一橋大学「連合寄付講座」

2008年度“現代労働組合論I”講義録

Ⅰ ホワイトカラーの働き方と労働組合

第10回(6/13)

ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて(1):
食品産業における労使の協議と交渉

ゲストスピーカー:吉越亜紀 フード連合政策局長

はじめに
 今日は、「ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて~食品産業における労使の協議と交渉」をテーマに話します。会社で働くと、実は「ワーク・ライフ・アンバランス」に陥りやすいことを知っていただきたいです。もう一つ、このワーク・ライフ・バランスは、これから生きていく上で、自分の人生を充実させ、ハッピーにするために必要な考え方だということの、2点をお伝えしたいと思います。
 私は「麒麟麦酒株式会社」に入社して岐阜県で営業をしていました。いまは持株制会社になり、「キリンホールディングス」の傘下で医薬事業を展開している「キリンファーマ」という会社に属しています。労働組合の専従として仕事をしていますので、会社は休職しています。会社からは一切お給料はいただいていません。どこからお給料が来るのかというと、「キリンビール労働組合」の組合費からいただいています。組合員のみなさんのために働いています。
 岐阜県で営業をやっていたときに、組合の支部委員をやっていた先輩が転勤になり、その後任を引き受けてくれないかと言われ、委員になったのがご縁で今日に至っています。

フード連合について
 フード連合(日本食品関連産業労働組合総連合会)は主に食品製造業の各企業の労働組合が集まっているところです。約280の労働組合が加盟し、組合員が約10万人います。キリンビールやアサヒ、サッポロ、サントリーなどのビール会社の労働組合や、味の素、明治製菓、日本ハムといった大手の食品会社の労働組合が加盟しています。食品産業の90%が中小企業と言われていますので、加盟している組合の9割が中小企業です。もう一つ特徴的なこととして、食品産業は女性の雇用の割合が高いです。フード連合に加盟している組合員の割合を見ると、20%から25%の割合で女性がいます。
 企業内労働組合の活動は、働きやすい環境をつくったり、春闘で賃金の交渉をしたり、労働時間短縮などを会社と交渉して労働条件を改善していく活動をしています。産業別労働組合のフード連合は、1企業や1労働組合では解決できない課題や共通の課題について取り組んでいます。企業の枠を超えて、食品産業全体が安定的に発展するような取り組みですとか、食品産業の賃金は低いので、食品産業の地位を向上させる取り組み等をやっています。
 一つ具体的な事例をあげます。年明けに中国産冷凍ギョーザが問題になりました。原因究明が遅れていまして、いまでも何が原因であったかわかっていません。しかし、原因究明ができないと、冷凍食品を出しているメーカー全体に影響が出てしまいます。冷凍食品全体の売上げは30%落ちたとも言われています。会社がそれぞれ安全宣言を出しても消費者から信頼してもらえません。結果として売上げが減少して雇用への影響を与えます。フード連合や連合として、行政に原因究明をちゃんとするように要請しました。このように1企業や1労働組合ではできない課題について取り組んでいます。

キリンビール労働組合について
 キリンビール労働組合は、「キリンビール」「キリンファーマ」「キリンビジネスエキスパート」という3つの会社で働く組合員で構成されている労働組合です。以前は一つの会社でしたが3つに分割されました。組合員数は4,650名、徐々に減ってきています。食品産業は自動車などに比べて労働者数が非常に少ないです。たぶん自動車会社の1工場くらいの人数しかいないです。この人数で成り立っています。事業内容としては、ビールはよくご存知だと思いますが、花や医薬の事業も行っています。お花は今日初めて聞く方も多いかと思います。もし園芸屋さんやお花屋さんに行く機会があったら、見つけてもらうと楽しいかと思います。医薬は普通のドラッグストアには置いていませんが、病院などで使われる薬を製造、販売しています。特に、腎臓病関連の薬とか、がん治療の際に使う薬を取り扱っています。私はこの医薬品分野にいました。
 いまキリンビール労働組合で、私のように会社を休職して組合の仕事を専門にやっている人間は10名います。男性7名で女性3名。そのうち私が上部団体のフード連合へ専従として派遣されています。この人数でキリン全体の労働条件の維持向上に取り組んでいます。

