一橋大学「連合寄付講座」

2011年度“現代労働組合論I”講義録

第10回(6/24)

労働組合の求める政策と目指す社会
「CSRとディーセントワークの実現に向けた取り組み~グローバル枠組み協定を締結した高島屋労使の事例」

小熊栄(高島屋労働組合 特別中央執行委員)
安田洋子(株式会社高島屋 執行役員総務本部副本部長・人事部長)
末吉武嘉(高島屋労働組合 中央執行委員長)

1.はじめに

 みなさん、こんにちは。高島屋労働組合の小熊です。現在は連合のシンクタンク、連合総合生活開発研究所で研究員をしています。本日は、労働組合の求める政策と目指す社会「CSRとディーセントワークに向けた取り組み」に関して、高島屋労使による「グローバル枠組み協定」の締結とその実践についてお話しします。なお、本日の題材は、労使の強固なパートナーシップなくしては実現できなかった内容であることから、労使双方のリーダー、安田人事部長と末吉中央執行委員長からその取り組みを紹介します。
講義では、はじめに高島屋と高島屋労働組合の概要を紹介し、その後、労働組合とCSR(企業の社会的責任)について概略を説明します。次に、高島屋労使の取り組み事例を紹介したあと、労使双方の代表からグローバル枠組み協定の締結や締結後の取り組みを説明します。

2.高島屋と高島屋労働組合の概要

(1)株式会社高島屋について
 高島屋の創業は1831年で、今年で180年を迎えました。この間には企業存続の危機がいくつかありました。その1つが1863年の「蛤御門の変」にかかわるもので、この歴史的事件については、人事部長からお話ししますが、こうした危機を乗り越えて現在に至っています。
また、労働集約産業の百貨店では、非常に多くの従業員が働いていますが、多様な雇用形態で構成されていること、女性比率が非常に高いことが特徴です。さらには取引先から派遣されている応援販売員の方々も働いており、本当に多様な人材の集まりといえます。高島屋は国内に20店舗のネットワークを持っていますが、特定の地域に集中しているドミナント型ではなくて、一番東の高崎店から鳥取の米子まで、全国の都市で店舗を展開しています。関連会社には、松山のいよてつ高島屋、名古屋のジェイアール名古屋高島屋があります。
海外店舗としては、1993年にシンガポール高島屋をオープンしました。また1994年には台湾の大葉高島屋がオープンし、現在、シンガポールを戦略拠点として、アジアでも展開をしています。2012年秋には中国第1号店を上海に出店する予定です。

(2)高島屋労働組合について
 労働組合は、1946年に東京、京都、大阪の店で従業員組合として結成され、翌年には従業員組合の連合会を発足しました。その後、1973年には全高島屋労働組合連合会を発足させています。また、1991年には連合会組織から1つの組織となり、現在の高島屋労働組合になりました。
高島屋労働組合は、1992年にパートタイマー、1998年には契約社員、2002年には定年後の再雇用社員をそれぞれ組織化し、現在では全雇用形態の労働者を組織化しています。組織は、中央と各店舗に加え通信販売、インターネット事業や法人企業向けの事業などの全16支部から構成されています。上部団体は、日本サービス・流通労働組合連合、通称JSDです。

