一橋大学「連合寄付講座」

2010年度“現代労働組合論I”講義録

第6回(5/14)

ワークルールと労働協約

ゲストスピーカー:新谷信幸(連合総合労働局長)

1.ワークルールと労働協約の問題―6つの設問

 今日のテーマは「ワークルールと労働協約」です。雇用関係で働く際、ワークルールがどうやって決まっていくのか、その中で労働組合はどういう役割をするのかについて、労働協約やワークルールの仕組みについて、お話ししたいと思います。
 学生の皆さんに雇用関係といってもリアリティがありませんので、今日はロールプレイのような6つの設問をお配りしました。最初にこれについて考えてもらって、この設問のA君/Aさんになったつもりで、○×で答えてください。正解が幾つあるから合格とかというものではありません。直感で答えてください。

  1. A君は大学卒業後、大手企業B社に入社した。A君は入社式の手続きの中で「労働契約書」というものにサインをした。会社での労働条件は、採用時にサインした時に決められていた条件がずっと適用されるし、将来、会社が労働条件を引き下げる変更をする場合には労働者一人ひとりの同意が必要であると思う( )
  2. B社で働き始めたA君は、集合研修を終えて、配属された職場での新入社員研修に取り組んでいる。そんなある日、会社のイントラネットにある人事部のHPで就業規則というものを見つけた。労働条件や職場規律などを規定した会社の文書のようだ。研修先の先輩に聞くと、就業規則というのは会社が作るが、それを作成する際や変更する際には、労働組合は意見を述べることができる。しかし、労働組合が反対した場合は変更できないとのことだ( )
  3. A君はまもなくB社にあるB労働組合の組合員になったが、会社が作る「就業規則」とは別に、労働条件などに関して労働組合と会社の合意文書である「労働協約」というものがあるそうだ。就業規則と労働協約は同じ内容が書かれているそうだが、労使対等に基づき、会社が制定する就業規則と労働協約は同じ効力を持っていると思う( )
  4. A君はB社での仕事にも慣れ、職場や取引先での研修をこなしながら、職場の先輩や同期入社の仲間とも飲みに行く余裕も出てきた。もうすぐ入社1年。給料がいくら上がるか楽しみにしていたそんなある日、新聞の朝刊にB社の経営が悪化しているとの報道が載った。B社の経営方針や運営の改善としてもっとこうしたらいいと思うことはある。A君にはなすすべはないが…( )
  5. A君は労働組合の職場委員のC先輩に頼まれて、昼休みに労働組合の職場集会の手伝いをしているのを課長に見られた。組合活動をしていると部長や課長から人事考課(成績評価)で悪い評価をつけられないか心配だ( )
  6. A君が入社して10年。もう職場の中堅として課長を補佐し部下を指導する立場になっている。そんなある日、A君の所属する事業部が、同業他社のD社と統合再編されることが発表された。労働条件は法律に守られているので自分が同意しない限り事業統合によっても変更されないと思う( )

 それでは、この「A君/Aさん」という現実にありそうな話をモデルとして、皆さんと一緒に考えていこうと思います。答えは解説の中で申し上げていきます。
 今日の講義は、まず、日本の就業構造がどうなっているのか、簡単にお話しします。つぎに、労働条件はどのように法的に規定されているのか、具体的な決定のメカニズムを賃金やワークルールなどを例に上げながら、お話ししようと思います。また、法に基づく労働組合の保護、労働組合の経営参加ということもお話したいと思います。いずれも労働協約の内容に関連します。

