一橋大学「連合寄付講座」

2012年度“現代労働組合論I”講義録

第13回(7/6)

労働組合の求める政策とめざす社会[3]
連合の政策・制度要求と実現に向けた取り組み

ゲストスピーカー:花井圭子(日本労働組合総連合会 総合政策局長)

1.労働運動と政策活動

(1)なぜ労働組合が政策活動に取り組むのか
 労働者の生活を支える領域には、職場・家庭・地域の3つがあります。連合というナショナルセンターや労働組合が政策活動に取り組むのは、この3つの領域に関わる課題へのトータルな対応が必要だからです。
 企業内の労使交渉によって、賃金制度や労働条件を改善することが重要であることは言うまでもありませんが、企業内の賃金・労働条件の改善だけでは対応できない課題もたくさんあります。連合は、ワーキングプアや貧困問題、子育て、障がい者、年金、医療、介護、教育、環境など、職場の中だけでは解決しえない問題に対して改善を求めていく取り組みを行っています。

(2)労働組合のナショナルセンター・連合の役割
 連合の役割は、労働者の雇用を守り実質的な生活水準の維持向上を図ることです。そのため、企業レベルの賃金・労働条件改善の活動にあわせ、経済、雇用、物価、税制、社会保障、住宅、教育、環境など、生活のすべてにわたる課題について政府に対し政策・制度の要求を行い、実現させようと行動しています。そして、連合には47都道府県に地方連合会があり、地方政府への働きかけを担い、県知事に要請などを行います。地方連合会では、街づくりや環境問題などについて地方自治体と話し合って改善に努めています。

(3)「政策・制度実現」活動の進め方
 まず、1つ目のポイントは、政策立案のスタンスはどこにおくのか、例えば、健康保険制度は、保険料を事業主と労働者が半分ずつ負担します。医者にかかった時に本人が3割を負担し、残りの7割は集めた保険料の中から払います。この健康保険制度について、私たち労働組合はどの立場で政府にモノを言うのかということが、スタンスです。私たちは活動を進めるにあたり、労働者の立場と患者の立場の両方に立って政府に対しモノを言っています。
 2つ目は、政策立案能力をいかにつけるか、これは大変難しい課題です。私が所属する総合政策局にはスタッフが約20人おり、様々な省庁と協議をしています。相手は厚生労働省の年金局の一つの課だけとっても30人から40人の職員がいます。私たちはその人たちと協議を進めていくわけですから、相当な力をつけなければ太刀打ちできません。その能力をいかにつけるかが私たちにとって非常に大きな課題となっています。
 3つ目は、連合内での政策策定のための合意形成です。例えば、社会保障と税の一体改革では消費税の引き上げが議論されていますが、これに対しては賛否がありました。しかし、連合として結論を出さなければ政府に対して要求できません。この課題では、約1年をかけて様々な会議で議論し、結論を出しました。このような方法で連合内の合意を形成し、結論を得て政府に対してその実現を求めていきます。
 4つ目は政策実現のための取り組みです。組織内や各種団体との連携が必要となります。また、世論形成を進めるためにチラシやパンフレットを作成します。新聞への意見広告も出しています。そして、街頭宣伝行動や集会、デモなども行います。
 政府・各省庁との協議も行います。また、各省庁の審議会に参加し、連合の要求を実現するよう発言していきます。あわせて各政党への要請や国会の委員会が開かれた時には様々な対策を講じています。これらの活動を組み合わせて政策の実現をめざしています。

(4)連合の「政策・制度 要求と提言」(2012〜2013年度)の構成
 「連合の政策・制度 要求と提言」は2年に一度策定しています。2012〜2013年度版は2011年6月に策定したもので、パート1とパート2に分かれています。パート1は、「『働くことを軸とする安心社会』の構築に向けて」と題したまとめとなっており、パート2はそれを受ける形で各政策をまとめています。

(5)政府の政策決定への参加
 労働組合が政府の政策決定へ参加する方法の1つは、政府の各種審議会などへ労働組合代表として参加する方法です。労働・雇用関連の審議会は公益・労働者・使用者の公労使の三者で構成されています。厚生労働省のホームページを開くと各種審議会・研究会・検討会が出てきますが、例えば労働・雇用分野では、「労働政策審議会」と、そのもとに置かれた「労働条件分科会」にそれぞれ参加をします。一方、年金・医療・介護分野は三者構成の一員としてではなく、有識者の一人として参加します。ただ、年金・医療・介護では労働者は保険制度に入り保険料を払っていますので、有識者の一人という扱いには大変不満を持っています。ここには保険料拠出者として参加すべきだと思っています。
 2つ目の方法は、政府に対する政策・制度の要求です。ところで、2009年に民主党が政権をとってから労働組合と政権との関係が変わりました。政権交代によって政府に対する要求や陳情が協議に変わり、私たちは当初この変化に大変戸惑いました。なお、この協議には3つのパターンがあります。ハイレベル協議は総理大臣と古賀会長のトップ会談によるもので、官邸で行われます。実務レベルの協議は、政府が官房長官、連合は南雲事務局長が中心になって行います。私たちの段階は政策分野別の協議となっており、各省庁の局長や課長などと意見交換を行います。
 私たちは、これらの取り組みを通じて連合の政策実現をめざしています。

