第7回 組合員の処遇改善の取り組み~春季生活闘争の取り組み~

津崎 暁洋 キッコーマン労働組合 中央執行委員長

はじめに

 みなさん、こんにちは。津崎と申します。よろしくお願いします。大学時代はサッカーをやっており、サッカーの同好会の部長を務めていました。卒業後にキッコーマンに入社して、最初の4年間は営業として働きました。営業では、「醤油」や「焼き肉のたれ」、「本つゆ」などの商品の販売を担当し、ことなどをバイヤーの方々と本部商談を行うこともあれば、店舗に伺い、パートの方や担当者の方と直接話しながら、普段定番の棚にある商品を、棚の端の大きなスペースに展開していただくなど、現場で泥臭く売り上げを稼ぐような業務も経験してきました。それを経て、人事部の勤労グループに異動し、会社制度の案を作り、その案を組合側に提案するという仕事をやりました。元々夢だったのは、採用や教育だったのですが、ようやく希望の部署に異動が叶ったその1か月後くらいに、キッコーマン労働組合から「うちに来ないか」と、誘いがありました。1週間くらい悩みましたが、人事部から出向というかたちで、専従(=労働組合の仕事だけに従事すること)として、この間15年、組合活動に邁進してきました。さきほど紹介いただいたように、キッコーマン労働組合の専従なんですが、それ以外にも、非専従で労働組合の様々な役を仰せつかっています。家族構成は子ども3人と妻、趣味はキャンプ、旅行、サッカー、ゴルフです。

 本日の流れとしては、簡単に会社の紹介と労働組合の基本、キッコーマン労働組合の紹介を簡単に説明したうえで、本題の春闘についてお話をしていこうと思います。時間があれば組合活動とエンプロイアビリティの話にも触れられればと思います。「組合と会社」、「組合と組合員」それぞれの関わり方もベースに、春闘のリアリティをみなさんに可能な限りお伝えしたいと思いますので、よろしくお願いします。

キッコーマンの紹介

 では、会社の紹介ということで、短い動画を見ていただければと思います。キッコーマンの創立100周年を記念して作られた動画となります。(動画)
 このように、キッコーマンは設立から100年以上が経過している企業で、1917年に創立されました。現在の売上収益は6,600億円規模となっており、この10年間で約2倍の水準にまで成長しています。事業利益は736億円、営業利益率は10%を超える水準に達し、こちらは10年間で約3倍に伸びています。実は日本国内は人口が減って少子化が進んでいますので、胃袋はだんだんと減ってきていると言われています。そういう意味では、海外の売上・利益が非常に大きな意味を持っています。工場を海外に作り、現地で生産し、現地で売るということを基本的にやっています。海外の工場においても、基本的には、日本と同様で、本醸造の製造方式を採っています。そういう意味では日本の味というのが、意外と海外でも受け入れられるということ表現してきている会社ということにもなります。コーポレートスローガンは、「おいしい記憶を作りたい」。経営理念は、「『消費者本位』を基本理念とする」、「食文化の国際交流をすすめる」、「地球社会にとって存在意義のある企業をめざす」この3つで、国際や地球というキーワードに恥じない会社になっていきたいと思っています。キッコーマンは醤油のイメージが強いかと思いますが、「マンジョウ本みりん」、「デルモンテのケチャップ・トマトジュース」、「マンズワイン」「豆乳」などの商品があります。

