一橋大学「連合寄付講座」

2007年度“現代労働組合論I”講義録

第6回(5/25)「直面する課題と労働組合の対応」

「労働条件決定システムとその課題」

ゲストスピーカー:新谷 信幸(電機連合総合研究企画室長)

 こんにちは、新谷です。電機連合の調査研究を担当している部門で働いています。
 それでは本題の労働条件決定システムについて話します。最初に現行法制における労働条件決定システムについて話した後に、どうやって労働条件が決まるのかを具体的に話します。次に現行のシステムの課題を話し、最後に今後の労働条件決定システムの展望について話します。

1.現行労働法における労働条件決定システム
(1)労働契約
  今日は一般論ではあまりおもしろくないので、「サラリーマン生活を始める“労働者”A君はどうする」というタイトルで、卒業後皆さんが直面する可能性のあるようなケースをいくつか想定してみました。皆さんも卒業すると、起業して自分で会社を興す方を除いて、会社か役所に就職して、賃金労働者としての生活が始まります。その典型例としてA君について書いてみました。○か、×を答えてもらうように作ってあります。
  最初の質問には、「A君は大学卒業後、大手企業のB社に入社した。A君はB社との間で労働契約を締結した。労働契約は両当事者の合意で成立し、合意がないと変更できないから、A君の労働契約で決められた労働条件については今後もA君の同意がないと変更できない」とあります。これが正しいか間違っているか、授業の最後に皆さんが正しく回答できれば、この授業は成功だと思います。これを○だと思う人、手を上げてください。次に×だと思う人、手をあげてください。ちょっと×のほうが多いかな。なぜ×なんだろう、なぜ○なんだろうというのを考えてみます。
  ここに「労働契約」という言葉が出てきます。この労働契約というのは非常に特殊な契約です。皆さんの身の回りで、いろんなところに契約関係があります。特に一番身近な契約関係は、住まいの「賃貸契約」です。賃貸契約の当事者は、借り主と大家さんです。借り主と大家は家賃を決めて賃貸契約を結びます。この場合、皆さんの同意なしに家賃がどんどん上がっていくということがあり得るでしょうか。ふつう考えられないですね。ところが、労働契約の場合は、本人の同意を得ずに労働契約の内容が変えられることがあります。なぜ変えられるのかということは、労働条件がどう決まるかという決定システムを理解すればわかります。

(2)就業規則
  入社しますと、皆さんは労働契約を結びます。この労働契約によって労働条件が決まります。入社するときに、いろいろな手続きをします。ここにハンコを押せというのがいくつかあって、そのうちの1枚がこの労働契約書です。労働契約書というのは普通A4サイズの紙1枚に書いてあるだけです。「私は×年4月1日に御社に入社します」と書かれていて、名前を書く欄があります。そこに署名してハンコを押します。しかし、普通、この時の契約の中身はどこも書いてありません。労働条件は「就業規則」に書いてありますと言われて、就業規則と書かれた冊子を渡されます。つまり、労働契約の中身のほとんどが就業規則に載っているということです。
  それからもう一つ「労働協約」というのがあります。労働契約は労働者個人と会社との契約ですが、労働協約は労働組合と会社との契約です。皆さん個人個人が労働者として会社との間に個別労働契約を一人ひとり結んでいきます。従業員が100人いれば、100個の労働契約が生まれます。1000人だったら1000個、1万人だったら1万個の契約が生まれます。ところが、これを一人ずつ管理すると、2~3人ぐらいなら管理できますが、1000人とか1万人になると、個別契約を管理するのは非常に煩雑になります。これを統一的に管理するためにつくったのが、就業規則です。これは労働条件、例えば朝何時に来て何時まで働けとかが書いてある文書です。皆さんが締結する労働契約の中身は基本的に就業規則に書かれています。しかし、就業規則は会社が勝手に作ります。作るときと変更するときに、会社は労働組合の意見を聴くこととなっています。
  次に2番目の質問です。「B社で働き始めたA君は新入社員研修に取り組んでいる。そんなある日、会社のイントラネットにある人事部のホームページに就業規則というものを見つけた。労働条件などを規定した会社文書のようだ。研修先の先輩に聞くと就業規則というのは会社が作るが、それを作る際や変更する際は労働組合が意見を述べることができる。ただし、労働組合が反対した場合は変更できないとのことだ。」これは○か×か。×なんですね。労働組合が反対しても、就業規則の変更は可能です。労働組合があっても、労働組合が反対しても就業規則自体は変更可能です。なぜ変更が可能になっているかというと、非常にたくさんの契約を処理するということ、統一的なルールをつくることを優先するからです。

