私の提言

奨励賞

埋もれている宝を発掘しよう!
-超高齢化社会に応需する潜在医療資格者の活用方策-

中澤 真弓

1.はじめに-超高齢化社会を迎えて-

 我が国の人口推計から、「2025年問題」がささやかれている。2025年には、第一次ベビーブームで誕生した1947~1949年生まれの団塊の世代が、後期高齢者に突入する。人口の4人に1人が後期高齢者になるのだ。
 本年、既に団塊の世代は前期高齢者となった。今まで国を支えてきた世代が、医療・福祉の給付を受ける側になることにより、今後、社会保障のバランスが崩壊することが懸念されている。高齢になれば、当然、病気をしたり怪我をしたりする可能性も高くなる。社会保障を受ける対象となる人数が格段に増えるばかりでなく、それを支えてきた医療・福祉を提供する側の人間も、同じように高齢化していく。
 私は団塊ジュニア世代。年金や介護保険料を納めているものの、「自分が給付を受ける頃にはどうなっているのだろう。少子高齢化が進み、給付を受けることができなくなるのではないだろうか。」という漠然とした不安や疑念を持っている。40代の自分でさえ、このように考えているのだから、10代や20代の若者が将来に希望を抱くことができるのであろうか。

2.自分の経験から

 私は、20歳で消防機関に就職し、救急業務に携わっていた。勤務先の研修制度により、救急救命士という国家資格を取得させていただくことができ、救急車に乗務していた。急病人や怪我人の応急処置(時に心肺蘇生や薬剤投与、気管挿管などの救急救命処置)を行い、医療機関へ搬送する仕事をしていた。
 救急要請は昼夜を問わない。出場件数も年々増加し、精神的にも肉体的にもハードな仕事であったが、人命救助に関わることができるという大きなやりがいのもと、とても充実した日々を送っていた。
 しかし、近年、増加の一途をたどる救急需要への対応が懸念されている。2014年版消防白書(総務省消防庁)によると、2013年の全国の救急車出動件数は約591万件で、4年連続の過去最多記録となった。また、搬送者の約半分は入院が必要ない軽症者が占めている。救急出動の需要増大の弊害として、直近の救急隊が出場できなくなることで現場への到着時間の延伸が問題となっている。実際、119番通報から救急車が現場へ到着するまでの時間は全国平均8.5分で、10年前より2.2分遅くなった。
 また、救急出動の需要増大は救急隊員の労務管理にも影響している。2014年には横浜市消防局の救急隊員2名が、度重なる救急出動により休憩がとれないのは違法だとして市に対して損害賠償を求めた。
 救急出動の需要増大対応策として、国や消防機関では救急車の適正利用を広報している。さらに、財務省は2015年5月11日の財政制度等審議会で、軽症で救急車を呼んだ人に費用を請求することを提案した。
 救急車は限りある医療資源であり、一部の不適切な利用者によって、真に必要とされる人のもとへの到着が遅れてはいけない。私は、救急車の不適切な利用実態を明らかにすることを目的とし、2012年に救急車の頻回要請者の実態を調査した。当時勤務していた消防署の管内(東京23区の一部で、人口約68万5000人の行政区の3分の1を管轄する地域)で年間5回以上救急車を呼んでいる人が約50人もいることがわかった。東京消防庁の消防に関する世論調査では、救急車の要請経験のある都民の6割が要請回数は1回であると回答していたので、同一人物が頻回に要請していたことは「普通ではない」と感じた。しかし、頻回要請者の特性を調べると、「第三者の関与がない」「既往症を抱えている」等の理由があった。もともと、不適切な濫用ではなく、理由あって救急車を呼んでいたのだ。
 本来、消防法で定める救急業務とは、「災害により生じた事故若しくは屋外若しくは公衆の出入する場所において生じた事故(中略)による傷病者のうち、医療機関その他の場所へ緊急に搬送する必要があるものを、救急隊によって、医療機関その他の場所に搬送すること」とある。しかし、現実に、私たちが「緊急」と思わないようなことでも、利用者側にとっては、緊急やむを得ない状況であると危機感を持っていることが多く、要請回数が多いことが必ずしも不適切ではないのである。
 でも、もしそこに、救急車に替わるサービスがあったら、どうだろうか。医療や福祉の知識技術を持った者が、通院の補助や手続き、搬送車の手配をしてくれていたら、少しは救急車の需要抑制につながるのではないだろうか。そして、需要が増大し疲弊していく救急隊員の代わりに、医療の知識技術を持った人たちが新しい形で仕事を行い、困って救急車を利用せざるを得ない人たちに新たなサービスを提供できないものだろうか。そのようなことを考えながら、救急業務に携わっていた。

