西川 潤『グローバル化を超えて ~脱成長期 日本の選択~』

日本経済新聞出版社
定価2,500円+税
2011年6月刊

評者:鈴木祥司(生保労連局長)

<本書のねらい>
東日本大震災に伴う原発事故は、今後のエネルギー政策にとどまらず、日本社会のあり方についての再検討を私たちに突きつけている。本書は、こうした新しい社会構想が求められている最中の時宜を得た刊行となった。今日はどのような時代なのか、現代人にとって豊かさ・幸福とは何か、どうしたらグローバル化の影を克服できるのかなど、ポスト・グローバル化社会に向けた著者の考え方が述べられており、その内容は取りも直さずポスト3.11の社会構想ともなっている。

<本書の内容>
第Ⅰ部(ポスト・グローバル化期の世界と日本)では、グローバル化による弊害と脱・経済成長期における豊かさ・幸福のかたちについて述べる。1980年代以降進展してきたグローバル化経済は、マネー経済と実物経済間の不均衡、社会や環境の不均衡をきたしている。こうした動きとも関連しつつ、先進国は日本を含めて「脱・成長期」に入っていると著者はいう。本書において「ポスト・グローバル化」「脱・成長」といった言葉は、グローバル化や経済成長を否定する意味で使われていない。前者は、グローバル化を営利思考からのみ進める時代は終わったという意味で、後者は、成長しさえすればあらゆる社会問題が解決するという信仰がまかり通る時代は終わったという意味で、それぞれ使われている。
実際、先進国では、経済成長したとしても、生活の満足度は満たされないというジレンマに陥っている。このような時代には、豊かさ・幸福の概念・尺度を切り替え、平和や社会発展、人や自然とのつながり・共生、個々人の能力発揮に重点をおくべきであるとする。
第Ⅱ部(市民社会が世界を動かす)では、「連帯経済」の可能性と、そのアクターとしての「市民社会」の役割について述べる。連帯経済とは「倫理的金融」「フェアトレード」「責任投資」などの実践を通じて、経済活動に連帯や倫理といった価値観を組み込み、資本主義システムの行き詰まりからの出口を見出そうとするものである。その起源は19世紀中葉にまで遡ることになるが、経済のグローバル化の進展に伴い「市場の失敗」が世界的に拡がる中で、いま再び注目が集まっている。
このような連帯経済の興隆には、行政や企業に加えて「グローバル市民社会」の登場が大きな役割を果たしている。グローバル化には「経済のグローバル化」と「意識のグローバル化」の2つの側面があるが、「グローバル市民社会」とは、前者による弊害を抑制するために、後者の担い手として、人権や環境を重視する立場から政府や企業に主体的に働きかけるアクターに他ならない。貧困や雇用・生活不安が広がっている今日、日本においても連帯経済の重要性が高まっていることを指摘する。

※連帯経済に関する体系化の試みとして西川潤・生活経済政策研究所編著『連帯経済 ~グローバリゼーションへの対案』(明石書店)がある。

 第Ⅲ部(脱成長時代の経済学)では、グローバル化を支えてきた社会科学の限界と、ポスト・グローバル化時代を担う新しい社会科学の要件について述べる。近代社会科学の限界としては、①人はみな利己的に行動するという人間像で支えられていること、②世界がすべて西欧先進国に近づくとする単線的な「近代化論」を前提としていること、③社会内部の分裂(少数派の創出)や環境破壊に無関心だったことなどを挙げ、それぞれ対応策を提言する。
具体的には、①について、これまでの近代社会科学は意図的に「科学性」「中立性」を標榜して道徳や倫理の問題を排除してきたが、ポスト・グローバル化時代においては、人間の非利己的な側面も重視し、倫理性の問題を正面に据えなければならないとする。また、経済のグローバル化は、②の「近代化論」に従って進められてきたが、グローバル化により地域社会が沈滞する中、その振興を支える理論として多系的な「内発的発展論」が見直されているという。さらに、③の社会分裂の一つとして女性の問題を取り上げ、「貧困の女性化」に歯止めをかけ、女性が排除されない社会システムをつくるためには、エンパワーメント(女性がみずから自分たちのおかれた状況を変えていこうとする考え方)と社会的ネットワークの形成が重要であることを指摘する。



<労働組合として学びとる視点>
著者の脱・成長論には、働く者の立場から異論も多いだろう。成長による経済の活性化なくしてどのようにデフレからの脱却をはかるのか、成長によるパイの拡大なくしてどのように格差是正・底上げをはかるのかと。これらへの対応は喫緊の課題であるが、その対処法として、かつてのように「成長による解決」が期待しにくくなったことは認識する必要があろう。一方で「連帯経済」の拡大・浸透が、成長を阻む各種の不均衡や弊害を是正し、ルールなきグローバル化経済に秩序を形成することを通じて、新たな成長を促す可能性もあるのではないか。
働く者にとっての豊かさ・幸福も、大きくかたちを変えてきている。その定義づけは容易ではないが、働く者の意識やニーズの内容・変化をしっかり捉えることは、労働組合が組合員や社会の期待に応えていくうえできわめて重要である。総じて低処遇の非正規労働者をはじめ、働く者の生活基盤を確固たるものとすることを第一義の課題としつつ、多様化・個別化する働く者の意識に労働組合としてどう向き合うかが問われている。一例を挙げれば「豊かさ」を、たんなるモノの豊かさではなく「自分の中に眠っている能力(capability)を伸ばす状態」(アマルティア・セン)ととらえることもできよう。
連帯経済については、その拡大・浸透に向け、ナショナルセンター・産別・単組それぞれのレベルにおける取組みの推進が求められる。とりわけ、企業活動の倫理的な側面を重視し、自分たちの産業・企業がたんなる利益追求ではなく、真に社会的責任を果たしているかを、労働組合としてチェックしていくことが重要である。そういう意味で、労働組合には今後、「グローバル市民社会」の一翼としての役割が一層求められており、こうした取組みを通じてこそ、労働組合が再び社会変革の大きな担い手となる展望が拓けてくるのではないか。

 社会・経済が大きく変化する中で、自分たちがいまどういう時代に生きているのか、豊かさ・幸福のかたちがどう変化しているのかを、一度立ち止まって考えてみることは重要である。本書は、こうした問いへの自分なりの答えを探す際に多くの気づきが得られるものとなっており、組合活動の今後のあり方・方向性を考えるうえでも多くのヒントが得られよう。
とりわけ「連帯経済」については現在、連合がそれにもとづく政策の推進を掲げ、古賀会長もさまざまな場面でその重要性を訴えている。本書は、連帯経済についての理解を深めるためにも、積極的な活用が望まれるところである。


戻る