同志社大学「連合寄付講座」

2015年度「働くということ-現代の労働組合」

第3回(4/24

「総労働時間の縮減とWLBに向けた取り組み」

ゲストスピーカー:北野 真一 情報産業労働組合連合会 中央執行委員

情報労連で中央執行委員をしております北野と申します。本日は皆さんに「総労働時間の縮減とWLBの実現に向けた取り組み」が労働者や企業にとって、どれだけ重要な取り組みかについてお話させていただければと思います。

1.情報労連について

 まず、情報労連について簡単にお話しします。正式名称は情報産業労働組合連合会です。字のごとく、情報通信に関わる労働組合の集まりです。連合には53の構成組織があり、情報労連はその1つです。
 主な組合には、[1]NTTグループ132社に対しているNTT労働組合、[2]KDDIグループに対しているKDDI労組、[3]NTTやKDDIの通信設備の建設や保守を担っている通信建設各社に対している通建連合があります。また、通信サービス業以外にも、印刷、運輸、警備、販売、サービス業など、約80業種の中小企業の組合も加盟しています。めずらしいところで、秋田の高清水酒造の組合やボイストレーニングをしている会社の組合があります。
 私はNTT労働組合の出身でドコモの社員ですが、今は専ら労働組合活動をしています。情報労連での仕事は、情報通信政策やあらゆる産業政策に関わる政策検討や雇用・労働法制に関わる政策検討などを行なっています。連合と連携し政府への対応をしたり、省庁が法案を作る際には、労働政策審議会等のメンバーとして審議をしたりしています。また、これらの政策に関わる話について国会議員等の対応をしたりしています。

2.労働時間とは

(1)労働者とは
 日本は、就業者の9割が雇用労働者で雇用社会と言われています。その労働者にとって賃金と同様に重要な労働条件に労働時間はあります。
 まず、労働時間を考えるにあたっては、労働者であるかどうかが重要になります。労働基準法をはじめ労働法規適用の前提として労働者性が問われます。例えば残業代の支払いをめぐる労使紛争の際、労働者であるか否かが問われます。労働者でなければ、法律違反ではありません。労働者について法律では以下のように定義されています。
 労働者は「使用されるもの」「賃金を支払われるもの」など、労働法規上では少し幅広で定義されています。例えば、労働組合法では「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活をするもの」とあります。また、裁判の判例では、これまでの積み上げによって、労働者の定義は基本的に「使用者の指揮監督下で労務を提供し、その対価として賃金が支払われる者」となっています。したがって、アルバイト・パート・派遣・正社員問わず労働の対価として賃金(給料)をもらっている者は全て労働者です。
 ただ、実は労働者か否かを決めることは難しいことなのです。「使用者の指揮監督下で労務を提供し」とありますが、使用者側と使用される側の関係が「支配従属関係」にあるか否かがポイントになります。そのため、個人事業者や経営者(取締役)は、労働者ではありません。たとえば、管理監督の地位にあるものは、労基法32条(労働時間の原則)が適用となりません。
 またプロ野球選手にも労働組合がありますが、ひとたびプロ野球選手個人と球団間のトラブルが起きて裁判となれば、裁判所が選手を労働基準法上の労働者として認めるかどうかはわかりません。1年のうち6分の1は野球選手としての活動を連続して休んでいること、公式練習や試合以外の指揮命令はほとんどないこと、副業をもっていることなどを理由に、労働者として認められず、労働基準法は適用されない可能性が高いです。
 他にも、働く場所の拘束が少ない、上司からの指示を受けない、副業が可能という条件を満たす人は、多くの場合、労働者として認められません。たとえばフリーのライターや翻訳者などの職業がこれに当たります。

(2)労働時間の原則と36協定
 労働基準法は日本で働く労働者の最低限の労働条件を定めています。
 労基法32条には「使用者は労働者に対して休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、また1週間の各日については1日8時間を超えて労働させてはならない」とあります。その根拠として、憲法25条(生存権)と27条(勤労権)、労基法1条(趣旨)があります。
 したがって、「使用者は労働者に法定労働時間を超えて労働させてはならない」のですが、現実には、なぜ1日8時間以上の労働ができるのでしょうか。
 それは労働基準法第36条の免罰機能が働いているからです。つまり、労使間で「36(サブロク)協定」を締結し、労働基準監督署に届け出た場合、青天井で働くことも可能となっています。

