一橋大学「連合寄付講座」

2008年度“現代労働組合論II”講義録

II 非正規雇用と労働組合

第2回(10/10)

非正規雇用問題の現状と労働組合の取り組み

ゲストスピーカー:龍井葉二(連合・非正規労働センター総合局長)

はじめに
 労働組合の全国組織である「連合」で仕事をしています。私は大学に長く在籍していました。学生運動が華やかな時期だったこともあり、二つの大学を経て、卒業したときが29歳。連合の前身の一つである「総評」という全国組織で、アルバイトから始めて、その後、正職員になりました。1989年に連合が結成された時から連合本部で勤務をしています。
 最初に担当したのは中小労働対策で、6年ぐらいパート労働者も含めた労働相談を受ける活動もし、実際に労働組合の結成を3つほど手がけました。その後、いろんな職務を担当して、2007年10月から非正規労働センターの活動をしています。
 連合は、それまでも非正規雇用に関わる対策をしてきたのですが、非正規雇用問題がますます深刻になってくるなかで、方針だけではだめだ、本気で非正規労働者たちと一緒に行動を起こし組合を作ろうという思いで「非正規労働センター」を立ち上げたわけです。

1.若年労働者の現状と非正規雇用
 本当は「非正規」という言葉を使いたくなかったのです。正規、非正規というと、一方がまともで、他方がそうではないような印象を与えます。英語では「レギュラー」「ノンレギュラー」とか、「ティピカル」「エイティピカル」とかいろんな言い方をされます。連合ではかつて「非」という表現を用いず、例えば、「パート、アルバイト、派遣労働者」といってみたり、「非典型」という言葉も使ってみました。ところが、ご承知のように、大手スーパーやデパート、レストランだと大多数がパートタイマーやアルバイトの人たちです。居酒屋でもそうでしょう。正社員は店長ひとりで、あと全部アルバイト。つまり、パートやアルバイトで働く人の方がむしろ「典型的」だという職場が増えています。いろんな議論の末、いまは「非正規」という言葉を使うことにしています。「正社員」が存在する以上、やはり「非正規」といわざるをえない。ただ注意が必要なのは、正規、非正規というのは、雇い方・雇われ方についてであって、労働そのものに正規、非正規があるわけではないし、まして労働者に正規、非正規があるわけではないということです。
 全労働者のなかで、パート、アルバイトや派遣労働者などの非正規労働者が占める割合はいま35.5%です。3人に1人以上ということですから、みなさんの先輩や家族、友人で非正規労働者として働いている方も多いと思います。以前は、学生の時にアルバイトをしていても、卒業すると正社員になりました。アルバイト生活で、ずっと先までは考えられないでしょう。だから、卒業時に仕事を選ぶなら正社員だと思われるかも知れません。ところが、実際には今の若者の中で男性で2割、女性だと半分近くが非正規で働いています。みなさんが当たり前のように正社員になりたい、なれると思っていても、なれない人たちがたくさん出ているという現実があります。
 他方、パートタイマーや最近問題になっている日雇派遣の人たちと話しをしていて、「正社員になりたいですか」と聞くと、必ずしも正社員になりたくないという人もいるわけです。連合は春にパート集会を開いて、各職場からパート労働者たちに集まってもらうのですが、そこで「正社員になりたいと思う人は?」と質問してみます。どれくらい挙がったと思いますか。6割ぐらいでした。全員ではなかった。「正社員になりたくない」という人に「どうして」と聞くと、一つは勤務時間です。それも、いまの正社員が残業が当たり前になり、ものすごい長時間労働になっている。それはできない、したくないということなのです。これは、製造業や倉庫で日雇い派遣で働く人たちに聞いても同じような意見を聴かされます。つまり、例えば、定時に帰ることができる正社員なら、「正社員になりたい」という答えが多く返ってくるかも知れない。
 もう一つは勤務場所です。例えば、大手流通のスーパーだとあちこちに店舗があるでしょう。そうすると、正社員には転勤用件が課せられる。でも、多くのパート労働者にとって、遠くに通うことは難しい。とくに、いわゆる性別役割分業によって、家事や子育て、介護などが女性が担っているなかで、確かにアンケートで聞くと、「自分の都合のいい時間」ということになるのでしょうが、実際には押しつけられている面がある。そういう人たちに、正社員の勤務時間や勤務場所を前提にして「正社員募集」といっても、なかなか応じられない実態がある。
 正社員の働き方がこういう状況なので、元正社員のフリーター、あるいは日雇い派遣という人も少なくありません。学校を出て憧れの正社員になれた。ところが、いま経営がどんどん短期利益経営に変わっていますので、じっくりと育ててくれないまま、過大なノルマが課せられる。賃金も短期の成果重視で、一人ひとりの働きぶりで決められるから、手伝うとか、一緒にやろうというよりは、一人ひとりで頑張らざるを得ない。そうするとどんどん長時間労働になってしまう。結果的に週60時間以上働く若年労働者の割合がものすごく増えています。過労死まで行かなくても、体調不良やメンタル不調になってしまう人が出てきます。本当は超長時間から途中で降りて、まともな働き方に戻りたいわけですけれども、そういう働き方の選択しか、なかなかない。そうすると、一挙にフリーター、アルバイト、派遣という働き方を選ぶしかないということになる。
 これは情報労連というNTTを中心にした組合の女性集会に行ったときの話ですが、いまの仕事のキャリアをなんとか維持し、中断しないでやっていこうとすると、目一杯働かざるを得なくなっている。少し前だったら育児休暇をとるのは当たり前だったのに、周りが忙しいものだからと、女性たちのなかでも取りにくくなっているというのです。若い女性労働者のなかでも、超長時間労働の割合は少なくありません。
 正社員になろうと思ってもなれない社会になってきているし、正社員になったとしてもそこで働き続けられるかどうかわからない。結果として、非正規労働者が増える。そういう意味で、非正規労働問題というのは、みんなが直面する問題になってしまっています。これが最近の大きな特徴だと思います。

