同志社大学「連合寄付講座」

2006年度“働くということ-現代の労働組合”講義要録



最終講(7/15) 修了シンポジウム

「労働組合の挑戦」

ゲストスピーカー  高木 剛  連合会長
   高木郁朗  日本女子大学教授
   梅本 修  損保労連委員長
   吉川沙織  情報労連特別中央執行委員
司会  石田光男  同志社大学教授

現代の労働組合が抱える課題について

1.産業・企業レベルにおけるワークルールの形成

石田…  今日は連合寄付講座の最終回になります。修了シンポジウム、労働組合の挑戦というタイトルで、ゲストスピーカーとして連合会長の高木会長、損保労連委員長の梅本様、情報労連特別中央執行委員の吉川様。吉川様は四月にも来ていただいております。それから日本女子大学の高木先生にお越しいただいております。私一応司会役を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします。
  6月の最後の授業に4月からの講義を踏まえて、まとめをしました。そこでまず、労働組合の挑戦ということの意味ですけれども、この間、日本経済のみならず世界的に基本的には市場原理という名の挑戦があったと思います。現場では有期雇用契約というのが、大変な規模で膨らんでおりますし、直用ではない請負だとか派遣という外部人材ですね、この活用が広がっております。それからいわゆる正社員の世界でも成果主義という名前の長時間労働であったり、成果主義という名前の下での厳しい精神的プレッシャーがかかる業務に従事しているという現象も広がっております。そういう市場原理というものが、もたらしてきた日本社会の変容、これがまず前提にあろうかと思います。他方、その結果、市場原理だけでは、「よくない」という感触も併せて近年日本社会に広がっているのではないかと思います。
  そこで労働組合が、いわばそういう市場原理がもたらした問題点について、立ち上がるという意味合いを込めて労働組合の挑戦というタイトルになっているのかなと思います。その場合の焦点は、ルールの明示化ということが今、実は求められているのではないか。信頼関係に基づくルールというのは、ほとんど管理とすれすれになっているのですが、労働組合の努力としては、それをもう少し明示的なルールとしてそこに表現してみるという努力が必要になっているのかなというふうに思います。要するに、まずひとつは、産業企業レベルで仕事のワークルールをどう形成するかという問題と、それを越えて日本の社会改革にどう結びつけるのか。そこで労働組合は、どう行動すべきかと、大きくは非常に伝統的なワークルールの問題とそれから社会全体の仕組みをどう変えるかという二つの次元があると思っています。
  そこでまず、雇用の安定について4人のゲスト方からそれぞれどういう課題がここにあるのかというお話をお伺いしたいと思います。自由に話題を提供していただければと思います。高木会長からひとつそれについての考え方をお願いします。
高木会長…  皆さん、こんにちは。連合の会長をしております高木剛といいます。雇用の安定ということで、石田先生からご提起がありました。日本は1990年代の半ばぐらいま    では、一旦どこかの企業に正社員で入社をしますと、会社の業績がよほど悪くなったり、あるいはご当人が何か不始末をしなければ、大方の人は本人が望めば定年まで働けるという正社員雇用中心の終身雇用型が一般的な雇用の姿でした。1995年に当時の日経連が、「新しい日本型経営」という一種の経営論に関わる方針を出しまして、企業はこういう雇用のポートフォリオでやっていけばいいのだという方向を示しました。定年まで働いて欲しいと思って採用する、いわゆるコアの正社員群、それから二番目には、定年までではないかもしれないけど、ある分野で非常に専門性の高い仕事をする専門職、それから三つ目は、仕事の繁閑によって雇用の量を調整することが可能な労働力、この三つを組み合わせて雇用のポートフォリオをすべきだという考え方です。95年以降、戦後初めて正社員に位置づけられてきた人たちの雇用の数が減りました。と、同時に、正社員の数を減らして、その分を有期雇用の契約社員や派遣、パートといった人たちにどんどん置き換えました。また、従来は社員でやっていた仕事を、アウトソーシングと言いますが、請負に出すという方法もとりました。そういう意味では、95年以降、日本は完全にそれ以前と雇用を取り巻く状況が変わってしまったのです。こうした流れのなかで、今の20代後半から30代ぐらいの人たちの働き方は、完全に二極分化しています。二カ所くらいでパートタイマーやりながら、毎日過ごしている人と、正社員型で働いている人。正社員型の人たちは、雇用という意味での安定は高いけれど、そのかわり時間外労働をさせられています。だからもう、嫌というほど時間外労働している正社員か、フリーターという働きぶりで働いている非典型社員か、この二つに大きく二極分化しており、この辺の問題がいろんな社会的な影響を与えているという状況になっています。
  内部労働市場、外部労働市場の関係がありますが、日本の場合は就職じゃないですよ。日本は就社、会社に入社するのです。日本の場合は、どこかの会社に入るか、入ってどういう仕事をするのか、入って配属されてみて初めて分かるという部分がまだまだたくさん残っております。最近、外部労働市場、特にあの派遣労働だとかパートタイマーの皆さんは、企業の内部労働市場というよりは外部労働市場、企業の外へ出たり入ったりすることが非常に多い。その面を含めて日本も外部労働市場が少し広がってきておりますが、まだまだ内部労働市場の色合いも強くもっていることかなと思います。
石田…  どうもありがとうございました。この雇用の安定については、たとえば私の友人の東大の佐藤博樹さんなんかの本を読ませてもらうと、企業別組合の中で外部人材は直接の雇用の関係はありませんので、せめて労使協議の場で、企業はどういう仕事にどの会社になぜお願いするのだと。で、そこでの人材というのは、発注元ですけども、そこでの仕事をやれるだけの技能をきちっと持っているのかどうか等々含めてですね、外の人材といえども会社の意思決定についてきちっと発言を及ぼしていると。そういう労使協議を、意図的に追及しなきゃ駄目じゃないのかと。そのようなことを、やっていく必要があるのかと思います。
  それから、有期雇用の方で言うと、やっぱりそのパートの方、ある程度力のある有期雇用の方々については正社員との行き来をフリーにできる地続きのキャリアパスを作るとかですね、そういうような取組を積み上げていくことは非常に重要かなと思っているのですが。もう一度、高木会長に端的言ってこの問題について、一体どういうふうに考えたらいいかということをお伺いします。

