同志社大学「連合寄付講座」

2014年度「働くということ-現代の労働組合」

第6回(5/23

労働諸条件の維持・向上に向けた取組み―2014春闘における日産労組の取組み―

ゲストスピーカー:大喜多 宏行 日産自動車労働組合 中央執行委員長

はじめに

 日産自動車労働組合で委員長をしております大喜多と申します。実際の交渉の場で、労使がどのようなやり取りをしているのかをお聞かせ頂きたいという依頼がありました。本来は外部で話すテーマではないですが、ご紹介できるかなということでお受けいたしました。皆さんの参考になればと思っています。

1.日産自動車労働組合

 まず、日産労組についてご紹介します。日産労組は6つの支部、1つの地区、1つの関連労組、本部で構成され、組合員数は約26,000人です。日産労組には組合の仕事を専門にしている、いわゆる専従役員である常任委員が58名います。私もその一人です。常任委員については、労使で締結した労働協約で500人に1人と定められています。また、全社それぞれの職場には職場役員が合計約3,500人います。
 日産労組の活動のベースに「職場原点」という考え方があります。労働組合の活動の源は職場の声です。実際、本部が会社と交渉しますが、会社に対してプレッシャーをかけられるのは職場の声です。みんなの声が出発点ですから、職場を原点にした活動を行っているわけです。
 職場の声を吸い上げて会社に伝えるだけが私たちの仕事ではなく、逆に会社からの提案や会社との交渉内容などを現場の人に伝えていくことも労働組合の重要な役割です。ただ、こうした活動は相当地味で非効率です。例えば、私たちが通称で「春取」と呼んでいる「春の取り組み」で論議したことを組合員にA3・A4用紙何枚かにまとめて報告します。一人ひとりパソコンを持っている開発部門や本社の人には報告書をメールで展開すればと考えがちですが、パソコンを一人ひとり持っていない現場の人には、報告書を紙で配る必要があります。ですから、毎回、団体交渉終了後、翌朝には全組合員に報告書を紙で配れるように、当日の夜に作り上げて、各支部で人数分を印刷しています。非効率と申し上げましたが、誤解の無いようにお伝えしますと、そうした地味で非効率な取り組みこそが労働組合としての力、組織力に繋がるのだと思います。顔と顔を合わせて話をする、伝えるといった非効率な活動でしか得られない「力」があるということをご理解下さい。

 2.2014総合生活改善「春の取り組み」(通称「春取」)

(1)交渉の環境:社会・経済環境と日産自動車の状況
 さて、2014年の春取をとりまく環境の見通しについては、従来よりも足元の景気が良くなりつつあるというものでした。円高是正が相当進みました。2年前の円のレートは対ドルで80円前後でしたが、今は100円強になっています。日産自動車は1円の円安で約200億円の増収となります。現在20円の円安になっていますので、企業業績も相当良くなる・良くなっていくと考えていました。2013年度の営業利益は対前年度比で為替変動分だけで2,500億円の増加でした。円安が進んだことを背景に各メーカーは過去最高益を更新していました。
 しかし、日産自動車は厳しい状況でした。日産自動車は2年連続で営業利益の通期目標を下方修正しました。さらには修正した通期目標の達成も予断をゆるさない状況で、もし修正した通期目標を達成できなければ、社会的信用さえも失いかねない状況であったと思います。そのため、会社は1月ぐらいから通期目標を達成するため、相当必死で労務費をかけないようにしていました。
 グローバルでみれば、日産における車の販売台数は確かに増えています。しかしながら、国内販売をみると、2013年度は消費税の駆け込み需要の影響で71万台まで膨らみましたが、通常は国内で100万台程度を生産する中で、約60万台が国内向けとなっています。現在の国内生産を維持していくためには、残りの台数は輸出に頼らざるを得ない状況です。しかし、海外の現地生産が増えているため、輸出する台数も減っています。将来的に国内生産100万台を本当に守っていけるのか、職場の組合員は大変な不安をもっていました。
 このような中で、日産労組として最終的な要求を固め、交渉していくことになりました。

