のために、自分たちの雇用と生活を守るために活躍していることを知っていただく機会になればと思います。私の説明は以上となります。ご清聴ありがとうございました。

以 上

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