(3)割増賃金
 しかし、労働者を余分に働かせるためには、その分コストがかかります。残業時間に対して割増賃金が支払われるからです。深夜労働と時間外労働の場合は25%以上の割増率で、さらに月60時間を超えた場合、超過分は50%以上の割増率になります(中小企業は当分の間、適用を猶予)。そして、休日労働の場合は、35%以上の割増賃金を払わなければいけません。
 ここで注意すべきことは、京都府の法定最低賃金は時給789円ですから、深夜労働の時給は789×1.25=986円を下回ってはならないです。

(4)法定上の休憩・休日とは
 休憩については、労基法34条に「1日の労働時間が6時間を超えた場合は45分以上、8時間を超えた場合は60分以上の休憩時間を与えなければならない」と定められています。
 そして、労基法35条によると、労働契約において労働義務を免除されている日のことを休日と言います。この休日については、毎週少なくとも1日、あるいは4週間を通じて4日以上の休日を与えなければならないのです。
 ここで大事なのは法定休日には祝日が含まれていないことです。そして、この休日は土日でなくても良いのです。皆さんは、就職活動中に「週休2日制」について聞いたことがあるかと思います。これは、月のうち1週だけ2日の休憩があれば良く、完全週休2日制とは違います。

(5)労働時間とは
 まず、労働時間に関する4つの概念を把握してください。
 1つ目は、「拘束時間」で「出勤から退社までの全時間(休憩時間を含む)」です。
 2つ目は、「労働時間」で「拘束時間から休憩時間を除いた時間」です。つまり使用者の指揮下にある時間で、手待ち時間、作業前の準備、作業後の後始末も含みます。
 3つめは、「所定労働時間」で「就業規則等で定められた、始業時刻から終業時刻までの時間」です。法定労働時間の範囲内で定めなければいけません。
 最後に、「法定労働時間」で「1日8時間、週40時間といったように労働基準法によって定められている労働時間」です。
 なお、残業時間については所定の割増賃金を支払わなければなりませんが、右記図のAの部分(法内残業時間)については通常の時間単価分を払うだけで良く、Bの部分のみ割増賃金を支払う必要があります。

3.日本の長時間労働等の実態

 国際社会において、日本の年間総実労働時間は非常に高く、年次有給休暇の消化率も最下位になっています。
 「過労死」という言葉も英語で「Karoshi」となっているほど、日本独特の現象とみられています。さらに、2013年に国連から「膨大な数の労働者が過重労働を続けていることについて、懸念をもって留意する」という指摘を受けました。
 こうした現状を踏まえ、労働組合は総労働時間の縮減に取り組んでいます。
 労働者にとって、身体が資本で安全・健康なくして、労働なしです。企業側にとっても、事業の成長・発展を遂げるために、労働者の安全・健康は大事です。そして、労働組合にとって、組合員の労働条件の維持・向上、雇用の安定・確保は最大の使命です。ただ、安全・健康の関係で休職し、その後、復職できなければ解雇は可能になり、組合の最大使命も果たせなくなります。
 総じて、組合員の命と健康を守ることは、労働組合活動の根幹となる重要な取り組みです。それを実現するためには、組合だけではなく、会社側も組合員・社員一ひとり人も「安全・健康に対する強い姿勢」は不可欠です。