2.なぜ、いま、非正規労働が問題か?
 非正規労働者といってもいろいろな形態があります。10数年前の労働白書などを見ると、主婦パート、学生アルバイト、高齢者パートがその代表例とされています。労働者派遣法の制定後は、子育て後の女性を中心に派遣労働が広がります。このように多くの非正規労働者がいて、いろいろな問題やトラブルも起きていましたが、今日のような大きな社会問題にはなっていませんでした。アルバイトは昔からありましたが、アルバイト学生が貧乏なのは当たり前の話で、あえてワーキングプアとは言わなかった。
 なぜ今になってロストジェネレーションやワーキングプアの問題が議論されているのでしょうか。不況のせいでしょうか。経済がよくなれば、この問題は解決するのでしょうか。
 一つは量的な変化です。日本の雇用労働者における非正規労働者の比率は、最近急激に増えています。30%になったのが2002年。20%になったのがその約10年前の1992年。10年間で10ポイント動いた。では10%だったのはいつかというと1959年。10ポイント上がるのに39年もかかったのに、最近ではわずか10年で10ポイント上がった。そして現在は35.5%です。買い物にいったり飲食店にいったりして、お店で働いている人たちの7~8割がアルバイトやパートの人たちだというのも当たり前になっています。このように、非正規労働者がかつてない勢いで増えている。
 もう一つは質的な変化です。先ほど触れた主婦パート、学生アルバイト、高齢者パートといった人たちは、どちらかというと自ら生計費を稼ぐというよりは、世帯主、これは主として男性正社員になる割合が高いわけですが、その世帯主に扶養されるというケースが多いわけです。もちろん自分で主たる生計費を担う人もいなかったわけではありません。でも、それほど多くなかったので大きな社会問題にはなりませんでした。それが、この数年で変わった。主たる生計費を担う非正規労働者が増えてきたのです。これは男女ともにいえることです。たとえば、学生バイトというのは、いずれは正社員になるということが想定されていましたが、正社員の道が狭められれば、高校や大学を出ても非正規の仕事しかない。しかも、そうした状況が何年も続くとなれば、30代40代になってもフリーターで働き続けるしかないという状況になってします。とくに深刻なのは、母子家庭のお母さんです。離婚率が増えて父子家庭、母子家庭の割合も増えているわけですが、女性の場合、ある年齢をすぎると正社員になれる道が極端に狭まりますので、非正規の仕事をいくつも掛け持ちしてやっと子育てができるという状況に追い込まれています。こうした、主たる生計費を担う非正規労働者が数多く出てきたことで、ワーキングプアという問題が前面に出てきたのだと思います。
 それだけではありません。非正規労働者が担う仕事の中身も変わってきます。正社員の代わりに非正規労働者が入ってくるのですから、それまでなら正社員が行っていた仕事を非正規労働者が担うようになります。つまり、仕事の範囲も責任も正社員とほとんど変わらない非正規労働者が増えてきています。労働相談でこんな例もありました。ある銀行の職場で、正社員が2人、派遣が3人配置されていたのが、合併に伴う合理化で、正社員2人が別の職場にうつり、残った派遣の3人で、2人分の正社員の仕事までカバーしなければならなくなった。すごいですよね。正社員2人分の仕事を派遣3人でカバーするなんて。残業、残業、残業。それで悲鳴を上げて相談にきた。たぶんそういうことがあちらこちらで起きているのでしょう。
 では、そうした質的な変化がなぜ起きたかというと、ただ単に非正規労働者が急増しただけでなく、ここ10年間正社員数がずっと減少してきた。つまり、正社員から非正規労働者への置き換えが進んできたことが大きな要因です。いちばんわかりやすいのは、かつてだったら、学生バイトは卒業と同時に正社員になったのに、最近の10年は正社員の口が極端に狭められ、ずっと非正規労働者のまま、統計上は35歳まではフリーターとしてカウントされるのですが、そういう人が35歳を超えても働き続けているのです。
 この問題は、正社員が減少し続け、正社員が非正規労働者に代替されるといういわば構造的な要因から起きていることなので、「失われた10年」のロスジェネ世代の問題、つまり一時的で部分的な問題として済ますわけにはいきません。厚生労働省が20代、30代のフリーターたちに職業訓練をして、能力を身につけさせようという施策を講ずるようですが、それはそれで重要なことではありますが、結果的に安定した仕事に結びつかなければ本当の解決にはならない。つまり、正社員の非正規への代替という動きそのものに歯止めをかける必要があるのです。

