同志社大学「連合寄付講座」

2011年度「働くということ-現代の労働組合」

第15回(7/22

修了シンポジウム「働くことを軸とする安心社会」の実現にむけて

古賀伸明(連合会長)

はじめに

 みなさん、こんにちは。連合会長の古賀です。本日は、連合寄付講座の最後のまとめということで参りました。限られた時間ですが、みなさんと意見交換も含めて有意義な時間にしたいと思います。よろしくお願いします。

1.働くことを軸とする安心社会

1-1.「働くことを軸とする安心社会」を提唱する理由

 今、私たち連合が、というよりも、日本がめざす社会像を「働くことを軸とする安心社会」という名称で提唱しています。まず、なぜこの「働くことを軸とする安心社会」を提唱したのかということを話したいと思います。
 連合は1989年11月に結成されました。1989年11月というのは、ベルリンの壁が崩壊した年月です。ベルリンの壁の崩壊は、東西ドイツの融合のみならず、資本主義経済か共産主義・社会主義経済かという、アメリカとソ連の間にあった冷戦構造が終焉する大きな引き金となりました。そして、共産主義国家・社会主義国家が雪崩を打って、市場経済、資本主義政策の方へ入り込んできた時期でした。もちろん、今でも中国を中心に、いくつかの共産主義国家・社会主義国家があります。しかし、そのほとんどが市場経済です。中国とて政治は共産党が一党独裁していますが、経済は市場経済に移行しているわけです。グローバリゼーションが加速していく引き金になったのが、この1989年11月のベルリンの壁の崩壊であったわけです。
 市場経済あるいは資本主義というのは、競争し、効率を追い求め、経済性を追求する中で国が発展をする、人々が豊かになる、という大きな政策です。そのことが一層加速していったわけです。しかし、よくよく振り返ってみると、まさにむき出しの競争、効率性や経済性のみを追求する社会政策や経済政策の中で、本当に人々が幸せになれたのでしょうか。このことを考えなければならない大きな出来事、きっかけが、2008年秋のリーマンブラザーズの破綻、いわゆる、アメリカの金融危機に端を発した世界同時不況ということになります。
 1990年代に、日本もバブルの崩壊を迎えました。1989年12月の株価の終値は39,000円弱です。今では考えられません。39,000円弱の株価が、1990年代に入ってどんどん下がっていくというバブルの崩壊を迎えました。そして、日本は失われた10年とか20年と揶揄される社会になっていったわけです。おそらく、この失われた10年や20年というのは、日本が成熟社会の中で、どんな働き方をするのか、どんな暮らし方をするのかを模索し続けている10年、20年であったのだと思います。成熟社会というのは、経済が右肩上がりの大きな成長がない、つまり低成長です。そして、人々の欲求や価値観も多様化しています。これらが成熟社会の極めて大きな特徴です。そうした中で、私たちはどんな働き方、どんな暮らし方をするのかということを模索し続けてきました。その1つの私たちの解が、この「働くことを軸とする安心社会」です。
 この10年、20年で労働市場も大きく変容しました。とりわけ、非正規労働者が急激に増えていくという実態になってきました。もう34~35%が非正規労働者ということになっています。そして、年収200万円以下の層が1,000万人を超えています。現在、5,500万人前後が雇用労働者であるとみていいと思いますが、その中の4人に1人、つまり25%が年収200万円以下という状況です。数日前に政府が発表した貧困率をみた方もいらっしゃると思います。16%です。これは、1986年調査以降で最も高い数値です。格差が拡大してきているのではないでしょうか。貧困ということに私たちは目をつぶってしまっているのではないでしょうか。こうした課題が私たちの労働運動にも突きつけられているわけです。
 1989年に連合が結成されて10年を迎えたところで、私たちの先輩は「労働を中心とした福祉型社会」という構図を提起しました。そして、さらに10年たった2009年に、もう一度この「労働を中心とした福祉型社会」と、連合が展開してきた運動を振り返りながら、私たちなりのめざす社会像を論議していこうということになりました。私たちは、働くということをもう一度見つめ直して、働くことを軸としながら、なんとか日本の社会を安心社会に、持続可能性のあるものにしなければならない、と考えました。そして、この「働くことを軸とする安心社会」をまとめたわけです。