(1)有期雇用に関する考え

高木会長…  フリーターの方々は正社員と同じ職場で働いているわけですから、そこで、正社員に登用してもらう、正社員としての雇用に切り替えてもらう、そのための訓練をしてもらい、それなりにその企業の採用のスペックに合えば正社員にどんどん登用していってくださいと、私たちは経営者の皆さんにお会いするたびにお願いしています。日本は今、不安と不信社会だと言われておりますが、私は、この一番大きな原因はやっぱり企業にあると思っております。産業、企業の調子が悪くなりますと、企業は雇用の量を減らします。厚生労働省の試算ですと、今年の三月までの一年間にフリーター型から正社員型に変わった人は20万人くらいと言われております。これを30万人、40万人へと増やしていくことがひとつかなと思います。
  それからルール作りという意味で言えば、同じ職場に派遣の人も来ている、パートさんも来ている、期間限定の契約社員の人もいるわけですが、たとえば、正社員だけで組合をつくり正社員の利益だけで交渉するのではなく、パートで働く人や派遣で来ている人の利益も公正に代表して交渉しないとダメだというルール、公正代表義務というルールがアメリカにはあります。日本にはそういうルールがありません。日本の労使にも、この公正代表義務というルールをかぶせないとダメです。そういうルールを作るべきだと、今、学者の先生から言われております。こういう意味での社会的な視点を含めてルールを形成する役割は連合の仕事、産業内のルール形成をするのは産業別組織の仕事、それぞれの企業の中で、社会的なルールなり産業内のルールに応じて企業内のルールをきちっとするのが企業別労働組合の仕事、と仕分けをしてルール作りをしていく必要があります。
石田…  ありがとうございました。続いて梅本さん。なるべく端的なお話をしていただければ結構かと思います。

