同志社大学「連合寄付講座」

2006年度“働くということ-現代の労働組合”講義要録



第8講(6/9)

「多様な労働組合」

ゲストスピーカー  高橋 均  連合副事務局長

1.“労働者になる”ということ

 労働基準法や労働組合法の中で、労働者は「職業の種類を問わず、使用者に使用され、賃金で生活しているもの」と定義されている。個人が会社員になることは労働者になることと同義であるが、これは使用者が定めた就業規則に個人が同意することで、その人の労働力を一つの商品として会社に売ることを意味している。しかし、就業規則に同意するからと言って、使用者と労働者が対等な契約を結んでいるわけではない。入社するときに使用者が決めた賃金、労働時間、職場環境など契約内容が不満でも、その下で労働者は働かなければならず、そこに交渉の余地はない。確かに労働基準法により、あまりにも理不尽な労働条件の就業規則は認められていないが、そこで定められている最低基準は、労働者が満足できるほど高いものではない。つまり、使用者と労働者の間の契約は、就業規則という一方的かつ不満足な契約内容であり、労働者になるということは、その不満足な内容で契約しなければならないということである。

2.なぜ労働組合が必要か

 労働基準法や就業規則があるからといって安心できない。職場には低賃金やサービス残業をはじめ多くの問題があり、労働者がこれらの問題に不満を持った場合、次の3つの方法のいずれかで対処することになる。1つめは我慢すること、2つめは辞職すること、そして3つめは労働組合を組織し、使用者との交渉を通じて少しでも労働条件を改善することである。また、労働条件に不満を感じて、労働者1人だけで異議を唱えることは、解雇される危険性があるため、難しい。異議を唱えるには、労働者の強みである数の多さを活かして、労働者が団結し、労働組合を結成する必要がある。そして、使用者との間で、労働者個人が結んだ就業規則よりも有利な集団的契約、すなわち労働協約を締結するのである。もし、労働組合の要求に使用者が応じなければ、ストライキを行わねばならないときもある。会社があまりにも安価で商品を売らないのと同じように、労働者も賃金が低い場合は労働力を売らなければよいのである。

3.日本の労働組合の現状

 図1は1976年から2005年度にかけての雇用者総数、労働組合員数および組合組織率の推移を示したものである。雇用労働者総数は概ね上昇傾向にあり、2005年度には5,416万人に達している。これに対し、労働組合員数はほとんど増加しておらず、1994年度の1,270万人をピークにその後は年々減少し、2005年度には1,014万人にまで落ち込んでいる。そのため、雇用者のうち労働組合に加入している人の割合、つまり組合組織率は低下傾向にあり、2005年度には18.7%まで低下している。すなわち雇用者5人のうち1人以下しか労働組合に加入していないことになる。

図1:雇用者総数に占める労働組合員数および推定組織率
*厚生労働省「平成17年労働組合基礎調査の概況」(発行:2005.12、データ基準日:2005.6.30)より

 組合組織率低下の要因の一つは産業構造、雇用形態の変化にある。もともと組合組織率の低い産業、雇用形態で雇用者数が増加していることにある。そして、増加した雇用者の多くが女性である。女性は、雇用者総数の41.6%にあたる2,253万人を占めているが、そのうち労働組合に加入しているのは、わずか12.4%である*1。そして、この女性の組合組織率の低さは、パート労働者*2の増加と関連する。たとえば、1994年度に837万人だったパート労働者は、2005年度には1,173万人にまで増え、その約4分の3にあたる858万人が女性である。しかし、パート労働者のうち労働組合に加入しているのはわずか38万9千人、つまり組合組織率は3.3%である。

 反対に正社員は、この10年間で約200万人減少している。図2は、1992年、1997年、2002年の雇用形態別構成比を示したものである。正社員の比率が1992年には72.4%だったのが、2002年には63.1%まで減少している。一方、非典型雇用と呼ばれるパート労働者、アルバイト、嘱託、派遣社員はすべて構成比が増加している。つまり、日本社会はこの10年間で正社員からパートタイム労働者など非典型雇用に置き換わってきたのである。非典型雇用が正社員より多くなる日もそう遠くはないであろう。

*1 一方、男性雇用者3163万人のうち労働組合に加入しているのは、23.2%である。
*2 週あたりの労働時間が35時間未満の就労者を指す。

図2:雇用形態別構成比
*総務省統計局「平成14年就業構造基本調査」(2002.10)より

 パート労働者の組合組織率の低さとともに目立つのは、中小企業における組合組織率の低さである。表3は、企業規模別に雇用者数と組合組織率を示したものである。2005年の全雇用者5,416万人のうち、1,000人以上の企業で働く雇用者数は950万人であり、その組合組織率は47.7%である。それに対し、99人以下の中小企業で働いている2,531万人のうち、労働組合に加入しているのはわずか1.2%、つまり約30万人にすぎない。

