皆さんこんにちは。JR連合の吉田春菜と申します。今日は男女がともに働きやすい職場づくりということで、皆さんにお話をさせていただきたいと思います。
まず一点、安全についてお話をさせてください。JRは過去に様々な鉄道事故を発生させてしまっています。事故の原因は設備だったり、ヒューマンエラーだったり、環境だったり、様々なものがあります。私たち労働組合は、会社がやっていることが本当に安全なのか、やっていることは間違っていないのか、会社の体制をチェックして、会社に物申し、会社のルールを変えていくことができる組織です。でも、過去に発生した事故に関しては、未然に防ぐことができませんでした。事故は労働組合にも責任があると思っております。その教訓から、私たちJR連合は、安全の確立、これを最重要課題と位置づけまして活動をしています。過去の悲劇を二度と繰り返さないという思いで、安全を最優先とした取り組みを進めています。明るく楽しい話の根底に、私たちが常に安全に対して強い思いを持っていることを冒頭ご承知おきいただければと思います。よろしくお願いします。
1.組織の紹介・自己紹介
JR連合は、正式名称を日本鉄道労働組合連合会と言い、全国のJRグループで働く約86,000人が加入するJR産業最大の労働組合です。全国のJR各社、そしてそのグループ会社などの労働組合89組合が加盟してJR連合を作っています。私はそのJR連合の本部執行部の役員の一人として活動しています。私の出身はJR九州労組で、JR九州労組の役員とJR連合の役員を兼務しています。この執行部には全体で26人がいるのですが、その中で女性は2人だけです。なんだか少ないなと思われますよね。でも3年前、私が執行委員になるまでは、JR連合が発足して30年間、執行部は全員男性でした。
私のJRとの出会いは就職活動です。私が就職活動をしていたのは、就職氷河期が終わりに近づいて、少しずつ景気の回復を感じられるようになっていた頃です。私が小学校低学年の頃、日本はバブルという超好景気でした。ただ、国の金融政策の転換によって一気に景気が低迷していきます。企業の業績が軒並み急降下して、企業が人件費に割けるお金がなくなってきて、人を新たに雇用しなくなったのです。大学卒業しても新卒で就職できない時代が就職氷河期です。でも、私が就職活動をしていた2004年には、企業の採用活動は戻り始めていました。「冬のソナタ」って聞いたことありますでしょうか?韓国のドラマなのですけれども、当時大ヒットしていました。戦後ずっと冷えきっていた日韓関係を良い方に大きく転換させたと言われているドラマです。その頃、JR九州は博多から韓国の釜山に国際線航路船を運航していましたので、JR九州が船を運航しているとかいうことを知っていました。電車はあまり乗ってなかったのですけれども、駅ビルとか旅行業とかをしていることはもちろん知っておりました。私が高校生だった時にJR東日本でSuicaがデビューしました。昔の人は電車といえば切符でしたので、もうかなり画期的な変化でした。改札をピッと行くのがかっこよくてですね。また、就職活動を始める1年前、前年の2003年にはJR西日本でICOCAがデビューしました。その時代、JRがなんだか変わり始めていたのです。駅ナカとか駅チカとか、そんな言葉が生まれ始めていました。今まで改札と売店しかなかった駅が、なんだかちょっとかっこいい街の顔として変わり始めたような頃でした。
JRが変わり始めていたのは、外から見える部分だけではなかったのです。私が就職活動を始める4年前の1999年、男女雇用機会均等法が改正されました。女性も男性と同じように22時から5時までの夜間の勤務が可能になったのです。それまで、看護師さんや客室乗務員さんのような特殊な業界の女性しか深夜は働くことができませんでした。鉄道は24時間動いていますので、22時から5時まで7時間も働けない人は会社も困りますよね。ですので、女性が現場にいなかったのです。鉄道の現場はほぼ男性でした。
鉄道業界で雇用される人がほぼ男性だったのはなぜ?ということでちょっとまとめています。
法律による制限。JRは24時間動いています。夜中も貨物列車が走っていますし、線路の工事も行っています。工事しているのは社員です。24時間動いている業界なので、ちょっと話は逸れますけれど、JR社員はみんな時間のことは24時間呼びしています。JR社員に6時発の電車の時間を教えてくださいと言ったら、100%朝の6時の時間を教えてもらえます。夕方のことは18時というふうに言っています。他にも鉄道社員あるあるはたくさんあるのですけれども、例えば、駅のホーム、1(イチ)番線、2(ニ)番線などありますけれども、2番線って聞き取りにくいので、私たちはフタ番線と言ったりします。
