JIL「労働組合の現状と展望に関する研究」(50)




現場から見る倒産法制の問題点

逢見直人
UIゼンセン同盟常任中央執行委員政策局長
B5判/39頁 2002年10月 (社)教育文化協会発行 無料配布


 日本労働研究機構(JIL)は、1994年1月に「労働組合の現状と展望に関する研究会」(略称:ビジョン町)を設置し、1996年8月以降、順次、その研究成果を刊行してきております。
(社)教育文化協会はこのたび、日本労働研究機構のご厚意によりビジョン研の研究成果を当協会の会員各位に頒布させていただくことになりました。ご尽力を賜りました皆様方には、この場をお借りいたしまして厚く御礼申し上げます。
本書には、ビジョン研の2002年5月23日報告(2002年10月刊行)を収録しました。どうぞご活用ください。

報告概要

1. 民事再生法の成り立ち
1) 倒産件数の増力
   帝国データバンクの調査によると、2001年度の企業倒産件数は2万52件、負債総額は16兆1400億円に達している。戦後、倒産が最も多かった1984年度と比較すると負債総額が非常に増えている。これは大企業の倒産が増えたからだろう。
小泉内閣は日本経済の構造改革には不良債権処理が必須という方針で、金融庁検査を強化し銀行に対して不良債権処理を促す政策をとっており、それを直接処理でやるべきだとしている。しかし、直接処理は企業を倒産させることにつながり、その企業に働く労働者や取引先にも大きな影響を及ぼす。
2) 民事再生法立法の経緯
   2001年度の倒産件数2万52件のうち法的処理による倒産は合計で5798件。全体の3割弱に過きず任意整理や事実上の夜逃げなど法的処理によらないものが多い。そこで、倒産法制をもっと使いやすくする必要があるという考えから2000年4月に和議法を全面改正して廃止する形で民事再生法が出来た。
連合など労働組合は、破産のように企業が全く消滅してしまうよりは企業が再建できた方が雇用を確保できるため、再建型の倒産法制をもっと使いやすくする必要があるという考えから和議法に変わる新しい再建型の法律を作ることを推進してきた。
2. 民事再生法の内容と性格
1) 民事再生法の使い勝手
   民事再生法が施行される直前にゼンセン同盟加盟組合企業の宝石専門店で和議案件があった。この件は和議ではとても通らないが、債権者、債権総額の半分以上が再建計画に賛成すればよい民事再生ならば成立するという見通しから和議を民事再生に切りかえて再生することが出来た。和議であったら破産していただろう。
2) 既存の倒産法制〔破産法、会社更生法〕との比較
 
(1) 法の目的、機能
   破産法は清算で企業が存続しないことが前提。会社更正法は企業の再建をめざすことが建前だが再建できずあきらめてしまう場合もある。民事再生法は事業の再生をめざし企業が残らなくても事業が存続すればいいという考え方で再生計画前の営業譲渡も認めている。また、清算型もあり申し立てだけではどういう処理をするのか見当がつかない。

(2) 処理の主体
   破産法、会社更生法とも従前の経営者は退陣し、裁判所から任命された管財人がその会社の経営権を握って処理にあたる。民事再生法も管財人をおくことが出来るが、実際の裁判所の運用は従前の経営者がそのまま経営し監督委員は裁判所に代わってその企業の状況を監督する形をとる場合が多く既存の法制と大きく違うところだ。

(3) 裁判所の役割
   破産法、会社更生法は、財産の処理などすべての過程で裁判所が積極的に関与しないと先に進まない。民事再生法の場合は裁判所の関与が非常に薄く監督委員にその権限を委任している。監督委員は弁護士が片手間でやっている場合が多く細かいところまでチェックできていないことがある。

(4) 営業譲渡
   破産法の場合、資産が劣化する前であれば営業譲渡できる。会社更生法は営業譲渡が非常に難しいが、現在の倒産法制の見直し論議の中で更生計画提出前に営業譲渡できるようにする中間試案が出ており、今後変わる可能性がある。民事再生法は事業を従業員とともに丸ごと譲渡することが出来る。