ワーク・ライフ・バランス
 下の図は、1日は24時間、1週間で7日、1年で365日という限られた時間を、働く時間とそれ以外の時間でとりあっている図です。会社の仕事時間と、生活、家族、友達や恋人との時間、自分の自己啓発の時間などの仕事以外の時間とのバランスをうまくとれないで引っ張り合っています。今日はどうバランスをとればいいのか、どうすればバランスをとれるのか、どういう仕組みをつくればバランスをとることができるのかをお話しします。

図1

1.フード連合のワーク・ライフ・バランス(WLB)の取り組み
 フード連合は企業内労働組合が集まっているところなので、フード連合自身が具体的な取り組みをするのではなく、各企業内組合がワーク・ライフ・バランスに取り組んでもらうよう、きっかけづくりや、啓発活動をしています。
 フード連合は4つの運動方針を持っています。その1つに「男女平等参画のさらなる推進」があります。その具体的な取り組みとして、ワーク・ライフ・バランスと「ポジティブ・アクション20」の実現、関係法令や労働協約の整備の3つに取り組んでいます。ポジティブ・アクション20は組合活動の中においても、女性に積極的に活躍していただこうということです。
 働く者は企業だけに接しているわけではありません。家庭人でもあり、そこに住んでいる地域の一員でもあります。だんだん変わってきているとは言え、男性はどちらかというと企業側に寄っています。女性は仕事をしつつも家庭の責任が大きいです。本来ならば男性、女性に限らずすべての人が社会の中で、企業人であり、家庭人であり、地域社会人であるべきです。それぞれにおいて責任をとれるような社会であるべきではないかと考えています。フード連合は5、6年前からこのワーク・ライフ・バランスという考え方を取り入れて、加盟組合に取り組みを呼びかけてきました。