図表1 組織の紹介

資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
鉄道特有の勤務体系。駅員、車掌、運転士、指令員は出勤したらその日は泊まり業務です。翌朝、次の当番の人と入れ替わります。終電を運転する人が家に帰る列車はないですよね。自分の列車が終電なので。また、朝の4時とか5時の列車に乗務する人は、始発が動いてないので、泊まっていてもらわないといけません。そんな形で、出勤したら必ず泊まりという特有の勤務体系があります。また、運転士になると、自分がその日担当で乗務する列車の発車時間の1時間前に出勤します。ですので「5月15日の出勤時間は9時41分です。」みたいな細かい時間指定で出勤するなど、すごく不規則なんですね。
設備面の問題。鉄道は今年日本に開通して154年目になります。154年間の歴史のうち、130年間ぐらい現場にほとんど男性しかいなかったので、男性用の更衣室、お風呂、寝室、休憩室しかなかったんです。設備を増設するのもお金がかかりますし、そこまでお金かけて女性用の整備を作ったとしても、こんな世界に女性来るわけがない思われていたから、さらに作るのが遅れていきました。そして、当時もう鉄道は男のイメージだったため、鉄道会社に就職したい女性、運転士になりたい女性なんてほとんどいなかったんですね。
図表2 自己紹介

資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
そんな背景がある中、2004年に就職活動をしていた私は、逆に女性が少ないことが面白そうだったので、チャレンジしてみようと思ってJR九州の入社試験を受け、2005年春にJR九州から内定をもらいました。その頃、JR福知山線の脱線事故がありました。その時、命を預かる仕事って恐ろしいな、怖いなと感じたんですけれども、だからこそやりがいのある仕事だなと思って、内定辞退はせずに入社することに決めました。入社したのは2006年の春、JR九州が大卒の現場職女性を初めて採用した年です。なので、私はJR九州の大卒現場職の女性1期生になります。それまでも会社に女性はいましたが、総合職の方か駅窓口業務の日勤の契約社員の方しかいませんでした。現場職採用の女性の同期はもう1人いまして、この年2人採用されました。右側に入社式の日の新入社員研修のクラスごとの写真を載せており、男性は当時の紺色の制服を着ているのですが、入社したら女性用の制服が会社になかったので、私と同期だけスーツなんです。会社に入社したのに制服がないという。
2006年に入社して、最初は駅員になりました。22時30分までみどりの窓口が開いていた駅なのですが、夜遅くお客様が少なくなると、鉄道というのは熱烈なファンがすごく多いんですけれども、そういう方々が来て、鍛えられていました。
駅の話をするとですね、面白い話がたくさんあります。駅の社員は駅名のことをカタカナで略して書きます。駅じゃなくてもJRに略は多いのですが、これも業界用語ですね。カタカナでオサシオウヤって書いてあったら、大阪から新大阪駅まで運休という意味です。大阪のことはカタカナでオサ、オサで大阪駅です。シオと書いてあれば、新大阪駅。ウヤ、ウは運休の運の字のウ。運休の休の休みという字のヤでウヤで運休のことを指します。全国のJR社員が知っている正式な略です。
次、駅を卒業して車掌になります。当時、車掌区に見学に行ったら、今まで女性いなかったから女性トイレないよ、男性トイレの一番奥、女性用にするねって言われたんです。さすがにえ?と思ったんですけれども、会社もそこはちょっとまずいと思ったのか、配属されるまでに突貫工事で女性トイレを作ってくれていました。でも相変わらず制服はありませんでした。右側に写真がありますけれども、車掌の頃の写真です。帽子も制服も男性と同じ紺色のものをもらいました。この写真は私がお願いして撮ってもらった写真ではなくて、当時、全国で働く女性鉄道員っていう特集の本が出たんですけど、その時の写真です。20年前は女性鉄道員があまりいなかったので、本で紹介されるぐらい珍しかったです。車掌の次は運転士になりました。運転士は出勤して運転して、夜出先で泊まるんですけれども、出先に宿泊所がみんな整備されていますが、女性用は整備されていなかったのです。なので、私は会社の宿泊所じゃなくてホテルに泊まっていました。男性は宿泊所があるので、職場から寝るところまで3分なのに、私は職場からホテルまで15分ぐらい歩かないといけなかったのです。ホテルいいなとか言われてはいましたけれども、15分って、もうこれ大きいんですよ。始発に乗る時とかですね。4時32分に来いって言われた時の15分ってすごく大きくて、本当にきつかったです。なんで女性はホテルまで行かないといけないんだって思っていました。この頃になると、後輩たちが女性で採用され始めて、女性用の制服が少しずつできてきました。運転士を卒業して本社で働いている時に、現場の女性用の宿泊所もどんどん整備されていきましたが、なんか一歩遅いんですよね。
