私の提言

奨励賞

働くことを軸とする安心社会の実現に向けて
―労働組合の中核にある、労働組合の組織率を上げるために―

長田 祐生子

1.はじめに 提言執筆の動機

 私は高校生の頃、小林多喜二の「蟹工船」を読み、そして多喜二の生涯を調べました。多喜二は虐げられ、極めて過酷な環境に生きる労働者の生活や、その社会的地位を改善しようと労働運動に飛び込みます。しかし卑劣な特高警察に拷問を受けて、二十九歳の若さで亡くなりました。それを知った時、多喜二をはじめとする、労働運動家の心の優しさと強さに感動し、それとともに、国家権力というものの恐ろしさと、不確かさへの不安を感じたことを覚えています。
 今回、一橋大学での寄付講義を受講し、毎回、現役で活躍されている労働運動家の方々のお話しを興味深く拝聴しました。その中でも、連合会長の古賀伸明氏のお話しを直接伺えたことは、たいへん有意義でした。現在の日本の社会を論ずるのに、働くことからそれを見る視点は絶対不可欠であると考え、提言します。

2.提言の概略

 私の提言は、一言で言って、労働組合の根幹である労働組合の組織率を上げることにある。以下、三点に重点をおいて考える。
(1) 1989年初代連合山岸章会長は組織率30%を目指すと言った。 ところが、現在は低落の一途をたどっている。これはゆゆしき事態である。
(2) このところ、経営者側が、給与の高い正社員を減らして賃金も安く減らし、いつでも切り捨てできる、パートや派遣労働者を使うことに移行し始めた。ゆとりのある安心な社会に逆行する。これもまた、ゆゆしき問題である。
(3) 家族企業程度の非常に小さな規模の商店では、労働者の権利が守られているとは言い難い。これも、重大な問題である。

3. 提言に向けて

 ここで、連合が現代社会や組合をどう見ているか検証してみよう。
 現代日本は人口1億2700万人、そのうち就業者数6420万人である。さらにその中で企業・団体などに5345万人が就業している。
 連合はこの事実から、今日の日本社会を「雇用社会日本」ととらえており、雇用のより一層の安定化・より一層の質の向上が、日本社会をより良く導くと考えている。つまり、そうなれば社業も一層安定的に発展できると考えており、組合だけが良ければ良いというような、独尊的なところは無い。連合は、組合連合を、会社側の行動に関するチェック機能を果たし、社会正義を追求する運動体であると認識している。

a) ではなぜ労働運動が必要なのか。

 私はロバート・オーエンという空想社会主義者に興味を持った。その頃のイギリスは近代社会主義の勃興期で労働者の命よりも、お金が大切という時代であり、炭鉱では幼い子供が働かされ、その待遇は極めて劣悪なものであった。イギリスは階級社会で、同じ人間同士がその区分によって分けられ、お金のために見殺しにされたとしても何も思わない風潮で、世間もそれに同調した社会の成り立ちであった。私たち人間は、往々にして自己愛は深く、他者への愛はそれより薄いのだろう。人間の知識は、先人の達成の上に成り立つので、時とともに人間は進歩し続けるように見えるけれど、過去からの集積がなければそれはかなわないことだろう。人間性は不変的だから過去の過ちがいつまた現出しないとも限らず、経営者側VS労働者側の間柄は、非人道的にならないとは言えないのではないだろうか。
 経営者側が横暴にならないために、労働者は力を集結し常に労働運動をしている必要がある。

b) 労働運動に何が必要なのか。

 具体的に考える。もしO氏が、会社側の一方的理由から、明らかにやめろと言わんばかりの配置転換を申し渡され、拒否すれば解雇されると通告されたと仮定してみよう。O氏の勤める会社に組合があれば1番に相談に行くだろう。(なければ弁護士のところへ相談に行くだろう)その時組合はO氏の上司にあたると同時に、組合の親しい弁護士を訪ねるだろう。そして、最後には、O氏に対し最善の妥協を求めるだろう。そして、一口に最善の妥協といっても、組合の幹部の心と、組合の力によって、大きな幅があることは否めない。労働運動に何が必要なのかといえば、それは組合には、潤沢な資金と幹部の賢明さ、温かい思いやりとなるべく多くの組合員という仲間である。

c) 労働運動は何をもたらしたか。

 経営者側は労働者を安く使えばよいと思うだろう。それゆえ組合がなければ、労働者は死ぬまで働かせるかもしれない。経営者に高い人格や、世評を気にするところがあればそうはならないだろう。しかし、今日の、いわゆるブラック企業は労働者を死に追いやることくらいは、平気でするであろう。ブラック企業とは、情報産業労働組合連合会、松田康子さんによれば、「新興産業において若者を大量に採用し、過重、違法労働を強要し、次々と離職に追い込む企業」と定義される。このように、経営者側の強圧的なやり方は、組合があれば、組合が中心となって労働者側は大きく反発するであろう。組合がなくても、労働者側はおそらく、辞職や実力行使をはじめとして、行政にも働き掛けて、対決色を強めるであろう。結局のところ、こうなっては、会社の浮沈にも係わり、経営者側も妥協の道を探らなければならなくなるであろう。ここの数々の労働争議においても、畢竟それを通して、経営者側は労働者と建設的信頼関係を構築したほうがよいと判断したと言える。労働運動は何をもたらしたであろうか。労働運動は主として経営者側に労働者側の、自主的協力なしに、事業は進められないと確信させた。労使の建設的信頼関係を、築くことがベストであると、悟らせたのである。

