同志社大学「連合寄付講座」

2011年度「働くということ-現代の労働組合」

第1回(4/8

「働くということ」をどう捉えるか、「働く現場」はいまどうなっているか
―労働組合がめざす社会像とは―

岡部 謙治(教育文化協会理事長)

はじめに

 本日の私の講義は、「働くということをどう考えるのかということや、連合がめざす社会像についてお話をさせて頂きたいと思っております。

1.連合とは

(1)連合の歴史

 連合のことをナショナルセンターと言います。日本にある労働組合の全国中央組織とお考え下さい。それでは連合の歴史からご紹介いたします。
 第2次世界大戦が1945年に終わります。その後、日本を占領していましたGHQが、日本の民主化のために労働組合の結成を奨励するわけです。つまり、GHQは、労働組合は民主的な団体である、労働組合がなければいけない、ということで積極的に労働組合の設立を奨励していきます。この結果、戦後、労働組合はどんどん誕生していきます。
 ただ、ナショナルセンターについては、戦後の政治情勢、とくに、東西冷戦、米ソのイデオロギー対立の影響があり、わが国には4つのナショナルセンターが分立していました。しかし、それでは力になりません。労働組合はもともと労働者一人ひとりでは弱いので、団結して経営者に対抗していく団体です。ナショナルセンターが4つもあったのでは力にならないということで、労働戦線の統一が進められました。そして、1989年に現在の連合が誕生しました。4つのナショナルセンターが集まって誕生したわけです。
 連合は、結成当時は800万人の組合員を有していました。しかし、現在の組合員数は680万人に減少してきております。現在の労働組合組織率はわずか18.5%です。日本には約5500万人の雇用労働者がいます。実はこのうちの18.5%しか労働組合に加入していないということです。この労働組合の組織率を何とかして上げようと、連合はさまざまな努力を続けています。

(2)関係団体

 連合は3つの関係団体を持っております。次の3つの関係団体は、連合本部がおこなっている行動とは別に、国民的・国際的な運動を進めようという趣旨で設立した団体です。
 1つめは「連合総合生活開発研究所」です。ここは連合のシンクタンクです。ここでは労働者のための労働政策を、あらゆる角度から研究をしております。また単に労働政策だけではなくて、社会福祉政策の研究や提言もおこなっております。
 2つめは「国際労働財団」という機関です。これは国際交流の場と位置づけております。現在、力を入れているのは発展途上国の労働安全衛生問題です。アジアやアフリカが中心になりますけれども、途上国の労働現場はまだまだ劣悪な状態です。ひとつ間違うと命を落としかねません。そういう国々の労働者をお招きし、研修を受けていただきます。その経験を生かして、自国で働いていただくという取組みをおこなっております。
 もう1つ力を入れているのが児童労働の撲滅運動です。世界には児童を労働力と見なしている国があります。当然、子どもたちは学校へ行けません。そこで子どもたちが学校へ通える環境を整備するといった取組みをおこなっております。
 3つめは「教育文化協会」です。いわば、連合の教育センターです。連合の組合員に向けての教育センターであると同時に、社会に向けて教育文化の啓発活動をおこなっております。連合の将来の幹部を育てる「Rengoアカデミー」というプログラムもあります。それから本日開講しました「連合寄付講座」があります。「働くということ」「労働組合とは何か」「労働組合の存在意義」といったことを、これからの日本を背負う若い方々に知っていただきたいということで、連合寄付講座をおこなっています。それから皆さんのお手元の資料に「私の提言」というチラシがあるかと思います。これは教育文化協会が力を入れている事業の1つであります。これは連合の組合員だけではなくて、すべての方々に対して、「『働くことを軸とする安心社会』の実現にむけて」という提言を募集しております。優秀賞が20万円、佳作賞が10万円となっておりますので、是非応募して頂ければと思います。