本社勤務になった2012年以降、2014年からJR九州労組、労働組合の役員になりました。会社の仕事をしながら労働組合の役員もしているというような状況です。2017年には指令所に勤務になりました。飛行機の管制塔の鉄道版みたいなところですね。列車が今どこにいるか、在線位置がどこかとかいうのがですね、分かるようになっています。そして、列車の運転士や車掌に無線で呼びかけて指示を出していく所になります。私はJR九州ですので、九州中の信号機をそこで制御することができます。その中で私は運転というよりも旅客指令というお客様の対応をする指令員をしていました。お客様の対応というとちょっと分かりにくいかもしれませんけれども、例えば車掌から「痴漢が発生しました」という無線が入ったとします。その時指令員は、車掌に「周りのお客様の安全確保してください。次の駅で警察手配します」というふうに連絡をします。そして運転士に、「次の駅で警察対応します。次の駅の出発信号機、しばらく赤にします。停車してください」というふうに連絡をして、警察に電話、そして停車する駅の駅員に連絡して、「フタ番線到着する列車に向かってください。警察呼んでいます。」ということで行ってもらったりします。そこから今度は館内放送みたいな感じで全駅に業務放送を行います。自分の采配でダイヤの遅れ方が変わってくる大事な大切な職場でした。ただ、指令は運転士と違って予定通りに目的地に到着して寝るみたいな日ばかりではないんです。九州中見ており、私たち旅客指令は最終列車に乗っている最後のお客様が駅を出るまでが仕事ですので、寝る時間も予定を過ぎてもお客様が駅に到着しないと寝ることはできませんでした。そんな毎日でしたけれども、会社を休職して、労働組合の役員一本で仕事をしていくことになります。2019年入社14年目のことでした。どの職場もやりがいのある仕事でした。
2.学生から社会人になって気づいたこと
大学生の頃までは、日本は男女平等の国だと思っていました。なぜなら、特に男子との待遇の違いを感じたことがなかったからです。ところが、社会に出ると男性との違いに気づき始めました。当時の会社の管理者は圧倒的に男性が多数でした。私は現場職の採用一期生ですが、総合職っていうのは平成元年から女性を採用していたはずなのです。なのに、平成一桁採用の女性が会社にほぼ残っていなかったです。みんな辞めていたんです。平成二桁になるとポツポツ残っていますけれども、課長部長級の女性なんて1%ぐらいでした。そして、出世街道を突き進んでらっしゃるなっていう女性の先輩は圧倒的に独身が多かったですね。総合職の先輩の方々も30代になるといろんな理由で辞めていかれました。夫が転勤になったのでとか、子ども3人いるとさすがに仕事との両立無理だわとか、子ども欲しいからちょっと治療に専念したいので辞めますとか、そんな話はよく聞いていました。でも、同じ理由で辞めていく男性には出会ったことがなかったんですよね。その理由で辞めていくのは圧倒的に女性の先輩でした。会社ってもちろん男性も女性も同じ給料です。26歳の男性運転士と26歳の女性運転士は基本給は一緒です。その部分で切り取ると一緒です。ですが、子どもが3人いる33歳の女性運転手と子どもが3人いる33歳の男性運転手は、入社して10年間のトータルの賃金が大きく違いました。女性の方は妊娠中、乗務はできなくなりますので、乗務手当がつかなくなります。妊娠中は夜勤ができませんので、夜間手当もなくなります。そして産休、育休、復帰したら短時間勤務。ですので、長いスパン10年間で見ると、男女の賃金格差っていうのは明らかでした。そして当時男性で育児休職を取る人がほとんどいなくて、取得しても一週間とか、3日みたいな。そんなのが当たり前でした。なので、男性と同じように女性が課長、部長、本部長、あと役員、もし社長をめざすのだったら、男性と同じ働き方をして、男性が作ったルール、システムに入っていける人じゃないと男性と同じように働けない時代でした。学生時代、男女平等だと思っていた日本っていうのは、男性が作った労働システムに順応できる女性だけが入っていける社会だったんですね。男性しかいない会社だったので、もちろん当時のJRの産休制度、育休制度も男性が作ったものです。鉄道協会に男性しかいなかったので仕方なかったんですね。