3.労働組合とCSR

(1)労働CSRに関わる5つの事例
 CSRと聞いて、皆さんがイメージするのは、コンプライアンス、環境問題、製品の安全性への取り組みなどでしょうか、これらは全て正解です。一方、雇用や労働に関する問題への取り組みをイメージした方は少ないと思います。CSRが労働や雇用と深く関わっていることは、日本ではあまり知られていません。そこで、最初に、労働CSRの重要性が高まっている背景として、市場原理主義が招いた企業不祥事や社会問題の事例を紹介したいと思います。
 1つ目の事例は、有名なスポーツメーカーです。A社は、製品デザインは自社で行っていますが、製造は全て委託の外部工場で行っています。A社については、以前から海外工場で労働力の不当な搾取があるという噂がありました。1997年には、NGOによって、ベトナムなどの東南アジアの委託工場で、児童労働や低賃金労働、セクシュアル・ハラスメント、強制労働などの実態が明らかにされ、事実を知ったアメリカのNGO団体や学生たちは、インターネットを使ってA社の不買運動を行い、非常に大きな社会問題になりました。A社はこうした事件に迅速に対応し、1999年にグローバル・アライアンスを設立、世界各国の自社を含む多国籍企業の労働環境調査を行い、環境改善に迅速に取り組める体制をつくりました。
2つめ目の事例は、近年、日本でも非常に人気がある北欧家具のB社です。1992年に、当該国のドキュメンタリー番組で、パキスタンの工場で鎖に繋がれて働く子どもたちの映像が流れ、その工場の顧客がB社だとレポートされました。その時B社は、直ちにその工場との契約を破棄し、全ての契約書に児童労働を禁じる条項を入れ、パキスタン、インド、ネパールの工場と契約を結んだということです。今ではユニセフやセーブ・ザ・チルドレンとともに、子どもの人権プロジェクトに取り組んでいます。
3つ目の事例は、世界的な大手小売業C社です。1998年、C社はNGOの「人々の知る権利」というキャンペーンに参加し、自社に商品を供給する全ての業者と、ベンダー・パートナー協定を締結しました。この協定は、労働時間や休日・休暇などの労働基準遵守、児童労働の排除、人権原則の重視や適切な労働環境の整備などを規定したものです。しかし、NGOがC社の対応を評価、審査したところ、中国の工場で長時間労働や長期の無休労働がありました。児童労働に関しては、ホンジュラスやグアテマラなどのパートナー企業における、12歳以下の子どもの雇用について実態を調査しています。
4つ目の事例は、有名なコーヒーチェーンです。D社では、グアテマラのコーヒー仕入先農園で、児童労働が行われていると、アメリカのABCテレビで報道され、こちらもNGOや学生団体が抗議を行いました。これに対してD社は、フェアトレードコーヒーを盛りたて、また、コーヒー供給業者の規則の遵守状況も情報公開しています。
最後は、ワールドカップを主催する国際サッカー連盟、FIFAのサッカーボールの事例です。FIFAは、労働行動基準の中で児童労働を禁止しています。しかし、NGOの報告によれば、パキスタンなどで製造されているボールは、残酷な児童労働で生産されている実態が明らかになっています。
今、紹介した事例は、雇用や労働に関する企業の不祥事や社会問題のほんの一部です。日本では、あまり大きく報道されていないため、初めて聞いた方も多いのではないかと思います。しかし、最近では、派遣労働者が派遣先企業で人間として扱われていないとして起こした、秋葉原の事件がありました。また、労働者の権利や人格を全く無視した企業が、ブラック企業という烙印を押されている事例も見受けられます。昨年は、自動車産業を中心とする日本の多国籍企業の海外工場で、低い賃金で雇われていることを不満とする現地労働者のストライキがありました。このストライキの多くは個別紛争で、山猫ストと言われているものです。最近、そうした紛争が連鎖的に発生しており、今や日本も対岸の火事ではいられません。

(2)労働CSRを正当化する根拠
 こうした多くの事例が見られるなかで、労働組合は、どのように向き合うべきか、労働組合の社会的責任はどのように問われるようになったのか、について触れたいと思います。まず、労働CSRを達成すべき正当な根拠について2点述べます。
1点目は、企業社会の現実が、社会を良くすることへの障害になっているということです。例えば、長時間労働や行き過ぎた成果主義、雇用における男女差別、いわゆる正社員以外の雇用形態の方々の不当に低い賃金や処遇などが、自殺の増加や少子化、貧困といった社会問題を助長していくならば、労働者だけではなくて、広く一般市民の目にさらすべきだということです。
2点目は、公正競争の観点です。労働者に適切な賃金を払って経済社会に貢献している企業が、そうでない企業との競争に敗れることがあってはなりません。だからこそ、企業の労働に関する行動は、直接の従事者である労働者だけでなく、広く一般市民とコミュニケートすべきだという議論です。これらは、労働に関するCSRは企業内で起こっている問題ではなく、社会と向き合い、社会対話による解決が必要な課題だと認識することの根拠となっています。

