埼玉大学「連合寄付講座」

2022年度第4ターム 埼玉大学 連合寄付講座「働くということと労働組合」

第11回(1/25)

連合の賃金に関する取り組み

連合総合政策推進局労働条件局部長 古賀友晴

はじめに

 ただいまご紹介いただきました連合の古賀と申します。まずもってこのような貴重な場をいただきましたこと、あらためて感謝申し上げます。そして私自身、この埼玉大学で講義できることを大変うれしく思っています。といいますのも、実は私の父はちょうど50年前、1973年に埼玉大学工学部を卒業しておりまして、そういった場で今日お話できるということを本当にうれしく思っています。
 今日は、「連合の賃金に関する取り組み」ということでお話をさせていただきます。具体的には、イントロダクションから、賃金とはなんなのかということを簡単に解説したうえで、賃金の基本的な法律のルールである最低賃金について解説します。そして、現行の賃金制度はどんな課題があるのかに触れたうえで、それを解決するための春季生活闘争、いわゆる春闘においてどのように賃金を上げていくのかということをお話しさせていただきたいと思います。
 あらためて少し自己紹介をさせていただきます。私は、1982年生まれの41歳になります。職歴に関しましては、2004年に保険会社に入社して、2年後の2006年、証券取引所へ転職しました。証券取引所というと、みなさんニュースで「トヨタ自動車○○円」とか、「三菱自動車△△円」といったいわゆるティッカーテープといって株価が電子掲示板にのってぐるぐるとまわっている映像を見たことがあると思うのですけれども、そういったところで働いていました。その証券取引所で、私は上場審査という業務をやっていました。端的に申し上げますと上場を希望する企業が上場企業としてふさわしいのかを審査するという部署にずっとおりました。そこでいろんな上場企業や、上場したい企業を見てきたわけですが、そういった中で業績が悪くなるとどうしても、すぐ解雇するといった、人に手を付ける企業が少なくなかった印象があります。とりわけ私が証券取引所で働いていた時期は、いわゆるリーマンショックがあり、かなり企業の業績が傷んでいたということもあって、言葉が悪いかもしれないのですが、人を物のように扱うような企業、こういったものを目の当たりにしたことがありました。そうした中で何とかしたいと思っていた時、連合という労働団体が求人募集をしていたので応募したところ、採用され、2010年からは連合で仕事をさせていただいております。連合では労働関係の法律を労働者の立場からどのように改正していくのかといったものに取り組む部署に長くおりまして、その後最低賃金や今日お話しする春季生活闘争に関する業務を行っているというところです。こういったバックボーンをお伝えしたうえで話に入っていきたいと思います。

イントロダクション

 まずはイントロダクションというところで、働く人の生の声をご紹介させていただきます。連合ではメールや電話はもちろん、LINEなどで労働相談をやっています。その件数は、以前は年間2万件弱あったのですが、最近落ち着いて1万6,000件くらいになっています。
 そういった中でどんな相談が多いのか。最も多いものは差別、端的に申し上げるとハラスメントです。マタハラやパワハラ、アルハラ、カスハラ、色々ありますが、ハラスメント関係の相談が非常に多くなっているのが最近の特徴です。そして、今日お話しする賃金についての相談もかなりあります。賃金についてどんな相談があるのかというと、例えばボーナスが一度もないとか、求人情報に記載されていた賃金と実際の賃金が全然違ったとか、あと残業代、深夜割増手当を払ってくれない、こういった相談があります。こうした職場の悩み、これにひとつひとつ向き合ってひとつひとつ解決していくのが労働組合であって、その解決スキームの代表例というのが今日最後に紹介する春季生活闘争、いわゆる春闘です。