でも少しずつ変わってきました。法律のおかげです。法律が変わってきたので、ルールが変わってきました。女性活躍とか働き方改革ということで、社会全体でそういうのが謳われ始めて、会社も法律に合わせてルールが変わってきました。でも、制度とかルールとかは変わっても、現場の慣習っていうのはなかなか変わらないんです。飲みニケーションって、これも大事なんですけれども、飲みに行く人を評価する人がもいたんです。次、異常時に対応できるのかっていうところがあるのですけれども、これはきっとJR以外の職種も同じような感じじゃないかなと思います。会社とか職場、仲間がピンチの時に自分を犠牲にして対応してくれる人、神みたいな感じですね。どこの職場でもいたんですよ。「もう昨日、線状降水帯のせいで列車止まって、俺完徹」とか言って、「わぁすごい。寝てないんですか先輩」みたいな感じですね。寝ずに仕事することを頑張ったみたいな。すごいみたいな風習がありました。また、手間を良しとする文化、丁寧が良しとされていました。同じ会議なのに、部長用の資料と一般用の資料が2種類作って、部長用の方には詳細なデータを載せていたんです。他の部署の人から質問があった時に回答するメモを載せていたり、そんなのを作っていました。あとは同じフロアの人に電話していたら、「なんで同じフロアなのに電話?お願いするのに電話は失礼でしょう。直接顔を合わせてお願いしてきな」みたいな感じで言われたりしていました。資格を取得するために研修を受けることが多くて、研修や出張の壁がありました。例えば、車掌になるためには1ヶ月、運転士になるためには4ヶ月研修所に泊まり込みです。子どもがいる人で預ける人がいない人は、まず乗務員になることは不可能です。当時はウェブ会議なんかありませんので、出張で現地に行けないんだったら、もう担当から外されてもやむなしみたいな、そういった状況でした。働き方改革なんか言われていましたけど、急には変われなかったんですね。当時も残業やめよう、ワーク・ライフ・バランスだとか言われて、人事部が夜各フロアを巡回して帰ってくださいみたいな、みんなを帰す取り組みをしていました。その時はみんな帰るんですけど、翌朝7時とかに来て仕事していたんですね。全く意味がないんです。夜残るのは残業だけど、朝は残業じゃないみたいな。なんかもう抜け道みたいなのがありました。
そんなこんなで社会に出て数年経ってくると、自分の中に意識の変化が生まれてきました。入社時は男性と全く同じ働き方をして1人前と思われたいって思っていました。男性の先輩と全く同じレベルで働ければ、自分は1人前だと思っていました。なので、男性にできて自分にできないことはないようにしたい。あと、私は現場職一期生なので、ここで自分が潰れたら後輩の女性の道を閉ざすかもしれないとかいう気持ちもありました。また、性別でなくて能力で認められたい、これが男女平等だっていうふうに強く思っていました。それが数年経ってくると息切れしてきたんです。このままだと定年まで働けるのかな。当時、今は20代だから体力で乗り切れていますけれども、なんで男性は同じ夜勤明けであんなに元気なんだろうという感じで、男性との体力の差を感じ出しました。また、働き方だけが原因ではないんですけれども、病気で亡くなったり、休職、退職していく同僚や後輩を目の当たりにしてきました。頑張りすぎてメンタルの不調に陥る方もいました。自分の能力以上の仕事を無理してやっていると、いつか自分も壊れてしまうんじゃないかなって心配になってきました。でも、社員がこのまま働いていたら、この働き方はずっと継承されて文化として残っていくので、このまま将来にわたって何も変わっていかないんじゃないかなと、ちょっと疑問に思い始めました。そもそも男性も本当にこんな働き方がしたいんだろうか?本当に徹夜したいの?自慢したいの?っていうことですね、そんな気持ちが年々募りながら、年月が経っていきました。
3.いち組合員から、組織を動かす側へ
