私の提言

奨励賞

教育支援制度拡充に向けた提言
~非正規雇用労働者の貧困問題をトリガーに~

角谷 博

1.はじめに

 今年の通常国会、派遣労働者受け入れ期間上限撤廃という労働者派遣法「改悪」案が廃案となった。生涯派遣・低賃金を固定化し、派遣労働者の正社員化を一層阻む法案が結果として果たされなかったことは喜ばしい限りである。だが廃案となった経緯を見れば、事実労働界及び野党の反対はあったものの、最たる要因は厚労省事務方のミス、同省配布資料のタイプミスによるものであり、その為野党が審議入りを拒否、結果として政府自ら法案を取り下げたものであった1。従って残念ながら、次期国会に於いては、現行の与野党勢力の構図からすれば、稀に見るこの悪法も成立を阻止することが難しい。
 だが今考えるべき問題は、政治勢力バランスの解消以上に、政府が労働界の声を全く聞き入れることなく、悪法をも法制化できるという事実、労働界の反発が政府に圧力を掛け得ぬこと。それ程までに労働界の連帯、運動の力が弱まっていることではないか。労働界が一枚岩となり、強靭な力を以って反発すれば、政府とてその声を無視することができない筈である。それは今日までの歴史が証明している。しかし今、組合の組織率は稀に見る低水準であり、厚労省発表の資料によれば、連合・非連合トータルで、昨年2013年組合加入率は全雇用者5,571万人の17.7%、982万人に過ぎない。更に連合は、組合員数670万人、全雇用者の12%に止まる2。最早この数字からも明らかなように、今日の労働界の情勢は、残念ながら一体となった大きな運動には発展し難い事態となっている。
 今回廃案となった派遣法改正のみならず、正規労働者に対する不払い残業、長時間労働、解雇の金銭解決制度の導入、限定正社員制度の促進、残業代ゼロ(所謂ホワイトカラーイグゼンプション)など、労働者全体の暮らしが一層脅かされている。これらの諸問題を克服し、且つ働く者の処遇を改善の方向へと押し戻す為には、労働界は一枚岩となった力の結集が求められていることは言うまでもない。その為には組織率の向上こそ急務であり、喫緊の問題であることを論の初めに唱えたい。如何なる運動・主張・提言も、労働界の連帯なくして実現は覚束ない。まずは政府の横暴を許さぬ為にも、労働界の力の結集が求められていることを訴えたい。
 本稿では極めて厳しい処遇の下に働く非正規労働者に焦点を当て、その処遇改善の必要性を述べると共に、その子息に対する教育支援制度の拡充について提言を試みたい。現在、非正規労働者は増加の一途を辿っている。諸々の保険料、税、年金、その支払いさえ儘ならぬほどに彼等の生活は逼迫している。これは廻り回って、正規雇用の労働者にも影響を及ぼす問題である。更に、近年非正規労働者の低賃金が、彼等の子供達の教育機会を奪う問題に発展しつつある。子は親を選ぶことができない。親の低賃金により、憲法で保障される「教育を受ける権利」が侵害されるとすれば、これはあまりに理不尽であり、早急に是正されなければならない問題だと考える。現役の労働者だけではなく、次世代の労働者、そして家族までもが安心して暮らせる社会の実現を目指し、論を始めることにしたい。

2.労働界の現状

 表1は「正規雇用と非正規雇用労働者の推移」である。周知のように、政府は財界からの要請を受け、1985年労働者派遣法を成立させた。以後業種に定めのない原則自由化、派遣期間の延長、製造業への派遣解禁等、矢継ぎ早に改悪を重ね、結果、今日非正規は全労働者の36.7%にまで激増した。表を一見すれば、正社員が減少し、非正規が年々増加していることが分かる。更にこの表を考察すれば、非正規から正社員になることの困難さ、そして一旦正社員から非正規になれば、再び正社員に戻ることの困難さをも物語っていると言えよう。


表1.「正規雇用と非正規雇用労働者の推移」(厚労省HP3より)

