一橋大学「連合寄付講座」

2013年度“現代労働組合論I”講義録

第9回(6/7)

職場の課題とその取り組み[6]
非正規労働者の組合加入・処遇改善の取り組み

ゲストスピーカー:簑田 欣治(大丸松坂屋百貨店労働組合中央執行委員長)

はじめに

 本日は非正規労働者の組合加入・処遇改善というテーマで企業の実態や労働組合の取り組みをお話しします。私たちの企業では、主にパートタイマーや契約社員に代表される非正規労働者を「有期契約社員」と呼んでいます。

1.大丸松坂屋百貨店の概要

 私が勤務する「大丸松坂屋百貨店」は、関東の方にはあまり馴染みがないかと思います。もともと関西に基盤を持つ百貨店の大丸と、名古屋を基盤とする百貨店の松坂屋がちょうど5年前に企業統合を果たして、「J.フロントリテイリング」というホールディングスを設立しました。現在はJ.フロントリテイリングの中核子会社として企業活動をおこなっています。グループには当社の他、同じ百貨店ではありますが別会社として博多大丸、高知大丸、下関大丸があり、また皆さんの年代にはお馴染みの方も多いと思いますが、昨年M&Aをおこなった「パルコ」、その他にも商社、クレジット会社、人材派遣会社など連結子会社30社を持つ企業グループです。ここ4年間のグループ全体と当社の売上高と営業利益の推移を見ると、グループでの年間売上高は1兆1000億円弱で、これは百貨店業界では、三越伊勢丹に次いで2番目の規模です。営業利益面については、昨年度、三越伊勢丹と高島屋を抜き再び業界トップの規模に立ちました。ただ百貨店は高額品を扱う手前、今は非常に良いのですが、おそらく来年の消費税の増税が業績に大きく影響してくると思います。消費税が引き上げられると、当社のみならず業界全体が非常に厳しい状況に陥るのではないかと危惧されています。

2.大丸松坂屋百貨店労働組合の概要

 労働組合の概要についても簡単に触れておきたいと思います。先ほどグループ連結子会社は30社と紹介しましたが、その多くは大丸松坂屋百貨店からの出向者で構成されています。そして、労働組合のほうも大丸松坂屋百貨店労組を中核に、地方のグループ百貨店各社の労組あるいは商社、建装、レストラン事業の労組など10の労働組合が集って、「J.フロントリテイリンググループ労働組合連合会」を結成しています。私はその連合会の会長を兼務しています。グループ全体の組合員は現在9,000名程度です。なお、パルコ労組については、昨年グループ化されたばかりということもあって加盟していません。
 大丸松坂屋百貨店労組には、各地の店舗所在地を職域とする10の支部があり、組合員は現在約7,300名です。全従業員は約8,000名で、そのうち部長級以上の経営層を除くほぼ全員が非正規を含めて組合員となっており、7,300名の組合員のうち2,500名が有期契約社員です。大丸松坂屋の労使では、雇用契約の期間が1年の従業員は、正式呼称としては「パートナー」と呼んでいます。正社員ではない従業員には、「パートナー」の他に60歳以上の定年再雇用者がいます。「パートナー」と定年再雇用者を総称して、「有期契約社員」という呼び方をしています。
 現在、全従業員のうち有期契約社員の比率は約35%です。数年前は約40%でしたが、ここ数年業界が非常に厳しい中で有期契約社員の採用を抑制してきた結果、比率は横ばい、あるいは下がってきています。とはいえ、本社はほぼ正社員で構成されているため、お客様との接点である店舗では半数以上、多いところでは70%以上が有期契約社員で運営しているところもあります。有期契約社員は、まさに企業の収益の根幹である店舗運営を支える人材です。