2.雇用社会・日本の「非正規」問題

 最初に、日本の雇用労働者の現状について、総務省の2008年労働力調査のデータで見てみます。まず、労働力人口は6,636万人です。労働力人口とは、15歳以上の人口から学生や家事労働従事者などの数を差し引いた数です。そのうち、就業者は6,370万人です。就業者とは、自営業や雇用関係にある賃金労働者、公務員など、働いている人の数です。労働力人口と就業者数のギャップが完全失業者数で、この10年は、増える傾向にあります。
 就業者のうち、いわゆる賃金をもらって働いている人、すなわち雇用関係にある労働者数は5,535万人です。日本は、就業者に占める雇用者数の比率が非常に高く、約8割強を占めます。日本はいわば、「雇用社会」であるといってよいと思います。
 次に、その雇用労働者がどういう働き方をしているのか、みてみます。1990年代の半ば以降、非正規労働者の比率が増えてきて、最近では、雇用者のうち3人に1人が非正規労働者という状況です。男女別では、女性の非正規の割合は49%と、半分が非正規労働者となっています。非正規比率が非常に高まっているところに、今日の問題があると思っています。 
 なぜ、「非正規雇用」が問題なのでしょうか。理由は、大きく2つあります。1つは、雇用が非常に不安定ということです。非正規の雇用契約の多くは契約期間が決まっている働き方、有期労働契約です。これに対し正規雇用、正社員の働き方は、期間の定めのない雇用契約、要するに入社のときから定年退職日までの、契約期間が決められていない働き方です。このため、正社員は雇用が比較的安定していますが、非正規の場合は1年とか半年という雇用期間が満了すると、次に更新してもらえるか分からないという問題(いわゆる雇止め問題)があります。
 2008年にリーマンショックがあったとき、派遣労働者の契約を突然打ち切る、または契約を更新しない「派遣切り」という問題が起こりました。そのほかの有期労働者も「有期切り」、「非正規切り」など、同じような事案が頻発し、雇用の不安定さが露呈しました。
 もう一つの問題点は処遇格差のということです。正規と非正規では、賃金をはじめ、一時金(ボーナス)、退職金などの労働条件に非常に格差があります。その他に、「有期」である非正規の働き方では、職業能力の訓練機会が少ないないという問題もあります。今日はそこがメインテーマではないので、このくらいにしておきます。

3.「就業規則」について―労働条件の決定システム

(1)就業規則と労働契約の関係
 労働条件の決定システムについて見てみると、そのベース部分には「最低限の基準を定めた労働法令」として、労働者保護法である労働基準法や最低賃金法などがあります。しかし、みなさんが働く職場は、最低限の労働条件ばかりではありません。最低限を超える条件は、どうやって決められるのでしょうか。
  労働者一人ひとりは、会社(使用者)と労働契約を結んでいます()。「労働」は1回限りの売買ではなく継続的な関係の契約で、生身の人間に関わるという点で特徴があります。「働く」ということと、「賃金を支払う」という契約が、一人ずつ成立します。10人いれば10の労働契約、100人いれば100の労働契約が成立しています。しかし、会社のような大きな組織になると、この契約を1件ずつ管理するのは大変です。1人ひとりの契約がバラバラでは統一的な管理ができません。そこで、統一的で公平な管理をするために「就業規則」が登場します。就業規則は日本独特のルールです。この就業規則が、一定の要件を満たせば労働者個々人との契約の内容となります。実は、この就業規則の要件と効果が問題なのですが、それはのちほどお話しします。
 就業規則とは、「労働条件を公平・統一的に設定し、かつ、職場規律を規則として明定」するために「使用者が定める職場規律や労働条件に関する規則類」(菅野和夫『労働法』第7版)です。つまり、1つ1つの労働契約を公平・統一的に規律するための規則として、会社が作るものです。
 
