一橋大学「連合寄付講座」

2013年度“現代労働組合論I”講義録

第7回(5/24)

職場の課題とその取り組み[4]
賃金と処遇改善の取り組み

ゲストスピーカー:余田彰 NTT労働組合中央本部交渉政策部長

1.NTTとNTT労働組合の概要

 今、NTTグループ全体の平均年齢は40代後半になりつつあります。そのなかで、NTTドコモやNTTデータなどは比較的若い社員が多いのですが、NTT東日本や西日本では高年齢層の社員が多くなっています。そのような現状を踏まえて、本日は賃金、処遇の話をします。
 まずはNTTグループの概要ですが、2011年現在、NTTグループの社員数は22万4,239人で、1つのグループ企業としては日本でも最大級です。2007年の郵政民営化によりJP労組が結成されるまで、NTT労動組合は単一労働組合として日本最大でした。
 企業活動のグローバル化が進む中、NTTグループも最近、M&A、いわゆる企業買収を海外中心に行っています。したがって、22万4千人の従業員全員が日本人というわけではありません。グローバル事業を担う会社として、NTTコミュニケーションズのほかに、ディメンションデータという会社があります。ディメンションデータは、NTTの100パーセント出資会社ですが、南アフリカに本社があり、約2万人の現地従業員が世界各地で働いています。データ通信事業を行うNTTデータには従業員が5万8千人いますが、そのうちの2万人近くがインドの方々です。このように、NTTグループは国内よりもグローバルに打って出るように変わってきています。企業のグローバル化に伴い、今後、それぞれの国で色々な事象が起こる可能性もあり、NTT労働組合としても持株会社と協議しながら、グローバルガバナンスに注意を払いつつ企業活動を行なえるよう、取り組んでいるところです。
 企業としてのNTTグループに対応する労働組合がNTT労働組合です。グループで1つの組織、つまり単一労働組合ですので、各社に企業別本部を設置しています。先ほど紹介したNTTコミュニケーションズ、NTTデータのほか、NTT東日本・西日本、NTTコムウェア、NTTファシリティーズ、NTTドコモ、持株会社であるNTTを「主要8社」と呼び、8つの企業別本部単位でNTT労働組合を構成しています(2014年現在では6企業本部に再編)。東日本・西日本本部の下には、地域ごとの支部がつくられ、最終的に職場段階で分会を組織し、ボトムアップによる組織運営を行なっています。NTT労働組合は、組合員の労働条件の維持・向上だけでなく、共済活動のような相互扶助的な活動や弁護団による相談活動にも取り組んでいます。

2.賃金とは

 今日のテーマである「賃金」とは、そもそも何なのでしょうか。よく「給与」という言い方もしますが、「賃金」とはどこが違うのでしょうか。「賃金」とは労働の対価として労働者に支払われる金銭、賞与などのほか、実物賃金、いわゆる現物支給といったものを含んでいます。英語ではwagesです。一方、「給与」は、給料というとわかりやすいですが、英語ではsalaryで、会社などで支給される給料、諸手当の総称です。
 「賃上げ」という言葉を耳にするかと思いますが、報酬の水準などを問題にする場合、労働組合の立場では「賃金」という呼称を使います。労働組合も「賃金要求」という言い方をしますので、少し組合的な呼び方が「賃金」と言えます。一方、「給与」はどうしても経営者が支給するというトーンが言葉に含まれていますので、そこにこだわりを持つ組合もあります。
 図表1は、2005年の日本における平均生涯賃金を示したものです。これは性別と学歴別で、入社してから定年退職するまでの生涯賃金がいくらなのかを統計で見たものです。学歴によってそれぞれ生涯賃金に差があることが見て取れます。女性と男性でも違います。職業や各企業の人事任用制度によって違う部分もたくさんあります。女性が働きやすい環境をつくらないと、日本の経済状況も良くならないと言われていますが、労働組合も企業側も、そうした取り組みを進めていかなければならないということを、このデータから考えさせられます。

図表1 日本における平均生涯賃金
※1.上記表の生涯賃金とは、新卒から定年退職までの総賃金(毎月の基本給、残業代、ボーナスなど含む)のことで、パート、アルバイトは含まれません。また、定年時の退職金や定年後の労働収入も含んでいません。
※2.カッコ内の数字は、同一企業で(一度も転職せずに定年まで)勤務した場合の生涯賃金です。
※3.データは2005年。独立行政法人労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計―労働統計加工指標集―2008」より

 図表2は、年代別の平均年収を示したものです。低いと思われるかもしれませんが、このデータは、色々な仕事、職種を含めてすべて平均し、正社員ベースで統計をとったものです。20代前半で大体年収が250万円前後、20代後半になると300万円オーバーになっています。

