『私の提言』

第9回私の提言
「働くことを軸とする安心社会の実現にむけて」講評

「第9回私の提言」運営委員会
委員長  岡部謙治

 「山田精吾顕彰会の論文募集」事業を継承し2004年から「私の提言連合論文募集」をおこなってきました。昨年から「論文」の表記を外し「提言」に一本化し幅広い応募を呼び掛けてきました。また連合が目指すべき社会像として提起している「働くことを軸とする安心社会の実現にむけて」のタイトルを付してから2回目の提言募集となりました。「山田顕彰会」から通算すると15回目、連合に継承して9回目の募集になりました。

 今回の応募数は12編とすこし少ない結果となりましたが、内容はなかなか面白く意欲的なものも多く、それ故に委員の選評も分かれるところが出てくるなど、私たちを取り巻いている地域社会、職場、労働組合などの厳しい多様な現状を反映しているものと思えます。

 審査の結果は優秀賞1編、佳作2編、奨励賞1編としました。
 優秀賞は塙万里奈さんの「『労働教育』の必要性と新たな提言-小学校における『労働教育』の実現に向けて」としました。今回の提言のなかで多数の委員から最も高い評価を得ました。御自身も現在大学4年生であり現在の大学生の就職活動の実態に触れ、労働教育の必要性を提起し、学習指導要領のあり方、さらに小学校における労働教育の質を高めるための提言などにみられる意欲的な着眼点が評価されました。

 佳作賞の玉川浩嗣さんの「働くことを軸とする安心社会の実現に向けて」は3.11の震災を受けた地域から、困難な状況のなかから立ち上がろうとする努力を職場、地域、人々の絆として捉え取り上げ、静かだが訴えかける点が評価されました。
 同じく佳作賞の岩本進也さんの「『働くことを軸とする安心社会』の実現にむけて-コミュニケーションの充実により個人の生き方を肯定できる社会を目指して」は、今職場で起こっていることを分かり易くレポートされており、現場実践を踏まえ、新ためて組合が行わなければいけないことを提起している点が評価されました。

 奨励賞の渡邊暁さんの「『働くことを軸とする安心社会』の実現に向けて~労働組合ができること~」は、選考論議が沸いた作品でした。「経営を論ずる組合幹部を」から「共済活動」「労組の政治活動のあり方」などいずれも辛口ではあるがインパクトのあるところが評価されました。

 ここでは全体と受賞作の講評を行いましたが、別に運営委員の橋元秀一さん、廣瀬真理子さん、大谷由里子さん、吉川沙織さんより今回の第9回私の提言への寸評を行って頂きました。ぜひご覧頂きたいと思います。

 来年は連合として第10回の提言募集となります。この間の応募作、受賞作を見るとその時々の特徴が浮かびあがっているように思えます、現場からの提言が訴えている社会の動き、労働運動の動きなどを捉え、より多くの皆さんが応募して頂き、単に10回目ではなく節目としての第10回私の提言に向け準備していきたいと思います。

 大変多忙な中にあって組合活動の中から、さらに学生、連合組織以外の皆さまからも応募して頂きましたことに感謝申し上げます。またお忙しいなかで審査を行って頂きました運営委員の皆さまにお礼申し上げます。