(2)就業規則の2つの拘束力
 一定の要件を満たす就業規則には、最高裁の判例として確立した2つの拘束力があります。
 1つは、「その内容が合理的なものである限り、労働者がその内容を現実に知っていると否とにかかわらず、就業規則の内容が労働契約の内容となる効力」です。これは、就業規則について、かりに労働者が内容を知らないとしても、合理的な決め方・内容であれば、その就業規則に書いてある内容が、一人ひとりの労働契約の内容に置き換わるということです。
 前掲した設問のA君の事例では、採用されたときに労働契約書にサインをすると書いてあります。しかし、私たち労働組合が、新入組合員などを集めて研修をする時、「入社手続きを行った際に、労働契約書に何が書いてあったか覚えているか」と聞くと、ほとんど誰も覚えていません。
 なぜかというと、普通、労働契約書自体はたったの1枚の場合がほとんどです。「就業規則に基づき労働します」「労働契約を締結します」と書いてあり、ただ氏名をサインするだけです。何時間働いて、休みはいつで、賃金をどれだけ払うなどの労働条件は、契約書そのものには書いてなくて、それとは別に「就業規則に依る」となっています。別に就業規則を1冊ずつ渡されて、中身はここに書いてあるからということで、その内容で契約します。
 現実には、ほとんどの人が就業規則を事前に読んでいないまま契約しますが、判例では周知の手続きを行っていれば、労働者各人が現実に内容を知っていなくても良いというのです。労働者が内容を知っていなくても、就業規則の内容が労働契約の内容になっているというのが、判例の考え方です。
 なぜそのような力があるのでしょう。「統一的に管理をする」ということが、第一の理由です。AさんとBさんを、公平に分け隔てなく同じ規則を適用して企業統治を行うというのが、就業規則の考え方です。これは2番目の効力についても同じです。
 2つ目は、もっと強い効力を発揮しています。これも判例の積み重ねで確定した考え方ですが、周知手続きを行っていた「就業規則による労働条件の変更が合理的なものであれば、それに同意しないことを理由として、労働者がその適用を拒否することはできない」のです。これは、使用者による一方的な労働条件の不利益変更は原則として認められないものの、合理的な変更であれば、就業規則の内容を変更(労働条件の変更)することに対して、労働者の同意など要らないと言っています。
 就業規則は会社が作る規則で、会社が一定の手続きで変更します。変更した内容は、1人ずつの契約の内容も書き変えていくが、現実に知らなくても良いというのが①です。労働者が同意しなくても、合理的なものであれば契約の内容を書き変えられるというのが②です。これが就業規則の持つ強い効力です。
 前掲した【設問1】にあるように、入社のときにサインした労働契約というのは、入社時の就業規則です。1年経って就業規則を変更し、労働条件を変更しても、その変更にあたって一人ずつの同意は要らないのです。場合によっては、半年に1回就業規則の中身が変わるかもしれませんが、その度に一人ずつの同意はとりません。就業規則の改訂が適正な手続きを踏んで周知され、かつその内容が合理的であれば、労働者一人ひとりの同意が要らず、あるいはそれに反対したとしても、契約の内容を書き換えること(労働条件の変更)が可能です。
 労働契約に大きな影響を与える就業規則の要件と効果は、労働者の合意を原則としながらもその変更が合理的であれば労働契約の内容となることが、2008年3月に施行された労働契約法によって法律として明確化されています。

(3)就業規則を作成・変更する条件と手続き
 つぎに、就業規則を作成・変更する条件と手続きについて、お話しします。労働基準法第89条では、事業場に10人以上の労働者がいる場合には、就業規則を作成して、労働基準監督署に届け出なければならないと規定されています。第90条では、その作成・変更にあたっては、過半数の労働組合がある場合には労働組合の代表、労働組合がない場合には過半数労働者を代表する者の意見を聴かなければならない、とあります。要するに、就業規則の作成と変更において、会社に求められる手続き要件は、意見の聴き取り義務だけです。労働組合の同意は求められていません。したがって、労働基準法の規定だけで見れば、前掲の【設問2】「労働組合が反対した場合は、変更できない」の答えは「×」です。