労働組合の基本と労使関係

 2つめに、労働組合の基本と労使関係ということで、労働組合はこれまでの講義でもでてきたかもしれないですけど、より良い職場をつくるということが基本です。より良い職場とは何なのかと考えたときに、労働組合の役割としては、「雇用を守る」、「安全衛生」、「処遇向上」、「職場環境の改善」大きくこの4つがあると思います。雇用を守るというのは、一丁目一番地ですし、安全衛生も、身体の安全だけではなく、心理的安全性やメンタルヘルスなどに代表されるように、心の安全も含むなど、その範囲が広がっています。また処遇向上、職場環境の改善は、共働きも増えてきたなかで、ダイバーシティなどの観点からも、多様な働き方を実現できる制度の模索なども挙げられます。また、大切なのは、労働者は一人では弱いからこそ、労働組合というのが存在しているのだということであり、憲法で保障された活動として、組合を作る権利、労使交渉をする権利、ストライキを行う権利があることを確認しておきたいと思います。
 労働組合の5つの活動機能ということで、「1.労働条件の維持・向上機能」、「2.相談機能」、「3.経営のチェック機能」、「4.相互扶助・交流機能」、「5.政治機能」を挙げています。「労働条件の維持・向上機能」以外にも、組合員から相談をしっかり受けて対応していくという「相談機能」、そして「経営のチェック機能」などもあります。「相互扶助・交流機能」は、みんなが集まって、心をひとつにしたり、色々なセミナーをやって有益な情報を得たりすることなどです。また「政治機能」については、組合員の困りごとへの対応のためには、国会議員に働きかけて法律を変えなければ解決できないこともありますし、例えば、県議会議員や市議会議員に働きかけて地域のルールや仕組みを変えないとならないこともあったりします。そういう意味では推薦議員をしっかりと持って応援していくといったところもやっています。
 突然ですが、野田労働争議をご存じの方はいらっしゃいますか。野田労働争議は戦前日本最長の218日間のストライキですが、これがどのようなものなのかを知っていただくために、組合員に伝えるために作った4分程度の動画を見ていただきたいと思います。会社が作ったような先ほどの動画のようにお金をかけた壮大なものではないので、そこはご了承いただければと思います。(動画)

 簡単に動画の内容に触れておくと、企業は利潤を得るだけの場ではなくて社会の公器であるということです。企業は、消費者とか株主だけじゃなくて従業員や地域社会にも配慮すべきであるということを、100年以上前のこの争議から労使双方が学び、現代に伝承され続けてきていることが大きいと認識をしています。

キッコーマン労働組合の紹介

 では、3つめのキッコーマン労働組合の紹介に移りたいなと思います。よく上部団体と言いますけれども、連合が上部団体で、そこに産業別労働組合のフード連合が紐づいている。さらにそのフード連合に加盟している企業別組合がキッコーマン労働組合である。このような組織構造になっています。フード連合以外にも、例えば、自動車総連とか電機連合など、特に春闘の時期になると、様々な産業別労働組合がニュースなど出てくるかと思います。キッコーマン労働組合の説明ですが、組合本部には、私を含む他5人の専従役員がいます。本部に紐づく形で6つの支部がありますが、その中で珍しいのは病院支部ですね。キッコーマン総合病院という企業立病院もあり、看護師さんやリハビリテーションのみなさんも一緒に組合員として活動しています。営業の方は全国に散っているので、支部の下に多数の分会を形成しています。またトピックス的には、有期契約の労働者を5年間雇い続けると無期契約化することになるわけですが、その無期契約化した嘱託社員とパートタイマーの方、一人ひとりに声かけを行い、労働組合に入っていただく取り組みも進めてきています。