賃金総論

 それでは今日のテーマである賃金について労働組合がどう取り組んでいるのかというのをご紹介しようと思いますが、その前にまず基本的な労働条件とは何があるのかということを押さえておきたいと思います。具体的には2つ挙げていますが、まず1つめは賃金になります。賃金とは労働の対価でありますし、生活の糧でもあるということで労働条件の大きな柱の1つであるといえます。そしてもう1つ、労働時間です。これは今日のテーマではありませんけれども、いくら賃金が良くても労働時間が長すぎて心身が蝕まれては意味がありません。だからこそ、人間らしい豊かな生活時間、これを確保できるような労働時間の在り方が基本的な労働条件の2つめになります。
 そして、こうした賃金と労働時間というのは決してなんでもいい、自由に決めてよいというわけではないのです。つまり最低レベルの基準が法律で定められておりまして、それが労働基準法という法律になります。条文ものちほどお読みいただければと思います。ただ、この労働基準法を守っていればなんでもいいのかというと、決してそうではありません。最低限のルールを守ることを大前提としたうえで、その維持向上、具体的には最低限のルールを上回る労働条件を獲得するために労使できっちり話し合っていく、それが必要なのです。それこそが労働組合が担っている役割であるとご理解いただければと思います。

 そのうえで賃金総論ということで本題に入ります。先ほど、賃金は労働の対価であり生活の糧であるとお伝えしましたが、まずは賃金について実際のイメージを持っていただいたほうがいいだろうと思いますので、少し簡素化した給与明細のひな型を示したスライドをご覧ください。みなさん卒業後働きだしたら毎月このようなかたちの給与明細をもらうことになると思います。また、みなさんのなかでアルバイトをされている方は多数いらっしゃると思いますので、すでに手に取っている方もいると思います。基本的に給与明細書というのはこういうものになるわけですが、赤い点線で囲っているグループと緑の実線で囲んでいるグループがあります。この赤い点線のグループはなんなのかというと、基本的に労働者が会社から受け取るものです。基本給からはじまって○○手当、××給、こういった名称で受け取るもので、ようは収入です。一方で緑の実線、これは支払うほうです。具体的には、所得税などの税金や、健康保険、雇用保険といった社会保険料です。そのうえで、この赤の点線と緑の実線の違い、それは赤い点線のほうは労働組合が会社に要求して交渉する、春季生活闘争、春闘などで交渉して勝ち取っていくものです。一方で緑の実線のほうは税金や社会保険料といった国の制度ですから、個別の労働組合が企業と交渉して何かを勝ち取ることは困難です。したがって、連合のような労働者の団体が国に対して、「この税金はこうすべき」といったかたちで政策要請なりをして対応していくものです。今日お話しするところは赤い点線の部分になります。
 さて、賃金明細をベースに賃金の種類などをイメージしてもらいましたが、先ほど法律で最低限のルールがあるとお伝えしました。具体的には、労働基準法24条に、いわゆる賃金の支払い5原則というものが定められています。5原則というからには5つありまして、具体的には、賃金は「通貨で」「直接労働者に」「その全額を」「毎月1回以上」「一定期日を定めて」支払わなければならない、こういったことが労働基準法に書いてあるのです。これはどういったことなのか。まずは1つめの「通貨で」というところです。基本的に賃金は現金で払いなさいということです。例えば賃金を現物支給で支払うとか、4月からルールが変わって一部例外的に認められるのですが、「○○ペイ」といったデジタルマネーでの賃金を支払うことは、現行の法律では基本的に認められていないのです。また2つめの「直接労働者に」というところです。これは例えば、結婚していた場合に夫の給料を妻の口座に払うとか、みなさんのバイト代を親の口座に払うとか、そういったことは原則として不可ということです。3つめの「その全額を」というのは、例えば「○○費」という名目で勝手に企業が労働者の賃金から費用を差し引くことは認められず、基本的に全額を支払いなさいということです。そして4つめの「毎月1回以上」、これはイメージしやすいと思います。例えば、年俸制というとなんとなく1年に1回年俸を払えばいいんだよねというイメージがあるかと思いますが、そうではなくて毎月分割して払いましょうというものです。5つめの「一定期日を定めて」というのもイメージしやすいと思いますが、例えば1月の賃金は1月20日に払います、2月の賃金は2月14日ですといったようなかたちで、毎月給料の支払い日をころころ変えるのはいけませんといったものです。こうしたルールが労働基準法には定められているのです。