2.キリンビール労組のWLBの考え方
 フード連合の呼びかけを受けて、キリンビール労組は、2005-2006年の運動方針にこのワーク・ライフ・バランスの取り組みを盛り込んで、活動を開始しました。私はそれまでワーク・ライフ・バランスという言葉をまったく知りませんでした。ちょうど岐阜で仕事をしていたときで、支部委員をしていました。本部から降りてくる運動方針を組合員のみなさんに説明しないといけないのです。その時に、初めてこのワーク・ライフ・バランスという言葉を知りました。仕事と生活、仕事の時間と仕事以外の時間のバランス、これは当たり前のことですが、その当時の私にとっては衝撃的でした。なぜかというと、入社したてで、まだ4年目だったので、がむしゃらに仕事をしていた時期でした。はっきりいって、ワーク・ライフ・バランスがまったくとれていなかったので、この言葉を聞いたときに衝撃的だったという思い出があります。
 私たちの生活は、会社とは仕事を通じてつながっていますが、仕事を離れて家庭に帰れば、家族や地域社会ともつながっています。仕事・家庭・地域社会など、それぞれのつながりは、個人の価値観により優先度の違いはあります。しかし、生涯にわたってそれぞれの側面をバランスよく満たすことで、生活にハリができるのではないでしょうか。ワーク・ライフ・バランスは、やりがいのある仕事と充実した私生活のバランスを取ることで、個人の能力を最大限発揮できるという考え方に基づいています。従業員が生きがい、働きがいを実現することで、会社の生産性の向上や組織力の強化にもつながるという考え方です。
 会社にいると、仕事を一生懸命やりますが、「ただいま」と家に帰ってくれば地域社会に属しているわけです。長時間働いて、仕事の生産性はいい場合もあるかもしれませんが、疲れきった頭で仕事をしてもなかなかいいアイデアが出てこなかったり、生産性が低くなったりしますので、メリハリをつけてバランスよく時間をうまく使いましょうということです。仕事と仕事以外の時間をフィフティ・フィフティにしなさいという考え方ではないのです。例えば、仕事を一生懸命したい時期、子どもができて子育てをしながら働きたいという時期、自己啓発、自分の勉強を一生懸命したい時期、個人によって優先順位や考え方が違います。フィフティ・フィフティにすることではなくて、ライフステージによって個人個人で違うということを認識しなければいけないということです。仕事をさぼって生活に費やしましょうと言っているわけではなく、したいことに向けて、その時間をどうやってつくるのかという考え方です。時間は与えられるものではなく、つくるものです。どういうふうにしたら時間をつくることができるだろうか、ということが重要です。
 キリンビールでは、まず、長時間労働の課題解決と仕事と育児・介護の両立の2つに取り組みました。組合員1人ひとりの幸せに向けて、こういうふうに生きたい、このように働きたいと思ったときに、それができるよう環境整備を進めました。
 まず1日の生活時間の視点から見ると、日本人は働き過ぎと言われています。諸外国と比べて優先順位が違います。日本の場合は1位が仕事で、2位が家庭です。ところが諸外国では1位が家庭で、2位が仕事です。ただ最近若い世代では、1位が家庭で、2位が仕事とアンケートでは出ています。なぜ日本は諸外国と違っているのかは、いろいろな要因がからみあっています。1つは休日出勤や残業などの時間外労働に対して支払う賃金の割増率が日本は非常に低いと言われています。諸外国は非常に高いですから、会社側が働かせません。優先順位は1位が家庭だと思っていても、なかなか他の人を意識して帰れないという悲しい現実もあります。帰ろうと思っても、まだみんなが働いているから帰れないのです。長時間働いた方が仕事を一生懸命していると見られるのではないかという間違った風土があります。また、業務量が多すぎて、残業なしには仕事をこなせないという問題もあります。いろいろな要因がからみ合って長時間労働が蔓延しています。ただそれがほんとうに自分にとって幸せですかと自問自答していただければと思います。