(2)雇用の安定について

梅本…  損保労連委員長の梅本と申します。私は同志社大学のOBということもあり、本日このような場に参加させていただく機会をいただいたのではないかと思います。
  今、損保会社の職場でも、いわゆる正社員だけでなく、パート社員、契約社員など、さまざまな雇用形態の人たちが働いています。このように、職場における雇用形態が多様化したのは、企業における価値観が狭く、固定化されていたことも一つの要因であると思います。長時間働き、残業もいとわないのが正社員という一つの価値観のなかで、そのような働き方ができない労働者は非典型労働者という道しか選択肢がなかったというのが、これまでの企業における現実ではなかったかと思います。働く者の価値観が多様化するなか、企業の価値観は固定化されていたがゆえに、働き方の多様化ではなく、雇用の多様化でしか対応しきれず、その結果、パート社員など、非典型労働者が増えたという側面があるのではないかと感じます。
  そして今、私たちの働く職場をみたとき、昔と比べて大きく違うと感じるのは、「人と人とのつながり」が壊れてしまったという点です。こう感じたのは、昨年、損保労連の運動方針を抜本的に変えようと考え、全都道府県を訪問し、各単組(企業別組合)の地方の組合役員と対話したときです。「自分たちはどう働きたいか、どうありたいか」というテーマで徹底的に対話したのですが、圧倒的に多かったのが、「認めあい、支えあい、つながりを感じながら働きたい」ということでした。これは市場原理がもたらした重大な負の遺産ではないかと感じました。
  このようななか、労働組合は、組合員の声のみならず、同じ職場で働くすべての仲間の声をしっかりと聞き、本当の意味で働く者を代表する組織であり続ける必要があると思います。また、これからはパート社員として働いている人たちの価値観やスタイルも積極的に組合活動に取り込んでいくことも必要だと思います。このような取り組みによって、「価値観の多様化」や「雇用形態の多様化」に対応できる組合へと進化することができると考えています。
石田…  続いては吉川さんお願いします。

(3)フリーターとニート

吉川…  情報労連の吉川沙織と申します。私が就職活動した時は、1998年でした。さきほど高木会長のお話にもありましたが、95年度以降はもう正社員の採用がどんどん減った時代でした。今日は学生向けということでフリーターとニートに限ってのお話をさせていただきます。若年層における格差拡大は、今後日本全体の格差社会化につながる可能性、こんな恐れを内包しています。私たちの世代である20代、これは昔の賃金体系でいけば、ある程度低い賃金で抑えられていても30代に入れば、少しずつ上がっていくというのがこれまでの働き方でした。でも、今はその賃金体系も、石田先生からもありましたように、成果主義が入りなかなかそれが上がらない。昔の30代と比べれば、やはり低い、そういう現実があります。労働組合としてもそうですが、若年層の雇用対策そして教育訓練の機会を設けるということは、企業にも求められますし、政府にももちろん求められることです。
  ただ、二つの観点から、なかなか進んでいないのが現状であると私は考えています。一つが若年層に関わる点。そして、もう一つは働く人全体に関わる点です。若年層に関わる点ですが、たとえばその政権を担う政党を決めるとき、選挙するとき、若年層はあまりその行動に関心を示しません。そうなると、やはり投票に行く高齢者の人に向けた政策が優先的になされていきます。もちろん、これらの課題も重要であることに相違ありませんが、若年層は、今後の日本の社会のあり方を考えたときに、もっとその自らの行動で意思を示すべきであるという考えを持っています。もう一つは、働く人全体に関わる点です。働く私たちの問題、雇用の安定も含めてそうなのですが、働く私たちも選挙を通じてもっと意思を示していかなければ、その政策課題としても優先順位が低くなると考えられます。日本の今後の経済社会、社会全体のあり方を考えたとき、労働組合としても放っておけません。だから高木会長を筆頭に、労働組合はこういった問題に焦点を当てていくことになると思います。ありがとうございました。
石田…  はい、ありがとうございました。高木先生、企業レベル産業レベルのワークルールについて何かお考えがありましたら。

