同志社大学「連合寄付講座」

2011年度「働くということ-現代の労働組合」

第5回(5/13

ケーススタディ(3) 公正な賃金と処遇に向けた労働組合の取り組み
―電機産業労組の事例―

三吉 勉(パナソニックAVCネットワークス労働組合(PAVC労組)書記長)

はじめに

 本日は「公正な賃金と処遇に向けた労働組合の取り組み」というテーマで、より職場に近い目線からお話をさせて頂きます。何を持って公正かというのは難しいところではありますが、労働者一人ひとりが納得した賃金と処遇を受けるために、労働組合がどのように取り組んでいるのかをご理解頂ければと思います。

1.組織体系

 まず、日本の労働組合の組織のうち、PAVC労組から連合までの組織についてご説明します。ナショナルセンターである連合を筆頭として、連合の構成組織である産業別の労働組合に分かれています。パナソニックグループの労働組合は、電機産業の産業別労働組合である電機連合に加盟しています。パナソニックグループにおける各単位組合の連合体がパナソニックグループ労働組合連合会で、その中のAVCネットワークス社(AVC社)という社内分社の労働組合がPAVC労組とご理解頂ければよいかと思います。
 我々の組織は、東は山形・仙台・福島から西は岡山まで、計13拠点設けられています。この度の震災で、東日本に拠点を置く工場は甚大な被害を受けました。被災地域の工場でしか作れない部品が出回らないため、生産が思うように進まないという事態になったこともあり、様々なところで支え合って企業は成り立っていることを再認識しました。
 PAVC労組の委員・役員体制については、本部に中央執行委員長を筆頭に各役職があり、それとは別に各支部・地区にも支部執行委員長を含め各役職が存在するという構造になっています(図1)。

図1 PAVC労組の委員・役員体制

 AVC社は、パナソニック株式会社の中の事業部門の分社であり、従業員数は約3万3200名、うち約1万1000名が国内従業員となっています。事業領域としてはテレビ・DVD関連商品・デジタルカメラ等を生産しており、生産拠点は国内に15、海外は東南アジアを中心に19の拠点を設けています。

2.松下電器産業労働組合の歴史

 次に松下電器産業労組の歴史についてご説明します。2006年に松下電器産業労働組合を解散してPAVC労組等、分社ごとの労働組合を立ち上げて現在に至っています。
 松下電器の労働組合が結成されたのは1946年になります。結成時の呼びかけ文の冒頭に「あなたは会社の生活に不満や不合理を感じた事はありませんか?」とあります。労働組合の考えとして、当時から会社の生活に納得性を持って仕事をすることを重んじていたことが伺えます。また「貴方一人では如何とも処置の仕様のない悩みを解決するには団結した力を必要とします」という言葉がありますが、私も、自分一人では何ともならないことをみんなで解決していこうというのが労働組合の基本ではないかと感じています。ただし、自分の身勝手な要望を押し通すというものではなく、その問題は全体に通じるものであり、問題を解決することによって、みんながより良い環境で仕事できることが大事だという文章です。
 松下電器の創業者は松下幸之助ですが、松下労組の結成大会で挨拶をしています。常識的には、会社側から見ると労働組合は対立組織ですので、結成大会の邪魔をしにくるのではと考えられていました。しかし、挨拶の中で「正しく新しい経営と、皆さんの考える正しい組合とは、必ず一致する」と語り拍手喝采を浴びたという逸話があります。また、労使関係の基本要諦というものを松下幸之助は書いているのですが、そこには「常に対立しつつ調和していくこと」という一文があります。これは、常に対立するのではなく、受け入れるべき点を双方で受け入れることで、より進歩した労使関係の姿が生まれるという考えです。この文の最後には労使をクルマの両輪に例え、使用者と労働組合の力の均衡が取れて始めてクルマが前に進んでいくと締めくくられています。この松下幸之助の労使観というのは、現在の経営参加制度にも反映されています。

3.組合活動について

(1)PAVC労組の活動領域
 組合活動については、経営対策、労働対策、暮らし改革、組織・教育という大きく分けて4つの活動をおこなっています。経営対策、労働対策は対企業の活動、暮らし改革は対外的な活動、組織・教育は対個人の活動とご理解頂ければ良いかと思います。 

