同志社大学「連合寄付講座」

2010年度「働くということ-現代の労働組合」

第11回(6/25

安心で持続可能な社会の実現にむけて~経済、税・財政、金融について

川島千裕(連合経済政策局長)

はじめに

(1)労働組合活動に参加したきっかけ
 私は、大学を卒業して、新日鉄に就職しました。入社して5年ほどたった時に先輩から 「労働組合の役員をやってみないか」と言われました。それで、組合の役員として活動し始めたのですが、当時の私は、職場に対して色々と不満を持っていました。例えば、職場の作業環境や労働時間等のことでいくつか不満を持っていました。こうした、職場の問題を解決するのは、労働組合しかありません。そこで、自分が職場に対して持っている不満を、労働組合での活動を通して改善していこうと思い、組合の役員になりました。
 このような理由で、組合の役員となり、その後、現在までの20数年間組合活動に携わってきております。現在は、企業別組合から上部団体への出向というかたちで、ナショナルセンターである連合で働いています。

(2)本日の内容
 本日は次の6点についてお話しようと思っています。1点目は、「労働運動と政策活動」です。これは、どうして労働組合が、税金を引き下げる等の、本来は政治の仕事である政策活動を行うのか、ということを中心にお話します。2点目は、「『雇用社会』である日本の課題」についてです。政策活動を行うためには、課題認識が必要となります。そこで、今一体何が課題となっているのかということについて触れます。そして、3点目以降で、今日の本題に入っていきます。まず、連合の政策についてお話します。そして、その政策をどのような取り組みを通して実現しようとしているのかということと、取り組みの成果についてお話します。これが本日お話する4点目と5点目になります。最後に6点目として、当面の課題についてお話します。

1.労働運動と政策活動

(1)なぜ、政策活動を行うのか
 どうして労働組合が政策活動に取り組むのか。まず、このことについてお話します。そもそも労働組合というのは、企業の経営者と交渉を行うことを通して、労働条件の維持・向上を図っていくのが、最も基本的な活動です。ただ、それだけでは不十分なので、政策活動に取り組んでいます。
 では、なぜ不十分なのでしょうか。それは、労働者生活の維持・向上を実現する上で、企業レベルでの労使交渉だけでは、カバーしきれない問題があるからです。賃金改善の取り組みは、企業レベルで行うものです。しかし、年金・医療・介護、保育、教育、税制、環境等の問題は、企業が取り組むことができる範囲を超えた問題であります。これらの問題に取り組むために、政策活動が必要となってくるわけです。 そして、中央政府に対して、そうした政策活動を行っていく主体が、連合です。
 労働組合の活動領域を示したのが、図表1であります。

図表 1 労働組合の活動領域(役割)のイメージ

 このように、組合の活動は、大きく、「職場・地域での活動」と「政策活動」の2つに分けられます。また、近年、「未組織労働者への対応」も、組合にとっての重要な活動領域となっています。
このような活動領域の中で連合は、政策活動を中心に取り組み、そして、政策活動を通して、残りの2つの活動領域にも関わっていこうとしています。

(2)参加の方法
 では、連合は、どのような方法で政策活動を行っているのでしょうか。大きく3点あります。

① 政府に対して直接要求
 1点目は、政府に対して直接要求する方法です。これは、政府との各レベルにおける政策協議を通して行われています。

② 政府の各種審議会への参加
 2点目は、労働組合の代表が、政府の審議会に参加して行う方法があります。例えば、労働に関する法律は、公労使の3者の議論を通して、その骨格を作成しています。このようなかたちでも、政策活動を行っています。

③ 支持・協力関係にある政党、および議員を通じた政策実現
 3点目は、支持・協力関係にある政党や議員を通じて行う方法であります。特に、民主党が野党であった時には、民主党と連携を取りながら、連合の政策を理解してもらい、それを実現するために協力してきました。

(3)具体的な成果
 これまでに実現した成果を少し紹介しておきます。1990年代には、育児休業法の制定(1991年)や大型所得減税(1994年)等があげられます。また、直近のものでは、2009年の雇用対策を含めた総合経済対策の実施があります。さらに、高止まりする失業対策として、「就労・生活支援給付」制度、住宅手当等の第2のセーフティーネットの実現、雇用保険の適用拡大等に加えて、経済を活性化させるための政策としてエコポイントやエコカー減税等の実現を、政策活動を通して行いました。