d) では、今なぜ労働組合の組織率が下り続けているのか。

 組合組織率は、1989年の29.9%から、2013年には17.7%へ低下している。
 この理由は、日本が豊かになり、そして偉大な運動家たちのおかげで労働者の受取るパイも大きくなったせいであろう。昔の、食わんがため生きんがための資本家と争うと言った時代は忘却の彼方へ去ってしまった。日本が豊かになるにつれ、社会福祉も充実してきた。一部の学者は、日本社会の終身雇用も年功序列も制度ではなく単なる慣習の結果にすぎないと言うが、日本の労働者に働く上での安心感と働く気力を与えてきたのは大いなる事実である。グローバリゼーションの進展とともに、マクドナルド(ピューリッツァ賞ライター)が言うように、世界はフラットになった。よりよいものをより安く売買するエンドレスであまりに過酷な競争が世界で繰り広げられている。もう西側の一員であるからアメリカが特別に援助することもなくなり東側の頼りにしたソ連も今はない。そして新興国の代表の中国もアフリカを援助しているが、天然資源を売ってもらうための援助である。 また、人も物もお金も自由により高い利益を求めて世界を駆け巡っている。日本にも海外から雇用を求めて、他国の労働者が入ってきているし、ビジネスチャンスを求めて外国企業(多国籍)が入ってきている。
 このような動きに対し、自分の属する企業の中にだけいるのは、時代遅れだと錯覚し、現在所属する企業から、外国(多国籍企業)へ、より高給や高待遇を求めて転職を若者が目指し始めた。彼らは、最初に就職した企業に骨をうずめるつもりはないので、組合活動にも関心が薄い。
 また、若者の中には、自分に合わないという理由で職に就かず、その日暮らしをする若者が出現してきている。彼らには、労働組合運動を気にすることすらないだろう。
 また、リストラという名目で中高年は解雇される。本来リストラとは、リストラクチャリングを縮めたもので、本義は企業の再構築である。それを、解雇を正当化する錦の御旗として、経営者側はどんどん解雇を進めてきた。中高年労働者は、なかなか新しい就職先が決まらない。そこで苦肉の策として、パートや派遣社員となる。ここでは非常に安い賃金しか入手できない。そのため、支出を切り詰める力が働き、近視眼的にならざるを得ず、組合費を払うことも苦しいであろう。退職した後第二の就職をする人は、余生という感覚を捨て切れず、組合活動で頑張るよりも、独善的だが、のんきに楽しく仕事をすることを望むものだ。彼らからも、労働組合活動は遠いものになっている。

4. 私の提言

 本稿の主眼である提言に移る。私の提言は、労働運動の根幹にして、中核である組合の組織率の低落を止め、そして上げてゆかねばならないというものである。1000人以上の従業員を有するものを大企業とし、100人から999人まで従業員を有するものを中企業、99人以下の従業員を有するものを小企業とし、それぞれで、組織率を上げる方法を考えてみる。まず、それぞれの分野での現状労働組合活動がどんなものか探り、それから組織率の向上策を考えていく。
 今日、大企業の組織率は45.8%であり、約2369万人の人が働いている。大企業においても一部不穏当極まる不祥事を耳にするが、今日のネット社会では悪辣で不当な労働行為をなせば大衆から批判をあびて倒産に至る可能性も否定できない。そして、大企業は概しておおきな財政基盤を有している。組合のない大企業に組合を作るべく動きに連合が協力するのは意味のあることである。
 中企業の場合、その中には経営者一族が経営を牛耳り、社員はその一族の一奉公人として経営者側から扱われる企業もある。こういう企業も大企業になり、経営者の専断が行えないようになればよいが、そうでなければ合理的判断ではなく経営者一族の好き嫌いで社業や人事が決められるので、もし組合があればテコ入れし、なければ早急に力のある組合を作る必要がある。また、この規模の企業の中にはブラック企業が存在する。社会的経験の少ない若者を言葉巧みにやる気にさせ過重で違法な労働を強いる悪徳企業である。この中小企業に働く人々が最も組合が必要であり、今後連合などが一番重要視するステージとならなければならない。経営者側も労働者側と真摯に誠実に対応することで、人間的に成長し大企業への道が開かれるかもしれない。中小企業は大企業にもなれる、消えてゆく岐路にある。
 小企業の場合、家族商店が少しく大きくなったものが大半であろう。個人商店と変わらないのであるからすべて経営者の独裁で決定する。そのため家族ならまだしも、家族でない従業員の権利は何ともないと言ってもよいくらいである。従って、経営者に労働者の権利と義務の何たるかを学んでもらわねばならない。この小企業でも、100人に近い労働者のいる企業では組合を作るべきである。
 パート・派遣労働者の場合、パートは働く企業に、また派遣労働者は派遣先企業ではなく派遣をさせる登録をしている企業に、組合を作らねばならない。彼らは地位も安定しておらず所得が低いので耐性が弱く、会社側が強硬に出ると負けてしまう可能性が大きい。だからこそ組合を作るべきだと思うのだが、連合が助けて組合の運営費用等をできる限り安価だと望むところである。

