同志社大学「連合寄付講座」

2010年度「働くということ-現代の労働組合」

第6回(5/21

仲間の雇用と生活を守るために
―雇用・賃金・労働時間に関する金属産業の取り組み―

内藤純朗(基幹労連中央執行委員長)

はじめに

 基幹労連は鉄鋼、造船、非鉄産業を組織している産業別労働組合で、現在組合員25万5000人を有しており、連合の中で7番目の大きさの組織です。今日は「仲間の雇用と生活を守るために~雇用・賃金・労働時間に関する金属労協の取り組み~」というテーマでお話をさせていただきます。

1.仲間と労働組合

 私は労働運動家です。皆さんは「労働運動家」についてどのようなイメージを持っていますでしょうか。おそらく組合旗を持ってシュプレヒコールをあげる、ストライキをおこなうというイメージがあるのではないでしょうか。実際、かつては労働運動家とはそういうものであったのでしょうが、今は違った形で労働者の雇用と生活を守ろうとしています。
  労働運動家とサラリーマンとの違いは何かというと、サラリーマンは会社から給与が支払われていますが、労働運動家は組合員が支払った組合費のなかから、給与が支給されています。したがって、労働運動家とは、労働運動をおこなうことによって収入を得ている人間であります。
  労働運動家の仕事はもちろん労働運動をおこなうことですが、労働運動の仕事のほとんどは、人と付き合うことであるといえます。基幹労連には、25万人の組合員がいます。私はその25万人全員とは会えていませんが、かなり多くの方々と会っています。それらの方々は私と同じ組合員、つまり仲間であります。
  仲間という存在には3つの特徴があります。すなわち、「同じ思いを持って、同じことをめざしている仲間が傍にいるという有難さ」「多くの人たちが集まってくれるという頼もしさ」「力を合わせて何をしようとしているという力強さ」、この3つです。私は労働運動をおこなっていて、日頃この3つの特徴を感じています。仲間という存在は労働組合に欠かせず、仲間がいなければ労働組合は成り立たないのです。
  世の中には多くの労働組合が存在していますが、すべての労働組合の共通の目的は、ただ一つです。それは仲間を幸せにすることです。ただし、仲間だけを幸せにするのではありません。今の時代において、自分たちだけが幸せになることはほとんど不可能です。例えば、労働組合は組合員の賃金を上げるためには、労働者全体のことを考える必要があります。労働者全体の賃金を上げていく中で、仲間の賃金も上げていくことを考える時代になっています。したがって、労働運動は社会全体を視野に入れることが求められています。
  では、労働組合はどのような種類があるのでしょうか。レジュメに書いてあるように、連合、産別、企連、単組、支部、職場などがあります。まず、私が所属している基幹労連は産業別組合です。そして企連とは、企業別組合の連合会です。例えば、三菱重工の各工場には労働組合があり、各労働組合が連合して三菱重工労働組合になります。単組は工場単位の労働組合です。そして、単組の中に支部があります。なお、支部には代表権を持たないケースが多いです。職場は組合の一番小さな単位です。職場は決定権を持たないケースが多いですが、最も大事な単位です。
  このように様々な単位の労働組合がありますが、小さな単位の労働組合では対応できないことが数多くあります。たとえば、労働政策や社会政策などについては、産業別組合や企業別組合では対応できません。そのため、連合というナショナルセンターがあるのです。連合は組合員680万人の組織であり、日本で働くすべての労働者を見守る組織です。
  また、さらに大きな単位の労働組合である国際労働組合組織については、国際労働組合総連合(ITUC)という、組合員1億7500万人(2009年10月現在)の組織があります。しかし、ITUCは世界のすべての労働者を組織している労働組合であるとは言えません。ITUC以外にもう1つ、組合員が2億人を超える組織があります。それは中国の中華全国総工会です。これは2億2600万人(2009年9月現在)の労働者の組織ですが、ITUCに加盟していません。総工会は実質的には中国政府の下部機関のような組織であるといわれています。このため、労働組合として認められておらず、ITUCに加盟が認められていません。しかし、総工会は2億2600万人の組合員を有しており、無視できない存在であるため、ITUCは、総工会と協議し協力関係を模索しています。
  なお、今回のテーマに記載している金属労協は何かというと、金属を扱う産業の労働組合が集まった組織です。略称はIMF-JCといいます。IMF-JCには、自動車総連が65万人、電機連合が55万人、金属機械産業の組合であるJAMが37万人、基幹労連が25万人、そして全電線が3万人の組合員を有していて、あわせると連合の組合員の約3分の1の組合員を有しています。金属労協は日本の春闘を引っ張ってきた組織であり、非常に重要で大きな影響力を持っている組織です。
  ところで、今日は皆さんにお土産を持ってきました。これは、皆さんが就職活動をする際にポイントになるかもしれません。そのお土産は、「ご安全に!」ということばです。基幹労連では、すべての会議の冒頭に「ご安全に!」ということばを唱和します。なぜかというと、基幹労連が組織する産業は、造船や鉄鋼、非鉄など、労働災害が非常に多い産業だからです。このため、「今日も一日安全に仕事をしてください」と、心を込めてお互いに言うところからスタートさせようと考えたのです。皆さんはぜひこれを覚えておいて、基幹産業の企業に就職活動をする際に、「ご安全に!」と言うと、面接でのポイントが高くなるかもしれません。