(3)CSRに対する連合の基本的な考え方
 連合は、「CSRとは、企業において各ステークホルダーに対する説明責任を果たし、人権擁護、環境保全、雇用確保、質の高い労働・労働環境の確保、コミュニティへの貢献、文化活動への貢献など、それぞれの行動規範に基づき社会の公器たる企業の存在意義を示すとともに、社会的公正ルールの形成に寄与することである。これは企業経営の在り方そのもの、ステークホルダーとの関係の在り方そのものに直結をしている。CSRの具体的な内容は、経営者が一方的に決定しうるものではなく、各ステークホルダーとの対話を通じて確定していくものである」としています。また、雇用、労働、人権分野の重視については、社会的差別や様々な発言の禁止・防止はもとより、雇用就労形態を越えた均等待遇や、職業生活と私生活、地域生活のバランスについても重視をしていくとしています。
そして、労使協定の重要性では、「雇用、労働分野についてのCSRは、労使交渉を通じてはじめて確定されるべきものである。企業の取り組みを判断する基準は、何を宣言しているかだけではなく、その宣言を実施するにあたって労働組合との対話や交渉が保証されているか、フォローアップのしくみがつくられているかにある」としています。
さらに、社会的・政策的取り組みの重要性では、「社会全体を望ましい競争の方向に導いていくには、個別企業の社会的責任と同時に、公正競争ルールや労働基準、環境基準などを含む社会的政策的取り組みが極めて重要である」としています。
CSR実現の取り組みについて連合は、[1]労使協議や協定締結といった、プロセス全体への労働組合の関与の仕組みづくり、[2]公正競争ルールを定着させるための施策を国や自治体に求める政策への取り組み、[3]公的年金基金や企業年金などの資産運用において、SRI(社会的責任投資)を求めていく、[4]国際的なCSRに関する基準として有名なSA8000やISO26000へ関与することで、企業ごとのばらつきの改善の一助となりうるという考え方を示しています。

(4)コーポレート・ガバナンスの視点から
 次に、労働組合のCSRについて、コーポレート・ガバナンスの観点から見たいと思います。日本経団連、経済同友会などでは、「コーポレート・ガバナンスは、企業における不正行為の防止、コンプライアンス、リスクマネジメントと、企業活動による競争力の向上の双方を両立させるための仕組みづくりである」としています。CSRに法令遵守が含まれるため、健全で合理的な企業活動などを項目とするコーポレート・ガバナンスとCSRについては、かなり重なりあう部分が大きいと思います。
この観点から、労働組合はCSRの2つの側面を持っていると思います。第1に、企業の内部者として企業と共にCSRを共同実施する主体であるという側面です。第2に、企業のCSRの実施を監視し、提言を行っていくという側面です。ところで、1990年代以降、証券会社による損失補てん、大手銀行による総会屋への利益供与、あるいは製造業におけるリコール隠し、食品偽装問題など企業不祥事が頻発しました。このことについて連合は、2001年の定期大会のなかで、「企業不祥事が発生するたびに、労働組合のチェック機能が問われてきた。労働組合が経営に参加しても、企業内のインサイダーに留まっていては意味がない。単なる組合員の利益という狭い枠をこえ、社会と両立する競争モデルを推進し、企業と産業社会の在り方そのものの変革を目指す」と述べています。日本の経営システムの多くは、企業の行動決定が社内取締役を中心に、その頂点に社長を立てる構造になっています。こうした構造により、いっそう外部の声が届きにくくなるという見解もあり、企業不祥事などの問題につながっているわけですが、こうした組織が抱える問題は、覆い隠されたまま、取り返しのつかない段階で発覚し、社会からの厳しい批判にさらされます。企業は当然存続の危機を迎え、労働者は雇用を失うことになります。だからこそ、労働組合が問題を迅速に捉え、発見していく役割が大きいということです。
CSRにおける労働組合のもう1つの役割として、情報経路としての機能があげられます。組合員が職場で日々感じている問題点を把握して、労使協議の場で指摘すること、あるいは企業で問題が起きた時の従業員の意識統一、統率です。企業の指揮命令系統とは違う立場で、的確な情報伝達ができることも、労働組合が共同実施の主体であるという側面だと思います。