(6)これまでに実現した主な政策・制度課題
 連合結成後、最初に実現したのは1991年に制定された「育児休業法」です。当時私は男女平等局でこの法律の制定運動に関わりました。制定にむけては、集会の開催やポスターの作成、各都道府県議会での決議にむけた取り組みなど、ありとあらゆることをやりました。そして、その直後に介護休業法をつくり、現在は「育児・介護休業法」となっています。この育児休業制度と介護休業制度は、連合が運動を展開し、政府に働きかけて実現した制度です。
 医療機関の領収書発行の義務づけにも取り組みました。医者にかかった時、昔は領収書がまったく出ませんでした。スーパーで買い物をすれば、ティッシュ1箱幾ら、白菜幾らというようにレシートに内訳が出てきます。ところが医療費に関しては、自分の支払ったお金が何に対する料金なのかがわかりませんでした。連合はこれをおかしいと考え、1997年から「医者にかかったら領収書をもらおう」という運動をはじめました。この運動は、サービスを受ける側の権利の意識化でもあったわけですが、もう一つのねらいは不正請求対策でした。当時医療機関には約3,300億円の不正請求があり、私たちが領収書をもらい医療費をチェックすることで、不正請求の抑制につなげるという目的もありました。制度化には運動をはじめて10年かかりましたが、今では医療機関でも領収証の発行が義務づけられています。
 1997年の「介護保険法」は、連合単独ではなくNPOや地方自治体など、様々な団体と一緒になって運動を展開し制定されたものです。日本では、親の介護は嫁と妻と娘がやるものと言われている中、大変悲惨な事件が相次いで発生し、1990年代には大きな社会問題となりました。また、女性は常に介護のために会社を辞める、育児は会社を辞めずに乗り切っても介護では辞めざるを得ない。さらには男性が辞めざるを得ないという事態も出てきました。介護保険法は、このような介護をめぐる様々な問題が噴出し、介護は社会で支えようということでできた法律です。
 2008年9月にはリーマンショックがあり、派遣労働者の解雇・雇い止めが立て続けに起こりました。連合本部にも、地方連合会から「どうも今までの状況とは違う、解雇と同時に住居を追い出されている」という話が伝わってきました。実態を調べていくと、派遣労働者は会社が用意したアパートや寮に入っており、解雇された途端にそこから追い出されていることがわかりました。また、2008年の暮れには日比谷公園に年越し派遣村が開設され、連合も労働相談の支援に行きましたが、そこにはものすごい行列ができていました。連合は、この事態から緊急雇用対策を行うべきとして組織内の合意形成を進め、直ちに要求書を作成し厚労省と交渉しました。その中で、就労・生活支援給付の制度をつくり、住宅手当なども含めて、3年間の臨時措置としてセーフティネットを張りました。また、労働組合がつくった金融機関である労働金庫には、生活融資をお願いしました。さらには、雇用保険による失業給付は、年齢が若い場合給付期間が90日と短いことから、政府に働きかけて臨時的に給付を延長させる措置を実現しました。当時は自公政権でしたが、雇用創出のための基金として、3年間で7000億円の予算をとり、雇用をつくり解雇された人たちに働いてもらおうと、全国で取り組みを展開しました。民主党政権になってからは、「求職者支援法」を制定させました。これは、第1のセーフティネットである社会保険や労働保険による給付の次の段階として、第2のセーフティネットとなるもので、失業給付を受けられなくなっても、なお就職先が決まらない場合、10万円の生活保障給付つきで職業訓練を受けて仕事に復帰してもらうという、トランポリン型の制度です。この制度の実現は、民主党政権になった一つの成果だと思っています。

2.社会保障・税一体改革への取り組み

 社会保障と税の一体改革への取り組みは一番ホットな話題です。このことによって小沢さんが民主党を離党して、新しく「国民の生活が第一」という名称の党をつくりました。このことは、政権政党にとって大変不幸なことだと思いますが、それほど消費税の問題は大変大きな問題です。消費税は1987年に3%で導入され、1997年に5%に引き上げられました。それから15年たち、これを8%、10%に引き上げようということです。
 連合は、この社会保障と税の一体改革と消費税の引き上げについて、どのように考えてきたのかということをお話ししたいと思います。