3.百貨店業界における有期契約社員の位置づけ

 世の中ではパートタイマー、人材派遣、請負といった形態で働く労働者の問題、例えば正社員との賃金格差や雇用の不安定さ、厳しい労働環境などの問題がよく取り上げられていると思います。しかし百貨店の場合は、メディアで報じられているような状況とはやや異なる側面を持っています。正規、非正規間の格差を良しとはせず、均衡処遇の実現を常に労使共通の課題として取り組んでいます。ではなぜ労働組合だけでなく、経営側も含めた共通課題なのかということについて、具体的に述べていきたいと思います。以下はあくまでも当社の事例ですが、おおむね百貨店業界各社についてもあてはまるものと思います。
 労使共通の課題である理由の1つ目は、当社では約35%が有期契約社員であるということです。そのうち、店頭販売員の有期契約社員の割合は、全体の50~60%以上を占めています。つまり百貨店における有期契約社員は、販売やサービスの基幹人材であり、顧客に対し「販売サービス」という百貨店の価値を直接提供する人材、企業にとっては「売り上げ」という価値を生み出す人材といえます。したがって、有期契約社員のモチベーションが低下する、働き甲斐が感じられない職場や制度では、サービスの質が低下し、売り上げが下がるという状況になりかねません。
 2つ目は、有期契約社員が担う店頭販売業務は、誰がやっても同じ結果がでる仕事ではなく、本人のやる気、能力、スキルによって成果、パフォーマンスが大きく変わるということです。したがって、正社員ではないからといって教育研修や考課、評価をおろそかにし、マネジメントを担う正社員が差別意識をもっていては、組織の成果や生産性が上がっていきません。百貨店はご承知のとおり労働集約産業なので、有期契約社員のマネジメントや労務管理にかかる企業のエネルギーやコストは正社員と大差がなく、場合によっては正社員以上に手厚いことがあります。
 3つ目は、有期契約社員は従業員であるとともに顧客の顔を持っていることが挙げられます。当社の場合、有期契約社員のアンケートを見れば、入社の動機にファッションが好き、百貨店が好きという理由をあげる人が非常に多く、入社前から当社で買い物をしていた人、当社を辞めてからも買い物をする人が相当数います。今は当社で働いている人が、数年後には顧客として買い物をしている姿が容易に想像できるわけです。流通業では、「1つのクレームが10人の顧客を遠ざける」といわれています。当社で働いている人が幻滅を感じるということになれば、本人だけではなく、家族、友人、知人を含め相当数の顧客を失うことにつながりますので、そういった状況はなんとしても避けたいということです。
 これを裏付けるエピソードを2つ紹介します。1つ目に、現在では「パートタイマー」という言葉は当たり前のように使われていますが、実はこの言葉は、1957年に大丸東京店が商売の繁閑を埋める短時間労働者を募集した時に、日本ではじめて使われました。その時の募集広告のキャッチコピーに「奥様、お嬢様の3時間の百貨店勤め」とあります。当時からパートタイマーを働き手であると同時に顧客とみていた雰囲気がこの言葉からうかがえます。
 もう1つは、1995年の阪神大震災の時に大丸神戸店が被災し、建て替えを余儀なくされた時のエピソードです。その際に雇用調整の必要性に迫られることとなりました。当時関西には神戸店の他に大阪に2店舗、京都に1店舗と、大店舗が3店あり、これら他店への再配置でなんとか乗り切りました。当時350名ほど有期契約社員がいましたが、誰一人として雇止めをすることなく雇用を確保したうえで復興を果たすことができました。こうした対応、考え方は新会社になっても変わることなく受け継がれています。
 このように大丸松坂屋においては、有期契約社員を単純なローコスト人材あるいは雇用の調整弁としてではなく、企業を共に支える重要な人材として考えてきました。製造業の現場では偽装請負や派遣の問題が取り上げられていますが、例えば、工場の中で与えられた仕事を決められたやり方で作業する、あるいは人の能力の差で品質に差が出ないように管理されているような企業と、顧客に直接サービスを提供する、あるいは人の能力が業績に直結する百貨店とでは、非正規社員の位置づけが自ずと異なってくると思います。以上、必ずしもすべての百貨店が同じ認識にあるとは思いませんが、百貨店が他産業に比べて格差是正に取り組む必要性が、労働組合だけではなく企業側にもあることをご理解いただければと思います。パートタイマーをはじめとする有期契約社員の組合加入率は、全国各地の百貨店労組でもほぼ8割以上ではないかと思われます。また、毎年の春闘の中でも、有期契約社員の処遇改善や均衡処遇に向けた取り組みが非常に活発におこなわれています。そうであれば、いっそのこと全員を正社員にしたらどうかという意見があるかとは思いますが、なかなかそうならない事情については、後ほど述べます。