ここから労働組合の話になっていきます。入社して9年目、労働組合の役員になりました。きっかけは、総合職の女性の同期が労働組合の本部の役員をやっていたのですが、県外の人と結婚するため会社を辞めることになり、欠員の補充で入ってくれないかというのが最初の話でした。当時のJR九州は本部の役員に女性ポストを作っていましたので、女性を探していたのです。女性ポストが一枠あったのですが、一枠っていうことはそれ以外全員男性ということです。私はその一枠の女性ポストの三代目です。労働組合の役員に女性が全くいなかったというわけでなくて、日勤業務をしていた契約社員の方は結構女性がいましたので、その方々で組合活動をされている方はいました。若手の男性と女性が作っている青年女性委員会という組織の役員でした。世間一般的に言う女性委員会みたいなところですね。声を上げると、女性なので目立って拾われやすくて、労働組合はその内容を改善して女性の改善につながったっていうふうに言っていました。
青年女性委員会は声を上げるだけで、会社と交渉するのは本部です。女性は声を上げるだけで終わりみたいな感じですね。あと、改善されるのを待つだけみたいな状況でした。契約社員の女性が声を上げて、契約社員の福利厚生が改善されたら、労働組合が女性の改善につながったみたいなニュースを出すのですが、契約社員だけが女性じゃないよって思っていました。私たち女性の社員もいるよ。私の下に女性の社員の後輩もいるのに、ここで女性社員の声を届けないと、改善されないっていう思いがありましたので、声をかけられた時に、労働組合が何をしてるのかよくわかりませんでしたが、やってやろうじゃないかっていうことで引き受けました。
図表3 労働組合の役員の仕事

資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
何もわからず労働組合の役員になったのですが、役員の仕事というのは右側の丸のような流れです。丸の一番上、まず組合員の意見を聞く。そして、その組合員の不満とか会社の不備を改善するために会社に交渉を申し入れます。そして会社と交渉します。ここをこう改善してほしい。なぜならこうだからとかですね。交渉の結果変更されるものもありますが、変わらず現状維持、保留のものもたくさんあります。しかし、その一部変わっただけでも、会社のルールの変更、制度の新設っていうのは、働く者にとってとても大きな変化になります。そして、その変わったものがどうだったのか、他にも変えるべきものはないか、また組合員の声を聞くというところに戻ります。左側の四角囲みに企業を構成する三位一体のステークホルダーとは、企業が切っても切り離せない大きな三つ、それは株主、お客様、従業員です。どれかが欠けても会社は存続の危機です。従業員の声を聞くことっていうのは、会社にとってとても大事なことなんですね。労働組合っていうのは、働く仲間で作る労働者、従業員の集まりですので、そこの声を聞くっていうのは、会社が健全な運営をして経営をしていく上で欠かせないんです。労働組合っていうのは、企業にとっても大きな役割を担っています。右側の円の流れで会社のルールが変わっていく流れを簡単にお伝えしましたけれども、働くルールについてちょっと触れたいと思います。
4.変えてきた会社の働くルール
私たちが働くルールについて、日本国内では労働基準法が一番大きなルールです。国が決めたルールですので、もちろん自分たちで変えることはできません。例として労働基準法第六十八条をあげます。使用者は、生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を請求したときは、その者を生理日に就業させてはならないという法律があります。ですので、日本で働いている人たちというのは、女性が生理を理由に休みを請求してきた時は必ず休ませないといけないのですが、休みが有給なのか無給なのかっていうのは法律に定めはありません。世の中の企業の約七割は無給というふうに言われています。労働基準法の下に労働協約というのがあります。労働協約というのは、会社と労働組合が交渉して決めることができる働くルールです。これは法律を上回ることもできます。例として、JR九州とJR九州労組の労働協約の第七十四条を挙げます。ここには、女性組合員が生理のため就業が著しく困難な場合は、毎潮二日まで有給の休暇として付与するということが決まっています。これは法律を上回るルールを会社と労働組合が結んでいる一例です。会社はこの労働基準法と労働協約をもとに、就業規則、会社が定める働くルールを作っていきます。会社が就業規則を決めるときは、必ず労働協約に従って決めていかないといけないので、労働協約というのはすごく重みのあるもので、私たち労働組合は私たちが働くルールを変えることができる力を持っています。これはとても大きいことです。