(2)経営対策活動の意義
 なぜ労働組合が経営に関与するのかということについて話をします。これまで日本的経営の要素として終身雇用・年功賃金・企業別労組と言われてきました。。これに伴い、転職に伴う不利益が大きい、賃金の後払いがある、企業と組合の利害が一致する等が日本の企業の特徴として表れています。これらの点をふまえると、事業の持続可能な発展が組合員の労働条件や生活の発展につながると考えられることから、労働組合として、組合員が納得して働ける経営対策活動をおこなう必要があると考えています。

(3)経営対策のアプローチ
 経営対策の会社と組合員に対するアプローチですが、会社に対しては、経営に対するチェック機能を果たしています。また、現場視点での課題抽出と政策提案や、長期的視点での経営政策立案などをおこなっています。一方、組合員に対しては、経営参加意識の醸成、経営に関する教育・意識高揚、経営層の思いの共有などを促しています。

(4)経営対策活動の内容
 経営対策活動については、主に6つの活動が挙げられます。
 1つ目は、経営委員会ですが、これは重要な経営課題についての情報交換・意見交換、組合からの経営提言などをおこなっています。
 2つ目として、労使協議会では、4半期ごとの業績の振り返りと改善策や経営方針の確認、職場課題の提起など、様々な議論をおこなっています。
 3つ目は、職場運営委員会で、職場における身近な課題について労使で議論をし、時には職場アンケートを使い課題把握に努めています。
 4つ目として、経営提言をおこなっており、アンケートや職場ヒアリングをベースに、経営層にはわからない職場組合員の意識や職場で起こっていることをまとめ、経営としておこなうべきことを提案・議論しています。
 5つ目として、モノづくり・技術者活性化フォーラムを開催しています。技術者や製造現場の方々を集めて経営幹部や有識者による講演と、その内容に関するグループディスカッションをおこない、様々な気付きを職場に持って帰り生かしてもらうという狙いでおこなっています。
 6つ目は、その他の取り組みとして、自社製品購入を推進し、経営を支えること等をおこなっています。

(5)経営対策活動はどのようにおこなわれるべきか
 次に経営対策活動がどのようにおこなわれるべきかについてご説明したいと思います。経営対策活動は、基本的には各階層間のコミュニケーションで当該労使間の問題解決を進めることを念頭に置いています。例えば、個人における問題であれば上司との話し合いによる問題解決をめざし、そこで解決されないのであればさらに課題・実態などを上の階層(ここでは職場)に移して議論をおこなっていきます。しかしながら実際は難しく、思うような連携までには至っていないというのが現状です。

(6)労働対策活動
 労働対策活動は、職場にとっては一番組合の存在が見える活動で、主に労働時間関連や賃金等の総合労働条件改善等の取り組みです。特に労働時間に関わる問題は多く、時間外労働や休日出勤に対する会社の指示が適切におこなわれているか。また、労働者にとって不適切な労働時間になっていないか等をチェックすることは重要な仕事です。その他にも労働協約関連やメンタルヘルス対策にも力を入れています。

4.パナソニック(AVC社)の賃金制度について

 ここでは、賃金制度を決める際に企業・組合・職場がどのようなやり取りをおこない、納得性のある賃金制度を構築しているのかをメインにお話ししていきたいと考えています。

(1)パナソニック全社の賃金制度の歴史
 まず、パナソニック全社の賃金制度の歴史についてですが、2000年以降から業績連動賞与決定方式が導入され、2001年に新・仕事別賃金制度の改定(仕事Gごとの上限設定等)、2004年に新・仕事別賃金制度の改定(年齢給の廃止・特称大括り等)をおこなっており、2000年以降の取り組みについて重点的に説明していきたいと思います。

(2)新・経営成果シェアリングプラン
 1999年に会社側が新・経営成果シェアリングプラン(図表2)を作りました。この時期は、高度経済成長期からバブルを経て日本経済・経営状況が右肩上がりではなくなってきたという背景を受け、経営成果をどのように分け合うということが焦点となっていました。基本的には、①社会・経済環境に適応する松下発グローバルスタンダードにふさわしい制度、②会社と従業員の新たな関係をめざした自主自立の社員のため制度、③総額人件費の適正化と有効配分を図る制度、をベースの考え方とし、大きく賃金制度、一時金、福祉、労働条件の複線化、退職金・年金、60歳以上の就業確保という6つの側面からの見直しがおこなわれました。

