『私の提言』連合論文募集

第6回入賞論文集
佳作賞

頼れる労働組合 ‐学生への取り組みの重要性‐

橋本 祐
(同志社大学大学院 社会学研究科 科目履修生
2008年度連合寄付講座『働くということ-現代の労働組合』受講生)

1.はじめに
  私は若年雇用問題に関心を持っており、改善の糸口としてキャリア教育というものの必要性について研究を進めている。このキャリア教育を最も必要としている層は高校生である。大学進学率は50%を超えてはいるが、裏返せば約半数は高校卒業時点で就職する。「しかし新卒時点で正社員に就かない、就けない者には高卒者が多い。」(1)景気や産業構造の変化などが挙げられるが、その他に就業意識が十分に培われていないため、フリーター・ニート状態になる者もいる。これらの人達は、「日本の労働市場のシステムにより一度フリーター・ニート状態になったら抜け出すことは困難である。」(1)よって今後、就業意識の形成や、様々な労働問題から自分を守る術を身に着ける為のキャリア教育の促進が特に高校生に対して必要である。このキャリア教育の一翼を労働組合が担えるのではないかというのが、私が考えるところである。
  私の所属している同志社大学では、社団法人教育文化協会の全面協力により連合寄付講座「働くということ-現代の労働組合」が開講されている。現代で叫ばれている労働問題を第一線で活躍する関係者の方に講義していただいている。受講しているのは雇用や労働について学んでいる社会学部産業関係学科の学生であり、労働組合や労働問題を考える前提知識があるため、学生にとっては興味深く知見を広げるものとなっている。
  しかし、自らのことを考えると他学部の学生や本学以外の大学生、高校生などが労働組合をそれ程認知していないのではなかろうか。若者が様々な労働問題に直面しているこの時代、労働組合の存在や活動内容を現時点の労働者だけでなく、将来的に組合員に成り得る多くの学生、特に将来労働弱者になる確率が高い高校生を中心とした若者が理解する。そして労働組合が頼れる存在であり、自ら組合の活動を担っていく意識が必要である。その為にも、労働市場に出る前の段階で、若者と労働組合がどのように関わっていけるかを双方に考えさせる取り組みが必要なのではないか。
  そこで本稿では、労働組合の役割と課題、労働者や学生へ対する取り組みを踏まえた上で、高校生に対するキャリア教育の一翼として、また労働弱者を守るセーフティネットの一つとして、労働組合がどの様な取り組みを今後していけるのか、どう関わっていけるのかを考えていきたいと考える。

2.労働組合の役割と課題
  ここで改めて、労働組合の目的、役割と労働組合が抱える課題のうち組織離れ、組織率の低下を中心に話を進めていきたい。
  労働組合は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させることを目的に結成される。そのために、労働組合は使用者(企業)と団体交渉を行う。1対1では労働者が使用者と対等に交渉することは難しいので、労働組合という団体を結成して団体の代表が使用者と交渉するのである。使用者は、正当な理由なく団体交渉を拒むことができず(労働組合法第7条第2項)、また、誠実に交渉する義務を負う。にもかかわらず、使用者が団体交渉を拒否することや、誠実交渉を怠ったときは、不当労働行為が成立する。
  次に、労働組合の役割としてあげられるのは、労使協議である。労働者の賃金等労働条件や雇用確保といった問題だけではなく、労働者の主張を経営に反映させることを目的に、今日では、経営側の事業計画から人員計画など日常の業務に至るまでが労使協議の対象となっている。同時に労使協議の場において、労働組合の政策をどう反映させるのかも、企業内の労働組合の役割を再確認する上で重要である。
  次に労働組合の課題を観ていく。まず労働者の組合離れである。従来、この組合離れという現象は、労働者の価値観、あるいはニーズが多様化して、これに対して労働組合の対応が不十分であるために起こったと理解されてきた。しかし、労働組合員の参加意欲の低下は、主として賃金などの基本的労働条件に対する取り組みが十分ではないという、低評価が低参加に結びついている。労働組合への評価の結果が参加度を大きく左右しているということが明らかとなった。
  上記のことは、組織率にも影響を及ぼしている。