3.潜在医療資格者の存在

 さて、私は40代になり、過去に救急医療に携わってきた経験を教育と研究の分野で活かしたいと考え、本年4月から大学教員兼大学院生となった。過去の職務経験を学生に伝承することができ、救急業務に実際に携わっていたからこそ研究をしてみたい課題がたくさんある。
 しかし、消防機関を退職した今、「救急救命士」という国家資格を活かした実務ができなくなってしまった。なぜなら、救急救命士法では、「重度傷病者が病院又は診療所に搬送されるまでの間に救急救命処置を行う」と決められており、具体的には、救急救命士は救急自動車の車内か、車内に収容するまでの現場でしか救命救急処置を行うことが許されていないという、いわゆる「場」の制約があるからである。我が国では、救急業務は消防法に基づき自治体消防が担っている。私のように消防機関を離れた救急救命士は、今、目の前で心肺停止状態の傷病者が発生したとしても、自分が過去に業として実施していた高度な救急救命処置は、仕事として行うことができないのである。
 同じ大学の教員でも、医師や看護師の教員は、教育や研究を行いながら、医療機関での診療や勤務を継続し、現場の感覚を失わないようにしている。しかし、前述のように、私は「消防署に救急隊のアルバイトに行ってくる」というわけにもいかず、私のスキルはこの先維持できるのだろうかと不安を感じている。また、この先、救急車に乗務し救急業務に就きたいと希望しても、消防機関には採用の年齢制限があり、現場の最前線での再就職は出来ないのが現状である。私が大学で教えている救急救命士コースの学生は、多くの者が、消防機関で救急隊として勤務することを希望している。にもかかわらず、消防職員の定数は各自治体で決まっており、希望者全員が救急隊として乗務できるわけではない。救急救命士の資格を取得できても、消防機関に就職できず、資格を生かすことができないまま消防機関以外の企業や官公庁等に就職している者も少なくない。
 NHKで今年2月に放送された「クローズアップ現代」では、専門職として医療や福祉に関わる資格を持ちながら就労していない、いわゆる「休眠」資格者の活用に注目していた。看護師71万人、歯科衛生士14万人、理学療法士3万人が休眠資格者であるという。ある地域では、他職種と連携し在宅ケアを行う試みなどを紹介していた。このような休眠資格者は、「眠れる宝」だという。番組の中で紹介された方は、子育てが一段落し、都合の良い時間に専門性を活かした仕事を行うことで、収入を得て、さらにはやりがいも生まれているということであった。また、技術の維持にも結び付いている。このような働き方ができれば、医療や福祉の現場の最前線で疲弊していく人達の負担の軽減になることはもちろん、眠っている専門職としての資格も活用できる。
 医療系の資格取得のためには、専門の教育を受けなければ国家資格の受験資格が取得できない場合も多い。その専門教育を受けるためには高額な投資が必要となる。学費.jpホームページによると、資格取得のための専門学校の平均学費は看護師が231万円、臨床検査・診療放射線・臨床工学技士で358万円、介護福祉士で199万円となっている。医療系の資格取得のために投資しても、せっかく取得した資格が生かされないのであれば、なんと費用対効果の不均衡であろうか。特に、医療・福祉の分野は、超高齢化社会に必ず必要となる分野である。資格者を活用できないのは、宝の山を捨てているようなものである。
 資格が生かせない現状は、様々に推測される。私のように、消防を退職したことにより救急業務に就労できない救急救命士もいれば、育児や介護等のライフスタイルの変化で勤務が難しくなり、やむを得ず現場を離れている人もいるだろう。また、長期に現場を離れてしまったことにより、知識技術に自信が持てず復職をためらっている人もいるかもしれない。
 しかし、超高齢化社会の日本では、医療や福祉の専門知識を持った資格者がどうしても必要なのである。新たな育成も大切であるが、眠っている数十万人の潜在資格者がそれぞれに応じた形態で勤務することができれば、大きな力となるのではないだろうか。