2.「雇用社会」日本の課題

(1)日本は「雇用社会」

①就業者の大部分を占める雇用者
 次に「雇用社会」である日本の課題に、話を移らせていただきたいと思います。「雇用社会」とは、東京大学名誉教授の菅野先生が提唱したもので、日本社会を一言で言い表す用語であります。日本の就業者は2008年時点で6373万人になりますが、そのうち雇用者が5520万人を占めています。このように、日本の就業者においては、非常に多くの人達が、比率にして8割以上の人達が、雇用者となっております。人々の働き方で見ると、日本は雇用を中心とした社会となっている、と言うことができるでしょう。

②働くことの意義
 では、働くということの意義は何なのでしょうか。菅野先生は次の3点にあると述べています。1点目は、生活の糧を得ることです。労働の対価である賃金を得ることで、日々の生活を営んでいくことが、一つ目の意義であります。2点目は、自己実現です。つまり、単にお金のために働くのではなく、働く中で、自らの能力を発揮することで自己実現を図っていくということです。3点目は、社会への参画・貢献です。すなわち、働くことによって社会に参画し、貢献していくことです。

③雇用は国の社会や経済の基盤
 このように、日本の就業者の大部分は雇用者であり、そして、大多数の働いている人達は、働くことを通して自己実現を達成するとともに、社会に参画し、貢献しています。したがって、日本の社会や経済は、雇用を基盤として成り立っていると言えます。ですから、雇用の劣化を防ぐ、雇用問題を解決していくということは、日本の社会や経済を良くしていくという点において、極めて重要であることを、ここで申し上げておきたいと思います。

(2)今何が問題なのか?
 では、具体的に何が問題なのでしょうか。1980年代までの日本は、「終身雇用」「年功賃金」「企業別組合」を三つの柱として、経済成長を続けてきました。ところが、新自由主義が台頭してきた1990年代以降、これら3つの柱を基礎としたモデルでは支えきれない変化が起こりました。

①非正規社員の増加
 具体的な例をあげますと、まず、正規雇用が減少し、非正規雇用が増加しました(図表2)。特に1990年代半ばから、正社員の増加は頭打ちとなる一方で、非正規社員は増え続けています。このことは、終身雇用というものが揺らぎ始めていることを良く表していると思います。また、賃金面を見てみても、正規社員と非正規社員の間には、大きな格差があります(図表3)。統計を見てみると、正社員を100とした場合、男性パートは50%程度、女性パートは45%程度となっています。このように、働き方よって、賃金に大きな差がつく社会となってしまっています。

図表 2

図表 3

②失業率の増加
 それにくわえて、失業率も現在5%程度の高い水準を維持しています(図表4)。また、日本は、失業保険の給付を受けていない失業者が、失業者全体の8割近くに上ります(図表5)。

図表 4

図表 5

③格差の拡大
 先ほど、非正規社員の賃金は、正規社員と比べると非常に低いことを述べましたが、それを反映してか、年収200万円以下の層が年々増加しています(図表6)。くわえて、生活保護世帯も年々増加しています(図表7)。その結果、国際的に見た場合、日本の相対的貧困率 *1 は非常に高いものとなっています(図表8・9)。
 ただ、ここで注目して欲しいのは、図表9が示している通り、市場所得、つまり、課税前の所得で見てみますと、日本とデンマーク・スウェーデンの相対的貧困率に、それほど差があるわけではありません。ところが、税や社会保障による所得の再分配が行われた後になると、これらの国と日本の貧困率は大きく異なったものになります。このことから、日本の税制度や社会保障制度は所得の再分配機能が極めて弱いことが、お分かりいただけるかと思います。

*1 相対的貧困率とは、所得の分布における中央値に対し、その50%水準に満たない所得の人々の割合を示したもの。
*1 相対的貧困率とは、所得の分布における中央値に対し、その50%水準に満たない所得の人々の割合を示したもの。

図表 6

図表 7

図表 8

図表 9


④長時間労働と過労死
 また、長労働時間も大きな課題の一つであります。週の就業時間が60時間以上の割合が、1割前後となっています。就業時間が週60時間というのは、一週間の残業時間が大体20時間程度、1カ月の残業時間が80時間程度に上っていることを意味しています。月の残業が80時間以上を一定期間続けていると、過労死する可能性があると言われています。そうした水準に達する人が、約1割程度日本にはいるということであります。
 それに加えて、年次有給休暇の取得率は、平均で5割以下となっています(図表11)。労働時間も長い上に、なかなか休めないというのが、今の日本の現状だと言えます。そして、過労死や過労自殺の件数が年々高まっています。