(3)労働協約
  ところが、もう一つの要素が出てきます。労働組合という存在です。労働組合が労働条件決定システムにおいてどういう働きをするのかが今日の眼目です。労働協約は労働組合法で定義された労働組合が会社と結ぶ契約です。法人と法人の契約です。労働組合ではない社員会だとか互助会では労働組合法で保護された労働協約を締結できません。労働協約の中身が、個人個人の個別労働契約に影響を与えます。これを難しい言葉でいうと、「規範的効力」といいます。ルールという意味の規範です。これは非常に不思議な効力です。就業規則も労働協約もどちらも規範的効力があるといいます。規範的効力というのは、個人の労働契約の中身を書き換える力です。前述の家賃の例、自分が店子で大家さんがいて家賃が決まっているのに、本人が知らないうちに大家さんが勝手に家賃を決めてどんどん上げていく、下げていく。こういうことはふつうの契約ではできません。労働契約に関しては就業規則と労働協約が個人の契約の中身を変えていきます。労働条件を上げる場合は、労働者は全然文句をいいません。例えば賃金ですが、春闘という言葉を皆さん聞いたことあると思いますけれど、春闘で賃金が上がる、これは本人が同意しなくても上がります。上がる場合は文句をいわないから、問題にならないですが、逆に下がるときもあります。非常に強い効力があります。

(4)規範的効力
  労働基準法自体も規範的効力があります。労基法第13条に「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分については無効とする。この場合において無効となった部分はこの法律に定める基準による」という項があります。これが規範的効力の中身です。二つの効力があります。労基法を下回る労働条件を無効にするということと、法に定める中身を契約の中身にするということです。就業規則については、労基法第93条に同じような条文があります。「就業規則で定める基準に達しない条件を定める契約はその部分については無効とする。」中身は全く同じです。同じような条文が労働組合法にも書いてあります。これが労働条件に関する労働契約、就業規則、労働協約の関係です。
  似たようなことが書いてありますが、どれが一番強いのかが問題です。答えは、労働基準法第92条に書いてあります。一番強いのは労働協約です。「就業規則は、法令または当該事業所に適用される労働協約に違反してはならない。」効力がそれぞれ決められています。個人の労働契約関係は就業規則や労働協約、労働基準法によって規制されますが、一番強い労働協約が就業規則に影響を与えます。つまり、会社が勝手に作って変更するかもしれないという就業規則がありますが、労働協約によって規制されています。会社に対して組合が反対といっても会社は一定の範囲であれば勝手に就業規則を書き換えることができます。ところが労働協約を締結していれば、会社は労働条件を勝手に変更できません。この効力関係を覚えておいていただきたいです。労働組合がないと労働条件が非常に不安定です。しかし、労働組合のある企業では、労働協約が締結され、組合の同意がないと変更できませんから非常に安定的です。

