『私の提言』

講評

「第16回私の提言」運営委員会
委員長 南雲 弘行

 本提言募集事業は、「山田精吾顕彰会」による論文募集事業を継承して、2004年から「私の提言・連合論文募集」として衣替えし、第8回から「私の提言・働くことを軸とする安心社会」として、連合が目指す社会像実現のための提言を組合員のみならず幅広く募集を呼び掛け、実施してまいりました。「山田精吾顕彰会」から数えて22回目、連合の事業となってからは16回目となる今回は、連合30周年プレ企画と位置づけ、テーマも「未来は私たちの手で変えられる 連合・労働組合が今取り組むべきこと」としました。

 教育文化協会HP、連合HP、公募ガイドなどを通じて、今回は45編の応募をいただきました。「どなたでも応募できます」という呼びかけに賛同し、労働組合役職員、会社員、教職員、学生、OBなど、多くの方から自身の経験に基づく切実な提言を応募いただいたことは大変喜ばしい限りです。テーマも、AI時代を展望したものや人生100年時代を見据えた働き方、奨学金問題、労働運動・組合活動のあり方を問うものなど将来を展望したものから足元の課題まで多岐にわたりました。その一方で、労働組合役職員からの応募は今回8編となりました。昨年よりも労働組合役職員からの応募は増えたものの、依然として、連合・労働組合に対する提言が多いとはいえないことや、単位組合(企業)で働く組合員・現役労働組合役職員(特に30代~40代)からの応募が少ないことは大きな課題として受け止めており、次回以降、積極的な働きかけを行っていきたいと考えています。

 提言を評価する任務を与えられている運営委員会としては、①文章表現、②具体性、③独自性、④社会性、⑤現実性の観点から、「連合・労働組合に対する提言になっているか」「自身の経験を踏まえたオリジナリティある内容であるか」などを念頭に最終選考にあたり、委員の総意で「佳作賞」2点、「奨励賞」2点、「学生特別賞」1点を選出しました。特に、連合寄付講座を受講している大学生からの応募も続いており、労働教育の裾野が着実に広がっていることは回を重ねるごとに感じています。また、今回は高校生3名からもご応募いただきました。残念ながら入賞には至らなかったものの、若い世代が自分たちの未来に対して積極的に提言を寄せていただいたことを心強く感じました。
 一方で、今回は審査の結果、残念ながら「優秀賞」の選出を見送りました。審査の最後まで優秀賞に値する提言とは何か、議論は尽きませんでした。着眼点や問題意識に優れた提言もありましたが、提言内容の具体性やインパクトなどに欠けるとの判断により、運営委員の総意で優秀賞を選出しないこととなりました。しかしながら、今回ご応募いただいた全ての方の論文から、現状の課題を解決したいという強い思いを感じ取ることができました。

 最終選考にあたっての議論経過は以上ですが、入賞提言についての詳細なコメントは、運営委員の橋元秀一さん、廣瀬真理子さん、大谷由里子さん、吉川沙織さんに寸評をいただいておりますので、ぜひご覧ください。今回の45編の提言に託された思いを受け止め、いかにして連合運動に生かしていくかがわれわれの使命であると思います。第16回定期大会において報告された連合ビジョン「働くことを軸とする安心社会-まもる・つなぐ・創り出す-」の実現に向け、より多くの皆様からの提言をお待ちいたしております。