最低賃金

 ただ、労働基準法は賃金の支払い方を定めているだけで金額に特に定めはありません。金額について定めているのが最低賃金法です。それでは最低賃金とはなんなのかということですが、それは文字通り、使用者が労働者に支払わなければならない賃金の最低額を定めたものです。賃金総論の部分でも申し上げましたが、賃金を含む労働条件は労使が話し合って決める、これが大原則であるものの、なんでもいいというわけでもなくて国が最低のレベルを定めている、こんな建付けになっています。
 それでは、この最低レベルの基準である最低賃金はどうやって決まるのでしょうか。これは毎年夏に、弁護士や大学教授といった公益、経団連とか商工会議所の関係者といった使用者の代表者、そして連合関係者である労働者の代表という公労使の三者が集まって審議会で議論をして毎年決定されるのです。もちろんこの議論は大変もめます。私もこの審議会に委員として参画しているのですが、労働組合は上げろと言いますし、会社側のほうは上げたくないと言うか、むしろ最近では下げたいとまで言う場合もありまして非常にもめるものです。この審議は毎年7月から8月に短期集中で行われますが、おととしは2日間徹夜での審議会というのがありました。私も社会人になって2日間完徹するという経験があまりなかったのですが、それだけ使用者と労働者が真剣に議論をして最終的に妥協点を見つけていくのです。こうした審議を毎年やっているのです。今年の7月も最低賃金の議論について報道で目にすることがあると思いますので、ぜひともみなさんご注目いただければと思います。
 そうした公労使の三者の話し合いで決められる最低賃金ですが、いくつか留意点を説明しておきます。まず、最低賃金より低い金額の賃金を支払う労働契約をした場合どうなるのか。これは法律によって無効になり、使用者には労働者に対して最低賃金以上の賃金を支払う義務が発生します。また、労働契約上は最低賃金より高い賃金を支払うとしていたものの、実際には最低賃金より低い賃金しか支払っていなかった場合はどうなるでしょうか。これはもちろん契約した通りの最低賃金以上の賃金を払わなければいけませんし、さらには使用者側には最低賃金さえ支払っていないということで罰則がかかってくると、こんな建付けになっています。
 こうしたルールを踏まえたうえで、最低賃金とは実際どれくらいの水準なのかということです。これは全国平均では時給961円(講義日時点。以下最低賃金額について同じ。)です。ただ、都道府県ごとに異なり、一番高いのは東京都の1,072円です。一番低い都道府県はどこなのかというと、沖縄県や鹿児島県、長崎県など10県で、853円となっています。この水準をどう考えるのかというのが非常に重要な問題だと思います。一番上の1,072円と一番下の853円では219円差があるわけですが、例えば同じコンビニでバイトをしても、東京では1,072円もらえる一方で沖縄では853円しかもらえない。同じ労働をしているのにこんなに差があっていいのかということは、ぜひともみなさんも考えていただきたいと思っております。
 この最低賃金の水準が、国際的に見たらどうなのか。端的に申し上げますと日本の最低賃金の水準というのは非常に低いのです。もちろん国ごとに物価も違いますし、最低賃金の対象者も違います。例えばイギリスでは全国最低賃金が1,500円を超えていますけれども、23歳以下は別のルールを適用する仕組みになっています。一方、日本の最低賃金の対象は働く人すべてであり、年齢で区切っているわけではないという制度的な違いもありますし、もちろん、為替の関係もあって一概には比較できない問題ですが、数字で見ると日本の最低賃金の水準が低いことは事実で、隣国の韓国にも劣る状況です。国際的にも劣後している日本の最低賃金、これ何とかしていかなければいけないと思います。
 こうした最低賃金の課題感は2つに集約することができると考えており、1つめは絶対水準が低いということです。最高の東京都であっても1,072円ですから、年間2,000時間働いても年収200万円程度とワーキングプアと呼ばれる水準にとどまりますので、上げていかなければいけないということであります。そして2つめ、地域間格差の拡大です。今申し上げたように最高額と最低額の219円の差、これを放置しておくとどうなるのか。当然最低賃金の水準差だけで人が移動するということはないのですけれども、これを是正しなければ地方から都市部、さらには賃金が高い県、さらなる労働力の流出につながるというのは経済学的にみても明らかですので、この流れにしっかり歯止めをかけるためにも地域間格差を是正するという点について連合としてはこだわっていきたいと思います。
 それでは最低賃金の最後になりますが、よくある質問を少しまとめていますので、考えていただければと思います。まず1つめ、都道府県ごとに最低賃金って違いますということはご理解いただいたと思いますが、住む場所と働く場所が違う場合どちらの最低賃金が適用されるのか。これは正解としては働く場所です。この問題というのは結構大きくて、私は生まれも育ちも神奈川県川崎市ですが、神奈川県の一番端に箱根があります。箱根は電車で行くとすぐ静岡県になるのですが、神奈川県と静岡県で最低賃金の水準が100円以上違うのです。100円以上違うと静岡県に住んでいる人も神奈川県に働きに出てきてしまう、そうなると静岡県で人手不足がおこる。こういったような構造になっておりまして、地域間格差と相まって働く人の問題と働き手の確保の問題という意味でもこの問題は非常に大きな問題になっています。そして2つめ、最低賃金は大学生や高校生のバイトにも適用されるのかということです。これは適用されます。先ほどイギリスでは23歳以下は別のルールという話をしましたが、日本の最低賃金は原則すべての労働者に適用されますので、もし、みなさんが学生バイトだからということで下回るような額で働いている場合は法律違反ですので、ぜひとも連合に相談するなどしていただきたいと思います。そして3つめ、最低賃金が適用されるのは時給の人だけなのか、それとも月給制の人も含まれるのかということです。これは月給制の人も時給制の人も全員対象になります。月給制の人はどう計算するのということですが、これは最初に給与明細を見ていただきましたが自分の月給を1か月の労働時間で割って、それで最低賃金を上回っているか比較していただくことになります。こうした最低賃金の制度についてまずはご理解いただければと思います。
 以上が最低賃金についてということになりますが、繰り返しになるのですが、最低賃金はあくまで最低レベルですから、具体的な賃金は労使で話し合っていくということですので、その話をしたいと思います。