2.「働くということ」の意味と我が国がめざすべき社会像

(1)国際労働機関(ILO)のフィラデルフィア宣言

 みなさんは、ILOのことはご存知でしょうか。ILOは国連の機関です。これは第1次世界大戦後の1919年に誕生しております。この機関は、戦争に対する反省を契機として設立されました。劣悪な労働条件や社会不安の増大は戦争の要因となる。ILOは戦争を再び起こさせないという願いが設立の理念なのです。
 このことを最も表現しているのは、1944年の5月にアメリカのフィラデルフィアで開催されたILO世界大会において採択された、フィラデルフィア宣言です。代表的な宣言は、「労働は商品ではない」、「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」があげられます。これはいまでも労働運動のめざす方向性を示す文言として、その重要性を失っていないと思います。まさに労働運動の原点です。
 「労働は商品ではない」。人間は生身の存在です。商品のように売り買いされたらたまったものではありません。人間の働くことの尊厳を謳っているわけです。それから、「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」。これはどういうことかと言いますと、たとえ他国の出来事のことであっても、あるいは自分たちの住んでいる社会の一部であっても、労働者が非常に劣悪な労働条件や生活環境に置かれていれば、そのことは必ず全体に影響を及ぼしていくということです。したがって、社会の一部のこととして貧困を放置してはいけないということをこの宣言は言っているわけです。労働組合がさまざまなことを考える時の原点になる宣言ではないかと思っております。

(2)政治・経済・社会の変化

 現在、日本は不安社会に突入しております。戦後すぐからそうだったのか、というとそうではないと思います。日本は敗戦から目覚ましい復興を遂げました。一時期はGDPが世界第2位になりました。では復興を遂げた私たちの社会がどうして不安社会になってしまったのでしょうか。
 これまでの日本社会は、国や地方自治体が業界あるいは企業を保護し、企業が社員を長期雇用してきました。とりわけ、男性の稼ぎ主を終身雇用してきました。そして、その男性稼ぎ主が妻や子どもたちを養う。このモデルの良し悪しは別にして、ある時期までは、このモデルが安定した日本社会を形作っていたわけです。
 しかし、環境変化により、このモデルが通用しなくなってきました。日本では高度成長が終わり、バブルが崩壊し、新自由主義的な政策が広がり、セーフティネットが不十分ななかで、非正規労働者が増加しました。それから女性の社会進出も求められるようになってきました。つまり、グローバル化の中でこれまでの仕組みが成り立たなくなったわけです。

(3)働くことの意味、働くということは生きる場を得ること

 このような不安社会の中で働くことの意味を考えてみましょう。まず、働くということは、第一義的には、所得を得て安定した生活を確保していくことです。しかし、人間の営みとして考えた場合、働く意味は果たしてそれだけでしょうか。もっと根源的なものがあるのではないかと思います。働くということは、この社会の中に居場所を見つけることではないかと思うのです。働くということを通して、社会の中で人と人とのつながりが得られるのではないでしょうか。つまり、働くということは、所得を得て、生活を安定させると同時に、人と人との絆によって生きがいを見出していくことだと思っています。
 数年前、姜尚中(カン・サンジュン)さんが『悩む力』という本の中で、「人は何のために働くのか。人が働くという行為の一番底にあるものは、社会の中で自分の存在を認められるということです。社会というのは、基本的には見知らぬ者同士が集まっている集合体であって、そこで生きるためには、他者から何らかの形で仲間として承認される必要があります。その手段が働くということです」とおっしゃっていました。働くということによってはじめて、「そこにいていい」という承認が与えられるということです。ああ、なるほどなあ、と感銘を受けた言葉でした。
 しかし、働くことができなければ、収入の道が断たれます。そして人間社会の中の絆も断たれます。こうなってしまえば、自殺に追い込まれるかもしれません。犯罪に走ることも考えられます。こういう不安な社会に入ってきてしまっているのが現実なわけです。これを何とか変えていく、生きがいをもって働ける社会をどう作るかということを考える必要があろうかと思います。これは私たち労働組合の仕事です。