 また、最後になりますが、応募いただいたすべての方に感謝申し上げるとともに、ご多忙の中、審査にご尽力いただいた運営委員の皆様に御礼申し上げます。


寸評

國學院大學 橋元 秀一

 前回までに比べ、提言内容が明確となった作品が多かった。また、組合員からの提言がやや増えたことは喜ばしい。残念ながら、優秀賞は該当作なしとなったが、記すように、今後の労働運動にとって有益な提言が寄せられており、広く受け止められることを期待したい。 佳作の松岡康司氏「第4次産業革命が進展した社会における労働運動課題―労働組合こそ新情報技術の積極的な利活用を―」は、第4次産業革命がもたらすであろう「Society5.0」と呼ばれる未来社会において、AI技術などを含む新情報技術の利活用がもたらす影響を「労働組合の視点から冷静に検証し、労働者のために労働組合に何ができるのか」という視点から考察する。ポイントを雇用への影響とテレワークの広がりによる職場不在の2点に絞り、提言している。前者については「新規雇用創造と既存雇用喪失」のマッチング、職業紹介と職業訓練の一体化システムの構築、後者については「全労働組合共通のスマートフォンアプリによる活動の展開」が提案である。労働市場での取引を優位に展開することをめざす供給組織の役割を本質とする労働組合にとって、極めて重要な課題を正面に据えた提言となっている。連合、産別組織、単組での真剣な受け止めと、将来を見据えた具体化が強く期待される提言であると言えよう。
 同じく佳作の津崎暁洋氏「「『現代型労働組合活動』のすゝめ」~誰かが、ではなく全員で。~」は、現場感覚から組合活動の活性化に求められる課題に対し、「6つのテーマと方法論」を提言している。「組合って何?を想像させる(組合活動をわかりやすく)」組合員研修など、キッコーマン労働組合での取り組みや経験を踏まえた積極的で有用な活動改善の提案である。歴史や伝統を受け継ぎつつも、現代にふさわしい「変革と革新」を提起する内容となっている。労働者の日々の働きぶりのあり方に組合機能・役割がどのように関係しているのかという組合の原点との関わりを意識すれば、多様な組合における活動改善の提案としてさらに輝きを増すものとなろう。
 学生特別賞の藤井怜氏「『学ぶ機会の確保』と労働組合・連合―奨学金の問題を中心に―」は、「教育無償化法」による低所得者に限定した無償化が、中間所得層子弟に配分されていた授業料減免の削減をもたらし、かえって「中間所得層の学生の『学ぶ機会』は大きく失われる可能性が高まる」ことを指摘している。この政策の見直しを働きかけるよう連合に期待し、単組にも独自の奨学金制度実施や企業への働きかけを提言している。
 奨励賞2作品も、地方連合会と単組の役割を現代にふさわしく大きく改革することや、活動スタイル・コミュニケーション手法の大胆な改革など、傾聴すべき提言であった。授賞とはならなかったが、ある書店の労働組合運動史や経営の立場で労使交渉に関与してきた方の作品など、これからの労働運動や労使関係のあり方について考えさせるものもあった。理由や根拠を書き込んだ積極的で大胆な提言を、さらに期待したい。


寸評

東海大学 廣瀬 真理子

 今回審査対象となったのは、40本の提言でした。その審査過程では、受賞候補の選考に当たって、審査委員の間で意見が広く分散したこともあり、優秀賞については、「該当なし」という結果になりました。
佳作賞に選ばれたのは、松岡康司さんと、津崎暁洋さんの提言でした。
 松岡さんの提言では、テレワークが進むなかでの労働運動の具体的手法が示されていました。スマートフォンなどを活用した組合活動の促進について積極的な提言が示されています。新情報技術の導入に注目したのは興味深いのですが、その「時代にマッチする新たな運動を創造する」という良い面だけでなく、課題は何かという点についても検討を加えると、さらに説得力が増すと思います。
 津崎さんは、「現代型労働組合活動」を進めるための具体的な提言を行っています。実施された研修内容などから導き出された「提言」の項目には、現実味がありました。その根底にある考え方は、「スピード豊かな変化に対応しながら、多様性の観点から最適点をめざす組合運動」とされていますが、「スピード豊かな変化」、「多様性の観点」、「最適点」などの言葉が何をさすのかについて、もう少し説明をうかがいたかったです。
また、奨励賞には、川尻史朗さんと三橋沙織さんの提言が選ばれました。
川尻さんの提言では、変化する社会において労働組合の役割と意義を「再構築」することが重要である、という見方から、単組、産別、連合のそれぞれの取組みについて議論が展開されています。提言の柱は具体的に示されているのですが、これまでの労働組合における議論に照らし合わせて、踏み込みがやや弱い点が指摘され、今回は奨励賞にとどまりました。今後のさらに発展した提言に期待したいと思います。
三橋さんは、組合活動について、ツールとしてのオンラインコミュニケーションの効率性と有益性を用いて、その活用をめざすべきと提言しています。たしかに、最近では、スマートフォンなどを用いたコミュニケーションが盛んになりました。しかし、いつでもどこでも「つながる」ことさえできれば、お互いを理解することにもなるのでしょうか。活用方法とともに、その限界についても検討が必要ではないかと思います。
今回の学生の応募は、大学生と高校生をあわせて6人でした。そのなかで、学生特別賞に選ばれたのは、大学4年生の藤井怜さんの提言でした。
 藤井さんは、教育費無償化によって発生する、ボーダー層に置かれる学生の学業の継続の困難さを指摘して、奨学金の確保と返済に労働組合の役割をもとめることを提言しています。ボーダー層に着目した点は、現実的な問題をとらえていますが、労働組合の役割が、もっぱら独自の奨学金制度の実施と企業の奨学金支援の拡充への交渉に向けられている点には、やや偏りがあるように思われました。国の奨学金制度のあり方も視野に入れて、労働組合の意義と役割を考えてみることも必要ではないでしょうか。
 そのほかにも応募作品のなかには、体験にもとづく貴重な提言がいくつかありました。一個人の体験談にとどめずに、それを社会のなかにどのように位置づけるのかを明確にするような提言が、社会を変える力につながるように思います。次回の応募にも期待しています。