4.有期契約社員の組合加入(組織化)の取り組み

 大丸松坂屋百貨店労組の前身である大丸労組では、1979年に現在の有期契約社員にあたる定時社員を組織化しています。これは日本の企業の中でも相当に早いほうだと思います。当時の組織化の背景や考え方について、30年以上前の取り組みになりますがご紹介します。
 当時から会社では、「経営の効率化」や「人員削減」といった文言が使われ、この対応として有期契約の従業員採用を拡大していきました。1979年には、従業員に占める有期契約社員の割合は12.8%になり、正社員が当たり前の世の中であったことから、これは相当大きな比重でした。1983年には一気に30%にしていくといった計画も掲げられました。そこで労組は、同一企業内に多数の組合員ではない労働者を抱えることは問題であるという認識から、有期契約社員の組織化を図ったわけです。連合がパートタイマーの組織化を大々的にとりあげたのは2000年に入ってからで、その後多くの労組でパートタイマーや契約社員の組織化の動きが活発になりました。この取り組みは、組合加入の理解を求め説明会を何度も繰り返し、一人ひとりの了承をとるという非常に労力がかかるものでしたが、私たちの労組では、30年以上も前に諸先輩が組織化に取り組み、ユニオンショップ協定を会社と結んでいたため、そうした苦労はありませんでした。
 現在、新規採用の有期契約社員には、採用後すぐに組合員になることを前提に労働組合による説明会、懇談会をおこなっています。有期契約社員に限らず学生の皆さんの中にも、労働組合というのは特殊な存在あるいは抵抗勢力、労使対立といったイメージを持たれている方が多いと思いますが、労働組合の活動は時代の変化とともにその中身も大きく変わってきています。私たち労組では、有期契約社員に対し、労使協調、労使の信頼に基づいて活動していることをまず説明しています。「労働組合は決して特別な存在ではなく、職場で働く皆さんと同じ立場であり、皆さんが組合員となることで成り立っている、分かりやすくいえば皆さんが住んでいる地域の町内会や自治会、学生でいえば生徒会、保護者でいえばPTAのようなものである」とお話ししています。
 なぜ採用後すぐ組合員にならなければいけないのかというと、それはユニオンショップ制の原則を維持するためです。労働協約では、会社の従業員は組合に加入しなければならないということを取り決めています。組合加入と同時に権利・義務も発生します。義務の代表的なものとして、労組の活動資金として、有期契約社員も含めて組合費をもらっています。組合費は月々の給料と年2回の賞与から天引きをしています。なお、労働協約では賃金、労働時間、休日・休暇といった労働条件の細部にわたる労使の合意事項が定められています。組合員の労働条件に関わる事項については、正社員、有期契約社員を問わず、すべて労使協議をおこなって取り決め、労使で締結します。ある意味これは会社の法律であり、これに則って労使関係があるのです。
 次に、労働組合の組織と仕組みをご紹介します。私たちの組織は、本社経営に対する中央執行部と店舗経営に対する10の支部で構成されています。有期契約社員については店舗勤務が基本であることから、10の支部のいずれかに属しています。支部では必ず数名の有期契約社員に執行部として活動をしてもらっています。それから労組活動の根幹である、現場とのコミュニケーション活動については、新入組合員懇談会の場で説明をしています。コミュニケーション活動とは、例えば職場集会や職種別の懇談会などの場で、組合活動や交渉時の要求内容について意見をもらったり、人事制度などの情報提供、働き方や生活実態などのアンケートを定期的におこなったりするものです。また、支部の中には、執行委員とは別により身近な存在である職場委員を置き、有期契約社員のメンバーを中心にその役割を担ってもらい、日常の執行活動に対する意見をもらっています。経営と課題を協議して解決していくプロセスにおいて、正社員、有期契約社員の区別は全くありません。

5.有期契約社員の処遇改善(人事・賃金処遇制度の変遷)