賃金制度の現状と課題

 それでは賃金制度の現状と課題ということで、企業では具体的に賃金はどうなっているのかということに入っていきます。まず押さえていただきたい概念というのが、賃金カーブというものです。ここに書いてあるとおり、「多くの企業では」経験年数に伴って仕事のスキルが上がるということですとか、結婚をしたり子どもも産まれたりということでライフスタイルに対応して生計費も上昇することから、これらに対応して賃金が上昇する仕組みがあります。これが賃金カーブというもので縦軸に賃金、横軸に年齢を引いたうえでカーブを描くとだいたいこんな形になるというものです。入社してから右肩上がりになってどこかの時点でカーブが寝てくると、このイメージ図だと60歳でピークにしていますけれども、どこかの時点でカーブがなだらかになるというところです。これはご理解いただけると思うのですが、ひとつ重要な点がありまして、先ほど「多くの企業では」賃金カーブが制度としてあると言いましたが、裏を返すとすべての企業でこういうカーブがあるわけではないということなのです。特に、中小企業などでは賃金カーブが制度としてなくて、毎年社長の一存で賃金を上げるか上げないかみたいな形をとっているケースがままあります。また、仮に賃金カーブがあったとしても、今年は企業経営がしんどいから賃金カーブがあるけれども昇給はしないとか、そういったケースもあります。だからこそ労働組合は毎年、仮にこのカーブがあったとしてもまずはしっかりこのカーブどおりに賃金を上げていく、もしカーブがない場合はそもそも制度として賃金カーブを作るといったような要求、交渉を春季生活闘争、春闘でしているということなのです。
 そのうえで賃金を上げる方法についてもう少し詳しく見ていきたいと思います。賃金を上げる方法は定期昇給とベースアップ(ベア)という2つの方法があります。1つめの定期昇給、これは大方イメージつくと思うのですが、年齢が1歳上がった時に賃金も上げるという、ある意味年齢や勤続年数に応じて自動的に上がるもので、例えば29歳から30歳になった時点で昇給するというものです。この定期昇給の水準は、統計的にはみなさん就職して働きだして1年後には4,300円くらい平均的に上がっているというデータがあります。そしてもう1つ賃金を上げる方法がありまして、それがベースアップというものです。これは年齢などにかかわらず、賃金カーブ自体を全員一律に上方に平行移動させてあげていくというものです。労働組合としてはまず定期昇給があるところはしっかり定期昇給を確保する、そのうえで定期昇給にプラスして一律にこのカーブ自体を上に引き上げるベースアップ、これを要求するということを春季生活闘争でやっているということであります。
 それでは日本の賃金って大体どれくらいなのか。日本の一般労働者の賃金、それは平均30万7,400円です。これを高いと感じるのか低いと感じるのか人それぞれだと思いますが、現実としてまずこの数字を押さえていただければと思います。そのうえで男女別です。男女別で見ると男性は33万7,200円、女性は25万3,600円で8万円の差があります。これは女性の方が例えば勤続年数が短いといったことも要因にあると思いますが、それにしても8万円という差はどうなのか。格差がありすぎではないかということです。こういった男女間賃金格差を是正していくことも、労働組合としての重要な役割であり、これをしっかり意識して春季生活闘争に取り組んでいくという視点が必要だと思っております。