図表2 新・経営成果シェアリングプラン

(3)新時代の雇用・労働・福祉のあり方に関する組合政策
 これに対して組合は、安定した生活・雇用の確保をめざし、今日のとりまく社会・経済環境、および個人ニーズに対応した労働・福祉条件の構築をめざすことを目的に、新時代の雇用・労働・福祉のあり方に関する11の政策を提言しました(図表3)。その背景には、右肩上がりの経済成長の終焉、メガコンペティションの激化等があげられます。これらを受けて、将来にわたる雇用の確保・安定と人材のさらなる活用、やりがい・働きがいが高まる新たなシステムの構築、人間尊重を基本とした個人と社会との新たな関係の構築を基本の考え方とし、会社政策に加え、メンタルヘルスへの対応やコミュニケーション・プログラムのフォロー等を組合として提言しました。

図表3 新・経営成果シェアリングプランに対する組合政策

(4)新・経営成果シェアリングプランと組合政策の位置付け
 これら2つの政策が、どのような位置付けになっているのかを示したものが図表4になります。シェアリングプランで打ち出された6点と組合政策の打ち出した中の6つが交わる部分が存在しています。

図表4 新・経営成果シェアリングプランと組合政策の位置付け

(5)賃金制度の変遷
 次に賃金制度の変遷ですが、大きく3段階に分かれます。まず1986年~2000年ですが、本給は基礎給(年齢に応じて支給、55歳頭打ち)と仕事給(仕事に応じて支給)の合算で算出されていました。その中の仕事給に関して、仕事別基本給と仕事別本人給とに分かれており、前者は仕事の経験年数に応じて、後者は仕事に関する査定に応じて支払われるもので、それらを合わせたものを仕事給として支払っていました。
 それが2001年~2003年には、基礎給・仕事給・実績給に分けられ、この合算を本給として支払う事になりました。変化としては、それまで55歳まで昇給を続けていた基礎給を45歳頭打ちにし、仕事給に関しても経験年数ではなく等級別での支払いに変えました。実績給に関しては、仕事グループ別・ゾーン別・査定別昇給方式を取り入れました。さらに2004年からは、基礎給をなくし仕事給と実績給の合算で支払われることとなりました。実績給は、仕事グループ・ゾーン・査定に応じての積み上げ方式ですが、これまでと違い、降給もありうる制度となりました。

(6)賃金制度改定の背景と考え方
 この賃金制度の改定にまつわる背景として、グローバル化における日本人の賃金水準が高くなってきたこと、総額人件費の増大が雇用の維持にも影響を及ぼし始めたこと、仕事の等級と賃金水準の逆転現象が多く発生してきたことが挙げられます。ではどのような考えのもと、判断していくかですが、ここでもやはり組合員の納得性・働きがいと、経営の持続可能性とのバランスの中での判断ということが一番に考えられています。

(7)2001年度改定について
 2001年度改定と2004年度改定について詳しく見ていきます。2001年度改定の環境認識とねらいですが、低成長の継続やグローバル・ネットワーク社会等を背景に、仕事や成果に応じた賃金、個人がやりがい・働きがいを持って創造性やチャレンジ精神を発揮できるように賃金体系を改定する必要があるとの認識から改定がおこなわれました。それまでの賃金体系は積み上げ額方式のため年功性が高い、同一仕事等級内での水準格差が大きい、若年層の割負け感や査定による昇給額の差が小さい等の問題点が存在しました。そこで、「絶対額水準重視」の考え方、つまり仕事グループと査定によって決まる絶対額に近づいていくという考え方を導入し、結果として賃金水準が高い人ほど賃金に見合った働きをしなければ賃金が上がらないようにしました。また年功的側面を緩和し成果反映の拡大を行い、若年層水準の引き上げをおこないました。まとめますと、2001年はゾーン(等級)と評価による賃金体系に変化したということになります。

