斎藤貴男『消費増税で日本崩壊』

ベストセラーズ
定価762円+税
2010年10月

評者:松井千穂(連合大阪政策・男女平等・広報・教育グループ)


 自民党政権時代から膨らみ続け、また国の財政赤字問題がクローズアップされている。一般会計の内、税収だけではとても賄いきれない歳出額を補っているのが公債の発行によるものであり、国債残高は2010年12月の財務省発表によると約920兆円にもなっている。素人が見ても、日本の財政状況が非常に厳しいことは容易に理解ができる。2009年夏に民主党が政権交代を実現した時の、衆議院議員選挙のマニフェストで「4年間は消費税増税を行わない」としていたものが、ここにきて消費税増税についての議論が行われるようになっているのも、参議院選挙に示されたように民主党に対する落胆とともに、「お金が足りないんだから仕方がない」というあきらめの気持ちでこの状況を見ている人も多いのではないかと思う。
しかし、国全体の税収を増やすために安易に「消費税増税」に流れている現在の論調に警鐘を鳴らしているのが本書である。消費税を増税することが日本社会にもたらすものは何なのか?じっくり考えてみたい。

そもそも消費税とは?
まず本書では、そもそも消費税とはどのようなものか、あまり一般的には知られていない部分も多いその制度や問題点について詳細に解説している。
消費税が税率3%で初めて日本に導入されたのが1989年4月。それ以来1997年の消費税5%への増税を経て今日まで、私自身も様々な場面で支払ってきた消費税は、全て国や自治体にちゃんと納められているものと思っていた。しかし現実はそうではないのである。
消費税は「納税義務者」と「担税者(税金を実際に負担する者)」が同一でない、「間接税」である(同一のものは「直接税」)。私たちが商品を購入した際に支払った消費税は、それを受け取った事業者が納税の義務を負う。しかしこの消費税、2009年度の国税の滞納額約7478億円のうち、実に3742億円が消費税であり、全滞納額の50%を占めている。この滞納は、主に不況で激化した市場競争の中で、親会社である大企業から商品のコスト削減を迫られた中小企業が、価格に消費税を転嫁できない状況に追いやられた結果であると見られている。
中小企業が消費税負担で苦しむ一方で、多くの派遣社員や請負を使うことや、別会社への外注を行うことによって多額の消費税節税を行っている企業もある。消費税制度のなかには「仕入れ税額控除」という仕組みがあり、事業者は消費税を納税する際に、その商品の仕入れのために支払った消費税額を控除することができる。この控除対象となる消費税額の中には、派遣社員の報酬全体にかかる消費税も含まれている(正社員に支払われる給与は対象にはならない)。この制度を活用すると結果的に、売り上げに対して正社員の比率の高い企業ほど消費税の納付額が多くなるため、企業は正社員を減らし、消費税の税額控除を受けられる派遣社員を増やしていく傾向が強くなる。事実、消費税が導入された1989年以降、人材派遣事業所は急激に増加し、一方で正社員比率はほぼ毎年低下してきている。まさに派遣社員の増加は消費税制度がもたらしたものとも言えるというのだ。
他にも、輸出比率の高い企業に有利に働く「輸出戻し税」の制度により、一部の大企業などは下請け業者にコスト削減をさせて消費税相当額を実質的に支払っていないにも関わらず、多額の消費税の還付金を受けているなど、消費税制度が公平な税制とは言えない側面がある、と著者は詳細なデータとともに力説する。

現状の税制度を俯瞰する
では、税収の議論の際に消費税とともにその税制度のあり方について議論される、所得税や法人税はどうなのか?
例えば所得税。本書に紹介されている2008年のデータで言えば国税収入の33.9%が所得税であり、そのうちの8割以上が源泉徴収により納入されたものだ。つまり日本の労働人口の圧倒的多数を占めるサラリーマン(給与所得者)が納めたものだ。所得税に関しては、源泉徴収制度や年末調整のシステムのメリットとデメリットや、これらの制度が歴史的にどのように導入されてきたものか、また各国の制度との比較の中でどのような性格を持ったものかが語られる。さらに、かつては19段階に区分されていた所得税の税率が、2007年以降6段階となっており、その累進度が大幅に下がってきていることがあからさまな「金持ち優遇税制」であると筆者は断じている。
次に法人税である。日本の法人税は世界的に高く、これによって企業の国際競争力が損なわれる。海外からの投資に水をかけることになり、日本の企業も本社機能を海外に移転してしまうかもしれない。だから法人税は下げるべき、ということが常識のように語られてきている。これに対し、筆者は世界の法人税率やその制度との比較、日本の財界有識者への取材などから、日本の法人税率は決して高くはないということを論証していく。また、財界の強い要求で改正された法人税制を活用し、大手企業が法人税を納めていない実態があることも論じている。商業マスコミが報道しないこれらの事実を、詳細なデータとともに暴き、疑問を投げかけている部分は非常に刺激的である。

公平な税制とは?
筆者は所得税制度に関連して、「応能負担原則に返れ」ということも言っている。前述した所得税率の変化により、所得の多い人ほど負担が軽減されている。これに加え、小泉内閣当時に成立した「障害者自立支援法」の「応益負担」の考え方によって、生活することそのものが厳しい状況に追い込まれた障害のある人たちの実態から、人間が人間らしくあるために、前述の「応能負担」の考え方を説く。
本書は読者の立場によって様々な感想があるとは思う。しかし、消費税制度を考えるには、少なくともその制度を単独で見るのではなく、広く国税全体を俯瞰して検討することはもちろん、国としてどのような崇高な理念を持って国民に対して税負担を求めていくのかという議論が必要だ。公平な税制を実現させるということは、人間を大切にし、支えあう共同体としての社会を形作ることにつながる。連合としての税制に対する政策決定を行ううえで、本書を読んだ方とぜひ意見交換をしてみたい。


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