4.高島屋のCSRへの取り組み<安田人事部長>

(1)高島屋のCSRへの取り組み:創業の精神、店是
高島屋のCSRについて、絶対に欠かせない話は創業の頃までさかのぼります。創業者の経営の精神をうたったものが4つあり、「店是」と呼んでいます。1つ目は「確実なる品を廉価にて販売し、自他の利益を図るべし」つまり、しっかりとした品物を適正価格でということと、自分だけの利益を追求するのでは企業は存続できないということが、この時代からうたわれており、これは今にも通ずることだと思います。2つ目は「正札掛値なし」で、すべてのお客様に等しく同じ値段でお売りするということです。3つ目は「商品の良否は、明らかにこれを顧客に告げ、一点の虚偽あるべからず」で、今でいう商品の表示、とりわけデメリット表示をしっかりと行うということです。4つ目は「顧客の待遇を平等にし、いやしくも貧富貴賎に依りて差等を附すべからず」で、お客様を差別しないことです。これらは当然のことでもありますが、この時代には、先駆的なことであったと思います。こうした創業者の企業の社会的公器としての規範を説いた精神は、今も生きており、高島屋だけではなく、他の企業にもそうした創業の精神というものがあって、そうした店是、社是は今見ても志が高いものです。
こうした店是の例に「蛤御門の変」という、歴史的事件への対応があります。幕末に薩長が衝突した蛤御門の変が起き、店の周辺一面が火の海と化したそうです。高島屋も全焼しましたが、創業者と二代目がとっさの機転で商品をしまってあった土蔵に、水桶を入れ目張りを施し、商品を守りました。高島屋は、その商品を焼け野原の中を着の身着のままで逃げて来た皆さんに提供して喜ばれました。もちろん商売をしたのですが、普通なら高値がつく品々をいつもよりも安く提供し、お客さまからの信頼を得てその後の発展に繋がったと言われています。もしこの時、創業者が「これは普通なら1,000円だが1万円で売る」というような、あくどいことをやっていたら、今の高島屋はなかったのだろうと思います。
余談ですが、3月11日の東日本大震災では、帰宅できない何千人ものお客様が、都内の各店舗内で一晩過ごされました。私たちは、他の施設が早く閉店していく中、あふれたお客様を逆に受け入れました。実を言うと、横浜店はギュウギュウ詰めの状態で危ないということで、少し扉を閉めざるを得なかったと聞いています。それでも、「できるだけ多くのお客様を入れよ、閉店するな」という指示を本部から飛ばしました。各店の独自の判断で対応したところもあり、私たちの中には創業の精神がまだDNAとして残っていると、改めて感じ、嬉しく思いました。

