『私の提言』連合論文募集

第5回入賞論文集
優秀賞

連合は生活と仕事を切り結ぶ
ファシリテータとしての役割を果たせ!
~ワークライフバランス策試論~

竹村 恭子
(NTT東日本川崎支店 元NTTアド分会執行委員)

はじめに
  ワークライフバランスという言葉が喧伝されている。
  生活と仕事は、どちらも一人の人間が生きていくうえでの要素であって対立するものではないはず。にも関わらず、バランスをとる難しさはどうしたことだろう?個人の意識差と激変した社会構造の間に問題が見え隠れするが、それを正面から受け止める覚悟を持った主体はあるのか?
  今こそ、連合には社会構造を捉える「鳥の目」とグチに潜む問題の核心に迫る「蟻の目」をもってダイナミックに道を拓くファシリテータとしての役割を果たして欲しい。

1.当事者として覚える「わかっちゃいない」感
 私自身まさにワークライフバランスの実現を切望する育児中の一労働者である。が、企業・行政の打ち出す対策には、違和感を覚える。衆院選を前に各政党も子育て支援策合戦を繰り広げられているがそれも同様、である。
 一言で言って「わかっちゃいない」。
■育児休職時等の収入ロスを補助する?
 カネより本質的な問題がある、と訴えたい。一律運用のお手軽さが狙いではないか。
■待機児童を減らす? 事業所内保育所を設置する? 
 保育の質や定員は安定供給されるか。 誰が恩恵にあずかれるのか。
■在宅勤務を制度化する? 短時間勤務を、育児休職期間を長くする?
 企業・利用者の真のニーズを捉えたものなのか。
 能力は活かされるのか。評価は正当になされるのか。
 次世代育成法、テレワーク人口倍増計画等の国家目標の下請けに終わっていないか。

 もちろんそれらの対策は悪くはない。やってもらって助かる人もいる。私自身、ないよりあって欲しいと思うものばかりだ。しかし、実態を「わかっていない」か「わかろうとしていない」実効性の薄いものに感じられる。
  まず、「カネなら なくはない」のだ。
  共働き夫婦なら、まあまあな世帯収入がある場合も少なくない。
  育児と仕事の両立のために会社や祖父母宅のそばに「ほぼ<億ション>」を買う人すらいる。評価と給料を下げてもらったほうが、先に帰る時気兼ねがなくてよいという余裕の人もいる。
  金銭補助は、子育てへ手厚い理解ある企業・社会イメージ醸成には役立つかもしれないが、必ずしも一律に必要とはされていない。
  在宅勤務はすばらしい。家族さえいなければ、だ。
  小学生ともなれば、長時間拘束される「保育」はない。自発的に行動する子供や配偶者に、家に帰ってくるなということは実際には難しい。都市の住宅事情では家族への協力を強いなければ、業務に集中することは難しい。子供には夏休みもある。
  在宅勤務の目的の多くが、仕事と家庭の両立であり、家族がいるからこそなのに、家族の存在自体がそれを脅かすとは皮肉な話だ。
  事業所内保育所の発想もすばらしい。車通勤できるような職場であれば。
  最近話題となっているものの多くは都心の本社オフィス等への設置である。朝夕ラッシュの中で子連れ通勤は、時差出勤をしたとしてもそれは子供の福祉を向上するだろうか。親は幸せだろうか?
  短時間勤務はありがたい。が、業務内容は適正か。
  短時間勤務なしでは働き続けられないが、専門外の仕事に異動し能力活用や育成の対象外となっていると嘆く人、畑違いで周囲に迷惑をかけていないか不安がる人もいる。短時間のハンデは適正に検証されているだろうか?