3.なぜ、正社員が減っているのか
 では、なぜ約10年にわたって正社員が減り続けているのでしょうか。これは経済的な循環、つまり好況、不況では説明できません。この現状を「雇用の地殻変動」と呼んでいるのですが、つまり雇用システムのプレートが大きく動いているわけです。プレート自体をちゃんと立て直さないと問題は解決しません。
 そこで、これまでの日本の雇用システムについて簡単におさらいしておきます。
 賃金とスキルアップに着目して雇用のあり方を考えると大きく3つのタイプに分けられます。Aタイプは専門職型で、最初から一定のスキルとそれに見合った賃金を支払うタイプです。派遣のSEやプログラマー、翻訳家、まさに腕で稼げるプロ、専門職というなかには高度の専門型派遣の人もいます。Bタイプは育成型で、勤続に応じてスキルアップして賃金が上がっていき、生計費の上昇に応じた賃金が保障される、大多数の正社員のタイプです。Cは非熟練型で、勤続を重ねても低いスキルのままで賃金が上がらない非正規労働者のタイプです。
 アルバイトのままで10年間仕事をしたらどうなるか、考えたことありますか?みなさん方がやっているアルバイトを10年続けたら、スキルが上がっていきますか? 賃金が上がっていきますか? いまの時給が高いか低いかというのも重要ですが、働き続けることで、将来が見通せるかどうかが決定的になります。そこがBタイプとCタイプのいちばん大きな違いになるわけです。
 ここで指摘しておく必要があるのは、かつての女性労働者はCタイプだったということです。1985年の雇用機会均等法制定以前の女性は半人前扱いで、賃金表も定年年齢も男性とは別でした。結婚年齢でやめるのが当たり前とされていましたから、仕事は任せない、教えない。一定の年齢が来たらご苦労さん、というのが多かった。均等法ができて露骨な男女差別は禁止されたけど、女性の半数近くは非正規労働者だし、非正規労働者の7割は女性です。
 さて、将来見通しが持てない非正規雇用に若い労働者がとどまり続けるということは、単なる雇用問題ではなく、社会問題になってこざるを得ません。少し前だったら、できちゃった結婚でカップルが生まれることもあったけれども、将来の見通しがたたなければそれも難しくなる。晩婚化や非婚化が進んで、ますます少子化に拍車がかかるという問題に発展してきたいます。
 これまでの日本企業の経営は、Bタイプがメインで運営されてきました。つまり、企業にとって必要な人材は、時間をかけてその企業で育ててきたのです。
 ところが、先ほどお話ししたように、今はBタイプがどんどん減って、Cタイプだけが増えています。これは、経済の変化ではなく、人の雇い方そのものが変わったということです。人を雇うということ、長期的な発想で人を育てる、半人前の人を雇って一人前に育てていくという経営のあり方が変わった。その都度よければいい。まさに短期で、企業会計で言うと短期のバランスシートをとにかく合わせればいい。表面上黒字に持って行くことがすべての優先課題になってしまっています。その結果、労働者は生活を抱えた人間というよりは、いつでも使い捨て可能な商品として扱われ、わけのわからない偽装請負や個人請負などが広がっています。たぶん、耐震偽装とか食品のラベル貼り替えとか使い回しといったことも、こうした経営から出ているのだと思います。
 エピソードを一つ紹介しましょう。群馬県のあるシンポジウムで、経営側の方と同席する機会がありました。有名な食品企業の経営者の方で、「企業の社会的責任は、雇用をきちんと維持し、きちんと人材を育てていくことだと思う」と断言された。ところが、その企業にフランスの資本が27%入ってきた。それによって、これまでの経営が立ち行かなくなったというのです。それだけの資本が一度に引いてしまったら経営が成り立たなくなるわけですから、具体的な介入がなくてもその顔色を窺わざるを得なくなってします。恐らく、あちこちでこうした現象が起きているのだと思います。
 つまり、金融主導の経済になり、短期利益、株主利益を重視する経営になったことで、雇用システムのプレートが動いたということです。