 また、キッコーマン労働組合で大切にしている組織論として、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授の提唱する考え方を紹介したいと思います。これは、結果の質と関係の質と思考の質と行動の質というのがぐるぐるまわるという考え方です。得てして会社は、当然ですが売上利益をめざすわけですから、結果を求めます。だから結果から入る。うまくいけば良いのですけど、もし成果が上がらない場合は、対立、押し付け、命令が生じてしまい、面白くないから受け身になってしまう。だから自発的に行動できなくなるということも少なくありません。そのような悪循環ではなくて、労働組合としては、「(結果ではなく)関係の質から始めていこうよ」ということを伝えてきています。互いに尊重して一緒に考えるから、気づきがあって面白い。自分で考えて自発的に行動できるから成果が得られる。この好循環を目指すことを職場の組合員たちに言ってきています。当然、絵にかいた餅になっちゃうこともありますし、そんなに簡単じゃないという現実もあるのですけれど、会社が「関係の質から始めましょうよ」と旗振りすることって難しいのですよね。そういう意味でも、誰が言うのかといったら、やはり労働組合しかないだろうというところも大きいと思います。労働組合の活動というのは、すべてではないですけれども、最終的に会社の業績向上に結びついていく。ゴールが同じである中で、そういったプロセス、順番が違ったりするということも知っていただきたいと思っています。あとは、キッコーマン労働組合としては、「誰かが、ではなく全員で。」というユニオンスローガンを作って活動しています。
 さきほどの「産業魂」の延長線上には、企業が業績ばかり追ってもいけないし、一方で労働者、組合員が目先の処遇ばかりでもいけない。これをお互いしっかり認識しあってやっていく。このような労使の共通認識があります。お互いの立場で議論をしっかり尽くす。良好で適切な労使関係とは何なのか。これらをつき詰め続けることが大事なのだろうと考えています。30年~40年前でも、ハチマキをしめて、ストライキがあった。それが今どうなってきたかというと、労使の立場から、納得するまでしっかり議論を尽くすというかたちに変容してきています。当然、労働組合の根源的なものは変わらない側面もあります。そういう意味では、これまで積み上げてきた歴史と伝統はとても大切ですし、一方で、変化のスピードや多様性に対応することも含めた変革と革新も欠かすことができません。したがって、これらを両立し続けることが強く求められる時代でもあるのだと考えています。
 さきほど、5つの活動機能という話をしましたが、キッコーマン労働組合はどんな活動をしているのか、ちょっとだけ触れて、本題の春闘に入っていきたいと思います。ある意味経営のチェック機能は、春闘にもつながっていく側面もあるのかと思っていますが、例えば、先日女性組合員の座談会をやりました。子どもが生まれ、産育休から戻ってきた組合員や、現在妊娠している組合員、結婚していない人、子どもを産む気はない結婚している人、あえて多様な考え方や生き方の女性だけを集めた座談会が開催されました。私は最初の委員長挨拶だけ入りましたが、あとは座談会を若い人たちにまかせて、「性別に関係なく活躍できる会社にするにはどうすべきか」について大議論してもらいました。そこで出てきた本質的な主張を社長に伝えることもしてきました。事例を上げると、「会社の上司から『育児は女性だからこその大仕事なのだ。育休が可能な期間はなるべく全部使うようにして、じっくり休職して育児に専念するべきだ』というようなことを言った人がいるんですけど、これは決して悪気があって言っているわけではないと思うんですよね。しかし、受け手の方は夫婦共働きで、早々に職場に復帰した人だったわけです。『そういう人にこんなことを言うのはどうなのか』『期待されていないのではないか』と考え込んでしまいました。」という切実な意見でした。労働組合が、このような現場のマイナスギャップを表出化し、経営トップ層に毅然と伝えていくということは、非常に重要だと思います。そもそも、なぜ社長や経営層が組合役員の声を真剣に聞くのかといえば、やはり、可能な限り現場の本音を聞いた上で経営判断を行いたいと常に考えているからであります。一方で、経営側の課題や方針を現場に伝えていく上でも、労働組合の存在は大切であるということも、よく言われています。だからこそ、先ほどお話した労使関係も踏まえつつ、必要な根拠と勇気を携えて、色々なことを伝えていくということをやっています。難しい時代になればなるほど、組合員一人ひとりの少しずつの参画(=先ほどのような声)が、社長に届くこともそうですし、組合活動のゴールに向けた、小さな取り組みの積み重ねが大きなプラスを実現していくのだと思います。

春闘について

 それでは、本題の春闘に入っていきたいと思います。先ほどの5つの機能のうち、1個目の「労働条件の維持・向上」、この代表格が春闘であると思います。では春闘について5つの流れで話をしていきたいと思います。そもそも春闘とは、「新年度に入る前に、次年度の賃金や労働条件の向上を目指して、全国の労働組合が一斉に会社と交渉すること」です。大手は多くが3月の中下旬に妥結するのですが、その後段でかなり細かいところまで協議を詰めていきますので、だいたい4月中旬~下旬くらいに本当の妥結がやってきます。本来、給料は4月の給料日に賃金アップした状態でもらうべきなのですが、その時点では本当の妥結に至っていないため、そのタイミングでは変わらないんですよね。従って、本来4月の給料で上がるはずだった分も含めて、5月の給料日に併せて昇給させるという運用を採っていたりします。ちょっと蛇足ですが、給料とかボーナス(組合用語では賃金とか一時金)などのお金周りのことを求めていくのが春闘です。あとは、福利厚生とか働き方といった制度周りを要求する秋闘という営みをキッコーマン労組では2年に1回やっています。
 春闘は何が大事かというと、この2、3月に一斉に、上部団体とか他社の労働組合と連携しながら賃金引き上げや労働条件の改善を使用者に要求して交渉するということなので、一斉に連携しながら交渉するというこの営みこそが春闘なのだということを、あらためて認識してもらいたいと思います。春闘といっても、労働組合の中でどんな流れでやっているのか、学生の皆さんにわかっていただきたいので、少し前に作った動画(どのように要求案を作ったり、職場の要望を聞いたりしながら労使交渉を進めていくのかという流れを3分くらいでまとめたもの)を共有したいと思います。(動画)
 このような流れで、春闘は進んでいっているんだというところが認識できたかと思います。