(2)高島屋のCSRへの取り組み:経営理念、企業メッセージ
 そういう創業の精神から、1991年に「いつも、人から。」という高島屋グループの経営理念が生まれてきました。その後、環境問題をはじめ企業に対する社会の情勢や期待が大きく変化してきた中で、2008年には理念の刷新にむけた見直しと強化を図り、「いつも、人から。」という、人の心を大切にするという精神を持ち続け、企業活動を通じ社会に貢献していくことが、今後の企業のあるべき姿だと、改めて強調しました。この他に、「1.心に残るおもてなし」「2.未来を切り開く新たな生活文化の創造」「3.いきいきとした地域社会づくりへの貢献」「4.地球環境を守るためのたゆまぬ努力」「5.社会から信頼される行動」という指針があります。
また、経営理念に加え、「‘変わらない’のに、あたらしい。」という企業メッセージもつくっています。創業以来の変わらぬ精神がある一方、時代に合わせて新しくしていく、相対するような言葉ですが、その両方が今の高島屋に必要だということです。

(3)高島屋のCSRへの取り組み:高島屋グループCSR経営概念図
 高島屋のCSRへの取り組みは、下の図でいえば、CSRの一番根本をなす経済的役割、コンプライアンス、法令遵守といった部分を基本的CSRとしながら、さらにその企業の独特の企業倫理や、その企業ならではの社会的役割を果たしていく自主的CSRという取り組みとなっていて、上に行くほど社会に対しての貢献度が上がっていくものだと思っています。

≪2011年6月24日時点の概略図≫

 高島屋は、1997年にCSR経営の基盤となる内部統制のしくみとして、「これからの行動計画」というモニタリングツールをつくりました。これは企業が自らの行動を点検し、その内容を労使で検証しようというものですが、労働組合という第3者の目で点検することで、より適切なモニタリングの実践力を高めようとしています。毎年6月に企業行動の検証を行い、コンプライアンスの取り組み状態を社内の誰もが見えるようにしています。1997年以来、社会環境の変化とともに、企業が社会から要請される行動レベルが、さらに高度化していきました。それに従い、基本的CSRであるコンプライアンスだけでは、企業に存在価値があるとは言えない状況になってきました。まさに企業を取り巻く様々なステークホルダーと価値観を共有し、持続可能性を追求するという考え方が社会の要請となりました。これを受けて、高島屋グループでは「CSR経営の方向性」を策定し、仕組みを構築してきました。この中では、高島屋を取り巻くお客様、従業員、取引先、株主、投資家、地域社会といったステークホルダーとの関係において、果たすべき責任をそれぞれ細かく設定しています。

5.高島屋労働組合のUSRへの取り組み<末吉中央執行委員長>

(1)社会の持続的な発展と自らの成長の両立
 労働組合として、社会的責任ということに対して考えていることは、企業は儲かればいい、大きければいいということではなく、誇りを持って働くことのできる企業であることが大事であり、SR(社会的責任)の取り組みを通じてそうした企業をつくろうということです。このことは企業の存続と成長に不可欠であり、1万人を超える従業員とその家族の生活基盤である企業を、地域や取引先を含めてしっかり守っていくことが、労働組合の責任と考えています。

(2)USR政策を掲げる2つの背景
労働組合がUSR政策を掲げるに至った背景には、2つの要素があります。まず第1に、労働組合も、企業のガバナンスの大きな構成員であり、その責任をしっかり認識すべきということです。社会からの要請が質量ともに高まっていくことに対する責任、役割を強く意識したものです。事業活動の多くは組合員が担っているものであり、もっと言えば企業は従業員、組合員の行動、活動そのものです。現場の最前線で起きていることを最も知っているのは組合員です。労働組合には、企業で起きていることを把握し、社会の基準や公正に照らし、「おかしいことは、おかしい」あるいは「変えたほうがいい」と、指摘や提案する責任があります。
労働組合の存在意義は、これまでは労働者の処遇や働く環境の整備を要求し改善すること、あるいは経営行動をチェックすることとして捉えられていました。しかし、今日では、企業自身がCSRとして、ステークホルダーである従業員のための様々な取り組みを自ら行うようになっています。例えば、コンプライアンスの遵守、労働時間の短縮、ワーク・ライフ・バランスの推進などです。企業がCSRに向き合うほど、労働組合の存在意義や影響力が小さくなってしまいます。第2の背景は、このような状況変化の中で労働組合としていかに存在価値や意義を高めていくのか、こうした問題意識、強い危機感を持ったということです。