4.潜在医療資格者活用場所の提言

 2015年7月、総務省消防庁の報道発表の中で、消防機関以外の救急救命士の活用について検討していく方針が打ち出された。社会資源の有効活用の視点から、消防機関外の救急救命士を医療資源として活用を推進するとともに、関係機関との連携を強化するというものである。消防機関に属さない救急救命士が、救急隊に引き継ぐまでの処置等を担う仕組みを構築することを目的としているという。具体的な策は今後検討されるにしても、国がこのような方向に検討を始めてくれたことは、私にとって、大変嬉しいことであった。私のように、消防機関に属していない救急救命士は、現在約1万6000人にも及ぶ。現場を離れているとはいえ、国で認定したもらった資格を持っているのである。資格取得のためには、多くの勉強を積み重ねていた事実がある。その知識技術を活かせる場があるとしたなら、どれほど多くの資格者が労働意欲を掻き立てられるであろうか。
 また、潜在資格者の活用は、政府が提言する女性活用方策にも深くかかわっている。内閣府男女共同参画局のデータによれば、女性は結婚・出産のライフイベントごとに就業割合が低くなっている。2011年の調査では、結婚前に就業していた女性(職種に関係なし)が結婚後の就業が約7割となり、さらに第1子出産で約3割に、第2子出産で約2割にと、どんどん就業割合が下がっていく。特に、看護師は女性が多い職種である。厚生労働省が2011年に発表した「看護職員就業状況等実態調査結果」によると、再就職を望む離職中の看護師の約半数が、パートやアルバイトでの勤務や、週30時間未満の就業を希望している。夜勤も含めた厳しい勤務条件では、就労希望があっても実現できない潜在資格者がいるのは当然である。
 潜在資格者を活用するためには、様々な場で様々な勤務形態を提供することが必要となる。
 私は、過去の経験から、医療資格者を活かせる場として次の提言をしたい。

(1)マラソン、コンサート会場など不特定多数の群集が集まるイベント会場での活用
 各イベントは、通年で開催されるというよりも、限られた日のみの開催が多く、スタッフ側も慣れていないことが推測される。しかし、ひとたび事件や事故が発生すれば、観客はパニックとなり、多数傷病者の発生も危惧される。そのような場に、医療資格保有者がそれぞれの任務を明確化し配置されていれば、共通認識のもとに行動できることが期待される。また、登録制の勤務にして、自身の都合のよい日時に勤務できる体制であれば、他の仕事や育児・介護に支障なく現場経験を積めるのではないだろうか。ただし、危機管理については事前に研修を行うなどして教育しておく必要がある。

(2)社会福祉施設、学校等一定頻度で傷病者の発生が推定される場所
 これらの施設は、入居者や集まっている人に大きな変化はないものの、災害弱者が集まっている場所でもある。一定頻度で怪我や病気が発生すると予想される。また、日常生活の介助も必要な場合がある。

(3)駅、アミューズメント施設等、常時不特定多数の集客が見込まれる場所
 毎日のように不特定多数の集客がある場所は、やはり事件や事故の発生が危惧される。平時でも、どのような人が利用するかわからず、健常者・障害者・怪我人・病人・高齢者・子どもと、様々な人が訪れる。そのような施設に医療資格者が配備されれば、有事の対応だけでなく、普段からのきめ細かいサービスが実施できるだろう。