 春闘といえば、ベースアップですよね。よく、ベースアップとか、「ベア」というふうに言いますけど、これは何かということを説明しておきたいと思います。フード連合では、ベースアップを以下のとおり定義しています。「①賃上げ額のうち定期昇給分以外の賃金基準の底上げを指し、②賃金表を書き換えて、③原則として組合員全員の賃金を一斉に増額すること」です。この③の「原則として組合員全員の賃金を一斉に増額すること」というのは、最近は初任給などを大きく上げようとして、全員同じ額ではなくそれに伴って若い人に多く配分するという会社もちょっと増えてきているところがあるので、昔ほど一律ではなくなっているのですが、①②はここに書いてある通りかと思います。ベアについて注目すべきポイントとして、「効果の累積」と「影響の範囲」というテーマがあるのですが、こう言うと、抽象的すぎてよく分からないと思うので、もうちょっと分かりやすく説明したいと思います。

 そもそも、ポイントとなるのは定期昇給とベアの違いです。定期昇給というのは、従業員の年齢や勤続年数、評価と比例して毎年上がっていくもので、「こういう評価だったから上がった」とか、「年齢が1歳上がるごとにいくら上がる」とか、あとはそれを合わせた制度とか、そういうものがあるのですが、ルール上、上昇していく賃金のことです。それを定期昇給と言います。ではベースアップとはなんなのかというと、「基本給の水準が一律にアップする」ということで、もともとのある賃金カーブが、さらにズーンと上に平行移動することです。カーブ自体をさらにあげることがベースアップなので、よく「ベースアップで給料上がっているな」というイメージがみなさんにあると思うのですけれど、ベースアップがなくても、実はルール上、賃金が上がっている部分があるのです。それだけではなく、「物価も上がって大変だからさらに『いつもの賃上げ分以外の分も』上げていこうよ」というのが、このベースアップの意味合いです。なので、この資料のグラフの緑のところの定期昇給だけでなく、この白いベアの部分も、さらに上げていきましょうという考え方になっています。

 先ほど二つ言ったポイントのうちの一つ、「効果の累積」ですが、ベアが底上げされた賃金というのは、引き下がることなく効果が継続するので、カーブ自体が上がる、その差のまま上がり続けます。その年だけ上がるわけではなく、上がったものを持ちながらそのまま行くということになるので、例えば1万円のベースアップが20歳の昇給のときに一回だけ実施されたとして、その会社でそのあと一回もベースアップが実施されなかったとしても、この1万円がどのような価値を持つのかというと、30歳になったころには、11年×12か月×1万円になるので、会社は132万円分のプラスジャッジを行ったという意味になります。この人がそのまま60歳になった際に、この時の1万円がどれだけの価値を持つのかを計算すると、492万円になります。これだけ大きく膨らむということです。

 ベアにはそのような威力があるということなんですが、果たしてベアの威力はこれですべてかというと、それ以外にももう一つ、「影響の範囲」というものがあります。賃金を算定基礎とするほかの労働条件にも効果が波及するということですが、代表的なものは一時金つまりボーナスです。よくボーナスって給料の何か月分とかいいますよね。その大元になる給料が、ベースアップで上がっているわけなので、上がった分はボーナスにも波及するという考え方です。なので、例えば、ここで20万円の賃金の人は、先ほどのベアで1万円上がった場合であれば、21万円の賃金になっているので、この1か月1万円×ボーナスが6か月分としたら×6ということで年間6万円分が増えていくわけです。これは先ほど言ったように次の年にも波及するので、翌年もその翌々年も、その6万円の影響というのはそのまま持って行くということになります。また、時間外労働(残業代)も基本給に対して何%割り増しという考え方であるため、未来に渡ってのプラス要因になります。これらから、生涯年収への影響がさらにアップするのがベースアップということになります。もろもろの波及効果も含めると、当社の場合だとだいたい年間20か月分くらいの影響があると言われています。キッコーマンのベア額は去年までのこの11年間で、30,800円あります。これを当てはめるとすごい金額になるわけですが、定年である65歳に退職する想定で考えると、30,800円×20か月×47年間となります。今から入社してくる18歳が65歳になるまでの間、30,800円のベアがあった場合となかった場合の合計金額は、一人当たり2,900万円も違うのですよね。そういう意味では、何千人も社員がいたりする中で、2,900万円×何千人という未来の支出を会社が決断することに他ならないので、それだけベースアップというのは重い決断だということになりますし、非常に緊張感のある労使交渉が余儀なくされることを意味するのです。