(3)地球市民の一員たる労働組合
高島屋労働組合は、組合活動を行うベースとしてUSR政策をつくってきました。今、原発の問題もありますが、全ての組織や個人が地球市民として、永続的に人間が尊厳をもって暮らすことのできる地球を創造していくとともに、社会の持続可能性にどう向き合うのかが求められています。労働組合もその重要な構成員であるべきという認識を持っています。
それに加え、例えば少子化、それに伴う仕事や生活の在り方や多様な働き方といった問題があります。こうした中で、社会の持続的な発展にどう責任を果たしたかが強く問われています。言い換えれば、各組織はこの問いに応えることによって、社会から信頼される存在になります。
高島屋労働組合は、社会や経済がグローバル化する中で、これまでのような、企業に要求する活動だけでは存在意義が問われかねないという問題認識を持ち、主体的に社会的責任に向き合っていこうとしています。それをまとめたものがUSR政策で、「社会の安定のためには生活の安定」が、「生活の安定のためには労働の安定」が必須であり、「労働を安定させるためには、労働組合としての社会的責任・役割の発揮」がますます重要という考えをベースにしています。

(4)USR政策における3つの役割
USR政策の柱は、[1]本質的な役割、[2]倫理的役割、[3]今日的役割、の3つです。[1]本質的役割は、やはり第一義に企業内の労使関係において、組合員の雇用の確保、労働条件や働く人の権利の保護、適切な人事運用を求めるなどの機能を果たすことです。一方で、社会的な課題や社会の持続可能性といった問題で果たすべき役割があります。一つは、[2]倫理的役割で、人権の尊重、社会の公正といった考え方をベースにしているものであり、均等均衡やワーク・ライフ・バランスの推進、ハラスメントの撲滅などがあります。もう一つはの[3]今日的役割は、社会との関わりをより時代観を持って意識したもので、自己責任を原則とする世の中になっていく中、CSRの推進や環境への取り組みなどを強化していくことです。

6.グローバル枠組み協定締結へむけた高島屋労使の取り組み

(1)グローバル枠組み協定、ILO中核的労働基準、グローバル・コンパクトの比較
グローバル枠組み協定とは、社会的責任に関する企業の考え方や行動に関するコミットメントを労使協定という形で社会に示すものです。現在、多くの企業で実施されているCSRに関する取り組みが企業単独で一方的に宣言するものであるのに対し、グローバル枠組み協定は、社会の構成員である産別組織、あるいは国際産別組織と共に宣言するものです。とりわけ当社では、社会的に公正で責任ある行動をすることを「企業内労使」で宣言しており、当然、当社で働く従業員自身も、それを現場の一員として実行する、ということを社会に約束している訳ですから、信ぴょう性や実現性が高いものであると言えます。
グローバル枠組み協定は、人権、労働分野での取り組みを中心としたILOの中核的労働基準(「強制労働の禁止」「結社の自由及び団結権の保護」「団結権及び団体交渉権」「同一報酬基準」「強制労働廃止」「差別待遇の禁止」「最低年齢」「児童労働の廃絶」の8つを指します)を含みます。また、それ以外の環境、社会奉仕といったような分野も含めて、その社会的責任をいかに追求し実行するかについて、締結当事者同士で協議して決めていくというのが1つの特徴です。そうした意味では、国連が人権、労働、環境保護分野などの取り組みを促進するため、企業に参加を呼びかけた「グローバル・コンパクト」の原則に似ていますが、グローバル・コンパクトは、その原則の適用を企業が自発的に表明するに過ぎません。ちなみに、グローバル・コンパクトは「各企業の責任のある創造的なリーダーシップを発揮することによって、社会の良き一員として行動し、持続可能な成長を実現するための、世界的な枠組み作りに参加する自発的な取り組み」と規定され、1999年の世界経済フォーラムで、アナン国連事務総長が提唱したものです。日本では第1号賛同企業キッコーマンを初めとして、現在では130もの名だたる企業が賛同しています。ただし、今年の1月には、国連への取り組み報告義務を数回にわたって怠ったということで、世界中で2,000社余りが除名されており、日本でも2社が除名されたと聞いています。
このように、労働CSRに関しては、国際的な枠組みがいろいろありますが、グローバル枠組み協定は、それを実行、推進する主体である企業や労働組合が、実態に合わせて具体的なスタイルを選択することができます。このことは、実効性という観点からも効果的です。

