文献紹介コーナー


古典

細井和喜蔵『女工哀史』(初版は1925年、改造社刊)岩波文庫
1980年7月改訂版。



I.本書の目的

 紡績産業は人類の生活を支える基本的な財であり、また当時の日本資本主義にとってもっとも重要な産業であった。しかし「女工」とよばれて、そのなかで働いている女性労働者は(実は男性労働者も)、労働の現場においてきわめて悲惨な状況におかれていた。本書は、筆者自身の体験と、現場を巡り歩いて収集した事実を記録することによって、その非人間的な状況を社会に向って告発することを目的としている。

II.本書の内容

第1 その梗概; 紡績と織物を含む紡織産業はいまや世界的な地位を得ている。その分野の推定労働者数は200万人以上で、そのうちの約80%は女子労働者(女工)である。
第2 工場組織と従業員の階級; .紡織企業の生産過程には50から70の異なった職種がある。また社員・職工が軍隊のように階級化されており、その間の差別は著しい。
第3 女工募集の裏表; 紡職女工不足の時代に入り、よけいに女性労働者を「拘束」しようとする傾向が強まった。企業は多額の募集費をかけて、直接、あるいは募集人を通じて、全国から募集するが、ここでは多くのウソ・甘言がまかりとおる。とくに募集人の場合には、誘拐同然の手口で工場に送り込み、さらにいくつかの工場を転々とさせてその度に企業から周旋料をとるケースもある。
第4 雇傭契約制度; 雇用契約においては「事業の都合などにより解雇されても異議を申し立てない」といった誓約書をいれるなど、会社側による一方的な内容が多い。
第5 労働条件; 工場法施行後、労働時間は1日あたり紡績11時間、織布12時間が標準となっているが、実質的には強制的な残業もあり、故郷の家に送金の義務をもつ女性労働者たちは自分の健康をも省みず、進んで残業をしてしまう。賃金は複雑な制度になっているが、女性労働者は基本的には受負(出来高)給であるが、日給の場合もある。「給品制度」の名のもとに賃金の一部が工場の製品で支給される場合もある。
第6 工場における女工の虐使; 紡織産業発展の第1期には上司による暴力などの懲罰制度や賃金をゼロにしてしまうような罰金制度があったが、第2期には「能率増進」の名のもとに、個人対個人、部対部、工場対工場の三重に推進される労働者間の競争が女性労働者を苦しめる。このため、トイレへ行く時間も制約される。
第7 彼女を縛る二重の桎梏; 女性労働者には、寄宿女工と通勤女工があるが、寄宿女工の場合には、工場のなかで厳しい労働に服すほか、寄宿舎に帰っても、外出の制限、食物・書籍・衣服・髪型などへの干渉、手紙の開封や没収、強制預金などきびしい桎梏がある。
第8 労働者の住居および生活; 寄宿舎は逃亡防止の城郭で、いぜんよりは改善されたが、占有面積は1人1~2畳みで、1部屋に多人数を収容している。主食は外米または最下級の国産米に麦などをまぜたもので、おかずは普通家庭の3分の1程度である。
第9 工場設備および作業状態; 湿気と騒音が多い作業場で、標準動作が設定されている。
第10 いわゆる福利増進施設; 大工場では病院または医局、保育場または幼稚園、保険・金融にかかわる会社扶助などがある。保育場があっても15分で授乳しなければならない。
第11 病人、死者の惨虐; 地震、家事、流行病などの災害では多くの犠牲者がでる。
第12 通勤工; きわめて劣悪な「指定下宿」がある。
第13 工場管理、監督、風儀; 工場と警察署は結託して女性労働者に非人間的な取り扱いをする場合がある。工場内では上司の暴力が是認されており、性的暴力も多い。
第14 職工の教育問題; 紡織業では男女ともに教育程度が低い。
第15 低賃金のため外部の娯楽に接触できない労働者むけの各種のイベントが組織される。
第16 女工の心理; 働くことがあたりまえになり結婚後も共働きが多い。親元への送金の比率が高く、親のために働くという意識をもっている。女性間に嫉妬や争いがある。
第17 生理ならびに病理的諸現象;女性労働者の結核は職業病で、高い死亡率の原因である。消化器病などが多く、また乳児死亡率も高い。心の病も多い。
第18 紡織工の思想; 団結心などは弱く、容易に労働組合はつくれない。
第19 結び; 紡織労働者の悲惨な状況を変えるためには必要な労働を全員でおこなうという「義務労働」が必要である。
付録 女工小唄; 「籠の鳥より監獄よりも寄宿ずまいはなおつらい」「工場は地獄よ主任が鬼で廻る運転火の車」などを収録。

III.読むうえでのポイント

  本書は、まさに現場主義の立場にたって資本主義の害悪の側面を紡績女工をつうじてみごとに告発している。ここで描かれる資本主義は、原始的な時期のものではなく、すでに工場法が制定され、労働組合できている時期のものであることに留意する必要がある。その労働者の惨状の一部は姿はかわっても現在にも通ずる。ただ、「最小限度を示した工場法の規定も、労働組合が活動して職工自身厳重な監督機関とならざる限りは到底実行を期し難い」など、労働組合や工場委員会(従業員代表制度)の記述はあるが、問題の解決策はなお読者や後世に委ねられているといってよい。

IV.著者について

  細井和喜蔵は1897年京都府の生れ。幼くして両親と死別し、13歳から自活し、大阪・東京の紡績工場で働いたが、初期労働組合にも参加したため、工場からブラックリストをまわされたりもした。上京後は直接的な運動からは離脱し、文学に興味をもっていたこともあり、体験にもとづくルポルタージュをまとめあげた。本書の初版刊行1カ月後の1925年8月に急性腹膜炎で死去。死後、自伝的小説『奴隷』『工場』の2冊も刊行された。

(高木 郁朗)





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