 春闘の大切な3つの役割について、触れていきたいと思いますが、ひとつめは「労働条件の棚卸し」です。例えば組合員の声で、「職場の人数が少なくなって責任も増しているし仕事量も多い」、「物価上昇でそもそもきついから給料上げてほしい」といった声もそうですし、いま情報化社会で、例えば色々なニュースやネットをみていると、「この会社、このような制度があるよ」みたいな話があると、「うちの会社ってこういう制度があったらよくない?」みたいな話が組合員から来たりします。やっぱりそういうことの積み重ねの中、みずから労働条件をしっかり把握して、さっき言った上部団体もそうですし、ほかの労働組合のある会社、仲間の組織がどんな労働条件なのかを見比べることは多くなります。、当然うちのほうが上回っていることも少なからずあるんですけど、そうじゃない部分については、その情報を使って会社としっかり議論していく必要があります。す。自分たちの労働条件をしっかり棚卸しして、めざすべきところを決めていくという機能が春闘の役割の一つということになります。

 2つ目が、「労働条件の相場形成と波及」です。これ面白い話なのですけど、組合員から、「そういえば昨年ゼロ回答だったのになんで今年ベースアップ要求するの?」という声が実際にありました。実際、5年くらい前は、かなり春闘が厳しかったのです。要は、組合員側も、「要求すること自体、やめたほうがいいのではないか」というテンションになるときがあるのです。会社も、「そもそも世間は関係ないし、定期昇給が既にあるわけだから、賃金は生活に困らない水準で常に払っていますよ」「ベースアップはあくまでも会社の判断でやるのですよ」というふうに言っていました。こうなってしまうと、ゼロ要求でも良いのではないかという気もするのですが、それでもなぜ要求するのかというと、この結論の延長線上には何があるのかということでもあるのです。春闘の結果、例えば他社ではベースアップが行われたのに、自分たちの会社にはなかったということを知ることもそうですし、同業他社でベースアップが行われると、知らず知らずのうちに、人が採りにくくなってしまうこともあります。採用に影響することもあるので、そういう意味では、困ってしまうこともあります。労働条件には相場というのがあって、春闘の結果で全体相場が変動する可能性があるので、「周りと一緒にやっていく」という、春闘の基本が、こういうところにもあるのだということを、意識していただければと思います。