3.WLB活動事例
(1)労働時間管理への取り組み
 労働時間を短縮するためには労働時間管理が非常に重要です。まずみなさんが何時間働いているのかの実態をつかまないと、何時間削減していいのかとか、どこのどの人に負荷がかかっているのかがわかりません。きちんと労働時間を把握しようと、パソコンと社内のイントラネットに、働き始めた時間と終わった時間を入力できるようにしました。ただ若い人になればなるほど、ほんとうは10時まで働いたのに自分は能力がないから7時で終わらせたことにしようと、謙遜されて短く入力される方が多いです。そうするとほんとうに働いた時間というのがわからないので、きちんと適正な入力をしましょうということを推進しています。
 もう一つは有給休暇完全取得への取り組みです。きちんと有給休暇はとりましょうと。いきなり明日から一週間休みますというのでは、一緒に働いている人に迷惑が掛かりますので、計画的に有給休暇を取りましょうという取り組みをしています。
 3つ目は、職場風土改革に向けた取り組みです。「長く働けばいいんだ」「休まず働くことがすばらしい」「遅くまで深夜まで働いた方が上司の評価がいい」などのような間違った風土を改革しましょう、自分の時間を創出しましょうと『ワーク・ライフ・バランス通信』という雑誌を発行しながら、理解促進に向けた取り組みを行っています。このワーク・ライフ・バランス通信というのは、全組合員に配っています。会社側にも好評です。ワーク・ライフ・バランスを漫画で説明し、実は私はこういう趣味をしていて、その趣味のために自分はこうやって時間を創出していますとか、いろいろな話を掲載しています。
 キリンビールには「リフレッシュ休暇制度」があります。土日の休日を含む5連休を年初に計画して取得する休暇制度です。年初にいつ休みますと決めて、必ずそれを取ることで、年次有給休暇の取得率を上げようという取得推進の取り組みです。このように与えられた有給休暇を使ってもらうしくみをつくっています。休むためにはこれとこれはやっておこうとか、これは休み明けにやろうとか、休むということは、普段の自分の仕事の整理にもつながるのです。
 次に、酒類営業部門の労働時間管理の取り組みについて具体的にお話しします。お酒を扱っている営業部門の方は労働時間が非常に長いと言われています。たいへん長い、これをなんとか改善しようと、組合が主体となって、酒類部門の働き方を分析・検討し、会社に提言する「酒類営業部門の働き方に関する検討委員会」をつくりました。私たち組合本部の人間や、各支部の組合員も含めた組合全体の検討委員会にしました。そこで、以下の3つの提言をしました。
 1つは、マネジメントを含めたリーダーの深い関与です。なぜ長時間労働になっているのか、効率が悪いのか、仕事の量が多いのか、それらを検討してメンバーがスムーズに仕事を行えるように調整するのがリーダーや経営側の役割です。そこがうまくできていないのではないか、マネジメントを含めたリーダーの関与が必要ですと提言しました。
 2つ目は、長時間労働の改善に向けたPDS(Plan, Do, See)サイクルの確立です。単に長時間労働を解決しましょうと言っていても、具体的な数値がないと、どれだけ改善しているのかわかりません。何らかの指標が必要です。まず残業時間を2時間減らすという目標を立てました。目標にむけてPDSサイクルをぐるぐる回して改善を進めましょうということです。
 3つ目は、部門全体で取り組み、解決しようとする意識です。職場を統括している長、トップが発信することで、そこで働く全員が働き方を変えようという意識が醸成されます。トップからの発信が必要です。
 これを会社に提言したときは、最初は「はあ?」という感じでしたけれど、現在、この3つの提言は全部実現されていると思います。ワーク・ライフ・バランスを組合の運動方針に入れて会社に申し入れたときには、「ワーク・ライフ・バランス?」という感じでした。ずっと言い続けていると、いまは労使共通の言葉になっていますし、会社も積極的にワーク・ライフ・バランスと言うようになりました。最初は会社側になかなか理解されませんでした。言い続けていくことで解決に向かっていくのだな、と感じています。
 まず、職場の実態を把握するために、月1回支部・事業場間の労使ミーティングを開くことを取り決めました。これは、例えば、東海地区本部の例を上げると、4県(愛知、岐阜、静岡、三重)の労働時間がどうなっているのかを把握し、地区全体で時間外労働が50時間を越える割合を20%未満にするという目標を立てて、どれくらい実行されているか、有給休暇の取得状況はどうかをチェックしていきます。そして、誰が長時間働いているのか、なぜそうなっているのか、ではどうしたらいいのかを労使で話し合います。
 もう一つは協定書の書き換えです。これは労使の合意で書面により締結しているものです。労使の約束事です。当たり前のことが書いてあります。これをきちんとやりましょうということです。例えば、業務に携わった時間は正しく入力する、業務の持ち帰りは原則しない、持ち帰るのであれば、必ず上司に届け出て許可を得てから行う、計画的に年休を取得する、これが協定書の内容です。管理者は、メンバーが入力した勤務時間を正しく把握する、メンバーの業務配分、時間配分、体制等を見直す、働きやすい環境を上司がきちんとつくる、ということです。こういうことを約束事として協定書の書き換えを行っています。
 支部・事業場レベルでは、例えば、東海地区本部・支部では、支部委員と会社側の地区本部長、総務が、みんなで労働時間の現状を把握し、年休取得はどうなっているのか、働きすぎている人が健康を害していないかなどをチェックする機会になっています。
 本部・本社レベルでは、私たちキリンビール労働組合本部役員と本社人事部とで、全国各地で取り組みが十分に行われているかを確認し、進捗状況をチェックします。全体を通して労働時間の管理をきちんとやっていきましょうという取り組みをやっています。