 近年景気が回復傾向にあり、学生の就職内定率も向上しているとは言え、依然として不安定な雇用の非正規が増え続けていることは紛れも無い事実なのである。
 表2は、正社員と非正規の平均年収である。年代を考慮しない全体の平均値ではあるが、その両者の年収には大きな格差があることが分かる。ここに挙げた非正規の平均年収にはフルタイムの就労ではない、所謂パートやアルバイトも含まれているのであるが、一般的に男性が一家の大黒柱であるケースが多いことから、非正規の男性年収226万円が、男女共にフルタイムで勤務した場合の非正規の年収と見てほぼ大差はないと考える。

  正社員 非正規
年収(男性) 521万円 226万円
年収(女性) 350万円 144万円
年収(平均) 468万円 168万円
表2.平成24年正社員・非正規労働者平均年収(国税庁HP4

 年収226万円。これが非正規のフルタイムで働いて得られる額である。言うまでも無く、これでは労働者一人が自立した生活を送ることさえ困難な数字である。事実上、親や親族への依存(パラサイト)無しにはほぼ生きていけない収入と言っていいだろう。更に前述のように、この非正規の数は今も拡大し続けているのだ。仮に、正社員の親が非正規の子を持ったとすれば、親は現役を退いて尚、子に対し経済的援助を行わざるを得ない。今正社員であり、非正規と比して高い収入を得ていたとしても、親は安心した老後を暮らすことなどできない状況にあるのだ。ここに非正規の処遇を改善する為に、正社員が傍観者であってはならない一つの理由がある。労働界全体の取り組みが求められているのである。
 だが、誰もが願えば安定した正社員として働くことができ、仮に非正規であったとしても、十分自活できるまでの賃金に引き上げるということは、一朝一夕には不可能であろう。昨今、企業の内部留保だけに着目し、全ての労働者の安定雇用と賃上げが可能とする主張がある。しかしそれは短絡的、非現実的な話と言わざるを得ない。雇用側は実に30年の時を費やし、雇用の調整弁たる非正規という階層を作り上げてきた。国際競争力確保という美名の基、宿願としていた雇用形態を、言わば「合法的」に手に入れたのである。生半可な労働界の抵抗と反対だけで、それを劇的に覆すことはできない。現実的には、地道な運動を継続し非正規の処遇を改善していくこと、徐々にではあろうとも雇用側との鬩(せめ)ぎ合いの中で、非正規の労働条件を押し戻していくこと以外に道は無いと考える。


表3.平成25年不本意非正規の状況(厚労省HP5

 正社員を希望しながらも叶わず、已む無く非正規となることを「不本意非正規」とカテゴライズする考え方がある。表3は厚労省がまとめた年代別の非正規中に占める不本意非正規の数値である。
 一見して、25~34歳の層が突出しているのがわかる。1993年からの12年間、就職氷河期と言われた時代に高校、大学を卒業した所謂ロストジェネレーション(ロスジェネ)世代が、正社員になる機会に恵まれず、不本意非正規中に一群を形成しているものと考えられる。そして別の厚労省発表の資料に拠れば、平成23年に於ける男性の初婚平均年齢は30.7歳であるという6。つまり、不本意非正規の大きなウェートを占めるロスジェネ世代が、今結婚適齢期を迎えているのである。一人、生計を立てることすら困難な境遇にあって、結婚し、子供を持ったとしても、その生活は一層の困窮に直面するであろうことは目に見えている。

15~24歳
(非在学)
中卒 62.8
高卒 40.1
専修学校・短大・大学院 27.1
学歴計 37.5
中卒 89.0
高卒 61.8
専修学校・短大・大学・大学院 34.7
学歴計 49.8

(%)

表4.若年学歴別の非正規・無業の割合(対非在学人口)
(日本教育行政学会研究推進委員会『教育機会格差と教育行政』7より)

 もう少し非正規労働者の現状を掘り下げてみよう。表4は統計局発表の資料から作成された15歳から24歳の学歴別の非正規・無業の割合を示した表である。ロスジェネ世代は高学歴であっても正社員への道が閉ざされていたため例外的な存在と考えたとして、一般的には男女共に学歴が高くなるに従って、非正規・無業の割合が低くなっている。つまり進学する程に、非正規や無業にはならない傾向がはっきりと表れている。
 今の非正規の低所得が改善されなければ、彼等の子供たちに十分な教育を受けさせることができず、それは世代を超え、継続した非正規を生み出す確率が高いことが推察される。言わば貧困の世襲であり、結果として貧困の世代的再生産を招いてしまうことになる。冒頭述べたように、子は親を選べない。しかしその親すらが、決して本意ではない非正規として劣悪な労働条件の中、困難を強いられているにも関わらず、その子供までもが半ば、親の境遇によって人生を左右されてしまうとしたら、これほど理不尽な話はない。そしてあってはならない話である。ここに非正規の貧困問題をトリガーに、現在の教育支援制度の在り方を再考すべき必要があると考える。