(1)連合がめざす社会像
 連合は、「働くことに最も重要な価値を置き、誰もが公正な労働条件のもと多様な働き方を通じて社会に参加でき、社会的・経済的に自立することを軸とし、それを相互に支え合い、自己実現に挑戦できるセーフティネットが組み込まれている活力あふれる参加型の社会」をめざしています。働くことを軸とする安心社会の姿としては、下の図のように、雇用を軸に5つの橋を掛けようというものです。

 1つ目は、「教育と雇用」の間にかける橋、高等教育、専門教育、職業訓練など教育と雇用をつなぎます。2つ目は「家族と雇用」の間に橋をかけ、結婚、育児、介護など家族に関わることと働くことをつなぎます。3つ目は「雇用と雇用」の間に橋をかけ、正規から非正規、非正規から正規へと働き方を変えることができるようにします。4つ目は、「失業と雇用」の間に橋をかけ、トランポリンのようにもう1回雇用に戻っていけるようにします。5つ目は「退職と雇用」をつなぎ、生涯現役社会をつくるというものです。
 そして、連合は、働くことを軸とする安心社会を実現するため、「新21世紀社会保障ビジョン」と「第3次税制改革基本大綱」を2011年6月に策定しました。これらは、安心社会を支えるのは社会保障と税制であることを取りまとめたものです。

(2)社会保障をめぐる現状と課題
 日本の社会的支援は非常に不十分です。子育てはとりわけそうです。そのため、女性が仕事を辞めざるを得ないという時代がずっと続きましたが、ようやく今回の社会保障改革のなかで、予算が大きくつこうとしています。
 社会保障の機能不全が貧困と格差を拡大させ、社会保障の支え手の減少、税の減収による財政悪化をもたらしています。賃金が低下しワーキングプアと言われる年収200万円以下の人が1,000万人を超える中、貧困層が大幅に増えて社会保険にさえ入れない労働者が増えてきています。そうすると、日本の年金・医療・介護は保険料で支えていますから、その基盤が揺らいでいきます。そして、結果として税収も落ち込むという悪循環がおきているのです。

(3)低下した所得再分配機能
 日本は社会保障・税ともに所得再分配機能が大変低いと言われています。2009年度の内閣府「経済財政白書」によると、社会保障による再分配効果は、日本はアメリカに比べれば高くなっていますが、スウェーデンは別格としても、ドイツ、イギリス、そしてOECD平均より低くなっています。税による再配分効果となると、なんと韓国よりも低く最下位となっている、これが世界の中での日本の位置です。

(4)セーフティネットの機能低下と貧困層の増大
 日本の貧困率は、世界的に見ても高い水準にあります。2000年代半ばの相対的貧困率の国際比較をみてみます。相対的貧困率とは、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った所得)の中央値の半分に満たない世帯員の割合です。
 棒グラフの左側の数字が相対的貧困率、右が大人1人で子どもがいる世帯の相対的貧困率です。日本の数字は左が14.9%、右が58.7%で、親が1人と子どもという片親世帯の約6割が貧困層だということです。これほど高い片親世帯の貧困率は日本以外の先進国では見られません。相対的貧困率を年次推移でみた場合、年々貧困率は高まっており、最新の数字は16.3%、子どものいる現役世代の場合には14.3%となっています。

(5)財政状況の悪化
 日本では、歳出増と税収減が続き、財政状況が悪化しており、財政赤字が1千兆円に達しようとしていると言われています。2010年の国の歳出は92兆円でしたが、税収は38兆円しかありません。その差は全部借金であり、この借金を返すのは後世代です。国の借金を後世代に送ってはいけないと言ってはいますが、なかなか改善されていません。

(6)社会保障給付費の増加
 高齢化の進展などに伴い、社会保障給付費は増加し続けており、なかでも年金は急増しており、医療費も年々増え続けています。その他、介護費用も増えています。今、65歳以上の高齢者が2,500万人で、高齢化率は全人口の20数%です。その人たちのほとんどが年金を受給しています。保険料を払ってきたので当然受給する権利はあるのですが、その数がさらに増えていきます。高齢者になればなるほど、病気も増え、1人で3つか4つの病気を抱えますので、当然医療費の総額も高くなります。介護も必要になってきます。社会保障給付費は年々膨張し、医療費だけで毎年約1兆円ずつ増えています。
 2004年の人口が1億2779万人で、これが日本の人口のピークだろうと言われています。日本は、すでに人口減少社会に入っており、2055年には、全人口8993万人のうち、高齢者が3646万人、現役世代が4,595万人となり、高齢化率は40%を超えると予想されています。