 この30万7,400円という日本の賃金水準が国際的に見てどうなのか。この折れ線グラフは日本の賃金が一番高かった1997年を100としたうえで以降20年間のトレンドを国際比較で追ったものとなります。赤い線が日本ですが、20年来べたっと寝ているということが見て取っていただけると思います。イタリアも厳しい状況ではありますけれども、それ以外の国は右肩上がりです。もちろん各国物価も違いますし、そもそも1997年というのは日本の賃金が最高水準だったときですので、そこを100とするのはどうなのかという議論はあるかもしれません。ただ少なくとも日本の賃金はこの20数年間ずっと変わっていない。一方で諸外国は上がっている。こういった動きについてはぜひとも押さえておいていただきたいと思います。このように日本の賃金がずっと低迷してきた状況で実際何が起こったのかに話を移しましょう。

 これは1997年と2021年の給与所得者の年収の分布を比較したグラフですが、左側の年収が低い層、100万円以下から500万円以下ぐらいのところまではオレンジの線のほうが青い線より上に来ていると思います。青い線というのは1997年の所得分布、オレンジの線が2021年所得分布ですから、賃金が高くない層が2021年には1997年より増えたということなのです。逆にオレンジの線が青い線より下に来ている、つまり人数が減っている層がありまして、それが真ん中の年収700万円台くらいから1,000万円くらいまでです。つまり、この約20年間で、いわゆる中間層は減っているということです。日本は分厚い中間層が経済を支えている国だとよく言われるのですが、現状は、この中間層自体がやせ細っているということなのです。これでは経済も回っていかないということでありますから、だからこそ賃上げをきちんとやって賃金を増やして中間層を増やしていくといった営みが必要であり、その賃上げを行うツールというかチャンスというものが春季生活闘争であるというところであります。

春季生活闘争

 それでは春闘、春季生活闘争についてご説明したいと思いますが、その前に、そもそも労働組合に何が期待されているのかを少し紹介させていただきます。というのも労働組合は当然職場の人の要望とか困りごとを踏まえたうえで春季生活闘争に取り組むわけですから、何が期待されているのかというのは見ていく必要があるということです。データを見ても労働組合に期待されているのは賃上げです。その次は労働時間の短縮ですから、最初のほうで申し上げた賃金と労働時間、この2つについて組合としては春季生活闘争に取り組んでいくということになります。
 それでは具体的な交渉の手続きです。まず労働条件の決定のメカニズムということで、どのように交渉していくのかです。労働組合は団体交渉というツールを使って交渉をするわけですが、これは労働組合が使用者と対等な立場に立って労働条件の交渉を行うということです。団体交渉権は憲法で裏付けをされている権利になります。そのうえで日本の労使関係というのは企業別に組合があり、企業ごとに交渉するということでありますが、団体交渉以外のツールもあるということです。具体的には賃上げといった対立するようなテーマは団体交渉を使って交渉しますし、一方で会社を中長期的にどうしていくのかといったテーマについては労使協議として話し合って決めていくといった営みをしているところであります。
 それでは春季生活闘争とは具体的に何なのか。まず定義としては、春の時期に労働条件の改善を求めて一斉に行う団体交渉、これを春季生活闘争と言っています。この起源はだいぶ古く1955年にさかのぼりまして、東京で開催された春季賃上共闘総決起大会というものがスタートであるといわれています。鉄道や化学、炭鉱、電力といった業種を超えた組合が産業横断的に団体交渉しようということで集まったのが春闘のはじまりといわれています。この背景は、朝鮮戦争が終わって不況に突入した中、その対抗手段として組合が一斉に交渉しようということになってこれが春季生活闘争、春闘の起源になったといわれています。
 ではなぜ春に一斉に行うのか。これは日本の雇用慣行を見ると4月の入社が多い、さらには会計年度も4月から始まることからして、翌年の労働条件向上分を反映させてすっきりしたかたちで新年度に臨むということから、その前の春に交渉して労働条件を向上させる、これが理由です。また、なぜ一斉に行うのかということです。これは同じ時期に団体交渉を行うことで労働組合の交渉力をしっかり強化していくということがあるとともに、相場を形成するという点が非常に大事であるからです。つまり「隣の会社が賃上げしたのだから、ではうちも賃上げしよう」という空気感、相場感、こういったものを形成するために一斉に行うというものを春季生活闘争と呼んでいるのです。