3.提言

 2010年に施行された高校授業料無償化は、進学率の向上、経済的理由による中途退学者の減少をもたらした。入学金、制服代、通学費、修学旅行費等、高校生活に伴う負担はまだ大きいものがあるが、高校進学率は98%を超えるまでに至った8。当時の自民党等が反対する中、高校授業料無償化を果たした民主党政権の功績であると評価したい。しかし一方で、98%というほぼ中学を卒業した全員が高校へ進学するということは、高校進学は子供たちの社会参加の最低条件になっていると言っていい。つまり親は何としてでも子供を高校へ進学させねばならない義務を負っていることに等しい。年収400万円、公立中高それぞれに通う二人の子供を持つ四人世帯に於いて、学校や学習塾等に要す費用は年間64万円9、保険料、諸税などを差し引くと、大都市の場合、手元には234万円しか残らないという10。更にここから子供達の為に、大学進学に必要な費用を捻出しようとしても、それはいくら生活を切り詰めたところで不可能であろう。極論すれば、高校までは何とか費用を工面できたとしても、子供に大学進学の意思と希望があった場合、非正規の親の収入だけでは今の大学進学費用を負担することは到底不可能なのである11。平等に教育を受ける権利など、最早保障されていないのである。大方、それを解決するためには、返済義務のある奨学金、そのほとんどが事実上の教育ローンという借金で賄うしかない。
 ここに労働者は団結し、非正規の処遇を改善させ、家族をも含め安心して暮らせる社会を実現させる必要があることは言うまでも無いが、前述のように、その実現には相当な時間を要すことであろう。よって現実的な方法、即効性のある改革を進めるべきではなかろうか。以下、その為の具体的提言を試みてみたい。
 まず初めに児童手当の増額である。一定額の年収基準を設ける必要はあろうが、非正規の労働者家庭には児童手当を増額するよう求めたい。以前から児童手当(一時期は「子ども手当」)は教育費ではなく、その家庭の生活費に充てがわれているとの批判がある。しかし非正規の収入がこれほどまでに低ければ、それを生活費に充てるのはむしろ当然であり、児童手当支給という制度自体を問題視する前に、低所得世帯に対する社会保障の手薄さを問題視すべきだと考える。少子化が進み、子供を持たない世帯からは不満の声が上がるであろうが、現実として扶養家族を抱え困窮する世帯、とりわけ非正規の低所得世帯に対し、早急な増額が必要だと考える。
 次いで、就学援助制度運用の明確化を求めたい。この制度は義務教育を受ける児童を持つ困窮した世帯に対し、学用品代のほか、通学費や修学旅行費、学校給食費等計12品目を対象に補助するものである。問題はこの制度を支えているのが各自治体であり、自治体毎に収入基準、支給項目、手続方法等、制度と運用が大きく異なっている点である。それが証拠に、援助対象者が最も多い大阪では全児童中、27%が援助対象であるのに対し、逆に最も低い静岡では同6%に留まっている12。大阪と静岡にこれほどの貧困差が存在しているとは到底考えられず、明確な支給基準が無いことに問題の本質があると考える。早急に統一された基準を整備し、必要とする世帯には確実に援助が為されるよう制度の確立と運用を求めたい。
 最後に大学の無償化である。即刻、全てを無償化するのは困難としても、まずは授業料だけでも無償化すべきだと考える。高校卒業後、経済的理由により大学進学を断念する子供がいるとすれば、それは教育機会平等の精神に反する。前述のように非正規労働者の収入では、子供本人が大学進学を望もうとも、それに応えることが現実的にほぼ不可能である。少なくとも子供本人に進学の意思があれば、それは社会全体が救済すべき問題ではないだろうか。非正規の処遇改善を求めることよりも、企業側への増税によって財源を確保し、子供達の教育機会を平等に保障する社会を求めることの方が、世の中的にもコンセンサスを得られやすいと考える。