4.ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて

 今、価値観・ライフスタイルの多様化によって、ワーク・ライフ・バランスはますます重要視されています。ワーク・ライフ・バランスとれた社会とは、仕事と生活の調和が実現した社会と言い換えられます。「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」と仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章で定義されています。
 これまでに社会環境や社員の意識の変化について様々な調査が行われています。それらによると、[1]男性雇用者のうち配偶者が仕事をしている家庭が過半数を超えていること、[2]会社のために生活を犠牲にしてもよいと考える割合が減少していること、[3]仕事志向から「仕事・余暇両立」・「余暇志向」へと意識が変わってきていること、といった変化が生じていることが分かります。
 しかし、未だ週に60時間以上働いている人がいます。それは、週休2日であれば、1日あたり平均で12時間以上も働いていることになります。12時間働くということは、就業時間が、休憩時間を1時間入れて9時~18時であれば、終業時間は22時になります。東京では通勤時間が片道1時間は普通なのですから、朝8時には家を出て、帰りは23時になります。睡眠を6時間としたら、家事などの生活にかけられる時間は3時間しかありません。
 競争環境の著しい変化と個々人の業務遂行への期待の高まりといった現状の職場実態を踏まえると、結果的に長時間労働に陥っている労働者が多いのです。また、これは、「労働時間が長い正社員ほどポジティブな評価をしていると感じる割合が高い」といった時間外労働に対する上司の評価イメージも関係しているといえます。
 こうした長時間労働は、職場や労働者に、社員の仕事への意欲の低下や離職せざるをえない社員の増加などといった悪影響をもたらします。また、労働者だけではなく、企業にとっても人件費の高騰や人材の流出といった多くのリスクをもたらします。逆に、ワーク・ライフ・バランスが実現している職場においては、仕事の効率と社員の仕事への意欲が高くなり、結果として離職率も低くなります。つまり、ワーク・ライフ・バランスの促進は企業の経営に直結するテーマなのです。
 それでは、WLBの実現には、どのような取組みがなされているのでしょうか。
 まず、いくつかの企業などでは、原則午後8時以降の残業禁止や早朝勤務に対する割増賃金の支給など、「朝型シフトへの変更」や「残業時間の削減」といった取組みが行われています。カゴメでは原則残業禁止となっています。
 また、情報労連に加盟している組合の企業でも、組合員の声、社会的要請等もふまえ、育児・介護等の各種休職制度、育児・介護のための短時間勤務制度、在宅勤務制度など多様な制度を導入しています。
 あわせて、こうした制度をつくるだけでなく、制度を利用できる職場環境の整備も重要です。育児・介護そして男性・女性に関わらす、様々な時間制約を持った社員が職場にいることを相互で理解し合えるように、社員一人ひとりの意識を改革することが必要です。
 そして、ワーク・ライフ・バランスの実現で重要なことは、仕事と私生活のバランスを50%・50%にすることではなく、一人ひとりが主体的に考えて、自分なりにバランスを取ることです。そして、そのことを真の意味で理解し、尊重し合えるよう職場風土に改革することが大切になってきます。
 さらに、急速に少子高齢化が進展している日本おいて必要なことは、「働きにくい、暮らしにくい社会」を「働きやすい、暮らしやすい社会」することであり、その実現のためには「ワーク・ライフ・バランスの実現」が必要だと思います。

5.情報労連「21世紀デザイン」

 情報労連は暮らしやすい社会をつくるため、2006年に「21世紀デザイン」を策定し、「時間主権の確立」と「多様な正社員」の2つのビジョンを基本にしながら、政策をすすめています。
 具体的には、「生きがい・自分らしさを実感して生きていくためには、企業内社会中心に費やされる労働時間を見直し、『時間』の内実に価値を置くこと。誰もが仕事と生活の両立を果たし、市民社会と共生できる自由時間を創出する。このことを通じた、個人の自立・自律的な生き方の充実を可能とする条件整備を「時間主権の確立」と位置付けています。
 また、多様な正社員については、「仕事と生活の両立や市民社会との『協力・協働』など、多様化するライフスタイルに対応し、働き方の選択が可能となる社会の実現。そのためには、正社員とパート・有期契約社員等といった雇用区分をあらため、正社員の枠組みの中で働き方の多様化を実現する『多様な正社員』という考え方を求めていく」こととしています。
 情報労連では、この2つのビジョンを持って、今、新たな時短目標(労働時間の縮減目標)と勤務間インターバル規制(勤務の終了から次の勤務の開始までの間の休憩時間に対する規制)の導入に取り組んでいます。

おわりに

 最後に、みなさんには、「ただ」だと思われているサービスの裏には労働力があることを意識していただきたいと思います。24時間化、365日化、即日化の功罪について問題意識をお持ちいただきたいと思います。
 そして、「課題先進国」と言われている日本は、少子化をはじめ、景気回復、閉塞感の打破など様々な課題を抱えています、こうした課題を解決するためには、まっとうな雇用が絶対に必要です。
 労働時間とワーク・ライフ・バランスの問題は、単に労働者と労働組合だけの問題ではないことを最後もう一度申し上げさせていただいて、わたくしの説明は終わりたいと思います。ありがとうございました。

以 上

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