実際に私が役員に就任して以降に変わった女性に関わる会社のルール、就業規則ですね。労働協約の変更の一例をあげます。2014年、育児休職を取った社員でも昇給できるようになりました。育児により短時間勤務をしている人のボーナスの減額が撤廃されました。2015年は育児休職が、子どもが3歳になるまで取得できるように延長されました。法律では1歳ですので、法律を上回る労働協約です。2018年には有給で不妊治療ができるようになりました。2019年は、コロナの頃だったのですが、フレックスタイム制を導入しました。2023年、配偶者の転勤についていく場合、3年まで休職することが可能になりました。そして2024年、育児による深夜業務の免除というのは今までもあったのですが、子どもが小学校6年生までに延長されました。子どもが3人いるから育てられない、会社の仕事と両立できないと言って辞めていった人、不妊治療があるからということで会社を辞めていった人、配偶者の転勤があるからとりあえず辞めるということで辞めていった人、たくさんいましたけれども、そんな理由で辞めなくてもいいように、会社と労働組合で会社のルールを変更してきました。
労働組合は働く仲間の人生を変えることができます。ただ、ルールは会社と協議をしてすぐに変わるものではなくて、粘り強い交渉が必要です。先ほど紹介したものも、私が役員に就任する前から交渉を続けてきたものが形になり出したというところもあります。そして、今申し上げたとおり、昔、仕事が続けられずに辞めていった人たちの理由が改善され始め、女性社員が長く働くことができるようになりましたし、JR九州で働きたいという女性も増えてきました。労働組合の役員をしていて、当事者の声を協議に届ける重要性を感じ始めました。私はここで労働組合の役員という仕事にやりがいを見出すようになってきました。
5.労働組合の活動への女性参画
図表4 JR連合の取り組み

資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
そんな中で自分事として協議に声を上げられる女性役員を増やしていかないといけないとも思い始めました。左側の円グラフはJR連合の男女比ですけれども、圧倒的に男性の方が多いです。8分の1は女性じゃないかって思われるかもしれないですけれども、女性が多いのはホテルとか物販が多いですね。JRはいろんな業種の仕事をしていますので、ホテルも経営していますが、ホテルは女性が多いです。あと、駅ナカの物販とかも女性が多いですね。私が所属している鉄道はこんなに女性は多くないです。ですので、女性は16%とか17%とか、鉄道はそのような状況です。こうした中でも、労働組合に女性の役員を増やしていきたいということで、JR連合で男女平等参画推進委員会というのを設置して、男女平等参画行動目標を3つ設定しています。執行機関、つまり役員のことですね。それぞれの執行機関に女性役員比率の目標を決めました。例えば、JR九州で女性が16%なら、JR九州労組労働組合も役員の女性は16%をめざしましょうねということですね。組織の男女比率に合わせて役員も決めていきましょうという目標を作っています。また、2番の各種議決機関大会などにおける女性参画率についての目標というのは、大会というのが労働組合で一番大きな一年に一回の会議なんですけれども、そこに参加する女性も同じように、もし16%なら16%が参加するようにしようねということで目標を作ってます。3番の男女平等参画推進に関する取り組み目標というのは、男女の意識啓発のためにセミナーをしましょうとか、労働組合の活動も働きやすく参加しやすくするために常に見直していきましょうねみたいなことを目標に入れております。
実際に労働組合の活動への女性参画ということで、JR連合の活動を紹介しています。
意見交換会。これはJR各社の労働組合の女性が集まって、今年一年で変わったうちの制度はこんなものがあるよとか、今こんなことで困っているんだよねということを意見交換しています。
女性役員研修会。今年初めて第一回を迎えたのですけれども、意見交換会ばかりじゃなくて、自分たちのスキルアップもしていこうよということで、今年はサービス連合というサービス業の労働組合の会長をお招きして講義を受けました。
国際女性デーの連合の大きな集会。こういったイベントにもJR連合として参加しています。
SNSの発信。役員が相互に確認することもできますし、他のJR以外の労働組合の方に紹介することもできます。大学生の方にですね、JRってこんなのあるんだなということで見ていただくこともできるので、社外に対しても活動を発信しています。もしよかったらあとでJR連合をInstagramとかで検索していただければなと思いますので、よろしくお願いします。