2.生活を守るために

 労働組合は、労働者を組織して生産性向上に協力するだけの組織ではありません。仲間の幸せを求めているので、仲間の幸せを実現してくれない企業とは対立します。戦後、労働組合は雨後の筍のように多く誕生しましたが、生産性向上に全く協力せず、企業側と対立していたのです。その後、労使双方が協議した結果、企業側は、労働組合の協力を得るために、生産性三原則を守ることを決めました。生産性三原則とは「雇用確保」「労使協議」「成果の公正配分」であり、労使協力の前提です。この生産性三原則ができてから、日本経済は発展したのです。春闘もこの生産性三原則に基づいたものです。そして生産性三原則をきちんと守って、労使双方が相互の信頼関係を構築して、労使関係が協調している企業は成長していくのです。労働者の賃金・労働条件も、生産性三原則がきちんと守られているうちに向上していくのです。
  賃金は「労働の対価」であり、同時に「生活の糧」でもあります。会社は労働に対して対価を支給するだけではなく、労働力を再生産させるために、労働者が生活に必要とする賃金を支給しなければなりません。しかし労働力の再生産の糧であっても、無条件に多ければ多いほど良いとはいえません。賃金が多くなりすぎると、労働者にとっては良いかもしれませんが、会社の経営が立ちいかなくなり、場合によっては会社が潰れてしまうのです。したがって労使協議の1つの目的としては、会社が持続可能な状況を作りだすことにあります。そして賃金以外にも、例えば労働時間や福利厚生などがあります。これらはいわゆる「ワーク・ライフ・バランス」問題です。企業は生産性三原則を守って、労働者のワーク・ライフ・バランスを実現させると、労働者も生産性向上に協力し、企業も発展できます。
  今までの話の中に、「労使協議」「労使交渉」「団体交渉」といったことばが出てきましたが、この3つのことばの間には若干違いがあります。「団体交渉」とは、法律によって定められた団体交渉権に基づく労使の話し合いであり、労使双方は対立的になります。「労使交渉」は、団体交渉を含み、より幅広い議論ができますが、団体交渉が対立的であるのに比べ、少し柔軟性を持っています。「労使協議」は、労使交渉より議論の内容がさらに幅広く、労使双方が対等な立場に立って話し合います。
  私の出身である三菱重工の例で言うと、三菱重工の労使関係はとてもしっかりしています。普通、労使協議をおこなう際に、組合員の賃金や経費、旅費などを会社は支払いません。労使対等の立場で交渉するからです。しかし、三菱重工は労使協議の際には、組合員の賃金や経費、旅費は会社が負担しています。三菱重工には、中央経営協議会という会議があります。これは名称の通りに、三菱重工という会社を経営するために、労働組合と経営側が協議する場であり、経営会議の場でもあります。例えば売上高の目標、採用人員、そして賃金、賞与、労働時間などについてもここで議論され、決定されるのです。なぜ賃金や賞与などもここで議論されるかというと、経営側が、賃金や賞与なども極めて重要な経営問題だと認識しているからです。しかし、賃金交渉になると、なかなか決まらない時もあり、その時には中央経営協議会を閉会して、団体交渉に切り替えるのです。