(2)仕事と育児・介護の両立ができる環境整備
 次は仕事と育児・介護の両立ができる環境整備の取り組みです。キリンビールでは男女を問わず仕事と育児・介護の両立をめざしています。労使共通の認識のもと、現行制度の見直しや職場風土の改善に取り組みました。女性は妊娠すると普通の働き方ができなくなったり、子どもが生まれてからは男女とも子育て期は大変な時期になります。家族の介護が必要な場合も、通常の働き方ができなくなります。あるいは自分の病気でもお休みをしなくてはならないこともあります。こういうときにどのようなセーフティネットをはるかを労使で検討して、環境整備を行いました。労働組合は軸足を現場においていますので、支部委員の方から、いまの制度にはこんな問題があるとか、こういうふうにしたらどうかという意見を出していただき、労使の検討委員会で議論し、整備を行いました。
 育児はどうしても女性だけの問題ととらえられがちですが、男女共通の問題です。介護や病気もそうです。育児、介護、本人の病気などで一時的に仕事ができなくなったり、仕事の量を減らさなければいけないとことは誰にでもあり得ることです。特別なことではなく一般的なことなのだということを労使で確認しています。それを乗り越えてがんばって働きたい、働こうと思う人を支えていきます。そういう状態になった社員が、一所懸命働こうという意欲があることは会社にとってもいいことですし、そういった社員を支援する風土をつくっていきますというメッセージ発信をしています。
 一方、支援を受ける側にも、周囲との調和を積極的に図る努力も求めています。育児休業などをとると、その人が抜けた分、誰かがその仕事をしなければならなくなるので、負荷が掛かる部分があります。お休みを取るということは、まわりの人に仕事をお願いする部分が出てくるので、その部分についてはまわりからサポートをもらっているのだと感謝の意をもちましょうということです。この話を産別やいろいろな企業の労働組合ですると、「育休をとれる女性はいいよね」とか、「独身や既婚者で子どもなしの女性対育児休業をとる女性の対立はありませんか」とよく聞かれます。それはどこでも共通で、なかなか外には見えない問題です。誰でも育児休業だけでなく自分の病気で休むこともあり得るので、お互いさまという気持ちをもって働きましょうということが、実は、まだなかなかできていない状況です。
 この環境整備をするに当たって、労使で行動計画を策定して、育児支援制度と介護支援制度の改定を行っています。労使で話し合ってつくりました。最初にこの育児支援制度をつくったときに、法律のような条文になっていました。組合員のみなさんからこんなの何が書いてあるかわかりませんと言われて、なるべくわかりやすく伝えられないのかと考えました。たまたま資生堂労組に育児支援のことでいろいろお話を聞きに行ったときに、非常にわかりやすいパンフレットをいただきました。それを参考にさせていただいて一覧で見られる図を自分でエクセルを使ってつくってみました。組合員のみなさんにわかりやすく伝えようと思ってつくりました。
 みなさん、育児休業制度などはその時になって初めて調べることが多いですが、なるべく若いうちにこういう制度があるのだということを早めに知っておくと、人生設計も立てやすいと思います。
 育児休業が終わって会社に復帰したとき、非常に小さいうちはお子さんが熱を出したり、保育園に預けていても熱が出たので迎えにきてくださいということで早く帰らなければいけなかったり、なかなか通常のフルタイムで働けないという人が多かったので、短時間勤務制度、前は5時間しかありませんでしたが、5、6、7時間と選択肢を多くしました。また、いままでは3歳までだった育児短時間勤務を小学3年生の学年末まで期間を延ばしました。このあたりは組合員の声をもとに会社と交渉して拡充しました。男性がより育児休業を取りやすくなるように、育児休業は無給ですが、男性が育児休業をとるとなると無給では困りますという方が多いので、なるべく取ってもらうために2週間を有給にしました。このあたりが大きく変わったところです。
 また、各種情報提供に関する措置も行っています。これは育児休業でお休みする人が会社に戻ってきやすくする仕組みです。少し休んでいるうちに会社がガラリと変わってしまいますので、なるべく会社の情報がお休みされている方にも入るように、休業中の社内情報提供として、メールで社内報などの配信を行っています。
 それから復帰をするときに、いきなり仕事というのではなかなか慣れないので、復帰前に、上司と本人とで面談して、この時期の復帰で大丈夫か、休業前の職で大丈夫かどうか、もし無理であれば業務の変更を行う必要があるかどうかを相談する場を設けています。職務が変わるようであれば、職務の説明を復帰前に行います。短時間勤務制度の趣旨がうまく職場の同僚のみなさんに伝わっていない部分があるので、上司がこの方はこういう働き方になりますのでみなさんサポートしてくださいという職場向けの説明を行うようにしています。なるべく休業をされた方が職場に復帰しやすい環境整備を図っています。結局、制度を変えてもしっかりと運用されなければ、制度を変えた意味はないですから。
 みなさんはよく、就職活動などで育児休業制度等々について聞いているのではないかと思いますが、いろいろな制度にせよ、きちんとそれが運用されているか、取りやすいかということまできちんと聞くことが必要だと私は思います。どちらかというと、会社はハコをつくることに先走るというか、メインにしますので、しっかりと運用されているのかチェックをすることが労働組合の仕事だと私は思っています。つくられたハコの中に魂を込めるのが組合の仕事だと思っています。同じように、介護支援制度についても、お休みをされた方が職場に復帰しやすい環境整備ですとか、休業が終わった後、短時間勤務をしながら働ける形にしたり、なるべくそういった支援を受けながら働ける環境を同様に整備いたしました。