(5)過半数代表者との労使協定
  労働協約に似たものに過半数労働者代表との労使協定というのもあります。労働協約と労使協定という似た言葉で一番間違えやすいところです。皆さんが会社に入って、上司から今日は残業してくれないかと言われます。1日の労働時間は8時間と決まっていますが、仕事が忙しくなってきて今日はデートがあるのにと思っても、残業してくれないかと言われます。労使協定がないと残業の命令はできないことになっています。労使協定がないとできないことがたくさんあります。例えば1カ月単位の変形労働時間、フレックスタイム、計画年休の付与、休憩の一斉付与の例外とか、これらは労使協定が必要です。この労使協定はさっき言いました労働協約とは違います。これは労働基準法で決められた労使の協定事項で、その効果は労働基準法違反に問われないという効果だけです。この協定は個人の契約の中身に介入するわけではありません。ただし重要なことはその事業所において、労働者の過半数を代表する者でないとこの協定が結べないことです。この協定がないと企業は時間外労働の命令もできないし、いろんな制約を受けることになります。誰がみんなの声を集めて代表するのかという問題が、この過半数代表をめぐる問題です。皆さんが会社に入ったときに、何も知らないうちに残業を命令されてしまいますが、誰が協定を締結しているのか、自分たちの代表は誰かということが一番重要です。
  労働組合があって、その工場や支店で、労働者の半数以上を組織した組合の代表者が代表権をもっていれば問題ありません。しかし、最近これが微妙な状況になっています。先ほどのA君の例もそうです。例えば4番目の問題文。「研修期間を終えたA君はC事業所に配属された。C事業所にはB労働組合の下部組織のC支部がある。C事業所では時間外労働を命ずるに際し、C支部との間で時間外に関する労使協定(三六協定、労働基準法第36条の協定だからサブロク協定といいます)を締結している。C事業所では全従業員の3割をパートや契約社員で占めるが、正社員で見た場合の労働組合員の比率は7割であるので、C支部が過半数組合として三六協定を締結している。」これはよくある話です。非典型雇用の増加や管理職が増えて、非組合員比率が高まっています。C支部は過半数を組織していないので、この答えは実は×です。この事業所の中に3割のパートタイマーと契約社員がいて、組合に加入していないときに、残る7割の正社員のうちの7割が組合員であっても、0.7×0.7=0.49ということで過半数に達しないです。パートとか契約社員の方が組合員であれば過半数問題は起こりません。しかし、実際は正社員を中心とした労働組合活動で、かつ管理職等が抜けていって、過半数割れという、じつは三六協定を結べない労働組合がいくつも出てきています。これも労働条件の決定システムの課題の1つになっています。
  もう一つの事例を取り上げましょう。これは労働基準法以外で労使協定の意味、労働組合の意味を問う事例の一つです。昨年4月に「高年齢者雇用安定法」という定年年齢に関わる法律の改正がありました。皆さんご存じのとおり、今日本は非常なスピードで高齢化が進んでいます。それにあわせて年金の支給開始年齢が引き上げられています。いまフルに年金がもらえるのは63歳です。そうすると定年年齢の60歳との間にギャップができるわけです。このギャップを埋めるために、国が法律を改正して、60歳以降の雇用延長などを企業に求めたわけです。企業に求められたのは、定年年齢を引き上げるか、継続雇用制度を入れるか、定年そのものを廃止するか、この3つのカードを引けということになりました。定年年齢を引き上げるなんてできない、定年を廃止するなんてできないとすると、残るカードは継続雇用をするということになります。そのときに希望者全員を対象に継続雇用するか、対象者を決めて、ある選抜の基準を作って、例えば勤務成績がいい人だけ残すということが考えられます。選抜基準を作るときに、労使協定で合意できないかということになります。ここに労働組合の役割が出てくるわけです。企業が一方的に作るのではなくて、労使協定で組合も合意できるような合理的な基準を作るかどうか。これすらできないとなると、これは就業規則で作るということになります。
  就業規則で作った場合には、大企業で三年、中小企業で五年という有効期限が決まっています。このように労働組合の労使協定が労働基準法以外でも出てきます。当然、労働組合がないところはこの協定すらありませんから、就業規則で条件が決まってきます。労使協定なり、労働協約というものが作れるのが労働組合であるということが重要になってきます。

(6)労働条件の変更
  労働条件を変更するに際して、原則と例外があります。労働条件を変更する際には、就業規則や労働協約の変更を行います。最高裁判所は就業規則の変更にあたって、労働者にとって不利益な労働条件の変更を課すことは、原則として許されないとしつつも、これが合理的であれば、個人が反対したとしても変更できるとしています。
  労働条件が上がるときはいいですが、問題になるのは労働条件を切り下げるときです。労働協約を使って労働条件の切り下げを行う場合があります。最近、高齢化によって、退職金(企業年金)の減額という問題が起こっています。2007年を皮切りにベビーブーマーの方が大量に退職をしていきます。会社にとって退職金負担が大きくなっていきます。現在は金利が安いので、退職金の支給を高い金利(昔の5%や6%)で設計している会社で、非常に大きな逆ざやがでてきて経営を圧迫し、退職金を下げたいという問題があります。こういう場合、会社は労働組合と協議をします。この協議の結果、組合が理解をした場合に退職金を下げる協定を締結することがあります。労働協約で合意して下げますが、本人が入社したときの労働条件が下がることになります。個人の労働契約の中身を切り下げることとなります。このように労働組合が活動して、上がることばかりでなく、環境変化の中で不利益を被る場合もあります。社会情勢を見ながら自分の企業の支払い能力などを厳密に判断する中で、労働組合がこういう判断をする場合もあります。
  しかし、労働条件を変更する方法で一番使われているのが、就業規則を変更するという方法です。日本企業の約7割が就業規則を使って労働条件の変更をしています。