(8)2004年度改定について
 次に2004年度改定についてですが、環境認識についてはグローバル競争の更なる激化、デフレ経済の発展、IT革命・技術革新の加速、就業意識の多様化、新たな経営体制などの環境を受けて、経営成果の最大化と個人のやりがい・働きがいの向上の両立をねらいに改定をおこないました。この改定の中心は、賃金・一時金の絶対額水準重視と年収ベースでの個人成果の反映というものがあげられます。そして、複線的な賃金制度・体系、ドメイン業績(事業領域別の業績)を反映した一時金決定方式等に変化しました。

(9)2008年度AVC社での改定について
 このような流れを受けまして、2008年度にAVC社でも賃金制度の改定がおこなわれました。考え方は、ある等級以下の賃金の絶対水準重視の強化から、実績給にマイナス昇給を導入することにありました。その代わりに、一度賃金が下がっても頑張れば元の水準を取り戻せるという取り戻し可能性、絶対額の水準を一定レベルにするという生活給の視点の導入、一定レベル以上の査定結果を得た時にはマイナスにならないという高本給者の昇降給額の納得性という3点を組合としてのこだわりとして改定をおこないました。結果として、実績給テーブルにマイナス昇給を導入すること、一時金インセンティブ支給基準を事業グループ単位の業績から、AVC社全体の業績に変更するという改定がおこなわれました。これにより、どの種類の仕事でどれだけの成果を挙げればどれだけの賃金がもらえるという目安が明確化され、全階層への昇降給テーブルの設定で、賃金は絶対額水準重視の最終形に近づきました。
 この改定に伴う職場からの主な意見ですが、具体的な内容が解らなければ何をおこなえば良いのか解らないという開示に対する要望や、評価の納得性を高めるために評価制度の運用強化をするべきであるという意見が存在したため、評価者訓練やフィードバック等を導入する事によって労働者への納得性の向上に努めました。また、仕事をおこなう上で職位が低い労働者は指示された仕事をおこなうことが多いといった、仕事の裁量度と評価に関する意見や、賃金体系を個人の賃金水準と評価によって昇降する可能性のあるものにしたため、賃金の昇降に伴うモチベーションに関する意見も挙がりました。これらの点に関しては継続的に企業と労働者の意見を擦り合わせる努力をする必要があります。
 これまでの賃金制度のまとめが、図表5になります。元々の賃金は定期昇給と春闘で交渉してレートを上げていくというベースアップ、年功要素の3つが大きな決定要素でありました。それが定期昇給の概念は失われ、ベースアップについても他の要素で補われるようになりました。このように基礎給・仕事給の要素に代わり実績給が重視されるようになり、査定要素が賃金決定に大きく影響を及ぼす賃金体系へと変化しました。これより、定期昇給の概念が失われ、年功要素が小さくなるとともに、査定要素が拡大してきたというのが賃金制度の大きな変化と言えます。

図表5 賃金制度のまとめ

5.これからの労働組合運動・活動

 最後に、これからの労働組合活動について考えたいと思います。組合は常に全体が良くなっていくために何をやっていかなくてはならないのかを考えないといけないと思います。それは個人や個々の職場のことだけを考えて活動するのではなく、全体として発展していくためには何をすべきかということです。事業の持続可能性を追求しつつ、自分たちの雇用を守るためにどうあるべきなのかということを会社としっかり話し合いながら、理解・納得してもらって仕事をしていただくという職場環境づくりが企業別労働組合にとって一番大事なことだと思います。
 個人と企業間における労使関係は、個人的・集団的という縦の軸と、非公式・公式という横軸があるとした場合、労働組合は集団的かつ公式的な協定等に対する活動をおこなう組織として活動してきました。しかしながら今後に関しては、もっと個人にコミットした活動をおこなっていかなければならないのではと考えています。そして労働者が納得した上で仕事に取り組めるようにするためには組合は何をしていかなくてはならないのかと考えた場合、3点挙げられるかと思います。それが、階層ごとの労使協議による理解、日常のコミュニケーションの活性化、個人の目標設定に対する支援の3点をしっかりおこなっていかなければ、仕事の質・量と報酬に対する納得性が得られないのではないかと考えます。このように、組合員が納得感をもって業務に取り組めるような環境づくりに引き続き取り組んでいきたいと思います。

以上

ページトップへ

戻る