(4)長期勤続システムに関して

高木郁…  今、高木会長が指摘されましたように、終身雇用制というか長期勤続システムのルールが大きく壊れているということは非常に大きな日本社会全体の問題だと思いますから、それを中心に考えてみたい。いくつかの論点があるだろうと思います。
  一つは、終身雇用は1920年代からおよそ50年をかけて形成されてきましたが、その ルールが完全に適応されたのはたぶんひとつの世代だけ、1950年代に就職して90年代に職業生涯を終わった人たちだけです。このことが何を意味しているかは、これから少し長い展望を持ってどのような雇用のルールを作っていくかについて、若い世代の組合リーダーとこれから就職していく人たちと、みんなで考えてもらわなければいけないだろうと思います。
  第二点は、この長期勤続システムというルールは、労働者全体の3分の1とか4分の 1しかカバーしていないルールであったことも忘れてはいけないと思います。まず女性たちはこのルールから基本的に排除されていました。それから、雇用者のおよそ3分の2を占める中小企業の労働者はいつ倒産するか分からない、ということもありまして、実際に長期勤続がどこまで作用していたか、安定的に作用していたかどうかは分かりません。やはり、色々な人たちをカバーできるルールを作り直していかなければならないであろうと、僕は思います。
  それから三つ目の問題ですが、長期勤続システムは二つの要素によって形成されまし た。一つは労使関係を安定させるというレベルの問題であり、もう一つは技術、技能的レベルの問題です。たぶん、長期勤続システムは企業にとっても有利な側面があったと思います。プラスの側面は現在も残っています。企業がただ流行に乗ったり、短期的な視点だけで雇用問題を取り扱う風潮をやめさせなければならないと思います。
  最後に四点目として、しかしながら、やはり変化をしています。そういう変化の中で、 新しいルールを考えなければならないのですが、ルールの基本になるのは、人を雇う使用者には使用者としての責任があるということです。このことを明確にしておくことが必要で、その義務が労働組合にはあるのだということは申し上げておきたいと思います。
石田…  どうもこのワークルールっていうのは、多くの場合企業で作られると私は理解しています。もちろんそうじゃないルールもあるのかもしれませんが、どうしても企業中心の労使関係を論ぜざるをえない課題ですけども、成果主義の問題は結局は私は評価問題だっていうふうに思っております。問題はその評価問題って言ったときに労働組合がどう関与できるのかというところに、私はおそらく絞られていると思います。成果主義の中で目標面接というツールの中で個々人が非常に孤立感を深めた働き方になっているのではと。労働組合っていうのはそれじゃ駄目だということが言える組織だと、私は勝手にそう思います。
  先ほど梅本さんが話された、人と人とのつながりを感じながら働きたいっていうのがたぶん正しいところだと思うのです。労働組合が生き返るためには、議論して、結果として差がつくのは、これは日本の労使関係でとっくの昔にクリアされているので、それはみんな納得すると思いますが、せめてそこにみんなで議論して、みんなで力を合わせて目標達成しようという関係は企業別組合でもできるのではないか。
  あと、労働時間問題について私も少し意見を言いますと、労働組合はやっぱりこの 労働時間問題を、いい仕事してもらうためにもやるというような位置づけで取り組んでもらえばいいっていつも言っているのですが、ゲストの方々、この賃金問題、労働時間、こうあまり分けなくて、そこいらの問題について、特に強調したい点がありましたら、必ずしも一人ずつってわけではないですが、梅本さんによろしくお願いいたします。