2.労働条件決定システムの具体的な事例
(1)春闘:産業別統一闘争 ~賃金水準の産業横断的な引き上げ
  賃金は一番重要な労働条件の1つです。労働組合は春闘を労働組合の花形商品として取り組んできました。電機連合に加盟している大手組合の賃金水準引き上げ要求の一覧を見て下さい(パワーポイント資料17ページ)。職種は開発・設計職と現場の製品組立職(ブルーカラー)の賃金指標が載っています。私たちはこの表のような産業横断的な賃金水準を指標に、各企業の労使が交渉し賃金を決定していきます。松下に入っていようが、日立に入っていようが、三菱に入っていようが、どこでも同じ労働をして同じ価値を生んでいるのであれば、同じ賃金であるべきだ、たまたまその会社に入ったから賃金が低いということにならないように、労働条件を産業横断的に上げていこうと、こういう指標を作って横並びの引き上げを図っています。今見ていただいたのは電機産業の中でも大手の組合ですが、電機産業に限らず日本の企業社会の中で大手が比較的賃金が高くて、中堅や中小の賃金は低いです。それをどうやって引き上げていくかを考えていく必要があります。大手だけが上がっていけばいいということではありません。そのために私たちは大手が中心になって水準を決めて、それを中小の組合、あるいは労働組合のない未組織の労働者に波及させていくことを産業別賃金の引き上げ方法として考えています。
  日本と欧米と比較して一番違うのは、産業レベルでの労使関係がないことです。例えばヨーロッパですと、電機産業の労働者を代表する電機連合のような組合があって、それに対する産業別の経営者団体があります。その経営者団体と産業別労働組合とが労働協約を結びます。先ほど労働協約は会社と組合の契約といいましたが、これを産業レベルで結んでいます。ヨーロッパではこれが通常の関係です。産業レベルで結んだ労働協約が各企業の労働条件に影響を与えることになります。
  日本の労働組合の多くは企業別労働組合です。松下の場合は、松下の中に松下電器労働組合がありますし、日立には日立の労働組合、東芝は東芝の労働組合があります。企業ごとの労使関係をベースにした労働条件決定システムを持っています。日本の場合は一般に欧米のような産業別労使関係がありません。そこで、どのようにしたら産業全体の水準を引き上げていくことができるかと考え出した方法が「産業別統一闘争」という仕組みです。これは電機産業に限らず、他の産業でもそれぞれいろんな仕組みでやっています。
  何が統一なのかというと、交渉の日程や要求内容、妥結の内容、これを統一しています。日立も三菱も東芝もみんな同じ要求内容を出して、同じ回答を引き出す取り組みをします。これが統一闘争です。同じ産業で働いて同じような仕事をしているなら同じ賃金をもらうべきだという「同一価値労働・同一賃金」を求めています。