(4)働くことを軸とする安心社会に向けて:「安心の橋」

 現在の日本社会は、若者の失業、仕事と育児の両立の困難、老後の生活不安、非正規労働者の低賃金、正規社員の長時間労働等、さまざまな問題を抱えています。このような環境ですので、人と人との絆が弱まっており、不安が増幅している状況ではないかと思います。この状況の中で希望を失った人たち、失業した人たちがいます。労働者だけでなく、経営者にもそういう方々たちがいます。こうしたなかで、自殺者が毎年3万人を超え続けています。これはやはり異常な社会だと思います。
 この不安社会からどのようにして脱却したらよいでしょうか。連合は「『働くこと軸とする安心社会』をつくろう」ということを提起しています。このことは連合の組合員だけではなく、広く社会に訴えております。
 お手元の「働くことを軸とする安心社会」のチラシに、どういう社会をめざすのかがコンパクトにまとめてあります。標題は「雇用につながる『安心の橋』を架けて、『働くことを軸とする安心社会』をつくろう」というものです。つまり、「安心の橋」を架けようということです。標題の下に「会社での仕事や、地域のボランティア、炊事洗濯といった家事労働。私たちの日常は多くの人たちが働き、互いに支え合うことで成り立っています。しかし、失業や就職難、家庭の事情など、働きたくても働けない現実もあります。さまざまな困難を取り除き『働きたい』という思いを実現するには、雇用につながる5つの『安心の橋』が必要です」と書いてあります。この5つの「安心の橋」(①家族と雇用をつなぐ橋、②教育と雇用をつなぐ橋、③失業と雇用をつなぐ橋、④働くかたちを自由にする橋、⑤退職と雇用をつなぐ橋)が重要なポイントです。
 「家族と雇用をつなぐ橋」は、「介護や子育てで就労をあきらめない」というものです。介護を必要とされる方が家族にいらっしゃる方や、小さなお子さんがいらっしゃる方は、就労することが困難な状況にあります。これに対して、介護でいえば、介護者に対する支援策を作っていく、介護保険の制度を充実させていく。それから子育てでいえば、保育所を増設する、保育士さんを増やしていく。そういう「安心の橋」を作ることによって雇用を確保することができる。これが家族と雇用をつなぐ橋です。
 「教育と雇用をつなぐ橋」は、「働くために必要な学力を習得する機会を保障する」というものです。教育はキャリアアップに重要なものです。よく親の収入に比例して、子どもの生涯賃金が左右されるといわれていますが、どんな家庭の子どもでも十分な教育が享受できるよう、教育費の軽減や免除を受けられるようにする。あるいは働いていて何かの都合で職をリタイアする場合は、再就職のための職業訓練が受けられる制度を充実させていく。これが教育と雇用をつなぐ橋です。
 「失業と雇用をつなぐ橋」は、「失業してもやり直せる制度の整備」をしていこうというものです。たとえば、会社が倒産して失業した場合は、雇用保険があります。この雇用保険によって1年ぐらい給付を受けながら次の仕事に就く準備をしたり、再教育を受けたりするわけです。しかし、非正規労働者は一定の要件を満たさないと雇用保険に入れません。日比谷公園に派遣村ができて社会問題となったこともありました。正規であろうと非正規であろうと、雇用保険制度によって、まさかの時には支えられ、十分な職業訓練が受けられるようにする必要があろうかと思います。
 「働くかたちを自由にする橋」というのは、働き方が選べるということです。例えば、フルタイムで働くという生き方を選ぶか、短時間でも正規の労働として選ぶかということです。欧米先進国では、正規であろうと非正規であろうと、同一の仕事であれば、時間単価の賃金は基本的には同じです。働く時間が短ければ貰う賃金は少ないですけれど、時間単価は同じなわけです。これを同一価値労働同一賃金と言います。つまり、働く人生の中で1日8時間のフルタイムを選んでもいい、子育ての時には短時間を選んで1日4時間の働き方してもいい、しかし、子育てが終わればまたフルタイムに戻ってもいい。しかし、短時間で働いても社会保障制度に入れる、つまり雇用保険や健康保険、厚生年金保険にも入れる。こういうことを保障されて働き方を選べる。こういった働き方を企業の中でも国の制度の中でもつくっていこう、ということをめざしています。

おわりに

 5つの「安心の橋」を架けて、誰もが働き、つながることができるようになれば、人々はいきいきと、やりがいを持って働けて、安心してくらすことができ、社会は活力を増していくと思います。連合は働いているすべての人たちの幸せのために、企業の中での活動と同時に、社会的な課題についてもさまざまな提言を行っています。このことがご理解頂ければ幸いです。本日はありがとうございました。

以 上

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