4.「労働協約」について―労働条件の決定システム②

 では、労働組合は一体何の為にあるのかというのが、これからお話しする「労働協約」の話です。皆さんが将来働く職場が、労働組合のある企業とない企業では、全く環境が違います。労働組合がある企業の場合の多くは、「労働協約」が登場します。
 労働協約は、労働組合法第14条に「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずる」と規定されています。つまり、労働協約とは、労働組合と使用者(会社)が合意したものに署名する文書です。口約束は無効で、書面にして署名又は記名押印する様式が必要です。
 行政解釈によれば、文書の名前は何でもよいのとされています。たとえば、「労働協約」そのものでも、「労使協定」「覚書」など、どのような名称であれ、書面に書いてあり、労使の代表が署名または記名捺印してあれば、労働組合法の保護に基づく労働協約になります。
 労働協約の効力は、労働基準法第92条に「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない」と書いてあります。なぜかというと、労働協約は、労働組合と会社の集団的な合意文書だからです。集団と集団の関係で交渉をして合意をして決めたものですから、会社が勝手に作り変更できる就業規則よりも、効力が上になるのです。また、労働組合法第16条に労働協約の内容を下回る労働契約は無効とし、無効となった部分は労働協約の基準によると規定されています。
 つまり、前掲の【設問3】の答えは、労使対等の下で決める労働協約は就業規則よりも効力が上になりますので「×」です。実は、設問の答えは全部「×」ということになります。
 皆さんが会社に入って労働条件をどのように決めるかを考えるとき、ベースにあるのは最低限の労働条件を決めている労働基準法です。その上に労働契約を結びますが、そのときに、具体的な労働条件などの契約の内容を決めるのは就業規則です。その就業規則は、会社が一方的に作成します。労働組合や労働者の過半数代表から意見を聴く仕組みはありますが「聴くだけ」です。変更に反対したからといって、何の効力も及ぼしません。この変更は、合理的な変更であればいつでも可能です。
 一番よくあるケースでは、退職金の引き下げです。たとえば、入社時に、退職金は2,000万円とするという就業規則を前提に、労働契約書にサインをしました。ところが、10年経ったら、会社が退職金を1割カットして1,800万円にするといいました。その変更に合理性があると判断されれば、退職金2,000万円は1,800万円に下がってしまいます。会社の側が変更すればできるのです。これが労働組合のない世界です。
 しかし、そこに労働組合があればどうでしょう。たとえば、退職金は2,000万円とする内容の労働協約があります。就業規則にも同じことが書いてあります。同じことが書いてあって意味がないと思われるかもしれませんが、重要な違いがあります。労働協約に2,000万円と書いてあれば、使用者と労働組合の合意内容を変更しない限り、労働条件の変更はできないのです。
 労働組合は何のために作られているかというと、実はこの労働協約を結ぶためであると言っても過言ではありません。言い換えると、労働組合は集団的な力によって労働条件を決定し、それを労働協約という形でまとめ上げていく、そのための組織だということです。労働協約を1回結べば、労働組合が合意しない限り、一人ひとりの労働契約の中身も変えられませんので、労働条件が非常に安定します。これが協約の持つ意味です。
 労働基準法第2条に「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである」と、労働条件の基本的原則が書いてあります。本当に対等でしょうか。現実の世界では、労働者個人と会社という組織とでは、交渉力に格差があります。そのため、個人は労働組合という形で団結することによって、使用者と対等な交渉をし、その中で労働条件を作っていくという仕組みとなっているということです。
 労働組合法の第一条には「この法律は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的とする。」と書かれています。

5.最低限の基準を定めた労働法令など―労働条件の決定システム

 それでは、労働基準法が定める最低条件の例を見ていきます。
 賃金については、「通貨で、直接、全額、毎月1回以上、一定期日に払う」という5原則が賃金支払いの条件として労働基準法に定められています。
 労働時間についても1日8時間、週40時間という最低限の条件が決められています。休憩は労働時間6時間に対して45分、有給休暇は6ヵ月勤務したら最低10日付与しなければならないというのが、最低限の条件です。これを上回る内容は、就業規則や労働協約で決められます。
 時間外・休日労働について、1日8時間を超えて労働(残業)させるときには、労使で別途協定を結ぶ必要があります。労使協定があれば残業を命じることができますが、残業時間分は割増賃金を支払わなければなりません。法定では、平日は25%以上の割増賃金を払わなければならないと決められています。
 2010年4月に改正された労働基準法では、1ヵ月60時間を超える残業部分については、割増率を50%以上に引き上げました。しかし、中小企業は50%以上に引き上げる対象から除外しました。つまり、大企業向けの条件と中小企業向けの条件とで最低基準が異なり、ダブルスタンダードになっています。これは問題だと思っています。
 最低限の条件は、国はなぜ法律で決めているのでしょうか。憲法27条第2項に「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」とあり、それを受けて労働基準法が定められています。
 労働基準法は第1条に「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきもの」と書いてあります。この意味するところは、人が働き、それによって対価を得る、その対価は人が「人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきもの」、つまり「生存権」の考え方です。人が生きていくために必要なもの、最低限のものを定めているのが、労働基準法の考え方です。つまり、労働基準法を下回る条件は人が生きていけない条件であり、違反した場合は刑罰を科すこととしているのです。
 この考え方に照らすと、さきほどの残業時間の割増率が大企業と中小企業とで違っているということは、連合として早急に是正しなければいけないと思っています。
 もうひとつ押さえておかなければならないのは、労働契約法に規定されている、労働契約を規定するワークルールについてです。例えば解雇です。
 労働契約には契約期間を定めてある契約(有期労働契約)と、期間を定めていない契約(例えば正社員としての契約)があります。このうち、後者の契約における使用者側からの契約解除(解雇)について、労働契約法第16条に「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効と見做す」と規定されています。解雇に合理性がある場合の判断基準は、資料にありますので、見ておいてください(①労働者の労務提供不能や労働能力・適格性の欠如(単に成績不良ではなく、企業経営に支障を生じる場合など)、②労働者の規律違反行為(懲戒行為)、③経営上の必要性(整理解雇)、④ユニオンショップによる解雇要求)。
 リーマンショック後の不景気の中で、余剰人員が出てそれを減らすということで、正社員の解雇の事案もたくさん発生しました。経営上の必要性からの解雇を「整理解雇」と言います。整理解雇については、判例で確定している4つの要件、①人員削減の必要性、②人員削減手段としての整理解雇選択の必要性、③被解雇者選定基準の妥当性、④手続きの妥当性、があります。この4つのポイントを押さえなければその解雇は無効と見なされる可能性が高まります。労働組合との協議をきちんと行ったかどうかも、合理性判断のポイントのひとつになっています。
 