 第1図は厚生労働省の調査の引用であるが、組織率は右肩下がりで平成19年には推定組織率は18.1%まで落ち込んでいる。組織率低下の背景には、産業構造の変化あるいは非典型労働などが増えてきた結果、平均値として組織率が下がってきたという考え、新たに労働組合を結成して、そこで組合員を増やすというプロセスが変調を来してきたという考え方がある。「日本における組織率低下は、雇用構造の変化が確かにひとつの要因ではあるが、新規組織率の低下からも明らかなように、大筋は、次々と起業されてくる新たな企業の組織化に成功していないことに重大な要因がある」(2)と言われている。
  ここまで労働組合の役割と課題を見直してきたが、近年の労働問題に対して労働組合が、十分に役割を果たしているとは言い難い。特に若者が抱える労働問題が多発しているにも拘らず、労働組合を必要としていそうな若者の加入率は低くそこには何かしらの問題が隠れているのではなかろうか。労働組合と若年層との間の距離はなぜ生じるのかを次の章で検証していきたい。

3.労働組合と若年層の溝はなにか
  組織率の低下に比例して、次世代の労働組合を担っていく若者の加入率も低く、労働組合の存続が危ぶまれている。しかし、昨今の労働問題と照らし合わせてみると、労働組合を最も必要としているのは若年層のはずである。この労働組合と若年層の溝はなんなのかと考えた時、一つの仮説が生まれる。若年層にとって、労働組合は馴染みのない団体であり、労働組合がいったいどのような活動をしているのか、あるいは、どのような役割を果たしているのか、といったことを知らないのではないのか。よって違法労働行為にさらされた場合も、誰を頼ってどのような対処をしたらいいのかわからず、泣き寝入りするという事態が起こっているのではないかと考える。
  電機連合(2006)が行った組合員向けの調査では、「組合が何を行っているかわからない」と答えた24歳以下の組合員は半数近くにも及んだ。本校で行われた連合寄附講座受講後の感想についても「労働組合についてあまり知らなかったが…」という意見もある。組合員ですら半数近く活動内容を知らない。また雇用や労働についても勉強をする産業関係学科の学生でさえも、労働組合の活動内容をあまり知っていない者もいる。学生の労働組合の認識度調査については、あまり行われていないのではっきりとしたことは言えない。また本格的に働いていないので仕方ないところはあるが、やはり若者、特に学生を中心に労働組合の活動内容や実績が把握されていないように感じられる。そしてこの若者達こそ、社会に出たら違法労働行為に直面する可能性が高い。そこで、若者がどれだけ違法労働行為に遭遇しているのか観ていきたい。
  NPO法人POSSEの08年度アンケート調査(i)によると、残業代不払いをはじめとする違法労働を経験したことがあるとした若者は51%に上り、うち76%は泣き寝入りしている実態が明らかになっている。経験した違法は、残業代不払いが最も多く63%、有給休暇が取得できない37%、社会保険に入れない18%などのほか、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントもあった。違法状態に対し何もしなかった理由は「是正させることができると思わなかった」「どう対応したらいいかわからなかった」「違法だということをはっきりとは認識していなかった」などが挙げられている。何かしら行動を起こした24%は「自分で掛け合った」「その他」である。この調査結果の大きな特徴は、労働組合が力を発揮できる事例にも関わらず、違法労働行為を受けた全ての人が、組合に助けを求めなかったということである。このこともまた、労働組合の認識や信頼感の薄さがもたらしている結果なのかもしれない。
  以上により、若者達は労働組合の活動や実績を知らない為、違法労働行為にあっても、組合に助けを求めないのではなく、そもそも選択肢の中に入ってこない。よって対処の仕方がわからず、泣き寝入りしているのが本当のところではなかろうか。もちろん連合も、労働組合の社会的地位の向上、認知してもらうため、大学などと手を取り合っての活動はしている。ではそれらの活動の規模や内容はどういったものなのか。
  次の章では、労働者教育の現状についてみていきたいと考える。