 次に本日の主なテーマである処遇改善、均衡・均等処遇の取り組みについて話します。
 その前に、先ほどふれたように、企業あるいは労組活動の根幹の人材として、モチベーションや能力を高める必要があれば、全員正社員にすればよいのではないかという意見が多くあります。しかし、なかなかそうならない事情について述べます。
 今の環境の中で全員を正社員化することは、人件費増による業績への影響が極めて大きく、とりわけ百貨店業界では企業の存続さえ危ぶまれる要素となります。全国百貨店の売上高は2012年こそ一昨年の震災の反動で何とか前年を維持しましたが、正直なところ、構造不況業種あるいは斜陽産業といっても過言ではない状況です。2013年になってからはアベノミクスによる株価高騰で消費マインドが改善し、高額商品がよく売れています。しかし、2011年までの間は15年連続で前年売り上げを下回り、一時期10兆円近くあった百貨店業界の売り上げは15年間で6兆円台に落ち込み、日本の小売業全体における売り上げのシェアは5%を下回る状況です。さらには少子高齢化の進行によるマーケットの縮小やネット通販の台頭、郊外における大型ショッピングセンターの出店といった、業界を超えた競合が激化しており、おそらく将来的にもこの環境の改善は見込めないと思っています。そうした状況にあって、企業は将来存続していくためのさまざまな戦略を立てています。加えて、できる限りローコストで運営することが不可欠な条件になっています。また、ご承知のとおり、大きな建物の中に人をたくさん抱えて商売をするという特性上、人件費や施設費、宣伝費が非常に多くかかるなど、もともと利幅の薄い構造になっています。そして一番経費がかかるものが人件費であるため、賃金の高い正社員を採用するより、賃金が比較的抑えられる有期契約社員を増やす方が得策であることが企業サイドの事情としてあります。このことは他の産業も同様ではないかと思います。したがって仮に有期契約社員全員を正社員にすると人件費がかさみ、企業の存続、雇用の場そのものが危うくなることが目に見えているということです。
 2つ目に、そうならないように仮に正社員の処遇を引き下げれば、正社員のモチベーションあるいはモラルは当然低下し、また、不利益変更といった法的問題も出てきます。組合員構成はまだまだ正社員が多いことからも、労働組合も反対の立場をとらざるを得ないということです。
 3つ目に、有期契約社員の生活や感情に配慮するとしても、雇用の場そのものが失われかねない選択は労組としてはできません。
 一方、そうした中で百貨店は雇用構造の転換期を迎え、有期契約社員の増加とともにその職域も拡大し、高いレベルの販売から中には売場のマネジメントまで担う人材も生まれています。こうした状況は雇用の不安定な従業員の増加や正社員転換の先延ばしと受け取られるかもしれませんが、雇用責任と企業収益の両立が求められる企業経営において、避けては通れない事情と考えています。
 それではどういった対応が求められるのかということですが、正社員と有期契約社員の雇用形態間の均衡処遇の実現を図ることが労使の共通課題になります。言葉に留意いただきたいのですが、“均等処遇”ではなく、“均衡処遇”の実現が共通課題です。社会・経済、競合状況、企業業績、顧客からの評価、あるいは従業員のモチベーション、モラル、また労働市場の需給関係といったさまざまな相関する要素を踏まえた上で、正社員と有期契約社員の雇用形態間の最適バランスを図ることが重要であると思っています。昨今のように時代環境が刻々と変化する中では均衡のありようが毎年変わり、それに合わせて常にベターな状態をつくりだすためには、継続的な労使による労働条件、ワークルールの整理の取り組みが不可欠です。有期契約社員のシェアが拡大して役割が高まっていく中では、自ずと格差是正そして均等処遇にベクトルが向いていくとは思いますが、今は均衡処遇の実現がまず第一の課題です。

(1)有期契約社員の人事・賃金処遇制度の変遷-ステップ1-
 労組がどのような経緯、経過の中で均衡処遇に取り組み、均等処遇に近づきつつあるのかという点について、前身である旧大丸労組の事例を紹介しながらお話しします。
 大丸における有期契約社員に関わる制度の概要について人事・賃金制度を中心に歴史的な経緯も含めてお話しします。会社の考え方、方向性として打ち出されたものは、次の3点になります。まずは1981年の定時社員の人事制度の改定、次に大きく変わったのが2000年の人事改革、そして今から6年前の2007年の雇用形態改革、この3つの動きが当社における有期契約社員の制度を語る上での大きな流れです。以下、詳細について当時の環境背景も含めてお話しします。
 大丸労組では、1979年にパートタイマーを組織化し、その2年後の1981年に有期契約社員、当時の呼び方でいう定時社員の人事制度を労使で協定しました。これが大丸においてはじめての体系立った有期契約社員の人事処遇制度となりました。その背景には、高度経済成長が終わり企業間の競争が激化し、要員管理や人件費の効率化が必要とされたこと、また家事の合理化や核家族化によって主婦層の社会参画が強まったことなどがあげられます。こうした中で、今とはレベルは異なりますが、パートタイマーを本格的に戦力化していこうという考えが出てきました。今の制度とは大きく異なり、例えば正社員は年功的な人事制度で、ゼネラリストとしてあらゆる職務を担うことが前提でした。他方、有期契約社員は、当時の定時社員は概ね主婦層であり、短時間のパートタイマーであったこと、また、正社員の補完的な役割が多かったことが特徴としてあげられます。有期契約社員の賃金の基本体系は時間給で、年2回の賞与の支給と評価による毎年の定期昇給がありました。賃金体系は4段階で、ある程度経験を積めば自動的に上がっていくもので、教育研修はOJTを中心とするものでした。こうしたことから正社員との賃金格差は非常に大きかったと思いますが、当時の常識としては職場の中では認められる格差として、ある意味均衡が取れていたように思います。しかし当時の資料をひも解くと、体系的な制度改革の必要性、同一価値労働・同一賃金あるいは仕事のレベルとその遂行能力に応じた処遇といった、今日でも十分に通用するような考えも織り込まれています。この定時社員制度は2000年までの約20年間引き継がれていきました。