(5)賃金と労働時間に関して

梅本…  石田先生のおっしゃった評価に組合がどう関わるかということについては、二つあ ると思います。
  ひとつは、評価を単に単年度の賃金に差をつけるためだけのものにしてはいけない ということです。評価を従業員の自律的なキャリア形成にしっかりと生かしていくことができるよう、必要な環境整備を求めていくことが重要です。具体的には、コーチングなどをとりいれた日常のマネジメント、十分な面接対話、適正な目標設定、達成感を実感できるフィードバックなどであり、さらに言えば一人ひとりの能力開発にもつなげていく必要もあると思います。上司としても自分自身がまったく経験したことのない方法で部下を育成しなければならないのですから、すぐにうまくいかないことも多いと思います。しかし、労働組合としても新しい人事制度の導入を了承したのですから、当初掲げた導入の趣旨どおり、人材育成につながる評価制度となるよう、制度導入に費やした労力以上に、運営についても注力しなければならないと思います。
  もうひとつは、労働組合として一人ひとりの相談にのる必要があるということです。会社にも苦情申し立て制度があることが多いですが、これは一般の従業員からすればハードルが高いというのが実態です。だからこそ、労働組合としてハードルの低い相談窓口を開設する必要があります。これを行うことで、一人ひとりの理解度や満足度を高めることができるだけでなく、制度導入の趣旨がどれだけ職場に浸透しているかについても、その実態を把握することができます。職場に共通するような問題点があれば、原因を分析して労使協議で改善を求めることも必要だと思います。
  次に、労働時間については、言うまでもなく労働組合として極めて重要な課題であり、 長時間労働の問題について、これまでも懸命に取り組んできました。しかし、残念ながら、依然として解決できていません。ここで考えなければいけないのは、この問題がなぜ解決しきれないのかという根本的な原因を突き詰めてみるということです。
  この根底には、会社が従業員に終身雇用を提供し、従業員は会社に尽くすという基本的な構造、無意識の前提があることに起因している面もあるような気がしています。職場では、みんなの知恵と工夫で、懸命に生産性を向上し、効率性を高め、時間を創出したにもかかわらず、要員が削減されたり、新たな業務が増えるなど、結局は時間的なゆとりが実現しなかったというようなことが起こっています。このようなことがなくならない限り、長時間労働という課題は永遠に解決できないと感じます。ただし、終身雇用など、これまで培ってきた日本的経営の良さ、強みは絶対に維持すべきであり、逆にそれがなければ日本企業は持続的に発展し続けられないと思います。そのうえで、日本企業における基本的な構造、無意識の前提を変えるとき、どうしても必要となる新しい価値観がワーク/ライフ・バランスだと考えています。
  日本におけるdecent workとは、ワーク/ライフ・バランスの実現ではないかと思 います。これは労働組合の大きな挑戦だと考えています。
石田…  これはその日本の働くことをめぐるなんていうか契約観っていうか、つまり一対一対応として労働とその対価を見ないというね、つまり団体交渉、取引になるためには労働とその対価が一対一対応があるから取引になるわけで、なんとなく長期的につじつまが合いますよっていう関係で今まで認識してきたという問題があると思うのですね。
  じゃあ、1600時間の正社員がいたら、賃率いくらにするのですかと。これは意味の ある交渉だと思っているのですが、それがこれまではなじまないルールであった。そういうなんていうか、従来は正社員であればまるごと35年間の勤続に対して、まぁ見るから困ったときはやってよということでこなしてきた。これは日本的なルールだと思うのですね。そこはやっぱり一対一的な組み換えが必要になっていて、ワークライフバランスっていうことになったときには、相当バーゲニングに対する意識を労使ともに切り替えていかないといかんかなって、今、梅本さんの話を聴いて思いました。非常に面白い論点だなと。吉川さん何か、多少関係が無くても結構ですので。

(6)生活時間に関して

吉川…  情報労連には、成果主義が導入されている企業もあります。定量的・定性的に判 断すること、評価者を一次・二次と設けて客観性を高めることなど、工夫がなされていますが、より納得性・公正性を高める必要があるのが現状です。私自身、そういう環境の中で働いていましたので、仕事に対するモチベーションを高めるためにも、評価制度・成果主義には公正さが求められると考えます。あと、仕事と生活の調和という観点から生活時間に関して具体例をひとつだけ紹介したいと思います。たとえば、NTTグループには様々な企業がありますが、その中にはシステム提案・構築等をしている会社もあります。これらの会社では受注した場合、そのシステムをお客様のところに納入して、安定的な運用がはかられるまで、恒常的な長時間労働となってしまうケースが少なくありません。また、トラブル等が発生した場合、時間帯や居場所に関わらず対応が必要なケースもあります。このような働き方は、情報通信産業・情報サービス産業ならではかもしれませんが、生活時間をどう生み出して、それをいかに活用していくのかということが課題のひとつとなっています。情報労連としては、今現在、どんな働き方を組合員の皆さんがしていて、どのような生活時間を送っているのかを調査・分析し、今後の活動につなげていきたいと考えています。
石田…  はい。高木先生お願いします。
高木郁…  1989年に連合が成立して以降、政府に対する政策課題は連合がナショナルセンタ ーとしてやるけれども、賃金とか労働時間などの労働条件面の問題は産別や企業別労働組合の任務であると言い切ってしまいました。これはいい側面もあるのですが、日本の労働者の現状からみると、ちょっと割り切りすぎでしょう。ナショナルセンターが賃金問題や労働時間問題に関するルール形成に積極的に発言する、指導するということがあっていいのではないかと思います。賃金や労働時間についてもナショナルセンターの役割というものがルール形成の上では大変重要ではないかと思います。
  最近は研究者の方も賃金の決め方をすぐ問題にするわけです。でも、賃金の決め方以前に賃金の決まり方というのがあって、要するに、水準は社会的に決まっていくことを抜きにして、いきなり決め方を論議するような研究のあり方、やはりルールの相場というものはみんなで作り、決め方についてはそのなかで論議しないと労働者の幸せにはつながらないのではないかと思います。
石田…  私、確かに、賃金の決め方にもっぱら関心がありまして。賃金水準論というのはなかなかうまく議論できてない。私自身できてないっていう反省がありますけど、多分あの、企業ごとに賃金が団体交渉で決まっているので、なかなかその水準に関するルール形成をきちんと論ずるためには、団体交渉のレベルの問題という大きな問題が横たわっている。たとえば具体的には産別交渉が成り立つかどうか、あるいはかつてのスウェーデンみたいに、労使のナショナルセンターのトップで賃金交渉ができるという条件が無い日本で、研究、一研究者として言うと、その水準論のルールをやるとほとんど論文が書けない、非常に情けない話ですけどもね、そんな事情がある。ちょっとあの、高木会長が今の高木先生の非常に本質的な問題提起に対してどんなふうにお考えなのかをお伺いしたいと思います。