(2)高島屋労使のグローバル枠組み協定
高島屋労使が締結をしたグローバル枠組み協定の特徴の1つは、合意事項の実践力を担保する仕組みとして、「本合意に関する実施」という項目の中で協定締結者が具体的に何をしたらいいのか、また何をしてはいけないのかを明文化していることです。これは世界でも非常に珍しいパターンの協定です。もう1つの特徴は、4者で協定していることです。高島屋労使が基本的な合意をし、国内産業別組織である日本サービス・流通労働組合連合と、UNI(ユニオン・ネットワーク・インターナショナル)という国際産業別組織の双方が、情報提供や意見交換という形で社会的対話を行う役割を担って協定しており、これも非常に珍しい形です。欧米諸国では産業別組織が中心となって企業と協議を行っていますが、日本の場合は企業の中に労使関係があり、こうしたことも関係していますが、4者協議の実現は非常に評価されています。アジア諸国のUNIの加盟組織の中でも、こうした形態への関心が高まっていると聞いています。

(3)グローバル枠組み協定の締結に向けた背景
高島屋労使のグローバル枠組み協定締結の背景には、経済のグローバル化や社会構造の変化によって、企業のCSRに対する要請が高度化してきたこと、高島屋グループは従来からCSR経営を基軸とした企業活動をしていたことがあります。さらには、高島屋のグローバル戦略があります。高島屋は、もともと世界中から商品を調達していましたが、2012年に上海への進出を予定するなどグローバル化を進めていくことを目指しています。1993年に開店したシンガポール店が軌道に乗ってきており、中期的な戦略として、東南アジア、中国への進出をにらんでいることがありました。
そして、協定を締結する経営としての意味合いの1つは、やはり労使協定ということです。労使で結ぶには、労働組合のモニタリング機能の発揮や、実践者である従業員1人ひとりの主体的な意識改革が必要になります。これによってCSRの取り組みの促進が図られれば、ガバナンスの強化にとって非常に大きいと思います。2つには、UNIの持つネットワークや情報が、今後のグローバル戦略におけるカントリーリスクの低減に繋がるのではないかということです。
なお、検討段階での不安は、経営側がUNIを十分に知らなかったということです。経営には、締結によって経営活動が拘束されるのではないか、海外でも日本の労働条件で雇用契約を結ばなければならないのではないか、コストはどうなるかなど、多くの不安がありました。この点は、労働組合が誠心誠意説明したことで不安解消に繋がり、締結に至りました。

