同志社大学「連合寄付講座」

2013年度「働くということ-現代の労働組合」

第5回(5/17

職場における雇用と生活を守る取り組み  ~「働き方の改革」という運動論~

ゲストスピーカー:新妻 健治 イオングループ労働組合連合会 会長

はじめに

 こんにちは。イオングループ労働組合連合会会長の新妻です。本日は、「職場における雇用と生活を守る取り組み」について話をさせて頂きます。よろしくお願いします。
 まず、イオングループ労働組合連合会の概要です。1980年に結成され、現在の加盟組合数は35組合です。イオン(株)傘下にある205社の内35社に労働組合が存在します。一番大きいイオンリテールWUは分割分社を繰り返し、17社と労働協約を締結していますので、実質52の組織になります。私どもは理念として、「働きがいを高めることを基軸とした生きがいの実現、グループ経営の健全な成長発展」を掲げています。
 2007年に中期ビジョンを作った際、「社会の問題を解決する」ということを掲げました。その論点は、20万人を超えるとても大きな組織規模になって、その規模に適う社会的責任をどのように果たすのかということが一つです。そして、私たちの雇用を守るためには、企業が持続可能性を確立しなければならないわけですが、そのためには今の時代は、企業経営そのものが、「社会の問題を解決する」ということがあって、社会から必要とされて、持続可能性が確立されるということだと考えました。私たちの行動はすべて社会問題の解決に向けて行なわれる、ということを皆で共有しています。社会の問題は、どうすれば解決するのかということを運動の中で共有し、私たちの雇用を守っていこうと考えていることをご理解頂きたいと思います。

1.基本的な考え方

 私たちの活動における基本的な考え方は、当たり前のこととして「雇用を守る」というところにあります。このことは、労働組合の基本機能です。私たちは、雇用があってこその労働組合だと思っています。よって、労働組合は「雇用を守る」ことについて、それを現実にする「意志」と「力」を持たなければなりません。「雇用を守る」ことを現実にするためには、働く職場が持続可能であることが求められます。また、それを可能とする「働き手」であることも同様に求められる。それを実現することが、活動における基本的な考え方です。
 労働組合として、また、働き手として、「経営どうあるべき」について基本的な考え方を持ち、それを成すためには「こうする」という方法論を持って、そして、それを現実にするための実践力を持たなければならないと考えてきました。また、「経営どうあるべき」という現実は、私たちが意志を持って行動して働くという行為をもって、その現実を作っているわけです。「経営どうあるべき」と考えれば、その経営の現実は私たちの「働き方」の総体としてもたらされると考えるわけです。そうであれば、持続可能な経営を支える「働き方」とはどういうことかを追求していかなければならないと考えています。
 「働き方」とはどういうものか。企業が創出すべき価値へ向けて、自らの信念(おもい:「こうしたい」「こうする」)に端を発して、仕事の仕方の思想(事業の理念や理念を現実にする戦略があれば、その戦略を叶えるためにどんな考え方を共有して仕事をするのかという思想)を根本において、成果創出の論理と技術をもって行動して、求められる成果(顧客の支持の結果としての利益)を創出する行為全体を、「働き方」の定義としてみました。こうした「働き方」であれば企業は、持続可能になるけれども、ここで表現された内容に照らして問題があるとすれば、それを私たちはの課題として解決していこうと考えています。
 次の3つは、雇用と生活を守る取り組みを進めるにあたって、私が大事にして、その取り組みに反映させなければならないと思っていることです。
 1つに「雇用を守る」ことの実践は、労働運動において今日どのようなことを課題として解決しなければならないのかということを重ね合わせて取り組むべきだと思っています。戦後の労働運動は、大変貧しいところから、経済的労働条件をいかに改善するかについて、活発に展開されてきた歴史的経過があります。十分と言わないまでも、現在に至っては、経済的に大変充足をしてきました。充足したがゆえに、組合員の関心は、大変低迷を極めているという現実があります。そうすると、経済的価値至上の労働運動では、働く仲間の参加と関与を十分に得られない。そうであれば、今、私たちが取り組むべき課題はどういった点にあるのかを重ね合わせて行われなければならないと考えています。
 2つ目に私たちが取り組む活動は、組合員の参加と関与によるものでなければなりません。「関与」というは、「関わって何かをしたい!」と思えるような取り組みとして行われるべきだということです。組合の仕事を専門にしている専従の役員が、「あれをしてあげる」「これをしてあげる」ということで組合員にサービスを提供するのではありません。私たちは、共有の課題を解決するために、仲間の参加と関与を得て、共に当事者として問題を解決するという形で活動が展開されなければならないと考えています。
 3つ目ですが、実践において、持続可能な確立するための働き方に取り組み、その結果として我々の雇用を守るということを、自分たちの問題として取り組むと考えれば、これまでは経営の領域と思われていたことについても、労働組合は踏み込んで活動し、求める結果を創っていかなければなりません。
 私はリーダーとして、職場の仲間には、「納得して楽しく働きたくありませんか」という働きかけをしています。運動というものは、私たちが共有する課題を解決するために、取り組み課題を組合員一人ひとりの生き方に還元し、組合員がそれを希求して止まない現実をもたらして、行動を促すところに本質があるのではないかと考えております。