(2)賃金交渉の変化
  個別の企業の中で労使交渉をやって、会社から出てくる賃上げ回答が不満の場合には、ストライキを準備して、産業全体で統一した対応を図ります。しかし、電機連合は1980年から28年間ストライキをやっていません。なぜかというと、国際競争が非常に厳しくなっているというのが一番大きな理由ですし、経営側もそんなにむちゃくちゃなことを言わなくなってきていまして、ある程度労働側の意向をくんで、ぎりぎりの内容で回答を出していることにもよります。この図(パワーポイント資料21ページ)は具体的な一時金(ボーナス)支給の過去のトレンドを示したものです。これは大手の平均です。上が営業利益率のグラフ、下が一時金支給金額のグラフです。非常に相関性の高い結果になっています。組合と会社が一時金交渉をするときに、会社の経営状態について話をします。会社の収益性やバランスシートを検証する中で、支払い能力はどうなのかを時間をかけて話します。その中で労使が折り合えるものを出して、その結果がこういった損益と非常に高い相関性を持ったグラフになっています。
  賃金や一時金の交渉については、いろんな変化が起こっています。1つはデフレが長期化している問題があります。いまデフレから脱却しようとしていますが、物価上昇が続いていた時代に、労働組合は実質賃金を引き上げるために、賃金を物価上昇率以上に引き上げるべきだと主張しました。ところがその時代に労働組合が使った論理を、デフレが続くようになったら、経営側に逆に使われてしまい、物価が下がっているのだから賃上げはしなくても実質生活水準は上がっていると主張され、賃上げが難しくなってしまいました。
  また、会社側の主張に、「総額人件費の適正化」ということもよく出てきます。高齢化に伴う退職金や社会保険料の負担の増加、あるいは福利厚生費の負担も大きいから、賃金についてはトータルな人件費の中で考えてくれというのが会社側の主張です。これも大きな変化要因です。
  労働組合として納得できることではありませんが、人件費を変動費化しようという動きがあります。トヨタの賃上げ回答を見ているとよくわかります。企業業績が良くても毎月払う賃金の引き上げを行わず、一時金に反映させるというやり方です。業績のいいときには一時金を増額して、下がれば下げるというやり方です。経理上、人件費は固定費といわれてきましたが、これを変動費的に上下させる動きがいま強まっています。また、一時金の決定を労使交渉でやるのではなく、予め算式をつくっておいて、それに従って支給するという動きも出ています。

(3)成果主義の導入と労働組合のスタンス
  最近、「成果主義」の導入も増えてきています。これも賃金決定をめぐる大きな変化の一つです。10年前の賃金体系と今の賃金体系はまったく異なっています。90年代半ばぐらいまで、日本の賃金制度の主流であったのが、「職能資格制度」という賃金決定システムでした。それは人の能力に着目した賃金です。この人はこんなことができるから、賃金テーブルのこの資格等級に格付けましょうというものです。このような能力評価を基準にした賃金制度から、仕事の評価を基準にした賃金制度に変わってきています。この仕事だからいくら払います。できる、できないじゃなくて、その仕事の役割や仕事の中身に対して、賃金をあてはめていくというやり方です。「人」から「仕事」へ賃金の評価基準が変わりつつあるということです。個人によって賃金が大きく変わる可能性があります。その具体的な賃金表のイメージがこれです(パワーポイント資料24ページ)。役割給、職務給といわれているテーブルです。みなさんが会社に就職して適用される賃金体系はこういう仕組みになるはずです。仕事のグレードを定義したものがあって、その仕事にあてはまると、グレードの1、グレードの2、グレードの3というふうに賃金が決定されます。仕事が変わらなければ、ずっとこのグレードです。
  昔は能力評価でしたから、人の能力は勤続によって習熟し、だんだん能力が上がっていくという前提で賃金も上がっていきました。ところがいまは人の能力と仕事が必ずしも一致しないだろうという前提で、こういう賃金体系が各社で導入されています。日本の大企業の多く、資本金が100億円以上の大企業ですと8割ぐらいがこういった処遇のシステムを持っています。生産工程の方々、現場でものづくりを実際やっている方々にも成果主義が入ってきているという驚くべき変化です。どうやって評価するのだろうと思います。
  このような賃金決定システムに対して、労働組合がどのようにして関与していくかが大変重要です(パワーポイント資料26ページ)。人事や賃金制度を変える場合、通常は労使同数の委員を出して、「人事処遇制度改定専門委員会」を作って、今の賃金制度をこう変える、こう変えるときにどういう問題が発生するかという点を話し合って制度をつくっていきます。資料は賃金制度を変えるときに、同意を得た組織はどこか聞いたものです。労働組合が半数、労働組合がないと従業員組織であるとか、特になし、その他となるわけです。一番重要な賃金を決定する制度が自分たちの代表がいないところで決められる可能性があるということです。
  こうした成果主義的な賃金に対して労働組合はどんなスタンスでのぞんでいるのかを説明します。電機連合は、成果主義は今までのやり方と大きく変わりますが、適正な評価制度に基づいたシステムであれば、これを受け入れるというのがわれわれのスタンスです。電機連合の考え方は労働界では実は少数派です。連合は650万人くらいいて電機連合は63万人いますので、約1割の勢力です。まだこういう考えをとる組合は少数ですが、適正な評価システムを前提に、管理職や専門職、裁量性の高い従業員に、成果主義を導入すべきであると言っています。私たちは目標面接制度の導入を求めています。これは上司との面談です。目標面接でこの1年間や半年の目標を上司と決めます。あなたの目標は今年これだけの成果を上げることですと決めます。それを半年後や1年後に、どれだけ成果が上がったか、また面談をして、その人の業績を確定して、賃金が決まっていきます。こうした民主的なやり方、非常に明確な目標を与えて、それを両者の面接で決めていく、これを導入すべきである。こういったことを前提に処遇制度の改定をすべきだというのが私たち電機連合のスタンスです。
  従業員の意識の問題もあります。われわれが5年ごとに組合員の大規模な意識調査をやっていますが、成果主義をめぐる組合員の意識も大きく変わってきています。このグラフ(パワーポイント資料28ページ)に示されているように、同期で入った人と賃金の差がつくことに対してや、部下が自分の上司になることについて従業員がどう考えているかという意識調査です。能力や実績があれば後輩が先に昇進してもかまわないという従業員の方が最近非常に増えてきています。これは電機連合だけではないと思いますが、従業員の中でも成果主義を受け入れる土壌ができつつあるということです。
 