6.労使協議と賃金

(1)成果主義的な賃金制度への変化
 このような構造の中で、賃金や労働時間などが具体的にどのように決まるかについて、お話しします。賃金制度は、戦後いろんな形で変遷しています。現在、多くの会社では、賃金制度が過去10年以内に、人に着目して賃金を払う形から、仕事に着目して払う、いわゆる成果主義型の職務給型賃金制度に変わってきています。その人が持っている顕在能力や潜在能力に対して賃金を払う形から、実際にどんな仕事をしているかに対して、賃金を払う形に変わっってきているということです。賃金が仕事のグレードに応じて一定のゾーンの中にあって、仕事が変わらない限り、賃金はその範囲でしか上昇しません。
 ところで、会社の中で新しい賃金制度を作るときには、その会社に労働組合がある場合には、会社が一方的に作るのではなく、労使で協議することが一般的です。賃金のような重要な労働条件の枠組みを作る場合には、労働組合と会社で専門委員会を作り、賃金制度はどうあるべきか議論する場を作らないと、社員・従業員の納得をなかなか得られません。制度の変更に対しても、労働者を代表して労働組合がモノを言う仕組みがないといけません。
 
(2)産業別組織の統一闘争
 私の出身の電機連合を例にして産業別労働組合として、賃金などの交渉について、中小労働組合や労働組合のない職場にどのように影響を及ぼしていくか、労働条件改善の取り組みである産業別統一闘争についてお話しします。
 日本の労働組合は、企業別労働組合が中心です。そして、個別企業毎に労働組合と個別企業との間で労働協約を結んでいます。たとえば、パナソニックならパナソニックの会社と組合の間で、日立なら日立の中で、東芝は東芝の労使で労働協約を結んでいます。
 このように個別企業ごとに結んでいる労働協約について、産業別の労働条件を形成するため、産業別労働組合(以下、産別)として統一闘争を組んで、同じ産業内で統一的に労働条件を引き上げるための条件を決めます。賃金ならいくらに上げる、労働時間はどのくらい短縮する、退職金はどのくらいに引き上げるなど、産別で統一的な交渉基準を作り、その基準をもとに各社ごとに労使で交渉をします。そして、まず、コアになる大手の労働組合の先頭集団が最初に労働条件を決めて相場を作り、その波及効果で中堅組合、中小、労働組合のない未組織という形に広げていきます。こういうやり方で、産業別の労働条件を形成していきます。なぜそうするかといえば、産業別に労働協約が結べていないからです。これが日本の労使関係のやり方で、ヨーロッパと一番違うところです。
 ヨーロッパでは、企業横断的に労働組合が組織されています。たとえば電機産業であれば、労働組合は、電機産業全体で一つです。企業内には支部のような組織があります。そして、産業別の経営者団体と、産業別の労働組合の間に労働協約があって、産業ごとにトップの労使交渉で労働条件の枠組みを決めます。そのトップ労使で決めた条件(労働協約)が、産業内のすべての企業に適用されていくというしくみです。
 日本は各社ごとの労働協約をベースにして、それを束ねていくのが産別の機能です。産別の上部団体である連合は、労働条件の大きな枠組みを設定しますが、具体的な水準決定の部分には直接関与していません。具体的水準決定は各単組、産別に任せています。個別の制度は、産別が中心的に取り組む問題として役割分担しています。