2.「働き方の改革」について

2-1 中期ビジョン
 私たちは中期ビジョンの目標を「働きがいを高めること」としました。ここでいう働きがいとは、「仕事の楽しさ」と定義しました。仕事の楽しさの要点は「自律感」です。「自律感」とは自分で自分の仕事をコントロールできているという実感です。そうして仕事ができると、今度は自分自身が有能であるという実感「有能感」を持てるようになります。その「有能感」はもっと自分の仕事を自律的に取り組みながら成果を上げたいと思えるよな感情をもたらします。その感情がどんどん高まっていくと、「この会社に関わって私は何かをしたい」という「会社関与」が高まる状況になり、働いている人たちがこういう状況になることを目標に活動を取り組んでいこうと考えました。
 戦略は、「参加関与機会の増大」です。参加関与機会の増大というのは、参加して関わって何かをしたいと思える機会を増大するということです。この戦略は同時に働きがいを高めることを阻害する要因を解決できるような取り組みとして行うこととし、「事業活動」という名前を付けて取り組みをしました。
 総括として、参加関与の機会、いわゆる事業活動を取り組んでいくと、どのような活動を展開すれば、組合員が関わって何かをしたいと思えるのかということについて、だんだんノウハウが蓄積されるようになり、活動に関わる人がどんどん増えていくようになりました。
 組合とはこういうものだと考えていた見方がどんどん変化していきました。それを、「組合観」と表記しています。組合とは、職場の仲間の問題を聞いて、それを経営側にぶつけて、経営側がそれを解決してくれるというものではなく、自分たちの問題は自分たちで解決をするという構えをもって、経営側に「こうした方が良い」と問題提起をしながら活動を進めるものだということが分かりました。
 それから、組合役員は、昔、御用聞きと言って、働いている人達に何か問題はありませんかと聞いて、それを経営側に伝えるという役割をしていました。しかし、実はこれも違っていて、何か問題を抱えている人のところへ行って、「あなたが問題解決の主体者になって仲間を組織して問題を解決しませんか」というような役割をして、それをお手伝いするのが組合役員ではないかということに気づきました。
 それから労使関係の問題について言えば、組合と経営側は、話合っている間にどんどん両者の立場が近くなり、逆に組合は組合員のことよりも、経営側の事情が分かって、経営側の事情を組合員に説明することがあります。このことを「労使協調の隘路」と表現しました。こうした問題も組合の活動を通じて、職場の仲間とやり取りをすると、そうであってははならないなと、気づきました。
 また、、活動への関与動機を高めるサイクルに気づきました。働きがいを高めるというような面白いテーマを掲げることによって、それに興味を持つ仲間がたくさん集まって、それぞれの仲間が主体的に活動を展開するようになり、それを認めてあげることで、参加する仲間がもっとこうしたいということで動機を高めていくのです。
 労働組合が「雇用を守る」という基本機能を現実にするためには、実は「働き方」という問題に取り組んでいかなければ、私たちの雇用を守ることはできないということについて、この中期ビジョンの取り組みを通じてその認識を深めました。この中期ビジョンの取り組みが「働き方の改革」という取り組みに繋がっていくわけです。

2-2「働き方の改革」
 「働き方の改革」を考えるにあたって、まず、自分たちが対峙をする市場というものをどのように認識すれば良いかを考えました。戦後の日本経済は成長し、私たちの所得はどんどん上がり、沢山の物を買えるようになりました。しかし、もの不足の時代は終わり、現在は供給が過剰になって、自分たちは欲しいものがないという状況になったと思います。そういった市場の状況では、物を物として提供するのではなくて、知識と情報を物に付随させて提供するような小売業に転換しなければならないと考えるようになりました。
 また、このような時代状況にあって、労働運動の課題は経済的な条件から「こころ」の充足へと転換したと考えました。事業そのものが「物」の提供から「知識・情報」を生産し、商品に付随させる方向へ転換しなければ企業は生き残っていけないとすれば、その双方を充足することで雇用を守ることに、結び付けていかなければなりません。それを、運動課題と経営課題の一致点として、お客様にとって価値のある「知識・情報」の生産が可能で、その過程における自己発揮が「働きがい=仕事の楽しさ」につながり、「こころ」を充足する働き方とはどのような働き方なのだろうかが、追求し実現すべきテーマとなりました。そこで、このようなテーマを実現するにあたって、どのような課題が組織にあるのかを正しく認識して、その解決に組合員の参加と関与をもってあたるという道筋を探っていこうと考えました。
 大きくは3つの切り口でこれまで活動を展開してきました。1つ目は、「自立心の醸成」です。自分は何をしたいのか、どう生きたいのかについて、生き方を学ぶ機会を事業活動として展開しました。2つ目は、「対話・信頼・納得・創造の職場風土」を創ることに取り組みました。具体的には、自分たちの意見を本音で話合う機会を職場の中で多く作っていきました。3つ目に、「マネジメント思想の一元化と販売技術の向上」です。職場(店舗)単位または全国から参加者を募って国内でワークショップを行なったり、アメリカに行ってアメリカ流通企業を調査し、その戦略と経営の体系を学びました。また、その観点から自分たちの働き方をどうしていくのかを考える取り組みを行なってきました。
 改めてこれらのことを「働き方の改革」と表現しています。この取り組みは、私たちは何のために、どう働くのかというように、企業文化や勤労観を再構築するような取り組みと言えるかもしれません。