4.労働関係法の規制緩和
 プレートを動かしたもう一つの大きな要因は、政府の政策、とりわけ労働関係法の規制緩和です。政府の政策は、1990年代後半から市場中心主義に大きくシフトしていきます。いま触れた、金融中心の経済・経営にしても、金融危機や通貨危機だけでなく、政府の金融ビッグバン政策によるところが大きいわけです。
 そして、雇用分野についても、それまでの長期雇用慣行が構造改革の障害になっているとして、それを切り崩していく方向にシフトしていきます。なかでも、1999年の労働者派遣法の改正により、それまで専門職種を中心に限定されていた対象業務が原則解禁になったこと、そして、2003年の改正で、それまで禁止されていた製造業務まで解禁されたことは、その後の雇用システムに重大な影響を与えました。
 確かに、われわれ労働組合にも徹底抗戦できなかったという弱点があったのですが、政府の進め方も、首相の私的諮問機関で先に決めて閣議決定してしまうという、ひどいものでした。派遣労働というのは、雇用契約を結び賃金が支払われる会社と、実際に指揮命令を受けて仕事をする会社が別の会社だという、特殊なものです。派遣労働者を使用する派遣先会社にとってみれば、そのコストは人件費にはならず物件費にされることになります。これは、固定費削減にとってはまたとない手段になりますし、直接の雇用関係がないので、比較的簡単に契約を解除できるし、労使交渉なども逃れられるというわけです。
 先ほどは、正社員が減って非正規労働者が増えるという言い方をしましたが、こういう使い勝手のいい派遣労働があるなら、正社員でなく派遣労働者にしようという流れになり、派遣が増えたので結果として正社員が減る、という面も強いことになります。
 以上のように、非正規労働者がここまで増え、いろいろな問題に直面しているのは、雇用システムそのものがプレート移動を起こし、しかも、その背景には経営と政策の変化があるわけですから、そうした全体の流れを反転させないといけない。非正規雇用問題だけを単独で取り出して、何か対策を講ずればいい、という問題ではないのです。