表3:企業規模別民営企業の雇用者数・推定組織率

※労働省「平成6年労働組合基礎調査報告」(発行:1995.3、データ基準日:1994.6.30)
※厚生労働省「平成17年労働組合基礎調査の概況」(発行:2005.12、データ基準日:2005.6.30)より作成


4.労働組合の種類と役割

(1)企業別労働組合

 会社ごとに組織された労働組合を企業別労働組合(単組)と言う。企業別労働組合の重要な役割は、組合員の雇用の安定、労働条件の向上を求めて使用者と交渉することである。代表的なものが春闘である。その際に必要なことは、他の企業別労働組合と横並びで交渉することである。他の企業別労働組合と協力することで、労働者間あるいは企業間の賃金など労働条件の比較が可能になる。つまり、企業別労働組合は、労働者個人ではその情報を得ることが難しい、他企業の賃金など労働条件と比較しつつ、使用者に対して雇用の安定、労働条件の向上を求めて交渉を行うのである。企業別労働組合がこのような活動を行うためには、当然ながらコストがかかる。そのため、組合員は組合費*3を負担する。労働者は、企業別労働組合を通じて使用者と交渉して労働協約を結び、労働条件の改善をはかることができる。

(2)地域単位の労働組合

 前述したように、従業員100人未満の中小企業で企業別労働組合を組織することはきわめて難しく、また、組織できたとしてもその交渉力は必ずしも強くない。そこで、中小企業の労働組合が地方連合会や地域協議会に加入して活動することもある。その受け皿として一人でも加盟できる「地域ユニオン」を地方連合会に作っている。また、労働組合のない企業で働く労働者が、地域ユニオンやコミュニティユニオンと呼ばれる地域単位の労働組合に個人で加入することもある。

(3)職能別労働組合

 会社単位でなく、働く会社は違っても同じ職業で働く労働者を組織している労働組合として、職能別労働組合(クラフトユニオン)がある。例えば、全国80万人の大工など建設技能労働者が加入している全建総連、船長、航海士などが加入している全日本海員組合などがそれである。最近では、企業の枠を超えて介護士が労働組合を組織する動きも出てきている。

(4)労働者供給事業労働組合

 1985年に労働者派遣法が施行されるまでは、唯一の例外として、職業安定法により労働組合だけが労働者派遣(供給)を認められていた。労働組合が使用者と契約を結び、労働者を派遣(供給)する*4。このような労働者供給事業の例として、自動車運転士や音楽家、家政婦などの労働組合を挙げることができる。ただ、こうした労働者供給事業を行っている労働組合は80ほどであり、組合員数もわずか1万数千人である。

*3日本の組合費の平均は、月額約5,000円である。
*4例えば、東京のごみ収集に関して、東京都と日本自動車運転士労働組合が契約を結ぶことで、ドライバーの何割かを労働組合が供給している。

(5)産業別労働組合

 同じ産業に属する企業別労働組合が集まって産業別労働組合を組織している。例えば、旅行会社やホテルなどの企業別労働組合が集まってサービス連合という産業別労働組合を組織している。その他の産業別労働組合として自動車総連、電機連合などがあり、現在、全部で58の産業別労働組合が連合に加盟している。

 同じ産業であるということはお互いに商売敵であるにも関わらず、なぜ企業別労働組合が集まって、産業別労働組合を作るのだろうか。ここでヨーロッパ方面へのツアーを旅行会社Aは40万円で、旅行会社Bは39万円で売っていると想定しよう。ツアーの代金には当然、航空運賃やホテル代、現地の食事代やパンフレット代が含まれており、これらの費用はどちらの会社も変わらない。1万円の差を生み出しているのは人件費の差なのである。もし旅行会社Aが競争に勝つためにツアー代金を40万円から38万円に値下げするとしたら、人件費を削るしかない。つまり、企業間の競争が激しければ激しいほど、賃金などの人件費が削られていき、労働条件がどんどん悪化していく。ここで、もし旅行会社の各企業別労働組合が産業別労働組合を結成して使用者と交渉すれば、過度の企業間競争による賃金カットなど、労働条件の低下を抑制することができる。すなわち、産業別労働組合は労働条件のカルテルを作ることを意味している。企業間の競争が激しければ激しいほど、産業別労働組合を組織することの意義は大きくなる。