4.労働者教育の現状
  違法労働行為から自分の身を守るには、まず知識としての最低限の法的権利を身につけることである。その上で、労働組合の仕組みを理解し、自分だけでなく他人のことも考える、連帯意識を育む教育が必要である。そこでまず、労働者教育の現状の把握に努めたい。
  労働組合においては、各産業別や単一組合ごとに組合員に対して労働法や労働条件の基礎知識などの労働法教育を実施している。また、労働組合の役割や労働運動の意義を教育する重要性から、大学において寄附講座を実施するなど、組合員に限らず地域や学校などと連携しつつ、各種講座やセミナー・研修を開催している。
  一方、企業においては、経営者や人事労務担当者を対象に、個別労働紛争が多発し頻繁に改正され複雑化した労働法令が適切に遵守されるような取り組みが成されている。管理職に対しては、より厳格に対応する観点から法的・制度的枠組みの知識などを付与する教育を行っている。
  地方公共団体においては、NPO法人や大学、弁護士などとの連携の下、労働者向けの労働法や労働問題などに関するセミナーや、経営者や人事労務担当者向けの法改正やハラスメントなどに関するセミナーを実施している例がある。また、労働相談の実施や、独自の教材を作成して労働関係法制度を周知するなど、様々な取り組みが成されている。
  労働組合だけでなく、様々な機関で労働者教育は行われているが、これらの対象は現時点で労働者である人達を中心としたものである。しかも、労働組合が無い場合は教育の機会に恵まれないことも多々ある。また、企業経営者がしっかりと法制度を理解しているとは言えず、経営が苦しい中小企業などにおいては社内教育・研修の人員的・金銭的余裕が無いことなどが課題として挙げられる。行政についても、様々な取り組みがされてはいるものの、必ずしも支援が必要な層に行き届いていない。特に、分かりやすく情報を提供する機能、学校を卒業し就職した者に対する相談窓口や必要な情報にアクセスできる環境の整備、職場に入り問題に直面した際の対処方法の観点などが十分ではないといった点が指摘されている。
  労働者になってからの労働者教育は、雇用形態や労働組合の有無などに左右され、受けることが出来ない可能性がある。また教育を受けることが出来ない層に限って、自分を守る術を身に付ける必要のある人が多く、労働組合を代表とするセーフティネットを必要としている。以上のことを踏まえると、将来を見越した労働者教育が重要であり、対象は労働者になる前段階、将来組合員になるであろう学生に対して行うことが適切ではなかろうか。特に世代のほとんどが進学する高校からの充実した労働者教育をすることによって、上記で記した課題の多くは改善できると考える。
  次の章では、高校段階で行われている労働者教育について検証していきたい。

5.高校段階における労働者教育の現状
  では高校段階の労働者教育はどのように行われているのか。
  現行の学習指導要項の下、高校段階においては、主に公民の授業、総合学習の時間、特別活動の時間で労働関係法制度に関する知識を学ぶ事が可能である。しかし、学校だけの取り組みだけでは、言葉は教えられても受験用の勉強という要素が強く、権利として認識されない可能性がある。
  外部との連携という点では、弁護士が高校へ出向き、生徒に労働者の権利について解説する出前授業を、仙台弁護士会が始めようとしている(ii)。その理由として、若者の多くは法知識が無く厳しい労働環境を強いられている人が多いこと、社会に出てから労働法について学べる機会が少ないということが挙げられている。内容は1回50分の出前授業で、実際に起きたトラブルなどを紹介しながら、高校生にも分かりやすく解説するというものである。自分の権利を知って働くことと、知らないで働かされるのでは大きな違いがあるため、この弁護士会の働きかけに多くの高校も歓迎しているという。
  その他にも、新入組合員や若手組合員、これから組合に勧誘する労働者向けに制作されたビデオを労働組合だけでなく、高校にも活用できないかと考え実際上映をおこなうなどの取り組みもされている。労働組合についての解説と関連付けて活用することによって、授業に活用できるのではという評価をされている。またアルバイトを行っている高校生に対しては特に関心が得られている。これは実際に違法労働行為を受けているアルバイト高校生が多いためである。このことから、高校生に対する労働教育のニーズは明らかで特に就職率やアルバイト率が高い高校は殊更である。その内容として、働く上での基本的ルール(労働基準法などの概要)や、トラブルに遭遇したときの解決方法と相談機関の存在を知らせることは最低限必要である。さらに、一人では権利主張できないときでも、集団として団結・連帯すれば主張できることをどのように伝えるのかという検討も必要である。
  以上のように、高校における労働者教育について観てきたが、地域によっては工夫して行っているというのが現状であり、高校生全員が充実した労働者教育を受けているとは言いがたい。しかし、工夫して行った結果に対しては、ある程度の成果が挙げられていることから、規模を広げて対象者を増やしていく努力が必要である。