1-2.「5つの『安心の橋』」:「働くことを軸とする安心社会」の中心的な考え方

 「働くことを軸とする安心社会」という冊子が、みなさんの手元にあると思います。その中から1つだけ紹介しますが、これが全てと言っても過言ではありません。「5つの『安心の橋』」という橋の図(図1)があると思います。「働くことを軸とする安心社会」を1つの図で示したものがこれです。
 1つ目は「教育と働くことをつなぐ」ことです。これは、何も大学を卒業して就職すれば終わりということではなく、例えば、就職しても、あるいは自分で起業して働いても、もう一度勉強するために学校に通うことができる、そうした往復が可能となるように教育と働くことをつなぐということです。
 2つ目は「家族と働くことをつなぐ」ことです。これは当然のことですが、今、私たちがめざす社会は、やはりワーク・ライフ・バランス社会です。ワークとライフがバランスされた社会をめざしながら、家族と働くことをつなぐことです。少し古い時代の話になりますが、昔の日本は男性が外で一生懸命働いて、女性は家で子育てをするというのが一般的な家庭でした。しかし、今はもう違います。男性だけではなく女性も含めて、みんなが働くことによって社会に参画するためには、家族と働くことをつなぐ橋が必要なのです。

 3つ目は「働くかたちを変える」ことです。ライフサイクルの大きな流れの中で、フルタイムでずっと働くこともあります。しかし、例えば高齢になれば週に数日とか、あるいは短時間とか、そういった働き方のニーズがあるのも当然です。また、個々人の価値観によって働き方のニーズは多様化しています。こうした状況を踏まえて、働き方の選択が可能になるよう、働くかたちそのものに対する橋も必要になります。
 4つ目は「失業から就業へつなぐ」ことです。これは、失業してもトランポリンのごとく次のステージに挑戦できるような橋が架かっているということです。
 5つ目は「生涯現役社会をつくる」ことです。退職したから終わり、ということではなく、何らかの形で社会に参画できるように、橋を架けていくということです。

1-3.「5つの『安心の橋』」を架ける運動

 「5つの『安心の橋』」のそれぞれを完成させるために、私たちは政策・制度を検討し、その実現に向けて政府の審議会や与野党に、私たちの政策を訴え、それを法案にして法律にしていきます。そのことで「働くことを軸とする安心社会」に一歩ずつ近づくことができます。これが私たちの運動です。
 例えば、上図の「失業の箱」にあるトランポリンについて、私たちは5、6年前からその必要性を訴えています。日本では、失業した時に失業保険が給付されますが、その給付期間が終了してしまうと、生活保護を受けるしかありません。このような社会で本当に良いのでしょうか。連合は、まさにトランポリンのごとく、生活支援も職業訓練も受けながら、次のステージにまたチャレンジすることができる、そうしたセーフティネットをつくるべきだということを訴え続けてきました。そして、今国会でようやく求職者支援法という法案ができ、今年の10月から施行されることになりました。
 今後、私たちは、この「働くことを軸とする安心社会」を、なんとか日本全体のものにしていきたいと考えています。北海道から九州までタウンミーティングやシンポジウムを開き、各界各層の方々と議論しながら、これをバージョンアップしていきたいと考えています。もちろん、経済界や政界、学者のみなさんとも様々な議論をして、バージョンアップしていきたいと考えています。

2.質疑応答

2-1.学生からの質問(1)

学 生: 組織率の低迷が続くと、労働者の声を伝えるという、労働組合の大切な役割が限定的なものになり、産業民主主義が空洞化してしまうのではないかと思います。現在、世間では従業員代表制というものに注目が集まっています。連合としては、産業民主主義の確保に向けて、どのようなビジョンを描いているのでしょうか。また、従業員代表制について、どのようなお考えをお持ちなのでしょうか。

古賀会長: 組織率についてはご指摘の通りで、現在18.5%です。したがって、労働者の80%強は労働組合がない組織で働いていることになります。ただし、18.5%といっても、連合は680万人のメンバーシップを持つ組織です。これだけの組織は日本ではそう多くはありません。この680万人をバックにして声を出していくことは、1つの力として大きいと思います。実際に、これまで企業別の集団的労使関係が、日本社会の安定に寄与してきました。それは、産業民主主義を徹底してきたということになるのです。しかし、現在、企業別労使関係の弱点が表面化していることは事実です。私たちの運動の原点は、仲間を増やしていくことや産業民主主義を徹底していくことです。したがって、今後も、組織化や組織拡大に力を入れていかなければならないと思っています。
 従業員代表制については、もちろん私たちが組織化をして、組織率を20%や30%に、さらには、もっと上をめざしていかなければなりません。しかし、18.5%が1ヶ月後に50%になり、1年経ったら70%になるということは、残念ながら今までの経過を見れば現実的とは言えません。そうであるならば、従業員代表制をしっかりと法制化して、その中で集団的労使関係をつくるということは、大きな方向性としては是であると私は思います。したがって、この数年間、連合は従業員代表制について検討し、議論してきました。現在、法案の骨格を専門部署でつくり上げています。後は、これをどう実現するかということになります。しかし、率直に言いますと、従業員代表制を法制化することは、経営側が足かせになるので嫌がる可能性があります。したがって、現在、私たちは議論のタイミングとその場をどこに設定するか、慎重に見極めている状況にあります。