(7)労働組合の存在意義

高木会長…  まず成果主義についてですが、成果主義は人件費削減の手段みたいなおもむきがどうしても出ている例が多い。一人ひとりの仕事の内容なり、その遂行のレベルを評価したときに、どうしてもこの成果主義は評価にブレが出たりします。異議申し立てをしてもいいですよということですが、チームで仕事をする習慣の強い日本の企業社会で、そうなかなか異議申し立てしても、言うほど簡単にはいきません。私はこの成果主義に反対をしませんが、うまくいっていないのはどうしてなのだろうかということを色々な観点から検証しながら、導入過渡期の問題点の整理を行っている時期にあるのかなと思っております。
  ワークライフバランスは率直に言って、99%が労働時間の問題から始まると思ってお ります。今、正社員の人たち、とりわけ、20代から30代のなかには、毎月の残業時間が60時間を越える人が2割以上もいると言われております。毎月60時間ですよ。皆さん方に是非ご理解いただきたいのは、日本では一日の労働時間の最長時間が法律では決められていません。たとえば、フランスでは一日の労働時間は残業時間も含めて、どんなに長い日でも11時間働かせたらいけないという法律になっているわけです。日本にはこれ以上働いたらダメ、という一日あたりの労働時間の上限規制がありませんから、それを日本の労働基準法は労使に委ねているわけです。わざわざ労使に一日の労働時間の上限を、きちんとする権限を委ねているのですが、委ねられたほうが意味を分かっていないと言われてもしょうがないような実態です。高木先生が言われたのは、私に言わせたら当たり前の話をおっしゃられたのではと思います。
  ところで、労働組合の存在意義はつぎの二点にあるだろうと思います。まず第一点、 組合員の皆さんの生活と権利を改善すること。生活の内容と権利を改善すること。二つ目は日本の社会を民主的に健全に発展させるために役割を果たすこと。この二つが労働組合の存在意義だろうと思います。労働条件は産別に任せろという議論もありますが、連合としてもそれなりに、こういうふうにやりましょうと提起しています。賃上げを何千円要求するしないかは、それぞれ判断してもらったらいいと思いますが、たとえば、今年は山登りに行くことぐらいは皆で確認をして、みんなが山登りしているときは下では花見酒というわけにはいかないことを、連合はきちんとみなさんに示していく必要があるのかな ― そんなふうに思っているところでございます。
石田…  ありがとうございました。ここで少し休憩を入れたいと思います。

2.労働組合の社会改革的役割

石田…  それでは、後半を再開させていただきたいと思います。社会改革の担い手としての組合、労働組合の役割ということなのですけども、前回6月に私、ウエッブの産業民主制論という本を紹介しました。その中で、労働組合の機能として、三つの方法があるというわけです。
  一つは、ようするに共済組合ですね。保険制度。二つ目は、労使協議、団体交渉で、今日のお話の企業内、産業レベルでのルール形成っていうのは基本的には労使協議、団体交渉できちっとやっていくというテーマだと思いますが、ウエッブが三つ目の方法として挙げておるのが、法律制定の方法っていうのがあります。この法律制定という方法は、全労働者を組合が組織できないわけでありますから、法律でもって国全体の最低限を決めていくというのは労働組合にとって極めて重要なテーマだろうと思うのです。労働をめぐる法の現状と改革方向、規制緩和に関する考え方このあたりの問題を、一番このことに深く関わっておられる高木会長のほうから現況なり現在の問題意識をお話いただいて議論を深めたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