(4)賃金以外の労働条件
  主要な労働条件の中で賃金以外のことも少しふれておきます。労働時間や育児・介護に関しての話です。育児の時に会社を何年休めるか、あるいは短時間で子育てをしながら仕事との両立をどうするかという問題があります。実は法律ができる前に、電機の大手では、産業別統一闘争を通じて、育児休業や介護休業制度を導入しています。法律改正を待つことなく、先に進んで労働条件の改善や新たな制度を導入しています。これも大きな労働条件の決定システムです。

(5)国際競争の激化と賃金
  いま、私たちがぶつかっている大きなものの1つはグローバル化という問題です。日本の輸出構成を見ると、自動車と電機の合計が日本の輸出金額の半数を占めています。国内の産出金額はどちらもGDPの5%ぐらいしかありません。非常に国際競争にさらされている業界です。特に人件費の国際比較をしたときに大きな差があります(パワーポイント資料31ページ)。横浜のワーカーの賃金を100としたときの北京、上海、台北、ソウルの賃金を比較したものです。賃金は日本が高いと経営者が言うのは否めない事実です。こうした人件費の構造も労働条件決定システムに大きな影響を与えています。ところが最近この状況がちょっと変わってきました。今、円が安くなって、中国の元や韓国のウォンが上がってきています。私はこの4月に韓国のLG電子に行ってきました。日本の皆さんの初任給と韓国LG電子の初任給がほとんど変わらないことがわかりました。昔はここに書いてあるようにソウルですと86とか58とか、まあこれくらいのレベルだろうと思っていました。しかし、現在、LG電子の大卒新入社員の年間賃金が邦貨換算で約325万円ですから、認識を変えないといけません。
  電機だけに限らず、日本の経済が高度成長から成熟成長段階になりつつあって、昔みたいに大幅に賃金を引き上げる土壌が少ないということの一つです。
  また、これ(パワーポイント資料33ページ)は雇用をめぐる状況ですが、ITバブルにともなって、非常にたくさんの雇用調整がおこりました。

(6)大手と中小の賃金格差が広がる
  次に大手と中小の賃金格差の問題です(パワーポイント資料37ページ)。特に大手を中心とする労働組合は中小のことも考えて労働運動をしないといけないと常々考えています。この格差が最近非常に大きくなっています。中小の賃金と大手の賃金の格差の改善は重要な課題です。
 
