神野直彦/高橋伸彰『脱成長の地域再生』

エヌティティ出版
2,200円+税
2010年12月

評者:山根正幸(連合非正規労働センター部長)


 本書は、税財政、社会保障、住宅・福祉政策、地方自治、地域コミュニティ、多様な市民活動の側面から、地域再生のあり方に関する研究者の議論をまとめている。議論の底流には、農村型社会から都市型社会への移行、高齢化、さらには人口減少社会に突入する中、従来の様々な制度・しくみが変化に対応できないまま惰力を持って動き続け、中央・地方の政治もその是正に十分機能を発揮していないことに対する問題意識がある。

序章(神野直彦)では、経済、環境、社会、直面する3つの危機を指摘。これを克服するための地域再生のあり方を論じている。この中で、全総計画による地域需要に対応しない企業などの誘致が地域の生活様式を崩壊させたと指摘し、同じ轍を踏んではならないと警鐘を鳴らしている。同時に、「地域主権」に関する議論に対しても、「地域」に「主権」を移すだけでは、同じ失敗を中央政府ではなく地方政府が行うことになり無意味だと指摘している。

第1章(星野泉)では、地域間の人口格差と税財政の関係を分析している。筆者は、地域間の人口構成のバラツキが小さい国では、大都市への税収偏在を是正する地方税制と、自治体間の財政調整制度を背景に、地域ニーズに応じた医療・教育・福祉サービスが提供されていると指摘。翻って日本の地方税制について、法人課税への依存が税収偏在の温床であるとしている。これを踏まえて筆者は、国税は景気調整機能を、地方税は自治体の基礎的住民サービス提供に資する安定税収を担うべきと主張している。

第2章(下平好博)では、地域レベルでの雇用と産業政策、社会的セーフティネット再構築の重要性を指摘している。筆者は、地域が地盤沈下している背景には、グローバル化・サービス化の中でビジネスサービスが東京に集中していることがあると指摘。これと雇用劣化が相まって、家族崩壊、少子化・単身化による貧困の定着化が、国年・国保へのハイリスク被保険者の集中、生活保護受給の上昇をもたらしているとも指摘している。これに対応するため、筆者は、全国一律の医療保険制度の確立貧困リスクと社会保険を切り離すとともに、短期の生活扶助制度の確立を提起している。

第3章(辻山幸宣)では、自治体行政もまた地域の衰退条件を作り出す役割を演じたのではないかとの問題意識から、この間各地で行われてきた自治体の「改革」が、真に住民福祉の増進になっているのか、実例を挙げながら指摘している。そして、国と地方による公共サービスの切り捨て・市場化が住民排除をもたらしたているが、その結果生じた社会の弊害の責任はだれが取るのかと、一連の効率化議論の盲点を突いている。そのうえで筆者は、行政が撤退した公共サービス領域を民間事業者や地域住民が補完するための動きとして、公契約条例の制定、自治基本条例制定の動きに注目している。

第4章(広井良典)では、経済の成熟化、農村型社会から都市型社会への移行、高齢社会の進展を踏まえた地域コミュニティ再生のあり方、それを踏まえた土地・都市・住宅政策の論点を提示している。筆者は、戦後の住宅政策が福祉政策との連携を欠いたまま進められたことが、バブル崩壊以後の住宅政策の民営化・縮減策によって、大都市における高齢者・低所得者向け住宅の不足、小規模自治体での空き地・空き家の増加など、住宅セーフティネットと地域の崩壊に直結していると指摘し、住宅の保障機能強化が必要であると主張する。その上で、公的住宅や福祉施設を都市・地域の空間の中心に整備することが、都市化・高齢社会における地域コミュニティの形成、さらには地域活性化をはかる上で、大規模な公共事業よりも有効だと提起している。筆者はまた、人口減少期においては、一極集中でも多極分散でもなく、「多極集中」のビジョンを持ち、それに対応した都市政策と福祉政策が必要であるとしている。

第5章(住沢博紀)では、高度成長期以後における地域からの人材流出、伝統的な地域社会の衰退、タテ割り行政の弊害などの問題に対し、それまで蓄積されてきた生活資源や社会経済的資源の活性化による再生を主張している。その手段として筆者が示すのが「生活公共」の概念である。公と私の領域を時間的・空間的に分断して考えるのではなく、私的生活、インフォーマルな生活領域、コミュニティや地域の社会経済組織などの財や資源、自治体行政の公共サービスを相互にリンクさせ、さらには、これまでプライベートなものと考えられてきた生活時間を地域の中での生活の一部として考え、その再配分の可能性をはかることであるとしている。その実践に向けて筆者は、地域業議会、市民活動支援センターの役割、育児・介護などの生活事業系NPO、社協、生協、労働組合、地域金融をも含めた新しい協働に期待している。

第6章(坪郷實)では、参加ガバナンス=多様な主体による問題解決のための機会づくりについて議論している。筆者は、都市型社会においては、地域におけるより良い課題解決のためには、政策決定過程の手続き強化と多様な主体の知見・技術の投入が必要であり、そのためには、政府部門でも市場部門でもない、多様な主体が参加できる新たな部門として「市民社会部門」を位置付ける必要があるとしている。
このなかで筆者は、中央官僚制を叩く風潮に対しては、それだけでは問題は解決しないと指摘、内閣主導の政策作りへの官僚の活用、分権改革と国・地方の連携、国会における政策議論の充実、市民からの政策提言、長と議会への市民参加、市民政策の提案の仕組みの整備が課題としている。
筆者は1960年代以降の市民活動の流れについても触れ、全国的なネットワークづくりとアドボカシー活動が大きな課題であるとしている。このなかで連合のライフサポートセンター構想についても触れ、労働組合とNPOの新たな関係づくりに期待を寄せている。

終章(高橋伸彰)では、顕在化している危機に対して、対処療法でなく、その根源にある要因に焦点を当て、より高い次元での問題解決が求められていると指摘。同時にこれからの社会に求められる「豊かさ」とは何かを問うている。戦後日本を支えてきたのは、成長による財源を基にした福祉国家ではなく、さまざまなコミュニティで構成された人と人との絆であり、その絆の土壌としての地域を再生することこそが必要だと訴える。そして、より多くの貨幣を持つことによる豊かさを追求する「幻想」から脱却し、今の時代と環境の中で今よりも豊かな生活を地域で再生することが必要であると説く。

様々な角度から地域再生のあり方について論じられている本書であるが、地域における雇用・労働のあり方についての議論も待たれるところである。例えば、労働者が地域で多様な参加主体となり得るための職場づくり(手段としてのワーク・ライフ・バランス)、企業の社会的責任など視点での議論もあり得るのではないか。同時に本書では、働く者の立場から、職場と地域において絆と信頼をいかに再構築していくか、これからの労働運動の課題を考える上での論点が提供されているとも言える。

東日本大震災の発生は、人口減少、都市化、高齢化への対応が遅れている日本の社会システムの問題を改めてわれわれに突き付けることになった。自治体機能に壊滅的なダメージを受けた所もある。経済・産業の復興だけではなく、地域コミュニティをどうしていくかも、残された私たちにとっての課題である。経済危機や大災害を乗り越えられるしなやかな地域をいかに作って行くべきか。そのことも考えさせる一冊である。


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