 次に、組合の組織率を上げる手段を私の分類した大企業・中企業・小企業そして、パート・派遣労働者別に考えていく。

1)大企業

 いくら大企業とはいえ過去の歴史が示すがごとく、信じられないような不当労働行為をする可能性は否定できない。そのため労働組合がない企業では組合を作らねばならない。その企業の中で労働者の権利を守る組合を作りたいという声が上がれば、連合が音頭をとって専門家を派遣して力を貸し労働者が立ち上がるまで、近くの連合が紹介する企業の労働組合を利用できるよう連合が仲介してほしい。そして、組合が作られるまでの間連合という組合に加入できて、連合傘下の組合員と同じサービスが受けられるダイレクト連合加入制度を創設するといいのではないだろうか。
 以下の三点を考える。
A.労働組合や、組合活動を組合のない大企業の社員により身近で魅力的に感じてもらうため、連合が信頼関係を築いている労働運動に強い弁護士をリストアップしておき、不当な扱いを受けた労働者は、連合組合費を支払っている場合、無料で解決するまでその弁護士が責任を持って行うという、連合弁護士利用制度を創設することを提案したい。
B.連合組合費を納めている労働者は、連合が運営する、乳幼児保育所に、特別な価格で自分の子供を預けて働くことができる、連合乳幼児保育制度の創設を提案したい。
C.現代のグローバリゼーション社会の中で、連合組合費を納めている場合、連合の上部国際機関の力を乞うて、会員は、労働に役立つ語学(特に英語教育)を特別な価格で受けることのできる、連合外国語学校教育制度を提案したい。

2)中企業

 中企業においても、労働組合は必要なので、大企業のところでも述べたが、組合が作られるまでの間、労働組合を通さないで直接連合の会員になることで、連合のサービスを受けられるように望みたい。
 組合のある企業でも、この規模の企業では、労働組合に専従することは難しく、社業の合間におそらく為すことになるので、どうしても活動の質が低いことが懸念される。その為連合本部の支援を望みたい。
 そして先に述べた連合法律事務所制度・連合乳幼児保育所制度・連合外国語学校教育制度を利用して、自らを高めてもらいたい。

3)小企業

 小企業においても労働組合の必要は言を持たないのであるが、従業員の少なさから経営幹部であり、労働組合幹部であるような人が出てくる可能性がある。どちらの立場も十二分にこなせるのであろうが、不具合が生じて難しい場合もある。そのため労働者は、直接連合に属し、連合の力をいつでも借りられるようにありたい。連合本部からでも、当該小企業の位置する近隣の企業の連合に属する組合からでも、アドバイスを受けられると有難い。当然、組合の連合法律事務所制度・連合乳幼児保育所制度・連合外国語学校教育制度を利用してもらいたい。

5. おわりに 提言執筆で感じたこと

 健全な社会を維持発展させていくためには、労働運動が、そしてその根幹である労働組合がなくてはならない。今日のように被雇用者が豊かになってきたのは、せいぜい50年前くらいからであろう。今日の若者は、この貴い労働運動家の命を貸した運動によって勝ち得た現在の被雇用者の豊かさを当然のものと受け取っている。人間社会は、美徳も悪徳も有する人間が織り成す俗化世間であるのだから常に歴史を探求し、最悪の事態に備えておかなければならないはずである。しかし、嘆いていてもはじまらない。あまり物事を深く考えていない若者たちに、自分も労働者でありまた、そうなっていくのだから、労働者の権利と義務、そしてその意義はしっかり学んでほしい。
 また、若者は労働組合を何か小難しいものという先入観を持っている。そこで、労働組合を、つまりは連合を、赤十字のようなものと若者に認識してもらう。
 そして、献血に協力してくれる人には、自ら血液が必要になったときはできる限り配慮すると赤十字が言う様に、若者がアルバイトを始めた時、万が一面倒なことに巻き込まれたら、どうしたらよいか途方にくれるだろうから、これがあれば心配はいりません・・という連合労働保険を、極力安価に売り出すべきだと提言したい。転ばぬ先の杖である。これを、今日の運転免許証のように誰もが持つ常識にしたい。これで、名実ともに国民に愛される、資金も潤沢に持ち政治力もかけ備えられる連合になると考える。


戻る