次はJR九州労組の活動をちょっと紹介します。
セミナー。乳がんセミナー、マネーセミナー、他にも健康セミナーとかですね。あとは政治セミナーとかいろいろやっています。
意見交換会のアフタヌーンティーとパン作り。男性が意見交換会を企画すると、もうガッツリ昼間に意見交換して、夜、宴会みたいなのが多いのですけれども、女性の組合員に声を聞くと、夜遅くまで飲むよりもお昼パパッとやって終わりたいとかですね。飲み会よりアフタヌーンティーの方がいいっていうことで、アフタヌーンティーしながら意見交換会をしました。また、パン作りって生地を寝かせる、発酵させる時間が必要なので、その時間を利用してちょっと意見交換しようかっていうことで、パン作りと意見交換を合わせて開催したみたいな取り組みをしています。
以上が活動の紹介でした。
労働組合の活動に女性の参画をということで、私が今後の課題だなと思っているのは以下です。
活動の価値を高める。労働組合でしか経験できないことを増やしていきたいです。また、参加した人が次も行きたいなと思えるようなものと、労働組合の活動で経験したことが会社とか人生で役に立つものであることが望ましいかなと思っています。
組合員のニーズの把握。組合役員側の一方的な押し付けになってないかとか、内容だけでなく開催方法や場所、時間なども常に検討していかないといけないなと思っています。労働組合の役員が、みんなに政治を勉強してほしいからといって毎年毎年政治セミナーだったら絶対みんなうんざりして来なくなると思うんですよ。ですので、みんなのニーズの把握っていうのも大事なことかなと思っています。
次世代役員の育成。新しい役員に成功体験をさせるとか、女性役員を選出してくださいねと言い続けることの大切さというのを感じています。後輩にいろいろ任せてみて、成功させて、やりがいを見出してもらう。私みたいにやりがいを感じてもらって、来年も役員続けようかなって思ってもらえればと思っています。そして、役員に女性を選出してくださいって言わなくなると、男性が多い会社なので、いつの間にかみんな声をかけやすい自分の後輩男性ばっかりになってしまうので、女性役員選出してくださいっていうのも言い続けることは大切かなと思っております。
6.まとめ
女性が働きやすい環境を求めたら、それは結局男性も働きやすい環境につながるというのが、私が労働組合の役員をやってきて感じていることのまとめです。
①柔軟な働き方。育児や出産を担うことが多い女性のために、柔軟な働き方を会社に求めてきましたが、短時間勤務、フレックス制度、リモート勤務、全部JR九州にあります。結果、男性も同じように使っています。そして男性の育児参加の促進にもなりました。育児だけじゃなくて、介護をする人にも波及しています。あと、通院だったり、自己研鑽したい人にもプラスになっています。
②育児・介護休暇の取りやすさ。10年前、20年前は、育休は女性の取得が圧倒的に多かったので、女性が取得しやすい環境整備を会社にずっと求めてきました。結果、育休が取りやすくなってくると、男性も取っていいんだというような空気が生まれてきて、男性の取得も増えてきました。育児を理由に辞めていた方が会社を辞めなくなってきましたので、離職率も低下してきましたし、復職しやすい文化も根付いてきました。今までは男性で育休を取ると出世に影響を及ぼすんじゃないかと心配して取らない男性も多かったと思います。ただ、課長とか部長が育休1年取ったもんねとか言っていたら、じゃあ取れるかも、育休取っても部長をめざせるんだって思う人が増えてきて、男性も育休を取る人が増えてきました。
③長時間労働の是正。女性の就業や継続就業の壁になりやすいような長時間労働の見直しを求めてきました。長く働く人が良しとか、夜勤したらすごいとか、そのような長時間労働の見直しを求めてきました。その結果、男性の過労とかメンタル不調の予防にもつながってきました。そして、遅くまで残ることが評価されるというような文化が崩れるのは全員にメリットがありました。
④ハラスメント対策の強化。ハラスメント対策の初期はセクハラ対策が多かったです。20年前ぐらいはセクハラがもうハラスメントの代表的なものの一つみたいになっていましたので、私たち労働組合はセクハラの撲滅をみたいなことで会社と協議をしてきたんですけれども、その結果、セクハラだけじゃなくてパワハラとかモラハラも含めた職場の安全性向上につながってきました。近年ではカスハラ対策に広がって多くの社員に好影響です。顧客からのハラスメントっていうのは結構鉄道は多いんですよ。今も撲滅根絶には至っていません。もう夜、駅にいたら酔っ払いばっかりですよ。喧嘩を始めたり、改札機を叩いて機械を壊そうとするとか、注意したら駅員を殴るとか、そんなことも日常茶飯事でした。本当にカスハラはひどかったですね。怒鳴られることも結構ありました。そういったハラスメントの対策も今進んでいます。
