OECD編著 小島克久・金子能宏訳
『格差は拡大しているか ―OECD加盟国における所得分布と貧困』

Growing Unequal?:Income Distribution and Poverty in OECD Countries

明石書店
5,600円+税
2010年10月

評者:村杉直美(教育文化協会ディレクター)


 日本において、格差や貧困という課題について、あらためてその意味が問い直され、問題視されるようになったのは、小泉政権による構造改革路線が推し進められ、その矛盾が露呈し始めた2000年代半ば以降のことである。日本だけに留まらず、BBC(英国放送協会)が2008年2月に行った世論調査によれば、世界34ヵ国のおよそ3分の2の人々が、「ここ数年の経済成長の成果は等しく共有されていない」と考えているという。
本書は、そうした課題が日本で再認識される以前の、1980年代半ばから2000年代半ばまでの20年にわたる、OECD加盟30ヵ国における世帯所得およびその他の経済的な資源の分配と格差の傾向と貧困の実態について、多角的に分析したものである。格差・貧困・不平等の拡大は事実なのかという多くの人々の問いに応えるとともに、分析により明らかにされた課題を克服するために、どのような処方箋が考えられるのかについて、多くの示唆を与えている。

本書は、第1部「格差の主な特徴」、第2部「格差をもたらす主な原因」、第3部「貧困の特徴」、第4部「格差のその他の側面」、第5部「結論」の5部構成となっている。
第1部「格差の主な特徴」では、第1章において、OECD諸国の2000年代半ばの所得格差の比較、時系列で見た所得格差の変化とその要因、所得十分位別の所得水準による比較により、所得格差の全体像を概観している。
第2部「格差をもたらす主な要因」では、人口の年齢構造と世帯構造の変化が世帯所得の格差に与える影響(第2章)、就業者の賃金格差と世帯の就労機会の格差(第3章)、世帯に対する課税と現金給付を通じた政府の所得再分配政策の役割(第4章)について着目し、分析を行っている
第3部「貧困の特徴」では、現金所得の低い水準にある人々の属性や、時系列で見た貧困率の変化の要因(第5章)、貧困の継続の程度(第6章)、所得では捉えられない貧困の側面として、受け入れ可能な生活水準を保つために必要なモノやサービスがどの程度利用できるか(第7章)について着目し、分析している。
第4部「格差のその他の側面」では、格差が世代間でどの程度移転するか(第8章)、公的な現物給付は現金所得の格差をどの程度縮小させるか(第9章)、所得と資産から見た格差(第10章)について、分析している。
第5部では第11章で、第1部~第4部から得られた主な結論をまとめたうえで、所得格差を縮小させ、貧困を減少させるための政策的な意味について、論じている。 

ここでは、本書により得られた知見について、大まかな概要を示しておく。
1980年代からの20年間に、日本を含めたおよそ3分の2の国々で、所得格差は緩やかではあるが、確実に拡大(ジニ係数で平均2ポイント)した。ひとり暮らしの者やひとり親世帯、夫婦のみの世帯の増加という世帯構造の変化が所得格差の拡大を招いており、それは人口高齢化よりも大きな要因となっている。相対的貧困率(所得中央値の50%を下回る所得しか得ていない者の割合)は、過去10年間にわたって上昇している。1980年以降、高齢者の貧困率は低下しているが、若年成人層と子どものいる世帯層の貧困率は上昇している。貧困率が高い国では、貧困の継続や再発も多い。
正規労働者の賃金は、グローバル化や高度な技能を必要とする技術革新、労働市場の構造変化などから、賃金の高い労働者が一層高い賃金を得るようになり、多くの国で格差が拡大した。非正規労働者の増加により、全労働者の間の格差が拡大した国もある。就業機会の格差という点から見ると、教育程度が低い人々の就業率は低下し、無職世帯の割合も高いままである。就業は貧困のリスクを避ける非常に有効な手段であるが、十分なものであるとはいえない。低所得の人々の半数以上が何らかの賃金所得のある世帯に属しているが、年間を通じて労働時間が短いか、または賃金自体が低い。
すべてのOECD諸国で、所得、教育、職業、個性は世代間を通じて継承される傾向があり、最も富裕な層と貧困層でその傾向は強い。社会的流動性は、格差の大きい国の方が低く、所得がより公平に分布している国の方が高い。
先進国では、政府は格差拡大を抑制するため、増税と社会給付増を行ってきており、その程度は国によって差があるが、これがなければ格差の拡大ははるかに急速に進んでいた。しかし、全体として歳出削減を迫られる中、高齢者への給付が増加または維持される一方で、低所得者への対応に重点が置かれなくなったことなどから、その実効性はこの10年間に低下している。公的な財源による現物給付(保健医療、教育、公営住宅分野)は、各世帯に比較的公平に給付されており、格差を大きく縮小させる役割があるが、税制および現金給付に比べると、その格差縮小効果の度合いは小さい。

本書において、OECDは格差によりもたらされる危険性を警告し、格差の拡大を放置することはできないとして、政府がこの問題に取り組む必要性を強調している。そして、本書に収録された最新の分析結果を勘案する限り、「政府が変革できないものではない」と明言している。この中で、OECDが結論として最も強調しているのは、労働市場の変革による雇用の増加こそ最善の貧困削減策であるという点である。同時に、貧困率が高まっている若年世代の社会経済的な状況を改善するため、より大きな教育機会を提供することが、長期的に経済成長と平等の両方を促進する上で重要な要素であるとも言っている。要するに、短期的・一時的に対症療法的な給付に頼るのではなく、中長期を見据えた教育や自立のための就労支援に、一層注力することが重要だということである。加えて、ワーキング・プアへの対応として、生計維持を可能にするための勤労者世帯への在職給付の提供にも言及している。
日本でも、若年層や非正規労働者の貧困率が高まっている。これまで企業中心の福祉システムに依存してきたセーフティネットが、その対象から除外された非正規労働者の増大によって機能不全に陥っており、あらたな枠組みを再構築する必要がある。同時に、企業内で行われきた若年層への教育訓練などについて、公的または企業の外での就労支援策を拡充することも、喫緊の課題である。
その意味で、2010年12月に連合が確認した『「働くことを軸とする安心社会」に向けて』は、働くことに最も重要な価値を置きつつ、公正な労働条件のもと多様な働き方を通じて社会に参加でき、社会的・経済的に自立することを軸とし、相互に支え合い、自己実現に挑戦できるセーフティネットが組み込まれている参加型の社会をめざしているという点で、本書と呼応する部分が多いといえよう。


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