(1)労働法制、規制に関して

高木会長…  労働法制に関わる問題、あるいは労働に関わる社会的な規制のあり方について、 私どもの問題意識を少し申し上げてみたいと思います。一つは、先ほどから出ておりますパートタイマー、派遣労働、請負労働という働き方についてのルールが、まだ未整備なところが色々残っているということです。このパートタイマーの処遇をめぐりまして、労働に関する基本的な原則の一つに同一価値労働、同一賃金の原則というのがあります。
  こういう原則があるにも関わらず、正社員は、たとえば100貰っているけれど、パー トタイマーで働いている人は正社員と同じような仕事をしているにもかかわらず、それが40だ50だ60だという人がたくさんいます。こういうパートタイマーについては課題を抱えておりますし、あるいは男女雇用機会均等法という法律が20年前にできて、男女均等関係、形式的にはきれいになってきましたが実態的にはまだまだ差別が続いています。そういう状態がたくさんあり、間接差別という言い方をすることもありますが、そういう問題等を抱えております。規制緩和ということですが、全部反対しているわけではありませんが、なかには乱暴な議論もあります。
石田…  どうもありがとうございます。高木先生のほうから何か、今のこの社会改革。今の国会での法改正の議論等々コメントがございましたら。

(2)規制緩和に関して

高木郁…  内容的には高木会長の言われた通りですが、僕は、連合も最初の時点では規制緩 和について取り違いがあったのではないか、という気がしないでもないですね。つまり、規制緩和というのは、国民にとって利益があるという思い込みがちょっとあったのではないでしょうか。今はそうではない気がしますけども、歴史的に見ると1980年に始まるサッチャーの規制改革は、労働組合による規制が真正面から、最初に対象になったわけですが、deregulationは労働組合によるルール作りを破壊することであったという一番本質的なところは必ずしも十分に理解されていなかったような気がするのが一点です。
  もう一つ。僕は、規制緩和には二つの側面があると思っています。一つは、労働の観点から見ますと、直接的な規制緩和です。たとえば、今の話のように労働基準法とか、white color exemption、すなわちホワイトカラーを労働規制から全部除外してしまうという直接的な規制緩和の影響は非常に大きいと思います。もう一つは間接的な影響です。典型的に言いますと、たとえば、タクシーの規制緩和によって、今年の統計はまだ見ていませんけども、たぶん、1990年を基準にしますと、タクシードライバーの賃金は100から60%ぐらいまで低下していますが、これは業界の規制緩和が労働条件に影響を及ぼしている間接的な影響です。この直接的な規制緩和と間接的な規制緩和の両方を労働の観点から議論をしないといけないのではないかと思っています。
高木会長…  今、全国各地の特にタクシードライバーの人達、あるいは長距離トラックで荷物を動かしている人達、この方々の働く条件・状況は非常に悪くなっています。この規制緩和の影響を受けまして、過当競争等により働く環境・状況が悪化しているわけです。だから今、逆規制をかけることを国土交通省とやらないといけないという状況になっています。色々な産業を規制する産業法がありますが、こういう産業法がそれぞれ働く人間にどういう影響を与えるのかということは非常に大きなポイントです。単に労働、頭に労働なんとかが被さっている法律だけではなく、業法なり国際的な各国間の協定等も、労働に色々な影響を与えていることを承知しておかなければなりません。
石田…  どうもありがとうございました。今の規制緩和deregulationについて僕の感想は、非常に高木先生と重なっている部分が実はあります。規制緩和、やっぱり欧米の場合ターゲットは労働組合だったと私は思うのです。しかし、日本の場合に労働組合がそこまで経営妨害的なルールを構築してなかったために、ターゲットが労働であるという面が意外と見えにくい構造で推移してきました。規制緩和が、じりじり効いてきてですね、ここにきてもう一度、心を入れ替えて考えなきゃいけないなっていう感じになってきたのかなと思います。それで今、社会改革の話あるいはワークルールの形成問題、いずれも最後は組織力の問題になってくるわけでございます。労働組合の機能とその体制作りということで、そこに地域重視の連合方針の意味だとかそれから、いわゆる非典型労働者を含めた組織化これも連続の講義の中で随分学生からも問題意識が出されております。また高木会長申し訳ないですが、口火を切っていただいてこの辺の絡みで少し説明いただきたいと思います。