寸評

志縁塾 代表 大谷 由里子

 「学生特別賞」の岩手大学の藤井怜さん。労働法を専攻して法学の観点から労働問題について研究されているだけあって、学生と思えないくらい、かなり水準の高い提言です。内容は、「学ぶ機会の確保」を労働組合や連合に提言したもので、奨学金などに触れています。「優秀賞」に推す委員もおられたほどです。ただし、わたし個人としては、もう少し、海外の例などにも視野を広げて研究して欲しいという観点から未来に期待して、学生特別賞に推させていただきました。また、同じ意見の委員も多く学生特別賞となりました。結果、藤井さんを超える論文が無く、「優秀賞」は、今回見送られることとなりました。

 そして、情報労連の中央執行委員の松岡康司さんと、キッコーマン労働組合中央執行委員長の津崎暁洋さんが「佳作賞」に選ばれました。松岡さんの提言は、インターネットやAIを用いたコミュニケーションの提案で、これからの労働運動が考えなければならない課題です。ただし、目新しいものでなく、取り組んでいる単組もあることから、「優秀賞」まで行かず、「佳作賞」となりました。津崎さんの提言も分かりやすい内容であるものの目新しさに欠けるということで「優秀賞」でなく「佳作賞」となりました。ただ、こうして、労働組合の役員の方々がきちんと提言を出してくださって、わたしは、嬉しいです。

 「奨励賞」には、連合岐阜役員の川尻史朗さんと、UAゼンセン国際局の三橋沙織さんの二人が選ばれました。三橋さんも「佳作賞」の松岡さんと同様オンラインを使ったコミュニケーションの提言です。松岡さんと比べると提言として弱いということで「奨励賞」となりました。川尻さんの提言に対しては、委員メンバーが、「斬新だ」という意見と、「当たり前のことだ」という意見に分かれる場面もあり、「佳作」か「奨励賞」かで、議論となる場面もありました。また、「これこそ、優秀賞ではないか」という意見もあり、委員の立場によって見方が違いました。また、「もう少し研究して欲しい」との意見もあって、「奨励賞」に落ち着きました。

 個人的には、今回、コミュニケーションや他者理解を扱ったものが多く見られた気がします。また、執行部の方が書いた提言も以前より増えたことを嬉しく思いました。これからも、現場を知っていて、現場で活動している執行部の方が、課題や問題を提起して、提言してくれることが望ましいと思いました。

 今回も楽しく読ませていただきました。来年もたくさんの応募があることを期待しています。


寸評

参議院議員 吉川 沙織

 連合「私の提言」募集の運営委員として、第7回以降選考に携わる機会をいただき、評者にとって節目の10回目を迎えた。ただ、今回は(1)テーマに関する議論、(2)優秀賞の選出に関する議論において委員間で意見が噴出し、難しい選考過程であったと言わざるを得ない。

 まず、全体を概観する点から(1)テーマに関して触れたいと思う。これまでは、「働くことを軸とする安心社会」の実現につながる提言を募ってきたが、今回はより一層広く門戸を開く観点から、「連合・労働組合が今取り組むべきこと」と比較的自由なテーマ設定にし、さらにはこの他のテーマでも応募を可とした。しかしながら、今回、昨年比で見ても提言数は横ばいであり増加に転じたとは言い難く、また個々の提言に思いは詰まっているものの、それぞれ訴えたいテーマに特化した提言であったがために、評価し辛い側面があったことは否定できない。

 次に、(2)優秀賞の選出に関する議論にもつながると考えているが、第11回以来、2度目となる優秀賞「該当なし」との結論に至った点である。今回は、連合30周年プレ企画でもあり、委員間でも相当時間をかけて議論したが、残念ながら優秀賞は「該当なし」とせざるを得なかったのである。近年の選考過程において、優秀賞の選出有無についての結論さえ得られれば、その後の選出についてはスムーズなものであり、選出するならこの提言、というのが委員間で自然と収斂されてきた。しかし、今回は委員によって評価する提言が分かれてしまったのである。これも、テーマを比較的自由にしたことに依拠するものではないかと評者は考えている。

 最終的に佳作賞2編、奨励賞2編、学生特別賞1編を選出した。特に、学生特別賞に選出された藤井氏の提言については学生特別賞に留まらず、優秀賞や佳作賞に選出しても良いのではないかとの議論があったことは特筆しておきたい。さらに、学生特別賞の藤井氏以外の選出が、労働組合役員のみになったことは10回選考を経験している評者として初めてのことであり、評者自身は一般の方からの提言を佳作賞や奨励賞の候補として選んでいたことも付記しておきたいと思う。

 これまで10年間、運営委員の一人として提言数が増える取り組みを求め、都度改善をいただいてきたが頭打ちになっている現状をいかに打破するか、そして、30周年を迎えた連合運動にも活かせる提言をどう募るか、改めて検討していく必要があるのではないかと考えている。


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