3.雇用を守るために

 先ほど紹介した生産性三原則の中の1つの原則でもありますが、会社が雇用を確保してくれなければ、労働組合は生産に協力しません。雇用の確保と安定は労働組合の第一の使命です。ところで守るべき雇用の中に、どのような雇用があるでしょうか。私は以下の3つあると考えます。第一は、個別労使関係における雇用です。例えば会社が個別の労働者を解雇しようというケースです。個別の労働者は立場が弱いので、会社にいくら文句を言っても解決しません。この時に労働組合は代表して会社と交渉し、解雇の原因を追求して、できるだけ労働者の雇用を守ります。
  第二は、集団的労使関係としての雇用です。リーマンショックの後、鉄鋼関係の産業の売上高はそれまでのレベルを100とすると、20へ下落しました。これはすなわち雇用が100から20へ縮小したということを意味します。さて、低下した80の分の雇用をどうするか。これをなるべく守っていくことが労働組合の責任です。
  第三は、社会全体における雇用(就職)の確保と安定です。不景気だから就職できないのが当たり前だと言うのでしょうか。それはやはりダメだと思います。労働組合は社会全体を視野に入れ、雇用確保を考えるべきであると思います。
  では労働組合はどうやって雇用を守るのでしょうか、どうすれば雇用を守れるのでしょうか。まず、労働組合は現場活動をおこなわなければなりません。組合は労働現場に入って、労働者から意見を聞く。働く者の声を聞き、それを経営に反映させていかなければ経営は安定しません。労働者も経営側になかなか言えないことでも、現場に入ってきた労働組合の者には言いやすいのです。労働組合は労働者の生の声を聞いて、会社側と交渉しながら労働者の雇用を守っていくということです。
  次に、労働組合は必ず経営に参加しなければなりません。経営の安定がなくしては産業が発展しませんし、雇用も確保できません。したがって労働組合は労使協議制を利用して経営に積極的に参加することが大事です。これは特に、集団的労使関係としての雇用を守る際に最も大事です。先ほど紹介したように、リーマンショックによって雇用は100から20へ大幅に縮小しました。80の雇用をどうやって守るかということは、労働組合にとって知恵を必要とする問題です。会社の経営に参加して、様々な雇用確保策を講じるのです。例えばワークシェアリングや臨時的出向など、様々な方法を考えて雇用を守るのです。
  第三に、労働組合は産業政策や国の政策について、政策実現能力を高める必要があります。やはり産業の発展なくしては、雇用は拡大しません。そして国の政策は産業に大きな影響を与えますが、雇用にも大きな影響を与えます。したがって労働組合は必ず産業政策と国の政策を常にチェックしなければなりません。この政策を実施すると、雇用に悪影響を与えないかということをチェックする必要があるのです。もちろん、産業政策や国の政策をチェックする際に、労働組合もそれなりの力を持たなければいけません。そこで、連合の役割が重要になってきます。680万人の組合員を有している連合の発言に対しては、国も無視することができません。
  もちろん、雇用問題が発生してから様々な方法を利用して雇用を守ることは大事ですが、そもそも雇用問題が起きないようにするための活動が最も大事です。例えば、三菱重工労働組合は中央経営協議会で会社の経営側と協議する際に、会社の発展政策や方針をチェックし、労働者の雇用を守るために経営側に対して意見を述べるだけではなく、例えば投資戦略などに対してアドバイスもおこなっています。会社を発展させることによって仲間の雇用を守っていくということです。

4.めざすは「労働を中心とした福祉型社会」

 かつてに比べて、現在の組合員のニーズは多様化しています。1945年に労働組合が多く設立された時からしばらくの間は、労働組合は賃上げと一時金に大きなウエイトをかけて取り組んでいましたが、そうした運動が高く評価されていました。しかし現在は、労働時間の短縮問題や、労働環境の改善、ワーク・ライフ・バランスの実現、そして社内保育所の問題等、様々なニーズがあり、個人の状況によって異なっています。労働組合はこれらの様々なニーズのすべてを配慮しながら、社会全体のことを考えなければなりません。かつて、労働組合は組合員、つまり仲間たちだけのニーズ、利益を考えて労働運動をおこなってきましたが、これからは社会的存在としての使命が広がり、社会全体のこと、全労働者のニーズを考えなければいけません。
  現在、連合がめざしていることは、「労働を中心とした福祉型社会」の構築です。なぜ労働を中心とするかというと、いきいきと働けるということよりも幸せなことはないからです。いきいき遊べることよりも、いきいきと働けることはずっと幸せです。一生懸命に働くから遊びは楽しいのです。男性でも女性でも、若者でも高齢者でも、いきいきと働ける社会を実現するのはとても大事です。みんながいきいきと働くことによって、日本が発展できます。もちろん、すべての人が働けるわけではなく、障害を持っていて働けない方々もいらっしゃいます。働けない人たちに対して社会保障がしっかりと救済する。労働者の雇用の確保にむけて努力するが、仮に失業者が出てきてもセーフティネットが働いてしっかり支援していく。こういった福祉型社会の構築と実現が、現在の連合がめざしている目標です。
  人間の一生は労働とかかわっています。皆さんのような学生の方々は、まだ就職されていないので労働とは自分とは関係ないと思われているかもしれませんが、今の時期は労働準備期間であると思います。今後いきいきと働けるための準備期間です。そしてこの後に就職されて労働実行期間に入ります。さらに、定年まで働いてきたことを次の世代に伝えることも重要であり、それは労働伝承期間です。この労働伝承期間は死ぬまで続くのです。要するに、人間は生まれてから死ぬまで労働とかかわっているのです。このようなことを常に念頭に置きながら、我々の労働組合は、一生懸命に仲間たちの雇用と生活を守ってきたわけですが、これからも引き続き頑張っていきたいと思います。

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