寸評

橋元秀一

 昨年に引き続き、「論文」募集という表現をさけ、「働くことを軸とする安心社会」の実現につながる「私の提言」の募集が行われた。今回は、残念ながら昨年より応募が少なかった。それでも、労働組合の抱える問題点への意見や労働運動への期待を込めた作品が寄せられた。しかし、羅列的に提言を提示し論拠や具体性が弱い傾向のもの、評論的な内容やエッセー風の叙述のものもあり、提言としては評価しにくいものもあった。「提言」としての募集ではあっても、提言内容を明確に提示すること、その論拠を明示すること、提言の実現によって予想される成果などについて、きちんと書き込むことが必要であろう。
優秀賞となった塙万里奈さんの作品は、「若者が仕事につくまでの職業意識の変遷から『労働教育』の必要性を考察し、『労働教育』の現状と課題をまとめ」た上で、「小学校段階の教育に注目し、小学校でどのような『労働教育』を目指すべきか、またそれを実現するためにはどうすればよいか」を提言している。教師を目指す学生の立場から、連合寄付講座を受講して自らの認識が深化していった経験を踏まえて、「教育」の重要性を明らかにしている。小・中学校や高校の学習指導要領にみる労働教育の現状や連合の文科省への提言へもきちんと目配りした上で、「生きた知識として十分に定着していない・・・最も重大な原因」は、「知識の『必要感』が、学校教育を通して育まれていない」点にあると指摘している。必要感を育む時期としてふさわしいのは小学校段階とし、そのための教育実践例を提示しつつ、現場教師と連合メンバーによる研究会の立ち上げを提言している。
この作品の優れているところは、現状をきちんと分析した上で、実際の労働教育に不足しているポイントが「必要感」を育めていない点にあることを明確にしている点である。しかも、提言にそった実践の例示よって内容を具体的に提起している。将来、教師としての教育実践で、この提言をリードする活躍が大変期待される作品であった。また、必要感を育むという視点は、学校教育にとどまらず、労働組合における組合員教育においても、きわめて重要な観点であると言わねばならないであろう。
佳作となった玉川浩嗣さんの作品は、被災経験の中で自らの労働と生活を見つめ再認識した視点から提言をまとめ、岩本進也さんは、職場を基礎とした運動の上でコミュニーケーションによる他者との共感を築く取り組みの意義を運動実践に基づき具体的に提示している。奨励賞の渡邊暁さんは、環境変化に対する労働組合の「行動改革、意識改革」を率直に提起している。これらは、今後の労働組合や運動に求められることを自らの言葉でまとめ上げ、示唆にあふれている。次回は、さらに多くの応募が寄せられることを期待したい。


寸評

東海大学 廣瀬真理子

 今回のテーマは、「働くことを軸とする安心社会の実現につながる具体的な提言」でしたが、応募者のさまざまな視点からのこのテーマに対するアプローチは大変興味深いものでした。12編の提言の全体をとおして得た印象は、皆様がそれぞれに労働に関する問題を真剣に受け止めて、個々の生活や組織、また社会を改善していくために積極的な主張や提言を行っていることでした。
 欲を申せば、それらの提言の背景について、もう少し広くとらえて示していただくと、提言がより光るものとなったのではないかと思います。つまり、改善すべきと考える問題について、なぜそれが今問題なのかを明らかにすることや、その問題の改善方法について、ご自分の主張以外にも異なった見方や考え方があることを示した上で提言を行うと、より説得力が高まったのではないかと思います。
 この点で、今回優秀賞に選ばれた塙万里奈さんの提言は、学生のアイデアで初等教育段階から労働教育を導入すべきという発想を打ち出していますが、問いを立ててから議論を展開して提言に結びつけている点を高く評価しました。ただし、「必要感」という用語の意味が不明確な点や、初等教育段階での労働教育の内容に関する議論に乏しい点など、やや大まかなところもあったように思われます。
 また、佳作賞に選ばれた玉川浩嗣さんは、昨年の太平洋大津波の被害にあった経験から、「ふつうの生活」の大切さや働くことの意味を問い、また人と人とのつながりの重要性をあげた提言を行っています。それは書物からだけではなく、実体験にもとづく提言として高く評価されました。しかし、別の話題も多く混ざっていたため、もし大津波の経験について書かれたのでしたら、それによって働く基盤が失われたことの影響や、被災地で暮らすために今必要な条件は何か、などについて絞られたら、よりシャープな提言になったのではないかと思います。
 同じく佳作賞に選ばれた岩本進也さんは、職場と労働組合の問題解決の方法として「コミュニケーションの充実」についての提言が評価されました。たしかにコミュニケーションは人間関係の基本であり、重要な提言だと思います。しかし、労働組合の役割として、それを推進し、組合員個人がそれに満足するだけでよいのでしょうか。もう一歩踏み込んだ提言を聞かせていただきたかったと思いました。
 そして、奨励賞には、渡邊暁さんの労働組合の役割についての提言が選ばれました。組織率の低下を危惧して、労働組合が企業、家庭、社会のそれぞれに対して果たすべき役割について提言を行う姿勢が評価されました。しかし他方で、やや「思い込み」とも思える主張もありましたので、ある程度客観的な事実を示しながら意見を述べられると、より明確で充実した提言になると思います。
 以上、今回の受賞者の提言について述べましたが、そのほかに今回は受賞とならなかった応募者の提言のなかにも熱意がひしひしと伝わってくる提言や、キラリと光る提言がありました。今回、皆様が「応募」という行動を起こしたことが、お一人おひとりの心の中で、きっと次の「発想」を生み出すきっかけになっていると思います。ぜひ、また皆様から積極的な提言を寄せていただけることを期待しています。