 もちろんどの対策も、ないよりナンボかいいに違いない。違いはないのだが、ムリが見え隠れするのだ。元の対策がないに等しいから、注目を浴びるが、本質的にもっと良い対策はないのだろうか。

2.「わかっちゃいない」を生む意識差
  「わかっちゃいない」と嘆いても事態は変わらない。
  どうやら「わかりにくい」らしいのだ。「子どもを生む」も「育てる」も、「働く」も普遍的なことのようでいて、そうでもないらしい。

 私も40才近くまで15年間子どもなしで仕事中心の生活を続けて来たので、自身にも覚えのあるところである。働くとはこういうことと思って当然視していた生活スタイルは、子供のいる生活と相容れなかった。介護が必要な生活も事情は違うが同様の悩みを抱えるであろう。自分自身「わかっちゃいな」かったし多くの仕事人間が「わかっちゃいない」点をケーススタディとして上げると以下のとおりである。
その1.「仕事時間と育児時間がかみ合わない」ということ
  以前は「保育園は朝7時から夜7時まで?それじゃあ働けないじゃない?」と思っていた。長時間残業をいとわない身にとってはまさに別世界である。
  保育園の保育時間は短い・・仕事モードで考えるならば。それでも子供は12時間預けられている。睡眠時間を除いたらどれだけ家庭にいて親と接するのか?子供の福祉・親の満足とはなんであろうか?
その2.「育児は休みなしの仕事である」ということ
  3人の子を持つ父親がいる。たまの休日にひとりで遊びに出かけると専業主婦の奥さんがいやな顔をするという。「夜遅くまで家族のために仕事しているのに、視野が狭いんじゃない?」心底奥さんの気持ちがわからないと思ったものだ。
  ところが子供が生まれると、いつの間か奥さんの心情が理解できるようになった。・・・つまり、会社の「仕事」は、時間も環境も相手もコントロールできる「仕事」。(実情は家に帰っても頭を離れず、雑用も多く、話のわからない相手も少なくないわけだが)。だから「休み」が作れるのだ。けれども、常に保護者を求め、なにか要求をしてくる子供を相手にする育児はコントロール不能の「休みのない仕事」だ。
  産休・育休の利用者が口を揃えて、産前休は確かに本人にも「休み」であったが、子供が生まれた後の産後休・育休は仕事を休んでいるのであって本人にとっては「休み」ではなかった、と話すが理解できるだろうか?
  その3.「地域活動が必要だ」ということ
  小学校に通う子供の登校班サポート当番のために1時間弱の地域活動が必要で、会社を休まなくてはならないというケースがある。
  仕事中心に生活しマンションにでも住んでいれば、地域社会との接点もなく活動にいたっては期待すらされない。その立場からは「のんびりした話だなあ、暇な人にお願いして出社できないの?」といいたいところであろう。
  ところが子供を通じて、こども会、町会、PTAへの参加が求められ、まちづくり活動にも協力することとなると、かつてめんどうだと感じていたそれらの活動も、地域が機能し子供が育つためには必要な要素であるということに気づかされる。そのような接触の有無によって、子供自身の社会の成り立ちについての理解は、大きく異なってくるだろう。また地域活動をアウトソーシングすれば、便利かもしれないが、相応な費用が必要である。

 上記は例示である。このような意識差は、「わかっちゃいない」と憤るほうにはグチ、という形で現れる。グチの中には「育児等の必須活動を生活に組み入れるのにこんなに四苦八苦するのはおかしい!」という問題の核心とその具体的ケースが入っているのだが、グチには構造も論理もないので、相手には伝わらない。イライラしているなという印象のみが残る。
  一方この「わかっちゃいない」相手こそが、仕事人間として企業・行政の制度や対策を作る中心にいることが多く、「わかっちゃいない」制度や対策が生まれてゆく。このズレは家庭においてはそのまま夫婦間の意識差となることが多く、家庭内も疲弊していく。

3・意識差の源 社会構造の激変
  なぜ、「生む」「育てる」と「働く」は、こんなにもわかり合えなくなってしまったのか?なぜ、バランスがとれなくなってしまったのか?