 それは春季生活闘争はどのようなスケジュールで進めるのか。「労働組合は一年中春闘やってるよね」と言われることが結構ありますが、実はそれはあながち間違っていません。スライドを見ていただくとおわかりのとおり、ほとんど切れ目なく棒グラフが伸びていると思います。具体的には、まず年末に連合が「来年このくらい賃上げする」という春季生活闘争の方針を決めます。その後に、産業別の組織、具体的には自動車産業や電機産業とか電力産業の労働組合が集まっている産業別組織が、「それではうちの産業ではこのくらい賃上げしよう」といった産業ごとの春季生活闘争の方針を決めます。それがちょうど今の1月~2月の時期になります。その後、それぞれの産業別組織に属している個別企業の労働組合が、「それでは、うちの会社ではこのくらいの賃上げを求めよう」といった要求を考える。これが2月で、その後2月から3月にかけて会社に要求書を提出し、交渉がスタートします。その後は、大手の組合はだいたい3月で春季生活闘争は妥結、終了していくわけなのですが、中小ではやはり大手の結果を見てからの交渉というのが結構あります。したがって、実際に妥結するのが5月6月になるというケースが少なくありません。そうしたうえでだいたい6月くらいに概ね結果が出揃いますが、今度は、また8月くらいから来年度の賃上げの方針をどうするのかという議論が始まっています。これらを踏まえると「労働組合は一年中春闘やっているよね」というのはおおむねその通りなのだろうと思います。
 そんな春季生活闘争ですが、今年の2023春季生活闘争がどんなものなのかを解説したいと思います。まずスローガンは「くらしをまもり、未来をつくる」、これを合言葉に春季生活闘争に取り組むと決めています。まずは賃上げによってデフレマインドを断ち切る、さらにはこれだけ物価も上がっていますからステージを変えようということです。そして2つめ、その賃上げは一部の人だけを賃上げすればいいというわけではなくて、正社員の方はもちろんですけれども、パートの方や契約社員の方も含め、すべての労働者を含めて賃上げをして格差是正をしていこう、これが2つめになります。そして3つめ、労働組合のない職場で働く人にも私たちの労働組合が獲得した成果を波及させていこうということで「みんなの春闘」を展開し、労働組合の輪を広げていく。これら3つの視点を2023春季生活闘争では置いているというところです。
 なお、春季生活闘争というとハチマキをまいて気勢をあげているイメージを持っている方もいらっしゃると思います。それは否定しませんが、それだけではないということをご理解いただきたいと思います。というのも、例えば、最近ではメタバースというかVRを使ってみんなにアバターで参加してもらって春季生活闘争のイベントをやったりとかもしておりまして、春季生活闘争の社会的気運の醸成のあり方も変わっているということをご理解いただければと思います。
 そうしたうえで、2023春季生活闘争では具体的にどのような賃上げ目標を掲げているのか。まず、基本的な認識としては、これまではびこってきたデフレマインド、他方で最近の物価上昇で苦しくなっている労働者の生活実態、国際的に見劣りしている賃金水準、さらには拡大している格差、こうした現状を2023春季生活闘争、春闘で賃上げによって変えていこうということです。その上で大きく3つ、「底上げ」「格差是正」「底支え」という目標を掲げています。
 ここでまず重要な点というのが、「底上げ」の部分です。具体的には、ベースアップにあたる賃上げ分を3%程度、定期昇給相当分2%の合計である5%程度の賃上げをやっていこうということです。ベースアップと定昇の違いというものをお話させていただきましたけれども、賃上げ分というのはいわゆるベースアップの部分です。すなわち年齢などの関わりなく賃金カーブを一律に3%引き上げるものです。そのうえで、1年ごとの昇給である定期昇給相当分として2%上げていく。要は「3%程度+2%=5%程度」の賃上げを実現していこうということです。