(2)有期契約社員の人事・賃金処遇制度の変遷-ステップ2-
 次に、有期契約社員に関する大きな制度変更があったのは2000年です。当時を取り巻く社会・経済環境は、バブル経済崩壊後のデフレ経済の真っ只中で、労働市場においても失業率が高まるなど雇用情勢が非常に悪化し、ローコストの労働力への切り替えが加速しました。日本経済や企業経営にとって、そして労働組合にとっても非常に厳しい時代でした。
 この当時大丸は、4期連続の営業赤字を計上し、百貨店業界ではじめての早期退職募集を行いました。コスト構造を抜本的に見直すために正社員のスリム化を図り、一方で有期契約社員のシェアを拡大させる方策が一気にとられました。営業改革と呼びましたが、組織・業務運営の大変革も行い、売り場ごとの運営と販売の形態をセルフ型と完全なお客様密着型の接客とに分類し、そこに必要な人員数とそれにともなう人材要件を整理して、役割ごとに業務に専念できる体制を整えました。こうした中で仕事・役割を軸とした配置・処遇を進め、正社員の人事制度をそれまでの年功的運用がなされていた職能資格制度から職務型の制度に転換しました。つまり年功要素を逓減して、どの仕事でどれだけの成果を上げたかということで処遇を決定する仕組みに変えたわけです。一方、有期契約社員については、販売や事務作業など職務を限定する中で、正社員との役割を原則区分して配置しました。正社員を職務型に転換したことで、正社員と有期契約社員が同じ仕事をして処遇が異なるのは問題であるため、有期契約社員についてはローコスト人材ということで、仕事の中身を正社員ときれいに分けた時期でした。
 販売を担うセールスパートナーと呼ばれる有期契約社員は、正社員と同様のフルタイマーとして時間給から月例給に改めました。一方、事務作業系の定型業務を担うパートナーと呼ばれる有期契約社員は、それまでと同様に短時間勤務で時間給という形をとり、働き方と賃金体系を見直していきました。この時、はじめて社員登用のルールが制度として整備されました。処遇面では、高い職務に就いた有期契約社員の月例給は同じ職務を担う正社員の8~9割程度というように、以前に比べると是正がなされたのですが、賞与を含めた年収では正社員の7~8割程度でした。とはいえ正社員と全く同じ処遇ではなく配置転換が限定的であったことから、処遇の合理性は満たしていたと思います。