 3つ目は「『企業別労働組合』の弱点補完」であります。ちょっと難しそうな言い回しなのですが、例えば去年のキッコーマンの労使交渉では、「昨年、業界最高額レベルの妥結をしたのに、なぜ今年、それを上回る金額のベースアップを要求してきているのか」というようなことを言われました。「労働組合は会社の状況を分かっていないのか」という反応もよくあることですし、「うちより大きい一兆円企業、二兆円企業といった業績好調の大手企業でさえ、13,000円程度しか要求していないのに、なぜそれを大きく上回る要求なのか」「このような金額じゃ話にならない」みたいなことも当然会社は言ってきます。さらには、「今後多額の設備投資を行う必要があるのだから高額のベースアップを実施する余裕なんてない」ということも含めてですね、出せない理由を言ってくるわけです。ここで大切なのは、自分の会社の状況のことだけを考えて春闘をやっていたのでは、間違いなく、マスコミ報道のようなみんな同じような金額で上がっていくということにはならないわけです。そのような意味で、「『同じ時期』に『同じ方針』に基づいて『一斉』に交渉を行っていくこと」の重みがここにあります。共闘によって、個別企業の事情が優先されすぎないかたちで春闘をやっていくことが、企業別労働組合の弱点を補完することに繋がるのです。私たちは、この弱点補完のために、産業別労働組合に集うということもやっています。上部団体であるフード連合の春闘討論集会の様子を写真でお見せしますが、大手の組織の委員長や副書記長も集まっていますし、フード連合には300組合12万人が加盟していますので、中小も含めてですね、たくさんの人が来て、心合わせをしているシーンです。2024年と2023年のベースアップの妥結額を足すと、フード連合の平均は17,000円、フード連合の中小の平均は13,000円なのですが、現実的には、企業規模が大きくて、売上利益の高いところが相場を引っ張る傾向にあります。しかし、大手先行組合の率先垂範による相場形成がある一方で、ニュースとかにも出ていますが、大きな課題は、中小企業への価格転嫁がなかなかうまく進み切っていないこと。いかに格差が拡大しないかたちで中小労組がしっかり賃上げをしていけるかということも非常に大切です。私は、フード連合の副会長や醤油味噌部会の部会長でもあることから、醤油味噌の産業に籍を置く中小労働組合が、いかに社長との交渉を優位に進めていけるのかといったコンサル的な役割も担っており、特に近年は、非常に重要な局面になっています。
 春闘について、最後になりますが、キッコーマン労働組合の春闘ビデオというのを見ていただきます。年間の組合活動のなかにおいても、注目度ナンバーワンである春闘だからこそ、1,200人の組合員に今伝えたいことをまとめてあります。先ほども言ったように、組合員は全国に散っていますので、その中でどうやって情報を伝えようとするのかといえば、自分が行くことはできないのなら動画を作るしかないだろうということで、作成しているものです。それでは、ご覧ください。(動画)
 動画についてまとめると、会社への最も強力な交渉力は何なのかというと、組合員の生の声や強い期待ですし、会社も交渉委員の背中にいる組合員を想像するからこそ、妥結せざるを得ないという側面もあるのです。当然真剣勝負の交渉ネタももちろんですが、「楽しくなきゃ組合じゃない」というふうに思いますので、組合員の交流など楽しい場面も織り交ぜながらお伝えをしてきています。組合費は、よく「掛け捨ての保険である」と組合本部に来てから教わり、確かにそうであると思う側面もあるのですが、必ずしもそれだけではなくて、「処遇向上のための参加費である」ということを、お伝えしたいと思います。組合員が組合費を払って静観しているだけではなくて、一緒に参加をしていくことが、どれだけ大事なのかということが伝わればありがたいと思っています。現場感覚と一体感のかけ合わせが、最終的には交渉力になるので、春闘は交渉メンバーだけの力じゃないというふうに思っていますし、労働組合の求心力といった観点からも、この数年のベースアップ春闘というのは、ピンチでもチャンスでもあるというふうにも思っています。これはちょっと資料にはないのですけれど、組合が、1万円の要求を行い、1万円の妥結ができた場合、経営層からすれば満額回答なのですよね。そうすると、普通は、「会社が頑張って満額会社を出してくれたのだろうなぁ」と思う組合員がほとんどだと思います。一部には、「もっと高い要求だったとしても、会社が満額回答してくれたんじゃないか」という疑念を持つ人も一定割合はいるんですよね。もっと言えば、「組合はしっかり交渉してくれているのか?出来レースだったのではないか?」というような主張は、満額回答の場合にこそ、実は有り得るのだと私は思うのです。一方で、15,000円要求して、12,500円獲得した場合に目を向けてみましょう。実はこれ、満額じゃないんですね。そうなると「結局組合は、満額を引き出せなかったかぁ」というふうになると思われがちなのですけど、組合員は、当然ほかの労働組合の妥結結果も見ています。そういう意味では、「要求は高かったけど、妥結額は世間相場からみても悪くないなぁ」というように本質を捉えられる組合員も実は少なくなかったりします。ポイントは、労使交渉の過程が組合員に一定レベルの深度で伝わっていることであり、組合員が、「組合はしっかり交渉してくれたんだ」という感覚に至ることができるかどうかが重要です。これらから、「たとえ満額でも交渉の中身が伴わないとピンチにもなる」逆に「たとえ満額ではなくても、結果や過程が伴うとチャンスにもなる」そのように考えています。肌感覚も含めて「満額回答こそが組合員のエンゲージメントを最大化させられる」というふうに考える経営層が少なくないと思うし、実際に、満額回答って今増えているわけなのですけど、一方だけの思いで組織の力が強まるかというとそうじゃないし、労働者はそこまで単純ではないのだということを、今結構感じています。そして、だからこそ、交渉の充実や発信力が、求心力を左右すると、最終的にはシンプルな事が大事なのだということも、あわせて伝えておきたいなと思います。