5.労働組合があると何が違う? ~「物が言える」ことの大切さ
 次に、そういう状況の中で労働組合は何をしようとしているのか、何をしなければいけないのかについてお話しします。
 最初に単純な質問ですが、みなさんがアルバイトで働いた職場に労働組合がありましたか。気づきませんでしたか。ほとんどないですよね。労働組合の組織率は約18%ですが、これは人数の話であって、労働組合がある職場の比率となるとものすごく低くなります。
 では、労働組合のある職場とない職場では、何が違うと思いますか。みなさんが就職した職場に組合があって、そこに加盟したとすると、何が違うでしょうか。組合があった方が確実に賃金が高いかというと、そうとも言い切れません。だったら組合に入る意味はないのでしょうか?
 連合でおこなっている労働相談には、いろんなトラブルを抱えた方から相談があります。例えば、有給休暇がとれないとか、賃金未払いや解雇です。そんなことがあったとき、皆さんだたらどうしますか。「有給休暇がとれない。これは法律違反です」と一人で経営者に言えますか。法律違反とわかっていても、なかなか言えないのが実態です。とくに非正規雇用の人はそうです。なぜかというと、多くの人たちが有期契約です。「3ヵ月後に契約更新がある。トラブルを起こして心証を悪くしてしまうと、更新されないかも知れない」と心配になる。
 派遣だともっとそうです。派遣労働というのは、派遣元に登録して、仕事があったときだけ雇用契約を結んで派遣先に仕事に行くというもので、実際の仕事は派遣先の職場で指示される。だから賃金を払う人と、仕事を指示する人が別だという、少し不思議な仕組みです。大手の派遣会社だと相談室が作られているのですが、実際にはあまり相談に行かない。いちばん深刻なのはパワハラやセクハラですが、なかなか言い出せない。なぜかというと、パートなら次の職場に移ればすみますが、派遣は派遣元に登録しているので、何かトラブルを起こすと、次の仕事が紹介されないのでは、と思ってしまうのです。われわれが受ける労働相談でも、個人名や会社名をなかなか教えてくれない。教えてくれるのは、もう退職を覚悟した場合というのが多いわけです。
 労働組合があると何が違うかというと、経営者に言えないこと、グチで終わっていることがはっきり言えるということです。これが、いちばん大事な点です。そして物が言えるということには、2つの側面があります
 1つは経営者に対して物が言えることです。残業代を払わない、賃金の払いが遅れている、休みをとらせてもらえない、約束と違う仕事をさせられる・・・。一人では言えないことも、組合があれば経営者に対して堂々と主張することができます。嫌なことは嫌と、これは違法だと言えるのです。なぜか? 労働組合法という法律によって、経営者は労働組合からの交渉申し入れを拒否できないことが定められているからです。
 もう1つは、同僚に対して物が言えることです。アルバイト先で悩みがあったとき、職場でトラブルがあったとき、同僚と話しができましたか。「店長ひどいよな」というグチは言えると思いますが、本当にこの問題をどうにかしようというときに、仲間と話すことができるでしょうか。下手すると周りになにも言えない。言ってしまうと経営者に漏れてしまうのではないか。不利益を被るのではないか、と思い込んでしまって、働いている者同士でも本当のことが言えない。しかし、さきほどのパワハラやセクハラ、賃金未払いとなると、グチの段階じゃないでしょう。問題を解決しなければいけない。そこに労働組合があれば、お互い遠慮なく話せるのです。いっぺんに解決しないけれども、とにかくグチが要求になり要求書になって、経営者につきつけられる。一つの要求書をみんなで相談して作る。これが大きな力になるわけです。