(2)要求検討に向けた議論の経緯
 私たち日産労組の上部団体には、連合や金属労協、自動車総連があります。モノづくり産業の中でも、電機産業や鉄鋼産業等の金属部門に関わる組合が集まる協議会を金属労協と言います。2014総合生活改善「春の取り組み」における、連合、金属労協の方針は「1%以上の賃上げ」でした。自動車総連は「1,100組合みんなで取り組もう。今年は特に賃金にこだわって取り組もう」と賃金改善の取り組みを中心に据えた考えを先ず打ち出しました。自動車総連には、メーカーをはじめ、部品、販売、輸送といった業種ごとに部会があり、私はメーカー部会のメンバーの1人です。それぞれの部会論議を通じて、最終的に自動車総連の方針を決める流れになっています。その会議の中では、「連合と金属労協は賃金改善に取り組む方針を出しているが、本当に自動車産業として賃金改善に取り組める状況にあるのか」といった基本から議論しました。過去には2009年に4,000円の賃金改善の要求を各組合が一斉にしたことがありました。しかし、会社からの回答は、ベアは一切やらない、賃金改善には応えられないと軒並みゼロ回答でした。こうした経験をしていたので、本当に今回はできるのか、という話からしました。また、取り組むにしてもどうやるのか、どう共闘するのか、1%という率かそれとも額か、といった論議もしました。
 自動車産業におけるメーカーごとの平均賃金は違っています。そのため、それぞれの平均賃金の1%の要求であれば、格差是正を目指すと言っているにも関わらず、1%という率で共闘することは、当然ながら要求の段階で格差が広がってしまうとの話もありました。
 また、メーカー全体での平均賃金が30万円であることを参考に、その1%の3,000円で取り組もうとの意見もでました。しかしその一方、連合や金属労協が1%以上と言っているのに、交渉全体を引っ張っていくはずのメーカー労組が、一部とはいえ1%より低い要求額を掲げることは、その役割を果せないのではないか、との意見もでました。結局、論議の結果として、率でも額でも共闘は難しいと判断し、個別に各労組が上部団体に基づき主体的判断をして要求を出すことになりました。
 とはいえ、各組合の要求方針もなかなか決まりませんでした。そこで各メーカー組合の要求方針の検討状況について情報交換を行いました。その中で私たち日産労組は平均賃金改訂原資を9,500円で要求しますと発言しました。現在、日産自動車は成果型賃金制度を採用しており、ベアや賃金カーブといった概念がありません。要求額を決定していくには、組合員の努力や貢献、モチベーションの維持や向上、社会・経済情勢など様々な要素を総合的に勘案して決定していきます。その中で、旧制度ではカーブ維持の考え方があったことを踏まえつつ、上部団体方針に基づく平均賃金の1%相当である3,500円相当を加えた9,500円で要求することとして発言をしたのです。結果として、メーカー労組の要求は、賃金改善3,500円の要求額でほとんどが並びました。

(3)日産労組の要求検討と要求に込めた想い
 9,500円の要求を日産労組として決定した時、私は、「今年こそは満額回答が欲しい」と思っていました。先ほど述べた通り、足元の景気は回復しつつあったのですが、職場はすごく疲弊していて、会社も厳しい状況になっていました。そうした状況だからこそ、「職場が一丸となって前に進めていかなければいけない、会社の業績や雰囲気が落ち込んでいるのを何とか改善させなければいけない」と私は考えていました。そのためには満額回答がとても大事だと思っていました。満額回答を得る・得ないでは、職場の士気が大きく変わってくることを過去にも実感していましたので、とにかく満額回答が欲しかったのです。
 平均賃金改訂原資9,500円に加え、年間一時金の要求を5.6ヶ月とも決めました。この5.6ヶ月という数字を決めるのにも相当苦労をしました。職場では5.6か月という声の他、5.7ヶ月か5.8ヶ月は欲しいとの声も多数あがっていました。しかし、論議を重ねる中で、最終的には満額回答に拘り5.6ヶ月でいこうと決めました。それは、結果は交渉によって決まりますが、会社が渋々出すよりも、会社が職場の努力、貢献、成果をキチンと認める判断をし、組合も「満額」として気持ちよく受け取れることによって生まれる、2014年度に向かって労使が一丸となって取り組んでいける状況がどうしても構築したかったからです。
 補足になりますが、要求を決めるにあたっては、自動車総連や日産労連における日産労組の役割や位置づけにも考慮しました。例えば、あまりに高すぎる要求をすることや、逆にあまりに低すぎる要求とすることは、他の日産グループの組合に影響を与えます。トランスミッションを作っている会社にジヤトコがあり、ユニットを作っている会社に愛知機械工業があります。これらの会社はみんな日産自動車の連結子会社です。当然、ジヤトコや愛知機械にも組合があります。日産労組の要求と交渉による妥結結果は、そうした仲間の組合にも影響を及ぼしかねないため、常に慎重な判断が必要なのです。