(7)非正規労働者の増大と社会保障の空洞化
 非正規労働者は雇用労働者の3分の1を超えています。そして、国民年金保険料の納付率は低迷し、社会保障の空洞化が進行しています。非正規労働者の比率は、直近の数字では38%になったと聞いており、さらに非正規の割合が増えています。また、国民年金保険料の納付率も59.3%まで下がっていて、若年層では40数%しか保険料を納めていません。

(8)機能不全に陥ったセーフティネット
 雇用や社会保障のセーフティネットから排除された人が多く発生し、生活保護が受けられないために、犯罪を繰り返す人も少なくありません。
 まずは家族・地域の支え合いですが、家族環境は核家族化が進行し、単身世帯が一番多い世帯の形になっており、孤独死が増えています。学校では不登校やいじめ、中退が増えており、親の経済格差がそのまま子どもの教育格差に繋がっています。
 雇用では、どんどん非正規化が進んでいます。自営業者の廃業も増えています。非正規労働者の多くは、会社が雇用保険に入れない場合が多く、失業給付というセーフティネットからもれて、生活保護に直結してしまうケースが増えています。その生活保護からも抜け落ちる人たちも大勢います。そして、刑務所がどこにも行き場のなくなった人たちの、一種の最後のセーフティネットとなってしまっています。

(9)連合がめざす社会保障の姿
 連合がめざす社会保障の姿は5つあります。1つ目はソーシャルインクルージョン(社会的包摂)政策の推進です。障がい者を社会から排除しない、社会のなかに組み込んで共に生きる政策を推進していこうということです。2つ目は「人間の安全保障」と社会保障の機能強化です。3つ目は積極的社会保障政策と積極的雇用政策の連携です。4つ目は全世代支援型の社会保障体系の構築です。今までの高齢者に偏重していた社会保障のあり方を転換して、子ども、子育て、若者へ重点配分をしていこうということです。5つ目は社会連帯を基礎とした社会保障の安定財源の確保です。ここで消費税の議論が出てきます。

(10)連合がめざす三層構造のセーフティネット
 下の図は連合がめざす三層構造のセーフティネットです。第1のネットは雇用保険、社会保険です。ここには非正規労働者であっても雇われている限りは入れるべきだというのが連合の考え方です。第3のネットは生活保護ですが、これまで第1と第3のネットの間はありませんでした。そこで、第2のネットとして、求職者支援制度を創出しました。これは職業訓練と10万円(子どもがいる人は12万円)の給付が出ます。第3のネットである生活保護の対象にならないよう、生活保障をつけて職業訓練を受けられる制度です。

(11)納税者にとってわかりやすい税制へ
 連合は、納税者の立場に立ったわかりやすい税制を求めています。クロヨン問題(所得の捕捉率が大幅に異なることを表現したもので、給与所得者の捕捉率は9割、自営業者は6割、農林水産従事者は4割となっていることから、9・6・4(クロヨン)と呼んでいます)の是正では、自営業者の所得の捕捉が不十分であり、その是正を求めています。納税者にとってわかりやすい税制へ変えていこうというのが連合の考え方です。

(12)高齢化率と国民負担率の国際比較と連合ビジョン
 下の図は高齢化率と国民負担率(租税と社会保険料負担の対GDP比)の国際比較を表しています。2010年の日本の高齢化率は23.1%、国民負担率は27.6%です。右上に向かう矢印がありますが、連合のビジョンでは、2025年には高齢化率30.5%に対し国民負担率を40.9%にしよう、ドイツ並みに引き上げようというものです。

 連合は、社会保障を充実させ子育てを支援していくため、2025年には消費税を15%に引き上げることが必要だ、という試算を出しました。今回の政府・与党の「社会保障・税一体改革」のなかで出ている消費税8%や10%は、その過程であると評価をしています。労働組合がなぜ負担増に賛成するのだという意見があるかもしれません。しかし、私たちは少子高齢化が急速に進んで行くなかで、社会福祉を支え、若者がきちんと働ける社会、安心して子どもを産み、育てられる社会をつくるためには社会保障にかける予算が必要であり、それは消費税で賄う必要があると考えています。また、所得税が今のままで良いとは決して思っていません。所得再分配機能を高めなければいけないと考えており、最高税率の上限40%の引き上げや、お金持ちに有利な相続税の改正とセットで、消費税率を上げていく必要があると考えています。

以 上

(文責:教育文化協会)

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