 かつて、仕事はもっと地域に根ざしていた。共働きも多かった農業にしても工業にしても、職場と家庭との距離は近かった。
  大規模な通勤が始まったのは1950年代後半。
  その時期、農村から労働者は都市に流れ込み、核家族化が進んでいく。
  好景気に沸き、労働時間は長くなったが、それに呼応するように仕事から解放され、水道、電化製品の普及などで家事労働も軽くなった母親たちによる専業子育てが一般化した。
  その母親たちによって男女平等の理念のもと、手塩にかけて育てられた子供たちは同等に働くことをイメージして高等教育を受けていく。結婚や育児で仕事を中断する発想はない。1986年施行の男女雇用機会均等法はそれをまた援護してゆるぎないものとしていく。
  一方、田舎には、子沢山だった母親・父親の兄弟が「跡取り」として残っており、都会に出てきた父母はその親の介護をすることを免除されている。もちろん手伝ったり、自主的にかかわることはまれではないが、第一人者でなくてもよい。
  1975年には、第三次産業従事者が半数を超え、ホワイトカラーの長時間勤務が一般化する。都市への人口集中が進み、鉄道網の発達とともに、住宅地は遠くへ広がり、通勤時間は長くなっていく。1997年には共働き世帯が片働き世帯数を上回った。

 振り返ると、1960年前後から最近までの数十年は、介護は田舎に育児は母親に任せることができた特殊な時期だったといえる。「仕事時間と生活時間のかみ合わなさ」を知らず、「育児(介護)が仕事であること」を知らず、「地域社会の必要性」を知らずに、「仕事さえしていれば」許容されたのは、この構造の上での「仕事」観であり、もはやその土台は崩れ去っている。
  新しい構造の上で、介護や育児の担い手は働く自分たち自身でしかないのだ。

4.時間配分を考え直す~ワーク、ライフ、どちらでもない時間
  男女共同参画会議の調査(注1)によれば、男性有職者の場合「勤務+通勤時間」が10時間超になるとワークライフバランスが「実現している」との回答が半数を切り、12時間超で3割、14時間超で2割と激減していく。
  同調査で、女性有職者は「勤務+通勤時間」6時間以下で「実現している」との回答が7割を超えているが(6時間超で6割を切り大きな差が出る)、「実現している」との回答者の2割弱が「就業時間を長くしたい」とも答えている。
  神奈川県を例にとれば、多くが東京都に勤務する県民の通勤時間は長く片道1時間半から2時間といった人も少なくない。結果通勤時間平均は男性1時間43分、女性1時間19分となっている(注2)。長時間働いている人の割合も高く、男性正社員のうち週60時間以上働いている者は2割に上る(注3)。5日勤務として1日12時間以上、である。

 つまり、下記のような現実がある。
  1・法定労働時間8時間+平均通勤時間2時間でもワークライフバランスを崩し始める男性有職者に長時間労働が課せられている。
  2・短時間勤務によるワークライフバランスの実現を歓迎しながらも、より長時間の仕事への取り組みを希望している女性有職者が存在する。

 ところで、ここにワークでもライフでもない時間があるではないか?
  ワークライフバランスというけれど、バランスの崩れには、そのどちらでもない時間が大きく影響しているのだ。・・・「通勤時間」。
  平均約2時間、長い人では4時間も特殊ではない「通勤時間」。
  長時間勤務がやむを得ないのであれば、通勤を削減できればその分を「生活」に当てられる。短時間勤務の仕事が、短時間であるがために制約されているのであれば通勤時間を「仕事」にあてて充実を図ることができるはずである。