(3)有期契約社員の人事・賃金処遇制度の変遷-ステップ3-
 一番新しい動きは2007年の雇用形態改革です。2000年の制度見直しから数年が経過し、緩やかな景気回復が続いた中で、今では競合になっているショッピングセンターを中心とした商業施設の増加にともない、販売職を中心に労働市場の需給関係が逆転しました。つまり買い手市場から売り手市場へと変化する状況になりました。社員数がどんどん減少していく中で、有期契約社員を含め量ではなく質的な活用の必要性が生じ、限られた人材を柔軟に活用していくためにも有期契約社員の定着と確保が大きな課題になりました。一方、正社員の人事制度についても、この頃までには残存していた年功的要素やさまざまな手当、家族給などをすべて撤廃し、完全職務型といえるまでに職務型が進化しました。
 有期契約社員についても、短時間からフルタイマーに近い働き方がほとんどとなったことから、制度をさらに見直しました。ローコスト人材という考え方を一転改め、正社員同様の機会拡大、本人意思と意欲を制度設計の根幹に置き、有期契約社員を職場の中核人材として戦力化を図るという、大きな方向転換が行われました。これまでは、できる人には係長クラスまで仕事領域を拡大していましたが、雇用区分を再整理し、役割グレードを設けて制度的に昇級機会を拡大しました。また、評価・考課の仕組みも社員同様のレベルに改め、時間給を完全に撤廃して基本的には月例給に一本化しました。働く時間も給与体系も正社員と同様をめざして改革を進め、社員登用ルールも明確に整備しました。処遇面では、同じ職務を担う正社員に比べて月例給はほぼ同水準、賞与も含めた年収では正社員の8~9割程度、販売職にあっては成績が良くなれば場合によっては社員以上の所得が得られる仕組みへと改めました。この制度改正により、正社員と有期契約社員の処遇ポリシーについては、職務と成果を基軸とする点で差がなくなったと考えています。
 この2007年の改正は、現在に至るまで基本的な考え方は一切変わらず、制度のマイナーチェンジに合わせ、都度均衡が図られる形で見直しを行っています。正社員の処遇は、担う仕事・役割に応じて賃金が決定される仕組みとなっており、これに対応するかたちで有期契約社員の処遇体系や賃金水準を整備しました。有期契約社員の役割グレードを4段階で正社員の給与体系にほぼ合わせた形とし、同じ職務を担う正社員に対して月例給では同水準、役割や処遇が変わるたびにグレードがアップする仕組みとしました。そして、主に売り場のリーダーにあたるグレード4に達し、問題なく業務が遂行できれば1年後には自動的に正社員に転換される仕組みに改めました。正社員になれば基本的に販売を担当してもマネージャーを担当してもよく、優秀な人は部長まで上がっていくことができます。正社員転換については6年が経過し、この間に110名が有期契約社員から正社員に転換しています。2,500名の中で100名ほどでは少なく思われるかもしれませんが、当社の年間の新卒入社は30名程度であり、その割合からすればある程度の数字ではないかと思います。

(4)2006春闘における処遇改善
 このような均衡処遇に向けた制度、仕組みの見直し過程のトピックスとして2006年春闘の事例を紹介します。2006年は雇用形態改革の前年であり、労働市場が買い手市場から売り手市場に逆転したことで、良い人材が集まらない、良いところがあれば転職してしまうという状況の中で、有期契約社員の採用と定着が一番大きな課題になった時期でした。当時はまだ有期契約社員の賃金体系はローコスト人材という位置づけにあったわけですが、2006春闘では、外商の有期契約社員組合員(アウトセールスパートナー組合員)と店頭販売の有期契約社員組合員(セールスパートナー組合員)の賃金アップに取り組みました。一方で、有期契約社員の採用と定着といった課題の解消に向け、採用時の初任給の引き上げにかかりました。それにともなう全体の底上げとしてアウトセールスパートナーの職務基本給については5千円、セールスパートナーの職務基本給については1万円を一気に上げています。デフレ状況下で正社員の月例給はベースアップを15年ほど行っていなかった中、有期契約社員の職務基本給を1万円、5千円と一気に上げるというのは過去の経緯からも考えられない数字でしたが、この背景には労働市場が大きく影響していました。経営サイドには経費増大に非常に大きな抵抗もありましたが、最終的には採用の実務を担う店サイドの経営層の後押しもあり、満額で回答を勝ち取りました。

(5)2005年の諸制度改定による処遇改善
 次に正社員と有期契約社員の細かな条件を見直した2005年の諸制度改定の事例を紹介します。例えば、電車の遅延で出勤が遅れてしまう、あるいは台風など災害の際に店舗の閉店を早めるケースが年間に何度かあります。こうした場合、正社員は働いた時間が短くなっても通常どおり働いたものとみなされるわけですが、有期契約社員は、パートタイマーという概念の名残から、こうした時間を全て給料から控除されていました。労働組合から同じ企業で働く従業員として平等に扱おうと働きかけた結果、平等扱いに改まりました。