 また、産業別労働組合は産業政策についても発言している。例えば、サービス連合は外国人観光客の招致を産業政策課題として挙げている。日本は、外国人の間で行ってみたい国として30位にも入っていない。これは*5、韓国や香港、フィリピン、シンガポール、タイ、インドネシアといったアジア諸国よりも低い順位である。この原因として物価の高さなども考えられるが、最大の原因は外国人観光客のためのインフラが整備されていないことにある。そこで、最近では外国人観光客を招くための様々なインフラ整備を行っている。例えば、「漢委奴国王印」が置かれている福岡市立博物館では、日本語、英語、中国語、ハングル標記で展示物を紹介するようになった。このように産業別労働組合は、仕事のありよう、商売のありよう、そして、産業のありようについて、使用者に提言する役割を担っている。

(6)ナショナルセンター(連合)とその役割

 産業別労働組合が集まって労働組合の全国組織(ナショナルセンター)を組織する。日本労働組合総連合(連合)が日本のナショナルセンターである。かつて連合はビジネスユニオニズムという考え方に基づき運動を展開していた。これは、労働組合に加入している労働者の労働条件や生活環境の改善を目指して活動するという考え方である。それが昨今では、労働組合に加入していない労働者にも目を向け、彼らの労働条件や生活環境の改善にも積極的に取り組んでいくという考え方に移行しつつある。これをソーシャルユニオニズム(社会的労働運動)という。

 社会的労働運動の具体的な取り組みの一つにワンストップサービス機能がある。これは、労働相談だけではなく、生活上の相談や、税金の問題、女性の問題、育児や介護の問題、年金や社会保障など主に退職者が直面する様々な問題について、組合員でなくても相談できる拠点を全国に作る運動である。2006年7月に全国106箇所の拠点で開始し、将来的に300箇所くらいまで拡大する予定である。

 連合がこうした社会的労働運動に取り組んでいる大きな理由の一つが、最近の低所得者層の増加、経済格差の拡大である。表4は、1994年と2004年の「民間給与実態統計調査」を比較したものである。ここで、年収300万円以下の労働者は、1994年には全労働者の33.8%を占めていたが、2004年には37.4%にまで増加している。労働者数で言うと、この10年間で年収300万円以下の人が約200万人も増えている。こうした低所得者層が増加した原因として、前述したパート労働者など非典型雇用の増加、企業競争激化にともなう人件費削減が考えられる。連合は、低所得者増の増加という問題に対処するため、税制、公的年金などの社会保障制度といった国家的課題について政府と交渉している。さらに、企業別労働組合や産業別労働組合では交渉することが困難な課題、例えば労働基準法や労働契約法、教育基本法、国民投票法案、共謀罪といった法律にかかわる問題についても、連合は、労働者の労働条件、生活環境の向上を実現する法律の制定を促している

*5 観光の収支は約4兆円の赤字であり、これは日本で1年間に使う石油の消費量に相当する。

表4:給与階級別、給与所得者数・比率の比較

*国税庁「民間給与実態統計調査」より
*1年を通じて勤務した給与所得者のみ。
*1994年は、2,000万円超の区分までとなり、2,500万円超の区分はない。
*給与とは、1年間の支給総額(給料・手当及び賞与の合計額)で、通勤手当などの非課税分は含まない。

(7)連合の国際的な活動

 マクドナルドやウォルマートなどの多国籍企業にかかわる労働問題*6を、一国の労働組合だけで解決することは難しい。そこで、連合は国際的な連携を持つために国際自由労連(ICFTU)に加盟している*7。また、日本だけでなく諸外国にも産業別労働組合はある。日本の産業別労働組合のいくつかは、国際自由労連とは別に、国際産業別労働組合(GUF)に加盟し、国際的な連携を保ちながら、国を越えてその産業に働く労働者の労働条件の向上に取り組んでいる。

 さらに、連合は国際労働機関(ILO)に日本の労働組合代表として理事を出しており、各国の労働組合、政府、そして経営者の代表とともに国際的な労働条件基準の決定にかかわっている。また、ILOの結社の自由委員会は、労働者に労働基本権が認められているどうかということを判定する場である。日本では公務員に労働基本権が認められておらず、公務員にも労働基本権を認めるよう連合はILOで主張し続けている。また、経済協力開発機構(OECD)の中にある労働組合諮問委員会(OECD-TUAC)では、低賃金労働の問題など、世界の労働条件基準の決定に向けた主張を労働組合が行っている。さらに、連合は世界8カ国*8の在外日本大使館に組合の役員を書記官として派遣している。

*6 マクドナルドやウォルマートは、ノンユニオンの多国籍企業として有名であり、しばしば残業代の不払いなど、労働条件に関する問題が指摘されてきた。ただし日本マクドナルドは、2006年5月に労働組合を結成している。
*7 国際自由労連に加盟している他国の連合として、アメリカのAFL-CIO、イギリスのTUC、ドイツのDGBなどが挙げられる。
*8 アメリカ、イギリス、中国、タイ、南アフリカ、ザンビア、ウクライナ、フィジーの8カ国。

 

ページトップへ

戻る