 それではこの5%の賃上げというのは、どういった水準なのか。このグラフが過去の賃上げの実績です。これ見ていただくと大昔は5%を超えて6%に迫る賃上げを行うことができた時期もありましたが、ここ最近の賃上げ率は2%前後で推移しています。そうした事実を踏まえると今年の春季生活闘争の連合の要求である5%程度の賃上げの実現はハードルが高いとも認識しています。ただ、最近の物価上昇も含めて考えるとしっかりと取り組まなければならない、今年はそういった年です。その物価について少し見ていきたいと思います。

 このグラフは1995年から現在までの物価の水準をトレースしたものです。このグラフを見ると、過去には色々な事象、特に消費増税のタイミングで急激に物価が上がってきたということはあります。しかし、今年は増税要因などはなく急激に物価が上がっており、きわめて異例な状況だったということなのです。この要因としては国際情勢がひっ迫している等様々考えられますが、かなり物価が上がっているということです。

 これをもう少し直近に引き直したものが、至近の物価推移というスライドです。直近のものにフォーカスすると、折れ線グラフの消費者物価(コアCPI)が2022年に入ってからはぐっと上がっています。特に最近では3%台後半で推移していますが、その動きを棒グラフで要因別に分解をすると、やっぱりブルーの棒グラフ部分、すなわちエネルギー価格、電気料金やガス料金の上げ幅がかなり効いているのです。また、濃い緑の棒グラフ部分の食料品などの部分も結構上がっている。そしてもう1つ、オレンジの棒グラフで2021年代に下方に伸びている携帯通信料の引き下げです。これは当時の菅総理が携帯通信料引き下げを掲げて実施されたことによってかなり物価にはマイナスに寄与していたわけですが、この影響が2022年に入ってから縮小したということで、これも2022年以降の影の物価押し上げ要因になっているのです。具体的にはオレンジの棒グラフが下に出ている部分がマイナス1%くらい2021年代はあったわけですが、これが消えたので2022年後半には物価がどんと上がってきているのです。物価が上がっても賃金が上がらないと労働者の生活は非常に苦しくなるわけですから、こういった面からも2023春季生活闘争はしっかり賃上げを獲得していかなければならないのです。
 そうした中で必ず出てくる論点は、「毎月の賃金を上げるのではなくて一時金、いわゆるボーナスを引き上げればよいのではないか」ということです。この点、こちら所定内給与(賃金)と、特別給与(ボーナス)を増やした際にそれがどれくらい消費にまわるのかというものを分析したデータがありますが、このデータを見ると所定内給与(賃金)はしっかり消費に回りますが、特別給与(ボーナス)は半分くらいしか消費に回らず残りは貯蓄になるという結果が示されています。私も生活者の立場からすると将来不安があるからボーナス、一時金については貯蓄に回すということは理解できなくはありません。一方で、経済をまわして景気を良くしていくためにやはり国内消費を増やしていかないといけません。国内消費を増やすことで当然企業の売り上げも上がり、企業の売り上げが上がれば賃金もあがる。こうした好循環をまわすためにはやっぱり賃金、月例賃金を上げていくということが必要だということです。だからこそ5%程度の賃上げを、連合としてはこだわって取り組んでいきたいのです。
 以上が「底上げ」の部分の賃上げ目標でしたが、もう1つ賃上げ目標で重要な点が「底支え」の目標です。具体的には「底支え」という部分にある「時給1,150円以上」です。「底上げ」の目標で賃金を上の方に向かって5%程度上げていく、これは重要ですが、上に上げると同時にもう一つ重要なこと、それは賃金が下がらないという、下をピン止めしておくという考え方です。この「底支え」のところで提起している「時給1,150円以上」の企業内最低賃金協定を結ぼうということですが、これは先ほどご紹介した最低賃金とは別の話です。最低賃金は都道府県ごとに法律で東京だと1,172円、沖縄だと853円と決まっていましたけれども、「底支え」ではそれとは別に都道府県の最低賃金を上回る水準として企業ごとに最低賃金に関するルールを作ろうということです。それはいくらなのかというと「1,150円以上」で作ろうということです。それではこの「1,150円以上」という数字をどうやって出したのか。「1,150円以上」を出した根拠は、連合リビングウェイジというものです。具体的には、「労働者が健康で文化的な生活ができ労働力を再生産し社会的体裁を保持するために最低限必要な賃金水準はどうなるのか」という観点から、労働者の生活にかかる費用を積み上げることで算出しています。連合試算では、単身世帯で時間額1,141円の生活費が必要であるため、この1,141円を上回る水準として「1,150円以上」という「底支え」の目標を設定しているのです。それでは1,141円で生活ができる単身世帯とはどんなものなのか。具体的には食事代(内食費)は自炊で一日670円、これは1食ではなく朝昼晩で670円です。外食費はひと月3,346円、飲み会1回分程度です。住居費は1K9畳の家賃、最低限といってもこの夏の状況をみるとエアコンはやっぱり持っておかないといけないということでエアコンは1台保有、洋服は量販店で購入して耐用年数はスーツで6年に設定しています。レジャーはひと月2,789円、そしてそのための交通費は700円といったようなかたちで、1つ1つの費用を積み上げていった結果、時給換算で1,141円という数字をはじき出したということです。したがって、決してこの生活水準って高いわけではないということが肌感覚としても見て取っていただけると思います。そして、少なくともそれをクリアする「1,150円以上」の賃金を企業内でルール化していこうということを「底支え」の目標として掲げているのです。
 以上のような、「底上げ」で5%程度賃金を引き上げ、さらには「底支え」として下を「1,150円以上」の企業内最低賃金協定でピン止めをしていこう、というものが、連合の2023春季生活闘争の賃上げ目標なのです。