図表2 年代別平均年収
 
※2011年 厚生労働省大臣官房統計情報部雇用・賃金福祉統計課「毎月勤労統計調査年報(全国調査)」

 また、図表3は、産業別の平均年収を示したものです。これは厚生労働省が毎月行う勤労統計調査によるもので、産業別での平均年収もかなり差、凸凹があります。2011年の調査産業計では、男性が454万円、女性が234万円です。情報通信業の場合、552万(男性)となっており、インフラ系の電気・ガス・熱供給・水道業では641万円(男性)、金融・保険業では714万円(男性)と高めになっています。あとは学術研究や研究開発、教育といった業種の年収が相対的に高いというのが現状です。

図表3 産業別平均年収
  調  査
産業計
鉱業,採石業,
砂利採取業
建設業   製造業   電気・ガス・
熱供給・
水道業
情報
通信業
運輸業,
郵便業  
卸売業,
小売業
 
男性 454 514 502 463 641 552 372 435
女性 234 342 303 226 401 350 214 164
  金融業,
保険業
不動産業,
物品賃貸業
学術研究,
専門・技術サービス業
宿泊業,
飲食サー
ビス業
生活関連
サービス業,
娯楽業
教育,
学習
支援業
医療,
福祉
複合
サービス
事業
サービス業
(他に分類
されないもの)
男性 714 452 573 220 290 518 471 532 336
女性 326 241 329 107 153 360 295 301 168
(単位:万円)
※2011年 厚生労働省大臣官房統計情報部雇用・賃金福祉統計課「毎月勤労統計調査年報(全国調査)」

3.NTTグループの賃金制度の変遷

 時代の変化とともに、NTTグループでは賃金体系を見直してきました。もともと電話会社でしたが、今はクラウド・コンピューティングのサービスに変わってきており、情報通信市場も目まぐるしく変化することに伴い、賃金形態も市場に応じて変えていかなければなりません。
 NTTはもともと年功型賃金体系でした。つまり、50代の社員がどういう仕事をしようと、30代の社員がいかに頑張ろうと、そこは逆転が生じない制度でした。また、ポストと年齢と処遇がリンクしますので、年齢が高くならないと係長という職責にはなれないというものでした。ポスト、職務の重要性、困難性に基づいた賃金制度は、やはり年功的要素の強い賃金制度といえ、この賃金体系が80年代まで続きました。
 80年代後半から90年代にかけてNTTグループは、ほぼ全社において、賃金体系の大きな見直しを行いました。このときに、年齢とポストと処遇を切り離して、個々の社員の能力に基づく賃金体系に見直しました。その1つが評価制度の導入です。年齢に関係なく、例えば30歳で一定の資格等級に到達した社員が業績評価で「A」評価となれば、その上の等級の社員より賃金が高くなることも可能とした制度です。この制度を設定する際には、職場の組合員との対話を行ないつつ、交渉を進めましたが、一大改革ということで喧々諤々の論議が展開されました。年齢に応じて昇給していく「年齢賃金」も設定していたことから、年功的要素は存続しており、いわゆる「定期昇給」と呼ばれる要素をもった賃金制度でした。NTTグループも年功的制度を90年代まで残しており、一足飛びに成果・業績を重視した賃金制度まで、なかなか改革は進まなかったのが現状です。
 その後2000年代に入って、成果、業績を重視した賃金体系へとバージョンアップしました。組合員・社員のモチベーション・チャレンジ意欲向上を目的に賃金体系を見直して、年功的要素を廃止し、いわゆる評価によって業績を賃金に反映させる仕組みに見直しました。
 NTTグループでは、2006年に初めて「年齢賃金」を廃止しました。現在NTTグループ主要8社では、成果に応じた定期昇給的な仕組みはありますが、完全な定期昇給という仕組みはありません。評価に基づき賃金が上がるシステムになっており、成果、業績をより重視した仕組みになっています。
 新聞各社の取材では、「NTT労組では、今年の春闘での定昇はいくらですか」という質問が出されますが、我々はその都度、「世間一般的な定期昇給はありません」と答えています。NTT労組における「ベア」的要求は業績評価で積み上げる定期昇給的な仕組みの上に、さらに組合が要求して金額を積み上げる分を「ベア的引き上げ」と考えています。「NTT労組はベアの要求はしないのですか」とよく質問されますが、その時々のNTTグループ主要8社の財政状況を見たうえで、その年の月例賃金の引き上げ要求を行なうかどうかを検討します。NTT労組では2007年に月例賃金要求を行なって以降、月例賃金要求は行なっていません。グループの厳しい経営環境のなか、業績に見合った特別手当要求、いわゆるボーナス要求を中心に行ってきました。