6.私の提言
  これまで労働組合の概観を探った上で認知度の低さというのが問題であるということを中心に議論をしてきた。労働組合の社会的地位の向上には、今まで行ってきた普及活動を継続していくと同時に、潜在労働者である学生の中でも特に高校生に重点を置いた普及活動が重要であり、それは将来の組織率や団体交渉力の増加に繋がるのではと考える。私は、就業に関する知識の蓄積などの知識教育や、実践教育によるスキルの向上や社会的モラルの形成に努め、早期段階で就業に対する意識を高めることが大事であるという視点からキャリア教育の必要性について研究している。今回この論文を書くことで、労働組合の普及活動や労働者教育もこのキャリア教育の中には、必要であることを再認識した。またセーフティネットの一つとして労働組合が存在しそれを労働者がしっかり認識することの重要性を強く感じた。最後に、「私の提言」ということで、どの様な具体的な取り組みが特に高校生に出来るのかを中心に、自分なりに述べて終わろうと考える。
  まずは、労働組合自身が学校向けの冊子やホームページを作り積極的に働きかけることが重要ではないか。これについては事例もある。労働者教育を全国一律で行うにはやはり無理があるので、それぞれの地域での普及に努めるという意味でも気軽に双方がコンタクトを取り交流を深められるような関係作りが必要である。特に総合学習について、教育現場は授業内容のプログラムの組み立てに苦労している現状も聞くので、組合側からの積極的な関与から労働者教育が行われることが今後期待される。
  また、労働組合が高校もしくは地域に出向き違法労働問題を題材としたシミュレーション授業を行い、直に体験してもらうことも有効であろう。もちろんきちんとした座学の授業は重要であるが、それだけでは実感が伴わず、実際の労働問題に立ち会った時に対応できるか不安を残す。また労働組合について興味を示す学生の中には、アルバイトを行っている学生が多いということも理由の一つである。(iii)弁護士会も類似した取り組みを行っているが、聴講型と参加型ケーススタディをするのでは学生の捉えかたは大きく異なる。またアルバイトを行っていない学生にも、シミュレーションを通じて、より身近に感じてもらえるのではないか。逆に、労働組合の協力を得てインターンシップを行い、組合の活動を体験することも有効かもしれない。
  その他にも、高校生にとっての重要な情報源のメディアによる影響も大きいため、その中心であるテレビなどを有効活用することもひとつである。例えば派遣村である。昨年から派遣切りが問題となり、年末年始だけ派遣村を作られ、寝泊りと食事が確保されるため、こぞって人が集まった。一時的なものであったが、セーフティネットの役割を大きく果たし、多くの人がその存在を知ることとなった。この派遣村は、メディアで大々的に報道されることにより多くの人に期待感を持たせることに成功した一つの例である。これは労働組合にも活用できるのではないか。メディアを通じてより身近に感じてもらい、かつ期待感を持たせる必要が現時点の労働組合には必要である。
  ここで挙げた提言はあくまで労働組合からの取り組みについて特化して論じた。これは労働組合から働きかけなければ、認知されないという視点が私にあるからだ。しかし、労働組合が一方的に行動を起こせばいいというものでは決してない。
  組合の認知度が上がり、労働問題が起こったときのみ助けてもらえばいいというのではなく、他人のために何が出来るのか。組合に属して、労働問題について一緒に立ち向かうという双方の歩み寄り、それこそが一番必要なものである。
  労働組合が認知度を上げ、労働者を救う手助けとなる。また組合の存在意義を多くの人が考え所属し、労働環境を良くしようと思えるような社会になる事を今後期待したい。


(1)太田聡一・玄田有史・近藤絢子(2007),「溶けない氷河-世代効果の展望」,『日本労働研究雑誌』569号 pp4-16.
(2)都留康(2002)「労使関係のノンユニオン化 ミクロ的制度的分析」

  1. 18~34歳の既卒労働者を対象とし、サンプル数は正規・非正規を合わせて約490.東京都で行われた調査である http://www.npoposse.jp/images/08questionnaire
  2. 河北新報社 http://blog.kahoku.co.jp/anshin/2009/06/post-48.html#more
  3. http://www.edu-kana.com/kenkyu/news/no60.htm

参考文献
厚生労働省(2009)「今後の労働法制度をめぐる教育のあり方に関する研究会 報告書」
連合総研(2009)「第17回「勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート調査」報告書」
小杉礼子(2006),「若年労働の現状と求められる支援について」,『自治体学研究』92号 pp4-9.
電機連合(2006)「調査時報№360 第14回組合員意識調査」
高須裕彦(2008)「格差社会と労働者の権利教育」,『所誌 ねざす』42号


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