図表 10

図表 11

(3)ディーセントワークの実現

 これらの問題に対して、政策活動を通してどのように改善していくのか。このことは、連合にとって非常に重要な課題となっています。この課題を解決するために連合の目指している方向性を一言で言い表すならば、ディーセントワークの実現、すなわち、働きがいのある人間らしい仕事の実現であります。ILOはそのために、①仕事の創出、②仕事における権利の保障、③社会保障及び労働者保護の拡充、④社会対話の促進と紛争解決、の4つの戦略目標を掲げています。これらのことを実現していくことで、良質な雇用というものを実現していくことに、現在、連合は取り組んでおります。

3.連合の政策

 もう少し連合の具体的な政策、考えというものをお話しておきたいと思います。連合は、2年毎に『政策・制度 要求と提言』という冊子を作っているのですが、その内容を少しご紹介します。

(1)労働を中心とした福祉型社会の実現
 「すべての人に働く機会と公正な労働条件が保障され、安心して自己実現に挑戦できるセーフティーネットが組み込まれた社会」を、我々は「労働を中心とした福祉型社会」と表現しています。これを実現するために、2010年‐2011年度の『政策・制度 要求と提言』では、連帯、公正、規律、育成、包摂の5つの政策理念を掲げています。

①連帯
 簡単に言えば、皆で助け合って生きていこうということであります。社会は国家と個人、企業と個人という2極で成り立っているわけではありません。家族、地域共同体、労働組合、NPO、各種団体、政党などさまざまな中間組織が市民社会、健全な民主政治を支えているわけです。「お互いさま」という協力原理を社会の中心に据えることが、連帯の意味しているところであります。

②公正
 健全な市民社会は、厚みのある中間層が存在します。かつての日本がそうだったと思います。もう一度日本を、そうした国にするために、税・社会保障を通じた「公正」な所得再分配の強化、労働分配率の向上、教育の機会均等の保障、さらに「公正」で透明な企業間取引などを実現していくことが必要だと、連合は考えております。

③規律
 この間、市場原理主義に基づき色々な規制が緩和されてきました。今一度、適切なワークルールの設定、倫理的な企業行動の追求、規制逃れの防止、コンプライアンス(法令遵守)の徹底を促す仕組みづくりが必要だと、連合は考えております。

④育成
 これは文字通り、人材育成を徹底するということであります。以前の日本では、人材は、終身雇用制度の下、企業内において長期的に育成されてきました。しかし、1990年代以降、非正規社員の増加に見られる通り、企業の人材育成機能が低下してきています。そこで、企業は人材を育成することの大切さを、今一度認識すべきだということを、連合は提言しています。

⑤包摂
 これは、社会的に様々なハンディのある人々が孤立し、排除されるのではなく、すべての人々を社会的に支え合い・包み込み、ともに生きる社会を実現する、ということです。この社会的「包摂」の政策理念を追求していかなければならないと、連合は考えております。

(2)重点政策
 「要求と提言」の中から今年1年で重点的に取り組む政策を、「重点政策」として取りまとめています。合計9本の政策があるのですが、ここではポイントだけをお話しておきます。

①デフレ脱却・消費回復に資する経済対策と雇用創出・人材育成
 一言で言いますと、今政府が「新成長戦略」というものを作って、それを実行していこうとしています。その中で、雇用と需要を新しく作り出すことについて、連合からも色々と意見を述べました。特に、グリーン・ジョブ(環境・エネルギー・農林水産業分野など)、医療・介護・福祉・教育・子育て分野を中心に、施策・予算の重点化、研究開発・技術革新への支援を図り、新たな需要と雇用を創出することを政府に対して求めました。

②公正・公平な社会の実現
 特に、公的機関が民間企業などへ委託・発注する全ての事業において、適正な労働条件とサービスの質を確保するため、不当な人件費や人員の削減、下請業者へのしわ寄せを排除する公契約基本法や条例などを制定することを、政府・地方自治体に対して要望しています。
 現在、予算縮小の影響で、国や地方自治体が発注する事業の発注条件が厳しくなっています。それを受ける民間企業も、競争の激しさから受注価格をダンピングし合っています。そして、そのしわ寄せが、労働者の側に来ています。国や地方自治体が民間の業者に仕事を発注する時に起こっている問題に対して何らかの対策を打つことが必要です。
 そこで、国や地方自治体が発注する契約については、適切な労働条件を確保することを条件にすることを規定した法律を作成していくこと等を、ここでは提言しています。