2-3「働き方の改革」という運動論
 これまで「働き方の改革」を自分たちの雇用を守ろういう運動として取り組んできた結果、この取り組みは、社会改革の運動として再構築をされなければならないと考えるようになりました。
 働き方を追求して、体系的に実践を継続してきた結果、働き方の根本は、人間としての生き方にあるということに深く気づかされました。また、、「働く」「暮らす」ということは、人間として一体不可分な行為であるとともに、社会のあり様と私たちの生き方=「働く、暮らす」ということは、不可分な問題であると考えました。ですから、、私たちが働くことを通じて、どう社会と関わっていくべきかということは、働き方が人間社会の向かうべき方向に貢献するものでなければならないといのです。その観点から、運動・活動の体系を再構築しました。
 働くことを基軸に、より善い生き方を実践し、その総和としてのより善い社会を目指そうと考えたのです。このことを掲げて、運動をバージョンアップしました。「働き方の改革」をバージョンアップして、人間としての生き方を根本に置いて、どう働くか、どう暮らすかを追求していくと、この社会における様々な問題を認識することに繋がっていきました。
 まず、経済優先の暴走ということで、私たちは企業活動の過程で人間を疎外することがあります。経済的価値を得たいということで会社に依存して、自分を見失って本末転倒なことを行ってしまったりするという問題があります。
 それから、高度な分業で労働が行われる現代社会では、自分の労働そのものが、それを消費する人または社会にとってどんな意味があるのかが分からず、働く人の暮らしと矛盾する価値を生み出すという問題があるのではないでしょうか。
 また、私たちが担っている商いは右から左に「もの」をお客様に渡すのではなくて、創り手の信念(おもい)を、「こういうふうに暮らしたい」「こういうふうに生活をしたい」という人たちの信念(おもい)につなげるのが仕事の本質ではないか、といったことにも気づきました。
 私たちは働くことを通じて社会の問題を解決し、社会から必要とされ続けることが、企業の持続可能性を担保し、働く人の産業・企業への関与と「私たちはこんなりっぱな企業で働いている」という自尊心を高めて、社会と不可分な存在としての自分を活かし、人生の充実を図ることができるとも考えた次第です。

3.まとめ

 「雇用と生活を守る」ということは、経営への踏み込みがなければ、単なるスローガンになり、画餅に帰すことになると思います。また、労働組合が組合としての体系的・雛形的活動に終始していても、自分たちの雇用を守るという本質は機能しません。加えて、社会の変化や組合員の意識の変化に呼応しないことにもなってしまいます。やはり、労働組委は社会改革の運動体として、働く人と社会改革を一体不可分につなぐ運動論の構築と実践が求められているのだと思います。
 それから、労働組合は組織マネジメントが十分ではありません。経営は売り上げや利益がありますので、どんどん変わっていくのですが、労働組合は保守的で硬直的だと思っています。そうした硬直的な労働組合が変わっていくためには、「労働組合とは何か?」という根本的なことを常々考える機会に恵まれなければなりません。また、自分たちとは違う異質ものと交流をしながら、自分たちを客観視する機会も必要だと思います。一番大事なことは、現場に身を置いて、働く仲間の信念(おもい)を自分たちの信念(おもい)に置き換えて活動することではないかと思います。
 最後になりますが、「遠くを見るものは富み、近くを見るものは貧す」ということで、物事は深く考えて遠く高くを見ることによって、今をより一層本質的に充実させることができます。また、時間の経過とともに仕事と組織のレベルを上げていくことができると思います。そして、「実践して学ぶ」ということで、やらないよりもやってみて、失敗してからの学びの方が大変大きいということです。また、「変革の哲学」として、私がイオンの創業者の1人であります小嶋千鶴子さんに「君、組織を変えるのは、三人いたら変えられる。君がリーダーであるならば、何か問題があった時、それを人のせいにするのではなくて、自分がどうするかを考えなさい。まず君が変われ!」という言葉を頂きました。「まず君が変われ!」を自分の哲学にして、自分がこの会社を守ると考えたら、どのようにするかを考えて、実践に移し、その実践に移す過程で仲間を動員して、現実を作っていこうと考えてやってきました。
 こうしたことを思いながら20年に渡る専従生活をしてきました。本日はご清聴ありがとうございました。

以 上

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