(3)広報活動・風土づくり
 長時間働くことがいいことだとか、夜遅くまで働くことがいいことだ、休みも取らず働くことがいいことだということにならないように、風土づくりにも力を入れています。
 酒類営業部門で労働時間短縮キャンペーンをやり、「Work Life Balance 45分、業務の工夫による自分のための時間創出」と書かれたロゴマークをつくりました。45分の意味は所定労働時間超えが毎月平均45~50時間ありました。それを約15時間改善して30時間をめざしましょう。図2この15時間から1日あたりの時間を逆算して45分にしました。自分のための時間づくりをしましょうと、こんなキャンペーンのシンボルマークを使ってやりました。労使ミーティングの場でこのようなキャンペーンのマークを議事録につけたり、なるべくみなさんが目にする媒体につけて、意識するようにしていました。風土づくりは結構大事です。「残業も毎日続くと定時です」というのが、第一生命のサラリーマン川柳にもありましたが、そういうふうにならないようにしなければなりません。「今日はノー残業デーです」としますと、キリンの社員は飲むのが好きなので、「じゃあ飲みに行きましょう」となってしまいます。「それではだめです。自分のための時間をつくってください。ノー残業デーは飲みに行くための時間をつくっているわけではありません。自分のための時間ルールをきちんとしてください」とアナウンスしています。しかし、なかなかうまくいきません。仕事、飲む、寝るばかりのサイクルで、本当にいいのだろうかと思います。みなさんそうならないようにしてください。
 このワーク・ライフ・バランスを実現するためには、キーポイントは時間管理だと思います。時間は、ユニークなもので保存ができませんし、増えもしませんし、減りもしませんし、決まった時間しかありません。要は使い方で決まります。この1日45分短くするように業務配分をして、できあがった45分をどう使うか。例えば自分の体を鍛えるためにジムに行くとか、それぞれみなさんの使い方はあります。うまく時間管理していただいて45分をつくりましょうというキャンペーンをしています。
 この労働時間短縮キャンペーンをしてどれだけ時間が減ったのですかとよく聞かれます。年々労働時間が減っています。これはキャンペーンだけでなくて会社側も仕事の棚卸しや業務管理、個人の意識も、上司の意識も変わった中で、減ってきたのではないかなと思います。酒類営業の労働時間は確実に減っています。
 参考までに、キリンビール労組の組合員意識アンケートの結果を紹介します。組合員の生活や仕事、組合活動に関する意識やニーズを把握しようという目的でやっています。回収率80%です。
 「現在の生活で一番優先度が高いものは何ですか」と尋ねると、30%が仕事です。前回は、仕事と答えた方が27.7%でしたので、若干増えたかなというところです。一方で家族や趣味の割合が減少していますので、ワーク・ライフ・バランスの浸透は難しいなということがわかったアンケートです。これだけワーク・ライフ・バランスの取り組みをしながら、「仕事と私生活を切り替えていますか」の質問に対して、切り替えている人が2年前に比べて減っています。仕事が増えたということもあります。ワーク・ライフ・バランスを数年前から言い続けているので、個人個人のワーク・ライフ・バランスの理想論、自分がこうしたいというものに対して、現状がどうなのかというギャップが出てきた結果かなとも思っています。12.5%ぐらいの人しか切り替えられないというような実態です。「ストレスは感じていますか」については3年前に比べて減っています。ストレスを感じる要因をいろいろ聞いていますが、その中で、高い仕事の成果の要求が3年前に比べて増えている状況です。