(5) 手続き開始要件
   破産法は債務超過していること。会社更生法は事業継続に著しい支障をきたすことなく債務弁済が出来ない場合。民事再生法は経済的苦境にあり、例えば3日後に支払うべき手形が今は支払うことが出来ないという状態で申し立てでき、債務が超過しているかどうかは間わない。特別な準備なしに裁判所に申請することが出来る。
3) 申し立て手続きの簡素化
   申し立て以降の各手続きが簡素化されており、手続き開始まで原則2週間で自動的に手続き開始決定が受けられる。保全処分は書類上、形式が整っていれば、ほぼ裁判所から保全命令が出る。
また、監督委員の意見書はA4の用紙2、3枚程度で済み、債権者の強い反対や経営者の不法行為など再建計画が成立する見込みがない場合を除けば手続き開始決定が出る。営業譲渡に関しては、裁判所は積極的に進める立場で簡単に許可する。
再生計画案は厳密な調査は必要なく経営者の経験と勘で作成できる。
4) 民事再生法における関係当事者の処遇と地位
 
(1) 労働者
   労働債権は先取特権がある一般優先債権で、再生手続きとは無関係に随時弁済が可能である。しかし、労働債権を差し押さえると、その企業そのものがたち行かなくなる可能性があり、結局会社が払ってくれるのを待つしかない。賃金の不払いはそれほど多くないが、退職金は難しい場合がある。

(2) 経営者
   法律上は、A従前の経営者、B従前の経営者+監督委員、C管財人の3つの定めがあるが、実際は、Bのケースをとることが多い。旧経営陣が退陣する必要がないが、経営破綻させた経営者がうまく再建できるのか疑問がある。また、経営者がやめなくて済むという理由から、民事再生法を選択する会社が出てきた。これは、モラルハザードと言える。

(3) 株主
   減資する場合もあるが、原則、株主権は温存される。

(4) 抵当権者・質権者
   金融債権は、基本的に別除権で、いつでも担保権が行使できるが、再生に影響する場合は、裁判所が競売禁止命令を出せる。また、担保権の抹消請求ができる。ただ、別除権のため、金融機関と話をつけるのは非常に難しい。

(5) 債権者
   再生計画の決議には、議決権を持つ債権総額の2分の1以上、かつ、出席者、書面回答者の2分の以上の賛成が必要。
5) 労働組合の関与
   今までの倒産法制では、処理の過程で、労働組合はほとんど関わることが出来なかったが、民事再生法では、下記の点について関与できるようになった。

(1) 営業譲渡を許可するかどうかについて労働組合の意見を聞かなければならない。
(2) 財産状況報告集会で労働組合が意見を述べることが出来る。
(3) 債権者集会に出て労働組合として意見を述べることができる。
(4) 監督委員の書いた調査結果が企業の実態をきちんと見ていない場合は、解任申し立てが出来る。
(5) 資産の処分等にあたって、監督委員の同意事項、報告事項に関して監督委員が否認権を行使するよう申し入れることが出来る。
(6) 再生計画案について、裁判所は労働組合の意見を聞かなければならず、その案の可否について意見を述べることが出来る。また、その結果について裁判所は労働組合に通知する必要がある。

意見を聞くことと取り入れることは違い、聞き置くだけ、言いっ放し、聞きっぱなしが多いと感じている。
6) 処理の多様化
   民事再生法には、存続型、営業譲渡型、精算型があるが、申し立て段階では、どの処理形態になるかわからない。企業別組合の役員では対応が難しく、産別から人が入って、経営者や申し立て代理人の弁護士と交渉することになる。日々変わる状況に速やかな判断が求められるため、現地に常駐して対策することになる。
3. 民事再生法運用上の問題点
 
(1) 大企業からの申し立て
   大企業の場合は、子会社抱き合わせで申し立てする場合が多く、取引先などにも大きな影響が出る。影響の大きさから考えて、現経営陣が居座るのは問題がある。