7.日本の労働組合の2つの特徴
 日本の労働組合の特徴の一つは、多くの労働組合が企業別労働組合だということです。欧米は違います。ものづくり関係の人は、ものづくりの産業で組合をつくるというように、個別企業の枠にとらわれないで、仕事・ジョブで組合を作る。
 ところが、日本ではジョブという考え方が希薄です。ある企業に入社する場合に、これこれの仕事だけをすると決めて契約するわけではありません。よく就職に対して就社といういい方がされるのですが、その企業のメンバーとして帰属するという面が強いわけです。自己紹介などをするときも、自分はどんな仕事をしているかというより、どこどこの会社に属しているという方が一般的です。だから労働組合も、仕事別に集まるというより、企業の正式なメンバーの集まりになる。そうなると、正式メンバーでない非正社員に対しては非常に冷たくなる。労働組合のメンバーになりうる人も、最初から正社員に限っているところが多いわけです。正社員を中心とした企業別組合、それが第一の特徴です。
 もう一つの特徴は、日本では労働組合は二人で作れるということです。職場で困ったことがあって、なんとかしたい。そんなときは、二人集まれば組合が作れる。経営者側に通告をすれば直ちに交渉ができます。これは組合のあり方としては大きなメリットで、そういう権利が労働組合法で保障されているのです。また、職場で組合を作ることが難しいという場合には、地域の個人加盟ユニオンに一人で加入することもできます。そのユニオンを通じて、経営者を交渉ができるわけです。つまり、非正規労働者にとっても、労働組合運動に参加できるルートはあるということです。

8.日本の労働組合の対応~非正規労働者の組織化
 では、雇用の地殻変動が起きている中で、日本の労働組合はどう変わろうとしているのでしょうか。
 先ほど、正社員が減り続けるなかで、非正規労働者が量的に増えると同時に、質的にも変わってきたというお話をしました。従業員の大多数がパート労働者かアルバイトという職場では、正社員の方が少数派です。つまり、正社員の労働組合では、職場全体を代表できないということになります。
 例えば、企業が労働者に残業させようとする場合、労働基準法第36条で労使で協定を結ぶことが義務づけられているのですが、それは従業員の過半数を代表する者との協定です。残業に限らず、労使協定を結ぶ場合はみんなそうです。ですから、労働組合が職場全体の労働条件に影響力を及ぼそうとすれば、過半数を占めるということがとても重要になるわけです。つまり正社員だけでは過半数に達しないとなれば、どうしても非正規労働者を組合員にして、全体の過半数を占めることが求められるわけです。労働組合活動の責任、影響力を維持するとか、高めようとすれば、もう非正規労働者を対象外としているわけにはいかない。こうして、大手のデパート、スーパーなどでは、もともとあった正社員の組合が、非正規労働者もメンバーにできるように組合規約を改正して、非正規労働者を組合員にするという動きが進んできています。これが、非正規労働者の組織化の第1のタイプということになります。
 ただし、正社員の組合に非正規労働者が加入するというこのタイプは、必ずしも非正規労働者が多数の職場に限られません。非正規労働者の仕事が正社員の仕事とほとんど変わらなくなっているという特徴についても指摘しましたが、仕事がスムーズにいきコミュニケーションもとれるようにするという面からも、非正規労働者の組織化と労働条件改善が必要になってきていいるわけです。
 その結果、労働組合員の構成にも少し変化が起きています。ご承知のように労働組合率というのはこの間ずっと低下傾向にありますが、組合員数の変化でいうと1994年が一つのピークでその後は絶対数でも下がっていきます。この年というのは、製造業の正社員数のピークの年と重なっている。つまり、製造業の正社員数が減ったのに伴って、全体の労働組合員数も減っているのです。ところが、昨年末に発表された厚生労働省の労働組合基礎調査によると、労働組合員数の減少傾向に歯止めがかかりました。そして、その中身を見ると、正社員の組合員数は相変わらず減り続けているのですが、パートタイマーの組合員数が増えたことによって、その減少分をカバーした。そういう変化が起きたわけです。まだまだ全体から見れば不十分であることは事実ですが、労働組合が非正規労働者の方に向き始めたという点では、注目すべきデータではないかと思っています。