(4)グローバル枠組み協定の締結にむけた労働組合の決意<末吉中央執行委員長>
グローバル枠組み協定は、締結が目的ではありません。高島屋では、過去から労使がともにそれぞれの役割と責任で、CSRに取り組んできましたが、その延長線上で、それを補強するものとして、また、社会的責任を果たすという強い思いを労使で社会に宣言し、約束するものとして協定に至りました。
締結にあたっては、なによりも企業活動の主役である従業員、組合員の理解が大切です。労働組合は、全店でのべ1,300回の組合員への説明会を行いました。「企業で働く一人ひとり、あなたたちが実践する主体である」ことを伝え、意識を持ってもらうことが何よりも大切だと考えました。経営は経営で、各事業所の経営者に、マネジメントを通じ協定の考え方を伝えていき、取引先やサプライチェーンの各所にも、経営が自主的に点検をしていきました。
労働組合は、あらゆる組合活動を通じて、取引先も含めた全ての組合員にしっかりと発信し、伝え続けることが重要だと考えています。また、UNIには、情報提供や海外での労使関係に関する役割を発揮していただくことも重要です。そして協定当事者は、社会的な対話という形で常に社会に自らの行動を照らし合わせ、是正すべきは是正する、そのための企業の組織の状態を常に点検し合おうとしています。

(5)グローバル枠組み協定締結以降の取り組み
締結後の取り組みでは、従業員の理解浸透を図るため、締結日である11月11日を締結記念日としてキャンペーンを行っています。また、経営には「行動計画」というモニタリングの仕組みがあり、労働組合は「実践プログラム」という、進捗状況をチェックする仕組みがありますが、労使の一番高いステージの協議会である中央経営協議会で、相互チェックを毎年必ず行っています。
企業としては「行動計画」というモニタリングの仕組みの中で、労働組合は「実践プログラム」の中で締結後の検証を行っていますが、それぞれの検証内容について、年1回協議を行い、その協議内容については、UNIあるいはJSDと意見交換を行っています。
また、広く社会に向けた活動としては、上部団体との対話の促進、UNI世界大会における鈴木高島屋社長による労使へのメッセージ発信、外部講演、取材協力、研究協力などの取り組みを行っています。例えば、外部講演では、NTT、伊勢丹、ヤマト運輸といった他企業の労働組合で講演を行わせて頂きました。大学の研究活動では、筑波大学、中央学院大学、ジュネーブ大学といった国内外の大学の研究にも協力しています。今日のこの講義もその1つになります。

7.CSRに関する今後の考え方

(1)労働組合のCSRに関する今後の考え方<末吉中央執行委員長>
労働組合は、この協定締結を社会的責任の実践力、実行力向上のための1つの通過点として捉えています。この締結を契機に、労使がしっかり役割責任を果たせるよう、相互に点検し合い、モニタリングし合うなど、企業の中での充実をしっかり図っていきたいと思っています。また、社会に対する発信や理解を求め続けることを通じ、日本の第1号締結企業として、見本となる行動をしていきたいと思っています。
そして、最も重要なことは、企業の外を知ることです。外を知ることで自らを知り、グローバル性やダイバーシティという多様性とはどのようなものなのかを理解する力を高め、よりいっそう、一人ひとりが高い意識と行動をもって、社会に向き合う企業づくりをしていきたいと考えています。

(2)経営のCSRに関する今後の考え方<安田人事部長>
企業はリーマンショック以降もいろいろな危機にさらされてきました。また、震災を経て人々の価値観が大きく変わっているのを肌で感じています。「企業の社会的責任」と「企業の存在意義」という言葉は、限りなくイコールに近づいており、それは経営からいえば一種の企業リスクでもあります。一番恐ろしいことは、自分たちの中で自分たちだけが正しいと信じ込んでしまい、ずれに気づかないことです。複雑化、高度化する社会的要求への応え方を間違えると、企業は消えてしまいます。そのため、社会への応え方をより多くの目でチェックし、かじ取りをしていくシステムの構築が、企業の生き残りにとって、なにより必要だと感じています。
グローバル枠組み協定は、締結から3年近く経ちますが、これからの社会において、おそらく一番真価が問われてくる、一歩先を行ったものだったと、改めて思っています。200年企業を目指している高島屋です。お客様を含めて、従業員がみんなで笑って誇りに思える、働いていることを誇りに思える企業にしていくためにも、こういったものを活用していきたい、労使で頑張っていきたいと思っています。

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