(4)第1回団体交渉(2月19日)の議論
 1回目の団体交渉では、まず組合から話をします。その交渉の場で私は「とにかく今は、労使がベクトルを合わせ、一丸となっていくことが何よりも大事だと思う」と話しました。この言葉を聞いて、会社側のトップで真ん中に座っていた西川さんがピクッと反応されました。個人的には「良し」という感じです。相手を少しでも反応させることは大事です。続いて、「とにかく職場が抱える不安を払拭して欲しい。この一年間の頑張りに報いてくれた、そして今後の頑張りにも期待をしている、という会社の姿勢を満額回答で示すことが大事だ」と話をしました。
 それに対して西川さんは、「足元は厳しいけれども、職場や組合員には頑張ってほしい。頑張ってほしいけど、いい回答が出せるかどうかは現時点で分からない」など、良いとも悪いとも言いませんでした。そして、論議の中では、我々の要求に対して「従来の要求水準を大きく上回っている」と言ってきました。私たち日産労組は今まで、会社に対して一貫して平均賃金改定原資については、7,000円程度を要求してきたことや、それ以外にも取り巻く環境や上部団体方針を踏まえた今年の要求根拠について説明し、その結果として「9,500円を適正な水準として要求している」と主張しました。
 会社は、中長期的なコストを考えると賃金は安易に引き上げられないと考えるものです。賃上げは、翌年の積み上げのベースになるため、安易に応えてしまうと、今年が基点となり、そこからさらに上乗せしていくことになります。そうしたことを毎年繰り返していくと、会社の労務コストはどんどん増えていくわけです。賃金原資の増加は、退職金原資の増加にも相当影響を与えます。会社にとっての中長期コストに影響するわけです。そのため会社には、労務費の適正管理が必要になるわけです。会社は「グローバルで見たら日本は相当労務コストが高い」とも常に言っています。
 一方、組合は、「人への投資は未来への投資」であると主張します。会社が、職場や組合員が頑張ったことに報いてくれた、あるいは期待に応えてくれたという姿勢を回答によって示すことで、組合員のモチベーションは上がります。それによる生産性向上などによって会社業績のプラスにも繋がります。また翌年、会社が頑張りに報いてくれると、さらに組合員のモチベーションが上がります。そうしたことをどんどん繰り返していくことが、会社の持続的な成長や競争力の向上、業績拡大といった好循環サイクルに繋がるのです。そのため、私は会社に「今、人に投資をすることは未来の会社の業績に投資するということ。だからこそ大事な判断なのだ」と話をしました。ここが労使の論議の核心部分だと思っています。
 さらに、会社は成果型賃金制度のため、配分はメリハリをつけたいとも言ってきました。要求に額にいくらで応えられるかは分からないが、頑張った人には頑張った分だけの昇給を与え、頑張らなかった人には下げさせてもらうと言ってきたわけです。それに対しても私は「今年は競争力も生産性も向上した。これは頑張った人だけの話ではなくて、全員で頑張ったからだ。だからこそ配分はできるだけ幅広く、全員に行き渡るようにすることがあるべき姿ではないか」という話をしました。
 一方、年間一時金について、会社は「業績に基づいて決定する。営業利益は昨年の5,235億円から今年の見通しは6,000億円になったのは事実。ただ、営業利益の額は増えているが、営利率は昨年と一緒であるため、「収益を生み出す力」は増えていない。従って昨年の回答は5.5ヶ月だったが、今年の要求である5.6ヶ月という昨年を上回る水準は営利率が変わっていないのだから出せそうにない」と言いました。それに対しては、「営利率は一緒でも、絶対額が増えているということは、全員が努力して会社に貢献してきた結果だ。この1年間、皆が頑張ってきたと自負を持っている。今、会社が厳しいという状況も皆分かっている。厳しい状況であるけれども、これから先も皆頑張っていこうと決意している。だから会社は一時金に対しても満額で答えるべきだ」と話をしました。これが第1回団体交渉でした。