(6)企業統合による制度・仕組みの統合
 処遇改善の取り組み紹介の最後は、ライバル松坂屋との企業統合にともなう有期契約社員の制度、仕組みの統合事例の紹介です。制度統合に際し、大丸と松坂屋の従業員の双方に不利益が出ないよう、両社の制度を並べ従業員にとって条件の良い方に正社員との均衡・均等を図ることを意識しながら、制度や仕組みの見直しを行ってきました。おそらく今日において休日・休暇、労働時間や働き方、福利厚生などは、ほぼ同一化・均等化が図られていると思います。
 以上、有期契約社員に関わる人事・賃金制度の変遷について話しました。均衡処遇というものは、常に社会・経済状況によって見直される必要があります。私は、大丸松坂屋百貨店の場合は有期契約社員のシェアの拡大、中核人材化が進むことで均衡処遇あるいは均等処遇に近づき、一方で2007年に正社員の人事制度を職務型に転換し年功要素を一切なくしたことで、正社員と有期契約社員の処遇ポリシーの差がなくなってきたと考えています。

6.今後の取り組み課題

(1)短期視点での取り組み課題
 これまで有期契約社員の処遇改善について人事・賃金制度の変遷を説明してきましたが、実際に現場での運用あるいは有期契約社員の目線で見ればどうなのかというと、まだまだ短期視点の課題があります。これまでに聞いた声には、「正社員として働きたいが本当に正社員になれるのか」、「評価を社員と同等レベルで行うといっているが、上司との接点や面談もないことから適正な評価がされているのか」、「グレード昇級という仕組みはあるが、正社員と同じ仕事をしているのに均衡といいながら賃金の差がある」といったさまざまな意見があります。これらは制度の問題というよりは、運用面の課題あるいは感情的な部分が多分にあると思います。また、制度や仕組みとその方向感が現場・職場の実態と多少離れている事実もあると思います。私たちは制度・仕組みづくりを進めていきますが、その運用には経費もかかります。制度が正しく運用されるよう現場の状況にしっかり目を配るとともに、必要に応じて軌道修正あるいは見直しを図ることが今後の継続課題です。

(2)均衡・均等処遇が進む中での課題
 加えて、均衡・均等化が進む中、完全同一条件にするための制度の課題は、賞与の取り扱いです。賞与は企業業績の成果配分という要素が高いことから大きく変動しますが、有期契約社員はあくまでも1年間の職種限定の契約であるため、業績の反映はさせず、賞与はすべて固定額支給となっています。この仕組みは業績が下がっても賞与は下がらないという良い面もあれば、業績が上がっても賞与は上がらないという悪い面もあります。仮に今後業績を上げていくために皆でたたかおうといった一体感やモチベーションを考えた場合、業績が高まった分を何らかの形で反映する仕組みを持つことが必要であり、今後の検討課題です。
 あわせて、非常に高いハードルとして退職金・企業年金があります。これについては労組のテーブルにはいまだ上がったことはありませんが、社会情勢、法律の見直しを含め、どのように対応していくかが大きな課題です。

(3)中長期的な経営構造に関わる課題
 中長期的な経営構造に関わる課題としては、将来の社会・経済環境を見通したとき、正社員を含めた雇用構造そのものを見直していくことが必要になるかもしれません。私は、正社員と有期契約社員の二者択一の論議ではなく、今後の百貨店のマーケットがどう変わっていくか、企業を支えるにはどのような仕事が必要で、そのためにはどういう人材が必要かを議論し、どのような雇用のあり方が良いのかを考えなければ、企業、産業として生き残れないと思っています。
 企業の中に身を置く立場、また、労働組合の立場からも、社会・経済環境と雇用の関係を常に考えることの大切さを改めて感じています。事実、有期契約社員のシェアが非常に高まり、有期契約社員が正社員と同様、あるいはそれ以上の仕事を担ってきた当社においては、労使協議の中でも「正社員とはいったい何なのか」ということがたびたび論議されています。

最後に

 これまでも述べてきたように、雇用は常に社会・経済環境の影響を大きく受けます。例えば、景気が良くなり業績が好転した場合や、景気自体は良くならなくても少子高齢化の中で労働市場が人手不足の状態になる場合、あるいは労働契約法などの労働者に関わる法律がより一層整備されることになれば、今後は正社員が増えていくかもしれません。一方、法律などの受け皿が整ったうえで雇用の流動化が進んでいけば、あえて正社員になる必要がない社会になるかもしれません。したがって正規・非正規の格差是正については、企業や企業別労働組合(単組)の取り組みが非常に重要ですが、一方で、経済政策や法律を変えていく取り組み、またそれを支えていく世論や社会的コンセンサスが極めて重要になってくると思います。
 私たち単組としては、産業別組織あるいは連合に対し、また個別企業としても業界団体、経済団体へ働きかけを行うことが、今後ますます重要になっていくと思っています。

以 上

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