寸評

志縁塾 代表 大谷 由里子

 優秀賞には、東京学芸大学教育学部4年生の塙万里奈さんが選ばれました。提言としては、弱いところもありましたが、わたしも彼女の提言を推していました。というよりも、「労働教育」の必要性として、わたしだけでなく、多くの人が言って欲しいことがこの提言には盛り込まれています。
 小学生の時には、「ケーキ屋さん、パテシィエ、野球選手」になりたいと言っていた子供たちが、大学生になって就職先を希望する時には、「三菱UFJ信託銀行、公務員、三井住友銀行」になる。「楽しそう」「かっこいい」という仕事へのあこがれは、「安定」とか、「福利厚生」など労働条件に目を向けるようになる。理由は世の中に目を向けるから。そして、その時こそ、「労働教育」が必要だと提言している。そんな中で、「労働の必要性」や「義務と権利」をしっかり学ぶことの大切さを提言されている。
 また、今回の提言では、東日本大震災に触れたものも何点かあった。佳作賞となった玉川浩嗣さんは、三陸地方に住み、大船渡市の職場も被災、津波で通勤用の車も流された。そんな中での「安心して働ける社会」「絆」「社会への貢献」などが書かれている。提言としては弱いけれど、心が伝わってきました。
 同じく佳作賞の岩本進也さんはNTT労働組合の執行委員。かなりしっかりとデータを入れての提言でした。そして、モチベーションやサポートのためにも社内コミュニケーションの重要性を提言されています。
 奨励賞の渡邊暁さんは、かなりはっきりした主張が述べられていました。わたし個人としては、「よくここまで言ってくれた」と、優秀賞に推したのですが、提言というよりも個人的な主張の部分もあったので、次回に期待して奨励賞ということになりました。
 全体的には、わかりやすい提言が多く、読みやすかったです。また、本当によく調べているものも多く、こちらが感心させられることも多々ありました。
 毎年のことですが、具体策や提言力は、全体的に弱い気がしました。「こうすればよい」「こんなことはできないか」など、仮説でも良いので、願望と熱意の入った具体策や提言があるともっと、関係者も「ハッ」とさせられる気がします。


寸評

参議院議員 吉川 沙織

 「私の提言」連合論文の運営委員として、第7回以降、選考に携わる機会を頂いており、今回が3度目となる。毎年、興味深く提言内容を拝読しているが、今回、特筆すべきは優秀賞として選に入った提言が学生の提言になったことであろう。もちろん、テーマが「働くことを軸とする安心社会」であることから、社会人経験のない学生の提言を優秀賞に選出することについて、運営委員間で議論になったものの、運営委員のほぼ全てが塙氏の提言を何らかの形で評価していたことから当然の結果ではなかったかと考える。

 第7回までは「論文」として、第8回からは「提言」として作品を募った形になるが、今回、優秀賞に選ばれた塙万里奈氏の提言は、労働教育の必要性について説いたものであり、問題意識等を明確にした上で、現状の課題も的確に指摘し、提言を行っている点が評価されたものと考える。労働教育や社会保障教育の必要性については、評者自身も国会の質疑で何度か取り上げたことがあり、問題意識としては通じるものがある。

 例えば、生徒・学生が社会に出て仕事に就くようになり、仮に問題に直面した際、労働法や労働者の権利に関する知識と実践方法を知っていれば、働く上で不当な扱いや解雇を回避できることにも繋がる。また、社会保障制度のどの分野に不安を感じている方が多いかといえば、年金制度が群を抜いて高いという統計が存在するが、不安の背景には理解不足もあるとの指摘がある。若年層の国民年金納付率の低下問題についても、正しい知識と理解があれば、改善される可能性はあると言えるだろう。学習指導要領の改訂で教科書が分厚くなり、教える時間の確保は難しいことは理解しているが、教育段階から社会保障・労働分野について体系的に学び、少しでも実践的な知識を得ることで、働くことを軸とする安心社会を実現する一助となるのではないかと考えている。

 佳作賞に選出された玉川氏、岩本氏の提言については、東日本大震災や職場の現状等、現実を直視した提言の強さ、実体験に基づいた問題発見の視点からそれぞれ選出されている。
 奨励賞については、渡邊氏が選出されているが、経営者に対峙する必要性や政治に対する姿勢の在り方など、示唆に富むものであり、評者自身は高く評価している提言である。

 次回は第10回目となる節目でもあり、多くの方から提言して頂けるような環境を整えることも必要であると考える。また、これまでの提言の中で、運動方針に取り入れたもの等を明らかにすることで、運動全体の活性化にも繋げて欲しいと心から願うところである。


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