4.最後に

 日本経済新聞によれば、子供の貧困率が過去最悪を更新したとある13。深刻な問題ではあるが、これまで見てきたように、低所得の非正規が激増し、比較的高収入の正社員が減少した当然の帰結であると考える。言うまでも無く子供に収入は無い。親の収入が減れば必然的に子供の貧困率は上昇する。困窮する生活の中、親は子供の教育に家計を割く余裕など有ろう筈も無い。然らば、国が子供の教育を保障することは当然ではなかろうか。少なくとも子供本人に向学心が有るなら、それに報いるのが社会の努めである。ここに早急に教育支援制度の拡充を提言した所以がある。
 本稿冒頭、低迷する組合組織化の現状を指摘した。だが実は、昨2013年度、連合としては3年ぶりに組合員が増加している14。若者の組合離れが進み、非正規の組織化が難航する中、微増とは言え増加に転じたことは大きな意味を持つものと考える。現場第一線の地道な運動の結実であると称えたい15。その一方で、組合員の増加は非正規の組合に対する期待の表れとも捉えることができるのではないか。劣悪な処遇の非正規が、組合に対し救いを求めている証と考えることができるのではないだろうか。今労働者間の所得格差が拡がり、行き過ぎた新自由主義は様々な歪(ひずみ)を社会にもたらしている。そのような社会を変えてもらいたい、その切実な思いが、組合員の増加となって表れたものと考える。問題の本質は言うまでもなく非正規の低賃金である。いくらセーフティーネットの拡充を尽くしても、その皺寄せは必ず他に求められ、根本的な問題の解決には至らない。しかし本稿で取り上げたように、非正規の処遇を劇的に、且つ早期に改善させる妙案などあるまい。理に適った要求を掲げ、強い組織力を構築しつつ、徐々にでも労働者の処遇改善に向けた運動を展開することこそ現実的な道ではなかろうか。安心社会の実現に向け、連合及び構成組合に対し一層の尽力とリーダーシップを期待したい。


1日本経済新聞2014年6月21日版4面、『提出した法案の条文で「1年以下」の懲役とするところを、「1年以上」とするミスが見つかり、野党が取り下げを要求。審議入りできないまま廃案となった』とある。この他にも、産経新聞2014年6月19日版5面に同様の報道が為されている。
2厚生労働省HP、http://www.mhlw.go.jp/、「平成25年労働組合基礎調査の概況」より引用。
3同上、厚生労働省HPより引用。
4国税庁HP、www.nta.go.jpより加工。
5前出、厚生労働省HPより引用。
6同上。
7日本教育行政学会研究推進委員会『教育機会格差と教育行政』(2013年9月、福村出版)、P44より引用。総務省統計局2007年「就業構造基本調査」を基に作成されたもの。
8文部科学省HP、http://www.mext.go.jp/、「高等学校教育の現状」より引用。
9年収の高い家庭ほど子供の教育費に充てる割合は高い傾向にある。とりわけ通塾費に大きく差が出ていることから、年収の低い世帯の子供は初めからハンデを負っていると考えていいだろう。
10前掲、『教育機会格差と教育行政』、P50より引用。
11日本政策金融公庫HP、www.jfc.go.jp/、「教育費に関する調査結果」。平成25年発表値では、私立文系4年間に要す金額が700万円以上と記載されている。
12日本経済新聞2014年2月13日版42面掲載。
13同上、2014年7月16日版38面掲載。
14前掲、厚生労働省HP、「平成25年労働組合基礎調査の概況」より。
15とりわけ連合東京、並びにその構成組織による『チャレンジ120』の成果であると考える。その果敢な取り組みには敬意を表したい。
16連合東京HP、http://www.rengo-tokyo.gr.jp/、「平成25年東京都における労働組合の組織状況に対する談話」参照。

【参考文献】
・ 日本教育行政学会研究推進委員会『教育機会格差と教育行政』(2013年9月、福村出版)
・ 小川朋『派遣村、その後』(2009年7月、新日本出版社)
・ 鴈咲子『子どもの貧困と教育機会の不平等』(2013年9月、明石書店)
・ 山田久『雇用再生』(2009年5月、日本経済新聞出版社)


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