同志社大学「連合寄付講座」

2013年度「働くということ-現代の労働組合」

第7回(5/31

メンタルヘルス問題の取り組み

ゲストスピーカー:西田 一美 自治労 中央本部 総合企画総務局長

はじめに

 皆さんこんにちは。自治労の西田です。皆さんはこれらから就職される際に、給料はいくらか、休みはいつかを考えられると思います。しかし、長く働き続けるためには、賃金以外にもとても重要なことがありますので、今日は安心して働き続けられる職場づくりやメンタルヘルスについて自治労の取り組みを紹介します。
 日本における自殺者数は、1998年から14年連続で3万人を超えています。2012年は約2万8千人で、15年ぶりに3万人を割りました。交通事故の死亡者数は年間4千人~5千人と言われています。飲酒運転の厳罰化等で交通事故による死亡者数は年々減っていますが、交通事故の死亡者数と比較しても、自殺者数がいかに多いかが分かると思います。
 現在、地方公務員の総数は290万人弱です。地方公務員の在職者死亡原因をみると、第1位が癌で、第2位が1998年から自殺となっています。地方公務員も自殺者が多いです。

2.メンタルヘルス問題への取り組み

2-1 メンタルヘルスは特別ではない
 メンタルヘルスが自殺の大きな要因になっていると思います。しかし、なかなか解決しません。そうした背景も少し考えてみたいと思います。
 これまでメンタルヘルスは「あの人は気持ちが弱いから」「あの人は特別何らかの原因があったから」「ああいう家庭環境にあるから」と思われがちでした。つまり、メンタルヘルスは、自分には関係ない、心の弱い人がなると思われてきました。しかし、現在のように賃金がなかなか上がらない、就職がない中では、メンタルヘルスは誰でもなりうる問題であり、自分には関係ない問題ではありません。特別な人がなると思われてきたことが、なかなか解決につながらなかった要因の1つにあると思います。
 メンタルヘルスはAさんとBさんの人間関係の中で起きる問題だと言われてきました。しかし、メンタルヘルスの問題は、職場なら職場、学校なら学校の中の問題であると認識すべきだと思います。
 さらに精神科に対する偏見や心や精神の病気の人への差別意識もあります。例えば、殺人事件が報道されると、「犯人には精神科医への通院歴がありました」と付け加えられることがあります。その報道を聞いている人の中には、「精神科に通っている人は犯罪を犯すんだ」と結びつける人が出てきます。これは差別ですし人権問題だと思います。また、息子や娘が最近少し辛そうだと思っても、「うちの子はそんな精神的な病気ではない」と差別意識から治療が遅れてしまうこともあります。この精神科に対する偏見がメンタルヘルスの問題を深刻化させている要因だと思います。

2-2 3つの予防対策と4つのケア
 メンタルヘルスの問題を解決するため、3つの予防対策と4つのケアがありますので、紹介いたします。
 まず、第一次予防についてです。メンタルヘルス対策として既に起きたものに対処することは重要ですが、第一次予防としてそれが起きないようにすることが最も重要になっています。そのためには快適職場づくりが必要になります。良好な人間関係を作れるように、言いたいことがあればきちんと言えるように、また、意見交換を通じて物事を解決していくことが必要です。
 第二次予防はメンタルヘルス不調者を出してしまった場合に早期対応していくことです。そのためには、周りの人や自分がSOSに気付くこと、またメンタルヘルスに関する知識を持つことです。
 第三次予防は、メンタル不調者が休んでしまった時の職場復帰に対する整備です。休んでいる間も職場情報を提供し、復帰してきた時には徐々に仕事に就けるように復帰プログラムを作ることが第三次予防です。
 この3つの予防は、1つだけでは駄目です。快適職場だけを作っても、不調者が出た場合は対応できません。3つとも同時進行でやる必要があります。
 続いて4つのケアです。まずはセルフケアです。自ら気付くということです。「最近、辛いな。寝られないな。食べられないな。体調が悪いな」ということに気付くことです。眠れないと思って我慢するのではなくて、専門家に少し相談してみる。そうすると「大したことないですよ」ですむ場合もあります。まずは自分で気付くことだと思います。
 次に、ラインケアです。職場のラインでケアをすることです。具体的には上司が職場で働いている人の体調に気を付けて、気付いたら、いくら忙しくても「ちょっと顔色悪くないか。少し休んでみるか」と促したりすることです。
 3つ目は職場内の専門家によるケアです。労働安全衛生法では、常時50人以上の労働者を使用する事業場は、産業医を置かなければならないと定められています。産業医や職場の専門家のケアを受けるようにすることです。ただ、職場内だとプライバシーや相談に行ったことが人に知られたら嫌だということがあります。
 そのため、最後の4つ目は職場外の専門家によるケアです。例えば、役所にいる保健師さんです。