労働組合とエンプロイアビリティ

 最後に、組合活動とエンプロイアビリティについて触れますが、エンプロイアビリティを高めようということも、組合活動をやっていく上で大事だと思っています。「ワーク・ライフ・バランス」ということは、トータルが100でしかない考え方でもあったりするのかなと思っています。「8時間:仕事/8時間:寝る/8時間:それ以外」という、トータルが24時間という時間軸だけで考えちゃうとどうしても1+1は2になってしまうのがバランスの基本的な考え方なのだと思うのですけれど、生活と仕事はどっちかを犠牲にするものではないというふうに思います。そういう意味では「ワーク・ライフ・シナジー」といった考え方も、今大事な時代になってきているのではないかと思います。1+1が3や4になるようなことをやっていく、そういう時代でもあるのではないかなと思います。副業・兼業みたいなことが徐々に増えている現状からしても、、働くことと、生活というのは、決して不可侵ではなくなってきているとも言えます。また、仕事外の私生活や組合活動が、自分に対してのインプットを豊かにしてくれるといった側面もあるかと思います。知識や経験や知恵などが増えていかなければ、当然仕事で求められるアウトプットというのは限定的なものになってしまうと思います。組合活動でいえば、例えば労使交渉から経営視点を学んで、会社が俯瞰的に見えてくると、仕事の幅というのも大きくかわりますし、異なる庭の人々、これは社外も社内もそうですけれど、そういうことが、知識や気づき、人脈を増やすということにもなっていくこともあるかと思います。

 若い人に話すと、共感を得ることが多いので、「ボスではなくリーダー」という話をしますが、組織のリーダーというのは、いろんな人たちがいます。アルバイトをやっている人もいるかもしれないですが、アルバイトでは教えてくれる人がいたりすると思います。みなさんにとっては、教えてくれている人ってリーダーじゃないですか。リーダーというのは、想像以上に沢山いて、組合役員なら、ほぼほぼリーダーなるのだろうと思います。「ボスとリーダーの違い」という理念がありまして、イギリスの百貨店である「セルフリッジズ」の創業者のリーダー論なのですが、「ボスは権威に頼るけれどリーダーは心に頼る」「ボスは恐怖を与えるがリーダーは熱意を持たせる」、「ボスは私はって言うけれど私たち」、「ボスはやれっていうけど、リーダーはやろうと」、「仕事を苦役に変えるのか仕事をゲームに変える」とか、こういったことが、若者を惹きつけるし、いつかみなさんも、そういったところを求められ、担うようになっていくのかなと思っているので、お話をさせていただきました。仕事と私生活、また労働組合といったものを、どっちにもオンしていくが大切です。これから就職活動もあるかもしれないですし、入社される会社に組合があるかないかという違いももちろんあるかもしれないですけれど、いずれにしても、仕事も私生活(組合活動含む)も、どちらもですね、豊かにしていくということは、ぜひ追求していただけると良いというふうに思っています。

最後に

 最後になりますが、「ニューヨーク5番街の13年の変化」という話をして終わりたいと思います。これはニューヨーク5番街の写真です。どちらもニューヨーク5番街なのですが、上の写真(1913年)はほとんど自動車です。下の写真(1900年)は…、実はほとんど馬車なのですよね。13年でこれだけ一気に変わったということです。この話、大昔だから、たった13年で激変したという話ではなくて、最近でも同様の変化があったということに驚かされるわけです。正解は、iPhoneですね。iPhoneを持っている方もいっぱいいるかもしれないですけど、2007年に発売されてApp storeもなかったところから、2020年までの13年で500億ドルを超えるような売り上げの商品に成長しており、これだけ利用が大きく拡大しているわけです。これを例にとりながら、ある見識者が言った言葉がありまして、「変化の激しい世の中で、本質的なニーズを満たした製品やサービスを生みだす一番の近道は何なのか」というと、「人の困りごとに応え続けること×これを無限に繰り返すこと」であり、こういう時にこそ、そのような素晴らしい製品やサービスが生まれるのだそうです。多くの働く人が製品とかサービスを生み出すことを求められながら、これからも生きていくことになるのかなと思うと、私もそうですし、これはとても大事な言葉なのかなと思っていまして、「人に寄り添う」という意味でいえば、「仕事でも、労働組合でも、求められる姿勢」なのだということを、みなさんに最後にメッセージとしてお伝えをしたいと思います。だからこそ、私自身も「誰かが、ではなく全員で。」ですね、走り続けたいなというふうに思っていますし、新時代に日本の未来を作る若い力のみなさんたちと、共に頑張っていければと思います。以上、ご清聴ありがとうございました。