(3)ベースアップと定期昇給
 次は、ベースアップと定期昇給の話です。一昨年(2008年)の新聞報道で「今年の賃上げ」として、「トヨタが1000円、日産が7000円」と報道されたことがありました。これは新聞社がよく分からず記事にしたと思います。トヨタの賃上げ1000円と日産の7000円は、実は中身が同じだったのです。
 どういうことかというと、日産の7000円というのは、たとえば34~35歳まで1歳上がるときの、定期昇給の金額を含めた一歳移動時のトータルの引き上げ額を指していました。これに対して、たとえば昨年の35歳と今年の35歳とで賃金のかさ上げをする、すなわちベースアップする部分だけを指していたのが、トヨタの1000円でした。賃上げや春闘の記事を見るときには、その辺りをよく見ておくとよいと思います。
 今年の春闘では、賃金の体系維持、つまり定期昇給の維持が一番の焦点でした。経営側は制度的に定期昇給額を下げたいと言ってきました。去年払った賃金と1歳年齢が経っても同じ賃金で良いではないか、今年は昇給する余裕はないと言ってきたのに対して、組合側は賃金制度を維持するための原資を確保するよう主張し、争いました。定期昇給の原資は内転原資といって、定年で退職する人と新たに入社してくる人の原資の均衡が取れていて総額は増えないものです。
 一時金は、毎月貰う賃金とは別の賃金で企業業績の配分の性格が強い、ボーナスのことです。会社ではボーナスを「賞与」と言いますが、組合では「一時金」と言います。毎年毎年、会社の利益は変わりますので、労使交渉をして、一時金の分配について決めます。労働組合は、適正な分配を求めて交渉しています。特に、ボーナスは業績を分配するという性格が強いので、業績によって分配の中身は非常に影響を受けます。業績の良いときは、その成果をきちんと配分するように、労使交渉で一生懸命に話し合いをして分配しているということです。

7.労使協議と能力開発

 キャリア開発や能力開発も、労働協約の交渉で話し合います。私が電機連合でシンクタンク部門を担当していたときに「若年層における仕事への意欲とキャリアに関する調査」(2003年)という調査を行いました。会社の能力開発に対するスタンスについて、労働者に聞いたものです。
 この調査では、30代以下の若い従業員を対象に約5,000件の回答が得られました。自分が勤めている会社が能力開発に対して積極的だと思うか、そうではないかを4段階で聞き、それに対して本人のモチベーション、仕事へのやる気、やりがいがあるかどうかについて、クロス集計をしたものです。会社が能力開発に対して「非常に積極的だと思う」という回答と、従業員の仕事への意欲はきれいに相関が出ています。つまり、働く従業員の意欲を維持するためには、賃金だけではなく、能力開発も重要な要素だということです。
 同じように、会社の能力開発の姿勢と、自分の能力が他社で通用するかどうか、能力程度の認識について、クロス集計をかけました。自分の能力が、他社に移った時にも十分やっていける能力があるかどうかは主観的な評価ですが、これもきれいに相関が出ました。やはり、会社が能力開発に対してどのようなスタンスで臨んでいるかが、重要だと思います。
 これに関して、電機連合では、2004年に労働協約闘争の統一目標として、「キャリア開発支援に関する事項について労使で協議できる場を設定する」ことを産別の統一要求項目に掲げて取り組みました。それまで多くの会社では、社員への教育投資は、投資計画として経営権の範疇なので、組合に口を出される筋合いはない、と捉える傾向が強くあったのですが、交渉の結果、大手組合では、組合員のキャリア開発について労使で協議することをそれぞれの労働協約に盛り込むことができました。 