(4)高齢者や要介護世帯等の個別訪問
 先に述べたように、やむを得ず救急車を頻回に利用する人もいる。それは、家庭では解決できない事情があり、さらに救急車に替わるサービスがないからである。特に、通院の付き添いや生活の介助に関しては、医療の専門知識が期待される。
 上記以外にも、多くのフィールドで潜在資格者が必要とされていると考える。

5.課題

 前項では、潜在医療資格者の活用が期待される場所を提案したが、実現のためには多くの課題がある。
 育児や介護等、資格者側の都合で就業できない場合、個人のライフスタイルに合った勤務条件が必要とされる。しかし、現実には、パートタイムやアルバイトでは低賃金で保障もない状況となってしまうことが考えられる。資格に応じた職種を充て誇り高く勤務できる条件を備え、資格者が高い意識を持って仕事に臨めるようにすることが、結果的に国民の利益に繋がるのではないだろうか。
 また、法で決められた業務の制限もある。実際に、救急救命士が医療機関で就業しているケースもあるが、医療機関では本来の専門である救急救命処置を行うことが許されていないため、実際の業務は医師や看護師の補助や事務的な業務になるようである。専門性がない仕事を継続していては、モチベーションの低下につながる。やはり、餅は餅屋というとおり、専門技術を発揮できるような法整備も必要であろう。
 また、現場の実務から長期間離れていると、意欲はあっても復職にためらう場合がある。医療系の資格は、人の命を扱うという特殊性から、それは当然の真理である。しかし、一度現場を離れてしまったら戻れないような資格は見直すべきであり、長期的に資格が生かせるような教育研修制度の構築が必要である。就労していない資格者は、教育や研修を受ける機会も無いのが実情である。今後の勤務等を条件に、無償で教育や研修を行う制度があればよいと思う。
 さらに、得意分野を活かし、苦手分野をカバーしあう職種連携も必要と考える。縄張り争いではないが、どうしても同じ職種で固まってしまう傾向にある。私は救急救命士として、危機管理や搬送業務については他の医療資格より秀でていると自負している。しかし、傷病者の体位変換や、意識のある人に対する接遇などは看護師や介護士にかなわない部分もあり、在宅医療関係の機器などは臨床工学技士ほどの知識もない。また、行政の福祉制度などの活用方法について、救急現場に臨場したケアマネージャーから教わったこともあった。また、医療機関での研修では、他職種の指導者から供用を受けたことが、現場で大いに役に立った。異なる資格者がチームを組んで、互いの欠点をカバーし、逆に得意分野を他の資格者に教授することができれば、不安の解消と技術の向上に繋がっていくと考えられる。

6.おわりに

 今回、医療系資格の活用や職域の拡大について提言をさせていただいたが、実現のためには法の整備が必要な場合もあり、いますぐに改革できない問題も多い。
 私は大学教員として、18歳から20代前半の若者が勉強をしている姿を毎日見ている。世間では、「ゆとり世代」「さとり世代」等と揶揄され、基礎学力や物事に対する情熱の不足を指摘されているが、それは真実とは思えない。指導者が彼らに夢を与え、勉強の面白さに気づかせることができれば、学生は自ら考え、学んでいくものと実感している。彼らこそ国の宝であり、これからの社会を支えていく柱となっていく。
 しかし、超高齢化社会は確実に進行し、4人に1人が後期高齢者となる2025年は、すぐ目の前である。その前には東京オリンピック・パラリンピックが開催され、日本は安心・安全に過ごせる国として世界から期待されている。その頃、今まさに大学で勉強している私の教え子たちは社会人となり、各分野で活躍をしてくれるであろう。その若者たちが、専門職としての誇りを持ち、将来に夢と希望を持って働いてくれるため、私の提言が実現されることを切に願う。


【参考文献・資料】
1.2014年版消防白書(総務省消防庁)
2.救急車、軽症なら費用請求案(2015年5月13日朝日新聞朝刊)
3.平成23年「消防に関する世論調査」(東京消防庁)
4.学費.jpホームページ
5.総務省消防庁ホームページ
6.内閣府男女共同参画局ホームページ
7.看護師職員就業状況等実態調査結果(厚生労働省)


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