(7)労働者参加 ~労使協議制
  経営問題に対して労働者参加、経営参加ということが非常に重要な問題になっています。これをやるために、日本では「労使協議制」が非常に注目を浴びています。組合が春闘で会社と丁々発止やるだけではなく、その企業の利害関係者として、社長を含む経営陣と定期的に労使協議をやっています。これはその企業の経営に対していろいろなチェックと提言をする仕組みです。例えば連合総研の調査ですと、労使協議を年に7回ぐらいやっていますし、その半数に社長が出席する結果となっています。経営側から労働組合が経営のスピードの足を引っ張っているのではないかと言われるケースがあります。それはまったく逆だと私は思っています。私は松下電器の労務担当重役から「経営のスピードは、意思決定のスピードと実行のスピードの和である。意思決定の段階で労使できちっとその会社の問題を話す。そこで意思決定をすれば、実行のスピードを労使協同でつくるから、合計の和は非常に短くなって経営のスピードにこれが寄与するのだ。」という話を聞きました。非常に成熟した労使関係の中での労使協議の内容です。
  これ(パワーポイント資料42ページ)は労働組合がどんなことを具体的に提言しているのかという中身です。電機A社の労働組合は、例えば、品質ロスコスト(品質不良を出したときにカバーする費用)の削減をどうするか、成長戦略をどのようにとっていくのか、成長戦略のベースになる営業力の強化はどうするのかといったことも、社長もまじえて年に2回行う労使協議の場で提言しています。この会社の労使協議は、会社側から経営幹部が50人くらい、組合側からも各工場の支部代表者が50人くらいで、労使で100人くらいが参加する大会議になります。それを年に2回やります。B社(パワーポイント資料43ページ)では、ガバナンスについての労使協議をやっています。ここにあげられている項目は、全部組合側が提案している内容です。

(8)企業再編と労働組合
  冒頭に見ていただいた質問項目に、A君がB社に入ってから企業再編が行われたというのがありました。「B社は業界再編の中で同業のD社と事業統合を行うことになった。事業統合の方法には、合併や営業譲渡、株式交換などの企業再編の方法がある」が雇用と労働条件はどうなるのかという設問です。いま企業のM&Aが非常に増えています。ある企業とどこかの企業、時にはライバル会社が合併することもあります。電機業界では2000年以降たくさん起こりましたので、企業が合併したり、分割されたりしたときの労使関係のあり方についての研究会を設置しました。注意すべき点は、企業再編手法によって労働条件の保護のされ方が全然違うということです。合併と営業譲渡では「月とスッポン」ほど、労働条件の保護のされ方が違います。ヨーロッパですと、営業譲渡も合併も同じ条件で保護されていますが、日本の場合、営業譲渡はほとんど法律によるカバーがありません。
  私が電機連合に来て関わった案件で一番悲惨だったのが、大手の系列の子会社で、当初は別のグループの企業と合併するという話が、途中で営業譲渡に切り替えられることになったケースです。何が違うかというと、合併の場合は労働条件の変更は何も起こりません。これは法人と法人がくっつくので、労働条件はそのまま移行します。営業譲渡の場合は売買と同じです。ある会社の事業をいくらで売ります。これこれの資産をつけて売ります。そのときに人を何人つけて売ります。それをいくらで買いますというのが営業譲渡です。売買の中に、人もついています。特に赤字で売られるときに営業譲渡の手法でやられますと、ブランドとか資産とか技術は買うけれども人はいらないというケースがよくあります。その事業で100人、200人が働いていても、1人もいらないというケースもあります。営業譲渡で買う方の会社の人が買われる会社の労働者の面談をして、あなたは来ていいけど、あなたはいらないというような非常に悲惨なケースでの営業譲渡もあります。ここに労働組合が関与していくことが重要です。労働組合は、そういうことは一切認めない、まとめて何人連れて行けという協議をやっています。

(9)労働契約法案
  労働条件決定システムに大きな影響を与える労働契約法案がいま国会に上程されています。次回の講義で触れられるでしょうがこれが成立するか、しないかによって、私が申し上げた就業規則と労働協約による労働条件決定の仕組みが大きく変わる可能性があります。特に就業規則の取り扱いが強化される内容で、労働組合がないところであれば特に影響が大きいです。連合はこの法案に反対しています。

(10)政府・政党との政策協議
  政府・政党との政策協議は、連合レベルで当然やっています。私たち電機連合でも経済産業省や厚生労働省に対して、電機産業の産業政策や働く者のいろいろな仕組みについて要請運動をやっています。ここ(パワーポイント資料46ページ)に示されているように、民主党や自民党の政調会長と電機連合の委員長がサシで話をするような仕組みもつくっています。
  労働条件の決定システムとその課題についての私の講義は以上にしたいと思います。どうもご静聴ありがとうございました。

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