8.労使協議と労働時間―ワーク・ライフ・バランスへの取り組み

 労働時間の短縮も重要な労働条件の一つとして、産別統一闘争として法律に先行する形で取り組んでいます。法律は最低限の条件を決めるものですから、法律の改正に先立って、世の中によりよい条件の制度が普及していないと、法律が改正されることはありません。世の中に先行した事例が積み重なっていくと、法律改正の機運が高まってきます。
 たとえば、「フレックスタイム」という制度があります。これは労働時間の管理制度で、皆さんが会社に入ると「朝9時に出社して17時まで働く」などという始業時刻と終業時刻の管理があります。その時にフレックスタイム制が導入されていると、たとえば、出勤時間は8~10時半までの間で、帰る時間も16~18時までの間で、それぞれ労働者で自由に選んでください、ということが可能となります。このように、出退勤の時刻を一定の範囲内で労働者が自分で決められる制度がフレックスタイムです。1988年に労働基準法が改正されて、法的に導入できるようになりましたが、電機連合の大手ではその前年から制度が導入されていました。
 それから、育児休業制度です。子どもが生まれてから1年間、会社を休んで雇用関係を継続させながら休業できるという、今では当たり前になっている育児休業法が施行されたのは1992年でした。しかし、電機連合の場合には、産別統一闘争によって大手を中心にして90年にすでに制度化していました。また、介護休業制度が義務化されたのは99年ですが、こちらも電機連合の統一闘争によって、大手は92年に制度として確立していました。これらは全て法律ができる前に、産業別の統一闘争によって社内制度として労働協約で制度を作っていました。これも労働協約の効果です。
 つぎに、労働時間とワーク・ライフ・バランス(WLB)の話をします。電機連合では、労働時間とWLBに関して、起床から就寝までの時間を含む大規模な労働時間調査を5千人規模で実施しました。この結果、技術系職種の男性は、朝6時43分に起きて、寝るのが24時23分と就寝時間が非常に遅いことが分かりました。
 残業時間の増加とWLBの満足度の関係も調べました。図に書いてみますと、残業40時間くらいのところで、WLBの「満足」と「不満足」のグラフの線がきれいに交差しています。つまり、残業40時間を超えると、自分の生活がこんな状況では駄目だと、不満が増えていくのです。
 問題は次の調査で、残業時間帯別の仕事のやりがいとWLB満足度の関係をみてみました。ここでも、残業時間が長くなるとWLBの満足度は下がっていくのですが、一方で、やりがいを感じるかどうかとの関係では、一月の残業時間が80時間になるまで、やりがいは落ちません。仕事が面白くて仕方ないからです。
 会社に入ると、仕事が面白いのです。やりがいがあると、仕事が止まらなくなって、休みの日でもしばしば職場に行ったりします。WLBの難しさは、こういう個人の意識づけや動機づけをどう変えていくかという点にあります。制度によってカバーできる部分もありますが、こうした課題についても、労働組合として取り組まなければいけないと思います。労使交渉で残業時間の上限を定めて協約にするように運動しています。

9.労使協議と経営参加

(1)経営のスピード=意思決定のスピード+実行のスピード
 次に労使協議制(企業内組合の例)について、お話します。
 経営は会社がするものという認識は成熟した日本の労使関係では一般的ではありません。経営の安定なしに雇用の安定や労働条件の向上はありませんし、その逆もありません。労働組合も経営の意思決定に参加するための様々な取り組みをしています。前掲の【設問4】で、会社の経営が悪化した場合に「A君にはなすすべはないが…」とあります。しかし、実際はそうではありません。日本では、経営に係わる労働組合の経営参加の形態として、労働協約に基づく労使協議制が普及しています。労働協約のなかに、経営について労使で話をする仕組みをビルトインしてあることが多いです。労使協議というと「組合と協議するのは、面倒だし、経営の意思決定が遅れるのではないか」と抵抗感を持つ経営者がいますが、全くそんなことはない、と我々は思っています。
 経営のスピードというのは、「意思決定のスピード」と「決定事項の実行スピード」という二つのスピードの和です。労働組合と会社は「意思決定」に関わる段階で十分に労使協議をすることで、そこで合意した内容を今度は労使で協働で実施していくことになります。結果として、意思決定段階で多少時間はかかっても、職場の隅々までの理解がすすみ、決定事項の実行段階のスピードが上がり、結果的には2つのトータルな時間では短くなると、我々は理解しています。
 労使協議会では、具体的にどのような話をしているのでしょうか。大手の事例では、会社の経営施策、成長戦略、新規事業の事業化などの提案・協議事項のテーマを、組合から議題を出して提案しています。これも労働協約の中に労使協議の附議事項として組み込んであって、毎年こうした内容について、社長以下、全経営陣と労働組合の代表者とで協議していることが大手ばかりでなく一般的です。したがって、先ほどの【設問4】の答えは「×」です。