 それではこうした賃上げが最終的にどのような未来をもたらすのか。賃上げというと、ややもすると労働者の生活の安定というか生活保障の面だけが強調されます。もちろんそれは絶対に間違いではないのですが、それだけではないのです。つまり、賃上げによって労働者の生活が安定すれば労働、働く意欲が向上して、生産性も上がってそのことによって企業が成長する。企業が成長するとまた賃上げにつながる。こうした好循環をまわしていくことが賃上げの重要な点であろうと思っています。

 一方でこういったことをあまり理解していただけない経営者もいて、会社は経営者、株主だけのものだという方がいらっしゃいます。企業の生産性が上がって利益が出たのなら株式会社でいえば出資者である株主に還元すべきだという考え方です。私も冒頭自己紹介で申し上げましたけれども、証券取引所、マーケットにいましたのでそれはその通りと思う面もあります。ただやはりそれだけでないと思うのです。すなわち、企業は働く人がいて初めて成り立つもので、働く人ひとりひとりには家族があったり生活があったりするわけです。そういった事情を考えればこそ、企業の責任として労働者への分配をしていく、これが必要だと思います。グラフを見ていただければと思いますが、青い線の株主への配当金はこの20年間で大幅に増えています。一方で労働者への分配はひどいもので、この紫の四角の二重線のグラフですが、いっこうに上がっていない。日本の賃金はずっと横ばいで、結果として中間層の収縮を招いてきたのです。この状況を変えて明るい未来を作っていくためには賃上げが必要であり、そのためにも2023春季生活闘争が重要だということで、私のお話の締めくくりとしたいと思います。

おわりに

 最後に、みなさんへの期待を簡単にまとめさせていただきます。やはりまずはワークルール、最低賃金を含む賃金のルールをしっかり押さえることが重要です。そして、それを前提としたうえで、労働組合が賃上げも含めて働きやすい職場を整備していくのです。ですから、みなさんが就職する前には、労働組合がその会社にあるのかないのかというものをチェックしていただけたらと思います。連合のホームページにアクセスしていただくと「労働組合かんたん検索」というバナーがありますので、そこでも確認していただきたいと思います。そして働きだした暁にはみなさん自身も労働組合に加入、そして組合役員として賃上げも含め一緒に取り組みを進めていただけたらと思います。そうした期待を込めまして私の講義とさせていただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

 

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