(5)団体交渉後の日産労組の危機感
 1回目の団体交渉後の2月24日に開催された自動車総連の会議では、交渉状況について情報を共有しましたが、他の労組も会社からどのくらいの水準が回答として出されるか全く分からないと言っていました。
 とにかく、今年は会社に対して賃上げをやらないといけないとの政府から要請も来ているため、会社は何か回答するとは思うが、水準について全然見えないという雰囲気が労使ともにあり、横睨みの状況にありました。
 日産労組の2回目の交渉は3月5日となっていました。他産別の交渉状況を集約したところ、いずれの交渉も極めて厳しそうな雰囲気が見て取れたのです。
 私は、3月5日の交渉で、9,500円と5.6ヶ月という要求に対して、8,000円、9,000円、9,500円か分からないが、とにかく金額を示してもらわないと、そこから1週間で満額回答を得るために押し込みようがないと思っていました。そのため、交渉の場とは切り離した折衝という場を設けることを要請し、会社に対し継続して満額回答の必要性、重要性を訴えていました。

(6)第2回団体交渉(3月5日)の議論
 各支部・地区・労組では、第1回団体交渉後に全員大会を開催しました。26,000人分の団交報告の紙を配って、それぞれの事業所で、組合員に集まってもらい、交渉内容を報告し、その内容に対する組合員の声を集約しました。その集約結果を持って3月5日の第2回団体交渉に臨みました。
 3月5日の団体交渉では、職場の声として、ほぼ全ての人が満額を望んでいること、その理由として、「今年は頑張った。そして、これからも頑張っていく」「成果も出ている」「消費税も上がる」などがあることを会社に伝えました。会社はそれを見て、組合に対して、前回の団体交渉での厳しかった会社見解を復唱した後、「しかしながら、平均賃金改訂原資については、組合員はよく頑張ってくれた。本来の会社として持っているポテンシャルを発揮するという意味では、従業員にはこれからも貢献してもらわなくてはいけない。年間一時金も、通期目標である6,000億円は何とか達成していけるかもしれない。ついては正式な回答書は12日に出すが、この段階で満額回答をするという会社の方針を決定した」ということを言いました。昨年、一時金は満額を取れましたが、賃金は満額が取れませんでした。そのため、「今年は両方満額回答の方針決定」といわれて鳥肌が立ちました。
 さらに、会社は「足元で職場や従業員の頑張りが、成果となって現れているのは間違いない。報いたいと思っている。2013年度をきれいに締めくくって2014年度に向かっていける体制を早く構築したい。だからこそ、このタイミングで職場に示したい」との言葉を、回答の方針決定を速めた理由として付け加えました。

おわりに

 3月12日に正式な回答書を受けとりました。そこで改めて組合からは、会社に「これからも頑張っていく」という職場の多くの声を伝えました。
 回答を受け取った団交後の職場の反響として特徴的だったことは、通常は良くても悪くても大体満額を取れた時、必ず組合員から何か言われます。「満額取れたのは要求が低かったからではないのか」や「もっと要求水準を上げても良かったのではないのか」と言われます。ただ、今年に関しては、そうした声は本当に少なかったという実感がありました。
 
 最後に皆さんへトルストイの言葉を紹介させていただきます。「人間が幸福であるために、避けることのできない条件は、勤労である」と言っています。皆さんは社会に出てられて働かれることになるだろうと思います。良いことも悪いこともあるかと思いますが、働くことで良くなり、未来も広がっていくと思います。是非、皆さんにも頑張って頂きたいと思います。ありがとうございました。

以 上

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