(2)労働組合の現状とルール
 日本の労働組合の組織率は、徐々に落ちています。世界各国の組織率も落ちています。そして、組織率にも大手企業と中小企業では格差があります。99人以下の中小企業の場合は、約1%しか労働組合は組織できていません。これも我々としては重要なテーマです。また、組合費は平均で毎月約5,000円です。
 会社によっては、「社員会」という組織を持つところがありますが、労働組合と社員会とは違います。皆さんが会社に入られるとき、労働組合はないが、社員会があるから大丈夫だという説明があるかも知れません。しかし、社員会では労働条件の維持向上のためにはあまり意味がないと思います。なぜかというと、社員会には労働協約の締結権がないからです。労働協約の締結権は労働組合にしか認められていませんし労働組合と違って、会社からの介入などに対し法律の救済制度がありません。
 前掲の【設問5】に、「組合活動しているのを課長に見られて悪い評価をつけられないか心配だ」とありますが、これは「×」です。労働組合法では、組合員であること、組合活動をしていることによって、不利益な取り扱い、差別的な取り扱いをすることは「不当労働行為」として法律で禁止されています。労働組合の正当な活動は全て法律で保護されているのです。

(3)企業の再編と労働条件の変化
 最後に、企業の組織再編に労働組合としてどう向き合うかということについてお話します。
 前掲の【設問6】にありますように、10年経ってA君の事業場がどこかの会社に統合されてしまうケースを例に、お話しします。皆さんがせっかく入った会社が、気が付いたら違う同業他社に吸収される事例もあるかもしれません。そうした場合、ここの設問にあるように、法律に守られているから労働条件は保護されるでしょうか。答えは「×」です。企業の組織再編において、労働条件は法律によって一部守られている部分もある、というのが正解です。
 新聞などで、どこの会社とどこ会社が事業統合するなどという記事を見たときには、どのような形で企業再編を行うのか、よく確認してください。その再編がどの法律に基づいて行われるのかによって、労働条件の取り扱いが全く変わってきます。再編手法の組み合わせによって非常に複雑です。たとえば、「事業譲渡」は、物の売り買いと同じように、ある事業を幾らで売る、幾らで買うという手法です。そこで働いている人を何人付ける、付けないということも売り買いの中に入っています。その場合、労働条件を3割下げたら労働者を引き取ってもよいというように、厳しい世界が「事業譲渡」です。特に赤字事業を売却するときなどに悲惨なケースがあります。それに対して、「会社分割」(労働契約承継法)や「合併」の手法の場合は労働条件が包括的に承継され、雇用も守られます。しかしこの場合も対象となる労働者の区分や、分割会社の将来性(泥舟分割の防止)など、労働組合との十分な協議が必要です。このように、事業再編は再編手法によって、労働条件が大きく影響を受けることがあるため、労働組合も法的な対応を含めて、上部団体の指導を仰ぎながら十分な方針の下での対応が求められます。

 いろいろと話をしまてきましたが、一番言いたかったのは、労働組合が何のためにあるのか、特にワークルールにおいて、労働組合は重要な役割を果たしているということです。ワークルールの面では、労働組合は労働協約を結ぶために存在している組織であると認識してもらいたいと思います。
 今後、皆さんが会社に入られるときに、希望する会社が複数あって迷うときには、労働組合がある方の企業を選べば失敗は少ないと思います。どの会社に労働組合があるかどうかは、分かりにくいですが、上場企業については、有価証券報告書の閲覧システム(EDINET)がインターネットで閲覧できます。この中の各企業の有価証券報告書の「従業員の状況」の欄に、労働組合の組織状況が書いてありますので、面接で聞かなくても労働組合の有無を知ることができます。ぜひ活用して下さい。ご静聴ありがとうございました。

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