4.環境の変化と構造改革の実施

(1)取り巻く環境の変化

 つづいて、取り巻く環境の変化とNTTグループにおける構造改革についてお話しします。NTTでは、売るものも職場にあるものも変わってきています。私がNTT西日本にいるときにはテレホンカードも売りました。当時は会社からポケベルに連絡があると、テレホンカードを使って公衆電話から会社に電話するという時代でした。携帯電話はありませんし、パソコンもあまり普及していない状況でした。パソコンは95年にウィンドウズ95が発売されてから、通信にもよく利用されるようになりましたが、それまでは、フロッピーディスクトランスファー等を使ってファイルを転送しながら相手と通信していました。
 固定電話はADSLからFTTH(光ファイバー)へ、携帯電話ではFOMAからLTE(ロング・ターム・エボリューション)へと急速な技術革新が起き、携帯電話を中心とした時代が来ています。私が入社したころはまだ黒電話を売る時代でしたが、最近ではいわゆるシステムパッケージでクラウド・コンピューティングのシステムを売る時代に変わってきました。
 このような時代の変化に合わせて、賃金体系も労使で考えていかなければいけません。組合員、社員のやりがい、モチベーションをどう引き出すのかが1つのネックになってきます。会社とすればそれによって業績を上げたいという思いもあります。このことを踏まえたうえでどういう仕組みをつくるか、労働組合と会社が協議をして決める仕組みが重要です。
 NTTグループも過去を振り返ると非常に厳しい時代がありました。NTTグループ連結の営業利益および売上高営業利益率の経過を見ると、注目すべき動きが2002年にあります(図表4)。当時、アメリカはクリントン民主党政権下で、ゴア副大統領が情報スーパーハイウェイ構想を発表していた時代です。アメリカ側から「日本の通信市場をもっと開放しろ」との外圧があり、当時の政府はNTT東西の接続料を大幅に引き下げる制度を導入しました。

図表4 営業利益及び売上高営業利益率の経過
※資料:NTT homepage IR資料 Fact Sheet 2010

 また、マイラインという制度も導入され、事前に電話機で通信事業者を設定しておけば、特定の番号を指定せずに電話を掛けた場合、NTT以外の他事業者につながるという制度です。このマイライン制度が導入されたことによって、電話会社間の競争が激化するとともに、接続料の大幅引き下げに伴い、NTTの接続料収入は急激に落ち込みました。このとき、NTT西日本は営業利益で1,600億円を超える赤字を出すとともに、NTT東日本も赤字転落すれすれの状況で、営業利益は45億円となってしまいました。地域通信事業の当時の従業員は8万人いたわけですから、雇用にかかわる危機的な状況に至ったということです。

(2)NTTグループの構造改革の実施

 そこで、ドコモ、データ、コミュニケーションズを含め、NTTグループ全体で構造改革しなければ、組合員・社員の雇用が危ないとの危機意識から、NTT東日本、西日本、ファシリティーズ、コムウェアで働く50歳以上の組合員・社員を対象に、退職・再雇用制度の導入が会社から提案されました。
 この仕組みは、50歳以上の組合員・社員を対象に「退職・再雇用」を選択すれば、その時点での退職金を支払い、都道府県単位に設立した地域会社で再雇用し、60歳以降も65歳まで雇用契約を行なうという仕組みです。賃金については、退職・再雇用前の水準から、地域エリアに応じて70%~85%の水準を設定するとともに、勤務地エリアについては、都道府県エリアの中に限るというものです。
 「退職・再雇用」を選択しないという組合員・社員については、これまで同様60歳まで働き続けることは可能ですが、勤務地については、全国エリアとなり、60歳以降の雇用は選択できない仕組みとなっています。
 この仕組みはあくまで選択制ですが、約98%の人が「退職・再雇用」を選択しました。組合員・社員にとって苦渋の選択でしたが、1人の解雇を出さずにグループ全体で雇用を確保するための仕組みであったということは言えます。その当時の各社の経営はかなり厳しい経営状況にありましたが、2002年に急激に落ち込んだ営業利益も次の年には急激に上がったことも、この構造改革を行なったからだと言えます。