3.パワーハラスメントに対する取り組み

3-1 自治労パワーハラスメント10万人実態調査
 もう1つ自治労で取り組んでいることがあります。どうしてメンタルヘルスの問題が起きるのでしょうか。その要因の1つに職場におけるパワーハラスメントがあります。
 自治労では組合員85万人の中から10万人を抽出して実態調査を行いました。この実態調査結果によると、ほとんどの人がパワーハラスメントという言葉を知っていました。また、過去3年間でパワーハラスメントを受けた人は5人に1人いることも分かりました。過去3年に限定しなければ、3人に1人が被害者であったという結果が出ています。さらにパワーハラスメントが原因で死にたくなったという人がいることも分かりました。1万1千人が「死にたくなった」と回答をしていることから、いかにパワーハラスメントが深刻だったかが分かってきました。しかし、このように深刻な状態にも関わらず「解決の糸口がない」と答えた人が多くいました。「結局、解決はしないだろう」「加害者から報復されるのではないか」という回答がありました。やはり、すぐに解決するのはなかなか難しいです。パワーハラスメントに対してきちんと知識を持って、何が正しい解決方法かを考えていくことが必要だと思います。
 管理職に対する研修の重要性が言われています。やはり人間関係を考える時に、「高圧的になってないか」「相手はどう思うだろうか」ということについて、想像力を働かせることが重要です。自分が言われて傷つくことは人に言わないといった基本的な人間関係が必要だと思います。

3-2 パワーハラスメントの定義と実例
 パワーハラスメントの定義について説明します。厚生労働省は「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」を設置し、ワーキンググループを作りました。その報告書で、パワーハラスメントとは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう」と定義されています。これは必ずしも上司から部下に行なわれるものだけでなく、部下から上司もありえます。また、実質上の権限を持っている人からのハラスメントがパワーハラスメントだとも言われています。
 パワーハラスメントの実例として、「大声を出して怒鳴りながら机を叩き、触れてほしくないプライベートなことを言われた」「既婚の上司から身体的なことを要求されて、応じなかったら無視されて、不要な仕事等を一方的に指示された」といったことがあります。また、「『生きる価値がない』『嘘つき』と怒鳴られた」「『逆らうのか。上司に反抗したら何も良いことはないぞ』と言われた」といったことも実際にありました。

3-3 パワーハラスメントに対する対応の困難性
 どうしてパワーハラスメントの解決が難しいかというと、根拠になる法律がないためです。人を殴った・傷つけたという暴力については、刑法という人を処罰する法律があります。また、働きやすい職場づくりについては、労働安全衛生法で事業主の義務が定めています。しかし、パワーハラスメントを防止する法律はないため、なかなか対策が難しい状況にあります。
 そして、教育的指導として、「自分は仕事を教えているだけだ」ということがあり,パワーハラスメントか否かの境目がわかりにくいないのです。例えば、家宅侵入の話です。雨が降った時に、すごく仲の良いお隣さんが「洗濯物を入れておいたよ」と言っても、「洗濯物を入れてくれてありがとう」となります。しかし、全然知らない人が同じことを言ったらびっくりするでしょう。Aさんは良くて、Bさんはハラスメントだと言われるのは、それぞれの人間関係によります。実際は、自分は相手と親しいと一方的に思っている人もいますので、こうしたこともパワーハラスメントか否かの境目を分かりにくくしていると思います。

3-4 今、何をすべきか
 こうした中、自治労では、今、何をすべきかについて整理しました。まず現状把握です。噂ではなくて、いつ・どこで・どんなハラスメントが起きたのか、それがどんな問題になっているのかといった現状をしっかり把握することです。その上で、正しく理解をしていくこととしました。対策はその次です。間違った理解は間違った対策につながり、状況をより悪化させてしまいます。そのため現状把握をし、正しく理解し、そして対策を講じると自治労では整理をしています。自治労としては、被害者と加害者だけを孤立させるのではなくて、起きない、起こさない、起こさせない体制づくりをしていこうと指針をつくったり、パワーハラスメント調査といった取り組みを進めてきました。

4.惨事ストレスに対する取り組み―東日本大震災

4-1 惨事ストレスとは…
 「惨事ストレス」という言葉はあまり聞きなれないと思います。大きな災害や事故現場で悲惨な光景がたくさんあったと聞きます。そうした中で、消防の方と一緒に遺体を捜索していたのが自治体の職員です。そうした業務中にストレスを感じて、その後、ストレス反応が発症していく。それが「惨事ストレス」と言われています。そんな中で自治体職員はずっと働き続けてきました。
 もちろん、被災者は心が痛んでいますので、心のケアが必要です。例えば、九州の人でも映像を見ただけで、ストレスを感じて鬱を発症したという人がいるくらい、今回の災害は、酷かったということです。被災地に入っているボランティアの方たちにも心の影響があります。海を見ただけで辛くなるということもあったようです。何よりも皆さんにわかって頂きたいのは、その自治体職員の方も被災されている方だということです。