2-2.学生からの質問(2)

学 生: これまでの講義で、非正規労働者の問題や求職者支援法などに関する連合の運動内容を伺いましたが、現在、連合の運動にはどのようなものが足りないとお考えでしょうか。

古賀会長: それはたくさんあると思います。1つ目は「政策を実現する能力」です。政策をつくることについては、私どものスタッフや学者の方々と議論しながらできます。しかし、政策を実現していくためには、大きなパワーが必要になりますし、ストーリー性というものが必要になりますが、それが足りていません。そのことを肝に銘じて運動を展開する必要があると思います。
 2つ目は「成熟社会への対応力」です。日本の労働運動というのは、企業別労働組合が主軸になってきました。しかし、現在のような成熟社会においては、どうも企業内労働組合の弱点が表面化しているのではないかと思います。企業別組合の良いところは、まさに労使が情報を共有し、様々な課題についてフランクに話ができ、接点や妥協点を求めて企業の発展のために頑張っていく。これは非常に良いことなのです。高度成長の時は、自分たちが働いて増えたパイの配分をめぐって交渉し、分け前を取り、そのことが日本の成長につながっていったわけです。しかし、成熟社会になり低成長になると、どうも企業別組合は、「我が社が無くなったら大変だ、我が社の業績が悪いと大変だ」ということで内にこもる。もちろん、当然のことながら、会社が倒産すれば雇用を失うわけですから、それも大切なことです。しかし、内にこもってしまう比率が大きくなっているのです。それではパワーになりません。
 3つ目は「開かれた社会運動化」です。企業別労働組合が内にこもると、開かれた社会運動化につながりません。開かれた社会運動化ということが、今の連合に足りていない部分のひとつだと思います。良い職場というのは、良い社会があって初めて存在するのだという意識を、共有できるようにする必要があると思います。18.5%の人たちの幸せだけを追い求めるのではなく、80数%の人たちも含めた働く者の立場から、国民全体の幸せを追求するという社会運動化をどうすればできるのか。こうしたことを、考えていかなくてはならないと思います。
 以上の3つが今の連合には足りないのではないでしょうか。言い出せば、18.5%という組織率の低迷から、非正規の組織率はまだまだであるとか、非正規で働く人たちのための運動に、本当の意味でなっているのかなど、多くの課題が出てきますけれども、大きくは、その3つが足らないということになるのではないでしょうか。

3.学生へのメッセージ

 連合寄付講座に、本日までお付き合いいただき大変ありがとうございました。最後に、3つのことをみなさんにお伝えしたいと思います。
 1つ目は「人というのは一人では生きていけない」ということです。人と人とのつながり、人と人との支え合い、人と人との分かち合い、このことを大切にしようではありませんか。それが、本当の意味での社会をつくっていく原点であろうと思うのです。
 2つ目は「決断や判断はタイミングが重要」ということを、ぜひ頭に入れておいていただきたいと思います。決断や判断というのは、大そうなことではないのです。私たちは生きている中で、いつも判断をしているのです。今日、何を食べようか、これも判断です。しかし、例えば、これから社会に出る、組織で生活をする、あるいはリーダーになっていく、そうした時に、決断や判断のタイミングは本当に重要です。タイミングが狂うと無用な混乱を起こしてしまいます。いつ決断をするか、いつ判断をするかということが、極めて重要だということを、頭の片隅に置いておいていただきたいと思います。私はリーダーを10年以上やっていますけれども、本当にタイミングだけを考えているのです。いつ、これを決断すべきか。決断や判断は、腹をくくってどちらの道を行くかをはっきりと決める。しかし、その判断をするタイミングというのは、極めて重要だということです。
 そして、3つ目はやはり「行動していく」ということです。願わくば、今までやったことのない方法を、やったことのない行動を、一歩踏み出してみようということです。昔は、目標というのは与えられていました。したがって、その目標にどれだけ早く行きつくかということに、みんなが知恵を絞っていました。しかし、今の時代は、目標そのものを私たちが考え出さなくてはならない時代です。そういう時代だからこそ、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら、方向を見定めなければなりません。その意味では、やはりトライしてみる。失敗したら失敗の中から次への学習をして、行動しなければ何も生まれてこないのではないでしょうか。
 この3つのことを、みなさんへの私からのメッセージとして送りたいと思います。それぞれの立場で、有意義な学生生活を送られることを最後にご期待申し上げ、私のまとめに代えさせていただきます。本日はありがとうございました。

以 上

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