5.NTTグループの処遇制度の再構築

(1)事業環境のさらなる変化

 その後においても情報通信市場の変化は止まりません(図表5)。1980年代~1990年代前半は固定電話が主流でしたが、今は携帯・スマートホンが主流になり、パソコンも売れない状況になってきています。NTT1社からNTT東・西・コミュニケーションズ・持株会社という4社へ再編成をしたのが1999年であり、その当時から固定電話の契約数は変わってきています。一方、携帯電話の契約数は約1億3,000万で、日本の人口を越えました。NTT東西の加入電話はだんだん減っていき、今では3,100万台になり、IP電話が増えています。今ではPC・スマートホンを含め、スカイプやLINEを利用する人が増え、音声通話の無料化が進みつつあります。したがって、NTTも音声収入で利益を上げることが非常に難しくなったと思わなければいけません。

図表5 携帯・固定電話等の変遷
総務省「電気通信サービスの契約数」(単位:万)

 このようにNTTを取り巻く事業環境は大きく変化しています。電話時代からインターネット時代、固定と移動のサービスが融合する時代になっています。競争環境も大きく変化し、以前のNTTの競争事業者は通信系の事業者だったのですが、現在はあらゆる分野のプレイヤーに様変わりしてきています。
 MVNO(モバイル・バーチャル・ネットワーク・オペレーター)というのは、設備を持たない移動通信事業者のことです。自分では設備を持たず、NTTドコモ等の設備を借りたうえで通信サービスを提供する事業者です。固定と移動のサービスが融合する時代の中、グローバルなOTTプレイヤーとの競争・競合へ変化してきており、日本国内の通信事業者間での競争が意味をなさない状況になりました。
 現在のNTTグループの人員構成は、日本の人口構成とも似ており、中高年層が多い状況にあります。このような中、テレフォニー世代とインターネット世代、固定・移動の融合サービスを含めたスマートクラウド世代が混在するなか、様々な働き方が求められる時代です。
 NTTグループの構造改革後に国の社会保障制度も大きく変わりました。厚生年金の定額部分についてはすでに65歳支給に変わっていますが、2013年4月からは定額ではない部分、いわゆる報酬比例部分を、毎年徐々に65歳まで支給年齢を遅らせることになりました(図表6)。これに企業がどう対応していくか、考えなければなりません。また、高齢者雇用安定法の改正によって、企業は65歳までの雇用を義務化されます。経過措置に伴い、2025年の報酬比例部分の引き上げ完了までは1年雇用とすることも可能ですが、企業の経営者は法改正への対応を考えていかなければなりません。

図表6 年金制度改革により厚生年金の支給開始年齢が段階的に引き上げ  
NTT労組作成資料

(2)65歳までの雇用制度再構築の取り組み

 NTTグループを取り巻く事業環境の変化や社会保障制度の変化等に伴い、会社からは「退職・再雇用制度の廃止」を含めた処遇体系の見直しについて提案がありました。2002年に導入した「退職・再雇用制度の廃止」については、事業が電話時代から大きく変化し、50歳代の組合員・社員も若年層の組合員・社員も、新たな競争環境のもと、モチベーションをもって働かなければならないという課題や、厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢引き上げに伴い、無年金・無収入へ対応しなければならないという課題等、これら課題への対処を同時に行なう必要でありました。
 会社提案に対して中央本部は、モチベーションを勘案しつつ、現行の30代から50代を中心に賃金カーブを見直し、その賃金原資を各事業会社の事業特性に応じた手当の充実と、60歳から65歳までの制度充実に充当する仕組みとすることにより、65歳までトータルで充実を図る仕組みとするよう、会社側と論議を行ないました。
 この組合案には、若年層組合員から「単なる賃金の抑制なのか」等の意見もありましたが、誰もが全員60歳を迎えるとともに、労働引退後の年金水準も考慮しなければならないことも重要であり、本仕組みづくりについて、理解を求めてきたところです。
 NTT労働組合では、大会や委員会等の議決機関で組合の方針を決めます。今回は全社員の賃金制度の抜本的な見直しとなることから、臨時的に中央委員会という議決機関を開催し、職場からの意見集約を行なったうえで交渉を進めました。また、会社との団体交渉においては、双方の見解に違いがあることも多々ありますが、議事録をとりつつ、建設的な議論を行ない、言うべきことは言うというスタンスで交渉を行なっています。また、交渉状況等については、NTT労組新聞を発行し、その状況等について、全組合員の家庭に直送で情報共有を行なうなど、組合員一人ひとりに情報共有できるよう取り組んでいます。
 今回の会社提案に基づく交渉においても、各社の事業特性に応じた手当の充実や、60歳超えの雇用制度における充実を求め、最終的に手当の増額と希望すれば全員が65歳まで雇用する仕組みづくりとしたことから、採用から65歳まで、働きがいをもって、安心して働き続けられる制度として、組織全体で確認したところです。

以 上

ページトップへ

戻る