(3)非典型雇用の組合参加について

高木会長…  日本の労働組合組織率は18.7%、五人に一人も参加いただいていないという状況です。組織率が一番高い時は、60%近くあったわけです。これは分子と分母の関係ですから、賃金をもらう労働者、分母が非常に増えたのに、分子の労働組合に参加する労働者の数が増えない、減っているということです。今、労働組合の社会的な影響力は当然小さくなっているわけです。労働組合が運動する力量も落ちていると言われてもやむを得ない面があるわけです。ちょっと八つ当たり的な言葉を使わせていただくと、弱い者はなめられるのです。力のない者の言うことは通らないという側面がどうしても出てこざるを得ません。
  職場で働く人の半数も組合員として参加していただいていません。そういう意味で、 この空洞化をなんとかしようという意味も含めて、パートタイマーの皆さんにも色々な働きかけをして、組合への参加をここ数年躍起になってお願いをしているところです。ただパートさんにお願いしますと、「あんた達長い間、ほったらかしにしといて、急に最近になって、猫なで声を出して組合に入るよう言ってくる、何が魂胆なの?」とか、「組合に入れって言われたら、組合費払わなきゃいかんのでしょ、ちゃんと組合費払っただけのことがあるの?」とか、「組合費とりっぱなしでいい加減にしないでしょうね」などと言われながら、今、一緒に力を合わせて働く状況を良くしましょうということで労働組合に参加してくださいというお願いを一生懸命しているところでございます。多くの人は、「そう言うなら入ってあげるわよ、その代わり組合費だけ取ってメリットが感じられなければ、すぐ抜けるからね」と言いながら参加してくれるパートタイマーが増えています。いずれにしましても、労働組合に与えられている権限をきちっと発揮できるような、そういう基盤を作るという意味で組織拡大の仕事、あるいは、それぞれの組合が色々歌を忘れたカナリアになっている部分があるとしたら、もう一度歌を思い出すという面も含めてこの問題にアプローチしているところでございます。

3.まとめ

石田…  どうもありがとうございました。時間がかなりたっておりますので、まとめなのですが。労働組合をめぐって、労働組合の挑戦にとって、いくつかの難しい問題が山積しているわけです。学生は浮き足立たずに、それをきちっと観察する目を持っていただきたい、労働組合をはなから、自分の社会観に関係ないってことは是非なくしてもらいたいというのが心からの希望です。社会改革といった時に私は色んなアイデアがあると思うのですけども、たぶん消費税問題っていうのは避けて通れない問題だと思います。今ここで労働組合の挑戦としていくつかの、成し遂げねばならない、格差問題の是正だとか課題が上がっておりますが、私の好みからするとこれはきちっと国民生活のあるべき最低の条件がクリアされないと消費税問題は、話になりませんというような迫力ある、つまり「市場原理」かそうではない「良き社会を目指すのか」ということが改めてきちっと争われる格好で私は問題提起をしていただきたい。私のまとめが下手でなかなか議論がうまく進まなかったかもしれませんが、特に学生にとっては労働組合が自分らの職業生活にとってリアリティのある存在であること、自分の将来にとって身近なのだなと、そういう感覚を是非大事にしていただいてさらに勉強を続けていただければというように思います。今日はわざわざ東京からお越しいただいてありがとうございました。みなさんで拍手を持って感謝しましょう。(拍手)
高木会長…  学生の皆さん、お付き合いいただいて、ありがとうございました。皆さん方もいずれどこかで仕事をされるときがくるだろうと思いますが、労働組合のない職場に就職されたら、是非、労働組合を作ってください。それから労働組合がある職場に行ったら、組合の役員を一度でいいから経験していただきたいと思います。そのことをお願いして感謝の言葉に代えたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)

 

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