4-2 被災自治体職員の仕事
 被災自治体の職員の事例をいくつか紹介をしたいと思います。遺体安置所で出会った職員です。衣服の洗濯をしていた女性でした。とても元気でした。被災からまだ1ヵ月ぐらいで、すごく心配していたのですけれども、テンションが高かったです。ニコニコして話をされて、「大変です。私が一緒に働いていた上司が遺体で運ばれてきた時はさすがに困りました」と元気に話されたのが、すごく痛々しくて、私はその職員のところへ通いました。そうすると、元気の良い彼女が突然泣き出すのです。やはり、大変な精神状態で仕事をしているということです。でも、人が足りませんので職場は変われません。
 ある町で避難放送をした女性職員が、「皆さん、津波が来ています。逃げて下さい」という声を最後に、津波に流されたということがありました。皆さんと同じ年くらいの女性だったと思います。私は母親くらいの年齢ですけれども、私がこの彼女の親だとしたら逃げてほしかったと思いました。「仕事なんかやめていいから逃げて」と思いました。
 宮城県のN市の妻と赤ちゃんを亡くした男性です。妻も市の職員で赤ちゃんを産んで育児休暇中だったそうです。揺れた瞬間、かなり大きな地震だったので、家のことが心配になって、携帯電話に電話を入れたがつながらなかった。その後、津波が押し寄せた。多分、電話がつながらないのは実家に帰っているからだと思って、徹夜で仕事をして、ようやく時間ができたので家に帰ったら誰もいなかった。避難しているのだろうとあちこち探したけれどいなかった。お母さんを見つけたけれど、お母さんは妻と赤ちゃんを知らない。結局、大津波で妻と赤ちゃんは流されていました。その男性職員はその現実を目の当たりにしながらも結局仕事をするしかなかったのです。役所の仕事はやらないといけない。被災者の人たちを放置するわけにはいかないのです。
 皆さんには、死ぬまで働くのが仕事ではないと言いたいです。自治体職員は公務員だから当たり前ではないかという話もあります。実際、被災自治体職員は本当に一生懸命頑張っています。しかし、死ぬまで頑張るな、と私は言いたいです。もっと言えば、自分も助かって住民も助かる方法をやはり考えるべきだと思います。そうは言っても限界はあります。死ぬまで働くのが仕事ではないことを分かってほしいと思います。

4-3 増える仕事と増えない人員の中の自治体職員
 地方公務員が年々減っている中で、大震災が起きたため、なかなか仕事が進みませんでした。現地では、土木の技術職、特に港湾の技術職や、保健師が不足しているとずっと言われています。この5年間で地方公務員は30万人以上減らされており、一人ひとりの仕事が増えています。そうした中での被災だったため、現地では、人が足りない、休めない、それでメンタルの問題が起きて、また人が減っていく、こうした悪循環が起きています。
 新聞記事をいくつか載せさせて頂きました。東松島市のように、市民から職員への暴言が多かったので警察への通報方針を作ったところもあります。また、自衛隊員は自治体職員に比べ、メンタル疾患でダウンをした人は少ないと言われています。これは、自衛隊は訓練されていますし、メンタルヘルスの専門家がいるためです。一方、自治体職員はそうしたことに備えるような訓練はされていません。また、24時間働かなければならない被災直後ということもあります。このため精神科医の香山リカさんに自治労の取り組みについて協力をお願いしています。大きなメンタルダウンを受けた時に、何が一番有効かについて、よく人の話を否定しないでウンウンと聞いてあげることが一番良いと言われていますが、それだけではなくて、やはりねぎらいの言葉が大事だそうです。自衛隊は、よく頑張ってくれたと全国で称賛されました。褒められることもメンタルダウンのかなりの軽減につながります。ただ、自治体職員には公務員バッシングがあります。その上で被災があり、ストレスを感じることが多いわけです。その辺も皆さんには分かって頂きたいと思います。

おわりに

 安心・安全な職場のためへのメンタルヘルス対策について、お話をさせて頂きました。労働組合の役割はそもそも労働者の命を守ることにあります。そのことが賃金であったり、休暇であったりということです。これからも自治労としては、職員・組合員のメンタルヘルス対策に力を入れて取り組んでいきたいと思っています。これから社会に出られる皆さんに少しでも参考にして頂ければ幸いです。最後までありがとうございました。

以 上

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