 「現在の労働時間に満足していますか」は以前に比べて増えています。「リフレッシュ休暇(連続5日間の計画年休)を取得しましたか」というデータは、取得した方が増えている一方で、知りませんという方も増えています。制度を知らない人が05年度は5.4%、08年度は10.1%になっています。まだまだしっかりやらなければという実態です。
 職場のリーダーとメンバーの関係やコミュニケーションはだいぶよくなり、リーダーのマネジメントもよくなった傾向があります。「職場全体に疲労感が漂っていると感じますか」はだいぶ下がってきて、よかったなと思います。「仕事をしていく上で、今後のキャリアを考えることはありますか」は下がっています。これは部門によって大きく違っていて、会社の動きが大きく変わっている医薬の部門ではそう考える人が非常に多いです。ビールの方はそう考える人は少し減っている、という状況です。
 「あなたにとって労働組合は必要ですか」は、3年前とあまり変わらず、必要という方がだいたい8割です。
 引き続きワーク・ライフ・バランスを言い続けて意識化していかないといけないと思っています。実際にはもう少しみなさんのワーク・ライフ・バランスはとれているかなと思っていたのですが、まだまだということがわかったような意識調査でした。
 最後に広報活動・風土づくりです。先ほどワーク・ライフ・バランス通信についてお話ししました。この中で、育児支援制度や介護支援制度の説明をしたり、時間管理の仕方について特集をしたり、子どもをもつお母さんお父さんがどのように働いているかとか、いろいろなことをワーク・ライフ・バランスという観点で特集して、ワーク・ライフ・バランスという考え方の定着をめざしています。最後には、キリンホールディングスの社長と、キリンビール労働組合の委員長との対談をもうけて、社長自らワーク・ライフ・バランスが必要ですということを発信していただきました。ワーク・ライフ・バランスのとれた社員はどうですか、ご自分のワーク・ライフ・バランスはどうですか、社長の1日を円グラフで描いてもらって、社長自らがどうやってワーク・ライフ・バランスをとっているのかをみんなにわかってもらいました。トップからの発信は非常に重要で、会社側もワーク・ライフ・バランスが重要だと考えていることを発信する媒体として通信をつくっています。

4.今後へ向けて
 今後に向けて、まだまだやらなければいけないことはいろいろあります。制度の確実な運用と風土醸成が課題です。
 ワーク・ライフ・バランスを実現するのは、1人ひとりの幸せのためです。会社へ入って仕事をするだけが社会人ではないと私は思っています。家庭での責任、地域での責任、それぞれいろいろな面で責任を果たすということが社会人だと言えると思います。ワーク・ライフ・バランスの実現というのは、そういうことができているのかどうかを自分で見つめ直すことではないかと考えています。

   今日は、みなさんに少しでも現場の実態を知っていただいて、今後どのように働くのがいいのかについて、学生の間に考えていただけたらと思ってお話をしました。ご静聴ありがとうございました。
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