③税制の抜本改革と中期的な財政再建への道筋の明示
 また、税制の抜本的な改革についても提言しています。相続税や資産課税、所得税の累進性を強化し、税の所得再分配機能を高める等を主張しています。こうした税制改革によって、相対的貧困率の改善や格差の是正につなげていくことが、ここでの狙いであります。

(3)政策の策定から実現への流れ

図表 12

 こうした「要求と提言」に掲げた政策を実現するための取り組みを大まかに示したのが、図表12です。「要求と提言」を作成し、その中から重点政策を決め、その上で、秋から始まる臨時国会から翌年の通常国会の会期の間、それらの政策の実現に向けて、連合本部・構成組織・地方連合会全体で運動しております。

4.政策実現への取り組み

 政策実現の取り組みについて具体的にお話します。鳩山政権当時のお話になる部分もありますが、その点はご了承いただきたいと思います。

(1)政策協定の締結(2008年10月)
 連合と民主党は、2008年の10月に政策協定を締結しました。全ては、ここから始まったと言っても過言ではないと思います。この協定の中で、民主党は、政権交代を実現し、「格差を是正し、誰もが安心して働き、暮らせる公正な社会」(労働を中心とした福祉型社会)の実現に尽力する一方で、連合は民主党を全面的に支援することを、お互いに確認し合いました。

(2)緊急雇用対策の取り組み(2009年9月~)
 政権交代直後の2009年9月、連合は民主党政権に緊急雇用対策の実施を求め、10月には以下の3点を要望しました。1点目は、これ以上失業者を増やさないようにするために、緊急支援対策を実施することです。2点目は、新たな雇用の受け皿を生み出していくために、雇用創造対策を実施することであります。3点目は、そうした政策を立案、実施していく上で、政労使の3者が話し合いを持つ場を作ることを要請しました。こうした連合の要請を受けて、政府は10月23日に「緊急雇用対策」を策定しました。

(3)政府と連合の政策協議体制の構築
 民主党政権になって以降、政府と連合の間で政策協議体制が構築されました(図表13)。自民党政権下では連合と政府の間にこうした政策に関して協議を行う場がありませんでした。しかし現在は、図表14にあります通り、直接政府と協議し、働きかけることができるようになっています。これは政権交代の成果の1つであり、画期的なことだと言えます。
 詳しくは触れませんが、こうした政策協定の締結や政策協議体制の構築の結果、連合の提言の多くが、2010年度の政府予算に反映されました。また、今年の6月、政労使で新成長戦略の中に盛り込む「雇用・人材戦略」が作成されました *2 。ここで、決めたことを絵に画いた餅で終わらせないようにすることが今後の課題です。

*2 年次有給休暇取得率を47.4%(2008年)から2020年までに70%にすること、週労働時間60時間以上の雇用者の割合を2020年までに5割減らすこと、最低賃金をできる限り早期に全国最低800円にし、景気状況に配慮しつつ、全国平均1000円を目指すこと等が取り決められた。
*2 年次有給休暇取得率を47.4%(2008年)から2020年までに70%にすること、週労働時間60時間以上の雇用者の割合を2020年までに5割減らすこと、最低賃金をできる限り早期に全国最低800円にし、景気状況に配慮しつつ、全国平均1000円を目指すこと等が取り決められた。

図表 13

図表 14

6.当面の課題

 最後に当面の課題について簡単にお話したいと思います。ここまでお話してきた政府との協議体制は、まだ始まったばかりのことでして、我々も試行錯誤を繰り返しながら進んでいる最中です。
 確かに、民主党政権になってからは、これまでよりも連合の意見が政府の政策に及ぼす影響は大きくなりました。ただその一方で、政府に対して政策・制度実現を提案・要求する連合の責任も今まで以上に厳しく問われることになります。したがって、今後は、連合内の労働者だけではなく、広く国民の共感の得られるような政策立案を行っていくことが、一層求められてくると思われます。加えて、財源のことも考えていかなくてはなりません。財源に限りがある以上、掲げた政策を全て実現することはできません。政策の優先順位をきちんとつけていくことに加えて、財源を何処から確保するのかという点についても考えていかなくてはならないと思います。
 以上、駆け足でお話してきましたが、本日の私の話を終わらせていただきたいと思います。ご清聴、有難うございました。

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