⑤評価制度の透明化、公平化。出産などでキャリアが途切れがちな女性に不利な、長く働くことが評価される仕組みの是正を求めてきました。その結果、成果ベースの評価になって、上司の主観が減るとかですね、「あいつはいつも残っているから、ちょっとマルにしとこう」じゃなくて、仕事を見て評価をするということがきっちりルール化されてきました。女性のために求めていたことですけれども、若手の男性にもすごくメリットはあったと思います。男性も正当に評価されるということになってきました。
⑥体調やライフイベントへの理解。生理休暇とか更年期障害、不妊治療など、こういったことで休みが欲しいとかいう声が女性から多かったので、会社に女性向けにこういった理解を求めるように協議をしてきましたが、その結果、実は男性にも不妊治療をしている方はいらっしゃったんですよね。声を大にして言わないだけで。あと、メンタルヘルスの理解や、持病や通院への配慮に広がってきました。体調を理由に休みやすい職場っていうのは、女性だけじゃなくて男性にとっても重要ですので、誰にとっても重要なことだったんだなと思います。
⑦無意識の役割分担の見直し。女性に偏りがちな業務の見直しです。もう20年前からお茶出しは女性に頼むのはやめようと言われていたんです。でも上司によっては、「いや、おじさんからお茶出されてもお客様嬉しくないやろ」とか言われたりもしていました。あと、表彰式がある時にお盆持ちしてとか、退職する人がいる時は花束贈呈役やってとか、女性の仕事みたいに言われていました。体力の要らない仕事が結構回ってくることが多かったです。「女性の方が細かい精密な仕事向いているもんね、丁寧だもんね」みたいな感じで言われるんですけれども、線路の信号の細かいケーブル保守してるの男性がほとんどですよ。なんでそんな女性の方が丁寧って決めつけるのかなと思っていました。女性だからこの仕事とかじゃなくて、その場所にいた人がその仕事をすればいいじゃないかと。業務分担が合理化されてきました。本来の仕事に集中し、組織全体の生産性アップにつながってきました。
そして、女性の働きやすさを突き詰めていくと、時間、評価、人間関係、健康の無駄や不公平感を減らすことに行き着きました。そしてそれは、性別に関係なく、誰にとっても働きやすい環境になったんですね。
最後、まとめのまとめです。
働きやすい職場づくり、今私は組合の女性役員の目線で皆さんにお話ししましたけれども、これって性別に関わらず多くの視点で議論していくものだと思います。すべての性別、若手、ベテラン、外国人、障がい者など多くの視点、多様性というのはすごく大事です。今まで気づかなかったもの、当たり前と思っていたものが当たり前じゃないかもしれないというのは、それに気づくためには多くの視点が必要です。JR連合の役員は30年間男性ばかりでしたが、そのままでは気づけないことたくさんあったと思います。
一人では力がなくても、みんなで団結すれば変えられることがあります。一人で社長に直談判なんか絶対できません。でも、みんなで意見を集約して会社にぶつければ変えられるルールっていうのはたくさんあることをご紹介させていただきました。
企業は企業の経営者だけが作るものじゃないんです。三位一体のステークホルダーの話もしました。従業員の声っていうのはとても大事なものです。従業員の声を伝えるのは労働組合の役目かなと思っております。
チャレンジしなければ、会社も働き方も自分自身も何も変わりません。私は前任者が会社を辞める時に、欠員補充で労働組合の役員をやってくれって12年前に言われて、よくわからなかったけれども引き受けました。でも、引き受けたからこそ、12年後、こうやって皆さんにお話をできるようになるまで経験を積むことができました。あの時チャレンジしたから今があるのかなと思ってます。ぜひ皆さんもこれから何事にもチャレンジして視野を広げてほしいなと思います。ぜひ就職活動をするときは、JR各社の門を叩いてチャレンジしてもらいたいなと思います。
私たちは、女性も男性も、皆さんがJRの仲間になってくれることを心待ちにしております。それでは長くなりましたけれども、私からの講義は以上とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。