(2) 労働組合の意見の有効性
   昨年10月に愛知県の山田紡績が申し立てた件は、偽装倒産の疑いが強い。もともと、事業を再建する意思は全くなく、従業員を全員解雇する一方で、債権者には100%弁済する再生計画案を示した。債権者は、自分の金は返ってくるため再生計画に賛成した。労働組合の意見は、なにも聞き入れられず、聞きおくだけで終わってしまった。現在、解雇無効を主張して争っている。

(3) 監督委員の権限の弱さ
   監督委員の許可なく資産を処分することは、手続き上問題があるが、元の状態に戻すよう言うことは出来ない。元に戻すと再生そのものが不可能になってしまう可能性がある。また、債権者が再生計画に賛成していれば、過去に遡って資産処理を無効にすることは出来ず、財産を処分した事実が通ってしまう。

(4) 清算型の悪用
   最初から企業再建するつもりはなく、清算の時間稼ぎのために使う。申請すれば財産の保全命令が出るので、資産の散逸を防ぐことが出来る。これによって、労働債権を取りに行くことが難しくなってしまう。
4. 倒産法制における労働債権の優先順位
   倒産時の労働債権の順位は法によって若干違うが、一般的に言えば、一番上に抵当権などの被担保債権があり、次が租税債権、その次に賃金などの労働債権がくる。労働債権を確保しようとしても上に優先する債権があるため、ほとんどとれない場合がある。公租公課よりも労働債権を優先させることを提案しているが、これは国税徴収法の改正が必要で財務省が強く反対しており難しい状態だ。
ゼンセン同盟で、労働債権の優先順位引き上げについて以下の6点について法制審議会に要請を行った。

(1) 労働債権の先取特権について
   今の労働債権は民法と商法で先取特権の範囲が違っている。民法では最後の6ヶ月の賃金に限定されているが、商法には期間の限定はない。商法には株式会社、有限会社、相互会社等の使用人に限られるという定めがあるが、実際はこれ以外でも倒産する。そこで商法295条の範囲で、民法の6ヶ月の限定を外す。一方で、請負や委任も労働債権と認める。

(2) 請負や委任も先取特権を認めること
   請負、委任の労務債権は、労働債権の扱いを受けていないので、これを先取特権として認める必要がある。

(3) 租税・社会保険料債権よりも労働債権を優先させる。

(4) 労働債権のうち一定程度を、抵当権などの担保権より優先させる。
   例えば6ヶ月分を抵当権などより優先させてはどうか。

(5) 破産手続きにおける労働債権を財団債権とする。
   今は、財団債権でないため随時弁済が出来ない。破産手続き終了後に弁済するので、5年6年とかかる場合がある。

(6) 労働債権の先取特権の行使を容易にする。
   いまは、労働者個人それぞれが申し立てる必要があり、それを代行する弁護士が委任状をまとめる時間が必要で、時間との勝負である先取特権の行使が遅れてしまう。そこで、労働組合が直接当事者になって、先取特権の行使が出来るようにすべきである。

現在、法制審議会の各部会での審議が続いている。なんとか今回の倒産法制見直しの中で、労働債権の順位引き上げ、範囲について改正してしていきたいと思う。

 

目 次

報告概要

1. 民事再生法の成り立ち
2. 民事再生法の内容と性格
3. 民事再生法運用上の問題点
4. 倒産法制における労働債権の優先順位



報 告

1. 民事再生法の成り立ち
2. 民事再生法の内容と性格
3. 民事再生法運用上の問題点
4. 倒産法制における労働債権の優先順位



討議概要

1. 民事再生手続きで関与できる労働組合の条件
2. 民事再生法申請時の再生計画案について
3. 大企業の民事再生法利用について
4. 労働債権の優先順位に関する法制審議会での議論の方向性
5. 「労働債権優先順位引き上げに関する要請書」の請負や委任の労働債権の先取特権について


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