5.ワークライフバランス策試論~企業あいのり型テレワークスポット
  通勤時間削減対策の本命は「テレワーク」である。
  試みに、首都圏等都市近郊向けに企業あいのり型テレワークスポットを提案したい。
  利用者にとって通勤1時間未満の場所にあってテレワーク環境が整っている執務スペースである(電車で通うならば下り方面となればなおよし)。複数社で利用するが、個社スペースはセキュリティ重視の独立型とする。
  在宅勤務環境に近いが、その問題として指摘される「セキュリティ問題」「住宅環境(家族の活動と切り離すことが困難)」「高度機器の不足」「勤怠管理」等を、設備として解決でき、社員やその上司の個人努力に任せないですむ。
  たとえ大企業であっても、このようなテレワークスポットを個社で整えるのは規模が小さく、運用環境の整備や利用予測も難しく無理があるが、複数社あいのりでの利用なら実現性は高くなる。中小企業であれば、テレワーク導入に当たって人事・労務系の知識とICT技術を熟知した担当者をそろえることは困難であり大きな阻害要因となっていたが、運用パッケージとして提供されるならばそのハードルはなくなる。技術的に充分実用段階にあるテレワークの普及を阻むこれら運用上の問題の解決を図ることができる。
  また、そのスポットを「共同事業所」と位置づけ、「事業所内保育所」を設けることが可能である。産育休取得者は、子供を保育園に入れられるかで復職できるか否かが決まる不安な状況から開放される。個社対応では難しかった保育需要予測も、複数社の利用により対象者が増え可能となる。地域への保育枠開放を逼迫しやすい乳児中心に行い、幼児は地域保育園での受け入れを依頼する等、自治体と連携して役割分担をすることも合理的であろう。待機児童の解消にも貢献できる。
あわせて、営業担当者等で普及しているモバイル型テレワークの基地としての利用も可能である。

 夢物語に聞こえるだろうか?
  海外では既に、オランダ・アムステルダム市のベッドタウン・アルメレ市で同様の施設が実現している。「新しい都市のあり方、新しい働き方」として、シスコシステムズ社のコンセプト開発をアムステルダム市が採用したもので、複数社が同じオフィスビルを利用してテレワークスポットとしている。ほかにサンフランシスコ、ソウル、マドリード、リスボン、ハンブルグ、バーミンガムでも同様の開発が進められている。(注4)
  多くの都市で、企業連合と自治体とが協働し始めている。

6.協働 ~ 連合への期待
  これまでのワークライフバランス対策は、企業・行政がそれぞれ「わかる範囲」「権限の及ぶ範囲」で無難に(もちろんさまざまな苦労はおありと理解するが)まとめているように思われる。領域を超えないからダイナミックでないし、小手先に終わり効果も「そこそこ」にとどまるのだろう。
  社会構造が激変しているのだ。共通の問題を抱えている企業・行政が協働して、具体的問題に学び新しい対策をすべきではないのか。個人・個社・個別自治体で解決できると思うほうが甘いのではないか。

 実際、そんな問題意識から協働の機運が起こっている。
  「八都県市ワークライフバランス推進キャンペーン」は、区域を越えて通勤している住民に単独活動の限界を感じた首都圏各自治体が集まって始めたものである。
  電機連合では、富士通・日立グループの労使共同による事業所内保育所の設置運営実績を踏まえた上で、事業所内託児施設設置助成金制度に対し「子を養育する労働者の雇用の継続」だけでなく」「地域の待機児童対策に貢献する」という視点の強化を提言している。(注5)
  資生堂では、事業所内保育所カンガルーム汐留を「企業が連携して子育て環境を改善していく」という考えに基づき、主旨賛同の近隣企業へ定員枠の一部を開放した。

 労使、地方自治体が、企業連携・地域連携を図りながら実効性のある施策を模索し始めている。
  多くの企業・産業・地域組織と連携している連合。その構成員のグチにも思える本音から問題の核心に迫るとともに、社会構造の変化に目を配り、協働の音頭をとって欲しい。現実に即した実効性のあるワークライフバランス策の実現に向けて道を拓くファシリテータとしての役割を期待したい。

 

注1:「男女の働き方と仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する調査~少子化と男女共同参画に関する意識調査より~」男女共同参画会議 平成18年12月
注2:総務省「平成18年社会生活基本調査」
注3:総務省「平成19年就業構造基本調査」
注4:NTTグループマガジン「365°vol21」 2008年11月
注5:「仕事と家庭の両立支援に関する電機連合の取り組み」全日本電機・電子・情報関連産業労働組合連合会 2007年11月


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