9.もう一つの組織化タイプ~地域でのユニオン活動
 とはいえ、正社員の労働組合に非正規労働者を組織化していくことはそんなに簡単なことではありません。みなさんがアルバイトをしていて、その職場に正社員組合があったとしましょう。そこに、入りたいと思うかどうか。さっき言ったように組合に入れ、物が言える、入っておこうかな、と思うかも知れない。でも、契約は有期なのでその職場にいつまでいるかわからない。そうなると、職場で不満があってもそこで組合を作るより他の仕事を探した方がてっとり早い。労働相談にくる人でも、そういう人が多かったし、一人でも入れる地域ユニオンに一時的に加入することはあってもなかなか定着しない傾向がありました。丸子警報機事件のように、パート労働者が裁判を起こしたという例もないわけではありませんが、全体から見ると例外的だったといえるでしょう。
 ところが最近になって変わってきました。先ほどは労働組合が変わってきたという話をしましたが、働く人たちの対応も変わり始めた。いま働いている職場で、とにかく声を上げてみよう、ここで頑張ってみようという人が増えてきたのです。今まで、労働組合なんて縁もゆかりもなかった若者たちが、新たに労働組合を起ち上げるケースも出てきています。例えば、マクドナルドもそうだし、製造業派遣のフルキャストでもそうです。
 これだけ経営のあり方が変わってくると、偽装請負とか不安定雇用といった問題は、他の職場にいっても一緒なんだ、他へ移ったら良いという保障はない、むしろもっとひどくなるということがあるのかも知れません。友達ともネットでやり取りして、そういう状況が見えてくる。だったら、いまここでがんばろうよ。物を言おうよということになってくる。
 連合東京ユニオンという個人加盟できる組合があって、そこでバイク便で働く人たちが組合を作りました。それぞれ個別の契約になるので、個人請負のような働き方そのものに問題があるわけですが、経営者と交渉するために組合を起ち上げた。どうしてそこまでの決断をしたかというと、今の仕事を続けたい、この仕事が自分に合っているし面白いというんですね。それと同時に、いまの仲間と一緒に仕事をしたい。この人たちと一緒に職場を守っていきたい。集まることでみんなが元気になれるという。そのために組合を作る。賃金引き上げだけではないわけです。
 マクドナルドの組合の委員長も同じようなことを言っています。組合員はいまの仕事にやりがいを感じている。いまの職場が自分の場所になっている。この店をあのコマーシャルで流されているような笑顔の職場にしたい。経営者以上に雇われている店長が、いい職場にしていきたいと思っている。アルバイトの人たちもきちんと安心して働けるようにしたい、そういう思いで組合を作ったというんですね。
 こういう話を聞いていると、仕事というのは、単なる食い扶持ではなく、価値あることをする、それをだれかに認めてもらう、あるいはお互いに認め合う、そこで自分たちの居場所を見いだす、そういう営みなんだと改めて感じます。そして、労働組合が、そうした居場所の一つとして求められているんだと思います。そういう新たな組合作りの動きが、いま全国各地の地方連合会や地域協議会で広がりつつあります。

おわりに~連合・非正規労働センターの活動
 あの秋葉原の事件はまだ記憶に新しいわけですが、あの派遣労働者の派遣先に、まさに「居場所」がなかった。取り調べでそう言っています。みなさんはアルバイト先でどうでしたか。きちんと名前で呼ばれましたか。「そこのバイトの子」「そこのお兄さん」ではありませんでしたか。仕事を一緒にすることは、お互いに認め合うことです。名前を呼ぶのは当然、挨拶も当然、ごくろうさん、ありがとう、も当然です。お互いに認め合うところから出発して、お互いに助け合う。それが労働組合の出発点です。
 連合の非正規労働センターは、そうした一つひとつの活動を全面的にサポートしていく活動を進めています。まずは、労働相談活動からスタートして仲間を作っていく。職場に組合がなくても2人で作れる。一人で入れる地域ユニオンもある。困っている人、悩んでいる人との接点ができるよう、アピールやキャンペーンをどれだけ大きくしていけるかが課題です。ウェブサイトも立ち上げているので、ぜひ覗いてみてください。
 連合本部に非正規労働センターが設置されたのは昨年秋ですが、いま各地の地方連合会でも非正規労働センターを作っています。いままでどちらかというと正社員中心で運営してきた労働組合が変わらなくてはいけない、変わりつつある。その流れが元に戻ってしまわないよう、精一杯活動を進めていきたいと思います。ありがとうございました。

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